「ほら、お小遣いだ」

「ありがとうございます」


――ぼくの小さな手に置かれる、数枚の硬貨。

――ぼくはそれを、大切にポケットに仕舞いこんだ。


「それにしても、こんな少なくていいのか?」

「だいじょーぶです」


――ぼくに握られた硬貨の金額は、正直3桁にも満たない。

――同年代の子のお小遣いと比べても、物足りないものだろう。

――まぁ買い物のお釣りだから、少ないのは当然だけどね。

――でも、ぼくにはそんな事関係無い。


「これでも充分です」

「……そうか」


――だって、師父が言ってた。

――どんなに小さくても、いつかは大きなものとなる。

――いつか大きな恩返しが出来るように……

――今は、小さなものを集めていこう。



――それは、懐かしい記憶。

――守る事をまだ知らなかった少年の、1つの通過点。













少年の誓い

~魔法少女リリカルなのはAs~


№XVII「Present for……」











「ただいま~!」


 玄関から響く聞き慣れた声。

 リビングに集まっていた全員が、それに敏感に反応した。


「皆~、もう帰ってるか~?」


 聞く話によると、今日の誕生日会は身内だけでやる事になっていたらしい(これはハラオウン達が口裏を合わせて何とかしたようだ)

 つまり彼女の中では、今この家に居るのは家族だけだと思っている。

 結論から言うと、俺達がやろうとしてるのはドッキリ式バースデーパーティーなのだ。


「今日はパーティーやから、豪勢にしような~」


 と、笑顔満面でそのままリビングへ――――


パーンパパーン!!


「ひゃっ!?」


 ――――行かせる訳ねぇっての。

 突然の炸裂音に度肝を抜かれたように、少女は買い物袋を持っていた手から落としてしまった。

 その中に、卵がなかったのが幸いだったな。

 彼女と一緒に居た金髪の女性が落ちたそれを手際良く拾うと、奥のキッチンへ向かっていった。

 それに気付いた風も無く、八神は未だにビックリしたままでピクリとも動かない。

 ただそこで、点になった目で周りを見回しているだけだ。

 完全に状況を飲み込めていない八神と、それを面白げに見る俺達。

 いやぁ、本当に面白いものだなぁ~。


「な……何で………」


 おーおー、戸惑ってるな。

 まぁ、それも当然か。

 来る筈の無かった友達が、目の前に居るんだもんな。

 しかし、時間は人に冷静さを取り戻させていくもので……。

 戸惑いに満ちていた彼女の瞳も、それに合わせていつもの光を取り戻していく。


「も…もしかして皆……」


 視線の先には4人の少女達。

 彼女にとって、大親友と呼べる4人だ。

 皆が皆、一様に笑顔を浮かべている。


「今日ははやてちゃんの誕生日」

「友達の誕生日に、アタシ達が来ないなんてある訳無いでしょ」

「はやては大切な友達なんだよ」

「だから、今年もちゃんと祝わせてね」


 少し離れた場所で、俺はその5人に見入っていた。

 優しく紡がれる言の葉には、彼女達の築き上げてきたものが、隙間無く埋められていた。

 聞くだけで心温まる響き、関係無い俺にまで影響を与えそうな程の強い想い。

 それが、彼女達を繋いでいる。


「皆……ありがとな」

「気にしなくていいよ。私達がしたいんだもん」

「うん、ほんまにありがとな。…それじゃ、リィンも呼ばな――」

「「「「スト――――ップ!!」」」」


 うぉい!?

 何、何が起こったんだ!?

 八神が首に掛けている十字型のペンダントを持った瞬間、4人が大声で一斉に制止した。

 どうしたんだ、こいつ等??

 それに、リィンって……。

 俺と同様、状況を全く理解出来ていない八神に、ハラオウンは慌てた様子で俺を引っ張り出してきた。


「ほ、ほら…今日は聖も来てくれたんだよ!!」

「へっ? ひっ、聖君、来てたんか!?」

「あ、あぁ……」


 八神の俺を見る目が、いつもと全く違っていた。

 まぁ、毎年の行事で、新参者が突然現れれば驚きもするだろうけど……ここまで凄いか?


