――一体、どれだけの時間が経っただろうか?
――目の前で起こった現実は、俺を叩きのめすには充分過ぎた。
――自分の無力を痛感すると同時に、現実の非情さに目を背けたくなる。
――項垂れてしまった全身には力は入らず、前を向く事すら億劫だった。
――あぁ、どうしよう……。
――何一つ出来る事の無い俺に、これからどうしろと言うのだろうか?
――前へ進める筈だった、きっと変われる筈だった。
――なのに現実はどこまでも残酷で、そんな機会を容易く消し去ってしまう。
「はっ……はははっ………」
――目に見える全てと、目に見えない全てが嫌になる。
――もう何もかもが嫌だと、自暴自棄になりたい。
「何も出来ない……何も………」
――いざと言う時に何も出来ない人間とは、何と滑稽か。
――存在しない筈の人々の嘲笑が、耳の奥を震わせる。
――お前は情けない、お前は無力だと。
――耳を閉ざしても聞こえる悪夢に、弱り切った精神は削り落とされていく。
――分かってる、自分が弱い事は誰よりも分かってるから。
――何も出来ない事だって、分かってるから。
「頼むから……」
――発せられる声はか細く、何処までも惨めで。
「助けてくれ……」
――それでも、そこにはたった一つの想いを込めていた。
――大切な、たった一人の少女への想い。
「……アリサを」
――目の前から消えてしまった存在を。
「助けてくれよ……」
――誰でもいい。
――だから、助けて。
「それじゃあ、一緒に行こう」
――優しい、何処までも優しい声。
――自分に差し出された手と、此方を安心させる穏やかな表情。
――マジマジと瞳を合わせると、少女はニッコリと笑った。
「行こう、聖君」
――差し出された手を震える手で掴む。
――沈み切っていた心は、それだけで霧散した。
――繋がったそこを通して溢れてくれる。
――もうちょっと、頑張って――
――それだけで、充分だった。
「あぁ」
――その手をもう一度、しっかりと握り締めた。
「行こう――――ワガママなお姫様を救いに、な」
――それは、見えない未来への挑戦。
――少年は覚悟の下、自らの正義を行使する。
少年の誓い
〜魔法少女リリカルなのはAs〜
AルートgW「振り払う悪意」
目に映る風景が目まぐるしく流れる。
徐々に赤く染まる空が、時の経過を否応無く知らしめる。
その中で、静かな駆動音を響かせながら、鋼の体躯は疾走していた。
「つまり、アリサを攫ったアイツ等は……」
「エンハンスグループ系列の人間」
「動機は……言うまでも無く、か」
麗しき仕え人、ノエル・K・エーアリヒカイトさんの操る黒塗り自動車の中。
その助手席に座す主人たる月村から、俺は事の経緯を聞いていた。
アリサを誘拐した奴等の正体、そしてその凶行の動機。
およそ常人では知り得ない情報を、彼女は事も無げに俺に教えてくれた。
「絶対に無いとは言い切れないけどさ、実際にあるのを見ると」
「うん、ちょっとね……」
ドラマならあるであろう、会社という組織での暗部。
俺という一介の学生の狭い視点では、世界の全てを見通す事など不可能だろう。
でも、だからといってソレを容認する事なんて出来ない。
「それにしても……」
「どうしたの?」
「何でお前は、こんな早く対応出来たんだ?」
改めて思い返すと、明らかにおかしい。
特に、月村が此処に居る事自体もその一端だ。
俺はあの時、誰1人としてアリサ誘拐の連絡をしていない。
ならコイツは如何様にして、この事態を察知する事が出来たのだろうか。
先見の才があるにしても、タイミングが良過ぎる。
視線の先に居る少女は、穏やかな表情から一変、真剣な面持ちでそれに答えた。
「ここ数日、エンハンスグループに不審な動きがあった事に気付いた私達は、独自に調査していたの」
「不正がテレビに出始める前からか?」
「寧ろテレビは遅いくらいだからね。怪しい動きがあった時から、既に目は付けてたんだよ」
「まさかとは思うけど、最近アリサと帰らなかったのは……」
「うん、察しが良いね聖君」
最近、めっきり付き合いが悪くなってしまったと呟いていたアリサ。
2人で、もしくは5人で帰る事が当然だと思っていただけに、俺も少々戸惑いがあった。
――まぁ、アリサと帰れるのは嬉しかったけどな。
……そんな事はどうでもよくて、実際に不審にも思ったものである。
だがその月村の行動は、何よりも彼女を想っての行動だったのだ。
過去の自分を恥じつつ、月村の行動力に驚かされる。
