――初めてあった時は、普通の男の子だと思った。

――事実彼は、何ら特別な力を持ってはいなかった。

――でも、そんな事は関係無い。

――力が特別でなくても、心に秘める意志は誰よりも特別だったから。

――どんな時でも真っ直ぐで、愚直なまでに純粋だった。

――きっと他人が躊躇ってしまうような事でさえ、彼ならば突き進むだろう。

――昨日のコンクールでもそうだった。

――どこまでも真っ直ぐな言葉だったから、私も思わず返してしまった。


「それでも、出来ない以上どうしようもないんだよ!?」


――まさか自分がこんな風に心の叫びを露にするとは、思いもしなかった。

――こんな人は初めてだった。

――私を力強く怒鳴りつけたり、優しく抱きしめてくれたり。

――かと思えば、些細な言葉で凄く照れたりして、可愛い所もある。

――そして何よりも、深い愛情を湛えた心を持っている。

――ならば、その心はどこまでの真実を許容出来るのだろう?

――きっと彼は……、私という-モノ-を受け入れる事は出来ない。

――だから私は生涯、自分を偽り続けるだろう。

――だったら……

――どうして私は……

――彼の誘いを、受けたのだろう?










少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


SルートgT「時に非情な初デート?」











 ホームルームを終え、教室の空気が一気に開放的なそれに変わる。

 和気藹々とした空気の中、俺はどこかソワソワしていた。

 この後の事を考えると、少しばかり……いや、かなり落ち着いてられない。

 何と言っても、人生に於いて初めての体験。

 同い年の少女と、2人っきりの『お出掛けデート?』なのだから。


「っし……」

「あれ、今日は早いんだね?」

「あぁ……まぁ、な」


 前の席のハラオウンが不思議そうに此方を見る。

 事情を知らない筈の彼女だが、何故か理解してるのではと錯覚する。

 それ程までに、今の自分は落ち着きが無いのだ。

 何故なら相手は、……あの月村だからだ。

 静かなる水面、微風に凪ぐ柳、可憐に咲く白百合の如く物腰柔らかな少女。

 読書好きで、スポーツ全般も得意、更に成績優秀という非の打ち所の無い完璧超人。

 しかも親は工業機器の開発製造を担う会社の社長という、本物のお嬢様。

 高嶺の花なんてレベルじゃなく、天上の存在。

 それが何の因果か、放課後に俺と出掛けるという事になっている。

 …………冗談じゃないよな?

 いや、女気の無い俺の人生に於ける、最初で最後の事だろう。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、俺は帰り支度を済ませ立ち上がる。

 急げば余裕はあるだろうが、兎にも角にも心を落ち着ける時間が必要だ。

 そのまま教室を出ようとして、視界にバニングスが入ってきた。

 あまり話して時間を掛ける訳にはいかないから、「んじゃな」とだけ告げて横を過ぎる。


「まっ、頑張んなさい」


 何故かその声が心配そうだったのは、気のせいだろう。

 今の俺は、その声の意図を知る由も無い。

 きっとこれから起こるであろう出来事に対して、期待と不安を抱いているからだろう。

 ――そもそも、どうしてこのような状況になったのか?

 今までなら、ゆっくり帰って家の手伝いをする。

 それが、俺にとってのいつも通りである筈だ。

 原因を語るというのなら、昨日のアレが間違い無くそうなのだろう。










「折角だから、貰ってやってくれ」


 差し出したチケットを、見詰め続ける二人の少女。

 内心、何を考えているのだろうか?

 貰える事に対する嬉しさ?

 それとも、やはり迷惑だったのだろうか?

 人の好意を無碍にするような2人ではないが、相手は俺である。

 出過ぎた真似、なのだろうか……?

 この数ヶ月で、俺達は友達としてそれなりにやってこれたと思っていたが、それは俺だけだったのだろうか?

 俺の思い違いでしかないのだろうか?

 内心で落ち込んだ気持ちを抱えたまま、チケットに目を遣る2人に視線を向ける。

 バニングスはジッとチケットに視線を向け、月村はチケットとバニングスを交互に見遣っていた。

 しかし何故、月村はそんなに視線を動かしてるのだろう?

 バニングスを気遣うような視線でありながら、何かに耐えるような視線でもある。

 一体その瞳は、何を思っているのか……。


「よしっ、決めた!!」

「えっ……?」

「すずか、アンタ行きなさいよ、瑞代と」


 へっ? という月村にしては珍しい間抜けな声を聞き、バニングスの言葉を反芻する。

 俺と、月村が……一緒………。

 してやったりといった顔をする少女は、俺達2人に向けてそう言い放った。

 そんな表情をされるのはどこか癪だが、隣の少女はまた別の反応。

 完全に呆けている、そんな感じだ。


「ア……、アリサちゃん?」

「何よすずか、別に行きたくないって訳じゃ無いんでしょ?」

「それはそうだけど……、アリサちゃんだって!!」


 いつもの月村にしては珍しく慌てるその姿に、どこか新鮮味を感じる。

 この逆なら、よく見るんだけどなぁ。

 何とかバニングスに食って掛かる彼女だが、いつものような的確なツッコミは形を潜めている。


「何でアタシが行かなきゃいけないのよ?」

「だって、アリサちゃんは……」

「何が言いたいのか分かんないけど、別にアタシは行きたくないわよ」

「で、でも……」


 これまた珍しい月村の困惑する姿。

 腕を組んで彼女の意見を否定するバニングスは、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 結構失礼な事を言ってるのは、この際気にしないでおこう。