「な、なんや…来とったんなら、言うてくれればええのに……」

「あぁ、悪い」


 何だ?

 コイツの、場を取り繕うような態度は……。

 何か拙い事でも起きたのか?

 ―――いや、そんな理由位、考えなくても理解出来る。


「……そっか」

「え?」


 何で分からなかったんだろう。

 俺の存在が、『拙い事』であるという事に。

 ――違う。

 気付かない振りして、この時を楽しもうとしていたのかも知れない。


「俺、帰る」

『えっ!?』


 何を舞い上がっていたんだ?

 何を期待してたんだ?

 馬鹿か俺は……。

 相手の都合も考えないで、自分勝手にやって来て。

 仕舞いには、祝うべき相手を困らせて……。


「じゃあな」

「聖!?」


 ハラオウンに掴まれていた手を解いて、そそくさとその場から離れる。

 プレゼントはテーブルに置いてあるから、八神が後で気付くだろう。

 面と向かって渡せなかったのは残念だが、四の五の言える身分でもない。

 邪魔者はさっさと退散しよう。


「聖君!!」

「――っ」


 リビングを出た時、突然袖が逆運動を開始した。

 いや、引っ張られたというのが正確な表現だろう。

 半ば反射的に振り返ったそこには、……八神が立っていた。

 気まずい雰囲気の中、悲しそうな光を纏った瞳が際立つ。


「……何だ?」

「何で帰るん? 折角来てくれたのに……」

「何でって、俺は居ない方が……」


 さっきの反応からして、まず間違い無いだろう。

 俺が居ると気付いた時、嫌って言う程気まずそうにしてたから。


「ちゃう!! そうやなくて……」

「でも……」


 必死に言葉を探す八神。

 視線を落としながら「えっと…えっとな……」とうわ言のように呟いている。

 その姿は一生懸命で、決して口を挟める様子ではない。

 ただ、目の前の少女の言葉を待っているだけ。


「聖君が来てて、ちょうビックリしてただけで……」

「……」

「聖君が来てくれた事は、ほんま嬉しかった。だから……」

「……」

「帰るなんて、言わんといて……」


 う…………。

 何だ、この縋るような瞳は……。

 別にコイツ自身は俺に縋るつもりは毛頭無いんだろうけど、どうもそれっぽく見えてしまう。

 ……ヤバイ、精神的に毒だ。

 しかも全く手を放そうとする気配が無い。

 でも本当に、良いのだろうか?


「邪魔じゃないか? 折角の誕生日なのに」

「そんな事あらへん!!」

「………………そっか」


 小さく呟いたそれを聞いて、八神の顔が晴れていく。

 『悲』から『嬉』へ感情が反転する様を、俺はまじまじと見詰めていた。

 その笑顔があまりに綺麗で……


「聖君、行こ」

「あぁ」


 そうやって頷く事しか出来なかった。










『Happy birthday to you』

『Happy birthday to you』

『Happy birthday dear はやて(ちゃん)(八神)~』

『Happy birthday to you』


 『Happy birthday to you(一応、『Good Morning to All』というのが原曲だが)』を歌い終え、全員が声を揃え――


『お誕生日、おめでとー!!』


パーンパパーン!!


 祝言と2度目のクラッカーが、八神の誕生日会の始まりを告げる。

 紆余曲折あったが、まぁ何とかここまで辿り着いたな。


「皆、ほんまにありがとな」


 13本のローソクを立てたケーキがテーブルに置かれ、その周りで俺達は1人の少女を祝う。

 1人1人から向けられる言葉に、八神は満面の笑みで答えている。

 ゆらゆらと揺らめく灯火が、この空間を幻想的なものへと誘う。


「ほら、はやてちゃん。ローソク吹き消して」

「あぁ、そやね」


 すぅ、と一息吸って、ふぅ~、と息を吐く。

 13の光はそれだけで輝きを失い、姿を消していった。

 それだけの事で、場の空気が変わったと思ったのは気のせいだろうか?

