パァン!!


――ひなた園に、炸裂音が響いた。

――あまりに突然だったが、発信源へ行ってみれば……


「あっ、聖兄ちゃん」

「平太、何ださっきの音は……」


――へへへ、と無邪気な笑みの少年が、徐に掌を見せる。

――そこには1センチ程度の大きさの、カラフルな玉が幾つも置かれていた。


「癇癪玉か?」

「うん、師父から貰ったんだ」


――喜びを隠し切れない笑顔が、とても眩しく見える。

――余程コイツを貰った事が嬉しかったのだろう。

――それにしても師父よ、何故にこんな物を?


「兄ちゃんにもあげるよ」

「良いのか?」

「うん」


――平太の手から、俺の手へ。

――数個の癇癪玉を手渡される。


「兄ちゃん、使い方分かる?」

「あぁ、昔遊んだ事あるからな」


――手に乗った小さな感触を確かめながら、過去に思いを馳せる。

――うむ、兄や姉と一緒に鳴らしまくったのを今でも憶えている。

――唯の花火の一種なのに、あそこまで楽しめたのは非常に不思議だったな。


「ありがとな、平太」

「へへへ……」


――俺の感謝の言葉に照れ臭そうに笑う。

――そんな弟の姿を見て、微笑ましさを感じる。


「ねぇねぇ、2人共何してるの?」

「明菜、帰ってきてたのか」

「癇癪玉ですか……」

「沙耶もか。2人共、お帰り」

「「うん(はい)、ただいま(帰りました)」」


――2人っきりだった空間が、一気に賑やかになる。

――癇癪玉の想い出も良いけど、やっぱり家族と一緒に居る方がずっと楽しい。

――掌のソレを優しく握り締め、ポケットへ詰め込んだ。


「平太、アタシにもそれ頂戴」

「えぇ〜、兄ちゃんにあげたから少ししか無いんだよ」

「良いじゃん良いじゃん、少し位さぁ」

「明菜、年上なんだから我が儘言わない」


――弟に玩具を強請る明菜と、それを抑える沙耶。

――ひなた園で繰り広げられるいつもの光景。

――下手に口を出そうとせず、傍から見守っている俺。

――――この時は思いもしなかった。

――――ポケットに収まっていたモノが、俺の人生を左右するものだったとは。










少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


AルートgV「忍び寄る悪意」











「いやぁ、大変な事になったものだなぁ」

「はい?」


 気持ちの良い快晴に見舞われた今日、師父のよく分からない一言で幕を開けた。

 テレビで流れるニュースに目を傾けている様子からして、その内容に対する感想なのだろう。

 そこには――


「エンハンスグループ、不正経理発覚……」


 とある企業の不祥事が大々的に映し出されている。

 エンハンスグループと言ったら、確か……。


「バニングスグループのライバル会社みたいな所だな」

「えぇ、あっちも10以上の関連企業を持っていましたね」


 ニュースを見れば確実に目に入るであろう名前。

 国内外問わず、様々な方面で活動している大企業だ。

 バニングスグループとこの企業は、まさに双璧とも呼ばれている位だと言うのに、突然こんな不祥事が明るみになるとは……。


「上の人間が親族で固められているからな、典型的な同族経理だ」

「だから出入金記録を改竄出来ると?」

「あぁ。寧ろ今まで何とか出来ていたのが不思議な位だ」

「……明るみになってないだけで、過去にも着手したかもしれませんね」


 なるほど、簡単に言うと家族に甘いという訳か。

 こういう事には詳しくないから、時折してくれる師父の説明はタメになる。

 流石師父、社会情勢にも詳しい。


「デビットさんとしては、悔しい所か」

「どうしてですか?」

「双璧の一角が崩れたんだからな」


 ふむ、つまりは競争相手が居なくなって困る、って感じか。

 デビットさんの性格からして、確かにありそうだな。


「問題はこの後……」

「立ち直れますかね?」

「さぁ、分からんな」


 朝から何とも重い話題だなぁ。

 俺には関係無いけど、アリサの家が絡んでる以上は気にせずにはいられない。

 まぁ俺が割って入るような問題じゃないし、気にしないでおこう。










 ――とか何とか思っていたのに。


「ホント、パパも少し落ち込んでたわ。」

「大変だね」


 昼飯時に話題に上がるのは、どうしてなんだろうか?