「アイツ等が行動を起こす事は、分かっていたのか?」
「絶対とは言い切れなかったけど、限りなく高い可能性ではあったからね。それに……」
「それに?」
「一昨日から、2人を尾行けてた不審人物も居たから」
「なっ、本当か!?」
それが事実なら、この誘拐は確実に計画的な犯行である事が明白となる。
更に最初からアリサがターゲットに絞っていたのであれば、奴等はアイツを人質にバニングスグループに痛烈な痛手を与えようとしてるのだろう。
最も効率の良い作戦であり、――――最も胸糞悪い行為。
しかし何よりも、ソレに気付く事の出来なかった自分が恨めしい。
未然に防ぐ事は難しくても、警戒を強めて対処する時間を手にする事は出来たであろうに。
己が身の未熟さを呪わずにはいられない。
「くそっ!!」
自身への怒りを拳に込め、膝にぶつける。
痛みがじんわりと沁みるが、そんな事すら今の俺には関係無い。
エンハンスの企みがどうとかじゃない、これは俺の不注意が招いた結果じゃないか。
俺が周りに気を配れていれば、対処のしようがあった。
それがアリサと一緒に居れるという事にばかり気がいって、疎かにしてしまったのだ。
何という愚か者、何という大馬鹿。
「大丈夫、まだ間に合うんだから」
「当たり前だ、絶対に助ける」
後悔先に立たず、正しくその通りだ。
今更悔いたって何も変わらないのであれば、その時間で自分に出来る事を考えるべき。
そして俺に出来る最大限の行動は……。
「アリサを、助ける……絶対にだ」
握り拳に込めた力は、今までに類を見ないものだった。
海鳴はその名の通り、海が近い。
少し離れた場所ならば、それなりの規模の港が存在する。
そしてノエルさんの運転する車の目的地も此処だった。
何故此処なのか、その答えは至って明確なものである。
「此処の港の所有権は、エンハンスグループの一部門だからね」
最も手短で安全に事を運ぶには、自分達の庭が有効なのは言うまでもない。
あいつ等もその例に漏れなかったようで、港にある倉庫の一角に黒塗りの高級車を乗り捨てていた。
しかし、いくら何でも異常な読みの鋭さ。
何の躊躇いも無くこの場所に来たみたいだし、何か確信を持っているのだろうけど……。
不審に思っている俺に、答えとばかりにある物を見せてくる月村。
彼女の手に余る大きさのディスプレイ、中には地図が描かれていて光点が1つある。
「もしもの為に仕掛けておいたんだ」
発信機らしい。
全くこのお嬢様は、やる事が大胆すぎるだろ。
まぁ、アリサを救う上で重要な物ではあるが……。
……兎に角、気を取り直して、救出活動に入ろう。
視線の先には、誰1人として出入りの無い無人の倉庫。
俺達は少し離れた場所で車を降り、今は足でその目的地へ向かっている。
逃走後からそれなりに時間が経っている為、奴等も追跡が来るとは思ってもいない筈だ。
完全な油断、そこが俺の勝機。
策を弄して狂わせれば、必ずアリサは取り返せる。
「ふぅ……」
焦るな、取り乱すな、思考を巡らせろ。
倉庫の広さは外観の目測で600u位、天井は10m。
倉庫内の荷物量を予想し、内観を何パターンか想像する。
それによる戦術の分岐、立ち回り方を片っ端から引き出していく。
「聖君?」
「大丈夫ですか?」
「…………問題無い、いつでも行ける」
脳内での整理は完了した。
後は実物を見てから、戦術の摺り合わせをしていけば良い。
パターンの数だけはあるから、数秒も必要無いだろう。
目的の倉庫近くで息を潜めながら、俺は自らの準備を進めていく。
隣の2人は心配そうな表情だが、此処まで来て今更引く事など出来ない。
「兎に角、俺が先行する」
「1人じゃ危険だよ?」
「単独の方が動き回り易いし、周りを気にしなくて済む」
「でも、相手が無策とも思えないでしょ?」
「こっちにも手がある」
この状況とは全く似つかわしくないモノではあるが、使いようによっては強力な戦力になり得る。
それでも小僧1人を先行させるのはマズいと思っているらしく、未だに不安を拭えない様子の2人。
だが俺としても、この2人を危険な目に合わせる訳にはいかない。
アリサの二の舞だけは、絶対にさせちゃいけないのだから。
これ以上、被害を拡大させるなんてあってはならない。
「大人だろうが、2人位伸せる力はある」
「でも、今の聖様を行かせるのは危険です」
「そうだよ、せめて恭也さんが来るまで……」
「っ!?」
月村の言葉で、思わず双眸を見開いた。
恭也さんが来るまで……?