 いや、初めての誕生会故の、不思議な感覚なのだろう。


パチパチパチパチッ


 陽炎の余韻が残る内に、小さな拍手が集う。

 小さな合奏、その耳触りの良い演奏に自然と笑みが零れる。


「それじゃ、ケーキ切り分けよか」


 ホールケーキの横に置いてある包丁を手に取り、八神がそれを等分に切り始める。

 何でもこのケーキ、高町が持ってきた桃子さんお手製のものらしい。

 それを聞くだけで楽しみで仕方ないが、主賓である彼女にやらせるのはどうなのだろうか?

 まぁ、そういうのが一番得意なのがコイツだから、仕方ないと言っちゃあ仕方ないよな。

 と、考えているのも束の間、無駄の無い八神の包丁捌きによって、ケーキは丁寧に別れていった。


「これ取った!!」

「ヴィータ、食い意地が張り過ぎだ」

「うっせーなぁ、別に良いじゃんかよシグナム」

「今日の主役はお前ではないのだぞ」


 目の前で行われる家族のやり取り。

 先手必勝とばかりにケーキを掻っ攫うヴィータと、それを諌めるシグナムさん。

 俺から見れば初めての光景。

 でも、これが八神家の風景の一部なのだと、自然と感じていた。


「はい、聖君」

「ん? あぁ、ありがと」


 2人の口の減らない言い争いに意識を向けている俺に、八神からケーキを渡された。

 うむ、大変美味そうである。

 その後は、それぞれの目の前にジュースが注がれたコップが置かれ、漸く誕生会らしくなってきた。


「それじゃ皆、ジュースを持って」


 バニングスが周りを見回して、全員にそう促す。

 それに答えるように、皆が手元のコップを持ちだした。

 ……おっと、俺も持たないとな。

 そして準備は整い、後は音頭を待つだけ。

 俺達の視線は、1人の少女へと真っ直ぐに向けられていた。

 今回のこの会の主役、八神はやてへ――。

 彼女も視線の意味を理解したようで、軽く咳払いして口を開く。


「えぇと……毎年毎年、こんな私の為に集まってくれてホンマにありがとう」


 自分の受ける視線を一つ一つ返していきながら、八神は話し出す。


「今日で私も13歳になった訳やけど、多分今までと何ら変わらんような気がする」


 アハハッ、と笑いが一つ。

 しかし自分の誕生日会で笑いを引き出すとは……。

 やはり八神は、根っからの関西人なのだろうか?