 一般的な中学生の会話としては、かなり異色の部類に入るだろ。

 まぁ、話題に近しい奴が居る以上、出てこないって事の方が珍しいのかな。


「あっちは工業系にはあまり手を伸ばしてなかったから、すずかの方は問題無さそうよね」

「うん。お父さんもお母さんも、デビットさんは大丈夫かなぁ、って心配してたから」

「師父と全く同じだな、その反応……」


 なるほど、相手を分かってればそういう答えなのか。

 2人共ずっと前から友人だし、親同士の親交もあるんだろう。

 当然と言えば当然になる訳か。


「それにしても、アイツ等はまた休みか」

「そうだね。かなり忙しいみたいだし……」

「別に追及するつもりは無いけど、少し心配だな」

「そうだね」


 昨日の早退に引き続き、今日は朝から欠席。

 家の用事だとは分かっているが、それでも心配してしまう。

 危ない目に遭っていなければ良いが……。


「そんなに心配? 3人の事」

「そ、そりゃあな。友達だしさ」

「ふ〜ん……」


 いやアリサさんや、何ですかそのジト目。

 さっきまで普通に話してたのに、急にムッとし始めたりして。


「……まぁ、一応そう言う事にしといてあげる」

「何だよ、その言い方。俺が嘘吐いてると思ってるのか?」

「アンタが心配してるのは分かるわよ。唯、どうしてそこまで心配するのかなって思っただけよ」


 少し棘のある声色で呟くアリサ。

 何か裏があるように聞こえるけど、そこに含まれる意味は分からない。

 しかしアリサよ、そんな当然の事を今更言われてもな。


「今言ったろ、友達だから心配なんだよ」


 この言葉には偽りは無い。

 ハラオウンも高町も八神も強い人間だけど、やっぱり普通の女の子なんだ。

 それが逆に問題になる訳だが。

 なまじ強い分、無理して頑張る傾向がある。

 注意しないと、何処までも無理し続ける奴等だ。

 それは、目の前の2人にも言える事だけど……。

 視界に捉えたアリサと月村もまた、3人と同類だからな。


「……何よ、ジロジロ見て」

「…………いや、何でもない」


 ――お前等も心配だ。

 そんな事を面と向かって言える筈も無く、言葉を濁して誤魔化した。

 気恥ずかしいし、アリサなら「アンタに心配されるまでも無いわよ」とか叱咤されそうだ。

 それに月村が居れば、きちんとアリサのストッパーになってくれるだろうし。

 …………まぁ、俺の役割は何処にも無い訳だな。

 最初は俺は部外者的な立場だったから、入り込む余地は無いのだろう。

 好きになった相手の力になれないのは、不服ではあるけど……。


「聖君、残念そうな顔してるよ?」

「えっ、そうか?」

「うん。フフフ……」


 月村、何だその意味深げな笑みは……。

 此方を見る瞳には柔らかな視線。

 だが穏やかなソレには、俺の胸の内を見透かすような鋭さを秘めているようで……少し怖いぞ?

