少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


9I「今までを終わらせる為に……これからを始める為に……」











 あれから、数時間後。

 俺は昼食も取らずに、未だ作業を続けている。

 心が落ち着かない。

 手を動かしていても、頭は別の事を考える。

 ハラオウン、バニングス、高町、八神、月村……。

 アイツ等5人の事を、否が応でも考えてしまう。

 元々、彼女達は関係無い。

 俺の一方的な八つ当たり、それに巻き込まれただけだ。

 だからこそ考えてしまう、アイツ等になんて事をしてしまったのだろうと。

 後悔先に立たず、今更どうこう考えても遅い。

 それでも俺の脳裏に浮かぶのは、5人の悲痛な表情。

 いつも明るく穏やかな、周りまでそうしてしまう程の魅力的な笑顔をする彼女達。

 それを俺は、自分勝手な想いで、蹂躙してしまった。


「最低だ、俺……」


 どのように言われようと、俺はもう大丈夫な筈なのだ。

 なのにこの心は、また傷付く事を恐れ、他人を拒絶する。

 アイツ等は、あんな事は絶対に言わない。

 そう言い聞かせてもやっぱり、心が彼女達を認めていなかった。

 素直で、真っ直ぐで、とても良い娘達だ。

 それを自分で分かっているのに認めない、この心が憎くて堪らない。

 だから、誰も居ない所に俺は来ているのだろう。

 教会前にある花壇の雑草毟り。

 ひなた園の方の花壇もやりたい所だが、今は小学生以下の幼少組が絵を描いている為、近付けない。

 今は誰にも会いたくない。

 会ってしまえば、きっと拒絶するから。

 独りでいる時間が欲しくて、皆から離れた。

 納得出来るまで考えたい。

 この心が、きちんと整理が付けられるまで。

 彼女達と、きちんと向き合えるようになるまで。










「聖兄ちゃーん!!」


 午後3時過ぎ、平太が帰って来た。

 走りながらこっちに突っ込んでくるが、拳を握り締めているのを確認して、戦闘体制に移行する。


「でいっ!!」

「甘い」


 平太の拳は、愚直なまでに真っ直ぐに突き進む。

 しかし軌道が見え見えで、避ける事など造作も無い。

 それをかわして、平太の進行方向先に掌を向ける。


「痛って〜……」


 それは真っ直ぐ進んできた平太の額に直撃、ベチッと痛そうな音を立てた。

 その少年は、俺の目の前でそこを押さえて蹲っている。


「まだまだだな」

「手加減してくれても良いじゃんかよ〜」

「アホ、充分手加減してる」


 俺と平太との間でやっている遊び事。

 好きな時に俺を襲って良い、という何とも物騒なゲームである。

 事の発端は唐突、平太が俺に鍛えてくれというお願いから始まった。

 勿論俺は反対、つーか俺は人に教える立場に無い。

 平太にはサッカーがあるのだから、それに集中して欲しいと思っての事だ。

 しかし平太は譲らない。

 曰く、「俺も皆を守りたいんだ!!」との事。

 しかしそれでも受け入れない俺に業を煮やしたのか、提案を持ち掛けてきた。

 それが、今さっき行ったゲームだ。

 ルールは至って簡単。

 俺と平太がお互いを認識している状態で、平太が一発決めれば勝ち。

 合図は一切無しで、勝てば俺に教えを請う。

 負ければまたの機会……俺って、何も得して無いよな?


「いい加減諦めて、サッカーで頑張れよ」

「サッカーじゃ誰も守れないじゃんか!!」


 俺の言葉を聞いて尚、一向に引こうとしない。

 全く、この頑固さは誰に似たんだか……。

 ――まさか俺か?

