少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


9IV「変わる事への戸惑い」











 週が明けて、只今は月曜日。

 学校生活の始まりの曜日である。

 うむ、天気も悪くないし、今日も良い事があるのだろうかね?

 まぁ、そう思ってる限り、俺に幸運なんてやって来ないがな。

 俺ってLUCのパラメータが低いのではないか? と時々思わずにはいられない位に。

 STRとかVITとかAGIなら自信はあるんだが……。

 くそぅ、先天的なものは鍛えられないからか!?


「朝っぱらから、何変な顔してるんだ?」

「ん?」


 自分でも意味不明だと思う思考をループさせている時、唐突に背後から声を掛けられる。

 聞き覚えのある声、コイツは――


「瀬田か」

「あぁ、おはよう瑞代」

「おはようさん」


 俺の知り合いの中では、かなりまともな部類に入る奴。

 瀬田藤次、俺の中では『主人公キャラ』として確立されている完璧超人であり、眼鏡美少年。

 そんな彼は、鞄を肩に背負いながら俺を見据えていた。

 しかし、こんな時間にコイツが居るなんて珍しいな。


「ってか、俺そんな変な顔してたのか?」

「あぁ、まるで『自分のステータスに自信はあるのに、運だけは鍛える事が出来ずに嘆いてる男』みたいだったぞ」

「……」


 ……コイツ、読心術でも心得ているのか?

 完全にど真ん中の解答に、俺は数瞬でそのツッコミを入れたくなった。

 お前、本当に何者だよ。


「職場実習、どうだった?」

「そうだな……、価値はあった」


 瀬田の質問に、少々考えてそう答える。

 幾つかの偶然が重なって、今回の職場実習は開始された。

 誰も来ないであろうと高を括っていた俺の所に、ハラオウン達がやってきた。

 その現実に、俺は彼女達から逃げ出して、彼女達はそんな俺を待ってくれていた。

 決して追わず、ただ俺からの言葉を待っていたのだ。

 そして俺は心を決めて彼女達へ言葉を掛けて、彼女達も言葉を返してくれた。

 その過程は大したものではないが、結果としての今がある。

 それが答え。

 瀬田の質問に対して、俺が出せる明確な答え。

 紛れも無く、あの3日間は価値のあるものだったと……。


「お前の方はどうだったんだ?」

「あぁ、楽しめたぞ」


 考える隙も無くそう答える瀬田の表情には、その答えが偽りでは無い事を示している。

 確かスポーツショップだったよな、コイツの実習先。

 聞いた話じゃ、遠藤や金月も同じだったそうだ。

 いつもの面子じゃねぇか。


「そういえば、お前部活はどうしたんだよ?」

「瑞代、忘れてるのか?」


 先程から思っていた疑問を口にしたら、何故か呆れられた。

 どういう意味だよ、おい。

 いつもはサッカー部の朝練で忙しい筈のコイツが、珍しく普通の登校時間に来てるんだ。

 疑問に思うのも当然だろ?