 アリサもチラチラと自分と俺を見比べている月村を見て、かなり不思議がっている。


「どうしたの、すずか」

「愛されてるなぁって思っただけ」

「誰が?」

「アリサちゃん」

「「はぁっ!? …………あっ」」


 彼女の言葉に、俺達の言葉が頭から尻まで見事にハモった。

 お互いに顔を見合わせる所まで、別に示し合わせた訳じゃないんだけど……。

 って、そんな事はどうでもいい。

 少し大袈裟な気がするけど、自分の気持ちを暴露されたみたいで気恥ずかしい。

 あ、愛されてるって……。


「ああああ、アンタ何言ってんのよ!!」

「さっきの聖君の顔、アリサちゃんの事を凄く心配してたもん」

「えっ!?」


 酷く驚いた顔で此方に視線を動かすアリサ。

 ……こっち見んな。


「……友人を心配しちゃ、悪いのか?」

「べ、別に悪くは無いわよ」


 月村の言葉は間違っていない。

 俺がアリサを心配してるのは真実で、そこには一つも偽りが存在しない。

 でもやっぱり…………恥ずかしいな、これは。


「全く、急に変な事言わないでよ」

「言ったのは俺じゃないんだけどな……」


 寧ろ暴露された側だぞ、月村に。

 まぁ、言っても「似たようなもんでしょ!!」とか返されるだろう。

 彼女の機嫌を損ねる行動は自重した方が良い、と経験から来る本能が告げていた。

 別にアリサに媚び諂っている訳じゃないが、コイツは一度へそを曲げると中々機嫌を直さない。

 俺としては怒っている顔よりも、笑っている顔の方が好きなんだけどな。


「フフフ……、アリサちゃんと聖君って、ホント仲良しだよね」

「そ、そう?」

「うん、最近は特にそうだよ」

「どこがよ?」

「お互い名前で呼んでるし、一緒に帰ったりもしてるでしょ?」

「そっ、それは……その………」


 ニコニコ笑顔の月村に反論しようと、焦りながら言葉を探すアリサ。

 だが中々見付からないようで、口が開きかかっては噤むの繰り返し。


「だからそれは………別に、アタシと聖がどうって訳じゃ」

「もう、照れちゃって」

「照れてない!! それに、一緒に帰ってるのだってすずか達が居ないからで」

「鮫島さんに校門まで来て貰えば良いんじゃないの?」

「うっ!?」


 月村の鋭い指摘に言葉を詰まらせるアリサ。

 言っている事が的確であるが故に、言い返せないのだろう。

 握り拳をワナワナと震わせるその姿が、不覚にも可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みと言うものだろうか?

 ……やべ、言ってて恥ずかしい。


「ほら、アンタも何か言いなさいよ」

「なっ、何故俺に振る?」


 月村から俺へと矛先を変えたアリサが、容赦無く襲い掛かる。

 この予想外の奇襲、何と言う策士だ。

 流石はやり手の経営者の親を持つだけはある。

 ……デビットさん、娘さんの将来は明るそうですよ。

 って、現実逃避はここまでにしておいて、と。


「う〜っ……」


 目の前で顔を赤くしながら睨みを利かせる少女の姿は、口には出さないが愛らしさを感じる。

 最近、アリサを見る度にそんな事を考えてると思うのだが、どうなんだろう?

 まぁ取り敢えず、今は目の前のお嬢様を宥める事にしよう。


「いい加減、月村に遊ばれてるのに気付いたらどうだ?」

「あっ、バレちゃった?」

「す〜ず〜か〜っ!!」


 怒りを露にしながら月村に掴み掛かるアリサ。

 まぁ唯のじゃれ合いみたいなもんだから、止めるつもりは毛頭無い。

 その微笑ましいやり取りを、黙って見ている事にしよう。

 休み時間が終わる、その時まで……。











 そして、今日も今日とて……。


「帰るか、アリサ」

「そうね」


 2人揃っての帰路と相成る訳だ。

 どうやら今日も月村は用事があるらしく、昼休み終わり間際にそう伝えてきた。

 ハラオウン達は言うまでも無く……。

 俺としてはアリサと帰れるのは嬉しいのだが、アイツはどう思ってるんだろうか?