 思い当たる節が無い訳ではないからなぁ、もしかしたらだが……。



 ふと、いつの間にか自分のペースを取り戻しつつある事に気付いた。

 話している内容が、あまりにもいつも通りだったからか、今になって漸く気が付いた。

 何と鈍い事か、呆れて物も言えない。

 どうしようもない馬鹿野郎だな、俺は……。



 しかし、これで多少はまともになれた。

 ささやかなお礼として、平太の頭をポンポンと優しく叩いてやる。

 されている本人は、突然の事に呆然。

 そんな弟に、今必要なアドバイスを与える。


「力じゃ、人は守れない」

「え?」

「いつかお前も分かるさ」


 それだけ言うと、乗せていた手を放す。


「ほら、いつまでも此処に居るな。荷物置いてこい」

「あ、うん」


 まだ完全に戻りきっていない平太に、家を指差して告げる。

 まぁ何にしても、まずは荷物置いてこないと何も出来ないぞ。

 平太はそれに頷き、そのままタッタッタと駆けていく。

 その後姿を見て、アイツが5人と鉢合わせたらどうなるのか気になった。

 平太は、施設で暮らしている事に対する疎外感を知らないから、案外普通に喜ぶかもしれない。

 いや、平太だけじゃない。

 彼女達を知っている勇気も同じだろうし、他の子達もきっと同様だ。

 その中で、俺だけが異様だった。

 もう少し、もう少しだけ時間が欲しい。

 だから、それまで待っててくれ。

 ハラオウン、バニングス、高町、八神、月村。

 瞳を閉じると、ある光景が不意に思い出された。



 昼休みの屋上。

 一緒に昼飯を食っている時だ。

 そこには5人が居て、他愛の無い話なのに、笑顔が溢れていて……。

 あまり会話に参加しない俺に、無理矢理に話題を振ってきて、俺は戸惑う。

 偶に高杉がちょっかい出したりして、それを俺がぶっ飛ばしたり。

 そこでまた、皆が笑顔になる。

 ……あぁ、そうだったのか。

 その時、ハッキリと理解した。

 どうして自分がここまで、アイツ等を気に掛けていたのか。

 そう、それはただ1つ。


 アイツ等の『笑顔』が見たいから。


 それだけだったんだ。

 屋上に降り注ぐ太陽の光。

 それを受けて、眩い輝きを放つソレを。

 ハラオウンは白百合。

 バニングスは薔薇。

 高町は向日葵。

 八神はマリーゴールド。

 月村はカトレア。

 それぞれの笑顔は、その花のように美しくて、綺麗で、とても魅力的なものだった。

 いつも見ていた俺はきっと、知らぬ間にソレに魅入られていたんだ。

 彼女達の笑顔の力に、引き込まれていたんだ。



 瞼を開くと、その風景は何一つ残っていなかった。

 それでも、自分の中で何かが変革した感触がある。

 それだけが、今の自分の心を奮い立たせている。

 もしかしたら、2度と立ち上がれなくなるかもしれない。

 それでも、やっぱり俺は変わらないといけない。

 そして、アイツ等から奪ってしまった笑顔を取り戻す。

 アイツ等が笑って、俺が笑って、お互いが笑い合えるように。

 それだけの理由があれば充分、何とかやってみせよう。

 出来るとしたら、それは明日。

 その時が、俺の今後を左右するだろう。


「瑞代聖、人生初の大勝負」


 絶対に勝ってみせる。

 挫けそうになったら、意地でも踏ん張ってやる。

 最後の最後まで、やり遂げてみせるさ。

 午後の麗らかな日和に、俺は必勝の誓いを立てた。

 絶対に逃げないと決めた、俺の誓い……。










 夕食の時間。

 流石に昼を食わなかった俺が、これから逃げる訳にはいかない。

 空腹は、俺にとっての最大の敵。

 明日の為にも、きちんとした食生活を心掛けないと。

 食堂に入ると、既に俺以外の皆が席に着いていた。

 ……それは構わないんだが、問題が発生した。

 それは、あの5人がまだ残っていた事。

 何故? 帰ったのでは?

