既に秋も深く、じきに冬に入ろうという時期であり、街模様も葉の散った木々が目立つ。
これからはどんどん着込む服の枚数が増えていく、そんな季節。

「祐一、明日から連休だけど予定ってあるかな?」

居候先である水瀬家へ名雪と帰る途中、彼女が口を開いた。
明日から土日に祝日を足して花の三連休である。
まあ、俺にとっては予定がなければただの睡眠時間に過ぎない。

「なんだ、デートの誘いか?」
「ち、違うよ! いや、違わないけど、えっと、その」

おちゃらけたつもりだったのだが、顔を真っ赤にして返されるとどうにも返答しづらい。
だが、そういうことに興じるのも別段不満はない。幸い、俺の連休の予定は半分が睡眠で埋まっている。

「たまには名雪と休日を過ごすのもいいかもな」
「やった。それじゃあ――」

喜んだ様子の名雪の言葉を規則的な電子音が遮る。
この色気のない着信音は俺の携帯のものだ。

「あれ、いつの間に携帯買ったの?」
「秋子さんが最近は何かと持ってないと不便だし、下校中におつかい頼めるからって、な」

ポケットから携帯を取り出すと、名雪が不思議そうに尋ねてきたのでそう答える。
秋子さんは出すと言ってくれたが、料金まで出してもらうのは心苦しいので、料金は仕送りをやりくりして出している。

「うー、なんでわたしにおつかいの連絡してくれないんだろ?」
「電話しても寝ていて出なそうだからじゃないか?」
「わたし、そんなに寝てないもん……たぶん」

どの口が言うか。説得力がまるでないわ。
そんな遣り取りをしている間も電話が鳴り続けている。
電話を待たせるのはまずい。ディスプレイを見ると、通話先は……公衆電話?
誰からだと通話ボタンを押して電話に出る。

「はい、相沢です。どちらさまで?」

受話器から聞こえてきた声は、地獄からの呼び声だった。
相手が見ていないのにもかかわらず、背筋がぴんと真っ直ぐに張り詰める。

「な、なんでこの番号を……い、いえ、へ、今なんて?
 そ、そそそんなことはないですよ? じゃなくてないです! はい、楽しみにしてます」
「ね、ねえ、祐一、誰からだったの?」

通話が終わっても顔が引きつって戻らない俺を見て、何事かと名雪が俺を覗き込んだ。

「名雪、悪いが休日に予定ができた。俺はその予定に全力を注がなければならない」
「ほえ?」

そう、あの人が。
姉が七年振りにこの街へやってくる。











「遅いっ!」

次の日、連休の初日。
急遽こちらへ遊びに来ると、秋子さん経由で入手した俺の携帯番号に電話を入れてきた我が姉――相沢祐羅は待ち合わせギリギリに滑り込んだ俺と名雪に第一声から叱咤をした。

「ユラ姉、待ち合わせには遅れてないだろ?」
「目上には丁寧な言葉を遣え。身内とはいえ、私は祐のお姉さんだ。それと待ち合わせの五分前集合は常識だ」

俺がこの街に着たときは二時間待ちぼうけをくらったのだが。と皮肉りたいところだが、この状態の姉には自分に向いていない皮肉ですら火に油だ。
肉には脂がのっているしな。

「まあ、いい。その呼ばれ方、その顔、その声、全てが懐かしい。
 一秒でも早く会いたかったぞ。そりゃあもう」
「ごめん。それと久しぶり、ユラ姉」

今回は珍しく怒りが早く収まってくれたのか、ユラ姉は俺に笑顔を向けてくれた。
ほっと心の中で安堵する。

「なんか感情の激しいお姉さんだね」
「客観的に言っているけど、お前とも面識あると思うぞ」
「んー、でも全然記憶にないんだよ」

名雪は我が姉の感情の浮き沈みに呆気にとられた表情だ。
記憶はないが、幼い頃に俺がこの街に来ているのならば、名雪もユラ姉と会ったことがあるだろう。

「何を話している? 祐、お姉ちゃんにも内緒の話か?」
「い、いや、なんでもない。そういえばユラ姉、髪染めたの?」

名雪との会話にいきなり飛び込んできた姉に驚きつつ、話題を逸らす為に別の話題を出す。
もっとも、全くのでまかせというわけではなく、純粋に聞きたかったことでもあるのだが。

