「絶対に終わらせない。俺がお前等を、舞台に立たせてやるから」


――どうしてだろう?

――もう諦めていた筈の心が、その言葉だけで繋ぎ止めてしまった。

――アタシに、ステージに立つ勇気をくれた。


「俺も出来る事はやるさ。お前の足は引っ張らないよう、全力を以ってやり切ってみせる」


――そうじゃない。

――アンタが役不足だからこんな状態になってるんじゃない。

――寧ろそれは、アタシの方だ。

――ひなた園で聴いた、瑞代のピアノ。

――技術じゃなくて想いで奏でる姿に、終始見惚れてしまった事を思い出して……。

――そんなアイツに、アタシのヴァイオリンはどう聞こえるのだろう?

――もし幻滅されたらどうしよう、そんな事ばかり思ってしまう。

――なのに、瑞代ときたら……


「――楽しもうぜ、音楽を」


――アタシの不安を、一気に吹き飛ばしてしまった。

――上手く演奏しようとしなくても良い。

――楽しむ事、それが何よりも重要なのだと。

――演奏をする上で、一番大切な事を気付かせてくれた。


「さぁ、行こうぜ」


――アタシに向けて差し出される手。

――触れたそれは、とても心地良い温かさを持っていて……。

――慌しかった気持ちが、ゆっくりと落ち着いていく。

――視線の先には無愛想な男子が1人。

――でも、その男子の存在が……

――今のアタシにとって……










少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


AルートgT「ドキドキ、初デート!?」











「それじゃ、今日のホームルームは以上ね」


 担任の三沢先生の言葉で、今日の学校生活が終わりを告げる。

 クラスの皆が席から立ち上がり、「さようなら」の合唱。

 それを聞き終えた先生は、満足したような顔で退室。

 程無くして喧騒に包まれる教室で、俺は一息吐いた。

 本日は土曜日、午前中に全ての授業が終わり、それからは各々の自由な時間を過ごす。

 俺こと瑞代聖も、このまま家へと帰って手伝いに精を出すのだが……。


「時間もそう無いし、さっさと行くか」


 今日だけは違った。

 時刻は11時55分、12時の5分前。

 この後の『私用』には差し支えない程度の時間ではある。

 だがゆっくりして遅れてしまっては元も子もない。

 鞄を手に取り、自分の席から離れる。


「そんじゃな、ハラオウン」

「あ、うん。今日は早いんだね?」

「……まぁな」


 前の席の少女に声を掛け、そのまま教室を去る。

 ……と、その前に。

 廊下側一番前の席に座る少女の許へ。


「バニングス」

「あっ……瑞代」

「また、後でな」

「う、うん」


 此方の言葉に、彼女は少々戸惑った様子で返してくる。

 ――まぁ、俺も内心戸惑ってるけどな。

 これから来るであろう『時』を、今か今かと待ち望んでいるのかもしれない。

 そのまま教室を去り、昇降口、下駄箱、そして学外へ……。

 さて、まずは家に戻らなければな。

 アイツよりは家が近いから楽だろうが、取り決めた時間よりは早めに着きたい所だ。

 大して用意は必要無いが、着替えはあるからな。

 校門を抜け、同時に俺は走り出す。

 何かから解放されたかのように、伸び伸びと動く肢体。

 昨日の後遺症(俗に言う筋肉痛)が尾を引くが、ジョギング程度なら問題無い。

 と言うよりも、痛い思いなんて腐る位してきたのだから今更だ。

 早過ぎず遅過ぎず、俺は家へと向かっていく。

 ――――と言うか、何故今の状況になっているのか?

 今までなら、ゆっくり帰って家の手伝いをする。

 それが、俺にとってのいつも通り。

 しかし、今日だけは違っていた。

 その原因を語ると言うのなら……。

 まず間違い無く、昨日のアレがそうなのだろう。










「折角だから、貰ってやってくれ」


 差し出したチケットを、見詰め続ける二人の少女。

 内心、何を考えているのだろうか?

 貰える事に対する嬉しさ?

 それとも、やはり迷惑だったのだろうか?

 人の好意を無碍にするような2人ではないが、相手は俺である。

 出過ぎた真似、なのだろうか……?

 この数ヶ月で、俺達は友達としてそれなりにやってこれたと思っていたが、それは俺だけだったのだろうか?

 俺の思い違いでしかないのだろうか?