 疑問は浮かぶが、誰かに聞く余裕も無いので、そのまま放置。

 まぁ此処に入った瞬間、5対の瞳に射抜かれたのは言うまでも無いが。

 その視線から逃げるように、俺は自分が座る席に着いた。

 まだ吹っ切れていない、それが如実に現れている。

 本当、俺って駄目だな。

 朝と比べれば全然マシだが、それでも視線を合わせるのが怖い。

 会話を交わすことなんて、ハッキリ言って不可能に近かった。

 幸いだったのは、俺の席のテーブルに居るのが師父だった事。

 この家では1つのテーブルに1人、代表者を置く決まりになってる。

 何かあった時に、すぐに対応出来るようにする為で、その役割は師父、シスター、俺の3人で行っていた。

 しかし今日は、人数も増えた為に色々と変則的だ。

 まず、テーブルが増えている。

 普段は3つのテーブルに5,5,6人ずつに対し、今日は4つのテーブルに5,5,5,6の振り分けで人が座っている。

 そして、他のテーブルにはシスターと八神、ハラオウンと高町、バニングスと月村の組み合わせとなっていて、1つのテーブルに代表者が2人の仕組み。

 5人が来た事でテーブルのスペースが無くなってしまったのだろうが、丁度良い人数に、何か作為的なものを感じる。

 しかし、予備のテーブルがあったのは意外だ。

 まぁ、師父だから何かあった時の為に備えていたのだろう。


「それでは、全員が揃ったから……」


 食堂を見回して、全員居る事を確認した師父は、両手を合わせる。

 それに倣い、俺達も両手を合わせた。


「頂きます」

『頂きます』


 師父の号令の下、夕食は開始された。

 今日の献立は、五目炊き込みご飯とオムレツ、青菜の胡麻和えに味噌汁だ。

 昼飯を食わなかった俺は、早速箸を手に、ご飯に手を付けた。

 ん、…むぐむぐ。


「美味い」


 ご飯の炊き込み具合、出汁の味も完璧。

 本当に美味い。

 だけど、何か違和感がある。

 その正体を確かめたくて、オムレツの方にも箸を付ける。


「やっぱり美味い」


 この玉子のふんわり感が丁度良い、中にはベーコン、玉葱とジャガイモが入っていて、食感もある。

 チーズが入ってるのだろう、コクもあって美味しい。

 でも、やっぱり違和感がある。

 一体、何だろうか?

 美味いんだけど、何か釈然としない。


「聖、どうしたんだ?」

「えっ、…いや……」


 そんなしかめっ面で料理を平らげていく俺を見て、師父は尋ねるように話しかけて来た。

 あまりに唐突なそれに、俺は気の無い返事しか返せない。

 流石にそのままはいけないと思い、一応先程から感じている違和感を説明した。

 すると師父は、表情を和らげて答える。


「実はね、彼女達に手伝って貰ったんだ。特に八神さんは、朝昼夕全ての食事を作ってるらしいから。料理の腕はシスターに引けを取らないよ」

 ふぅん、アイツ等が……。

 だから味に違和感を感じたのか。

 いつものシスターの料理とは違う味、少し新鮮だった。

 それと同時に、何だろうか……。

 こう、シスターの料理とは違った温かさがある。

 それは決して嫌なものではなく、優しく心に染み入っていく感じ。

 何故か、くすぐったかった……。



 余談だが、夕食は満腹になるまで食った。

 ……腹が減っていたからだぞ?