 こういうのを芸人根性と言うのだろうな。


「せやから今までと同じ、自分の出来る限りの事を精一杯やるだけや」


 真剣な瞳は、その決意の証。

 彼女の一言にはそれだけの重みが感じられた。

 馬鹿に出来るような軽さは微塵も無い。

 ――ったく、また引き離されるな。

 どこまでも精進を止めない、留まる事を知らない人間は強い。

 現在に安住する事無く、自らの目指す先へと一直線。

 揃いも揃って、こいつ等は凄い女だよ。

 変わる事の無い不変の決意に、此処に居る者だけが惜しみない拍手を送る。

 その中で、俺だけは拍手を送る心境が複雑だった。










 少しも経てば、そこはいつも通りの風景。

 学校の屋上で展開される、いつものやり取りがそこにあった。


「それにしても、はやては鈍いわね~」

「今回は内緒で進めてたからね。仕方ないよ」

「だからって全く気付かないなんて……。はやて、アンタ自分の事に関して無頓着過ぎよ」

「そ、そんな事あらへんよ」

「じゃあ、いつもクラスの男の子に見られてるのに気付いてる?」

「へっ? なんやそれ?」

「これだもんねぇ」


 女3人寄れば姦しいとはよく言ったもので、彼女達の会話は途切れる事が無い。

 交わされる話題もクルクルと変わっていき、その度に誰かの表情が変わる。

 まるで代わる代わる喜劇のように、見ている者を飽きさせない楽しさ。

 少女達が持っているものは、それ程までに他へ影響を及ぼす。

 それは俺も例外ではなくて、その絵画のように映る5人を見ていた。


「―――ん?」


 ふと、肩をチョンチョンと叩く感触。

 振り向くとそこには、たおやかな風貌をした金髪の女性が笑顔で立っていた。

 確か、八神と一緒に居た人だ。


「初めまして聖君。私はシャマル、いつもはやてちゃんがお世話になってます」

「どうも、瑞代聖です。それと、八神を世話した覚えは無いんですけど」


 つーか、アイツの場合はどちらかと言うと世話をする側だ。

 と当然のように言うと、目の前の女性は「確かにね」と笑顔で返してくる。


「はやてちゃんの話を聞く限りじゃ、とても仲良くしてるって言ってたから」

「……友達、ですから」


 そう、誰かに言われてこの関係になってる訳じゃ無い。

 俺自身が、そう望んでいたからだ。

 口に出すのは恥ずかしいが、決してはぐらかしてはいけない事。


「俺は世話をされた訳じゃないですけど、尊敬出来る相手ですよ。八神は……」


 今まで八神との関わり。

 それが様々なものとして思い出されていく。

 初めて聞いた本物の関西弁(本人曰く、京都弁混じりだとか)、料理等の一般的な家事が得意な一面。

 それでもやはり、今時の女の子としての可愛らしさも持っている。

 本当、どこまでも完璧な奴だな。

 八神1人に限った事じゃないけど……。


「でも、聖君も充分素敵な男の子だと思いますよ」

「………………へっ?」


 なっ、何を言い出すんだ、この人は!?

 何の前触れも無く、とんでもない事を口走った女性は、全く悪びれた様子も無くニコニコ此方を見てるだけ。

 まさかこの人……


「からかってるんですか?」

「そんな筈無いじゃない。本心よ」


 とは言っても、……ねぇ。

 目の前の美女にそのような事を言われても、本人からすればお世辞にしか聞こえない。

 だって、自分の事は自分が一番分かっているのだから。

 自分の愚かさ、矮小さを……。

 自分自身の人生を生きる上で、最も痛感させられるものだから。


「自らを信じる気持ちを持つ事、即ち『自信を持つ事』こそが自らを高める原動力となる」

「シグナムさん……」

「自らを高めたいと思うのであれば、まずはそこからだな」


 真っ直ぐに見据える瞳は、言葉に虚偽が無いという証。

 シャマルさんの横に立つその姿に、俺は師父に似たものを感じた。

 この人もまた、様々な経験を積んできたのだろう。

 だからこそ彼女の放つ言葉には、言い知れぬ重みがあるのだ。

 ……それでも


「善処はします」


 今までの自分を変える事は、簡単にはいかない。


「あまり自分を卑下するのは良くないわ。今日初めて会った私でも、貴方の良さは理解してるつもりよ」

「う~ん、そんな大層な奴でも無いんですけどねぇ」


 いや、本当にそうなんですが……。

 今までの自分、思い起こせば『中途半端』という言葉ばかりが残る。

 勉強、スポーツ、ピアノ、どれをとっても抜きん出て出来た例が無い。

 俺は、いつまで経っても何かの一番にはなれないのだ。

 その結果がまた、自分に自信を持たせられない原因なのだろうか?