 内心で落ち込んだ気持ちを抱えたまま、チケットに目を遣る2人に視線を向ける。

 バニングスはジッとチケットに視線を向け、月村はチケットとバニングスを交互に見遣っていた。

 ……て言うか、穴が開く位に見詰めるなよバニングス。

 熱烈と言っていいのか分からない視線が、俺の手の紙切れに注がれている。

 一体その瞳は、何を思っているのか……。


「アリサちゃん、行きたいの?」

「――えぇっ!?」

「のぉっ!!」


 月村に反応し、バニングスは耳を劈く声を発する。

 近距離からの口撃に、異様に間抜けな声を漏らす俺。

 くそっ、唐突過ぎるぞコノヤロウ。

 口撃の主である少女は、隣の月村に真っ赤な顔を向けて口をパクパクさせている。

 どうやら、かなり動揺してるらしい。


「ななな、何言ってんのよすずか!?」

「だってさっきからジッと見詰めてたから、行きたかったのかなぁって………………聖君と」

「は、はぁぁぁっ!?」


 覚束無い口調で反論しようとするバニングスの言葉も何処吹く風。

 柳のようにさらりとかわす月村は、まるで面白い玩具で遊んでるかのよう……。

 何か、大人の余裕みたいなものが見える。

 対するバニングスは、何と言うか焦りが最高潮に達しているようだ。


「あ、アタシが何で瑞代と!?」

「えっ、違うの?」

「そそ、そんな訳ないじゃない!!」

「ふぅ〜ん……」


 慌てて否定を述べるが、月村はその言葉を意味深げな笑みで答える。

 その笑みに小悪魔的な何かを感じたのは、決して気のせいでは無い筈だ。

 あぁ、アイツのスカートの後ろから黒くて細い尻尾のような……

 ……いや、止めておこう。

 俺がそんな幻覚に惑わされている間に、2人の会話は白熱の一途を辿っている。


「本当は行きたいんでしょ?」

「だから、何でそうなるのよ!!」

「じゃあ、行きたくないの?」

「そ、それは……」

「それじゃあ、私が聖君と行っても良いよね?」

「え、えぇ!?」


 右へ左へ、コントロールされたような言葉の応酬。

 月村はまるで、バニングスを手玉に取るように彼女の感情を掻き乱していく。

 道化師、今の月村にはピッタリな称号だろう。


「アリサちゃんが行かないんだから、私が行っても問題無い筈だけど……」

「それは……でも………」

「アリサちゃんが行くって言うなら諦めるけど?」

「っ〜〜〜、分かったわよ!! アタシが行く!!」

「誰が?」

「アタシが!!」

「誰と?」

「瑞代と!!」


 バニングスのそれが止めとなった。

 月村はバニングスから見えない位置で、手で作ったピースを俺に向ける。

 作戦成功、のようだ。

 いやしかし……


「良いのか? そんな決め方で」

「良いのよ!!」

「いやでも――」

「い・い・の・よ!!」

「……………………はい」


 力で押し切られてしまい、手に持っていたチケットを1枚強奪された。

 俺としてもバニングスと行ける事は予想し得なかったと同時に、――嬉しい事ではある。

 彼女のような美少女とデート(のようなもの)が出来るのは、人生にそうは無いだろう。

 でも、本人が意固地になって決めてしまっては、楽しめるものも楽しめない。

 何よりも尊重するのは、本人自らの意志なのだから。

 そこの所、バニングスに誤って欲しくないのだが……


「大丈夫だよ」

「月村……」

「アリサちゃんも、聖君と行きたがってるよ」


 そうだと良いけど、俺の消えそうな呟きに彼女は――


「アリサちゃんは恥ずかしがり屋だから、きっと言わないと思うけどね」


 まぁそれは、今までの付き合いで理解出来る。

 目の前でチケットを見ながらブツブツと呟いてるバニングスを視界の端に置き、俺は月村と顔を見合わせ笑う。

 月村の言う通り、それ程嫌がってはいないらしい。

 それだけが、俺にとって救いだった。










 私服に着替え、財布も持った。

 特に持っていく物は無かった筈だから、これだけで充分だな。

 時間もあまり無いので、さっさと自室を出て玄関まで。

 と、途中で師父と遭遇した。


「聖、出掛けるのか?」

「えぇ、まぁ……」

「ふむ……………………頑張れよ」

「――何を!?」


 俺の突っ込みも虚しく、それだけ言った師父は静かに去っていった。

 その背中は、見た目以上に大きく見えたのは、きっと見間違い無いだろう。

 力強いそれは、俺の目標とする到達点。

 今はまだ遠い、遠い理想郷の向こう側。

 いつか、俺はあの人と同じ場所へ立てるのだろうか?


「…………って、おい」


 今はそれを考える時間じゃないだろ?

 時間は12時30分。

 待ち合わせは駅前、時間は1時だった筈だから……。

 普通に行けば問題無く間に合うな。

 よし、なら行くか。

 靴を履き、玄関の扉を開けて振り返る。


「行ってきます」


 離れた場所から、シスターの優しい声が聞こえた。










〜Interlude side:ARISA〜



 夏の強い日差しを避け、日陰のスペースで佇む。

 時折吹き付ける風の心地良さに身を委ねながら、アタシは待っていた。

 1人の少年を……。

 無愛想で、素直じゃなくて、偶に口が悪くて……

 でもその中にも思い遣りがあって、意志が強くて、きっと心も体も強い少年。

 ――――まぁ、昨日もちょっとだけ格好良かったしね……。

 本当にちょっとだけ、だけどね。

 そう、アタシは今、その少年――――瑞代聖を待っているのだ。

 約束の時間まで後15分。

 あの瑞代が時間にルーズだとは思えないから、もうそろそろ来てもいい頃合い。

 そうだと分かっているのに、さっきから気持ちが落ち着かない。

 そわそわ、そわそわ……。

 気付けば時間を確認して、周りを見回す仕種を1分毎に繰り返していた。

 彼の到着を今か今かと待ち望んでるかのように……。

 ――ドラマでよく見る、デートの待ち合わせとかも、こんな感じなのかしら?