 夕食後、小さい子からどんどん風呂に入っていく。

 ウチは普通の風呂よりでかいから、5,6人は一気に入れるもの。

 というか、ウチみたいな大所帯では、そうでないと困るから当然だ。

 師父が最後で、俺はその前。

 それまで時間があるから、今はトレーニングに精を出している最中。

 夜道を走りながら、色々考える。

 シスターに頼んで、5人が俺の部屋に来るように伝えている。

 まぁ、俺が風呂に上がるまで待たないといけないんだが……。

 そこは各々の判断に任せよう。

 今の俺はそれどころでは無い。

 まさか職場実習で泊り込みの職場があったとは、全く思わなかった。

 それにより、俺の計画は悉く破綻し、最終的に今夜には話し合う事になってしまったのだ。

 早いに越した事は無いのだろうが、突然そう言われても困るしかない。


「でも、先送りしても問題は解決しない」


 もう知られてしまったのだ。

 今更何をしても、誤魔化せない所まで来ている。

 だったら腹を括って、今日の内にアイツ等に話す。

 それがどういう結果をもたらすかは、全く予想がつかない。

 俺が途中で逃げ出すか、全て話し切れるか。

 それが今日、決まってしまう。

 怖くない、と言っても嘘でしかない。

 正直な話、怖くて今にも震えそうだ。

 俺の心の奥底の部分は、あの時のまま。

 善悪を知らない言葉の刃が突き刺さった、あの時の……。

 俺に出来るのは、話す事だけなのだから。





 風呂に上がり、自室に戻った俺を待っていたのは、5人の少女だった。

 その一文を聞く限りなら、どこぞの天国か? と誰もが思ってしまうだろう。

 しかし、今の俺にはそんな事を考える余裕も暇も無かった。

 目に映るのは、俺を見詰める5対の瞳。

 そこには、朝の出来事に対する悲壮感は感じない。

 恐らく、シスターが何とか言ってくれたのだろう。

 それだけが、唯一の救いだった。


「……」


 何も発せない。

 心臓が早鐘を打つ、血液が激流のように全身を駆け巡る。

 体は震えそうになり、呼吸は意識しなければ忘れてしまう。

 満身創痍、俺は無傷でありながら重症だった。

 それでも言わなければならない。

 彼女達には、笑っていて欲しいから。

 そして俺も、笑いたいから。

 意を決して、震える唇で5人に声を掛けようと――


「なぁ聖君」


 八神の声に、見事に遮られてしまった。

 完全に出鼻を挫かれた俺だが、彼女は気にせずに続ける。


「これって、何の本なん?」


 八神の居る場所は本棚の前。

 そこにある書物に物珍しそうな視線を向けている。

 はぁ、折角俺も覚悟を決めたってのに……。

 八神のヤローめ。


「そこにあるのは、旧約聖書と新約聖書の翻訳本である『新共同訳聖書』だ」

「へぇ、どんな内容なんや?」


 ったく、これから大事な話をしようってのに。

 何考えてんだ、コイツは。

 しかし、この類の質問はどうにも答えないと気がすまないのが、俺の性分。

 多分、沙耶に教えたりしてるのが癖になったんだろう。

 取り敢えず説明する為には、分かり易い説明を心掛ける必要がある。

 腕を組んで、それを一つ一つ考えながら、俺は話し始めた。


「旧約聖書は律法と呼ばれる祭儀と行動規範の書、神の世界創造からイスラエルの興廃を中心とする歴史、および将来の救済を予告する預言書からなるものだ。まぁ、ユダヤ教の場合は諸書と呼ばれる詩や知恵文学、歴史と預言を大きく預言者の書として纏めているから、キリストとユダヤでは、その扱いが微妙に違うんだけどな」


 元々、旧約聖書とは、新約聖書の『コリントの信徒への手紙二』3章14節の「古い契約」という言葉を元に、2世紀頃からキリスト教徒によって用いられ始めた呼称。

 だから、旧約聖書は古く、新約聖書は新しい、と考えるのは全くの見当違い。

 知りもしない奴は、そう考えているから頭にくる。

 しかし、『旧約聖書』という呼称は、正確には違う。

 旧約という言葉がユダヤ教徒の反感を買う事から『ユダヤ教聖書』や『ヘブライ語聖書』というふうに呼ばれるようになった。

 まぁ、ユダヤ教が改宗を積極的に勧めない宗教だったり、日本でのユダヤ教コミュニティの少なさもあって、この国では未だに旧約聖書のままだけどな。


「新約聖書の方は、紀元1世紀から2世紀にかけてキリスト教徒達によって書かれた文書で、全部で27の書がある」


 『福音』と呼ばれるイエス・キリストの生涯と言葉、初代教会の歴史が記された『使徒言行録』、初代教会の指導者たちによって書かれた手紙である『書簡』、黙示文学の『ヨハネの黙示録』。

 それぞれ、4つの福音書、1つの歴史書、14のパウロ書簡と7つの公同書簡、そして1つの黙示文学で構成されている。

 といっても、書簡に関しては、偽作である事が聖書研究で解明されてるし、あまり完全とは言い難いんだよな。

 しかも、これらは聖書として書かれた物じゃないから、著者、目的、成立場所、成立時期がてんでバラバラなのだ。

 ついでに、旧約聖書を『ヘブライ語聖書』と呼ぶように、新約聖書も『ギリシア語聖書』と呼ばれている。

 うむ、中々分かり易い説明だな。


「新共同訳聖書の簡単な説明はこんなもんか。まぁ、興味があれば貸してやるから言ってくれ」

『……』


 最後にそれだけ告げて説明を締めると、いつの間にか全員が呆然としていた。

 何だ、折角説明してやったのに、何て顔してんだよ。

 はぁ、こんなんで、あの話出来るのか?

