少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


g]「拒絶〜それは突然に〜」











「は〜い、希望職種の方は決まったかな?」


 教壇の上で、担任の三沢先生がクラス全員にそう告げる。

 机の上にあるのは、1枚のプリント。

 『職場実習』と書かれたそれには、自分が希望する職種や職場を書く欄がある。



『職場実習』

 生徒達が自分の興味のある職業の仕事を、その現場で3日間体験して働く事で深く理解する為の特別授業。

 しかし、職場が何処でも良い訳ではない。

 学校の一授業である為、職場はこの地域に限定されている。



 周りでは、友達同士で「何にするの?」とか「何処行く?」等、相談しながら色々と考えている。

 しかし俺のプリントは、真っ白な空欄状態。


「どうする? 俺」


 似たような言葉で自問、――とても虚しい。

 未だに答えを得られぬまま、時間だけが無情に過ぎていく。

 今日の帰りのHRまでと言われているから、早く決めないといけないんだが……。


「何にすりゃ良いか、分っかんないもんなぁ」


 元々、特定の何かを決めていた訳じゃ無いから、無理なんだけどさ。

 つまり、自分の将来に対して、明確な形を持っていない訳だ。

 先日、リンディさんに『今を頑張れ』とは言われたけど……。

 やっぱり、きちんと決めないと駄目だよな。

 さて、どうするか……。


「聖、どうしたの?」

「いや、自分のしたい事が見付からず困っているところだ」

「まだ決まってないんだ……」


 俺の遠回しな答えに、素早く理解を示して苦笑いで答えるハラオウン。

 むぅ、勘の鋭い奴。

 しかもコイツ、何か余裕な表情してる。

 コイツはもう決まってるのだろうか?