 記憶に残る、待ち合わせの場所に佇む女性の姿。

 今の自分は、正にそのものではないだろうか?

 ――――それじゃまるで、アタシが瑞代とデートをするみたいじゃない。


「ちっ、違うわよ。うん……そうよ、これは昨日のコンクールの労いだって瑞代も言ってたじゃない。デートなんかじゃないわよ……」


 頭から浮かんできたそれを振り払うように、矢継ぎ早に独り言を呟く。

 周囲の人影が殆んど無かったのが、数少ない救いだった。

 そんなこんなで約束の時間まで10分を切ってしまう。

 そして、何度やっては止めていた周りを見る行動が、ある人影を捉えた。

 それは、今となってはとても見慣れた姿。

 何せついさっきも顔を合わせていたのだから。

 その彼は、何かを探すように周囲を見渡している。

 少しするとその視線とアタシの視線がピッタリ合った。

 すぐさま此方に走り寄って来る姿に、知らぬ間に頬が緩む。


「遅いじゃない」

「あぁ、悪い」


 謝罪を述べ傍に立つのは、1人の少年。

 顔立ちは至って普通、中の中で大目に見て上くらい。

 短くて真っ黒な艶のある髪と同色の瞳が良く似合う。

 でも無愛想な双眸が、その彼自身の印象を落としている。

 だけど今の自分にとって、そんなものは些細な特徴でしかない。

 見た目の印象を軽く覆す程の彼の姿を、自分自身の目で何度も見てきたのだから。


「約束の時間まで10分あるが、バニングスは早いな」

「フフン、アンタもアタシを見習いなさい」


 自然に感心してくる瑞代に、得意満面な顔で答える。

 ――まぁ本当の所は、鮫島に急いでもらったからなんだけどね。

 法定速度をギリギリ、時にはほんの少しだけオーバーさせながら、専属運転手はアタシを送ってくれた。

 お陰で20分前には此処に付いたのだけれど……。


『それではお嬢様、頑張って下さい』


 頑張って、て何よ?

 まるでアタシが、瑞代との仲を発展させる為に此処に来たみたいじゃない。

 そ、そんなつもりは全く無いんだからね!!


「どうかしたのか?」

「へっ、…べ、別に何でも無いわよ」

「そうか、だったら行こうぜ」

「そ、そうね。いつまでも此処に居たら時間も勿体無いし」


 瑞代の言葉に、自問自答していたアタシは意識を外側に戻す。

 依然として無愛想な表情、でも少しだけ浮ついた気持ちが滲んでいた。

 こういった僅かな変化に気付くようになったのも、アタシが瑞代という男子を理解してきてる証。

 だからこそ気になる。


「ねぇ、瑞代」

「んぁ?」


 聞かせて欲しい。

 ――アンタは何で、そんなに楽しそうなの?

 心では何度も反芻しているのに、決して口には出ない。


「どうした?」

「う、ううん。何でもない」

「まぁ、なら良いけど……」


 ほんの少しだけこっちを心配げに見詰める視線。

 それもすぐに元に戻って、携帯を取り出し時間を確認する瑞代。


「さてと、上映時間までどうするか……」

「取り敢えず、お昼にしましょ」

「それもそうだな」


 よし、と瑞代の呟きで、アタシ達は歩き始める。

 昨日の今日で、計画も何もありはしない。

 それでも、その無計画を精一杯楽しもう。

 ――だって、折角の瑞代との時間なんだから!!



〜Interlude out〜










 只今の時刻、午後1時と少し。

 海鳴シアターの次の上映時間は2時、それまでは暇な時間。

 だが俺とバニングスは学校が終わってからすぐ此処に来た為、昼食がまだだったりする。

 なので何処かで昼飯を食おうと言う結論に至り、近くにあったハンバーガーショップに行く事となった。

 まぁレストランでも良かったのだが、現在地と映画館との距離を考えるとこっちの方が近かったので決定。

 今は2人席で対面に座り、モグモグと口を動かしている最中である。

 ふむ、しかし……


「瑞代」

「ん?」

「アンタさっきからハンバーガーをジッと見て、ちゃんと食べてないじゃない」


 と、さっきから持ったモノに全く手を付けていない俺に、目の前のバニングスが訝しげな視線を投げ掛けてきた。

 彼女より減りの遅いバーガーに、否が応にも疑問を感じているのだろう。


「まぁ、大した事じゃないんだが……」

「何よ? 気になるじゃない」

「……初めてなんだ」

「――――はっ?」

「だから、初めてなんだよ」


 俺の言葉に、未だに理解出来ていない顔をする。

 ……って、必要な部分が抜けてれば当然か。

 正直、これを言うのは恥ずかしいのだけど……。

 まぁ、目の前の少女が濁したまま終わらせるとは到底思えない。

 はぁ……、言わないといけないかな。

 意を決した俺は、その心の内を言葉にする。


「初めてなんだ、ハンバーガーを食べるのが……」

「………………マジ?」

「あぁ、…………マジだ」


 突っ込んでくるのは仕方ない事だが、これは本当の事。

 小さい頃から金銭を使う事に対してかなり無頓着だから、当然と言えば当然の答え。

 自分が他人と違うのは重々承知していたが、此処に来て改めて気付かされる。

 対するバニングスはマジマジと俺を見詰め、プッと吹き出した。


「アハハハハハハッ!!」


 まぁおかしいとは思っていたから、笑われるのは覚悟していたが……。

 まさか、爆笑されるとは思わなかったぞ。

 そんなに変だっただろうか?