 そんな事より月村だ。

 何か様子が変だな、さっきまでは普通だったのに……。


「すずかぁ〜、人の事よりそっちはどうなのよ?」

「わっ、私……?」

「そうよ。本当はアンタも、瑞代なんかとは行きたくないワケ?」

「そ、そう言う訳じゃ……」

「そんな半端な言葉で断るより、ハッキリ言った方が相手には良いのよ」

「そうかもしれないけど……」


 いつもの強気な発言にたじろぐ月村は、言葉尻をどんどん濁していく。

 確かにそんな煮え切らない態度よりも、ハッキリと言ってくれた方が助かる。

 儚い期待は、尽くを砕いてくれた方がスッキリするもんだ。


「まぁすずかが行かないって言うなら、アタシが行ってもいいわよ」

「えっ!?」

「散々引っ張り回して、扱き使ってやるわよ」

「お前、言ってる事が滅茶苦茶だぞ……」

「フン、このまま1人寂しく映画館行くよりマシでしょ?」

「……反論出来んのが辛いな」

「じゃあそれで良いわね?」

「……」


 何故か了解を取るバニングスに、それに対して渋った顔をする月村。

 バニングスが了解を取るのは意味不明だが、それ以上に月村の反応が分からない。

 何か考え込んでるようだが、幾らなんでも考え過ぎだろ。

 今日のお疲れ様の意味を込めての、そんな簡単なモノだったんだけど……。

 そんな月村の様子に、バニングスは更に一押しするように畳み掛ける。


「それじゃ瑞代、早速だけど明日にでも――」

「――待って」


 だが少女の快進撃に、待ったをかける声が発された。

 先程まで全く攻勢に出なかった少女が、静かに立ち上がる。


「月村……?」

「だってこのままじゃ、聖君がアリサちゃんに扱き使われちゃうもん」

「何か俺が途轍もなく情けない奴に聞こえるんだけど……」

「アリサちゃんの暴走は私が止めなくちゃね」


 俺の呟きを華麗にかわして、彼女は甚く満足そうな顔でそう言った。

 まるで自分に言い聞かせるような、言葉の正当化。

 それは果たして、正しいのか?

 月村のような美が付く少女とのデート(らしきもの)をするのは、決して嫌じゃない。

 寧ろ、叶うなら一度でも良いから行きたい。

 でもそれは、月村の本心が望んでこその結果となるべきだ。

 だから知らなくてはならない、彼女の本心を……


「月村……、苦し紛れとかそういうのは無しだぞ」

「別にそんなつもりは無いけど?」


 ふむぅ、何か釈然としないんだが……。


「もしかして、私とじゃ嫌?」

「――――っ、そんな訳無いだろ!!」


 月村の言葉に、思わず声を荒げてしまった。

 そんな事は無い、そんな事を言う奴が居るなら俺はぶっ飛ばす。

 殆んど脊髄反射で出た言葉だったが、嘘偽りの無い俺の本心。

 考える暇も無く、呼吸のように自然と吐き出されたモノ。

 つーか、対する月村の方が驚いてるのは、どうしたものか……。

 呆けているが、俺の声にびびったのだろうか?

 だが次の瞬間には、純粋な笑みを湛えていた。


「それじゃ、一緒に行こう」

「…………あぁ」


 あまりにもそれが眩しくて、直視するだけで心臓が高鳴る。

 さっきの言葉も相俟って、相乗効果で恥ずかしさが倍加。

 月村の顔を見ると、彼女の方もそれ程嫌がってはいないらしい。

 だったらコイツと一緒に行くのも良いんじゃないのか?

 いや寧ろ、行きたいと思う自分が居る。

 だから俺は、少女の誘いを断る事をしなかった。


「楽しみだね」


 その言葉が彼女の本心である事を願って、静かに頷いた。

 きっと楽しくなるだろう……。

 だって俺は、もっと知りたいから。

 目の前の少女、月村すずかの事を……。

 相手を知りたいと思うのだから、きっと楽しくない筈が無い。

 なら、月村はどうなのだろう?

 他人の本心を知り得る方法など、この世には一つしかない。

 でも今の俺には、それを行うだけの行動力も自信も無くて……。

 唯、そうであって欲しいと願う事しか出来なかった。










 私服に着替え、財布も持った。

 特に持っていく物は無かった筈だから、これだけで充分だな。

 時間もあまり無いので、さっさと自室を出て玄関まで。

 と、途中で師父と遭遇した。


「聖、出掛けるのか?」

「えぇ、まぁ……」

「ふむ……………………頑張れよ」

「――何を!?」


 俺の突っ込みも虚しく、それだけ言った師父は静かに去っていった。

 その背中は、見た目以上に大きく見えたのは、きっと見間違い無いだろう。

 力強いそれは、俺の目標とする到達点。

 今はまだ遠い、遠い理想郷の向こう側。

 いつか、俺はあの人と同じ場所へ立てるのだろうか?


「…………って、おい」


 今はそれを考える時間じゃないだろ?

