『遠い未来、系統樹を分かつ世界より希望を託される』
『運命へ身を投じるそれは、汝の手に委ねられるであろう』
――遠い昔、そんな予言を私に残した少女が居た。
――未来の無い体で、自分の人生を精一杯生きた尊き少女。
――綺麗な銀髪、ルビーのような赤い瞳。
――どれだけの時間が経とうとも、寸分も風化する事の無い記憶の中の少女。
――その彼女が持つ希少な能力――――未来視。
――当時、子供だった私には、彼女の言葉の意味を正しく理解する事は出来なかった。
――唯、記憶の中に留めておくだけだった。
――だがそれから数十年後、その言葉を否が応にも理解しなければならなくなった。
――1人の男性が、私の許にやって来た。
――彼は1人の幼児を腕に抱え、今にも倒れそうな体で私に告げた。
『この子を、お願いしたいのですが……』
――この世に生まれてまだ数年も経たないような小さな子を、酷く辛そうな、とても悲しそうな笑みで、私に託してきた。
「嫌な風が、吹いてるな……」
――夕焼けの見える空。
――教会前で、庭を駆け回る子供達を見ながら呟く。
――そのあやふやな予感は、今此処に居ない我が子へ向けられたもの。
――今日は何かが、変わってしまうかも知れない。
「なぁルシルさん、あの子はどんな運命に立ち向かうのですか?」
――漠然とした不安、先の見えない暗闇は、私の考えの及ばぬ境界の向こう側。
――そこに広がる風景は、一体どんな世界へと繋がっているのだろうか。
――願わくば、幼きあの子を……
――不器用で我武者羅で、そして優しい我が子を守ってくれる……
――そんな穏やかな未来である事を……。
――赤く染まる天に、己が願いを打ち上げた。
――それは、運命の序章――
――少年との邂逅が、物語を加速させる――
少年の誓い
〜魔法少女リリカルなのはAs〜
9XIV「魔法」
瞳を開いた。
瞬間、真っ白な光が双眸を射抜き、反射的に細める。
徐々にその光に目が慣れて、改めて開くと、そこは……見知らぬ天井だった。
――――何で?
そんな呟きは口から吐いて出る事は無く、胸中で押し留められた。
何故かって?
そんなの決まってる…………めんどくさいんだよ。
口を動かすことすら億劫になる程、今の俺は完全に疲れてるのだ。
動かせない訳じゃない、それでも動かさずにいた方が楽なんだから。
故に無言で、体を動かさずに今の状況を探ってみる事にした。
横になっている体と背中に感じる感触から、自分がベッドで寝ている事は分かる。
しかし、今の状態じゃこれが限度だ。
面倒だけど首だけでも動かさないと……。
そう思って首を横へ傾けた時、視界に入った扉が開いた。
音も無くスライドしたソレの先に映ったのは、3人の少女の姿。
酷く見慣れたその姿は、正しく俺の友人だった。
3人共、扉の先に居た時は、かなり不安げな顔をしていたにも係わらず……
視線が、目が合った瞬間――
「「「聖(君)!!」」」
弾かれたように、此方に向かって来た。
――待て、こんな短い距離を全速力で走ったら!?
過ぎる一抹の不安、しかし無常にも時は刻まれ続ける。
ハラオウンが一番に目の前へ、次に高町が、更に八神が……。
だが、全力で駆けた勢いは、そこで止まってはくれなかった。
眼前に少女達が迫る、一歩も動けない俺は……。
「「「あっ……」」」
折り重なって倒れてくる彼女達に、対応する事は叶わなかった。
「っでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
衝撃からくる痛みに、思わず絶叫を上げてしまった以外は……。
「彼が意識を取り戻した事を喜ぶなとは言わない。しかし、ここまでやっていいとも言ってないんだが……」
清潔感溢れる病室には、異様な光景が広がっていた。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、大人らしい落ち着いた声を発する黒髪の男性。
呆れたような表情で、目の前に立つ3人の少女に言い聞かせている。
横並びに立つ彼女達は、まるで反省部屋にでも放られたかのような落ち込んだ顔で、男性の言葉を聴いている。
そして彼らの傍らには、ベッドの上で腕組みをしながらその様子を見つめている奴が1人。
その名を『瑞代聖』、つまりは俺だ。
入院着のような薄い生地の衣服を身に着け、その内側には真っ白な包帯が幅広く巻かれている。
少しだけ赤色が滲んでいるのは、まぁ…………
「お陰で塞がっていた傷は開いて、治癒魔法を使わざるを得ない状況になってしまった」
「「「ゴメンナサイ……」」」
そんな訳である。
3人のフライングボディプレスをモロに食らった俺は、激痛にのた打ち回る破目になり、諸々の流れの末に今に至ったのだ。
今はもう塞がり切ったので問題無いが、今の状況に落ち着くまでに受けた俺の痛みは、正に想像を絶するものだった。
それだけ、俺の負った怪我は深刻なものだったとも言える。
「さて、それじゃあ……」
お小言をチクチク言い終えた男性は、よぉ〜やく満足したらしく、俺へと向き直った。
実に10分、嫁姑の真剣勝負に引けを取らないレベルである。
そんな激闘にゲンナリしたような3人と引き換えに、清々しささえ感じられる真剣な表情で男性――――クロノ・ハラオウンさんは俺を見詰めている。
「まさか、君と此処で顔を合わせるなんて、夢にも思わなかったよ」
漆黒に染まった裾長のジャケットに身を包み、荘厳な様相さえ漂わせるクロノさんは、心底思ったような言葉を呟いた。
真剣で、何処か苦虫を噛み潰したような表情で……。
「初めて会った時、君には何も感じられなかった。内に秘める魔力も、魔導師としての素質も……」
本当に、苦々しく言葉を紡ぐ。
どこか痛ましいその姿は、誰が見ても俺に対する心配が見て取れる。
他人である俺を……。
だから、とても言い辛い事がある。
「君は一体、何者なんだ?」
「それより……」
そう、とても言い辛い。
あっちは俺がこの状況を『理解している』と思っているようだけど、俺はと言うと……
「魔力って、魔導師って……どういう意味ですか?」
…………
………
……
「――――――――――――――――はぁ?」
盛大に、変な顔をされた。
――――魔法。
空気中に存在する『魔力素』を特定の技法により操作する事によって、作用を生じさせる技術体系。