「忘れてるって、何を…」

「テストだよ、中間テスト。だから、今週から部活は休みだ」

「……あぁ!!」


 思い出した。

 そうだよ、今日からテスト勉強期間に入ったんだ。

 何でそんな重要な事を忘れていたんだよ、俺。


「なるほど、忘れてたか」


 我理解せり、みたいな様子でウンウンと頷く瀬田。

 くそぅ、何か馬鹿にされてるみたいでムカつく。

 ……自業自得だけどさ。










 テスト期間。

 それは、中間テストに向けての勉強期間とも言える。

 中間テストの1週間前に始まり、部活の活動を一時的に停止。

 生徒達を勉学にのみ集中させる処置と言っても良いだろう。

 そしてそれは、授業の方にも顕著に現れている。

 テストに出る教科は、先生達がしきりに「ここはテストに出るから」とか繰り返していた。

 いや多過ぎだから、と思ったが、俺だけの胸の内に留めておこう。

 んで、午前中の授業が終了。

 今から昼休みである。


「さぁて、飯っと…」

「聖、今日も屋上行く?」

「あぁ、構わないぞ」


 鞄から弁当箱を取り出している最中に掛けられる、前の席のハラオウンからの誘いの言葉。

 俺としてもそれに異論は無いから、至極アッサリとOKを出す。

 既に何度も行われているやり取り、もう随分と慣れてしまった。

 いや、俺がこいつ等に慣れたって言う方が正しいか。


「んじゃ、行くか」

「うん、そうだ――」

「ちょっと待ったー!!」


 お互い弁当を持ち、バニングスの許へ行こうとした瞬間、背後からの制止を呼び掛ける声が耳に届く。

 俺達が振り返ると、そこには1人の生徒が立っていた。

 見覚えのあるスポーツ刈り、直情馬鹿を思わせる顔立ち、コイツは――


「遠藤、どうした?」

「なぁに、ちょっとお前に用があってな」


 ソイツ、遠藤は俺を指差すと、隣に居るハラオウンにそう告げる。

 つーか指差すな、失礼だぞ。

 北欧神話で登場するルーン魔術(正しくは別の魔術系統だが)にも似たようなものがあって、人を指差す事で相手の身体活動を低下させる『ガンド』と呼ばれるものがある。

 実際そんなものがあったのかは知らないが、人を指差す行為を失礼とするのは、これが由来だったりする。

 講釈終了…。


「用って何だよ?」

「取り敢えず瑞代、今日は俺達と飯を食え」


 ――――はぁ?

 突然何を言い出すんだ、コイツは。

 5月中旬、今まで一度も飯を誘ってこなかった遠藤が、何故今になって俺を誘う?

 まぁ、コイツの行動が偶に唐突なのは認めるけど、こっちの都合も考えて欲しいものだ。

 今は別に、都合は無いけどさ……。


「どうした? 急に誘ってくるなんて」

「なぁに、お前がいつもハラオウン達ばかりに構っているから、偶には良いだろ?」

「その発言に凄まじく意見したいんだが……」


 つーか何だよ、構ってばかりって……。

 まるで、俺がハラオウン達に感けているみたいな言い方じゃねぇか。

 聞き様によっては、勘違いされるような発言とも取れなくない。

 普通だと思うんだけどな、俺は。


「そんな訳でハラオウン、瑞代は借りていくぞ」

「え?」

「行くぞ、瑞代」

「っておい、引っ張るな」


 ハラオウンにそれだけ告げると、遠藤は俺の腕を引いて席へ向かっていく。

 呆気に取られるハラオウン、そんな彼女に俺は一言謝罪を述べる。


「悪い!!」

「あっ、うん…」

「遠藤、行くから引っ張るなっての」


 いい加減されるがままは嫌なので、そう意見して俺の腕を掴んでいる手を振り解く。

 ったく、俺は親に手を引かれる子供かっての。

 渋々遠藤に着いて行くと、1つに固められた4つの席がある。

 椅子がきっちり5人分あるのを見て、あぁ用意周到だなと思った。

 そしてそこの席に着いているのが――


「遅かったな、瑞代」

「早く飯食おうぜ〜」

「金月、少しは自重しろ」


 いつもの面子だった。

 ニヒルな笑みを浮かべる高杉、机に突っ伏して脱力している金月、ソイツに呆れながら指摘する瀬田。

 遠藤もすぐに空いてる席に着いて、俺もそれに倣い席に着く。


「そんじゃ、昼飯食うか」

「おっしゃー、食らってやるぜ!!」

「金月、少しは黙れ」


 遠藤の音頭に、金月は鎖から解き放たれたような様相で、弁当箱を開けた。

 瀬田の冷静な突っ込みも聞こえている様子は無く、箸を手に弁当をがっつき始めた。

 って早っ!!


「さて、我々も食事をするとしよう」

「そうだな」


 猛獣の如き姿をしている金月を無視して、高杉と瀬田も手元の飯に手を付け出す。

 遠藤もいつの間にか箸を手にしている。

 ……何か、除け者にされた気分だ。


「はぁ…」


 溜息を一つ吐いて、まぁいいかと結論付ける。

 数ヶ月前まではいつもこんな感じだった風景が、今は何だか懐かしく思えた。










「ところでよぉ……」

「どうした、遠藤」


 1個目のおにぎりをパクついていた俺の意識は、その言葉によって方向を変えた。

 声の主である遠藤の方を向くと、何やら神妙な顔付きをしている。

 コイツが飯時にこんな顔するとは、珍しいな。


「瑞代、変わったよな」


 とか何とか思ってたら、急に俺の方を向いてきた。

 何故かいつもと雰囲気が違うぞ、遠藤。

 敢えて言うなら、普通の生徒みたいだ。


「俺?」

「そうそう」


 聞き直すと、2,3度頷いて肯定。

 すると、他の3人も同じような反応で頷いて返してきた。

 まさか、金月まで止まるとは思わなかったぞ。

 しかし……俺が、変わった?