それはつまり、あの人が此処に来ると言う事か?
そうに違いない、知らぬ間に連絡を取っていたのだ。
「来るのか? 恭也さん……」
「え、うん。さっき連絡を取ったら、すぐに来てくれるって」
「恭也様と現在地の距離を逆算すると、およそ15分もあれば到着するかと思います」
「早く助けてあげたいけど、こういう時こそ冷静にならなくちゃ」
「……」
一瞬にして、思考が塗り替えられる。
2人の声は耳に届かず、聞こえてくるのは内から溢れる自問自答。
恭也さんが来る、即ち戦力が一気に跳ね上がる。
俺1人という不安要素の残る状態を、跳ね除ける事が出来る。
恐らく月村もノエルさんも、同じ事を考えているのだろう。
あの人が来れば、絶対にアリサを救出出来る。
そしてそれは――――俺が無能である事を意味している。
全てを俺ではなく、恭也さんに委ねれば……。
何の問題も無くアリサは助け出され、犯行グループも一網打尽。
何もかもが丸く収まる最良の選択。
そう、それが…………最良で最高の選択。
「……」
「だから、此処からは慎重に事を進めよう」
2人は言わない、俺が必要ない存在である事を。
何の力も持たない俺が、此処に居る事が間違いであると。
敢えて言ったりしない。
同情や憐憫のつもりなら、そんな気遣い無用だ。
そんな事は自分が一番分かっている、力不足も何もかも。
これが自虐ではなく、厳然たる事実である事が虚しい。
虚しさは己への怒りに、怒りは力に、拳を締め上げる。
更に力は脚部に注がれる。
――――準備は万端だ。
「――は要らない」
「えっ?」
「恭也さんの力は、要らない」
2人の呆けたような顔が、見なくても理解出来た。
何言ってるんだコイツ、とでも思っているんだろう。
「俺1人で充分だ」
それでも、俺には譲れない意地がある。
誰の力を借りずともアリサは守り切る。
その為の力は持っている、後はそれを発揮すればいい。
「どう言う事?」
「アリサを助けるのは、俺1人で充分だ」
勿論、アリサにとっては恭也さんが助けに来てくれた方が良いだろう。
俺みたいな、単なる兵士Aなんかよりも……。
でも、胸に募る想いだけは負けたくない。
アリサを守りたいと思うこの気持ちだけは、嘘偽りの無い本心だから。
絶対に、譲っちゃいけないのだ。
「――行く」
「あっ、聖君!?」
「聖様!!」
後ろから必死に呼び止める声が聞こえる。
ソレを無視して、俺は全力で駆け抜けていく。
誰の力も要らない。
戦術も9割方は組み立て済み。
相手が2人ならば、幾らでも対処のしようがある。
今の俺なら――――負けない。
「あぁ、やっぱり此処だった……」
倉庫の重々しい扉を開けた後、第一声がそれだった。
そして重苦しい空気が、外と内を繋ぐ。
正直、反吐が出る位に気持ち悪い空気だ。
「なっ!?」
呆気に取られたような顔をする2人のスーツ姿の男。
長身細身と、少しばかり小太りした2人組み。
やはりと言うか、俺の追撃は予想の範囲外だったようだ。
傍らの低い荷台には眠らされたのか、グッタリとしているアリサが横たわっていた。
遠目だが特に乱暴された様子も無く、至って普通だ。
……だが、この場面で既に狂いそうな程の怒りが込み上げる。
どんな理由であれ、アリサを危険な目に合わせる奴等は許さない。
ドス黒い負の感情が内から滲み出てくる。
でもそれじゃいけない、戦術を思い出せ、倉庫内を把握しろ。
貨物はそれ程多くない、奥から見てUの字型に積載されている。
高さはバラバラだが目測で2m程度が平均、男達より頭一つ弱高い。
いざという時は上からの奇襲に使える、頭に留めておこう。
そして特筆すべきは荷物の積載量。
置き方には規則性があるが、その量は千差万別。
恐らくはこの倉庫、トランクルームとして機能しているのだろう。
「悪いが、アリサは返して貰うからな」
「小僧、自分が何を言っているか分かってるのか?」
「そんな質問をするあんた等も、自分達のやってる事が一体何なのか……分かってるのか?」
自分達の行動を棚に上げ、よくもまぁそんな言葉を並べられたものだ。
