――気が付いたらアイツは、気になる男の子になっていた。
――最初は、唯の無愛想な男子だと思ってた。
――少し背が高いだけの、クラスメイト。
――でも一緒に過ごしていく内に、それは違うんだと思った。
――責任感が強くて、負けず嫌いで、思い遣りがあって、恥ずかしがり屋で……。
――今までの同級生の男子では、珍しく大人びていて、そして子供っぽかった。
――まるで、アタシみたいに……。
――そしてアタシ以上に、アイツは凄い人だった。
――人を素直に敬える気持ちがあった――
――身を挺してアタシを庇ってくれた――
――自分の辛い過去を明かしてくれた――
――全力でアタシ達の許へ駆けつけてくれた――
――アタシ達をステージへと立たせてくれた――
――その姿が、今も目に焼きついて離れない。
――その背中を、その瞳を見る度に、内側から何かが溢れてくる。
――これって、一体……何………?
少年の誓い
〜魔法少女リリカルなのはAs〜
AルートgU「気付き始める、想いの欠片」
――――俺がおかしい。
いや、唐突で意味分からんと思うだろうが、本当なのだから仕方ない。
あのアリサとのデート(らしきもの)を終えてからと言うものの、何かハッキリしない気持ちが渦巻いていた。
口で説明する事の出来ない、あやふやで霞のような存在。
幾ら考えても、幾ら引き寄せようとしても、掴む事の出来ないモノ。
――他にも、自分が変だと思うものがあった。
デート(らしきもの)をしたその夜、アリサからの電話が掛かってきた。
何か用があったとしても、いつもメールで連絡してきた彼女が、その時は電話だったのだ。
おかしいと思いながらも、それに内心嬉々として対応していた自分。
決して長くはなかったが、アリサといつも以上に会話が弾んだ。
――――おかしい。
翌日の日曜日も、やる事を終えた俺に彼女からの電話が待っていた。
お互いの他愛の無い日常の会話。
――――――――おかしい。
「ってな訳なんだが……」
どうだ? と目の前に佇む少年に問い掛ける。
完璧に整った顔立ちに眼鏡を掛けた美少年、瀬田藤次。
自分の異変に対処し切れず、相談と言う手段に出た俺が真っ先に思い付いた相手。
誰に対しても誠実に、真摯に受け止めてくれるコイツは、昔から些細な悩みにも答えてくれた。
信頼性に関しては、真に抜群と言えるだろう。
そんな少年は、はぁ……と溜息を一つ。
呆れたような目をプラスして、俺の目を真っ直ぐに見る。
そして、一言……
「お前、それ本気で言ってるのか?」
…………目だけじゃない、返す言葉も呆れが含まれていた。
って、何でそこまで呆れるんだよ?
何だよ、その知ってて当たり前だろ? みたいな目は……。
「まぁ、当たり前の事だからな」
「読心術にも磨きがかかってるな、おい」
「慣れればなんて事は無いさ」
フッ、と軽く目を閉じる瀬田。
気障な行動だが、コイツがやるとどうにも様になるから困る。
そんな事より、……つまりは俺が単純だって事か?
コノヤロウ、言うに事欠いて遠藤や金月と同じだってのか?