作用は全部で3つ。
物質の性質や形を変える――『変化』。
物体や物体を構成する分子を動かす事で、物理的な効果を引き起こす――『移動』。
人の心に作用する――『幻惑』。
それ等を組み合わせ調整する事で、『魔法』が作り上げられる。
かなり昔は高い魔力素を持つ木や、強い魔力が込められた石を先端に付けた棒を『魔法の杖』としていたらしい。
だが今では、魔法というものは技術として確立されていて、プログラムによって構成されている。
その使用の為の『演算補助装置』と『魔法データの記憶装置』、『予備魔力蓄積石』や『各種安全装置』を備えた電子機器を魔法の杖――――『デバイス』と呼んでいるようだ。
長ったらしい上に理解するのも難しい、しかもこれで概要だけだと言うのだから呆れてしまう。
しかし、一からそれを説明してくれたクロノさんやハラオウン達を前にして、それは言うまい。
何とかそれ等を頭に詰め込み、租借し、理解した。
何処までも突拍子も無い話だが、目の前で実演されてはぐうの音も出ない。
さっきの治癒魔法もそうだが、目の前で飛び回る(高町の)桜色や(クロノさんの)水色の球体、(ハラオウンの)金色の槍なんて物を見せられれば、否が応にも真実だと知らしめる。
八神も何かやるかと思ったが、本人は首を振った。
「私がやったら、この部屋が吹っ飛んでまうんやけど……」
――――丁重にお断りしました。
いや、まだ死にたくないし……。
兎に角、此処に居る4人の話によって、俺の常識の全てがぶっ飛んだ。
今まで生きてきた中で、魔法なんてものはフィクションでしかなかった。
しかし現実は、少し視点が変わるだけでこんなものが常識として存在する。
そんな異世界に、俺は今立っているのだ。
いや、正確には座っているのだ、ベッドの上で……。
「魔法については、一応理解は出来ました」
ベッドの横に置いた椅子に腰掛けた4人に告げる。
聞かせて貰った話は作り話にしては壮大過ぎるし、揚げ足を取ろうにもそれらしい隙は見当たらない。
俺の思考が、これは真実だと結論付けた。
しかし、また新たな疑問が生じる。
それは……
「でも何で、俺は此処に居るんですか?」
自分という異分子が、此処に居るという矛盾。
此処に居なければ魔法なんてファンタジーの存在を知る事は無かった。
そして知らない人間である自分に、この場との接点は一切無い。
此処に居るという事自体が、その事実がおかしいのだ。
だからこそ分からない、俺が此処に居る理由が……。
俺に何が――
「その胸の傷を、覚えていないのかい?」
――――そうだ。
見下ろした自身の体、仰々しく巻かれた包帯。
少しだけ滲んだ赤い模様が、俺の記憶を呼び起こした。
――色の抜け落ちた、ガラクタのような世界。
――取り残された俺とバニングス、月村。
――襲い来る異形のバケモノ。
――そして俺は、奴に……
「――っ!?」
一瞬、体が震えた。
思い出した、自分に起きた出来事の経緯。
流れ出る血液の熱さ、切り裂かれた傷口の痛み、死が迫る刹那の時……。
そして、あやふやだが、バケモノの頭蓋を砕く拳の感触。
「今君が思い出した事、それが僕達に関係がある事だと言えば、分かるんじゃないか?」
「そう、ですね……」
あそこは、確かに理解を超えた世界だった。
魔法という物が絡んでいて全く遜色の無い、完全な常識の外側
「第97管理外世界、通称『地球』のある国、日本の海鳴に起こった異変を僕達は感知したんだ」
また専門用語が出て来た。
だが今は、それを教えて貰う余裕は無い。
クロノさんの話を聴く事しか、今の俺には出来ない。
「突如現れた封時結界、ジャミング機能によって通信も遮断され中の様子は分からない。だが幸いな事にフェイト達が非番だった為、対応は迅速に行われた」
「でも私達が着いた時には、結界は破棄されていた」
「そこで見付けたのが、アリサちゃんとすずかちゃん、そして――」
「2人に抱えられてた、ボロボロになった聖君だったっちゅう訳や」
……そうだったのか。
自分の記憶の残滓と4人の話を纏めれば、何ら食い違いの発生するものは無い。
封時結界なんて訳の分からない言葉も出て来たが、恐らくあの落書きのような世界がそれなのだろう。
――――あっ。
「バニングスと月村――痛っ」
忘れていた、忘れてはいけない事を。
2人の少女、守らなきゃと思った彼女達のあの後。
どうやらハラオウン達に発見されたようだが、一体どうなったのか。
身を乗り出して聞こうとした問いは、腹部の痛みによって遮られた。
塞がったとは言え、深い傷である事には変わりないのだ。
鈍い痛みが腹から全身に巡って、傷口を抑えてうずくまる。
「聖、大丈夫!?」
ハラオウンが傍に駆け寄って、優しく肩に手を掛けてくる。
心配げな顔で此方を見てくる彼女は、かなり思い詰めた様子だった。
それ程までに、コイツに迷惑を掛けてしまったのだと思い知らされる。
コイツだけじゃない、高町にも八神にも……。
そしてバニングスや月村も、皆に多大な心配を掛けてしまった。
「アイツ等、大丈夫なんですか……?」
それなのに、これ以上皆に何かあったら最悪だ。
俺は、自分を生涯許せなくなる。
「彼女達には何も無い。時間も時間だから、家に帰って貰ったよ」
そんな想いを抱いた視線を、目の前の男性は至極冷静に答えた。
アイツ等には何も無い。
それだけで、俺の気持ちは救われた。
ホッと胸を撫で下ろすが、急にクロノさんの視線が険しくなる。
「だが、君の怪我は緊急を要する程のものだった。現場に急行した彼女達に緊急通信を送り、この艦に収容させて貰ったのが今から2時間前だ」
「2時間……」
「その間に怪我の治療と、君の体を調べさせて貰った」
自分が気を失っている間の、空白の時間。
その間、俺の周りは様々な人達が動いていた。
しかし、俺の体を調べたって……。
その言葉で反射的に自分の体を見下ろしてみる。
「別に悪意があってやった訳じゃない」
「悪意があったら困ります」
そんなの、某昆虫ライダーみたいじゃないか。
俺の憮然とした言葉に、クロノさんは少し安心したような顔をした。
先程から色々あり過ぎて、俺自身参ってた部分があったのは確かだ。
それが表情に出ていたのかも知れない。
普段から清々しさとは無縁の顔だが、それでも『らしく』なってきたのは良い傾向なのだろう。