「アハハッ、今時、ハンバーガーを食べた事ないなんて珍し過ぎるわよ」

「まぁ、確かにそうだけどさぁ……」

「フフフッ、そんな変な顔しなくてもいいわよ」


 むぅ、と憮然とした顔の俺を、笑いながら諌めようとするバニングス。

 何処か余裕な彼女は、俺とは完全に対照的だった。

 ――じゃあ、お前はどうなんだ?

 そう聞こうと思って、止める。

 恐らく、ハラオウン達と行った事とかあるだろう。

 彼女達の仲を見れば、休日に遊びに行く位なら当然だろうし。


「バニングスは、よく来るのか?」

「アタシもそんな多くないわよ。買い物に来た時とかに寄ってるくらい」

「ハラオウン達とか?」

「まぁね」


 そう答える彼女の表情は、笑顔に満ちていた。

 今ではない、親友達との一時を懐かしむように……。

 本当に、心の底から楽しい時だったに違いない。

 それ程までに、目の前の少女の笑顔は綺麗だった。

 俺もバニングスに、そんな笑顔を浮かべて貰えるだろうか?

 数年間築き上げてきた彼女達の絆に、少しでも近付く為にはどうすれば――


「――瑞代」

「えっ?」

「何で難しい顔してるのか知らないけど、……アタシと居るのがそんなにつまんない?」


 先程の表情から一変、不機嫌顔に変化する。

 どうやら長考している時の顔が、彼女から見てつまらなそうな顔に見えたようだ。

 そう思われるのは此方としても甚だ不本意ではあるが、無愛想と認識されてる俺には返す言葉も無い。

 だから一言、謝罪だけを述べる。


「悪い。ちょっと考え事してた」

「何考えてたのよ?」

「いや、どうすればお前に楽しんで貰えるかなと……」


 と、正直に言ったら……。


「ハァ?」


 無性に腹の立つ顔をされた。

 俺なりにバニングスにしてやれる事を考えていたというのに、この女ときたら……。


「そんな気取ったの、アンタに似合わないわよ」

「それは、俺を馬鹿にしてるのか?」


 似合わないって、正直に傷付くんだけど……。


「そんな事考えなくても、瑞代が居れば充分よ」

「……えっ?」


 今コイツ、何て……。

 あまりに唐突で、思考が言葉を理解し切れていない。

 目の前の少女はと言うと、自分の発した言葉の意味に気付いて慌てふためいている。


「べべべっ、別にアンタと居れればそれでいいなんて言ってる訳じゃないからね!!」


 テーブルに両手を付いて、此方に食って掛かる体勢で捲くし立てる。

 その彼女の様子が、何だか無性に可愛く見えた。

 まぁしかし、このままにしておくのも駄目だろうな。

 止めないといつまでも収まりそうにないし……。


「わ、分かったから落ち着け! モタモタしてたら映画に遅れるだろ?」

「……それもそうね」


 怒りを拳に溜めながら、彼女は静かに姿勢を正す。

 アッサリ引き下がってくれた安堵と、今日これから大丈夫だろうか、という不安が押し寄せてきた。

 はぁ……大丈夫か?