何たる侮辱だ……。
「しかしまぁ、お前がそこまで鈍かったとはな……」
「仕方ねぇだろ。分からんものは分からん」
不機嫌顔で答える俺に、瀬田はまたしても、はぁ……と溜息。
何だかここまでされると、本当に俺が鈍い奴なのかと思ってしまう。
甚だ不本意ではあるが……。
「ふむふむ、どう思いますか金月さん?」
「いやいや、これはあれですなぁ遠藤さん」
いや、何より不本意な存在が降臨しやがった。
向かい合う俺達の横でニヤニヤする影が2つ。
俺に視線を向けながら、ムフフフと気持ち悪い笑みを浮かべたりしている。
お前等、本当にキモいぞ。
まぁ、それはどうでも良いとして……。
「お前が分からんって言うなら、分かるまで待つしかないな」
「お前の解答を期待してたんだけどな……」
「こういうのは、自分で気付かないと意味が無いんだよ」
「そういうもんか……」
まるで全てを悟ったような表情で、俺を真っ直ぐに見据える瀬田。
その双眸は真剣そのもので、決して冗談半分で受け答えをしているようには見えない。
これが、コイツの人柄の良さなんだろう。
結局答えは得られなかったけど、何か切っ掛けを手にしたような気がする。
「聞いてくれて助かったよ」
「気にするな」
腕組みしながらフッと笑みを浮かべる友人に、揺るぎない信頼を感じずにはいられない。
全く……勉強もスポーツも出来て、更には悩み相談までこなせるなんて、どんだけ器用なんだよ。
流石は完璧超人って所か。
「お前の悩みは答えがいがあるしな」
「そうなのか?」
「あぁ。――――真剣な悩みを打ち明けないからな、お前は」
「……」
瀬田はそれだけ言うと、自分の席へ戻っていく。
その言葉にアイツなりの心遣いを感じて、少し気が楽になった。
――自分には、自分を見てくれる存在が居る。
きっとそれは、とても恵まれた環境なんだろう。
ホント良い奴等ばっかりだよ、俺の周りは……。
「……あのぉ、無視っすか?」
「俺等の登場ってさぁ、もうちょっと触れるべきだよな」
…………まぁこういう奴も、な?
「それじゃホームルームは終わり。皆、じゃね〜」
『はい』
無駄に軽い挨拶で締めると、我等の担任はさっさと教室を出て行った。
あれで教師としてやっていけるのか、甚だ疑問だが……。
まっ、無駄に生真面目な先生よりは全然助かるけど。
さて、と……。
「あれ?」
この教室の廊下側の最前列の席に視線を向けたのだが……。
――居ない?
たった今、ホームルームが終わったばかりだと言うのに。
その席の主は、一体全体何処へ行ったのだろう。
「って、やっぱりおかしいよな……」
学校が終わった瞬間、気付けば彼女の姿を探してる。
そんな自分に違和感を感じながら、視線は辺りを彷徨う。
だが、一向に対象を見付ける事は出来ない。
「むぅ……」
確か今日は、アリサから放課後一緒に帰ろうと約束してたと思うんだが……。
アイツが約束を破るとは思えないし、それに何も言わないで居なくなるのもおかしい。
何かあったのか?
「考え過ぎか……」
「どうした瑞代」
「湧いて出るな、ボウフラかお前は」
思考に沈む俺に、何の脈絡も無く掛かる声。
気配を殺していたからか、その存在に全く気付かなかったのだが、何百回と繰り返したこの行為に今更驚く余地は無い。
どちらかと言うと、目の前の存在にはさっさとどっかへ行って欲しい位だ。
「俺は生息しているのは汚水の中ではない。ミステリーという大海の中だ!!」
「んな事どうでもいい。溺れて沈んでしまえ」
「HAHAHA!! ミステリーに溺れる事が出来るならこの命、惜しくは無いぞ!!」
「黙れド阿呆が……」
……ったく、何が悲しくてコイツの相手をしてるんだ?
こっちは今それどころではないと言うのに。
「アリサ・バニングス女史に、何かあるのか?」
「――いっ!?」
「図星のようだな」
高杉は挑発するような不敵な笑みで俺を射抜く。
何もかも知っていますよ、そんな感じの表情だ。
……コイツはどうやってそういう情報を収集しているのだろうか?
「その少女だが、今の時間なら屋上だぞ」
「屋上? 何でさ……」
ホームルームが終わってすぐに屋上って、何があるんだ?
屋上なんて、昼食を取る場所以外に用途が無いと思うんだけど……。
「まぁ、行けば分かるだろう」
「そりゃ、そうだろうけど」
「寧ろ行く事を勧めるがな」
その意味深げな発言に、更に頭を捻る事となる。
行く事を勧める? 何で? 何があるんだ?
それよりも、何でお前がそれを知っている?