 ――――本当、根底に根付いたモノってのは、簡単には取り除けない。


「はぁ、これはかなりの重症ね」

「仕方ないだろう。昨日今日始まった事では無いのだからな」


 2人の言葉に、少し胸が詰まる思いをした。










 ――で


「どうしてこんな状況になったんだ?」

「細かい事気にしないの。折角のはやての誕生日なんだし、少し位良いじゃない」


 いやバニングスよ、そんな事を言われても困るぞ普通。

 目の前に鎮座する横幅1メートル強、縦幅20センチの物体。

 白と黒が規則的に並ぶ、――――電子ピアノがそこにはあった。

 本物と同じ88の鍵盤、左右に設置されているスピーカー、音色を特定のものに変換できるパネル。

 紛う事無き電子ピアノである。

 こんなものを持ってきた張本人はと言うと……


「ん? どうかした聖君」

「月村、よくこんなもの持って来れたな」

「こう見えても私、結構力持ちなんだよ」


 軽く腕を曲げながら、ニッコリ笑って返してくる。

 その仕種が妙に可愛いのが、とても癪に障った。

 くそぅ、可愛ければ何でも許されると思うなよ。


「そういえば、ピアノが弾けるって言ってたわね」


 何故か八神家の面々も甚く興味を持ってらっしゃるようで。

 既にソファーに座り、鑑賞体勢バッチリな状態だし。

 …………どうやら、逃げるという選択肢は最初から存在しないらしい。


「覚悟を決めるか」

「何ブツブツ言ってるのよ?」

「何でも……」


 仕方ない、やってやるか。

 バニングスの有無を言わせぬ態度はムカつくが、ここまで用意されてやらないとは言えない。


「それじゃあ、聖君の演奏会を始めようか」

「そんな大層なもんじゃねぇっての。……さてと」


 平静を保つ為に、ふぅ、と息を一つ。

 両手を鍵盤に乗せ、軽く押して音量を確認。

 本物とは違う、作られた音が響く。

 ――――――――良し、いくか。


「おめでとう Happy HappyBirthday」


 今日は八神の誕生日。

 ならば選曲も、自然とバースデーソングになる。

 大切な人に贈る、生まれた日を祝う歌。

 柔らかなタッチから流れ出る音色は、機械的でありながらも俺の気持ちが現れている。


「今日はあなたのSpecial Day――
 何だか私 嬉しくなる」


「あなたが生まれた今日という日が――
違って見える」


「揺れるキャンドルを囲んで――
眺める人が 居ても居なくても」


「プレゼントさせて 私 心から――
あなたに 言いたい」


 そう、今日という日に心を込めて、この一言を……。


「おめでとう Happy HappyBirthday――
I wish あなたに――
もっともっと 幸せが増えますように」


 大切な家族と共に生きられる。

 それだけでも充分幸せかもしれない。


「Happy HappyBirthday――
どんな時も 笑顔で居て欲しい」


 それなら、それ以上にもっと幸せになればいい。

 誰にも負けない、世界一の幸せ者になればいい。

 歌詞の無い間奏を弾きながら、ありったけの想いを込める。

 たとえそれが届かなくても、俺はそれを止めない。


「直接 プレゼント渡すのは――
何だか私 恥ずかしいから――
郵便屋さんに 頼んだけれど――
ちゃんと 着いたかな」


 さて、2番に移った訳だが……。

 いつもの俺なら此処を飛ばして、ラストのサビまで行く。

 しかし此処を残した訳、……こいつ等は理解してくれるだろうか。


「あなたに一番 似合うもの――
何日も掛けて 選んだつもり」


 するとハラオウン達が、綺麗にラッピングされた袋や箱を取り出す。

 そして「誕生日おめでとう」と一言付けて、八神に渡していく。


「私のセンス 良くないけれど――
許してくれる?」


 理解……してくれたようだな。

 しかし俺はと言うと、両手も口も忙しいので何も出来ない。

 残念だが、俺のチャンスはまだ先のようだ。


「おめでとうHappy HappyBirthday――
I wish あなたが――
もっともっと 幸せになれますように」


「Happy HappyBirthday――
今日の日に 乾杯 Song for you」


 『Song for you』

 この歌は、八神へ贈るもの。

 俺と、此処に居る八神を祝福する全ての人が贈る言葉。

 さて……最後の仕上げといくか。


「あなたと出会えた事に――
感謝したい」


「誰より大切な――
大好きなあなたへ」


 取り敢えず言っとくが、俺が八神の事を『大好き』な訳じゃないからな。

 本当だぞ!?


「おめでとう」


 だが、決して嫌いでもない。

 複雑な心境というやつだ。


「おめでとう Happy HappyBirthday――
I wish あなたに――
もっともっと 幸せが増えますように――
Happy HappyBirthday――
どんな時も 笑顔で――」


 さぁ、漸くクライマックスだ。

 電子ピアノを弾く手にも少々力が篭もるが、此処で全てを台無しにしてはいけない。

 曲の雰囲気を忘れずに、ゆっくりと丁寧に……。


『おめでとう Happy HappyBirthday――
I wish あなたが――
もっともっと 幸せになれますように』


 うおっ!?

 急にキーの高い声が混じりだした。

 その原因は――――4人の少女達。

 まるで示し合わせたかのような、バッチリなタイミングで結構ビビってしまった。

 そんな胸中で演奏を止めなかった自分に、花丸をあげたいと思ったのは秘密。

 まぁいい、だったらお前等も歌ってくれよ。

 大切な友達を祝福する、どこまでも優しいこの歌を!!