 何となく聞いてみたくなった俺は、適当に質問をしてみる事にした。


「お前はどうなんだ?」

「一応決まってるよ」


 ふぅん、やっぱ決まってんのか。

 色々頑張ってるようだし、そういう事も真剣に考えてるんだろうな。

 そう思うと、自分の未熟さをより一層痛感する。

 目の前の少女は同い年でありながら、自分よりも遥かに高い所に居た。

 ――よし、俺も真剣に考えるか。


「聞かないの?」

「自分で決める事だ。人に聞くもんじゃないだろ?」

「それもそうだね」


 俺の意見に納得するように頷くハラオウン。

 取り敢えず、コイツに負けてられない。

 別に競争をしている訳ではないが、同年齢の女の子に先を越されているという事実が、俺の意地に火を点ける。

 コイツが自分で考えたんなら、俺も同じように自分で考えないと。

 参考として聞くのもありだが、やっぱり自分の事は自分でしたい。

 やる気を奮い立たせ、俺は再び、プリントと睨めっこを開始した。

 その自分の判断が――――間違いだった事に気付かぬまま……。










 数日後、その『職場実習』の日がやってきた。

 1年生全クラスで行われるこの特別授業は、普段の座学と違い、その職場での勤務内容や様々なものを見て、それを行っていく。

 終了と同時にレポートを書かなければならないのが面倒だが、普段出来なかったり知り得ない事を目の当たりに出来ると考れば、それなりに収穫がある。

 生徒達は自分に合った、もしくは興味のある職種を選んで、それに合わせた職場を学校が紹介する。

 勿論、学校と職場との間で了承は取れているので、その辺りの問題は無い。

 しかし、職場の数が生徒数と同等な訳は無い。

 当然だが、1つの職場に複数人の生徒が行く事もある。

 しかし何故か、学校では事前に集まるような事はせず、当日、現地に集合しての顔合わせとなっている。

 何でも、普通の職場では、そこで初めて会う人と一緒に仕事をしていくのだから、そういった環境も必要だろうという、学校側の配慮だ。

 微妙な所でリアルさを出すなぁ……、と聞いた時に思ったのは俺だけの秘密。

 だが、今の俺にそんなもの関係無し。

 何故なら、俺の実習先が――


「聖、何もこんな時まで此処に居る必要は無いのよ?」

「自分がやってみたい事、それが此処なんですよ。シスター」


 海鳴礼拝堂、我が家である『ひなた園』なのだ。

 俺の行動に、シスターは呆れたような困ったような顔をしている。

 それでも仕方ない、これが俺の答えだから。

 今の俺に、まだ将来の事は決められない。

 だったらせめて、今の自分が一番やりたい事をやろうと思った。

 それが、此処の仕事だったのだ。

 別に、こういう仕事が駄目な訳じゃないし、学校側も問題無く此処を紹介してくれた。

 まぁこの礼拝堂の存在なんて、普通の中学生じゃ知ってる筈も無いから、俺以外は誰も来ないだろう。

 保育園や幼稚園なら分かるが、海鳴の児童養護施設を知ってる人は少ない。

 施設の人間である事を隠している俺にとって、こういう時はとてもありがたい。


「確かに、居てくれれば助かるけど……」

「だったら頼って下さい。その為の俺なんですから」


 さぁて、今日から3日間は学校公認で手伝いだー!!

 たった3日間だが、普段何も出来ない俺にとってはとても重要。

 いつもと違って制服での手伝いだけど、いつも通りに張り切って頑張りますか。


「じゃあ俺、堂内の掃除やりますね」

「えぇ、お願いね」

「任せて下さい」


 意気揚々とそう伝えると、シスターは家の方へ戻っていった。

 食堂の洗い物とか衣類の洗濯とか、施設でのシスターの仕事は多い。

 だからせめて、今日から3日間はそっちだけに従事して欲しい。

 礼拝や相談する人以外なら、こっちは俺が何とかするから……。


「最初は側廊の床からで、それが終わったら身廊の絨毯だな」


 元々、この礼拝堂はかなり広いので、1人で全部をやろうとすれば1日使っての大掃除に近い。

 やるべき事を決めた俺は、早速作業に取り掛かった。





 只今の時刻、午前9時。

 堂内の掃除は8時過ぎた辺りから始めたから、もう少しで1時間が経とうとしていた。

 側廊の床掃きは箒での作業なのだが、床が木造である為、木目の間に挟まった小さな塵とかが手強い。

 隅から隅までやっている俺の作業スピードは遅く、未だに西側の側廊が終わったばかりだ。

 時間がたっぷりあるとは言え、あまり悠長に事を構えている暇は無い。


「そうと決まれば、あっちもやっちまうか」


 集めたゴミを塵取に入れて、ポケットに入れていた袋に移す。

 堂内にはゴミ箱が無く、あるとしても西側の側廊に入り口があるトイレだけだ。

 流石にそこまで持って行くのは面倒だし、ゴミを落とす訳にもいかない。

 そこで師父から教えてもらったのが、ゴミ袋を携帯する方法だった。

 これならゴミの後始末が簡単だし、床に溢す事も無い。

 それ以来、ずっとこの方法を使って掃除をしている。

 さて、ゴミも移し終わったし、反対の側廊の掃除を開始するか。

 身廊を通って東側の側廊の奥に移動し、箒を手に掃き掃除を再開。

 その時、ふと、ある事を思い出して手が止まった。

 朝食以後、一度も姿を見ていない人を思い出したからだ。


「師父、何処に行ったんだ?」


 師父はこの礼拝堂の牧師であるが、非常勤の神学校教師でもある。

 勤務日は子供達の登校時間の少し前には家を出るが、今日はその日ではない。

 急用だとしても、朝の内にシスターや俺に伝えてから仕事に行く。

 それも今日は聞いていない。

 今までこんな事は一度も無い、一体何があったのだろうか?

 う〜ん、本気で心配になってきた。

 その時――


ガチャ……


 美しいバラ窓の下、この礼拝堂の入り口が開いた。

 こんな時間に誰だろうか?