 時間は12時30分。

 待ち合わせは駅前、時間は1時だった筈だから……。

 普通に行けば問題無く間に合うな。

 よし、なら行くか。

 靴を履き、玄関の扉を開けて振り返る。


「行ってきます」


 離れた場所から、シスターの優しい声が聞こえた。










〜Interlude by:SUZUKA〜



 行き交う人々に目を向ける。

 急ぐ人、ゆっくりな人、嬉しそうな人、悲しそうな人……。

 それぞれが様々な感情を抱えながら、私の目の前を通り過ぎていく。

 1人や2人、もしくはそれ以上の人数を傍らに、彼等は感情を振り撒いている。

 まるでそれは、小さな子供が描いた拙い絵のような……。

 視界キャンパスの中に所狭しと塗られていく感情いろが世界を埋めていく。

 それぞれが混じり合わず、独立した一つの色。

 でもその中で、一際目を惹くのが……恋人達の色だった。

 底抜けに明るく、溢れ出る感情を抑えようともしない。

 故にそれは、この上なく輝いて見えるのだろう。

 そんな景色から目を離して、手首に掛かる時計に移す。

 現在の時刻――――12時45分。

 約束の時間まで、後15分。




 そう、約束。

 1人の少年、瑞代聖を待っている。

 無愛想、素直じゃない、偶に口が悪い等と好印象の少ない要素ばかりを詰め込んだ同級生。

 彼と同じ小学校だったクラスメイトも、似たような事を言っていたのを憶えている。

 最初は聖君の事が分からなかった。

 だから私は、彼をよく見るようになった。

 休み時間、昼食中、合同授業の合間、放課後……。

 気付けば彼を見ていた。

 そして、理解した。

 確かに目付きの悪さや素直じゃない所はあるけど……。

 それは彼の側面の一つでしかないのだと。





『アイツ等は何処にでも居る、普通の女の子なんだよ』


『俺は、お前に楽しんで欲しいんだよ』




『まぁ、頑張れよ』


『さっさと言えよ。心配掛けたって良いじゃないか、…………心配、させろよ』




『絶対に終わらせない。俺がお前等を、舞台に立たせてやるから』





 私の中にある、彼との想い出。

 まだ出会って3ヶ月程なのに、こんなにも色々なものがある。

 どんな時でも偽りの無い真っ直ぐな言葉で、私達に向かい合っていた。

 決して特別じゃない、それでも行動に宿る意志は何よりも特別で……。

 この人は、とても勇敢で無謀で、優しい人なんだって気付いた。




「あっ……」


 今までの事を色々と考え込んでいたら、不意に私の視線が捉えた。

 少し高い身長、艶のある黒髪、真っ直ぐに此方を見詰める視線。

 私の待ち望んでいた人が、遂にやってきた。


「悪い、待たせたか?」

「ううん、全然」


 額に薄っすらと滲む汗を拭う彼に、笑みを向けながら答える。

 私の言葉に軽く息衝いて、そっか、と安堵した声を上げた。


「急いだつもりなんだけどなぁ〜」

「2組はホームルーム早く終わったからね」

「道理でお前を見なかった訳だ……」


 苦笑いを浮かべながら、得心いったような呟き。

 もしかして帰り際に様子を見に来てくれたのかな?

 そう思うと、何か悪い事をしたと感じてしまう。


「ゴメンね、先に帰っちゃって」

「そんな事気にすんな。お前の家遠いんだから当然だろ?」


 でもそれを、至極当然のように消し去ってしまう。

 心遣いではなく、それが当たり前のように言うから凄いと思う。


「そんじゃ、さっさと行くか」

「走って来たんでしょ? 疲れてない?」


 逸る気持ちを抑えるような聖君にそう言うと、キョトンとされた。

 まるで何言ってんだコイツ? みたいな顔。

 そしてすぐに、呆れた顔に変わって……


「俺を嘗めんなっての。この程度、準備運動にしかならねぇよ」


 私の額を人差し指で小突いた。

 その行動があまりに唐突で、思考が止まってしまった。

 突付かれたそこに手を当てて、ぼうっと聖君の顔を見ている。


「聖、君……」

「……あっ、わっ、悪い」


 聖君も何か気付いたらしく、急に顔を赤らめてそっぽを向いた。

 その慌てっぷりを見て、私の思考が元通りに巡りだす。

 普段はあまり見られない可愛い姿に、ちょっとだけ悪戯心がくすぐられた。


「何か、恋人同士みたいだね」

「――――っ!!!???」


 声にならない声を吐き出す彼が、どうにも面白くて……。

 私は今日一日が、楽しみで仕方なくなってしまった。


「それじゃ、行こっか」

「お、おいっ!?」


 聖君の腕を引っ張って、その場から離れていく。

 今の私達が周囲からどう見られているか、そんな事はどうでもいい。

 今は2人きりのこの時間を、思い切り堪能しないと損だよね?