「確かにな。特に今日は、雰囲気が少し柔らかい」

「えっ、そうか?」

「あぁ……。何が原因かは知らないが、今のお前、少し変わったよ」


 瀬田の指摘を受けて、再度自分でも考えてみる。

 俺が変わった…………それは、確かにそうだ。

 今の俺なら、それをハッキリと自覚出来る。

 それはとても小さくて―――でも、とても尊い『何か』。

 少女達の真摯な想いから救い上げられた、どうしようもなく弱い心。

 彼女達と比べれば、この心なんて大したものじゃないだろう。

 白鳥に助けられた、醜いアヒルの子。

 昔読んだ絵本の内容を思い出して、言い得て妙だと自画自賛してみたり。


「そうだな。…確かに、そうだ」


 そんな心だからこそ、救ってくれた彼女達を敬わずにはいられない。

 逃げ続けていた心を、ほんの少しだけど、前に押してくれたんだから。


「おぉ、瑞代が否定しないぞ」


 ――回想ストップ。

 遠藤、素直に答えたのに何で驚かれなきゃならない。

 まるで普段の俺は、素直じゃないみたいじゃないか。

 言い返してやりたい気持ちが沸々と湧き上がってくるが、…………どうせ「違うのか?」と返されそうだから止めとこう。

 うむ、自制心もきちんと持っているんだからな、俺は。


「まぁそれは良いとして……。瑞代、一体何がお前を変えたんだ〜?」

「何が変えたって……」


 ニヤニヤした遠藤の質問に、言葉に詰まる。

 5人が俺を変えたのは確かだ。

 でも、それをこいつ等に言うのは、ちょっと……。

 いや、相手がこいつ等じゃかなり拙いだろ。

 何たって瀬田以外は、1を10にまで誇大する才能に溢れてるからな。

 いや、高杉なら20にも30にも出来そうだ。

 つーか、最終的には原形すら留めていないだろう。

 ヤバッ、こいつ等地雷じゃん……。


「別に良いだろ。何でも……」

「あぁ!! はぐらかしたぞ、コイツ。怪しいなぁ〜」

「これは何か訳ありと見たぞ!!」


 黙れ馬鹿コンビ。

 普段は小難しい事全く考えないのに、何でこういう時だけ鋭いんだ!?

 『新型』か、テメェ等!!