毎度毎度の事だが、高杉が絡むと疑問符が絶えない。
「お前、何を知っている?」
「それを問えば、俺が答えるとでも――」
「――思わんな、全然」
それがあたかも当然のように返せば、高杉は同意するように「ご名答」と答える。
全く、こんなやり取りを何度繰り返せば気が済むんだ。
苦笑を浮かべずにはいられないが、こうなれば俺が動くのはお互いに理解していた。
結局俺は、少しでも関われば引けない性質のようだ。
「まぁ結果がどうあれ、行く事は間違いではないだろう」
「それを決めるのは俺自身だけどな」
「それもそうだな」
取り敢えず、先程から脳内をグルグルと巡り巡る疑問を取っ払う。
結局考えたって、分からんものは分からん。
だったら考えるよりも、行動した方が建設的で簡単だ。
鞄は置いたまま、高杉の言う屋上へと向かう。
んじゃ、高杉にその一言だけを告げて……。
鉄製の重厚な扉を前に、逡巡してしまう。
実は高杉は嘘を吐いていて、この先には誰も居ないのではないだろうか?
単純な嘘だけは決して吐かない奴だが、俺が空回る姿を喜んで見るような性格だ。
今回の普段の俺らしからぬ行動に、それが感化されたのかもしれない。
――そう考えると、性格悪いなアイツ。
「まぁ、考えても来ちまったから仕方ないよな」
そういう独り言で自分の行動を正当化するのも、高杉には計算の範囲内なんだろうな。
難儀だな、俺って……。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
いや、そんな物騒なものが学校に出るとは思えないけどさ。
高杉が絡むと何が起こるか分からないから、心の準備だとでも思えばいい。
ドアノブに手を付け、それを捻ろうとして――
『アリサさん、好きです!!』
――脊髄反射で戻してしまった。
いや寧ろ帰ろうとも思ったね、Uターンして。
誰が好き好んで、他人の愛の叫びを聞きたいと思うのだ。
そんなものに興味は無いし、俺の認識出来る範囲外でやって下さい頼むから。
だが、それでもその場から離れようとしなかったのは、名前があったから。
1人の少女、アリサの名前が……。
『俺と付き合って下さい!!』
扉越しでも分かる、嘘偽りの無い言葉の重み。
自身の内に溢れる想いを、大声で吐き出すその行為。
くだらない、等と思わない。
寧ろその行為は敬意に値するものだろう。
何せ俺は、――そうする事を止めた臆病者だったのだから。
そうする前に、その選択肢を自ら破壊した大馬鹿者なのだから。
そうやって想いを発露出来る者に、俺は感嘆を憶えずにはいられない。
でも――
『あのさ……』
――何故かその時、その場から逃げたくなった。
先程の叫びの主とは違う、凛とした少女の声。
涼やかで、耳にスッと入ってくる聞き慣れた音色。
いつまでも聞いていたいと思うそれに、何故か聞きたくないと感じてしまう。
耳に届かない場所まで離れたいと、完全に背反する感情が綯い交ぜになっている。
だから俺は…………
『アタシは――』
――――その場から逃げるように飛び出した。
〜Interlude side:ARISA〜
「ハァ……」
階段を下りながら、自然と溜息を吐いてしまう。
今までにだって何度もこういう事はあった。
――――告白。
付属小の頃から、色んな男子から『好き』だと言われてきた。
アタシだって女だから、好きだって言って貰える事は嬉しい。
それでも、その想いに答える事は出来ない。
何故なら、――――アタシの想いは、今は別の所にあるから。
だからこそ胸が痛い。
アタシがしている事は、相手の好意を踏み躙る事と同義だ。
アタシ自身にその意志が無くても、それは同じ。
断りの言葉を放った時の相手の顔は、いつ見ても胸を締め付ける。
「ハァ……」
また溜息。
溜息を吐くと、その分だけ幸せが逃げていくらしい。
このままじゃアタシの一生分の幸せが逃げていってしまいそうで、何とか気持ちを切り替える。
…………よしっ、切り替え完了。
このまま教室に戻って、聖と一緒に――
「アリサちゃん、どうしたの?」
「すずか……」
――突然の声に振り向けば、そこには紫髪の少女が1人。
月村すずか、アタシの親友。
彼女の周りを見て、隣の2組の教室の近くまで来ていた事を知る。
親友である彼女の声を聞かなければ、一体何処まで行っていたのだろう?