「取り敢えず、今日から私の事をすずかって呼んでね」

「いっ!? 何で、急に……?」

「いつまでも苗字じゃ嫌だよ、私は」

「………………か」

「はい、ワンモア」

「………ずか」

「ワンモア♪」

「すっ、……すずか


 恥ずかしそうな、困り果てた顔。

 この顔を見る度に、どうにも悪戯したくなっちゃう。

 きっと私を見てる聖君も、それは理解してると思う。

 それでも絶対に拒絶をしない、彼なりの優しさ。

 理由は無いけど、今はそれに甘えたいと思った。


「ったく、意外だよ。お前がここまで引っ張ってくなんてさ」

「フフフ、私だって女の子なんだから。時には積極的にいくよ」

「お、お手柔らかに……」


 観念した声で呟いたそれに、思わず笑みが零れてしまう。

 赤らめた顔で目を伏せる姿は新鮮で、私にまで感染っちゃいそう。

 だって、私もさっきから――――


「それじゃあ先に、お昼にしようか?」


 ――――ドキドキしっぱなしだもん。



〜Interlude out〜










 まぁ、駅前と言うものは中々便利は場所だなぁ……。

 何て事を考えながら、俺は目の前のドリアを平らげていく。

 対席には月村…………すずか(何かへそを曲げるから呼び方変更)が、ペペロンチーノを優雅に食している姿が目に付く。

 流石と言うか、お嬢様だけあって食事の仕種も洗練されていて、初見では見惚れてしまう程だ。

 そんな、いつもと少し違う昼食を俺達は過ごしていた。

 駅前にあるファミリーレストラン、『マイゼリア』。

 手頃な値段と多彩なメニューが売りの、老若男女問わず利用されるレストラン。

 上映時間までに昼食にしようと言う彼女の提案で来たのだが、とても良い場所だと思う。

 高級店のような厳かな雰囲気や、ファーストフードのような喧しさが無い雰囲気は嫌いじゃない。

 パラパラと雑談や食器の音が聞こえる程度で、不快感は形を潜めている。

 初めての場所だが、中々良い場所なんじゃないかと思う。

 まぁそんな事より、目の前の少女がこのような場所に来る事に少々驚いたが……。


「皆と偶に来るんだよ」


 曰く、ハラオウン達と買い物に行ったりする際に訪れるのだとか。

 その画が容易に浮かぶのは、きっと彼女達の絆の一端を理解したが故だろう。

 仲良き事、善哉善哉。


「どうしたの、聖君?」

「いや……仲が良いなぁと改めて思い知っただけだ」


 別段、隠す事でも無いから真っ直ぐに伝えた。

 すると月……すずかは綻ぶような笑顔で答える。


「聖君は誰かと来たりしないの?」


 と返され、ムッと答えに窮する。

 こんな場所に来たのは初めてだし、誰かと一緒に遊びに行く事も無かった。

 自業自得とは言え、今思うと少し勿体無いと思ってしまう。

 ――――だからと言って、家族の為にしてきた事を後悔する気は毛頭無い。


「ねぇよ、来たのも初めてだし……」


 だからこんな答えしか出ない。

 言ってて頬が微妙に動いていて、さぞかし変な自嘲的な笑みを浮かべている事だろう。

 そんな顔をしたって、コイツの気分を悪くさせるだけなのにな。

 でも彼女はそんな杞憂をものともせず、聖母のような笑顔を浮かべて……。


「それじゃあ、私が聖君の初めてだね」

「ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ――!?」


 色々な意味でマズい発言を放ちやがった。

 確かに話の流れで言ってる事は間違っていないが、もしこれだけを聞いた人が居ればどう思うか…………。

 …………んなもん、知りたくも無いっての。

 眼下のテーブルに吹いてしまったお冷を布巾で拭いて、色んな意味での暴言を吐いた彼女にジト目を向ける。

 恥ずかしくて真っ赤になってるであろうが、こうでもしないとやってられん。

 そんな視線を気にもせず、すずかは笑みを絶やさない。

 ……なるほど、気にするだけ無駄か。


「ったく……」


 残り少ないドリアを口内に詰め込んで、先程の彼女の発言を脳内から払拭する。

 ワザとらしくモグモグと口を動かし、顔中の熱を遠くへと放り投げた。

 さぞかし滑稽であろうが、目の前の少女は母性溢れる表情を変えない。

 むぅ、何か負けた気がする。


「どうかした?」

「……何でもねぇよ。それより、さっさと食っちまおうぜ」


 自分でもよく分からない、どうしてそんな棘を含んだような声になったのは……。

 目の前の少女には、そんな声を向けたくないのに。

 空になった皿を前に後悔する俺の唯一の救いは、すずかが笑みを失わなかったという事だった。










 取り敢えず言おう。


「大誤算だった……」

「まぁまぁ、別に良いと思うよ」


 ガックリと項垂れる俺を、すずかが優しく宥めてくれた。

 全く、まるで姉みたいな対応だな、これは……。

 単に俺がガキっぽいだけなんだろうけど。

 それはそれとして、今になって問題が急浮上した。

 それは――――映画、何見ようか?


「せめて、今日の上映してる内容だけでも把握すればよかった」

「大丈夫だよ、時間はまだあるから。ゆっくり考えよ?」

「そうだな……」


 何だろうか、コイツと居るとどうにも寄り掛かってしまいそうになる。

 彼女の優しさが当然のように身に沁みてきて、抗う事を拒んでしまう。

 ――――それでは駄目だ、気をしっかりと持て。

 改めて気を取り直し、映画館のカウンターにある上映表を確認してみた。


「う〜ん……」

「久し振りに来たけど、色々あるねぇ」

「ハラオウン達とか?」

「そうだよ」


 俺の問いに思い出すような声で答え、真剣に表に目を通している。

 同じように俺も見るが、色々あり過ぎたり内容を知らなかったりと意味を為していない。

 少しは役に立ちたいが、これでは本末転倒ではなかろうか?

 真面目に探しているすずかを横目に、半ば諦め気味な俺。

 だがその時、視界の隅に見覚えのあるモノが……。

 コイツは――


二休ふたやすみ探偵の事件簿……!!」


 その見知ったタイトルに、思わず声を上げてしまった。

 一心不乱に探していた隣の少女もそれに反応して、こっちを向く。


「それって、確かテレビでやってたよね?」

「あぁ。幾つもの事件をオムニバス形式にして、それらを解決していくやつだ」


 二休という男性が行く先々で起こる事件を、現場の状況から瞬時に解決するという番組。

 様々なトリックを散りばめた単純な作りでありながら、それ故に様々な人が受け入れやすい作品をなっている。

 俺も観察力や思考・判断力を鍛えるという意味で、毎度見ている。


「ミステリー小説程の硬くないし、トリックも小難しいものは殆んど無い。理解し易いものが多いから、気を張らずに見れるぞ」

「そっか、それじゃあこれにしようか」

「良いのか? そんな簡単に決めて」


 俺の言葉でアッサリと決定を下す少女に、少しばかり疑問を感じる。

 あれだけ真剣に探してたのだから、何か見たいものの一つでもあると思ったんだが……。

 そんな考えも、すずかは「うん」と真っ直ぐに答えた。


「だって聖君のお勧めだもん。きっと私も気に入ると思うよ」

「そうだと良いんだけどな……」

「聖君が貸してくれた本も楽しかったもん。大丈夫だって」


 まるでそれが当然かのような口振り。

 そこには一切の疑う余地は無く、きっとそうである事を確信している。

 そんな裏打ちの無い筈の真実が、何故だか本当にそうなのではないかと思えてくる。

 むぅ……不思議なものだ。


「それじゃ、行こっか」

「あぁ、そうだな」


 もうこれ以上は考えない事にしよう。

 隣を歩く少女の気持ちを推し量る事は出来ないが、今はその笑顔だけを信じる事にしよう。

 好奇心に満ちた、年相応のワクワクした笑みだけを……。










 鹿打ち帽にインバネス・コート、シャーロック・ホームズを髣髴とさせる出で立ちの男性が居た。

 人は彼を、二休探偵と呼ぶ。

 彼の行く所に事件あり、だがそれを華麗に解決するのもまた彼である。



 今回の最初の事件は、国内のとある島で起こった。

 そこでは、あるグラビアアイドルが自身のプロモ映像の撮影の為に来ていた。

 他にもスタッフ数人と、アイドルの密かなファンである二休探偵。

 撮影は順調に進み、何の問題も無くスケジュールをこなしていた。

 だが、事件は起こった。

 撮影スタッフの1人が、何者かの手によって殺されてしまったのだ。

 それを引き金に、次々と殺されていくスタッフ達。


「二休さん、私……」

「大丈夫です。私が守ってみせます」


 だが、その誓いも虚しく……

 彼女は、亡くなってしまった。

 1人になってしまった二休探偵、そして彼の口から発される真実。


「スタッフの方々、そして彼女も殺された。だが、犯人は私ではない」

「そう、犯人は――――」



 二つ目の事件は、都内で起こった。

 胸部を撃ち抜かれるという、狙撃事件。

 被害者は無差別、私怨の可能性は無し。

 だが、それ以上に不可解な事が存在する。

 司法解剖の結果……。

 それは――――弾丸が発見されていない事である。

 弾痕はきちんとあり、貫通した形跡は無いにも関わらずだ。

 消えた弾丸、手を拱いていた警察の許に、二休探偵が颯爽と現れた。

 彼は解剖結果の写真の数々を見て、一言。


「なるほど、木を隠すには森の中ですか……」


 何かを閃いた二休探偵は、すぐさま検死担当の者にある調査を依頼した。

 それは――――。



 三つ目の事件は、横浜の教会で起こった。

 そこの神父が誘拐され、犯人達からの脅迫状が送られてきたのだ。

 『神父はわれわれがあずかっている。
  ぶじにかえしてほしければ、5000万円用意しろ。
  いまのところ、神父が生きていると言う証拠を同封しておく。
  ただし警察に知らせると、命の保障は出来ない』