 大誤算でした……。

 土曜の昼過ぎと言う事もあり、人も疎らで助かったのも束の間。

 ――何見れば良いのか分からん。

 自慢じゃないが、最近の面白そうな映画には全く興味が無かった。

 だから、映画の選定方法なんて有りはしない。

 さぁどうしましょ、と考え込んでしまったのだ。

 ……が、救世主は案外近くに居た。


「『列車男』見ましょ!!」


 即答する辺り、最初から考えていたようだ。

 輝く双眸は、上映を今か今かと待ち望んでいる。

 俺としても反対する理由も無いし、バニングスの意見を即採用。

 受付でチケットを見せ、劇場内へ。

 中は既に空席が減りつつあり、俺達は急いで席の確保を始める。

 折角の映画なのだから、出来れば前の方が良いというバニングスの言。

 丁度良く前から5列目という場所も見付かり、俺とバニングスはそこに腰を下ろす。


「やっぱり映画は近くで見なくちゃ損よね」

「そういうもんか」

「当たり前じゃない」


 ハッキリと断言する彼女の言葉に、曖昧に答える。

 ……仕方ないだろ、初めてなんだし。

 と、それを言ってしまえばまた笑われるだろう。

 だから言わない。


「そういえば、『列車男』だっけか? どんな内容なんだ?」

「アンタ、本当に知らないのね?」

「……悪かったな」

「アハハ、拗ねないの」


 くそっ、さっきから弄られ過ぎだぞ俺。

 いつもなら月村がバニングスをおちょくるのが常だったのに、何だってこんな状態に……。

 自分の不甲斐無さを嘆きつつ、彼女へ攻勢に出ようとするが手が浮かばない。

 ……もう諦めようかな。


「取り敢えず内容だけど、列車内でオタクの男が女性を助けた所から始まるラブストーリーよ」

「ふぅん」


 このご時世に列車か、と言うのは突っ込んではいけないんだろう。

 それにしてもラブストーリーか、しかも主人公がオタクって設定が珍しい。

 まぁ今のメディアでは、オタクが良くも悪くも注目されている時代。

 ちょっと制作側のあざとい部分を感じずにはいられないな……。


「実話を元に作られた映画らしいわよ」

「へぇ……」


 と、俺の杞憂を吹き飛ばすバニングスの言葉。

 なるほど、それなら楽しそうかもしれない。

 そんな他愛の無い会話を隣の少女としながら、気付いたら劇場内が暗転した。

 視線の先に映るスクリーンには、広告CMが次から次へと流れていく。

 俺には、目に映るその全てが新鮮だった。

 テレビでしか見た事の無いスクリーンの映像、それは思い描いていたもの以上に凄い。

 まだ本編が始まった訳でもないのに、無性にワクワクせずにはいられない。

 そして――


『ティファニーだ――――!!!!』


 ――待ちに待った物語が、複数の絶叫によって幕を開けた。










 この物語は、3月中旬のある列車内で起こった出来事が発端となる。


「止めて下さい!!」

「あんだぁ、おめぇ?」


 酔っ払いに絡まれた女性を、内気なオタク男が助けた。

 ちょっとした揉め事ではあったが事無きを得て、その場は何とか収められた。

 そしてこの出会いが、彼の人生を変える事となった。





 家に届いた宅急便。

 男に宛てられたその中身は、『Tiffany』のマークが描かれた2組のティーセットと手紙。

 それを以前の掲示板に報告すると、その場は突然沸き上がった。


『てててててぃふぁにーキター!!』

『Tiffanyじゃん!』

『おいおいティファニーかよ……。金持ちだな、彼女』


 そこから、男こと『伊東剛史(列車男)』と女性こと『青山詩織(ティファニー)』の物語が始まった。





 しかし前途は多難だった。

 自慢ではないが、剛史は彼女いない歴=年齢という恋愛下手。

 掲示板の住人に勧められて伝票に書かれた詩織の電話番号に掛けようとするも、それだけで何度も躊躇ってしまう。


『手紙にしようよ……』


 住人の応援で何とか電話をし、御礼を兼ねた食事に誘う事に成功。

 しかしそこでも難題が発生し、列車男は住人達とそれに挑んでいく事になった。

 今までのオタク全開の姿を変える作戦。

 まず美容院で、髪形を整えて……。

 身形をしっかりとする為に、服を購入し……。

 眼鏡ではなく、コンタクトに変えた。

 2人で食事に行く場所も、自分で決めた。





 そして来た、ティファニーとの食事の日。

 多くの住人に背中を押され、彼は出陣した。

 何もかもが初めての事ばかりで、緊張しまくりの剛史。

 それでも何とか、彼女とのデート? に成功する事が出来た。


「また、電話します!」


 万感の想いの下、微笑む彼女と別れた。





 それからも2人は、数度の食事によって仲を深めていった。

 詩織の友人を加えての食事や、彼女を家まで送ったり、更には自宅にまで招待された。

 拙いながらも、彼は難関を幾度も踏破していく。





 何度も出会いを繰り返していく内、詩織に対し、強く想いを募らせていく剛史。

 そして詩織もまた、彼と同じ想いだった。

 半ば両想いな2人だったが、GW中に詩織が行った旅行の話を聴き、剛史は気付いてしまった。

 自分と彼女との間に存在する、大きな『違い』を。

 海外へ旅行に行き、外国語を駆使して優雅に休日を過ごしていた間、自分は何をしていたのか……。

 特に用事も無く、イベントに行くだけ……。

 そんな自分と、彼女が釣り合う筈が無い。

 その事実に自信を喪失していく剛史だった。

 その報告に、次々と激励を送っていく住人達。


 ――ティファニーもお前を必要としてくれてる、彼女はお前の上っ面だけを見ていたのか?

 ――恋愛は才能ではなく、努力が必要なんだぞ!!