まぁそんなくだらない考えは捨てておいて……。
「今日は用事があるって言ってなかった?」
「うん。でもその前に、ね」
今日は用事があるから、一緒に帰れない。
なのはとフェイト、はやてはアッチの用事で早退。
珍しく今日は1人だから、聖と帰ろうとしたんだけど……。
目の前の親友はアタシの事をジッと見詰めると、柔らかな笑みを湛えて一言。
「聖君と帰れるの、そんなに嬉しい?」
「……はぁっ!?」
突然何を言い出すかと思えば、このお嬢様は!!
「な、何言ってんのよ!?」
「あはは、顔真っ赤だよ」
「ううう、五月蝿いわね!!」
余裕な笑みを見せるすずかと対照的に、アタシはきっと慌てている様子に違いない。
呂律もきちんと回ってないし……。
何より、――顔が熱い。
「さっき屋上に居たよね。やっぱり……」
「……まぁね」
「アリサちゃん、可愛いもんね」
自分だって同じ位告白されてるクセに……。
まぁ、褒めてくれてる訳だから、悪い気はしないけどね。
「答えは……聞くまでもないよね」
「断ったわよ、当然」
このやり取りも、かれこれ何回目になるんだろう。
その度に皆に弄られたり、逆に弄ったり……。
まぁそんな事は、今思い出すことでも無いわよね。
「今回もアリサちゃんを射止められなかった訳だね」
「フン、そう簡単にいくもんですか」
「フフフ……」
って、何でそんな目映い笑顔を向けるのよ。
まるではしゃぐ子供を見守る母親みたいな、母性溢れる微笑み。
思わず見惚れてしまいそうになるが、それを今アタシに向けている事がおかしい。
こういう顔をする時のすずかは、何かとんでもない事を言いそうな気配がする。
「それじゃあさ……」
言い知れぬ不安を抱えるアタシに対して、目の前の少女は至って平静。
そしてその不安は――
「相手が聖君だったら、どうかな?」
「――――――っ!?」
瞬間、アタシの脳がシェイクされた。
親友の思いも寄らない口撃に、思考回路が意図せずに起動する。
もしあの時、屋上で待っていたのが聖だったら……。
……………………。
………………。
…………。
……。
「アリサちゃん、今思いっ切り想像してるでしょ?」
「そそそっ、そんな訳ないじゃない!!」
「フ〜ン……」
ちょっと、その疑り深い視線を止めなさいよ!!
本当に想像なんかしてないわよ!!
あ、いや……ちょっとは想像したけど。
でも別に、聖ならOKしてたって事じゃないんだから。
「いつも言ってるじゃない、アタシは恭也さんみたいな人がタイプなの!!」
「アハハ、そうだね」
すずかのお姉さん、忍さんの恋人である男性。
寡黙で無愛想な面があるけど、強くて気高い憧れの人。
そして、時折見せる笑顔がとても格好良い。
まさに彼氏にしたい人1と言っても過言ではない。
「聖と恭也さんじゃ月とスッポン、白鳥とアヒルよ」
「ハハハ、結構な言われようだね。聖君は……」
渇いた笑いで答える親友に、アタシは胸を張って言い放つ。
そうよ、聖は友達だけど、それだけ。
確かに聖も、強くなる為に努力を欠かしていないのは知っている。
――ひなた園で見た光景を、今でも憶えているから。
あれは、職場実習の2日目位の事だ。
お風呂から上がって夜風にでも当たろうかと思い、窓際まで近付いた時だった。
滴る汗を気にも留めず、その目は自分の挙動のみに向けられている。
洗練された動きではなく、荒々しく磨かれた無骨な形。
それでも視線が離せなくなったのは、それが聖の全てを現しているようだったから。
アイツの辿ってきた道筋が、垣間見えるような気がしたから。
アイツの事を、もっと知りたかったから。
…………別に、好意って訳じゃないんだから!!
