「ユーノ君、ユーノ君?」
遠からず近からずの距離からなのはの声が聞こえてくる。
僕はそれを背中で受けながら必死に走って逃げていた。
なのはの拘束から偶然抜け出すことが出来た僕は制止を力づくで振り切ってここまで逃げてきたわけだけど、一体どうすればいいのだろう。なのはを元のなのはに戻す方法はないのだろうか。
「ユーノ君、でておいでよ。私もう怒ってないよ? 今なら軽いお仕置きで済ませてあげるよ?
そうか、ユーノ君は私と遊びたいんだね。ねぇ、かくれんぼ?それとも鬼ごっこ?
いいよ、私、ユーノ君がやりたいならなんでもやってあげる。だから普通だったらペットなユーノ君がオニをやるところだけど、今回はなのはがオニをやってあげる。ふふふっ、ユーノ君、どぉ〜こっかなぁ〜」
なのはの声はそこまで大きいものじゃない。
だけど、僕の耳にはまるで念話で頭の中に直接叩き込まれているかのようになのはの声が一字一句焼き付けられているような気がする。
「ユーノ君、どこぉ……でてきてほしいの。お仕置きはしないからぁ、でてきてよぉ。
ユーノ君は私が嫌いなの? どこが嫌いなの? 髪型が嫌いなら幾らでも変えてみせるし、服装が気に入らないならユーノ君の望みどおりのものを着るよ? だからなのはを捨てないで!」
もはや言っていることが支離滅裂になりはじめたなのは。
良心がなのはの下へ駆け寄ってやれと叫ぶ。
『何も知らなかった』僕だったら思考と同時になのはの下へ駆け寄っていたかもしれない。
だけど、これは罠だ。なのはが張り巡らせた蜘蛛の糸。
近づいたら容易に絡め取られ、捕食される。
僕はその言葉に反抗するように足を速める。
「ユーノくぅん……」
「っ?!」
どうしたんだユーノ。さっき見ただろう? なのはの恐ろしい本性を。
人に一途に愛されることは嬉しいことだけど、その為に自分の自由は捨てたくないだろう?
これは罠なんだ。罠のはず、なんだ。
「うわっ!」
「きゃっ?!」
なのはを少し気にしすぎていたせいだろうか。
十字路で側面からやってきた人と衝突してしまい、尻餅をついてしまう。
「ご、ごめんなさい! 少し急いでいたものですから……」
「気にしないでユーノ。私も少し不注意だったから」
「あ、なんだフェイトだったのか」
ぶつかってしまった相手はなのはの親友で、彼女に負けず劣らずの実力を持つ魔導師であるフェイト・T・ハラオウンだった。
フェイトは制服のスカートをぱんぱんと軽く叩きながら立ち上がったので、僕もそれに合わせて立ち上がる。
「でもどうしたの? ユーノがこんなに慌てて逃げてくるなんて」
「いや、それはその……」
「ユーノくぅ〜ん?」
後ろから先程よりも大きめのなのはの声が聞こえてきた。
まだ距離はあるようだけれど、事情を話すほどゆっくりもしていられないか。
「話は後で。とりあえず、ここら辺で隠れることが出来るところはないかな?」
「……それなら、この辺りに使われてない倉庫があるけど」
「じゃあそこまで案内してくれる?」
フェイトは軽く縦にこくりと頷くと、僕を誘導するように歩き始める。
それについて行くと、フェイトは金属製の扉の前で立ち止まった。
「ここだよ。カードキーは私が持ってるから」
フェイトが制服のポケットからカードキーを取り出して、スキャナーに通す。
しゅんっと空気圧の音を立てて、扉が開く。
中は照明が付いていないせいで真っ暗だった。
「ありがとう、フェイト。ほとぼりが冷めるまで暫くここに身を隠しているから」
「ユーノ、私も付き合っていい?」
中に入ると同じように入ってきたフェイトが訊ねてきた。
今のなのはにフェイトを会わせるわけにはいかない。
なのはは狂ってる。例え親友のフェイトであろうと、僕の近くにいたら容赦なく危害を加えてくるだろう。
「それはダメだ。ここにいたらフェイトも危ないし――」
「でも鍵を持ってるのは私。ユーノがNOって言ってもここにいるよ。
だってユーノも私にとっても大切な人なんだから、ユーノの危機は私の危機でもあるんだから。力にならせて?」
正直、フェイトがいない方が僕の安全度が高い気がしないでもないけれど、
フェイトにここまで言われては、無下に断ることも出来ない。
「わかったよ……」
「うん」
ドアを閉める。念には念をこめて、電気はつけない。
僕は積み上げられた備品の山に寄りかかるように体を預けた。
走って少し上がった息をゆっくりと落ち着かせる。
フェイトも僕の横に座る。
「それでユーノは何故隠れてるの?」
「実は――」
『――ノ―ん』
「ん?」
頭の中で何かが小さく響き渡る。
それは波紋のようにすっと消えていく。
「フェイト、何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ」
じゃあこれは……念話?
『ユ――く―』
『ユーノ―ん』
『ユーノくん』
『ユーノ君』
『ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君っ!!』
「う、うわああああああああっ?!」
「ど、どうしたのユーノ?!」
波紋が消えるか消えないか、それと同時に激流のような念話の波が襲い掛かる。
この声は間違いなく――
ガッ! ぎぎぎぎぃぃぃぃっ――!!
目の前の扉がゆっくりと開かれる。
手が入るくらいの隙間をこじあけると、その間に長い棒のようなものを挟みこんで閉まらないように固定する。
それは桃色の柄に金の装飾、そして赤の宝石。
そして間から覗かれる狂気に濁った瞳。
「み ぃ つ け た 。 あはははははは――!!」
不気味なほどに吊り上げた口元を更に歪ませて、隙間から覗き込んでいる人物――なのはは嬉しそうな声色でそう呟いた。
つづく?