大人なら子供に説教出来ると思うなら大間違いだって事、その腐った頭に叩き込みたい衝動に駆られる。
右腕に力が集まってくるのが容易に感じる事が出来るのは、俺を縛る手綱が徐々に緩まってきてる証か……。
「こっ、この世には、大人の事情と言うものがあるのだよ!!」
2人の内の細身男が詰まりながら吠える。
発する勢いは正直みっともなく、言ってる事も大人らしさの欠片も無い。
そんな大人気無い姿を、俺は一笑に付す。
「女の子を誘拐するのが大人の事情ねぇ……。やっちゃいけない事だって、学校の先生に習わなかった?」
腸が煮え繰り返るような態度に、既に俺は我慢の限界。
言葉にも先程以上の棘を含ませ挑発し、相手の冷静さを失わせる。
相手が感情的になればなるほど、俺の戦術が活きるのだ。
「こ、このガキ、いい気になりやがって!!」
篭もったような声を発する小太り男が、スーツの懐に手を伸ばす。
瞬間、体中に警告が発される。
その行動が意味するものは、凶器の使用。
この世界で比較的所持が容易であり、殺傷能力も完璧な――――拳銃。
使用されれば、俺は手も足も出ずに殺されるだろう。
それが必定であり、不動の現実。
そしてその現実に、俺は――――――変動を促す。
男が懐から武器を取り出す、その寸前に俺は思い切り地面を――
パァン!!
――踏み付けた!!
同時に放たれる炸裂音。
それはその場に居る者、俺を除く2人の男の動きを止めるに足る効果を得た。
踏み込みと同時に横へ駆けた俺は、そのまま貨物の陰へと身を潜める。
これで少なくとも、拳銃の的にならずに済んだ。
「よしっ……」
ここまでは俺の読み通り。
徒手空拳の俺にとって最大の敵は、遠距離からの一方的な攻撃に他ならない。
身を隠す、それは件の敵に対して最も有効な手段であり、自身の動きを読み切らせない一つの策でもある。
ポケットにあった癇癪玉、先程の会話中に後ろ手で足許に落としておいたのだ。
まさかこの場面で利用出来るとは思いもしなかったが……。
癇癪玉の残りは3個。
気を取り直して、ここからが俺の力が問われる場面だ。
相手の位置を記憶し、そこまでのルートを模索。
その中で最も効率が良く、相手を無力化させられる手段を選ぶ。
「くっ、出て来いガキ!!」
焦りと怒りに塗れた声が、倉庫内に響き渡る。
姿は見えずとも、男の声が全てを語っていた。
足音は……一つ。
これらの情報を統合して、幾つかの答えが導き出される。
一つは、犯人達の行動の制限。
気絶状態のアリサを抱えた状態では、移動しながらの俺の対処はまともに出来ない。
故に動ける人数は1人、残りはアリサの傍で待機という所だろう。
二つ目は、拳銃の使用不可。
この倉庫に誰も居ないとしても、周囲には少なからず人は居るだろう。
あの報道があった後でも、仕事が一気に無くなるなんて事はまずあり得ない。
そして当然ながら、銃声は良く響く。
この行動を周囲に感知されるとマズい、事は穏便に済ませなければならない。
つまり銃を使う事はあってはならないのだ。
俺が倉庫の陰に逃げた時、そして今……。
使えば自分達が主導権を握れるこの状況で使わない以上、完全な威嚇のみと言って差し支えない。
最後に一つ、拳銃の使用から派生する答え。
それは奴等が、独断によって行動を起こしている事だ。
周囲に気付かれたくないのだから、周囲に協力者が居ない証拠。
もしかしたら離れた場所に居るかもしれないが、こんな行き当たりばったりな犯行を行ってる時点で、大した者とも思えない。
最初は計画的な犯行だと思っていたが、実の所はそうではなかったのか。
エンハンスグループの中でも、色々と問題が浮き上がってるのだろう……
「何言ってんだか……」
そんな事はどうでもいい。
今の俺は、アリサの救出にのみ専心を向ける。
余計な思考など叩き潰してしまえ。
小さく呟いた言葉に精一杯の皮肉を込めて、俺は行動を開始する。
「いい加減にしねぇか!! 殺されてぇのか!?」
ガキ相手だというのに、何ヒステリック気味になってるんだ?