『Happy HappyBirthday――
今日の日に 乾杯 Song for you――
乾杯 Song for you』


 と、此処で突然ピアノを弾く手を止める。

 あまりに急だった為か、合唱していた彼女達の声が消えてしまった。

 甘い甘い。

 こっから少しだけアカペラなんだよ。

 勿論、――――俺のアドリブだけどな。


「おめでとう Happy HappyBirthday――
I wish あなたに――
もっともっと 幸せが増えますように」


『Happy HappyBirthday――
どんな時も 笑顔で』


 こっからピアノ再開、止まっていた両手が再動し始める。

 もう引っ掛からないとばかりに、4人に動揺した様子は無い。

 ったり前だっての、もう終わりなんだからな。

 思いの丈を、全て吐き出す瞬間だ。


『おめでとう Happy HappyBirthday――
I wish あなたが――
幸せになれますように』


『Happy HappyBirthday――
今日の日に 乾杯 Song for you――
乾杯 Song for you』


 歌声の、演奏の余韻が残る。

 静寂の中で、ただ俺の心には歌い切ったという達成感が生まれた。

 この誕生日会での、俺が伝えるべき事。

 『誕生日おめでとう』

 俺の想いは、八神に伝わっただろうか?

 出来れば伝わって欲しいなぁ、と思いながら、当の少女の方へ向いてみると――


「う……うぅ………」


 ――何故かどうしてか泣いていた。

 なっ、なんですと――――!!!!!

 何で泣いてるんだよ八神!?