「君があの結界の中に閉じ込められた理由、それが偶然であっても必然であっても、調べる必要があったからだ」
「…………それで?」
自分でも緊張してきたのが分かった。
喉が渇いて、声に張り詰めた感情が乗る。
そして、クロノさんは――
「君には魔力と、魔導師としての素質が、備わっていた」
――衝撃的な言葉を発した。
「リンカーコアを調べた結果、総魔力量30万というランクD魔導師の平均魔力量が検出された」
それが多いのか少ないのか、良いのか悪いのか、今の俺には理解のしようもない。
それでも心の何処かで、大した事ないんだろうなぁ……、なんて考えていた。
「だがそれよりも、一番問題だった事がある」
「クロノ君、どうしたの?」
突如、その場の空気が変わった。
クロノさんの持つ雰囲気、様子を伺っていた3人の様子が、ガラリと変化した。
何を意味するのか理解してるのは、この場に於いて彼しか居ない。
動悸が激しくなった、瞳に力が篭もる、視線を外せない。
この身を包む不安の正体は、一体何なのか。
それを知る間も無く……
「それは、君の体内に―――――デバイスが埋め込まれていた事だ」
「えっ…………」
誰かの呟き、それすら反応出来ずに固まる。
告げられた事実、あまりにも荒唐無稽なその言葉。
最早、何処から反応すれば良いのか、理解に窮する。
その纏まりの無くなった思考を戻したのは、
《Be already of I am concealed like the limit.(私を隠すのは、もう限界のようですね)》
何処からとも無く聞こえてきた、機械的な女声だった。
突然の出現に、驚きに目を見開いたのは俺……だけでなくハラオウン達も同じ。
唯1人、冷静に声を受け止めた男性だけが、懐からあるものを取り出して俺の膝元に置いた。
それは掌程度の大きさを持ったカード。
中央に菱形の青い宝石を飾る、シンプルながら純粋に綺麗だと思わせるものだった。
「これは?」
「僕のデバイス、デュランダルだ。君の体内にあるデバイスと会話する為に、コイツを中継させて念話を出力する」
「念話?」
「声を出さずに相手と会話する魔法だ。遠く離れた相手にも言葉を伝えられ、魔導師だけが使えるから、相手が魔導師かどうかを判断するのにも利用するものだよ」
説明を受けてすぐに、テレパシーのようなものかと納得する。
きっとその念話というものが使えない俺が、デバイスと会話する為の措置なのだろう。
その気遣いに心中で礼を言って、改めてカードへと目を向ける。
3人も同じように視線を動かし、クロノさんが今度はそれに向かって声を掛けた。
「彼の魔力を感じ取れなかったのは、君の差し金かな?」
《If the thing of an invisible field is said, that.(インビジブルフィールドの事を言ってるのであれば、その通りです)》
点滅する宝石、淡く光るそれは何処か幻想的だった。
そして、いつか聞いたような声。
これが、俺の体内にあるというデバイスなのだろうか?
俺が状況をきちんと理解していない間にも、話は進む。
「インビジブルフィールド?」
「聞いた事無い魔法だよね」
「名前からしてフィールドタイプの防御魔法っちゅうのは分かるんやけど、どんなもんなん?」
《It is magic to cheat detection from the outside by the thing with which the linker
core is covered in a regional field.(局地的なフィールドでリンカーコアを覆い、外部からの探知を欺く為の魔法です)》
「なるほど、僕達が出会って内包する魔力を感知出来なかったのは、フィールドによる探知阻害によるものか」
《yes, that's right(はい、その通りです)》
衝撃の事実からそう時が経っていない今、状況に着いて行けていないのは俺1人となった。
さっきまで戸惑いを隠せなかったハラオウン達も、今では何の遜色も無く会話に加わっている。
「だが、それを持続させるには膨大な魔力が必要となるんじゃないのか?」
《That. If it relies on only the field, it is a truism that magic is exhausted.(その通りです。フィールドのみに頼れば、魔力が尽きてしまうのは自明の理)》
「つまり、それだけじゃ無いって事?」
《Yes. Do you know the 'Cancel effect'(はい。貴方達は『魔力観測効果』というものを知っていますか)?》
「「「魔力、観測効果?」」」
が、唐突に3人もクエスチョンマークを頭に浮かべる。
クロノさんも難しい顔をして考えてるし、その『魔力観測効果』というものが一般的に知られていないものだと言う事が分かる。
それにしても観測効果って、まさか……。
「物事は、観測されて初めて存在を認識される……」
「聖君?」
「もしかして……、一度でも俺から魔力が感知されなければ、その事実は真実になって、『俺には魔力が無い』って事が周りに認識されるって事か?」
《Well in knowing. It is true power of an invisible field to modify the fact by the observation.(よくご存知で。観測によって事実を改変させる、それがインビジブルフィールドの真の力です)》
「そんなまさか……。完全な精神論で成り立つ現象じゃないか!?」
《The science is a part of the religion. Will it be natural that the spirit theory mixes there?(科学とは宗教の一部です。そこに精神論が混じるのは、当然では)?》
漸く、俺でも理解出来る事柄が出て来た。
それ以前に色々と疑問はあるが、それは時間のある時にでも聞こう。
兎に角、これでクロノさんが言っていた『俺に魔力が感知されなかった理由』が分かった訳だ。
その本人はどうにも納得出来ていないが、このデバイスの言っている事は間違っていない。
科学が宗教的な枠組みの中にあったのは確かなのだから。
ならば、さっき出た観測効果も精神論によって確立される科学だ。