まぁ手際の悪さからこういう事をした経験無さそうだし、そこに不確定要素が混じれば不安にもなるだろうな。
しかし声を張り上げてくれるお陰で、俺の足音が掻き消される。
残響音より小さく止め、俺は倉庫内を疾駆する。
「このクソガキっ!!」
足音が突然速く、大きくなった。
さっきから一向に姿を現さない俺に、痺れを切らしたのだろう。
音の方向からさっきまで俺が居た場所に走っていったようだが、その行動はあまりにも間抜け。
いつまでも同じ場所に居ると思ってるなら大間違い、おまけに相手の動きも手に取るように分かる。
この場は確実に俺がアドバンテージを取った。
心の隅に残る僅かな不安を振り切って、俺は行動に出る。
「くそっ、何処に居やがる」
息を潜め、早足で相手に近付く。
小太りの男は悪態を吐きながら辺りを見回しているが、俺の姿を見付けてはいない。
目線から外れるように足許の高さで覗き込んだ行動、焦りを持った相手には有効のようだ。
距離は目測で5メートル、そして手には先程の銃は持たれていない。
やはり俺の出した解答に狂いは無いようだ。
体勢は低いまま、両脚に万全の力を込めて――
「ふっ!!」
――思い切り踏み込んだ。
離れた位置を刹那の時で縮め、即座に次の行動に移る。
「なっ!?」
相手も気付いたようだが、もう遅い。
右肘を突き立てて振り上げ、踏み込みと同時に男の顎へ打ち据える。
勢いに引っ張られ顔が真上まで上がった所に、今度は左拳で腹へ一撃。
「ぐふぅ!?」
おまけとしてワンステップで背後へ回り込み、背中へ膝蹴りを当てる。
衝撃で男の体がしなりながら吹っ飛ぶが、それを見送る暇も無く、俺は同じ方向へ走る。
ギリギリで貨物の陰から出なかったが、姿を隠す状態が俺のアドバンテージ。
見す見す姿を晒す訳にはいかない。
小太りなクッションを踏み越えて、俺は更に奥側へ壁沿いに進んでいく。
「おいっ、どうした!?」
当然ながら俺達の姿を見ていないもう1人は、完全に状況を理解出来ていない。
その間に、決め手となる次の行動へと向かう。
足音を最大限立てずに、しかし行動は迅速に。
俺より高い貨物を目の前に、瞬間で位置を確認する。
「………」
目測だが今の自分の位置は、アリサの居た場所のほぼ真横。
ポケットに残る癇癪玉の残りを確認して、その中から2つを取り出す。
そして1つを貨物の上へ投げ、もう一つを目の前の壁へトス。
放物線を描くソレは、明らかな衝撃不足。
これでは本来の意味を為さない。
だから、そこへ更なる力を加える。
「ふっ!!」
玉が壁に当たる直前、同じように俺も壁を蹴りを放つ。
パァン!!
炸裂音と同時に、足に力を込めて反対側へ飛ぶ。
「っ!!」
貨物の端に手を掛けて、その上へ乗り込む。
そして着地と同時に――
パァン!!
またも炸裂音。
最初に投げた癇癪玉を、着地時に踏み付けた為に鳴った音だ。
壁蹴りと着地時の足音を消す事で、俺の行動を読ませない手の一つ。
間髪入れずに貨物上を駆ける。
カンカンと軽音が鳴るが、それも一瞬。
たかだか数メートルの距離、相手が気付いた所でもう遅い。
すぐに貨物の端まで辿り着き、眼下にはスーツ姿の男と1人の少女。
「アリサ……」
もうすぐ、後少しでお前を助ける事が出来る。
――ここで気を抜くのは愚の骨頂、最後まで自身のするべき事を忘れるな。
安堵しようとする心に喝を入れ、逸る気持ちを抑える。
今はまず、此処から……
「ふっ!!」
飛び降りる!!