 届けられた封筒には、その脅迫状と神父が書いたであろう手紙と、常日頃から身に着けている十字架が入っていた。

れをおこいは神
です金めけたの
かまくらにとじ
いせられええゅ
けるいてのてう
つなでい意言じ
せらこる味えか
よそと 。がばに


 教会の人々は、この事態にどうする事も出来なかった。

 だがその時、何処からともなく二休探偵が現れたのだ。

 彼は十字架とその手紙を見詰め、数瞬後……


「そうか……。皆さん、神父さんの居場所が分かりました」


 その後、神父は無事に保護され犯人も逮捕された。

 二休探偵の言葉通りに、全てが上手くいったのだ。

 ――一体、彼はどのようにして神父の居場所を突き止めたのか?










 映画を鑑賞後、俺達は駅前をぶらぶら歩いていた。

 隣の少女は右へ左へ視線を動かし、時折何かに反応したりして見ていて面白い。

 お嬢様然としている普段より、年相応の少女らしくて純粋に良いと思った。


「それにしても、さっきの映画面白かったね」

「あぁ、期待以上だったな」


 すずかからの言葉で思い起こす、先程一緒に見た映画の内容。

 探偵が事件を華麗に解決する、オムニバス形式の映像作品。

 それぞれの事件が冗長的でなく、かと言って急ぎ足で進む訳でもない。

 解決の為のヒントは常に出て来てるし、難し過ぎるトリックも使用していない。

 ミステリーとしては初心者向けでありながら、見せる作品としては一級の素晴らしさがある。


「最初の事件だっけ、ラストが衝撃的だったなぁ」

「確かに、あの見せ方は素直に上手いと思ったな」


 閉鎖された島内で、画面には二休探偵のみ。

 そして『犯人は私ではない』と言う言葉と共に、彼は画面の先を指差した。

 ――犯人は貴方です――

 突如その場から体をずらす探偵、そこには姿見が鎮座している。

 映るのは――――カメラを抱えた1人の男。

 つまり俺達が見ていた映像を撮っていた者こそが、犯人であると。


「途中、聖君が『あっ』なんて言ってたから何かと思ったけど、確か食事中の場面だったよね?」

「あぁ、画面の手前にも皿が並んでたからな。撮ってる映像が独立したものじゃ無いって気付いてな」

「凄いよね。二つ目の事件も、レントゲン写真のシーンで何かに気付いてた」

「不自然な破片があれば、誰だって気になるだろ?」


 二つ目の狙撃事件。

 弾丸が見付からない理由は、正に写真にあったのだ。

 砕けた骨の破片の中に存在した、小さい弾型のナニカ。

 それは、紛れも無く『骨』だった。

 つまり弾丸自体が骨であり、故に見付ける事が出来なかった。

 探偵の『木を隠すには森の中』という言葉が良く分かる事件である。


「でもお前だって、三つ目は気付いてただろ?」

「アハハ、やっぱり分かっちゃう?」


 三つ目の事件、神父の居場所は手紙の中に隠されていた。

 普通に読んでも見付からないが、そのヒントが十字架だったのだ。

 上から三行目を横読み、そして真ん中の行を立て読みする。

 十字架のように読む事で出て来る言葉が『かまくらにとじこめられている(鎌倉に閉じ込められている)』

 つまり攫われた神父は、鎌倉に居たのだ。

 ついでにすずかは、手紙がアップで映った辺りで気付いたらしい。

 そして俺はというと、その後に探偵が十字架をマジマジと見詰めた時にピンときた。

 他に幾つもの事件はあったが、その度に俺かすずかが答えを導き出していた。

 内容にのめり込むのは良かったんだが、何処か競争してるような気がする。

 映画を純粋に楽しむという点では、何か違うのかも知れない。

 まぁ、でも……


「楽しかったね」

「あぁ」


 隣を歩く少女の笑顔には、発される想いが偽りで無い事が理解出来る。

 純粋に喜んでくれている事実が、今の俺には途轍もなく嬉しくて堪らない。


「さ、行こっ♪」

「おっ、おう……」


 徐に掴まれた手も、彼女を受け入れている。

 少し恥ずかしいけど、それ以上にこの時間をもっと楽しみたいと思ってしまったから。

 彼女と、すずかと一緒に居られる時間を……。










 今俺達は、海鳴の臨海公園に来ている。

 映画の後、散々歩き回った挙句、彼女は何も買う事無く此処に至った。

 だが当の少女は至って満足しており、これで良いかなと感じてしまう。

 本当、不思議である。

 そして俺が両手にクレープを持ってる姿も、本当に不思議である。


「ほい、すずかの分」

「ありがとう」


 ベンチに座る彼女にブルーベリーチーズクレープを渡し、俺はその隣に座る。

 残ったフルーツミックスクレープを手に、すずかに視線を移す。

 甘い匂いに頬を緩ませ、彼女は顔を綻ばせている。

 口には出せないが、素直に可愛いと感じてしまう。

 ――ヤバい、顔が熱くなってきた。


「どうかした?」

「あっ、いや……何でもない」


 恥ずかしさを隠すように、自分のクレープに齧り付く。

 その様子に、すずかはクスクスと静かに笑う。

 ……何だろう、何故か分からないけど負けてる気がしてきた。

 悔しいので、思い切り齧り付いてみた。

 うん、色々なフルーツの酸味が甘さと混じって美味い。

 あのクレープ屋、侮れん。


「あっ、美味しい」

「こっちも中々イケる」

「本当?」

「あ、あぁ……」


 あのぉ、すずかさん?