 そして高杉、お前も何ニヤニヤしてやがる。

 気色悪い、鳥肌が立つから止めろ。


「さぁ吐け、吐くんだジョー!!」

「お兄さん達に話してご覧」


 つ………潰してぇ…。

 この相手を無視したテンションが、俺の神経を微妙に逆撫でする。

 それの度合いが酷ければ殴りかかるのだが、この微妙さが拳を突き出すのを躊躇わせる。

 殴って黙らせれば良いだけの話だが、流石に形振り構わず暴力を振るうのは不本意極まりない。

 遠藤と金月に拳を向けるのは、ある種の最終手段だ。

 瀬田に関しては、馬鹿騒ぎをしないから寧ろ俺側と言ってもいい。

 高杉は……もう習慣化してるから無理だな。


「本当の事を話してくれ。ほら……カツ丼だ」

「……」

「どうした? まさか親子丼の方が……」

「……」

「我が儘だなぁ。仕方ない、だったらりょうほ――」

「アホかぁぁ!!」


 仏の顔も三度まで。

 そんな言葉があるように、俺の中の我慢も限界を迎えていた。

 いや、つーかこいつ等を相手にして、いつまでも我慢なんて出来るかっての。

 目の前で寸劇を繰り広げていた2人の脳天に、握り拳を落としてそれを静める。

 繰り出された拳は何物にも阻まれず、2人の頭蓋にゴンッ! と叩き込まれた。


「いい加減にしろ」

「ってて、本気で殴るなよ〜」

「そうそう、ちょっとしたお茶目じゃんかよ〜」


 男の癖に茶目っ気なんて持つんじゃねぇ。

 それ以前に、お前等の場合は本気だろうが。

 拳をぶつけられた箇所を押さえて抗議する2人に、俺は自業自得だと言わんばかりの視線を向ける。

 ったく、何考えてんだこいつ等は……。


「馬鹿コンビ、調子に乗り過ぎだ」

「「へぇ〜い」」


 如何にも不承不承といった顔で大人しくなる2人。

 うむ、分かれば宜しい。

 漸く追及の手を逃れた俺は、ホッと一息吐いた。

 ……いや、別に言いたくない訳じゃない。

 こいつ等との付き合いも長いから、言う分には構わない。

 ただ、まだ言うには早いと思ったからだ。

 俺の心は、きっとまだ弱いまま。

 これはすぐに治せるものじゃないし、これから少しずつ、時間を掛けていくしかないんだ。

 だから、まだ自分から言うには早い。

 俺が過去を笑い飛ばせる位に強くなって、そこで初めて、俺は真っ直ぐに言葉を紡げると思っている。

 言わないつもりは無い。

 こいつ等とは今まで色々とあったけど、俺と共に居てくれた友人だから。

 きちんと分かるように、起承転結の1つ1つを丁寧に語ってやる。

 俺が強くなったって証拠を、目の前のこいつ等にきちんと見せてやる。


 ――だから、それまで待っててくれ――


 胸中で4人にそう告げて、手に持っていたおにぎりを再び口に運ぶ。

 うん、鮭の味はやっぱり美味いな。

 この微妙に利いた塩が、米と合わさって何とも良い味を引き出している。


「ところで瑞代よ」


 今日の昼飯に舌鼓を打っている俺に、またも唐突に声が掛けられる。

 今度は高杉、嫌な予感がこの男からひしひしと伝わってきた。

 全身を駆け巡る警告、コイツに次を言わせてはならないと直感が叫んでいる。

 殴って止めようにも、距離がある以上はコイツが当たるとは思えない。

 とすれば、手段は『俺の叫びで奴の声を相殺する』だけとなる。

 しかし残念の事に、俺の口にはおにぎりが残ってしまっていた――。

 ――くそっ、これじゃ何も言えない!!

 その間に奴は、不敵な笑みを浮かべたまま口を開いた。


「彼女達とはどうなのだ? 最近は共に居る事も多いじゃないか」

「彼女達って……ハラオウン達の事を言ってるのか?」

「当然だろう。他に誰が居る?」


 ぐぐっ、まさか此処でハラオウン達が出てくるとは思わなかった。

 いや、嫌な予感が働いた瞬間に、もしかしたらの可能性はあったのは確かだ。

 ったく、今は近くに居ないってのに、何で話題にまで出てくるんだよ……。

 つーか、そのせいで遠藤と金月が食い付いてきたし。


「おぉマジか!? あんなに女に興味無かったお前が……」

「しかもあの仲良しグループとは、お目が高いな」

「遠藤、金月、少しは落ち着け。……まぁ、その話は俺も興味あるけど」

「ふっふっふっ、お前に逃げ場は無いのだ」


 なっ、なんですと――!!

 前2人は何とか予想していたが、まさか瀬田まで敵に回るとは……。

 予想外にも程があるぞ、こんちくしょー!!

 まさに四面楚歌、味方は誰1人として居なかった。

 この状況を回避するには……ここは黙秘を行使するか?

 いや駄目だ、無反応な俺を見れば高杉が黙っちゃいない。

 ある事無い事何でもかんでも、学校中に吹聴しそうだ。

 想像すると…………うわっ、最悪だぁ。

 俺の望む普通の学校生活が瞬間的に瓦解していく、――――想像だけど。

 想像っても、限りなくあり得そうな気がするから怖い。

 さぁ、どうする!? どうする聖!?