 あまりに身勝手な反応に、目の前の5人に向けて憮然とした視線をぶつける。

 …………あれ?


「って、お前まさか……」


 何て鈍間なんだ、俺は。

 平太の時と同じ、既にいつも通りの俺に戻っている。

 心臓はゆっくり一定のリズムで鼓動し、全身を巡る血液も正常。

 体の震えは治まっており、呼吸は自然と行っていた。

 まさか、こうする為に、俺に聖書の説明をさせたのか?

 それに気付いて改めて5人を見ると、その表情には薄っすらと笑みが浮かんでいた。


「ったく、無駄に気遣いしやがって……」


 半ば反射的に出た言葉は、あまりにくだらない悪態。

 だが、ありがたくて仕方が無い。

 こいつ等が居てくれて、心の底から、本当に感謝してる。

 口には出せないが、心の中で何度もありがとうを呟いていた。

 素直に言えば良いのに……天邪鬼だな、俺って。


「一応、話し易い状態が必要かなって思って。でも、まさかここまで凄いとは思わなかったよ」


 俺の先程の姿を思い出し、苦笑いをする月村。

 確かに、まるで別人にでもなったような気がしないでもない。

 やはり、普段の癖とは恐ろしいものだな。

 だからこそ、今こうして居られるんだけどな。


「それじゃ、始めるか」


 今はもう、恐怖は感じない。

 全くではないが、それでも何とかなりそうな気がしてきた。

 俺の言葉に、5人は真面目な顔をして床に整列する。

 いや、それは流石に痛いだろう?

 カーペットも何も敷いてない床では、床の硬さが直接足に及ぶ。

 それで足を痛めては元も子もない。


「そこのベッドにでも座ってろ。床だと、足痛めるぞ」

「あっ、うん」


 この部屋にある俺のベッドに指差して促す。

 言われた瞬間、『?』みたいな顔をしていたが、すぐに言葉通りにベッドへ腰掛けていく。


「やっぱり優しいね、聖は」

「……うっさい」


 そのハラオウンの呟きに、顔を背けて答える。

 ったく、恥ずかしい事言うなっての。

 微妙に頬が熱くなるのが分かって、更に恥ずかしい。

 そんな俺の様子に、5人はクスクスと微笑ましそうに笑っている。

 お前等、確信犯か!?