 何ですか、その羨ましそうな目は……。

 俺のクレープを見るその目の真意は一体、何ですか?

 もしかして……


「食べたい、のか?」

「えっ、良いの!?」

「あ〜ぁ、…………うん」

「ありがとっ♪」


 師父、勝てません。

 すずかのあの瞳には、どうやっても勝てません。


「それじゃあ貰うね」


 既に俺が口を付けたクレープ、そこまでなら良いだろう。

 だが、この後の彼女の行動が問題だった。

 クレープを持っている俺の手に自分の手を添え、口許に寄せる。

 はむっ、と小動物のような可愛らしい食べ方で一口。


「んっ、……これも美味しいねぇ」


 取り敢えず言える事は、――――俺が食った所を食わないでくれ……。

 しかも本人気付いてないし……。


「どうかしたの?」

「何でもねぇよ」


 気付いてないなら、敢えて言う必要は無いだろう。

 つーか、そんな事を馬鹿正直に言える筈も無い。

 恥ずいっての……。

 手に持つクレープには、自分のと比べて小さい食べ跡。

 …………意識せずにはいられない。

 だが買って来た以上、食わない訳にもいかない。

 此処は恥を忍んで、一気にいくしかない。

 南無三っ!!

 口の中に広がる酸味と甘味、そして良く分からないナニカ。

 自分の中で頑なに守ってきたモノが崩壊した気がするのは、決して間違いではないだろう。


「美味しいね」

「あぁ……そうだな」


 確固たる何かが瓦解した俺に、既に羞恥心など存在しない。

 何の躊躇いも無くクレープを食していく。


「んむ、美味い……」


 潮風を感じる公園で、一つのベンチに座る一組の男女。

 2人の間には少しの距離、きっと傍から見れば不自然な隙間だろう。

 でもそれは、俺が図りあぐねているだけだ。

 彼女との距離、月村すずかとの距離を……。

 一体、今の俺達はどれだけ近い存在なのだろう?

 隣で嬉しそうにクレープを頬張る少女は、どれだけ俺に近付いてくれてるのだろう?