 脳内思考をハイスピードで回転させて、この場に置いて最も有効な言葉を探す。

 しかし、この俺の高速演算能力を駆使しても、こいつ等を納得させる言葉が思い付かない。


「むぅ……」

「ほれほれ〜、何か申し開きはござらぬか〜?」

「さぁさぁ、吐いてしまえ。吐いてしまえよ〜」


 漸く収まりつつあった2人のテンションが再浮上する。

 まるで水を得た魚、活力を得た馬鹿である。

 対する俺は、崖っぷちに追い詰められた逃亡者の心境だった。

 別に悪い事してる訳でも無いのになぁ……。


「別に疚しい事がある訳でも無いだろう? だったら堂々としてればいい」

「あ、あぁ…。そうだよな……」


 そうだ。

 俺自身は彼女達に対して、そんな感情は持ち合わせていない。

 俺の彼女たちに対する気持ちは、友愛の情と感謝だけだ。

 疚しさなんて微塵も感じてなどいる筈が無い。

 その瀬田の言葉によって、戸惑っていた心が何とか平静を取り戻した。

 慌しかった俺の思考は、清流が流れるように静かに収まっていく。

 ―――ふぅ、やっと落ち着いたか。


「確かに、最近はアイツ等と一緒に居る事が多い。だがしかし、それがどうした?」


 いつもの冷静さを取り戻した俺は、悪乗りしている馬鹿共に反撃を試みた。

 そしてその効果の程は、意外にも高位置に座していた。


「うっ、どうしたと言われても……」

「最近の瑞代は、今までと違うなぁと……」

「人間、環境が変われば色々と変わるもんだろうが」


 言葉に詰まりだす2人に、間髪入れず的確な答えを述べていく。

 まるで某ゲームの『異議あり!!』みたいな感じ。


「いつまでも子供じゃいられない。俺は俺で頑張らなきゃいけない事があるんだ」

「それは、分かってるけどさ…」

「だから、恋愛だとかそんなものに感けている余裕なんて一切無い。俺からすればアイツ等は、お前等と大差無い」


 そう、俺には何よりも優先すべき事がある。

 それを完全にやり遂げるまで、『恋愛』なんていう『気の迷い』に時間を割いてられない。

 家族を守る、絶対にして不変の誓い。

 長男としての義務であり、それが出来ない奴が1人で勝手に幸せになるなんて間違ってる。

 言葉尻を濁す遠藤、そしてこの輪に居る3人に伝える。


「特別何かある訳じゃない、ただの友人。それ以上でも以下でもない」


 その言葉に偽りは無い。

 俺とアイツ等は友人、それが互いの関係を的確に示す単語。

 何より、俺とアイツ等じゃ釣り合わないにも程があるだろ?