 しかし、そのくすぐったい声に、妙な心地良さを感じていた俺は、それ以上反論出来なかった。

 俺も椅子を引っ張り、5人の前で座る。

 こうやって向かい合うのは初めてだから、少し緊張してしまう。

 しかし、そんな事言ってられない。

 此処からはもう、進むしかないんだから。

 椅子の上で胡坐を掻いて、腕を組む体勢になって思案する。

 突然体勢を変えたからか、少し訝しげな視線を向けられる。

 しかしこの座り方は、考え事や反省をする時になる癖なので直せない。

 そこの所は見て見ぬ振りをして貰うしかない。

 そして心を決めて、過去の情景を思い出しながら、ゆっくりと俺は口を開いた。


「俺、捨て子なんだよ」

『えっ!?』


 その事実に、彼女達は驚愕の表情を見せる。

 客観的に考えれば、確かにこれは衝撃の事実かもしれない。

 親が死んで孤独になったのではなく、親に捨てられて孤独になったのだから。


「でも、本当の親の顔を知らないから、捨てられたって考えは無かった」


 生まれて間もない状態だった俺に、自分の親が誰なのか判別出来ない。

 だから、実の親に対する感慨なんてものは一切無かったし、興味も無かった。

 それよりも、捨てられた事実さえ知らなかったのだ。


「物心ついた時には師父とシスターが居たし、今よりは少ないけど、此処には家族が居た」


 それだけで俺は問題無かった。

 此処には両親が居て、兄姉が居たから気にならなかった。

 何一つ、不満は無かったのだ。

 それは、皆を本当の家族だと思っていたから。


「でもある日、俺は家の前で1人の子供を見付けたんだ」


 門前で蹲る、自分より小さい1人の男の子。

 すぐに師父に教えると、その男の子は連れて行かれた。

 そしてその日、家族が1人増えた。

 そこで知った、此処がどういう所なのかを。


「知らなかったのは俺だけだった。此処に居る皆は、居場所を無くして集まってきた、仮初の家族だって」


 それまで普通の、少しだけ大所帯な家庭だと思っていた俺にとっては、衝撃的だった。

 そして此処の家族である自分も、同じなのだと……。

 何処かから捨てられた、1人の捨て子だって事を……。


「でも、皆が家族だって事は変わりない。俺はその後も、その事実を忘れて普通の日常に戻った」


 師父もシスターも、兄貴も姉貴も、俺にとっては歴とした家族だった。

 自分が捨て子なんてどうだっていい。

 今はもう、たくさんの家族が此処に居るんだから。


「でも、自分では気付かっただけで、心では引き摺っていたんだ」


 そして、ソレは起こった。

 今から5年前、小学2年生の頃の出来事。

 ふとした事で知られてしまった、俺の家の事実。

 世界が一変したと、今の俺なら思っただろう。

 今までの普通が崩れ去り、自分が人と違う事を思い知らされた。

 周りからの視線が、まるで異物を見るかのようなものに変わっていった。


「当然俺は皆に言った。『僕は皆と一緒だよ』って、きちんと届くように、大きな声で」


 でも届かない、異物の言う事なんて聞きはしなかったのだ。

 仕舞いには――


「『お前、親に捨てられたんだろ?』と、捨て子である事を知らない子にまで言われた」

「っ……」


 何かに耐えられなくなったような、そんな声が漏れた。

 それは、目の前の少女達の誰かから発されたもの。

 頼むから我慢してくれ、俺だって我慢してるんだから。

 もしお前等に同情されたら、2度と話せなくなる。

 握り拳に力を込め、俺は続きを語りだす。


「まだ幼い子供には、言葉の善悪の判断が付かなかったんだろう。それでも、俺にはそれが、自分を『否定』する言葉に聞こえた」


 それが如何なる毒を持っているのか、分かりもせずに。

 今の俺だったら割り切れた……、今の俺が聞いたのなら。

 しかしそれを聞いたのは、まだ幼くて弱々しい、子供の俺だった。

 そんな俺が、その言葉に耐えられる筈が無かった。


「傷付いた。泣いて、また泣いて、泣きまくった」


 起きていても、寝ていても、あの言葉が耳から離れない。

 学校に行けば、クラスメイトから浴びせられる言葉の数々。

 家に戻って眠りについても、夢の中でそれは反芻される。

 まるで悪夢、生きている間は覚める事の無い生き地獄。

 そして、眠れなくなった。


「あの時初めて、眠る事に恐怖した。まるで眠ったら最後、地獄に落ちると感じた位に」


 日に日に弱っていくのが、自分でも分かった。

 飯も喉を通らなくなって、最後には、部屋から出る事も出来なくなった。

 そして――


「過度の栄養失調と睡眠不足で、俺は倒れた」


 当然だ。

 小さな子供がそんな事をすれば、否、大人であっても無事ではいられない。