「…………」


 どうしてなのか、気付けばそれを考えていた。

 自分でも持て余すこの感情は、一体……。


「あれぇ、どっかで見た事ある顔じゃん」

「――っ!?」


 風に乗って、芯の無い声が耳を突く。

 何の重みも想いも感じられない、ただの音波でしかないモノ。

 思考の海を漂っていた俺を、急速に引き上げる不快な声。

 そして何よりも、――――それには聞き覚えがあった。


「おいおい、まさか……」


 声のした方に振り向けば、4人の少年の姿。

 俺よりも少し上だろう、学校指定の夏服に身を包んでいる。

 だがその身形は、お世辞にも良いとは言えない。

 正直、相対する俺からすれば不良としか言い様が無い。

 目付きも姿勢も人に向けるには不躾過ぎる。

 それもあって隣のすずかは、少しだけ顔を強張らせているのが見て取れる。


「何だよ、知り合いか?」

「あぁ。昔、何度も俺達に喧嘩仕掛けて、ボロボロになってる馬鹿みてぇなガキだよ」

「あぁあぁ、思い出した。弱いくせして無駄に吠えるんだよな」


 目の前でゲラゲラと大笑いをかます奴等。

 不快極まりないが、此処でキレても仕方が無い。

 過剰に反応すれば、相手が付け上がるだけだ。

 依然としてこの状況を理解し切れていないすずかの手を引いて、ベンチから立ち上がる。


「行くぞ」

「えっ、あっ……」


 ニヤニヤと気味悪い笑いを止めない奴等を放って、俺達はその場を後にする。

 こんな手合、構っていくだけ無駄だ。

 さっさと別の場所へ行こう。


「おい待てよ」


 だが空気の読めない男衆は、俺の肩を掴みながら止めに入った。

 クソっ、邪魔するなっての。

 心底にある嫌悪感を視線に込めて、奴等の主格である男を睨む。


「何?」

「久し振りに会ったってのに、そんな顔すんなよ」

「何だよコイツ、こっち睨むなんてムカツクぜ」

「先輩を敬う気持ちってのは無いのかよ」


 未だ表情を崩さず、グチグチ言葉を吐き捨てる。

 見ていて本当にイラつく。

 それに、こいつ等を見てから左腕が疼いて仕方が無い。


「まずは敬うって言葉を勉強し直すと良い」

「んだと、テメェ」


 俺の言葉に集団の1人が急にキレだし、胸倉を掴んできた。

 怒りに歪んだ表情が眼前に迫るのだが、見苦しい顔にしか見えない。

 心の嫌悪を更に深め、俺を掴む腕を本気で握り返す。


「痛っ、イテテテテテっ!?」


 突然の痛みによって振り払われ、俺の体が解放される。

 その様子に、他の奴等も此方に敵意を向けてきた。

 4対1、劣勢にはならないが、面倒な事この上ない。


「お前さぁ、また俺等にボコられたいワケ?」

「本気でやっちゃおうぜ」


 公園の一角、今はあまり人気が無い場所。

 そんな穏やかな風景が、こいつ等、そして俺によって崩されようとしている。

 きっと望んでない、俺もすずかも。

 力を誇示するだけの行動は、師父の教えに反する。

 それでも、やらなければならないなら……


「下がってろ、すずか」

「う、うん……」


 やるしかないだろう。

 自分の背後に少女を下げて、俺は全神経を研ぎ澄ます。


「今から謝ったって、許してやらねぇからな!!」


 1人が右腕を振りかぶり、踏み込む。

 腕の位置から叩き込まれる拳のスピードを把握し、掌を使って受け流す。

 そのすれ違い様に腹に一発、握り拳を当てて弾き飛ばした。

 次の敵は…………もう来てる。


「おらぁぁぁぁぁ!!」


 声でタイミングを掴ませるとは三流以下。

 顔面に迫る拳を掴んで自分の横に引き付ける。

 そのまま勢いを殺さず、縺れた足を自分の足で引っ掛けた。

 数瞬後、「ぐえっ」と情けない声を上げて地面に倒れ伏す男。

 ソレを尻目に、残りの2人に目を向ける。


「なっ、何だよ!?」


 まるで見た事無いようなモノを見たような目で、俺を見ている。

 ……無様だな。

 そこには既に、先程までの余裕は微塵も無い。

 それも当然だ。

 お前等の知ってる俺は、もう2年前に置いてきたのだから。


「二度と目の前に現れるな、俺に関わるな」


 威圧を込めて言葉を紡ぐ。

 自分の本心を嘘偽り無く、あるがままにぶつける。

 折角のすずかとの時間を、こんな奴等に壊されては堪らない。


「さっさと消えろ」


 今まで溜めに溜めた澱みを吐き出す。

 語気は荒げず、それでいて意志を支配する怒りだけは留めず……。

 視界に映る2人、地面に伏す2人に向けて射殺すように突きつけた。

 即座に恐怖に慄く表情へと変わり、そして――――――――風向きが変わった。


「っ?」


 分からない、一体何が変わったのか。

 分からない、自分が優位に立っている筈なのに。

 分からない、目の前の奴等がニヤリと笑みを浮かべた事に。

 そしてそれは――――


「きゃっ!?」


 背後の短い悲鳴で、否が応にも知る事となった。


「っ、すずかっ!!」


 刹那の時を以って背後を振り返ると、すずかが囚われていた。

 見知らぬ1人の少年、恐らく奴等の仲間の1人だろう。

 全くの予想外、まさか援軍なんてものがこの状況で起こるなんて……。

 計画的なものでは無いだろうが、それでもタイミングが悪過ぎる。


「何だよお前等、こんなガキにやられちゃって」

「うっせーよ、これからが良い所なんだよ」

「へいへい。…うおっと、あんまり暴れるなよ」

「止めてっ、離して!!」


 力を振り絞って振り払おうとするが、所詮は少女の足掻き程度。

 一回り大きい体格の男には、勝てる道理は無かった。

 その様子を目の当たりにし、彼女の許へすぐさま飛び出す。


「動くな!!」

「――っ!?」


 だが、その警告によって自身を止めざるを得なくなった。

 それは、頭で理解していたからだ。

 こいつ等の言葉に従わなければ、今以上に立場が悪くなる。

 それだけは、避けないといけない。

 すぐにでも駆けつけたい衝動を理性で抑え付け、先程の2人に向き直る。

 卑下た笑いは深くなり、無用心に俺との間合いを詰めてくる。

 もしこんな状況でなければ、すぐにでも張り倒すのだが……


「さっき、なんつったけ、なぁ!?」

「っ!?」

「聖君!!」


 数瞬後、右頬の痛覚が訴えてきた。

 殴られたようだが、幸いだったのはたたらを踏む事無く体勢を保てた事だ。

 無様に倒れてしまう姿は、こいつ等に晒してはならない。

 それは、すずかにも……。


「消えろ、だっけか!!」


 今度は腹。

 息を飲み込み、声を漏らさないようにした。

 するともう1人が俺の体を後ろから羽交い絞めし、完全に固定する。


「よくもまぁ、俺等に偉そうな事言えたよな!!」


 次は左頬。


「テメェは、俺等に殴られるだけの癖して!!」


 右肩。


「何カッコ付けてんだよ!!」


 左肩。


「ウザいだけなんだよ!!」

「くっ!?」


 顎にアッパーを決める。

 ヤバい、脳が揺れる……。

 視界がブレて、焦点が定まらない。

 これは拙い、このままじゃジリ貧だ。

 何とか突破口を開いて、状況を変化させないと。

 その為にはまず――――絶対に意識を手放してはいけない。

 そう意気込んで、俺はこんな奴等に負けてやらないと心に誓った。










「おらぁ!!」


 あれから、どれだけの時間が経っただろうか?

 5分、10分、もう分からない。

 何せ、もうずっと殴られ続けているのだから。

 もうずっと、すずかの悲痛な叫びを聞き続けているのだから。

 俺が傷付くのは構わなかったが、彼女のその声だけは我慢するのが厳しかった。

 俺はそんな声が聞きたくて、此処に居るんじゃない。


「はぁ!!」


 だと言うのに、形勢は全く変動しない。

 口の端からは、赤い血が流れているに違いない。

 だがどれだけ殴られ続けても、こいつ等は手を緩めようとはしない。

 きっと俺が目を逸らさないせいだろう。

 何度殴られようとも、焦点がブレようとも、瞳だけは真っ直ぐに向ける。

 殴る係は数回の交代を経て、最初の奴に戻っている。

 …………そう、何年も前からの因縁に結ばれた男。

 俺の大切なモノを悉く傷付けようとする、俺にとっての天敵。

 生涯相容れないであろう、最悪の権化。


「ムカつくんだよ、その目がよ!!」


 拳が顔面にめり込む。

 くっ、今のはかなり効いたぞ……。

 殴られ慣れた俺でも、何度、何十度も殴られ続ければダメージは蓄積する。

 瞳は真っ直ぐに、それでも視界はボヤけ、焦点が自分の意志に従わない。

 辛うじて繋ぎ止めてる意識も、半ば飛びかけてる。

 全身にも力が入らず、羽交い絞めにされなければ地面に倒れ伏してしまうだろう。


「おらよっ!!」


 そんな姿、誰にも見せたくない。

 こいつ等に見せたくない、自分が負けだと思われるから。

 すずかに見せたくない、何一つ守れない弱い奴だと思われるから。

 俺の力は何の為にある?

 そう、大切なモノを守る為だ。


「うらぁ!!」


 だったら、此処で倒れるのはお門違いだ。

 例え何があろうと、俺はこんな奴等に、自分自身の弱さに負ける訳にはいかない。

 守るんだ、負けないという意志を。

 守るんだ、大切な少女を。


「これで、…どうだっ!!」

「――っっっっっ!!!」


 脳天に振り下ろされた拳は、さながら全てを刈り取る鎌のよう。

 俺の想いも虚しく、全神経が俺から離れていく。

 完全な脱力は行動不能を意味し、そしてある結末を予感させる。

 駄目、なのか……。

 また負けるのか、こいつ等に。

 守る、その行為すら俺には過ぎたものだったのか?