「気付いてくれたのか! そうだぞ、いいものだろう、銀色は」
「いや、まあ、そんな色ならねぇ?」

以前は濡れ羽色の艶のある髪だったのだが、今のユラ姉は髪を銀色に染め、後ろで一つにまとめて括る、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪型になっていた。
そりゃあ、黒が銀に変われば嫌でも目に付くってものだ。
だが黒髪が決して似合ってなかったわけではなく、黒髪を長年見続けていた俺からすると、銀髪も確かに似合っているが、あの黒髪を染めちゃったのはちょっと勿体無いなぁと思うのだが、ユラ姉には髪の色には愛着なんて特にないらしい。

「それにしても寒い。早く移動しよう。
 私は不愉快だぞ。この寒空で待たされる。待っていたら妙に男に話しかけられる。
 ……やっときた弟は泥棒猫を連れている。もう最悪だな」

最後の方は若干聞き取りづらかったが、ユラ姉が溜め息をつきつつ愚痴る。

「あ、美人さんですよね。祐一のお姉さん。ナンパされるのもわかるっていうか」
「ふふ、ありがとう。あまりにしつこかったので投げ飛ばしてしまったが、まあ、生きているだろう」

名雪も妙にかしこまってユラ姉に話しかける。
ユラ姉は身内の俺が掛け値無しで美人と自慢できるほどに美人だ。
美人には色々な定義があるが、凛々しい、カッコいい美人というカテゴリーなら、俺はユラ姉以上の存在を知らないし、単純な美人という意味でも名雪達と互角。それ以上といっても過言じゃない。
昔いた街では、一人で街を歩いて、二桁もナンパされたという偉業も持っているくらいだ。待ち合わせしていたらナンパされたと言われても驚くことじゃない。
それにユラ姉は腕っぷしも強い。そのナンパしてきた人を投げ飛ばしたというのも嘘ではないだろう。

「だが、まだまだだ。私の理想は高いからな」

ユラ姉は表情を和らげ、これで会話はおしまいと、スタスタと歩き始める。
俺はユラ姉の荷物(女の人は荷物が多いというが、ユラ姉の荷物は小さなボストンバック一つだけだった)を肩に提げて追いかける。

「あ、そうそう、たしか太郎だったか?」
「わたし、女の子……」
「じゃあ、花子か。花子に聞きたいことがあったのだ」
「花子じゃないもん……花子じゃないんだもん」

急に立ち止まったユラ姉は、どこかで見たことがあるやり取りの後、そっと名雪に耳打ちをする。
うーむ、聞き耳を立てようにもよく聞こえない。
だがまあ、女の子には女の子の会話があるんだろう。無理に聞く必要もないか。
そう考えた俺は二人を置いて、先に荷物を持って水瀬家へと向かうことにした。
まあ、二人もそのうち追いつくだろ。












「あー、そうそう、たしか太郎だったか?」
「わたし、女の子……」
「じゃあ、花子か。花子に聞きたいことがあったのだ」
「花子じゃないもん……花子じゃないんだもん」

うう、やっぱり姉弟だよ。なんか以前も祐一に似たようなことをされた気がするんだよ。
祐一のお姉さんは私の前にまで来ると、祐一に聞こえないように顔を耳に近づける。
髪がふわっと揺れて、石鹸の匂いが心地いい。
ちょっとだけその匂いと感触に陶酔しそうになった私の意識を――

「私の『作品』を超える、『雪ウサギ』は作れたか? 水瀬名雪」

この姉は一言で一気に覚醒へと導いた。
雪ウサギ……七年前……作品……まさか!

「雪ウサギ……お、思い出したんだよ! あなたは七年前にわたしの告白を邪魔したあの――!!」

そう、さっきまでは薄っすらとだったが、今の一言で完全に思い出した。
この人は、いや、こいつは、七年前、わたしが祐一に雪ウサギを持って告白しようとした時に――

「祐は私の最愛の弟だからな。むしろお前の方が泥棒猫だ」




た、大変な人がやってきちゃったんだよ……!
みんなにも知らせなきゃ……