この身で空を裂くように、重力に逆らわず、風の抵抗に身を委ねる。
そこに助走の勢いが重なり、俺と男との距離が一気に詰まる。
「おっ、お前!?」
その顔に驚愕の様相が張り付く。
上空からの奇襲、それに奴は完全に対応出来ていない。
狙うなら――――今だ。
接触までの刹那の時、右半身を捻転するように後ろに引く。
同時に体の軸を真横にずらして、…………解き放つ。
溜められた力は束縛から逃れ、方向性を求めて荒れ狂う。
それを向ける場所は、眼前に迫る男。
「はぁっ!!」
真っ直ぐ、縦に振り下ろす。
まるで魂を狩る死神の鎌の如き右足は、男の肩を大きく沈めた。
接触と同時、更に力を込めて真下へ振り切る。
「っがぁ!!」
無様な叫び声に耳を貸さず、半分背を向ける形で着地。
だが、これだけじゃ終われない。
すぐに右足で男の顎を蹴り上げる。
顔面が浮き上がった瞬間、蹴った足を横に払い勢いをつける。
そのまま体を浮かせて、今度は左で上段回し蹴りを顔面に叩き込んだ。
「ぶふっ!?」
止まらぬ連撃、相手に何一つさせる時間を与えない。
動く事も、考える事も、呼吸一つすら、お前等にくれてやる時間は無い。
肩、顎、頬への連続蹴撃によって吹っ飛んだ男は、あまりにも無様だった。
そいつを尻目に、俺は荷台で眠りについている少女を見る。
「あっ……」
可憐なその姿は、まるで眠り姫のように穏やかな様子。
自分の周囲で起こっていた状況すら意に介さず、どこまでも彼女は静かだった。
………ったく、グッスリ眠りやがって。
思わず零れてしまいそうになる笑みを、必死に押さえる。
「アリサ、起きろ」
その華奢な肩を、出来るだけ優しくゆっくりと揺する。
起こすのを憚れる程その姿は神々しかったが、いつまでもこの場に留まるのは宜しくない。
危険は去ったとは言え、気を緩められる状況でもない。
「ぅっ、うぅ……ぅん」
緩慢な振動に身を揺すられ、少女は徐々に瞳を開いていく。
その声にドキッとしてしまった自分に、心中で喝を入れる。
焦点の合わない双眸が、少しずつ絞られて俺を捉えていく。
「ひ……じ…り?」
「おぅ、おはようさん」
目覚めた少女は「あっ、うん」と、寝惚け眼で素直に返してくる。
どうやら状況が飲み込めていないようで、呆然としながら俺の顔と周囲を何度も見回していた。
だが時間が経てば、徐々に意識はクリアに覚醒していく。
近くで倒れてる男を見た時は、当然だがかなり驚いていた。
「アンタ、まさか……」
「まぁ……俺の責任でも、ある訳だしな」
始まりは俺とコイツの口論。
内容は兎も角として、本当にくだらない事だったと思う。
そして、俺がもっと周りに気を配れていれば……。
いや………今更だな。
何はともあれ、本当に無事で良かった。
「あの、その……」
見知らぬ男達に突然連れ去られ、気付いたらこんな場所でこの状況。
戸惑うのは、まぁ仕方ない事だろう。
「はぁ〜…………」
「な、何よその溜息は?」
俺の態度に憮然とした顔で対するアリサ。
そんな彼女の表情も、今の俺にはとても掛け替えの無いモノだ。
だから――
「本当に……」
目の前の現実を――
「良かっ――――」
バアァン!!
〜Interlude side:ARISA〜
「本当に……」
目の前のモノ、つまりアタシを真っ直ぐに見詰める1人の少年。
黒曜石を髣髴とさせる真黒な瞳は、濁り無い綺麗な輝きを持っていて……。
何よりもその表情は、今まで見たこと無い位に穏やかなもので……。
僅かの間、見惚れてしまった。
「良かっ――――」
バアァン!!