 その一つ一つが彼に勇気を与えていった。


『本当にみんなありがとう。言葉の一つ一つが胸に刺さってきます。お陰で気力MAXまで回復しますた!( `_ゝ´)フォー!!』





 そして迎えた、決戦の日。

 詩織の車での買い物に出掛け、楽しい一時を満喫する。

 だが、時間が過ぎる毎に2人の間に緊張が走っていた。

 買い物を終え、夜の公園へ……。

 車から降りた2人の視界には、至る所にカップルの姿。

 その独特の空気感が、彼らを包んでいた。


「詩織さん」

「はい……」

「い、言いたい事があるんです」

「はい」

「僕、し、詩織さんの事が……」


 あと少しで、どうしても言う事が出来ない。

 彼女の想いは、少なからず分かっている。

 後は、その背中を押してくれる勇気を……。


「頑張って」


 その言葉が、彼の心を突き動かした。

 そして、剛史は――










 上映の終了と同時に、人の流れが生まれる。

 俺とバニングスはそれに抗う事無く、その流れに身を委ねていった。

 終着点は、海鳴シアターの出入り口。


「うぅ〜ん、終わったなぁ」


 ずっと椅子に座っていたからか、体が少しばかり硬直していた。

 伸びをすると、全身から開放感が溢れ出してくる。


「どうだった、初めての映画は?」

「思った以上に楽しめたな」

「まぁ、アタシが選んだ映画だしね。楽しくない訳ないじゃない」


 フフン、とこれでもかと言う程に胸を張るバニングス。

 偉そうではあるが、言ってる事は間違って無いので否定はしない。

 冴えない男性とお嬢様のような女性の、不釣合いな恋愛模様。

 それでも、周りに助けられながら前に進んでいく剛史には、少しばかり好感が持てた。

 変わっていく事の大変さを知っているだけに、あの映画には特別な想いで見ていた自分が居た。

 終始、食い入るように見ていたのかもしれないな。

 何より、俺と同じように楽しんでいる彼女を見るのは、正直嫌いじゃない。


「そんじゃ、この後どうする? もう帰るか?」


 当初の目的通り、バニングスと映画を見る事は出来た。

 でも俺は、それ以上は考えていなかった。

 元々、映画を見に行くだけだったからな……。

 計画も何も無かったのだから、仕方ない。

 だが、バニングスは『ハァ?』とでも言いそうな顔で見てきた。


「何言ってんのよ、この後はアタシの買い物に付き合いなさい」


 どうやら、まだ終わりではないらしい。

 言うや否や、徐に俺の腕を掴んで引っ張ってきた。

 あまりに急だったその行動に、俺は対応が遅れてしまって為されるがまま。


「おっ、おいバニングス!?」

「……アリサよ」

「えっ?」

「折角なんだから、アタシの事『アリサ』って呼びなさいよ……」


 いつの間にか俺は、彼女の傍に寄っていた。

 そこから見えるその顔は、赤みが差していて……。

 ……ヤバい、コイツ可愛いぞ。

 ――――恐らく、先程の映画のワンシーンを思い出したのだろう。

 苗字呼びだった2人が、名前呼びに変わった事でより親密になるシーン。

 そのシーンに感化されたようだ。

 でも俺としては、それを言うのは恥ずかしくて堪らない。

 名前を呼ぶ事、昔は何の憚りも無かった筈なのに……。


「バニング――」

「――アリサ」

「うっ……」


 真っ直ぐに見詰めてくる瞳は、威圧ではなく懇願に近い。

 普段と違う、しおらしい彼女の姿。

 それが半端な心情からくるものじゃない事は、誰でも分かる。

 ドキッとさせられると同時に、何故か誇らしく感じた。

 それを今、俺だけに見せてくれているという事実。

 だからその気持ちに、俺も答えたい。

 自意識過剰かもしれないけど、今この時は期待しても良いよな?

 大きく息を吐いて心を鎮め、ゆっくりと息を吸い込んで……。


「……………………リサ」

「えっ?」

「あっ……、アリサ!