 普通の学生と、女神とまで称えられた美少女達。

 天と地、月と鼈、聖書と落書き帳。

 そんな喩えが丁度良い。

 もしアイツ等と付き合える奴が居るとするならば、それは俺みたいな一般人などではなく、同じ立場に立てる人間。

 彼女達の居る高みに追い付き、追い越せる努力をして結果を出せた者だ。

 その点俺は、今の自分に精一杯で下から彼女達を見上げるだけ。

 無様にも程がある。

 ……って、何考えてんだよ俺。

 釣り合う釣り合わないとか、まるでアイツ等をそういう対象として見てるみたいじゃないか。

 馬鹿馬鹿しい、トチ狂ったとしか思えない。

 目の前の奴等に「ただの友人」発言したばかりだと言うのに……。

 くだらない思考に嫌気が差す。



――ねぇ、僕に嘘吐いたの!?――

――何で!? だったら何であんな事言ったの!?――



「――つっ!?」


 突然、こめかみにズキッとした痛みが走る。

 静電気のような一瞬の痛み。

 気付いた時には右手で額を押さえ、痛みを我慢するようにしかめているであろう顔も俯ける。

 顔を覆っている指には力が篭もり、額の薄皮に食い込んでいく感触が鮮明に感じた。

 それはまるで、得体の知れない何かを、意地で押し留めるかのように……。


「おいっ、どうしたんだよ!?」

「何だ、気分でも悪くなったか!?」

「2人共落ち着け……。瑞代、酷いようなら保健室まで連れて行くぞ?」

「何、この程度の症状、この『スーパードクターSHINYA』に掛かれば――」

「お前は黙れ」


 俺の変化に、4人も態度を変えて慌しくなる。

 遠藤と金月は、突然の事に小パニック状態。

 その2人を落ち着かせて症状を量る瀬田に、いつの間にか白衣を身に着けてくだらないボケをかます高杉。

 そして瀬田、ナイスツッコミだぜ……。

 対応出来なかった俺の代わりを立派に努めてくれているようだ。


「いや…、大丈夫だ」


 周りで慌てだす4人を、つーか3人を黙らせる為に、額に当てていた手を軽く挙げて答える。

 痛みと言っても刹那的なものだし、頭が割れる程じゃない。

 ったく、大袈裟過ぎるぞお前等。

 先程までの表情から一変して、心配が色濃く残っている奴等に心中で悪態を吐いてやる。


「チクッとしただけだ。今はもう何も無い」


 軽い笑みを作った顔でそう伝える。

 普段無愛想な俺が、きちんと『笑顔』が出来てるかが問題だが……。

 反応を見る限り、特に問題は無さそうだ。


「ったく、びびらせんなよ」

「はぁ〜、急だからビックリ仰天だったぞ」


 心底安心した、そんな顔で遠藤と金月は気を緩める。

 何も言わないが、瀬田も似たような表情をしているのが分かる。


「ふむ、この私のオペを受ければ間違い無しなのだが……」


 ――例外も居るけどな。

 つーか何だ、只の頭痛でオペまで行くのか!?

 俺はそこまでおかしくなってるって言うのか、テメェ!?

 それにもしコイツが本物の医者だとしても、その腕は信用出来ないのは確かだ。

 気付いた頃には『改造人間』とか『狼男』みたいな人外に変貌してそうで怖いし。

 あり得ない話だが、相手が高杉になるとそう思えないから不思議だ。

 まぁ、そんな事は置いといて……。


「とにかく、俺は問題無い。早く昼飯食おうぜ」


 机の上には中途半端に欠けている弁当群。

 俺への追及から今まで全く手付かずの状態、それを処理するのが今の俺達の使命だ。

 昼休みだって有限なんだ、無駄に浪費している暇は無い。

 俺の言葉に頷いて、4人は再度弁当に手を付け始める。

 ……ふぅ、漸く落ち着いたな。

 さっきまでの追及も完全に忘れ去られているし、俺にとっては僥倖だ。

 嫌な事を思い出しちまったけどな……。


「……」


 それからは気まずい雰囲気が流れながらも、何の問題も無く昼休みは過ぎていった。

 時折突き刺さる、高杉の視線が気になったけど。










 恙無く学校が終わって早足で家へ戻った俺は、着いて早々シスターに仕事は無いかと聞く。

 しかし寸分も待たずに「今日はもう終わってるわ」と、優しさを湛えた笑みで返されてしまった。

 何でも今日は師父が休みで、更に人があまり来なかったらしく、雑務の殆んどが終わってしまったらしい。

 残念、今日の俺はついてないようだ。

 と、無念に打ちひしがれている俺に、シスターが仕方ないといった風に溜息を吐いて救いの手を差し延べてくれた。


「買い物、お願いね」

「はい!!」


 その一言で俺の気分は瞬間的に再浮上、1秒経たずに返事をしていた。

 半ば脊髄反射っぽいその返事に、シスターは心配するように見詰めてくる。

 驚くなら分かるけど、心配するって何故?