甲高い炸裂音。
目覚めた瞬間の状況にも戸惑ったけど、今の音にはそれ以上に驚いた。
だってあれだけの大音量なんだから、一瞬の事でもビックリするわよ。
でも何よりも、一番驚いたのは……
「えっ……?」
目の前で揺らぐ体躯。
表情は先程の穏やかさを一変させ、驚愕へ摩り替わる。
それが意味する事を、アタシは分からない。
いつの間にか彼の瞳には、意志というものが根こそぎ奪われていた。
まだ、理解出来ない。
でもそれは……
――――まるで、死んだような瞳。
「ぇ……?」
その時、見てしまった。
聖のワイシャツ、その横腹辺りから赤黒い液体で滲んでいるのを……。
まるで波紋のように、ジワリと広がっていくソレは……。
見紛う事無き――血だった。
「あ、あぁぁ……」
ドサッ…………。
崩れ落ちた体は地に伏せ、赤黒い液体は更に波紋を広げる。
地面を這うように流れるソレは、アタシの視界の全てを染めた。
現実が思考を塗り潰す。
聖が……死ん…だ?
――そして思考は、現実に追い着いた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
気が付けば叫んでいた。
目の前で起きた出来事を受け入れたくなくて、只管に叫んだ。
現実を拒絶する、しかし目の前には現実が無情にも広がり続ける。
双眸から透明の雫が流れる。
そんな事すら気付かず、聖の傍に寄った。
叫びは、止まらない。
「いやっ!! イヤっ!! 嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
何でこんな事になったの!?
何で聖がこんな目に合ってるの!?
何で、何で、何で!?
足許の赤い水溜りが、最悪の現実を突きつける。
「ひじりぃっ……、聖ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
糸が切れた傀儡人形のような体を、力の限り揺すってみる。
アタシと対照的なその脱力し切った体は、何も応えない。
「ひじりぃぃ……」
――――瞳も、開かない。
――――声も、聞こえない。
何もかもが消えてしまったその体は、もう骸と呼ばれるソレと同じだった。
それでも力一杯に体を揺らす。
そうしなければ、聖の全てが消えてしまいそうで……。
それが何よりも、アタシには怖かった。
「目、開けてよぉ……」
長い睫毛は、ピクリともしない。
「何か、喋ってよぉ……」
口からは、呼吸音すら聞こえない。
「お願い、だから……」
急速に冷めていく体温を、止められない。
「死んじゃ………嫌だよぉ……」
その体に縋っても、アタシを抱き返してくれない。
瞳からはボロボロと、決壊したダムのように涙を落としていた。
彼のワイシャツに落ちたその雫は、滲んで消えるしかないのに……。
今でも憶えてる、聖がアタシを守ってくれた時の事。
職場実習でひなた園に来た2日目、些細な言い合いをしたアタシ達。
内陣を越えようとしたアタシはそこで足を縺れさせてしまい、転んでしまう筈だった。
でも気付けば、アタシは聖の体に包まれ守られていた。
温かくて、少し大きなその体。
まるで世界中の悪意全てから、アタシを守ってくれるかのような……。
揺り籠のような、安心感をくれた。
でももう、その感触は何処にも無い。
「お前が、悪いんだ」
コツ、コツ、コツ……。
非常にゆったりとした靴音が、アタシ達に近付いてくる。
振り向けばそこには、スーツを着た小太りな男が歩いていた。
足取りは覚束無いのに、何故か瞳だけはギラギラとしている。
まるで、狂ってしまった人のよう……。
「俺達の、邪魔を、するから……」
不規則な呼吸、それが不気味で堪らなかった。
自身の心が、目線の先の存在を拒絶する。
「こっ、来ないで!!」
アタシの明確な意志も、あの男にはまるで聞こえてない。
更に近付いてくる。
その目には、正気の欠片すら見えなかった。
「もう、いい……」
なのに、真っ直ぐに此方を射抜く。
正常な神経を失ったが故に、その力強さは異常だった。
聖のような強さじゃない、どこまでも暗くて重い鉄鎖のようだ。
呼吸が更に不規則に、更に激しくなる。
もう人じゃない、本能に従う獣のようだった。
「死ね――――!!!!!」
狂った獣の咆哮と共に、男は手に持っていた凶器を向ける。
銃、それが聖を傷付けた物の正体。
聖から温かさを奪った物体。
アタシが好きな、大好きな聖の温かさを奪った……。
そして次は、アタシからそれを奪おうとする。
聖に好きになって欲しかった全てを、アタシから奪う――
――そんなの、イヤ!!!
もっと生きたい!!
もっと皆と居たい!!
なのはと、すずかと、フェイトと、はやてと!!