「まっ、アイツじゃ恭也さんには勝てないって事よ」
「そうかもしれないけど……。アリサちゃん、少しは素直にならないと損しちゃうよ?」
「何をどう損するって言うのよ?」
「聖君といつまでも一緒って訳じゃないんだからね」
「――――えっ」
すずかの言葉に、思考が硬直する。
冷静に考えれば当然の事を突きつけられ、どうしてか息が詰まった。
今まで、この時、これから……。
変わらないであろう日々、でも本当は変わらない筈の無いもの。
「いつか離れ離れになっちゃうかもしれないよ?」
「……」
「後悔しちゃ、駄目だよ……」
すずかの言葉が、アタシの胸に深く刺さる。
きっとアタシ自身も気付いていたから、この心が痛い。
このままじゃいけないって、何処からか疼いてくる。
でもそれが何なのか、分からない。
「……分かんないわよ」
「急には無理かもしれないけど、アリサちゃんなら大丈夫だよ」
それじゃ行くね、とそれだけ告げてすずかは去っていった。
一方アタシは、こんがらがった頭を抱えたまま置き去りにされている。
すずかが言いたかった事、アタシ自身の本当の気持ち……。
きちんと分かっている訳じゃないけど、今の自分を変える『何か』があるかもしれない。
「……あっ!」
考え込んでいて忘れてたけど、教室で聖が待っている……筈。
すぐに戻ろうとしたけど、予想以上に時間が掛かってしまった。
急いでたから聖に遅れるとも言えなかったし、少し心配だったりする。
待っててくれてると良いんだけど……。
少しの不安を抱えながら教室へ戻ると、そこには数人の生徒の姿。
聖の姿は…………無い。
「居ない……」
何も言わずに居なくなったのが拙かった?
せめて一言告げてから行くべきだったのかな……。
漠然とした不安が現実のものとなり、背筋に冷たいものが触れた。
今日は皆が居ないから、アタシから一緒に帰ろうって誘ったのに。
居ないって…………どう言う事よ?
「アイツ〜……」
確かに勝手に居なくなったアタシにも非はあるだろうけど、待っててくれたっていいじゃない。
男なんだから、それくらいの甲斐性を持ちなさいよ。
そうじゃなきゃ、…………不安で堪らなくなる。
聖に嫌われてしまったようで、心が沈んでしまう。
「……んっ?」
ふと、スカートのポケットから振動する感触。
取り出してみれば、携帯のサブディスプレイに彼の名が映っていた。
『遅くなりそうだから、校門で待ってる』
メールには、それだけが書かれていた。
あまりに簡素な内容に、彼らしさが滲み出ている。
でも何で校門に方に居るの?
待ってるなら教室でも良いと思うけど。
でも――――
「待っててくれてるんだ」
――――良かった。
だったら早く行こう。
待たせてしまう時間を少しでも減らせるように。
少しでも早く、聖と一緒に帰れるように。
アタシは駆け足で、校門へ向かった。
〜Interlude out〜
「それでね、フェイトったら――」
隣を歩く少女が、笑みを浮かべながら話をしている。
今は懐かしい記憶を呼び起こして、俺に聞かせてくれているのだ。
俺の知らない、彼女達が附属小学校だった頃の話題。
4人との出会いや、それからの出来事、色々とあったらしい。
でもそれも、今の俺には右から左だった。
「って、聞いてるの?」
「あっ……あぁ、ちゃんと聞いてる」
不意に言葉を振られて、慌てて返した。
でも慌て過ぎたか、言葉も何もかもがぎこちない。
アリサがそれを緩く流す筈も無く、瞳を少しだけ鋭くすると口を開いた。
「そんな返事で信じられると思う?」
「…………悪い」
彼女の言葉には怒気が含まれていた。
当然だろう、俺の為に話してくれている話を聞き流してしまったのだから。
喜んで話していた彼女からすれば、それは自身の想い出を否定されたようなものだ。
気分を悪くするのは当然だろう。
それを分かっているから、俺は謝罪を述べる事しか出来なかった。
「どうかしたの? さっきから難しい顔してたけど」