 それ程までに俺は、弱くて卑小な存在でしかなかったのか?

 顔が上がらない。

 本当に、もう駄目かもしれない。


「す………ず……かぁ」

「っ!?」


 ゴメン、ゴメン、ゴメン。

 今日一日、絶対楽しい日にしようとしたのに。

 守ると決めたのに、結局俺では届かなかった。

 半ば無意識に出た言葉は、喉から絞り出た滓みたいに惨めで。

 こいつ等に哄笑される程、哀れだった。


「キャハハハハ、何だよコイツ。女々しい声出しやがって」

「何だよ気持ち悪りぃな」

「泣きそうじゃん、ソイツ」

「じゃあ泣きながら言えよ、『スミマセンでした、僕が馬鹿でした、二度と逆らいません』ってよぉ!!」


 髪を掴まれ、視線を無理矢理合わせられた。

 もう薄目しか開けられない顔は、滑稽でしか無いだろう。

 でも、請う事はしない。

 もう霞の掛かった世界には、目の前の奴すら視認するのが難しい。

 だから凡その見当を付けて、声を振り絞る。


「ま……も…る……から…………」

「あぁん? 何言ってんだよ!?」

「ま…けな………い……から」


 男としての意地、それだけが紡いだ言葉。

 滑稽でも構わない、自分の意志だけでも貫くって決めたのだから。

 だから――


「なっ、テメェ!?」


 ――――えっ?

 もう見る事の叶わない背後で、何かが変化した。

 どうしてかは分からないけど、また風向きが変わったようだ。

 一体、何が……。


「うおっ!?」

「離して……」


 俺を締め上げていた力が消え、体がガタンと糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 だが地面の衝撃は来ない。

 代わりに柔らかくて温かいものに包まれていた。

 何だろう、よく分からないけど気持ち良い。

 最後の力を以って、そこに目をやると……


「あ……ぁ…………」


 目尻に涙を湛えた、すずかだった。

 どうして此処に? そんな疑問は湧かなかった。

 唯、そんな悲しげな顔にさせてしまった事が申し訳無くて。


「ごめ……ん…」


 その謝罪も彼女は優しく首を振って答えた。

 大丈夫だから、と優しく抱き締めてくれる。

 抗えない、彼女の優しさに身を委ねてしまう。

 意識が………遠く……に。


「今は、休んで」


 最後に見た彼女は、穏やかに微笑んでいて……。

 その瞳は、例えようも無い位――――――紅く染まっていた。










〜Interlude by:SUZUKA〜



「ごめ……ん…」


 必死に絞り出した声は掠れていて、かなり近付かないと聞き取るのは難しい。

 でも私にはその声が、この耳にハッキリと聞こえてきた。

 それはきっと、彼が何よりも伝えたかった言葉だったからだと思う。

 私に一言『ごめん』と……。

 全身をボロボロにされて、まともに動く事すら許されないその状態で。

 今にも泣きそうな瞳で、私に謝罪を述べてきた。

 その姿に、私は彼を抱き締める事しか出来なかった。


「今は、休んで」


 涙を流さぬよう、最大限の笑みを向ける。

 聖君はそのまま、たゆたうように眠りへとついた。


「……」


 これでいい。

 今日は聖君のお陰で、本当に楽しかった。

 ずっと1人の女の子で居られると、信じれたかもしれなかった。

 彼となら、本当の意味で一緒に居られたかもしれなかった。

 ……でも、もう無理。

 私の切なる想いも、目の前の少年達によって粉々に砕かれた。

 聖君を傷付けた、最も忌むべき存在。

 しかし何よりも私は、――――――自分自身が忌々しかった。


「……大っ嫌い」

「あぁ? 何だよ?」


 聖君との時間を楽しむあまり、私は自分が普通・・であると勘違いしてしまった。

 普通の女の子で良いと、思えてしまった。

 でも現実は、それを容易く否定する。

 ――――お前は人間・・じゃない、化け物・・・なのだ。

 どれだけ優しい世界に、優しい人達に出逢っても、結局私は相容れる事は出来ないのだ。

 自分を偽り、最後まで線引きをした関係に留まる。

 どれだけ絆を深めても、やっぱり何処かで距離を置いてる自分。

 生涯、私は誰かを受け入れる事は出来ない。

 ――お姉ちゃんのようには、出来ない。


「聖君を傷付ける貴方達も、私自身も、大っ嫌い」


 もう止まらない、止まれない。

 目の前に居る人達を、この手でどうにかしたくて堪らない。

 聖君が負った痛み辛みを、やり返したくて堪らない。

 壊れ物を扱うように彼を優しく地面に降ろし、立ち上がる。

 ――もう、我慢出来ない。


「な、何だコイツ、目があか――」

「――黙って」


 別に凄みを利かせた訳じゃないのに、彼等は酷く怯える。

 あぁ分かってるんだ、自分達がどうなるか……。

 私の大切なモノを傷付けた、愚かな大罪人。

 ――――判決は、この手で下される。










―――――――――――――――
あとがき


どうも、いつの間にやらこんな長くなってしまったTruthです。

色々とネタを詰めたり削ったりしてたら、こんな容量になってしまいました。

『少年の誓い』中、最長のSSではないでしょうか?

しかし僕はこれ以上は削らない、文が崩れるから!!

ハイ個人的な理由です、スミマセン。

ですが、投稿が遅れたのはそれだけじゃありません。

関係のリセット、それが最も比重を占めていました。

Aルートを終え、次はSルートになる訳ですが、自分の中でAルートを引き摺ってる感じがありました。

9XIIからの聖でないと、物語として矛盾が生じてしまいます。

その部分で今回は苦戦致しました。

なので、何処かおかしな点が幾つか存在するかも知れません。

その時は掲示板や拍手でバンバン指摘して下さい。

兎に角、漸く動き出したSルート。

不安は拭えませんが、頑張っていきたいと思います。

今回は以上です。

それでは〜。