「目を覚ました時、傍には師父とシスターが居て、仕事もそっちのけで構ってくれた」


 とても嬉しかった。

 その反面、この2人にとても申し訳なくなってしまった。

 こんな俺を、血の繋がりも何も無い俺に、ここまで尽くしてくれる2人に。


「2人や家族のお陰もあって、何とか俺は持ち直して、学校にも行けるようになった」


 それからは、何の問題も無く学校生活に戻れた。

 周りのクラスメイトも謝罪に来てくれたし、その話題が出る事も一切無くなった。

 もう大丈夫だと、本心から思った。


「まぁ、本当に大丈夫だったら、今頃こんな事にならなかったんだけどな」


 問題が発覚したのは、その翌年。

 新しいクラスメイトから何気無く言われた一言。



 ――聖君ってさ、捨て子だって本当?――



「ゾッとした。それと同時に、忘れていた記憶が一気に蘇ってきたんだ」



 ――お前、親に捨てられたんだろ?――

――五月蝿い――



 ――親に捨てられるって、どんな悪い事したんだよ?――

――やめろ――



 ――バッカじゃねぇの――

――ヤメロ!!――





 まるで濁流のように、俺の脳内には様々な悪口が蘇った。

 思い出したくも無い、あの悪夢の記憶。

 その一つ一つが、鮮明に戻ってきた。


「その場から逃げ出した。嫌で、嫌で、堪らなかった」


 それからだ。

 人に自分の事を教えなくなったのは。

 絶対に知られちゃいけないと思って、頑なに口を閉ざした。

 高杉達だって、偶然知られた位で、自分からは何一つ語っていない。

 それは俺が見付けた子供、初めて会った時は名前すら無かった子。
 4人とは、その子を通じて知り合ったのだ。


「その子の名前は、これ以上子供が捨てられない平和な世の中になるようにと、師父とシスターの願いによって付けられた」


 世の中が穏やかで、平和な事を意味する言葉『太平』

 それを逆にして完成した名前。

 その子自身も、平和な時を過ごせるようにという願いの形。


「それが平太。アイツは、俺と同じ捨て子だったんだ」

『!?』


 俺の部屋に動揺が走る。

 それも当然だろう。

 自分達の知っている子が、まさか捨て子だったなんて誰が予想する事が出来よう。

 しかし、この事実は変えられないもの。

 それでもその願いは見事叶えられ、それ以後は誰1人として捨てられた子供は来ていない。

 偶然かもしれないが、それでも嬉しいことには変わらない。

 ――っと、話が逸れたな。

 俺はあの時、忘れていた悪夢を呼び覚まされた事によって理解した。

 そしてそれが、俺の心にあるモノ。

 今回、こいつ等に向けてしまった拒絶の正体。


「だから俺は知られたくなかったんだ。もう2度と思い出したくないから、あんな事は……」


 俺の心を支配する、その感情。

 それによって生まれ出でたモノは、他者を拒絶する事しか出来ない。

 しかし、だからと言って、いつまでもこれを抱えてなんていられないんだ。

 俺は変わらないといけないんだ。

 コイツ等が笑えるように、俺が笑えるようにする為にも……。

 握り拳を解き、俺は緊張していた全身を脱力させて、体勢を変えて座り直した。

 ふぅ、と一息吐いて、俺は5人に向き直る。


「俺から話す事は、これだけだ」


 真っ直ぐにぶつかってくる視線を受け止めて、俺は自分の過去を打ち明けた。

 悲劇と呼ぶには軽過ぎる、喜劇と呼ぶには趣味の悪い物語。

 小説やドラマの主人公とは程遠い、ちゃちな過去だ。

 それでも、元々主人公らしくない俺にとっては、これ位が丁度良いのだろう。

 迷惑甚だしいが……。


「聖」

「どうした?」


 過去に悪態を吐きながら物思いに耽っていると、俺のベッドに座っている5人の内の1人、ハラオウンが俺の名を呼んだ。

 その声には物悲しい響きは無く、いつも俺を呼ぶ時の声と同じ。

 少し細く、それでいて芯の通った、ハラオウン独特の声だった。


「聖が、今までどんな思いで過ごしてきたか、私達は分からない」


 それは当然だろ、と突っ込むような状況ではなかった。

 元より、そんな気は更々無い。

 今の俺に出来る事は、こいつ等の話を聞くだけ。


「それでも、さっきまでの聖君を見れば、本当に辛い事は分かるの」


 高町がハラオウンに続く。

 まるで示し合わせたかのような繋げ方だ。

 確かに、あれじゃバレバレだよな。


「せやから、今の話聞かせてもろうて、私等ほんまに嬉しいんや」


 その次は八神。

 そうだな、安っぽい同情されるより、そう思ってくれる方がこっちとしても助かる。

 俺はこいつ等を信じて、此処に居るんだから。


「最初はあんな顔してたから、途中で逃げ出すかもって思ってたけどね」


 バニングスにバトンタッチ。