 親友と帰れない日が続くってのは、彼女自身も不安だと思う。

 今までがそうだったから、余計にそう感じるのかも知れないが。

 まぁ、敢えて話題にする必要も無いだろう。


「そう言えば……」

「何?」

「この前、またどっか行くって言ったろ?」

「あっ、……うん」


 と、思い出したように呟く彼女の顔は、少しばかり赤みが差している。

 そんな初々しい姿に、否が応にも胸が高鳴ってしまう。


「アリサは、行きたい場所あるか?」

「そんな急に言われても、決められないわよ」


 それもそうか、俺も思い付かないしな。

 まぁ、土曜か日曜を考えてるし、今すぐに決める必要も無いか。


「それにしても、暑くなってきたなぁ」

「ホント、早く夏休みになって涼みに行きたいわよ」

「あぁそっか、もうそろそろ1学期終わりか」


 ――――夏休み。

 学業を本分とする学生達の、1ヵ月半程度の休暇。

 普段学校で窮屈な思いをしている生徒にとっては、正しく天国とも呼べる期間。

 ある者は部活に精を出し、ある者は国内外へ旅行へ出掛け、ある者は家でダラダラと普段出来ない怠惰な生活を過ごしたり……。

 過ごし方に千差万別ある、長期休暇だ。

 学校生活があまりに充実していた為、アリサの言葉を聞くまで忘れていた。


「良い傾向なんだろうか?」

「何がよ?」

「……いや、何でも」

「アタシは時々、アンタが分からないわ」


 呆れたような瞳で此方を向くアリサ。

 その視線は痛いが、今はもう慣れたものだ。


「聖は夏休み、どう過ごすの?」

「特に変わらねぇよ。いつも通り、師父達の手伝いをして、弟達と遊んで、宿題やって……てなもんだ」

「本当に変わらないわね」

「言うな。嫌味に聞こえる」


 とは言うものの、アリサの言ってる事は至極当然なもの。

 折角の夏休みだと言うのに、やる事全てが何一つ変わりないものばかり。

 隣の少女がお嬢様らしい休日を過ごすと言うのに、何たる格差だ。

 まぁ、自分で分かってる事だから気にはしないけどな。

 でもやっぱり、1年に1度の夏休みだし……。

 何か特別な事が出来れば、良いんだろうけどなぁ。

 ……俺には分不相応な願いだな。


よ、よし、これはチャンスよアリサ。夏は恋の季節なんだから……

「?」


 さっきから隣の少女が静かだと思ったら、何やら小声でブツブツ呟いている。

 表情が真剣なだけに声を掛ける事を躊躇ってしまう。

 一体どうしたと言うのだろうか?


「――――聖!!」

「のわっ!?」


 ななな、何だ急に大声出して!?

 耳の奥からキーンと何か聞こえるが、それよりもアリサだ。

 さっきまでブツブツしていたのに、一体全体何なんだよ?


「あああの、その……ね………」

「ど、どうしたんだ?」


 振り向いた先には、熟したトマトのような顔が映った。

 異常に緊張してるらしく、視線が微妙に合っていない。

 呂律もきちんと回ってないようだし、表情もかなり必死だ。

 うん、取り敢えず可愛いのは分かった。

 言いたい事は全く分からないが……。

 何度もどもりながら必死に言葉を探すアリサ。

 で、結局――


「何でもない……」

「何だそりゃ?」


 意味不明なまま終わった。

 何が言いたかったのか、正直かなり気になるんだが……。

 追及すれば逆ギレされるのは目に見えてる。

 大人しく引き下がっておこう。


「むぅ〜……」


 と思いきや、今度は如何にも憤慨したような表情で睨んできた。

 ブツブツ言い始めたと思ったら、大声を張り上げたり、結局は何も言わなかったり。

 何と言う天邪鬼だ、この少女は。

 …………って事は、コイツを好きになった俺も天邪鬼になるのか?

 いや、意味は分からんけど。


「どうしたんだよ?」

「……うっさいわよ」


 おい、取り敢えずそっぽを向くのは止めてくれ。

 明らかに拗ねてるだろ、コイツ。

 ったく、俺が何したってんだよ。

 先程とは一変し、不機嫌な表情を浮かべる彼女を改めて見やる。

 ――――何故かその横顔に、ほんの少しの悲しさを感じた。

 俺には分からないが、今の彼女の心境は複雑なんだろう。


何で言えないのよ、アタシ……。聖も気が利かないんだから

「何だよ?」

「何でもないって言ってるでしょ!!」


 な、何だよ……?