 表面上だけ平静を装っているが、心の中は大惨事が起きた時のようなパニック状態。

 俺って無駄な部分で器用だな………って、違う違う。

 別に大声で一心不乱に泣き喚いてる訳じゃないが、べそをかくような泣き方もそれはそれで困る。

 そんな彼女の状態が思わしくないと感じたヴィータは、傍へと駆け寄っていく――


「はやてを――」


 ――筈だった。


「――泣かすなぁ!!」

「ぬおっ!? っ~~~!?」


 気付いた時、額に異様な痛みが走っていた。

 強力な圧力に押された頭を振り上げて、痛むそこを両手で押さえる。

 ジーン、と尋常じゃない痛みが……貫くような痛みがぁぁ……。

 背後から後頭部への一撃、勢い余って電子ピアノに額が直撃。

 骨のような硬い感触は無かった、恐らく足裏での飛び蹴りってとこか。

 しかし予想し得ない2連撃、こりゃ痛恨と言っても差し支えないだろう。

 良い蹴り持ってるじゃねぇか………受ける側は堪ったものでは無いけどな。

 その失礼極まる一撃をくれた少女は、俺に一瞥もくれず八神の許へ向かう。


「はやて、大丈夫か!?」

「ぐすっ、何でも………あらへんよ」

「でも、はやて」

「……もう、大丈夫やから」


 漸く治まって来たのか、目尻に溜まった雫を指で拭う。

 未だに心配げに見てくるヴィータを撫でてあげると、俺の方に視線を変えた。

 少しだけ潤んだ瞳が妙な色っぽさを醸し出して、ちょっとだけ胸の鼓動が速くなる。

 ――いやいや、考える事は明らかに違うだろうが。


「ごめんな聖君。泣いてしもうて」

「いや、それは良いんだが……」


 せめて俺のリアクションに、多少の反応はして欲しかった。

 芸人根性じゃないけど、そうでもなければ虚しいぞ。


「でも、どうして……」


 そうだ。

 誰かが泣いてしまう事を咎めはしない。

 でも――

 どうして泣いてしまったのか、その理由だけは知りたい。

 その理由が俺であるならば、俺はまた自分を責めなければならなくなる。

 でも彼女は、そんな俺の無念を――


「聖君のせいじゃあらへん」


 ――その笑顔で、簡単に突き崩してくれる。


「ただ、嬉しかっただけや」

「嬉しかった?」


 嬉しかったって……。

 その予想し得なかった答えに、俺は戸惑っていた。


「聖君の歌を聞いてて、嬉しくなってしもて」

「で、感極まって……泣いたのか?」

「はは、本人から言われるとえらい恥ずかしいなぁ」


 感激で泣かれてる時点で、こっちの方が全然恥ずかしいっての。

 恥ずかしげに頬を掻く仕種をする少女に対し、はぁ~っ、と溜息を吐くしかない。

 ヤバイな、顔が熱くなってきたかもしれない。


「……」


 ………仕方ない、チャンスは今しか無い。

 ポケットの中にある掌小の硬い感触。

 ――今こそ、八神にコレを渡す時だ。

 誕生会が始まってから渡そう渡そうと思いながらも、その度に先送りにしてきたモノ。

 理由は単純だ。

 ただ、……恥ずかしいだけ。

 同年代の女子に贈り物をすると言う事は、男子にとって恥ずかしい事のランキング№1だ。
 実行しようものなら、色々な所からの冷やかしを浴びるだろう。

 随分と昔の事だが、そういった場面を見たのを覚えてる。

 ――その時、自分はどう思ったのだろうか?

 いや、そんな事どうでもいい。


「あのさ……」


 ポケットに手を突っ込む。

 もう迷わない……コレは大切な物だから。

 行動を阻む羞恥心なんて捨ててしまえ。


「ん、どうしたん?」

「あの……さ」


 純粋な疑問の表情を浮かべる少女に、どうしても二の句が告げれない。

 恥ずかしさで真っ赤を通り越して、真紅に染まっていく俺の顔。

 早く言えば良いものを、羞恥心を持つが故に踏み止まってしまう。

 ――これだから、俺って奴は!!

 ――言った以上、責任は果たせよ馬鹿野郎!!


「っ、これを!!」

「これは……」


 彼女の目の前に差し出すのは、ラッピングされた小袋。

 俺の掌に収まってしまう程の小さなもの。

 ラッピングのリボン、少しだけずれちゃってるのは気にしてはいけない。


「もしかして、プレゼント?」

「……受け取って、くれるか?」


 受け取って貰えなかったら意味無いじゃん、なんてくだらない考えは無い。

 今はただ、渡すべき物を渡すべき人に……。

 その後の問題なんて、今更考えていられない。

 それでも不安は拭えない、視界が徐々に落ちていく。

 差し出しながら足許を見る自分は、さぞ滑稽に見える事だろう。


「あ……」

「あ?」


 視線が急浮上し、その先には八神の姿。

 自分の目の前に差し出されたそれを、その両手で優しく手に取って……


「当たり前やん!! ありがとな聖君!!」


 満面の笑顔で受け取ってくれた。

 彼女の手に渡ったそれを見ながら、『良かった』と素直にそう思う。


「開けてもえぇか?」

「一つ言っておくが、俺のセンスに期待すんなよ」


 一応、八神に似合うであろう物。

 時間は無かったけど、ギリギリまで考えた上での選択。

 言い訳染みたその言葉に、包みを開ける少女はやんわりと首を振る。


「そんな事あらへんよ。聖君が選んでくれたんやから……」

「その根拠の無い自信は、一体何処から来るんだかな」


 「なんやろな~」と、福袋を開ける時のようなテンションの八神。

 俺の嫌味は無視ですかそうですか。

 まぁ、良いけどさ。


「あっ……」


 それを見た瞬間、彼女は何を想ったのか。

 自らの手に置かれた小さなそれを、じっと見詰めていた。

 灯りに照らされて銀色に輝くそれは、1枚の銀板と小さなバラのブローチ。

 その2つを細い鎖で一纏めにしたものだ。

 勿論、鎖を携帯用のストラップに繋いであるから、用途は様々になっている。

 ついでにブローチの方は取り外しが可能になっているので、本来通りの使い方も可能。

 ――閑話休題。

 そしてその銀板の両面には、ある文字が彫られている。


「『Dear HAYATE』……」

「親愛なるはやて、だね」


 くっ、読むなよ。

 ただでさえ恥ずかしい文章なんだから。


「じゃあ、この裏は?」

「何だろう? 英語じゃないよね」

「『HAYATE』の部分は同じやけど、その前にあるんは……」


 見慣れないであろう文字の羅列。

 裏面に彫られたそれを、八神を中心に女性陣がマジマジと見詰めている。

 そこに描かれた『Αγαπητό 』という意味を知りたくて……。


「『Αγαπητό』。ギリシャ語で親愛、つまりDearと同じだ」

「へぇ、そうなんか」


 俺の答えに、至る所から「へぇ~」だの「ふぅ~ん」が聞こえる。

 …………ニヤニヤと笑みを浮かべ、こっちを見ながらというオマケ付きで。

 何だ、その笑みは!?