 『自分に出来る事がある』

 それがとても嬉しくて大切な事だと、今の自分を見て改めて気付いた。

 どうやら俺は、この事に関してはかなり重症らしい。

 家族の為に、それが何よりも優先される自分。

 自分の意志である筈が、強迫観念に突き動かされているような感覚。

 それでふと、過去に一度だけ瀬田にこう言われた事があったのを思い出した。


『お前、少し無理してないか?』


 それに対する答えは勿論「NO」。

 自分のやってる事は、家族として、長男として当然の仕事だ。

 それが辛いと思ったり、苦になった事は一度たりとも無い。


「――って、何考えてんだよ」


 深みに嵌まりそうになった思考に、思わず呟いて突っ込んでしまった。

 1人ノリツッコミは寂しいものがあるが、取り敢えず変な方向へ向かう思考は止められたようだ。

 改めて周囲を見る。

 幅広い年齢層の人が行き交う、駅前にあるスーパーの出入り口。

 既に買い物は終えており、両手には結構膨らんだビニール袋が垂れ下がっている。

 今日の買い物は本当に多種多様、食材が所狭しと詰め込まれている。

 まぁひなた園は人数が多いし、一気に買い込まないとすぐに無くなってしまうからな。

 こういった事はざらにあるのが、我が家の日常。

 さて、用事も済んだし帰路に着こうかね……。

 両腕に掛かる袋を揺らさないように、正中線を真っ直ぐにして歩き出す。


「ん?」


 偶々それと視線が合った。

 スーパーの前にちょこんと座っている小犬。

 首輪に繋がっている紐は近くの柱に縛られていて、飼い犬である事が容易に想像出来る。

 偶に見る光景だが、何故か俺はそれを見入っていた。

 よく見ると、少し変わった犬だなぁ。

 体色は茜色を基調に、首周りが茶色、耳先と尾先と腹辺りが白くなっている。

 俺の知る限り、この小犬は今まで見たことが無い。

 これほど目立つのだ、既視感を感じないのなら間違い無いだろう。

 しかし、外見的特徴で最も目を引いたのが――額にある赤い宝石みたいなモノだった。

 普通の犬にこんなもの付いてるだろうか?

 いや、犬の事に関しては全く知識が無いから、もしかしたらそういった品種もあるのかもしれない。

 …………でも、珍しいよな。

 いつもの俺なら一瞥して帰るところだが、何となくそれが気になってしまい、小犬に近付いていく。


「ふむ……」


 目の前でしゃがんで、もっと近くで小犬を見る。

 対するコイツも、俺をつぶらな瞳で見返してくる。

 それはどこかくすぐったいが、気持ち悪いものじゃない。

 それから俺と小犬はジッと、身動きも瞬きもせずにお互いの瞳を見ていた。

 …………可愛いな、コイツ。

 目の前に居る小さな動物の愛らしさに、柄にも無く笑みを浮かべる。

 一点の曇りも無い双眸、それが見据える先は俺のみ。

 その様子に半ば脊髄反射のように、右手に持っていた袋を左手に移していた。

 空いた右手はそのまま、小犬の頭部に移動していく。

 触れたのは、フサフサした体毛。

 きちんと手入れされているようで、スーッと掌を滑っていく。

 それから何度も触れている手を前後させる。

 優しく、ゆっくりと、慈しむように――。


「うむ、良い子だな」


 小犬の方も気持ち良いのか、目を細めてされるがままの状態だ。

 その表情がとても可愛くて、同じようにもっと撫でてやる。

 何か、癒されるなぁ。

 何て柄にも無い事を考えていると、いつの間にか背後に気配が――

 撫でる手はそのままに、気を向ける方向だけを変える。

 慌てず騒がず、平常心を心掛けながらそちらに振り向いてみると――


「やっぱり、聖だったんだ」


 クラスメイトにして、前の席の主である少女の姿があった。










 俺にとっての帰り道は、黙って夕焼けを見詰めるだけの時間潰しだった。

 落ちてゆく赤い光を見ながら、口を開く事も無く足を動かす。

 善く善く考えてみると、結構寂しい奴なんじゃないのか、俺って。

 まぁ買い物は1人だから、仕方ないと言えばそれまでだけど。


「まさか、この小犬の飼い主がハラオウンだったとはな……」

「私も驚いたよ。外に出たらアルフを撫でてる人が居て、しかもそれが聖なんだから」


 でも今、この現状はその言葉に当てはまらない。

 俺の隣には、長い金髪を風に靡かせる美少女が1人。

 左手に持っている袋は俺の物と同じヤツだが、内容量は比べるまでも無く少ない。

 重かったら持ってやろうと思っていたが、その心配は杞憂に終わったようだ。

 そして逆手には、飼い犬に繋がれたリードを持っている。


「アルフって言うのか、コイツは」

「そうだよ」


 お互いに数歩先を行く茜色の小犬を見て、何となくそう呟いていた。

 トコトコという擬音が良く似合うその姿に、どうにも表情が緩くなる。

 気をしっかり持たないと、締まりの無い顔になってしまうから危険だな。

 しかし、先程からこっちをしきりに気にした素振りを見せるのだが、どうかしたのだろうか?