 また声を張り上げたが、そこに含まれる怒気は先程以上だ。

 だが、それの矛先が曖昧に感じる。

 隣に居る俺へと向けているのか、もしくは自分自身か……。

 瞳は真っ直ぐに俺を向いているにも関わらず、その先が見えなかった。


「…………」


 そのやるせない表情は、あまりにも不安を誘う。

 地に伏した双眸は、否が応にもこの胸に重みを加える。


「本当にどうしたんだよ?」

「何度も言ってるでしょ、何でもないって……」

「どの顔がソレを言うんだ?」

「―――っ」


 相も変わらずつっけんどんな様子のアリサ。

 それでも俺は口を閉ざせない。

 自身の胸を圧す不定形なモノ、その引っ掛かりを取り除きたい。

 そして何より、――――――そんな顔を、アリサにはしないで欲しいから。

 そんな顔よりずっと、笑顔の似合う女の子なんだから……。

 俺の自分勝手な意見を突き通す為に、彼女に口を開かせる。

 でもやはり、俺の行動は過程の段階で捻じ曲がってしまう。


「うっさいって言ってるでしょ!!」

「――っ!?」


 先程のアリサ以上に、俺の言葉が詰まる。

 突然爆発した声は、彼女の視線と相俟って鋭さを増した。

 こんな状況、俺にとっては予想だにしない。

 だから次の彼女の言葉も、俺にとっては思いも寄らないものだった。


「いちいちしつこいわよ!! 全く、恭也さんみたいに大人になりなさいよ!!」

「なっ!?」


 不意に頭に過ぎった姿。

 端整な顔立ち、細身ながらも屈強に鍛え上げられた肉体、そして強く優しい心。

 誰もが羨む要素の全てを内包した人、―――高町恭也。

 対するは、どこまでも中途半端な持ち物を手にし、どこまでも中途半端な―――瑞代聖。

 その差は歴然、言うまでも無いだろう。

 比べれば、誰だってあの人を選ぶ。

 目の前の、少女でさえ……。


「何で恭也さんが出て来るんだよ!?」


 だから避けていた。

 意図的に、あの人の姿を。

 あの人の存在は、俺からすれば眩し過ぎて恐怖すら覚える。

 出てしまえば、アリサの瞳に俺は映らない。

 ――――それだけは、この上なく嫌だった。

 好きな子の視界から消え失せてしまう事は、きっと何よりも辛い。

 俺は、そうなる事実を認めたくなかった。


「関係、無いだろうがっ」


 自分の表情が苦々しく歪んでいく。

 無意識に握られた拳はワナワナと震え、奥歯をギリリと噛み締める。



 ――――似たような感覚を憶えている。

 翠屋FCの練習試合に、助っ人として出場した時の事だ。

 瀬田や遠藤、金月という突出したレギュラーに混じって、遊び程度にしかサッカーをやった事の無い俺。

 当然ながら彼等に及ぶ筈も無く、試合には勝ったが、納得はいかなかった。

 フォワードを任されておきながら、1得点しか取れなかった自分。

 狙おうと思えば狙えた筈のチャンスはあったのに、結局何も出来なかった。

 練習が終わった夕暮れの時間、1人残ってシュートを打ち続けていた。

 胸に掛かるモヤモヤを吹き飛ばす為に……。

 ――――きっと同じだ、俺はあの時と同じ『悔しさ』を感じているんだ。



 相手がどれだけ格上の相手であろうとも、負けたくない時もある。

 でも勝敗を握るのは目の前の少女、アリサ・バニングス。

 そして彼女が選んだのは、俺ではなくて恭也さんだった。

 その事実が、どうしようもなく悔しくて堪らない。

 例え全てが劣っていようとも、アリサに認めてくれるなら構わない。

 そう、思っていたのに……。

 結局、彼女にとって俺はその程度でしかなかった。


「そうやってムキになる所が、子供だって言って――」