「別に、何でもねぇよ」
――――嘘だ。
何でもない、そんな筈があるわけない。
さっきから、屋上から逃げたあの時から、この心は絶えず求めている。
何を? そんなもの決まっている。
――――あの時の、答えを。
あの顔も名も知らない男子生徒の告白に、目の前の少女が何と答えたのか。
此処に居るって事は断ったんだろうけど、確信が持てない。
何だかんだで友達思いだから、そのついでかもしれない。
………………馬鹿か俺は、コイツに限ってそんな筈無いだろう。
「何でもないって、そんな顔じゃ説得力無いわよ」
「そんな事は……」
「アタシと一緒じゃつまんないって言うの!?」
「そうじゃない。……そうじゃなくて」
煮え切らない、そんな弱々しい態度。
隣を歩く少女も、さぞ呆れている事だろう。
自分自身がそう思ってる位だ、アリサが思わない筈は無い。
語気を荒げながら言う彼女の言葉は、最もだ。
何とか納得出来る答えを探すが、やはりと言うか出てこない。
「えと、その……」
「アンタ、おかしいんじゃない。らしくないわよ」
自分でも分かってるっての。
それでも、この胸のモヤモヤを言葉には出来ない。
「もしかして、何も言わずに何処か行った事怒ってるの?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ何だってのよ!?」
ムッとした表情で此方に怒りを向けている。
くそっ、何でこんなにも半端な言葉しか出てこないんだよ。
折角の下校なのに、何でこんな空気を悪くするんだ。
アリサと一緒で、楽しい筈なのに……。
「ったく、男なんだから言いたい事はハッキリ言いなさいよ」
「男だからって言い方、俺が好きじゃないの忘れたのか?」
「フン、そんなの関係無いわよ」
「ったく……」
コイツはいつも、あぁ言えばこう言う。
まぁ、俺も人の事は言えないけどな。
自分が正しいと思えば絶対に譲らない。
一切の妥協を良しとせず、自らが納得出来る最善を模索する。
そう言う意味では、俺とアリサは似ているのかもしれない。
だったら俺は、どのようにして最善を掴み取ればいい?
「……アリサ」
「何よ?」
今までの会話の尾を引いているらしく、少し不機嫌な声が聞こえる。
これ以上不躾な態度を取れば、確実に爆発するであろう状態。
そうなると手を付けられないからな、注意しないといけない。
対する俺の胸には、霞のようなモノが掛かっている。
でも言葉を発しないと、行動しないと最善なんてものは見付けようがない。
迷った時こそ進まないと、立ち止まるのは一区切り着いてからでいい。
――結構、勇気が要るけどな。
「またさ、どっか行かないか?」
「えっ?」
「いや、その……」
あまりに突拍子もない言葉に、隣の少女の目が点になる。
かなり勇気を振り絞った筈の言葉なのに、向けられた本人がこの反応だと困るんだけど……。
彼女の瞳を真っ直ぐに見詰められず、明後日の方向に逸らしてしまった。
しかし、今にも顔が燃え盛りそうな程に真っ赤なので意味は無いだろうけど。
「……」
「……」
俺達の間に、静寂が訪れる。
アリサの答えが返ってきたのは、その沈黙が10秒程経ってからだった。
「ま、まぁ…………良いわよ」
そっぽを向いた彼女が、そう答えてくれた。
視界から外れてしまったから定かじゃないけど、俺と同じように彼女の顔も真っ赤だった。
傍から見たら変な光景に映ってるかもしれない。
それでも今の俺には、胸の奥から嬉しい気持ちが溢れ出していた。
最善を尽くす為の行動、まずは最初の一歩だな。
「あ……」
「ん、……あぁそうか」
アリサの呆気に取られたような声に反応して、視線を追う。
気が付けばそこは、帰り道の分岐点。
鮫島さんの迎えの来る場所だ。
つまり、アリサとの別れの場所でもある。
「そんじゃ、また明日だな」
「うん、そうね」
まるで夢から醒めたように、現実へ舞い戻った感覚。
実はさっきまでは夢で、今が現実なのではないかという疑問が生じた。