もっと聖と居たい!!
だって……
だってアタシは……
聖の事が、好きなんだから!!
目付きの悪さも、素直じゃない心も!!
時折見せる優しさも、恥ずかしそうに怒る顔も!!
本気で心配するような瞳も、意志を貫く想いも!!
全部が全部、好きになっちゃったんだから!!
気付いたら、好きになっちゃったんだもん!!
だからイヤ!!
こんな所で死にたくない!!
だってまだ、アタシは――
――聖に『好き』だって、言ってないんだから!!
〜Interlude〜
例えどれだけの強い意志があろうとも、それはより強大な力に捻じ伏せられる。
それは正しく、少年が心の隅に感じていた不安の具現。
人は窮地に陥れば、簡単に暴走するという事実。
少女との再会に安堵した心が、その隙を生み出してしまった。
そして今度は、少女の意志が押し潰されようとしている。
目の前で鈍く光る、金属物。
引き金を引けば、誰でも人を殺せる凶器。
「死ね――――!!」
倉庫内に響く、金切り声。
既に男に正気は無く、自身の破滅のビジョンだけが脳内にこびり付いていた。
度の過ぎた自暴自棄、それが少年と少女を殺そうとしている。
あまりの恐怖に少女は身を竦ませる。
それでも、傍らに伏す少年だけは離さない。
今度は自分が守るのだと、僅かに残る勇気を振り絞っていた。
――その姿を、誰が馬鹿に出来ようか――
――その姿を、誰が壊せようか――
――ならばその姿を守るには
パアァン!!
骸になろうが、立ち上がるしか無かろう――
突如発された炸裂音は、男のものではなかった。
唯の音、子供騙しでしかない。
だが、暴走した狂人の精神は子供にすら劣る。
刹那の硬直が、その答えだった。
そして男の目の前には、1人の少年が……。
右腕を引き、腰を捻る。
対する狂人は、目の前の現実を直視し動けずにいた。
生命活動すら危うい筈の少年が、何故目の前に立っている?
何故、動けるのだ?
その戸惑いこそが、奴の失態。
常人たる精神なら、もう少し早く対処出来たかもしれない。
しかし男には、それをするだけの思考を持ち得ていなかった。
そして――
「ぶふっ!?」
――あらん限りの力を込めた拳は、その顔面にめり込むように突き刺さった。
――意志が強大な力に捻じ伏せられるのなら――
――より強く、より尊い意志はどれだけの力を持つのだろう――
――きっとそれは積み重ねた年月が、積み重ねた想いが――
――現実となって、証明するだろう――
―――――――――――――――
あとがき
どうも、おはこんばんちはです。
執筆時間を縮めれるよう努力しますとは言いましたが、あまり変わらなかったようで残念です。
早速ですが、今回の話をしましょう。
攫われたアリサ、そしてそれを救出する聖の回となりました。
ですが正直な所、文章量や表現に冗長な部分があったと思います。
もう少し文章を削ったり、表現方法を変えたりとあったかも知れません。
ですが敢えて直しません、悪化しそうなので……。
気を取り直して、今回は聖の戦略眼が大きく出てたと思います。
ですが僕は一般人なので、難しい部分が多々ありました。
おかしな部分もあったと思いますから、そこは掲示板や拍手の方でお願いします。
そして今回になって漸く出た、アリサの本心。
明確な死が目前に迫った事で、自分が隠し続けた想いが急浮上しました。
まぁ、最終回目前ですしね。
そして最後の展開を見れば分かるように、何か少年漫画的な感じになりました。
これはこれで、アリですよね?
さぁ、次話が遂にAルートの最終話。
皆様が納得の出来る物語に出来るよう、頑張りたいと思います。
感想や意見、その他諸々は掲示板や拍手の方でお願いします。
それでは〜。
P.S
執筆中にニコニコ動画をよく見るんですが、中でも実況動画は面白いですね。
今までに何度も見ている『モンハンどうでしょう』や、友達に教えてもらった『テクテク死霊記』や『MHFを実況しつつ片手剣のみで進めてみる』は何回も見直したりします。
面白いですね、特に『モンハンどうでしょう』は。
色々とゴタゴタはありましたが、それでも毎回楽しみにしてる動画なので大好きです。
皆様はどんな実況動画を見てますか?
宜しければ教えて貰えると、とても嬉しいです。