強く信じる事を基本としている宗教、それが科学の形となって派生するのは必然とも言っていい。
「えぇ〜っと、よく分からないんですが……」
と、横から申し訳無さそうに手を上げる高町。
隣の2人も「右に同じ」といった様子で、うんうんと頷いている。
ったく、お前等は俺よりこっち側に居るんだろうが。
これ以上話を混線するのも面倒だから、彼女達に分かり易い説明をする事にした。
「つまり、信じなければそれ自体の存在は否定されるって事だ。地動説という真実が確実な観測をされるまでは、人々の常識は全て天動説にあったようにな」
《The world influences it by man's fixed idea more than the person thinks.(人の固定概念というものは、人が思っている以上に世界に影響を及ぼします)》
「思い込みが人の常識を固定化して、少しの異変も勘違いで済ましてしまう。認識されない勘違いはやがて、その存在を否定され消える」
《A possible miracle and it are 'Cancel effect' because of the science with the side of the religion(宗教の側面を持つ科学だからこそ可能な奇跡、それが『魔力観測効果』です)》
俺とデバイスの息の合った講釈合戦。
真面目に聞き入っている生徒達(ハラオウン、高町、八神)は、驚きながらもきちんと租借し理解した。
それにしても、このデバイスは中々気の合う奴みたいだ。
まるで俺の呼吸に合わせるようなタイミングの取り方、語り過ぎず語らなさ過ぎず、丁度良い所で此方にバトンを渡してくる。
長年付き合ってきたパートナーのような連帯感、そのようなものを感じた。
「確かに、君達の言ってる事は真実だろう。僕達が魔力を感知出来なかったという事実が、それを立証してるからね」
《It is grateful.(恐縮です)》
漸く納得した顔をするクロノさんに、丁寧に言葉を返すデバイス。
きっと人間として形があったなら、目の前で恭しく一礼をしていたに違いない。
「所で、デバイスである君の名前は?」
《It is not.(ありませんよ)》
「何でだ? 君のようなインテリジェントデバイスは、パートナーたる魔導師から名を貰っているんじゃないのか?」
《Because this child who is my master did not know I am up to now.(私の主であるこの子は、今まで私が居る事を知りませんでしたから)》
「そういえば、名無しって……」
あまりよく覚えていないが、コイツと初めてあった時、自分の事を『名無し』と称していた。
何処か残念そうだったあの声、それはきっと、名前を付けて貰えなかった事に対するものだったのか?
しかも今、コイツは俺がマスターだと言った。
俺の体内に存在する奴だから当然だろうけど、つまり俺がコイツに名を与えるって事なのか?
「それじゃ、聖が付けてあげれば良いんだよ」
突然の提案、自分も同じ事を考えていただけに、ビックリした。
しかも、高町も八神も同意見らしく「それがいいよ」とか「きちんとえぇ名前、決めなあかんよ?」と、言いたい事を言ってくれやがった。
クロノさんからも無言の視線を浴びせられる。
《Hijiri......(聖……)》
そして本人にまでそんな声で言われりゃ、断る訳にもいかない。
それに俺もコイツの事を、いつまでもデバイスだとか三人称的な呼び方で呼びたくない。
出来ればきちんとした名前で呼びたい。
どうしてそんな気持ちになるか分からないが、きっとその想いは間違っていない筈だ。
だから俺は、センスの無い頭をフル回転させて考える。
デバイス、俺の中に居た、今まで知らなかった、隠されていた…………
「――――アポクリファ」
吐いて出たのは、その言葉。
ユダヤ・キリスト教関係の文書の中で、聖書の正典化作業の際に正典のリストに加えられなかった文書――外典。
そしてその外典を『アポクリファ』と言い、ギリシャ語で『隠されたもの』という意味を持っているのだ。
コイツの今までの状況に、正しくピッタリだと思う。
「お前の名前、アポクリファってのはどうだ?」
《Apocrypha......(アポクリファ……)》
噛み締めるように、その名を呟く。
まるで自分に刻み込むように、何度も何度も。
そして――
《It is a good name. It liked it.(良い名前ですね。気に入りました)》
――ご本人からの花丸を頂いた。
「よしっ、じゃあ今日からお前はアポクリファだ。宜しくな」
《Yes, my best regards.(えぇ、宜しくお願いします)》
膝元のカードに最大限の挨拶を以って、俺達は今此処に絆を結んだ。
『人』と『人あらざるモノ』の絆、ちょっと変わっているけど構わない。
その時、クスッと小さく誰かが笑った気がした。
ハラオウンだったか、高町だったか、八神だったか……はたまたクロノさんだったか。
それが少し恥ずかしくて、フンと鼻を鳴らして明後日を見る。
この何気無く交わした言葉。
きっとなんて事無い、友達との唯の挨拶程度のもの。
それが俺とアポクリファを強く結び、更なる運命へと誘う事となる。
だが、この時の俺は、それを知る由も無かった。
〜Interlude side:Chrono〜
怪我の調子もすぐに良くなり、彼――瑞代聖は帰路へと着いた。
全快とは言えないが、アポクリファに内蔵されていた治癒魔法を使って、数日間安静にしてれば問題無い程度にまで治まっていた事が要因だろう。
後日、本局にて再検査をする約束を取り付け、フェイト達に彼を家まで送るように頼み、4人をアースラから離艦させた。
自分1人で大丈夫だと主張する彼から、渋々ながら了解を得るのは少しだけ苦労したが……。
最終的に、フェイトの泣き落としで決着が着いたのは秘密だ。
それ程までに、聖を救えなかった事を悔いていたのだろう。
なのはも、はやても……。
――――さて、此処からは僕の仕事をしよう。
医務室に戻ってきた初老の医師と対面で椅子に腰掛けて、話を始める。
「それで、彼が起きる前にしていた話の続きですが……」
「うむ、分かっている。彼のデバイス……今はアポクリファと言ったか。アレがどのような状態だったか、というやつだな」