「――あぁそうか」

「っ?」


 これ以上、あの人に想いを寄せるアリサを見たくない。

 呟きで彼女を圧し、半ば無理矢理その口を閉ざした。

 もう聞きたくない、その気持ちを吐き出すように。


「分かってんだよ、そんな事。あの人と比べれば、俺なんか路傍の石でしかない事も、俺がどうしようもなくガキだって事も!!」


 変えていこう、自分が良いと思った方向へ。

 例え少しずつでも、それは確実に前に進んでいるんだから。

 その誓いすら、想いの前には捻じ伏せられる。


「んな事、初めから分かってたんだよ!!」


 初めて恭也さんを見た時から、この人に追い着く事など出来ないだろうと。

 思い知らされた、世界の広さと可能性の限界を。

 そして、世の中の理不尽さを突きつけられた。

 ――――お前では、一生到達出来ない場所だ。

 無情な現実が、目の前に立ち塞がった。

 焦りは自我を蝕んで、思いも寄らない言葉を吐き出させる。


「そんなに恭也さんが良いんなら――」


 これ以上は言ってはならない。

 しかし、今の状態で冷静になるなど、俺には出来なかった。


「――俺の事なんかほっといて、あの人の所にでも行ってりゃいいだろ!!」


 腹の底から全てを吐き出すように、アリサへぶつけた。

 その言葉は本心か――――恐らく違うだろう。

 唯の戯言で、怒りに身を任せて放つくだらないモノに過ぎない。

 あの人の全てに嫉妬した、器の小さなガキの叫び。


「な、何よ……。アタシそんな事言ってないでしょ」

「人を比べてる時点で、同じようなもんだろうが!!」


 何で比べられなきゃならない。

 俺とあの人は、どう考えたって違う筈なのに。

 そんなもどかしい気持ちを抱えたまま、俺は歩調を速めた。

 隣にはもう、誰も居ない。


「ちょ、ちょっと……」

「俺と居てもつまらなそうだしな、帰る」


 背後から追うアリサに目もくれず、感情の篭もらない言葉を吐き捨てた。

 ――何で俺は、いつだって負けてるんだろう。

 つきの時だって、今だって、俺は誰かに劣っている。

 この身の未熟を呪わずにはいられない。


「聖!!」


 本当はこんな事はしたくない。

 でも感情に身を任せた俺に、この行動を止める術は無い。

 俺を呼ぶ声も、歯を食いしばって無視する。

 今出来る事は、この足を止めない事だけだった。

 5メートル、10メートル、俺たちの距離は段々と離れていく。

 それが何を暗示しているのか、俺には分からない。

 ただ分かるのは、今の俺は冷静になる時間が欲しかった。


「聖、聖!! ひじっ――」


 おかしいと気付いたのは、アリサの叫びが掻き消された瞬間。

 まるで無理矢理口を閉ざされたような、そんな違和感が脳裏を掠めた。

 そんなあり得ない思考、現実には起こりはしない。

 今だって振り返れば、きっとアリサが不躾な視線を向けてくるに違いない。

 体を反転させて振り向いた先、そこには――――


「――なっ!?」


 絶句。

 視線の先の光景に、脳がシェイクされた。

 何だ、何だよそれ……。

 それは――――2人の男がアリサを羽交い絞めにして、いつの間にか傍に止めてあった車の中へ押し込もうとしているものだった。

 1秒、それで結論が出た。

 これは…………誘拐だ。


「アリサっ!!」

「――っ、―――っ!!」


 彼女は口許を押さえられ声を発せられず、身動きすら困難な状態。

 対する俺の体は既に反応しており、叫びと同時に走り出している。

 さっきまでの嫉妬という名の感情、そんなもの頭から吹き飛んでいた。

 ――――アリサ、アリサ、アリサ!!