 確かに最初は俺もそれを危惧してたけど、お前等のお陰で何とかなった。


「今、私達と向かい合ってて、逃げたくなる?」


 最後は月村。

 いや、今はそんな気が全くしないな。

 むしろ清々した感じだ。

 今まで溜まりに溜まったどす黒いモノが、話す度に消えていくのを感じて、俺の中の何かが変わった気がする。

 それは、とても小さいものだけど、俺にとっては大きな変化。

 こいつ等が最後まで、同情も憐憫も向けないで聞いてくれたお陰だ。

 だから、月村の問いに俺は首を横に振って答える。


「何だかなぁ。今日1日を思い返すのが馬鹿らしくなってくる」


 5人から逃げて、本当の心を知って、何度も躊躇しながらも、最後には此処に来た。

 全く現実ってのはどうして、こうも滑稽なんだろうか。

 しかし、今はその滑稽さに感謝している。

 だって、目の前に居る少女達が、笑っているんだから。

 別に道化を演じてた訳じゃないが、それでも笑顔を取り戻せた。

 その事実に、俺の心は堪らなく嬉しさが込み上げてくる。


「ありがとな……」


 彼女達のほんの少しの心遣いに感謝して、聞こえない程度に呟く。

 やっぱり、面と向かって礼を言うのは恥ずかしいものがある。

 それに、その……

 今更気付いたんだが……

 目の前の5人が、いつも見てる制服じゃなくて、パジャマ姿なのだ。

 いや、拙いだろこの状況。

 理解してから徐々に顔が熱くなってくる。

 家族の姿なら別に大した事じゃないが、今回は話が違う。

 この5人は、傍から見ればかなりの美少女だ。

 そんな彼女達が、俺の部屋でそのような姿になっていれば、かなりヤバい。

 しかも、何故か部屋中に良い匂いが満ちている。

 駄目だ、それを吸ってはいけない!!

 落ち着け〜、落ち着くんだ俺〜。

 そうだ、早く出て行って貰えば良いんだ。

 椅子から立ち上がり、5人に向けて言い放つ。


「さぁ今日はこれでお開きだお前等も早く寝ろ明日も早いぞ」


 焦りによって、言うべき言葉を句読点付けずに発してしまった。

 視線も彼女達には向けず、明後日の方向を向いている。

 仕方ないだろ、恥ずかしいんだからこの状況。

 5人は突然の事に『?』状態。

 頼むから早く出てってくれ〜。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 どうしたもこうしたも無い!!

 俺も男なんだ、少しは警戒しろ!!

 しかし、こいつ等は一向に動こうとしない。

 あぁくそっ、もう言うしか無いのか!!

 とんでもなく恥ずかしいが、このままで居る方が心臓に悪い。


「仮にも男の部屋で、そんな格好でいつまでも居るな!!」

『あっ……』


 意を決して叫んだ俺の言葉に、今更意味に気付く5人。

 くそぅ、言ってしまった。

 先程とは比べ物にならない位まで、顔が発熱している。

 まるで熱射病に罹ったような……いや、一度も罹ったこと無いけど。


『おっ、お邪魔しました〜!!』


 漸く5人は退室し、部屋には俺だけが残された。

 急いで窓を開けて、部屋に充満している匂いを外に追い出す。

 エアを、新鮮なエアを!!

 少し名残惜しいが、このままにしておく方が精神的に参ってしまう。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 何だか、最後まで道化をやってる自分に、どうしようもなく呆れてしまう。

 ただ、こんなドタバタした日も、偶にはありかなと思ってしまう。

 その心境の変化が、今の俺にはとても新鮮で、心地良く感じた。


「明日からは、ちゃんとしないとな……」


 窓から見える月を見て、そう呟く。

 その包み込むような優しい光に、自分の気持ちが安らかになっていくのを感じながら。

 今日という2度と無い日に、こうして幕を下ろした。










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あとがき


主人公過去編、如何でしたでしょうか?

今回の話はかなり重要所なので、慎重に執筆を進めました。

まぁ、出来は上記の通りですが……。

聖が自分の家庭状況を語らなかった理由は、幼い日に起きた出来事が原因です。

実際に僕はそういった立場では無いので、このような立場に立つ人達がどんな心持ちかは分かりません。

なので、自分が想像出来る範囲で頑張ってみました。

読者様の反応が微妙に怖いです……。

何か変な所があったら、すぐに掲示板の方でお願いします。

それと、はやての関西弁の方も間違っている可能性が大なので、指摘をお願いします。

それじゃ、今回は此処まで。

感想、意見、シチュエーションのリクエスト、どしどし書いて下さい。

それでは〜。