「俄かには信じられませんが、本当に繋がっていたのですか?」
僕の問いに彼は、「うむ」と顎に手を添えて答えた。
「間違い無い。アポクリファは、彼のリンカーコアと繋がっていた。物理的ではなく、擬似的に魔力のラインを繋げたと言った方が正しいな」
「そんな事、可能なのですか?」
デバイスとリンカーコア、その両方を繋げるなんて芸当。
そんなもの、今まで聞いた事も見た事も無い。
「常識でものを考えてみたまえ。リンカーコアとは、体の中でもとてもデリケートな部分だ。そこに異物を繋げるなんて事をすれば……」
「拒絶反応を起こし、最悪の場合はショックによる死に至る」
「その通りだ」
それが、当然の帰結。
僕達の考えの中に於いて、先の芸当は死への垂直落下に等しい。
だからこそ、おかしいのだ。
そんな事を知らずに、平然と今まで生きていた彼が……。
状況の混乱を避ける為に3人には伏せておいたが、この分では僕にすら手に負えない。
――――聖、君はかなり厄介な人間に属するようだ。
「他に、彼のリンカーコアから情報は引き出せましたか?」
「彼には元々、変換資質があるようだ。しかも、かなり稀少な部類の……」
フッと目の前に広がる空間モニター。
そこには彼のリンカーコアから引き出した情報が、事細かに書かれていた。
インビジブルフィールドの影響によって殆んど白紙の状態だが、彼が封時結界に居た時の使用魔法はきちんと刻まれている。
身体能力の強化、それに右腕部への魔力の収集・圧縮による打撃魔法。
「彼の変換資質、それは『流動』だ。自然界に存在する様々な力、重力や浮力、引力に斥力、物体に掛かるエネルギーであるそれ等を、彼は魔力によって『そのもの』に変換する事が出来る」
「しかしそれは……」
「そう、魔導師にとってそれ等はプログラムによって同等の効果が得られる。一々、魔力変換する必要は全く無い」
「……確かに、稀少ですね」
その根も葉もない言い草、飾らない言葉は何とも本人には聞かせ難い内容だった。
君には変換資質がある、でもそれは、変換しなくてもプログラムによって同結果を出す事が出来る。
つまり――――不必要な素質だ。
聞いてしまった事に、酷く後悔したような感覚に襲われる。
これを聞いて彼はどう思うか……。
元々、自分に対して卑下する傾向のある少年だ、あまり良い結果になるとは考え難い。
「プログラムの簡略化には持って来いの能力ですね。本人が変換の切り替えをマスターすれば、きっと純粋魔力より使い勝手も増すでしょう」
「確かに、無能ではないな。しかし複数の魔力変換を所持している魔導師を、私は未だかつて聞いた事は無い」
故に、変換の切り替えなんて芸当、一体どのようにするのか皆目見当も付かない。
目の前の人は何処までも冷静に物事を判断し、冷酷に現実を突きつけた。
ましてや聖は魔導師ですらない、今まで唯の一般人だったのだ。
そんな彼に、自分の言った事をマスターさせるなんて不可能に近い。
どれだけの時間を掛ければいいのか、見通しが出来ない位に……。
――――待て、何を考えているんだ僕は。
まるで彼を、魔導師として育てようとしてるみたいじゃないか。
いくら僕達の組織が万年人員不足とは言え、一般人をむやみやたらスカウトする訳にもいかない。
それに僕は、可能ならば今まで通り、彼女達とは普通の友人で居て欲しかった。
特にフェイトとは、魔法なんて関係無い繋がりで居て欲しい。
親友であるなのは達とは、常に魔導師としての繋がりから始まった。
P・T事件でなのはと、闇の書事件ではやてと……。
アリサやすずかも、いやその全てが魔法がある事で生まれたものだった。
だからこそ魔法ではなく、普通の繋がりを持った彼との絆を大切にしたい。
やはり聖を魔導師には――
「艦長?」
「あっ……、すみません。考え事をしてました」
「そんな事より、今から言う事が一番の問題かも知れないぞ」
「……どういう事ですか?」
先程までの思考を取り敢えず脇に寄せて置いて、新たに浮かび上がったモニターに目を向けた。
先程の情報の羅列、その中にある新しい画面。
左側には灰色の発光体、恐らく彼のリンカーコアの図だろう。
右側にはそこに刻まれた情報が、何行にもわたって綴られていた。
「此処だ」
唐突に、画面の一部を指差した男性。
そこには、一文――――
『Unknown:Xenogloss』
――――そう書かれていた。
「ゼノグラス、ですか?」
「あぁ、リンカーコアを片っ端から調べ上げた末に出て来た」
意味不明な名前。
ゼノグラス、一体何を意味してるのだろうか?
視線を向ければ、彼は両手を挙げて首を振った。
どうやらお手上げのようで、先程までの不躾な言葉すら出て来ない。
何なんだ、次から次へと……。
今まで普通の少年だと思ってた彼が、何で此処まで異質なものを抱えているのだ?
「私は専門家じゃないから何とも言えないが、このキーワードは何か重要なものを秘めているように思える」
「えぇ……」
今まで聞いた事も見た事も無い、その言葉。
闇雲に考えたって分かりようもないその問題は、どうすれば解へと導けるだろうか?
…………その時、ある人物の顔が浮かんだ。
我々の理解し得ない事柄でも、もしかしたら知っているかもしれない存在。
もし知らなくとも、調べれば何かが分かるだろう。
彼等は、その分野のプロフェッショナルなのだから。
急いで艦の通信設備から回線を開いて、ある相手へ連絡を取る事にした。
数秒の後、モニターに映る1人の姿。
金髪の長い髪、整った顔立ちに眼鏡を掛けたそれは、初めてあった者なら女性だと勘違いしそうな程の容姿。
だがソイツは、残念な事に正真正銘の男だった。
『はい、無限書庫司書、ユーノ・スクライアです。……って、クロノか』
「また随分なご挨拶だな、ユーノ」
ユーノ・スクライア。
僕達の組織に於いて、重要な位置を占める無限書庫の司書を勤める少年。
P・T事件で、なのはと共に活動していた魔導師でもある。
「早速なんだが、僕の個人的な請願で調べて欲しい事があるんだが……」
『無茶言わないでくれ。ここ数年、色んな部署から資料を請求されながら、書庫の整理をする僕達に、そんな暇は無いんだ』
「『ゼノグラス』」
『――――それは?』
「知っているのか!?」
急に彼の表情が変わった。
もしかして、何か知っているのだろうか?