「なぁ…」

「何?」

「さっきから、アルフがこっちをチラチラ見てる気がするんだけどさ……」


 こういった細かい事を気にするのはどうかと思ったが、一度気になると中々頭から離れてくれない。

 思い切って飼い主であるハラオウンに聞いてみると、フフッと微笑んで答えた。


「アルフも気になってるんだよ、聖の事」

「無駄に賢くないか? それって……」


 それは流石に無いだろう――とは言えない。

 犬とは言え、その頭脳は俺の常識では量れない。

 もしかしたら、本当に俺の事を気にしてるのかもしれない。

 ご主人様に近付く、悪い人間みたいな感じで……。


「初対面じゃ、警戒されて当然か」

「ううん、それは違うよ」


 犬ってのは、飼い主に忠実で従順だと聞いた事がある。

 言う事を聞かない犬でも、得てして飼い主の方に問題があったりするものだ。

 アルフもその例に漏れず飼い主に従順で、俺に対して警戒心を持っているのだろう――と、あり得そうな解を導き出した。

 しかし飼い主であるハラオウンは、俺の口から出たそれを一言でバッサリ斬り捨てる。


「この子はね、その人が良い人なのか、悪い人なのか、そういう心が分かるんだよ」


 やんわりと否定された言葉に、俺は隣のハラオウンに振り向いていた。

 その俺の視線を、彼女は優しさを湛えた瞳で受け止めて、言葉を続ける。


「きっと、聖の事を知りたいんだよ」

「俺の事を――?」

「うん」


 ハッキリ言って不意打ちに近かった。

 彼女から導き出された答えは、俺のモノとは正反対。

 敵意ではなく、好意から来るものだと――。

 飼い主であるハラオウンの言う事だ、まず間違いなく正答なのだろう。

 最後に可愛らしく頷いた彼女を、俺は呆然と見詰める。

 足も自然と止まっていて、俺達は横に並んだ状態でその場に立ち尽くしていた。


「だから聖も、アルフの事を知って欲しいな」


 それは飼い主としての言葉ではなく、家族としての願い。

 何気無く、それでいてハッキリとした彼女の意思。

 軽い気持ちでも、冗談でも無いその気持ち。


「――あぁ」


 それに応えないなんて、……まぁ、友人としての名が廃るというものだ。


「そうだな……」


 だからこそ、俺はそれを受け入れた。

 フッ、と表情が緩む感覚に抗わず、ハラオウンを見返す。


「ありがとう、聖」


 それに満足したようで、自然な笑みを彼女は向けてきた。

 無愛想な俺のものとは違い、人を魅了する綺麗なその笑顔は、とても眩しくて……。

 優しい彼女の人となりをよく表していると、心の片隅で感じていた。

 それは真っ直ぐに、俺だけに向けられていて――


「…どうかした?」

「い、いや何でも……」


 直視し過ぎて、気恥ずかしくなるのが極自然な反応だったり……。

 対する彼女は俺の様子に全く気付かず、頭上に『?』マークを飛び出させている。

 ったく、自分の事になると途端に無頓着になるんだよな、コイツや高町達は……。

 ――近い将来、こいつ等に惚れた男共は苦労するんだろうなぁ。

 と、他人事のように未来を思い描く。

 まぁ事実、他人事だけどな。

 何とか気を取り直した俺は、その後もハラオウンと何気無い会話を繰り広げながら帰路についていった。










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あとがき


夜も大分涼しくなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

僕の方は、SSに全く手を付けられない状況です。

まぁ、自分で首絞めてるようなものですけど……。

今回の話はタイトルの通り、つーかそのまんまです。

職場実習を終えて、少しだけ変わった聖の日常。

そして、彼の新たな過去の一部分が露になりました。

主人公の癖に、過去に何かあり過ぎですね。

と言っても、それがあるから聖は彼女達と普通に接する事が出来るんですけどね。

美少女を相手に一線を引ける人間なんて、そうそう居ませんから。

この過去も、近い内に明かされる予定です。

今回は、これにて。

それでは〜。