 あぁ、遂に言ってしまった。

 今まで開いていた彼女との距離が、一気に縮まっただろう。

 ……それでもこれは、自分で選んだ事。

 後悔は無いし、するつもりも毛頭無い。


「アリサ、行くぞ」

「あっ、う、うん」


 俺の腕を掴むアリサを引いて、道を進んでいく。

 何処に行くかなんて分からない。

 でも今は、動いてないとやってられん。

 慌てるアリサにそれを引っ張る俺、先程とは正反対の俺達。

 それでも隣の少女は俺の腕を離さず、隣を歩いている。


「んで、何処に行くんだ?」

「特に決めてないわよ」

「おいおい……」

「別に良いじゃない」


 此方としては、予め決めておいて欲しかったのだが……。

 ……まぁ、偶にはこういうのも良いか。


「さっ、行きましょ

「お、おう」


 ――俺とアリサの関係が、大きく変わった時だった。

 ――まるで、あの映画の2人のように……。










 それから、バ……アリサと2人っきりの時間を過ごした。

 例えば、CDショップでは――



「聖ってさ、どんな曲聴いてるの?」

「あまり最近の曲とか知らないんだが……、これかなぁ」


 棚に視線を走らせつつ、お目当ての物を手に取る。


「何々……『ちいさな愛』?」

「あまり知られてる曲じゃないけど、俺のお気に入りだ」

「どんな曲?」

「優しい歌、かな。澄んだ歌声だし、曲自体も綺麗だ」


 俺の着うたも同じだ、と付け加えると、ふ〜んとアリサはCDをマジマジと見始める。


「何だったら貸そうか?」

「止めとくわ。アンタのオススメだし買うわよ」

「……そっか」



 例えば、ゲームセンターでは――



「意外と上手いもんだな」

「聖こそ、アタシに着いて来れるなんてね」

「任せろ」


 2人揃ってシューティングゲームで白熱していた。


「聖っ、下の敵お願い!!」

「おう、10秒持てば援護に行く」

「頼んだわよ」

「あぁ!!」


 俺が下方で這い蹲る虫を潰し、アリサが前方に群がる大量のゾンビ共を倒していく。

 すぐさま処理を終えると、10を越えるソンビに苦戦している彼女の援護に向かう。


「時間ピッタリね」

「任せろっての」

「そんじゃ、さっさと倒すわよ!!」


 その後も俺達のコンビネーションが冴え渡り、ラスボスも難なく撃破。

 記録更新のオマケ付きで。



 アクセサリーショップでは、こんな感じで――



「ねぇねぇ、コレ良いと思わない?」

「キャッツアイのネックレス、か」

「見る角度で光の筋が入るんですって、……綺麗よね」


 手に取ったソレを、色々な角度から見るアリサ。

 その瞳は、新しい玩具を手にした子供のようだった。

 そんな彼女から目を離し、他の場所にあったネックレスを手に取る。


「これも綺麗だな」

「え、どれ?」


 今の今まで見ていた物はいつの間にか元に戻され、アリサは俺の持つ物に興味津々といった顔で寄ってきた。

 俺の持つ物、クリスタルのストーンが上から1個,2個,3個,2個,1個と連なり菱形を模っている物だった。

 ストーンは固定されておらず、軽く揺する度にチャラチャラと愛らしい音色を鳴らす。

 それを見たアリサは、より一層目を輝かせて見詰めていた。

 が、何回かそうしていると、急に此方を向いて――


「……アンタ、気が利かないわね」


 ――とても失礼な事を言ってくれやがりました。

 ジト目で此方を睨みながら、手に持ったネックレスを俺の眼前に突きつけてくる。


「男なら、女の子にプレゼントの1つや2つ、あげられるようにしなくちゃ駄目じゃない」

「悪かったな、気の利かない男で……」

「恭也さんだったら、アタシが何も言わなくても分かってくれるわよ」

「むぅ……」


 言いたい事は良く分かるんだが……。

 デート……みたいなものだから、男が女に気を利かすのも必要なんだと思う。

 確かに、恭也さん程の人なら、そういった気の使い方も上手いだろう。

 恋人である月村さんを見れば、それが良く分かる。

 でも、だからといって、あの人と俺を比較されても困るんだけど……。


「まぁ、聖に期待するのも意味無いわね……」

「失礼極まりないな、お前は」


 しかし事実だから否定出来ない。

 今思えば、そうしてやっても間違いじゃない筈なのに……。

 鈍いもんだな、俺も。


「悪い……」

「べ、別に誤らなくてもいいわよ。コレ、見付けてくれたし」


 自分の手に収まっているネックレスを俺に見せて、軽く振って鳴らす。

 どうやら、思っていた以上に気に入ってるようだ。

 だったら……。


「ちょっと貸してくれ」

「えっ……、まぁ良いけど」


 『?』な顔したアリサを見ながら、俺はネックレスを受け取る。

 それを手から手へと渡っていくソレを、優しく握り締めた。


「んじゃ、少し待ってろ」

「ちょっと、何処行くのよ?」


 ちょっとな〜、と捨て台詞を吐いてその場を後にする。

 向かうはレジ、彼女へのプレゼントを手にする為に……。










 赤い夕陽が見え始めた頃、アリサを隣に並んで歩く。

 時間もそれなりに過ぎてきたし、そろそろ帰る頃合いだろう。


「む、無理して買う必要なんて、無かったのに……」

「別に良いだろ、俺が自分で決めて買ったんだからな」


 んで、隣のお嬢さんはぶつくさ何事か呟いてる。

 どうやら、俺が仕方なく買ってあげたと思っているようだ。

 彼女の手に握られている、1つのネックレスを……。

 俺としてはそんなつもりは毛頭無いのだが、あぁいった話の後では思わずにはいられないんだろう。


「まっ、聖がそう言うなら、貰ってあげてもいいけどね」

「……少しは素直になれないのかね」

「何か言った?」

「いやいや、別に何にも」


 むぅ〜っ、という唸り声をサラリとかわして、俺は足を動かし続ける。

 ちょっとだけ憮然とした彼女も、それに続く。

 ――その姿に、何処か安堵していた。


「鮫島さんの迎え場所、どこら辺だっけ?」

「アンタと待ち合わせした場所よ」

「って、すぐそこじゃねぇかよ」


 視線の先にある、駅前の日陰スペース。

 俺がアリサと待ち合わせをした場所、それがすぐそこにある。