だとするならば僥倖、求めていた答えがこんな近くで見付かるのだから。
しかし僕の問いに、ユーノは首を横に振った。
『いや……。でも、何処かで聞いた事があるんだ。それらしい言葉を……』
「無限書庫にそれがあるかも知れない、という事か?」
『もしかしたら、だけどね。ちょっと僕も気になるから、不本意ながら手が空いた時にでも調べてみるよ』
「あぁ、助かる」
正直、今の書庫の状態で手が空くのかどうかすら怪しいが、今頼れるのは遺憾ながら彼しか居ないのも事実。
此処は素直に頼るべきだろう。
『珍しいね。いつもだったら用件だけ伝えて、礼の一つも言わないのに……』
「重要な手掛かりになるかもしれないんだ、礼の一つ位なら言うさ」
そう、彼の異常性の答えが、あの言葉の中に隠されているかもしれないのだ。
最優先とまではいかないが、可能な限りの手を打たなければ……。
「それにフェイトやなのは、はやてにも関係する事だからな」
『3人にもって、どういう事?』
「気にするな。君には関係無いからな」
『ちょっと、それってどうい――』
モニターに掴み掛からんとするような勢いの彼へ、強制遮断という手で幕を下ろした。
これ以上は事情を説明しなければならなくなる、彼の存在、その異常性を……。
しかし、出来れば知るべき人間は最小限に止めておきたい。
まぁ、ユーノにもいつか説明はするつもりだから、構わないだろう。
いつかは……。
そう自分に結論付けて、僕は真っ白な天井を見上げた。
思考が磨り減って、何の理由も無く休みたくなる。
訳の分からないばかりだ……。
そんな胸中の愚痴が、自分の中で木霊した。
〜Interlude out〜
「えぇっと、レイジングハートにバルディッシュ、それとリィンフォースだよな」
《yes, how do you do.(えぇ、初めまして)》
《glad to meet you.(宜しく)》
「はい、宜しくお願いしますっ!」
我が家であるひなた園への道、その途中……。
1人で大丈夫だという俺の主張は――
『聖を助けられなかった私達じゃ、頼りにならないよね……』
――見事に、俺の意志を塵も残らない位に粉砕されました。
仕方ないだろ、しょうがないだろ、あんなにも泣きそうなハラオウンを見て我を通せる奴が居るんなら、俺は間違い無くその人に弟子入りしてやるさ。
それだけの破壊力が備わっていたのだ、アイツの泣き顔には。
……まぁ、昔から泣き顔には敏感だからってのもあるかも知れないが……。
渋々ながら、3人のエスコートによって帰路に着いている訳だ。
つーか、放課後の帰宅途中みたいだな、こりゃ。
……悪い気はしないけどな。
恐らく初めてじゃないだろうか、コイツ等と一緒に帰るのは……。
新鮮な気持ちの帰り道、夜空を見上げて改めて思う。
――――帰ってきた、日常へ。
魔法やら、デバイスやら、俺の常識の範囲外での現実が突きつけられて、色々と脳内がゴチャゴチャしてたけど、夜特有の涼しい風を浴びる度にスッキリした気持ちになる。
「折角だから、私達のデバイスも見てみない?」
その中で、高町の言葉は異国語のように聞こえた。
まるで唐突に浮かんだ、唯の思い付きみたいな提案。
だがその本人は、何故だか期待に満ちた眼差しで俺を見ていた。
そしてハラオウンと八神も、名案だ、とばかりにこっちを向いてる。
おいおい、突然過ぎるだろ……。
まぁ、俺としても興味が無い訳じゃない、寧ろちょっとある。
今まで見る事の出来なかった彼女達の側面、その一部が気にならない筈は無い。
友達の事を知りたいって思うのは、きっと当然で大切な想いだから。
その提案に対して俺は、何の躊躇いも無く頷いた。
すると高町は首に下げていた赤い宝石の付いたペンダントを……
ハラオウンはポケットから金色の三角形のプレートを……
八神は高町と同じく首に下げていた十字型の飾りが付いたペンダントを……
それぞれを自身の手に乗せて――
「レイジングハート」
「バルディッシュ」
「リィンフォース」
――その名を、優しい声で呼んだ。
それが、ついさっきあった事だ。
折角だからデバイスと直に話してみようと思い、右手にレイジングハートを、左手にバルディッシュを持って、眼前にはリィンフォースが宙を浮いている。
初対面だから拒絶されるかな、とも考えていたが、その心配は杞憂だったらしい。
「えぇっと、知ってると思うけど、俺は瑞代聖だ」
《It knows. Because your thing was seen well with master.(分かっています。マスター共々、貴方の事はよく見ていましたから)》
「うぉい、マジか……」
レイジングハートの言葉に恥ずかしさ半分、情けなさ半分といった感情が生まれる。
正直な所、ハラオウン達の前で良い所なんて見せてない。
まぁ、良い所があるかどうか、そこから始まる訳なんだが……。
情けない姿を晒す事ならあったけどな。
「どうかしました?」
「いや、何でもねぇよ」
心配げに俺の瞳を覗き込んでくる小さな妖精。
まるで童話の中に存在するその様相は、愛らしさを無自覚で振りまいている。
無垢で無邪気、心が洗われるような感覚をこの少女、リィンフォースからは感じる。
彼女を見ていると、家に居る妹達を思い出して、微笑ましくなる。
「楽しそうだな……」
「はいです。リィンは、聖さんにとっても逢いたかったです!」
心の底から嬉しそうに、クルクル俺の周りを飛ぶ少女。
空色の長い髪に、意識してのものか八神と同じ髪留めを着けている。
その彼女は人間と思ってもおかしくない程、感情豊かに生きていた。
……寧ろ最初見た時は、本当にデバイスなのか疑問に思った位だしな。
レイジングハートとバルディッシュは分からなくも無いが、此処までフリーダムなデバイスがあっていいのか? と考えてしまった。
八神が言うには『ユニゾンデバイス』と呼ばれる特殊なものらしいから、考えるだけ無駄なのだろう。
それに、俺との出逢いをこんなに嬉しく思ってくれているこの子になら、そんな考えは不要だ。
「ありがとな……」
だからこうやって、素直な言葉を返せるのだろう。
「こうやって話せる日を、ずっと待っていました。でも、聖さんは魔法を知らない普通の人だから、それは出来ませんでした」
しょんぼりと俯く姿は、痛ましい程の純粋さに満ちていた。
それだけ、そこに込められる想いは強かったのだろう。
俺とこの子の存在する場所は、同じであり隔てられている。
俺は普通の世界だけに身を置き、リィンフォースはこの世界と境界の向こう側の2つを行き来していた。
魔法には秘匿される必要性があり、故にその結晶でもある彼女は、此方側で迂闊に姿を現す事は出来ない。
この邂逅は、きっと偶然の積み重ねが引き起こした――――奇跡のようなもの。
「だから今、リィンはすっごく嬉しいです。こうして貴方と目を見て話せる時が来てくれて。その、今の聖さんには申し訳無いですが……」