 お前等何が言いたいんだ!?


「親愛、かぁ……」

「親愛、ねぇ……」

「他意は無い。つーかニヤニヤしてんじゃねぇ!!」


 俺の怒声もなんのその、と言うよりも完全に無視。

 止めさせたいのは山々だが、此方に耳を貸さないこいつ等には何をしても無駄。

 ったく、変な事だけは考えるなよ。


「あらあら、親愛なんて……はやてちゃんも罪作りな女の子ね」

「なっ、何言うとんねんシャマル!!」

「ふふふ……」


 と、あまり聞きたくない八神家のやり取りを、嫌が応にも聞かされる俺。

 不敵な笑みを浮かべるシャマルさん。

 先程から彼女に両腕で拘束され、身動き取れず「っ~~~っ~~」と呻いているヴィータ。

 シャマルさん、意外と腕っ節強いんだなぁ。


「っ~~っ~~~~」


 まるで猿轡をされた猛犬のような少女。

 その双眸は鋭く、ギラッと俺を睨みつけている。

 そしてそこから少し離れた所では、壁に寄り掛かりながら腕組みをするシグナムさん。

 彼女の視線もまた、俺へと向けられている。

 ただそれは、先の少女のような威嚇するような熱を持たない、静かで冷たいもの。

 温度差の激しい二対の瞳、それが俺にグサグサッと突き刺さる。

 うぅ………俺が何かしましたでしょうか?

 誕生会でこんな心労を感じなければならないなんて……。

 他の誕生会でも、こんな感じなのか?

 此処に来た事を、ほんのちょっとだけ後悔した瞬間だった。


「聖君」

「んっ?」


 でも――


「プレゼント、ありがとな」


 八神のこの笑顔が見れた事は――


「おぅ、どう致しまして」


 ――決して、後悔なんかしない。










―――――――――――――――
あとがき


また形式を変えてしまいました、Truthです。

あまり手を掛ける暇が無く、漸く完成した次第であります。

はやての誕生会後編、いかがだったでしょうか?

今回の話の締めが中途半端な感じですが、容量上の問題で此処までが限度でした。

あまり長過ぎると、読者の皆様が飽きますからね。

それと聖がはやてに贈ったプレゼントなのですが、当初は考えていたものとは違っていました。

この話を書く前は、バラのブローチだけにしていたのですが、それだけじゃ味気無いので、追加装備? としてドッグタグ風のキーホルダーも付けました。

ついでに、どうしてバラなのかと言うと、はやての誕生日である6月4日の誕生花がバラだからです。

結構、安易ですね。

さぁ、今回で誕生会編も終了。

今のところの予定では、次話は主人公をメインとした話になります。

なので、なのは達の登場は少し減りそうです。

次話は『少年の誓い』の中でも、かなり重要な位置を占めるイベントとなります。

まぁ、ギャルゲーっぽいSSを目指してるんで、そろそろ主人公である彼にも変化を付けたいと思いまして……。

内容は本編でって事で、宜しくお願いします。

では、オリキャラが多くなりそうな次回も宜しくお願いします。

それでは~。




そういえば、この『少年の誓い』を『リリカルなのはSS情報サイト』に登録しているのですが。

前話を更新した当日のアクセス数が、約900にまで上っていました。

なのに、感想は殆んど無い状態。

皆さんの読んだ後の反応は、作り手側からするととても貴重なものです。

なので、些細な事でも構いませんので、意見や感想の書き込みをお願いします。

何も無いと、作者としても寂しいので。

以上、Truthからのちょっとしたお願いでした。

本当にそれでは~。