 つまりそれは――


「もう、終わりだな」

「もうそんな時間なのね」


 彼女との、別れの時間だという事。

 それは当然の事実、当然の帰結。

 最初から決められていた事であり、今更変えようの無い事。

 自分自身、それは分かっている。

――――だというのに……何故………




「意外と早いもんだな、時間が経つってのは……」


 本当にそう思う。

 何時間もあった彼女との時が、1時間にも満たないような感覚。

 今まで感じた事の無いような、不思議な気持ちだった。

――――俺は、こんなにも……




「偶然ね、アタシも同じ事考えてたわ」

「何でだろうなぁ……」

「楽しかったから、じゃない?」


 アリサの言葉に、ふむ……と考え込む。

 確かに、言い得て妙かもしれない。

 楽しいから、流れていく時間を忘れて夢中になってしまう。

 気付けば知らぬ間に時が流れていた。

 ……きっとそうなんだろう。

――――コイツの傍に……




「じゃあお前も、楽しかったって事か」

「へっ、何言って……」

「だって、お前も俺と同じだったんだろ?」

「あ…………」


 俺の指摘に、顔を真っ赤に染めて言葉を濁す少女。

 素直じゃないが反応だけは正直だから、それを見れば答えを聞いたようなものだ。

 十中八九、楽しんで貰えたようで何よりだった。

――――居たいと、思うのだろう




「ったく、素直じゃないな」

「悪かったわね、可愛げが無くて……」

「んな事言ってないだろうが」


 その言葉に機嫌を悪くしたらしく、フンとそっぽを向いてしまった。

 はぁ、コロコロ変わる奴だな。

 別に可愛くないなんて言ってないだろうが……。

 寧ろ、その逆で…………なんて言える訳も無い。

 だって恥ずかしいし……。

――――離れたくないと、思うのだろう




「あっ……あれか?」

「えっ、あ……」


 アリサに目で促すと、彼女もその存在に気付いた。

 此方に向かって進んでいる、黒塗りの高級車。

 俺は分からないが、彼女の反応を見るに、あれがそうなのだろう。

 彼女を迎えに来た鮫島という男性。

 彼が操る自動車は、引き込まれるように俺達の許へと辿り着いた。


「それじゃ、またね」

「おう」


 たったそれだけ。

 今日の楽しい時間を終わらせてしまうには心許無いが、それ以外の言葉が見付からない。

 だからアリサに『気が利かない』って言われるんだろうな。

 老齢な男性が後部座席のドアを開け、少女を促す。

 俺は彼女の背中を、ただ見詰めてるだけで……。

 そのままドアが閉まるまで、その場に突っ立っていた。

 でも本当に、何かを言わないと……。

 勉強やスポーツなら幾らでも働かせられる思考が、この状況で全く動かない。

 ――あぁもう、何だってんだよ!!


「ア……アリサっ!!」

「ん、何?」


 考えても何も出ない頭に悪態を吐き、気が付いたら無我夢中で彼女に声を掛けていた。

 何を言えば良いのか分からない。

 ――今日は楽しかった?

 ――今度また行こうぜ。

 いや、そんな事を聞いて欲しいんじゃない。

 ……そうだ、たった一言――


「俺、楽しかった」


 ――自分の気持ちを伝えればいい。


「……」

「どうかしたか?」

「あっ、ううん。何でもない」


 こっちを見ながら呆然とするアリサだったが、すぐ我に返り誤魔化すような笑みを浮かべる。

 何だ、一瞬だが変な物を見るような目で……。

 それじゃね、と彼女が軽く手を上げて告げて、車は動き出す。

 徐々にスピードを上げ、どんどん遠ざかっていくソレを、俺はただ見詰めていた。


「……」


 今日一緒に隣を歩いていた少女は、今はもう居ない。

 楽しかった時間を共有した少女は、居るべき場所へ帰っていった。

 なら俺も帰るべきだろう、俺の居るべき場所へ。

 でも体は、この場から動こうとしない。

 まるで彼女との時間の余韻に浸るように、それに縋りつくように……。


「……って、何馬鹿な事考えてんだ、俺は」


 ふと、我に返る。

 アリサと別れたばかりだと言うのに、何でこんなにも感傷に浸っている。

 いつから俺は、そんな女々しい奴に成り下がったんだ?

 自分の弱さに喝を入れ、地面に張り付いていた足を無理矢理引き離す。

 帰ろう、俺の家に……。

 皆も待ってるだろうし、師父やシスターの手伝いもしないといけないだろうし。


「さぁ〜てと、さっさと帰りますかねぇ」


 その言は誰かに向けられたものでもなく、道行く人波に流されて消える。

 だったら何故、それを口にしたのだろう。

 多分それは、一抹の寂しさ。

 さっきまでの時間が消えてしまった事に対する、喪失感。

 心に引っ掛かるそれを振り払う為に、ワザとくだらない独り言を呟く。

 まるで他人事のように考えている、今の自分。


「アリサ……」


 最後に一度だけ、彼女の去っていった方向に目を向ける。

 その行動の意味は分からない。

 何となく、としか言い様が無い。




 ――――そう、この時はまだ気付かなかった。

 ――――どうして、こんな気持ちになったのか。

 ――――俺の中にあるモノが、一体何なのか。

 ――――でも、それが掛け替えの無いモノなのだと……



――――きっとどこかで、気付いていた――――







―――――――――――――――
あとがき


どうも、おはこんばんちはです。

今回もかなり時間を掛けてしまいました、すみません。

書いては消し、書いては消し、の繰り返しでいつの間にやらこんな状態に。

いやはや難しいものですね、デートの話というのは……。

しかも今後は『モンハン2ndG』をやったり、『マナケミア2』を購入予定なので、一層時間が無くなりそうです。

……………………ハイ、私情ですねすみません。

出来る限り時間を作って執筆はしたいと思いますので、ごゆっくり待っていて下さると助かります。

今回から個別ルートですが、皆様に楽しんで貰えるよう頑張ります。

では、今回は以上です。

感想や意見、その他諸々お待ちしております。

それでは〜。





P.S

アリサと見た映画の元ネタ……分かり易過ぎですね。

申し訳ありません……。