それはきっと、この胸に傷を言ってるのだろう。
こうして俺が魔法に出会う切っ掛けとなった、あの命を掛けた異形との戦い。
戦いの最中の事はあまり覚えていないが、傷の存在が否が応にもその壮絶さを物語っている。
あれが無ければ俺が怪我をする事はなかった、……そしてこの子と出会う事も。
もしその2つを天秤に掛けるのであれば――
「この怪我がお前等に逢う為の代償だって言うんなら、俺はこの傷を我慢出来る。だから、気にするな」
その小さな頭を、レイジングハートを持つ右手、というか人差し指で優しく撫でる。
たとえどんな大怪我を負っても、これだけ俺との出逢いを大切にしてくれている少女が居てくれるなら、きっと俺は挫けない。
寧ろそれが分かっていたなら、俺はもっと頑張っていたのかも知れない。
俺の指にされるがまま、その感触に目を細めているリィンフォース。
本当、仕草も小さい子供そのものだな。
声を出していないが、レイジングハートとバルディッシュも、その身を明滅させている。
「なんや、親子みたいな感じやねぇ」
「そこっ、変な事言わない!!」
突然変な横槍を入れる八神に、「意義あり!!」の如く指を差す。
リィンフォースの主である少女は、何故か嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「リィンがここまで懐いてるのも珍しいなぁ」
「聖さんの事は、はやてちゃんの傍でずっと見てましたから」
フワフワと眼前で宙を飛ぶ少女は、己が主の言葉に笑顔で答えている。
……此処まで好かれるような事、した覚え無いんだけどなぁ。
彼女がどうして俺に対し好意的に接してくれるのか、イマイチ理解出来ない。
まぁリィンフォースに邪気は無いし、彼女なりの心遣いもあるんだろう。
だから、彼女に対して何か裏があるかなんて馬鹿な考えはしない。
無条件な好意は苦手だけど、嫌いじゃないからな……。
「それにリィンだけじゃなくて、レイジングハートもバルディッシュも同じだと思います」
「そうなの? レイジングハート」
《I am separately.......(私は、別に……)》
「バルディッシュ?」
《......》
妖精の一言に、ハラオウンと高町が、俺の手に収まっている自身の相棒に声を掛ける。
だがレイジングハートは曖昧に、バルディッシュは完全な沈黙を以って返答とした。
何だろうか、ハラオウンも高町も表情に戸惑いが見える。
「どうかしたか?」
「ううん……。唯、バルディッシュがこんな反応をするの、今までに無かったから」
「レイジングハートもそうだよ。何か、いつもと様子が変……」
何処か、雲行きが怪しくなってきた。
数年間ずっと傍に居続けてきたパートナー、彼女達だからこそ分かる微細な変化。
俺にはよく分からないけど、ハラオウン達にとっては深刻なものらしい。
心配げな表情が、それを物語っていた。
「大丈夫なのか? レイジングハート、バルディッシュ……」
流石にそんな顔を見せられちゃ、俺だって少し心配になってくる。
それで何かなる訳じゃないけど、掌に在る彼等に声を掛けてみた。
普段と違う、だとすれば此処に俺が居る事こそが違うのだから。
「お前等、戻った方が良いな」
《《What(何)?》》
「俺はお前等と話せて充分だ。もう、ご主人様の所に戻った方が良い」
俺の存在が、コイツ等のAIに何かしらの異変を起こしてるのかもしれない。
元々デバイスがどういうものか知らないから、何とも言えないけど……。
だけど可能性があるのなら、些細な事でも見逃せない。
友人の大切なパートナーなんだから……。
「楽しかったぜ、レイジングハート。バルディッシュもな……」
まぁバルディッシュとはまともに会話出来てなかったけど、傍に居るだけで何となく彼がどういう奴か分かった気がする。
本当ならもっと話したかったけど、コイツ等に迷惑を掛けるのも嫌だからな。
レイジングハートを高町に、バルディッシュをハラオウンへ、名残惜しい気持ちを秘めたまま、俺は手に収まっているコイツ等を主の許へ戻した。
「リィンフォース、お前も何かあったら拙いだろ? 八神の所に戻った方が良いぞ」
「リィンは大丈夫なんですが……。聖さんに心配掛ける訳にもいかないので、大人しく戻ります」
明らかな落ち込みようを見せながら、妖精は主たる八神の許へ、そして剣十字のペンダントの中へ吸い込まれるように消えていった。
自分の事よりも他人の事を想える姿は、何処までも健気で綺麗だった。
それはきっと、俺には出来ない事だから。
自分より他人を優先させる、今の俺には到底無理な芸当。
自分の事で精一杯なのに、他人の面倒までしてしまっては、俺の少ない許容量を容易く超える。
そして何もかもを取りこぼす、後悔に身を委ねる結果が待っている。
だからこそ、リィンフォースの姿が、俺には綺麗で眩しく映ったんだろう。
全員が主の許へ戻ると、俺は歩みを速めた。
「ひなた園が近いから、此処までだな」
後少しで俺の家である場所に、家族が待ってくれている場所へ帰れる。
ゆっくり歩いていた割には、結構早かったんだな。
まぁこれ以上は、ハラオウン達の手を煩わせる必要は無い。
「そんじゃな」の一言を告げて、俺の帰るべき場所へ歩を進めた。
「レイジングハートとバルディッシュの事、何か分かったら教えてくれ」
ハラオウンと高町の2人に、それだけ付け足して。
最後の最後で原因の分からない状況に陥り、正直今でも心配だ。
彼女達の手に収められたアイツ等とは、今日初めて会った仲だけど、何処か言葉にならないモノを感じる。
「友達、みたいなもんだし……」
その中で、一番近いであろう答えを主とパートナー、その両者に告げた。
何度も思うが誰かを友達だと、その事実を口にするのはとても恥ずかしい。
今も必要以上に赤面してる自分を、簡単に想像出来る。
「ありがとう、聖君」
「良かったね、バルディッシュ」
「リィンの事も忘れたらアカンよ〜」
そして、俺の言葉を聞いた3人の、本当に嬉しそうな顔は――
――どんな光源よりも、太陽よりも、眩しく光っていた。
きっと今の自分は、トマトのように真っ赤になってるんだろうな。
―――――――――――――――
あとがき
どうも、おはこんばんちはです。
今の内に出来るだけ執筆を進めておこうと思い、年末からハイペースで物語を進めていますぜ。
ですがコッチが本筋であるが故なのでしょうか、結構進み具合が良いんですよね。
これが続けば良いんですけどねぇ……。
そして今回は原作の設定を弄って、主人公の存在の異端さを引き出しました。
元々決めていた設定ですけど、改めて文に起こすと恐ろしい奴ですね。
それによって今回も、色々と伏線を張らせて頂きましたが……。
『聖は一般人じゃないのか!?』って思われそうですが、一応彼はれっきとした一般人ですよ?