……いや、そんな筈は無いんだけどな。
「じゃあね」
「おう」
先程の余韻が残る顔で、少し気まずい雰囲気が漂う。
視線を合わせる事も出来ず、顔を逸らしたまま別れの挨拶を交わす。
少し寂しい別れだが、恥ずかしいから仕方ない。
アリサに背を向けて、俺は自身の家へと帰っていく。
歩み行く足は淀みなく、彼女への未練を無理矢理押し留める。
「聖!!」
突如背中に掛かった声に、振り返る。
俺達の距離は10メートルを越えた辺り。
視線の先には、此方を真っ直ぐに見詰める双眸。
「さっきね、学校で好きですって告白されたの!!」
――瞬間、全身に緊張が走った。
四肢が硬直して、視線はアリサという一点に。
肩肘が強張り、喉が渇いてきた。
ヤバいな……かなり緊張してるぞ。
周囲に殆んど人が居なかった事が、今の俺にとっては幸い。
見るまでもなく今の俺は、ガチガチに凝り固まっているだろうから。
なのにアリサときたら、如何にも得意満面な顔でこっちを見やがる。
――心臓バックバクなんだぞ、こっちは。
「アタシね、――断っちゃった!!」
本当に、心の底から晴れやかに。
彼女の笑顔は、キラキラと輝いていた。
それは構わないんだが、お前は言ってる事を分かっているのか?
悪く言えば、相手の気持ちを踏み倒したんだぞ?
……まぁ、こんな笑顔を見てしまえば何も言えないんだけどさ。
思わず見惚れてしまう少女の可憐なソレを身に受けて、今度は違う意味で心臓バックバクである。
もう、これ以上は堪え切れない。
「それって、別に俺に言う事じゃねぇだろ!!」
アリサにそう叫ぶと、今度こそ振り返らずに駆け出した。
押し留めようとする未練は、もう無い。
聞きたかった答えはきちんと聞けたしな……。
――――それに気付いてしまった。
自分の胸に詰まったモヤモヤ、その正体に。
アリサが告白されたと知った時の、心からの逃避。
アリサが告白を断ったと聞いた時、それがスッと消えた事。
瀬田が言った、『自分で気付かなければ意味が無い』という言葉。
異性に対する、この振り回される感情。
自分から遠ざけていたから忘れてしまった、懐かしい感覚。
そう、これは――――
「俺、アイツの事……」
――――好きなんだ。
単なる好意ではなく、恋心。
アリサ・バニングスという少女。
ワガママで感情的ですぐ怒ったり、人の純粋な好意に恥ずかしがったり……。
友達想いで努力家で、パァッと咲いたような笑顔が可愛いお嬢様。
そんな彼女に、俺は恋心を抱いてしまった。
忘れていた、好きだって心を。
でも、忘れ切っては居なかったみたいだ。
「アティ……。俺、まだ他人を好きになれるみたいだ」
『好き』という事の大切さを教えてくれた1人の少女。
見上げた茜色の空に、精一杯の感謝の意を込めて。
その言葉を、紡いだ。
思わず緩んでしまいそうになる頬を隠そうともせず、俺は夕暮れの道を駆けていった。
―――――――――――――――
あとがき
どうも、本当にスミマセンでした。
頑張ればもっと早く完成した筈なのに、こんなにも時間を掛けてしまいました。
言い訳はしません、寧ろ出来ません。
あっ、モンハンでHRが6になりました。
9割のクエストを、緊急クエストに関しては全てをソロではかなりキツかったですよ。
特にティガレックス2頭はヤバかったです。
……死んだ方が良いですかね?
まぁ近況報告は置いといて、今回の話に戻りましょう。
今回、漸く自分の想いに気が付いた聖。
否定をしながらも、徐々にその片鱗を見せつつあるアリサ。
不器用な2人の為に助言を送る、親友達。
かなり学園物らしいストーリーですね、これ。
まぁ、次話はかなり突拍子も無い話になりそうですが。
残りも2話程度にしようとしているので、仕方ないと言えばそうなんですが。
何より2人には、とてつもないハプニングが必要ですからね。
と言う訳で、今回は以上です。
感想や意見、その他諸々をお待ちしております。
それでは〜。