 本能は非常に素直で、頭の中を占めるのはたった一つの想いだった。

 助けなければ、守らなければいけない。

 何の為に俺は、今まで努力を重ねてきたと思ってる。

 守る為に、今度こそ間に合わないといけないんだ。

 あの時のような後悔は、もう嫌だから。

 だから今は、此処から連れて行かれてしまう彼女を繋ぎ止める為に。

 距離は大した事は無い。

 少しばかり離れてしまったが、3秒あれば辿り着く。

 もう後3歩―――


「―――っ、――っ―!!」


 目の前の少女が必死に叫んだ。

 その視線は、俺を越えて背後へ。

 同時に彼女の視線の先で音が鳴った。

 これは足音、それも歩くではなく走る方の大きな音。


「っ!?」


 それに気付いた瞬間の判断は早かった。

 急いで真後ろへ方向転換、立ちはだかったのは俺より一回り大きな体躯。

 そして迫るのは、俺を打倒する為の正拳。

 顔面へと降り注ぐそれを右手で往なし、勢い余った胴へ強く握り締めた左拳で鳩尾へ。


「グッ!?」


 衝撃に苦悶の表情を表し、体をくの字に曲げた男へ追撃。

 鳩尾に当てた拳で衣服を掴み、前へ押し出す。


「ふっ!!」


 相手が完全に重心を崩した所で思い切り引き寄せ、空いた右手で男の左手を掴む。

 そのまま一気に――――投げ飛ばす。

 踏ん張りの全く利いてない体では、いくら大きかろうが関係無い。

 引き寄せの勢いも乗って、俺を超える巨躯は軽々と宙を舞った。

 受身を取れなかったのだろう、肺に残っていたであろう全ての空気を吐き出す。

 ――まず1人。


「アリサっ!!」


 すぐに向き直り、アリサの居た場所へ目を向ける。

 だが、時既に遅し。

 彼女は車内へ押し込まれ、運転席と助手席に男達が乗り込んでいた。

 無残にもソレは、俺の目の前で走り去っていく。

 相手は文明の結晶の一端、だが構わず俺も同じように走り出す。

 倒れている男はそう簡単には起きないだろうから、今は放っておく。

 最優先事項は、アリサだけだ。


「アリサっ!!」


 走る、走る、走る。

 開いていく、互いの距離が。

 離れていく、俺とアリサの想いが。


「あっ……あぁぁ…………」


 この瞬間の感情を、どう形容出来るだろうか。

 全ての血液が抜けていくような、全身が虚脱していく感覚。

 絶対的に失ってはいけない何かを、根こそぎ奪われた。

 気付けば、目標は遥か遠くへ。

 視界に映るソレが徐々に小さく、見えなくなっていく。


「ああっ……………」


 手を差し出していた。

 水面に映った月のように、掴める筈も無いソレに向けて。

 手が震える。

 指先の熱が失せていく。

 次第にその手は落ちていき、だらしなく垂れ下がった。

 排気ガスを振り撒きながら消えていく姿を視界の隅に収めながら、思い知った。

 あぁ――――また間に合わなかった、また守れなかった。

 自分はいつだって、無力なのだ。

 だって、ほら―――


「アリサ――――――――――っ!!!!!」


 ―――大切な少女の名を、叫ぶ事しか出来ないんだから。

 自分の無力を嘆く事しか、出来ないんだから。


「俺は……」


 体が動かない。

 中身をごっそり持っていかれたように、力が入らなくなる。

 膝から崩れ落ち、視界を地面が埋め尽くす。

 息が出来ない。








「…………アリサ」


 うわ言のように呟いたソレが、口から出た唯一のモノだった。










―――――――――――――――
あとがき


どうもおはこんばんちは、今回は弁明のしようが無いと腹を括ったTruthです。

流石にここまで投稿が遅れてしまうと、僕としても申し訳無い気持ちが一杯です。

少なからず見ていて下さっている方も居ますし、もしかしたら毎回楽しみにしてくれている方も居るかもしれません。

なのにこれ程までに遅れてしまうのは、作者としてあるまじき行為だと思っています。

今後、こういった事が無いように精進したいと思います。

それでは今回の話について、少しばかり。

今回のアリサ誘拐、この話は実は『少年の誓い』を書く切っ掛けになったものでした。

つまりなのはやフェイトではなく、一番最初はアリサのストーリーから思い浮かんだのです。

自分の気持ちに気付きながらも素直になれないアリサと、恭也に嫉妬する聖。

2人共、かなりの意地っ張りなので早々に上手くいく事はないでしょう。

だからこそ必要以上の壁を用意して、乗り越えさせる必要があったのです。

まぁあまりに唐突だった事は、正直否めませんが……。

それらしい事は前話にちょろっと出しましたが、気付く人の方が稀だと思います。

まぁ、御都合主義と言う事でお願いします。

感想や意見、その他諸々は掲示板とWeb拍手の方で。

簡単なものでも良いので、色々書き込んで下さると嬉しいです。

以上、今回は此処まで。

それでは〜。





P.S

先日、モンハンの『絶対零度』のウカムルバスを弓ソロでクリア致しました。

まぁ、残り10分は切っていたんですけど……。

皆様はどの位でクリアできましたか?

僕は専ら貫通射撃で削り倒しましたけど。