今まで魔法を知らず、普通の生活に身を委ねていた彼は、魔法に出会う事で異端であると認識されるのです。
正に観測効果の通り、周囲に異端性を認識されるまで彼は、一般人だったのですね。
そしてこの『運命編』に入ってから、皆様がコメントで色々と考えてくれてるみたいで、反応を待つ側としてもとても楽しみになってきています。
これからも、気になった事があれば幾らでもコメントして下さい。
ネタバレにならない程度ですが、お答えさせて頂きますので。
今回は以上です。
感想や意見、その他シチュエーションリクエストは掲示板や拍手の方でお願いします。
前回、いつも以上に多くのコメントを頂けて、本当に嬉しくなりました。
これからも、沢山の皆様の声を聞かせて下さい。
そして今まで書かなかった方も「可哀相だから書いてやるか」と同情の気持ちでも構わないので、書いてやって下さい。
それでは〜。
P.S
最近、懐かしさからsurfaceの曲を聴き直したのですが、これが予想以上にハマリまして大変です。
『その先にあるもの』『なにしてんの』『キミスター☆』『焔の如く』が特に好きですね。
皆様も一度、聞いてみては如何でしょうか?
ニコニコ動画の方で、色々上がっていますので。
――Web拍手のお返事――
>渡り鳥様
どうも、初めましてです。
僕の作品を楽しんで頂けてるようで、作者として一番嬉しく思います。
『俺達の戦いはまだまだ終わらない!!』――――ジャンプ打ち切り作品じゃないですか!?
ヤバいですよ、僕の作品も打ち切りですか!?
世界観設定に関しては僕が『とらハ』をやった事が無いので、ざからや久遠、フィアッセ達は出せそうにありません。
いやぁ聖の設定上、歌姫だけは出してみたかったんですけど……。
もし出来たら、短編として作ってみたいですね。
感想は巧く書く事ではなく、思った事を書くのが正しいものだと考えています。
良い事や悪い事は、作者にとって大切な肥やしになります。
これからも好き勝手書いちゃって下さい。
>1月5日、午前0時の方
やはり作品の雰囲気が急に変わるのは、読者様に戸惑いが生まれますよね。
日常が非日常に変わる瞬間は、いつだって突然ですからね。
毎週チェックしてくれているようなので、可能な限り早い完成を心掛けようと思います。
>午前7時の方
駄目ですよ、ちゃんと寝ないと!!
作品を楽しんで下さっているのは、作者としてもかなり嬉しいですが……。
お体に気を付けて、これからも『少年の誓い』を宜しくお願いします。
>草之様
と言う訳で、拍手の設定を色々と変えてみました。
名前欄や行数の増加等、最近は無料でもかなり性能が良いですね〜。
物語の展開の速さ、自分でも分かっていましたが気になるようですね。
9XIIIは時間的に、恐らく5分にも満たない内容ですから。
デバイスの台詞が多かったのは草之様も仰ってる通り、聖と話し合ってるからです。
英語に関しては、Excite翻訳を駆使して書いております。
決して、独力じゃありません(偏差値50程度の工業技術高校出身なので)
まさかっ、貴方もはやて好きか―――!!
僕はフェイトの方が好きですけど(作品見れば分かるかも知れませんが)
此方こそ、今年も頑張って生き(誤字に非ず)ましょう!!
>月蝕様
厚かましいなんて言わなくて大丈夫です、とても助かってますので。
既に『夜の教会』のシチュエーションは、僕の中でやりたい事に入っていますから。
質問の答えですが、聖はデバイスを待機状態ではなく通常状態で使っていました。
形態に関する描写が無かったのは、今回の内容で分かる通り、体内にあったからです。
なので、間違いでは無いですよ。
>神輝 望様
初めまして……、って掲示板の方に感想くださいましたよね? 結構前ですけど。
改めて、宜しくお願いします。
珍しく聖というキャラを好きになってくれてる人が居る事に、作者的に狂喜乱舞です。
そして、凄いですね。
全部読めば作品の概要が分かる位の、まるでレビューのように要約された文に才能を感じます。
その才能、欲しいですね。
『運命編』は初っ端から色んな伏線を張りましたので、これから様々な展開を見せていきます。
楽しみに待っていて下さい。
更新は続ける事が大切なので、止めない限りは大丈夫です。
P.Sの返事ですが、残念、不正解です!!
答えは今回の話を見て下されば分かりますが、アポクリファです。
今回は以上です。
前回、同情を誘うような事を書いて申し訳無いのですが、コメントが増えてくれた事は素直に嬉しいです。
これからも皆様の意見や感想をお待ちしてます。
以上、今回のお返事でした。