 平日の礼拝者の入り具合は知らないが、こんな時間に来る人はあまり居ないだろう。

 しかし絶対は無い、もし礼拝者や説教を聞きに来た人なら師父を呼ばないといけないし……。

 相談者だったら、せめてシスターにお願いしないと……。

 あぁどうしよう、と悩んでいたが、不意に掛けられた声で現実に引き戻された。


「おや、やっぱり此処だったか」


 聞こえたその声を、間違える筈が無い。

 この礼拝堂の牧師であり、俺達の父である男性。

 瑞代隆さんが、入り口でこちらを見ながら立っていた。

 その姿を見て、先程まで悩んでいた思考が一気に解き放たれる。

 師父がそのまま堂内に入ってくるのを確認すると、俺は箒を持ったままそちらに近付いていった。


「師父、今まで何やってたんですか?」


 朝食以後、全く姿を見せなかった人。

 今までこんな事が無かった為、本気で心配していた。

 しかし、戻ってみれば至っていつも通り。

 黒尽くめの服装に、人の良い笑顔が映える。

 その師父に向かって歩きながら、俺は「家出したのかと思いました」と冗談を口走ったりしてる。

 今の俺の顔は、心配と呆れが混じったようなものに違いない。


「全く、用事があるなら朝の内に言って下さい」

「なに、ちょっとした出迎えにな」


 すまないな、と付け加えて師父は謝罪を述べた。

 ったく、それならそれと、始めに言ってくれれば良いものを……。


「誰を出迎えてたんですか?」


 つーか、朝食の後から今までずっと、その出迎えとやらに時間を割いていたのか。

 1時間は優に越えてるぞ。

 一体何があったのか、かなり気になった俺は、素直に聞いてみる事にした。


「まぁ、お世話になる子達だと言っておこうか」


 はぐらかすように答える師父、何かを企んでるように見えなくも無い。

 しかし、お世話になる……しかも子達?

 益々訳の分からないその答えに、心中で自問を繰り返す。

 一向に回答を弾き出せない俺の脳。

 それを見兼ねたのか、はたまた満足したのか、師父は答え合わせのように扉に向かう。

 その先に居るであろう、答えの主。

 ドアノブに手を掛けて、ゆっくりとそれを開いていく。

 ゆっくりと、焦らすように、そこは開かれる。

 時間にすれば数秒で終わるような作業。

 それが俺には、数十秒程に感じられた。


 ――でも実際は、その方が良かったのかもしれない。

 いや、それが永遠である事を願ってしまう。

 ――だって……

 ―――何故なら……

 ――――その先に居たのが……


『あっ……』


 その呟きは誰のか、そんなものはどうでも良い。

 その呟きの理由は何か、それもどうでも良い。

 どうでも良くない事があるとしたら、ただ1つ。


「何で……」


 この場に、コイツラが居る事。

 俺の学校生活において、楽しいという部分を少なからず占めている少女達。


「此処に……」


 手に持っていた箒と塵取が滑り落ちたが、それすらも、今の俺には何処か遠くの出来事に思えた。

 俺の動揺した姿に、師父は至極落ち着いた様子で声を掛ける。


「今日から3日間、此処のお手伝いをしてくれる事になった5人だ」

「……」


 その声ですら、やはり遠い。

 耳に入ってくるのだろうが、鼓膜が振動を拒絶する―――音として認識しない。

 この瞬間だけ、聴覚障害に陥ったみたいだ。

 そんなありもしない事すらも、今の俺には受け入れる事が出来る。

 嫌いな無音ですら、今なら喜んで浸ってみせよう。

 何なら、この目すらも見えなくなっていい。

 それ位に拒絶したい、この現実を……。

 信じたくない、認めたくない。

 彼女達が、この場に居る事を……。


「聖、聞いてるかい?」

「――っ!?」


 俺の名を呼ぶ声で、止まっていた無音世界が崩れ去る。

 鼓膜が再び震えだし、音を取り戻す。

 現実に戻った俺の心が、色を取り戻す。

 でもそれは、決して望むべき世界ではなかった。


「あっ……はい」

「急にボーッとして、大丈夫か?」

「え、えぇ…大丈夫です」


 師父の心配する声に、口が勝手にそう告げていた。

 ――呆れた。

 こんな状況でも、俺は師父の心配を無くそうとしている。

 こんな時でも、自分の誓いを貫こうとしている。

 思考は全く働かないのに、心に決めたものだけは、何の迷いも無く吐いて出る。


「聖祥の職場実習なんだが、此処の場所が分からないらしくて。それで学校まで5人を出迎えに行ってたんだ」


 淀み無く発せられる言葉。

 未だに通常の能力を発揮出来ない俺の脳は、それをゆっくりと咀嚼するように理解していく。

 聖祥、職場実習、5人を、出迎え。

 酷く緩慢だが、俺の思考は、それらが導く答えを模索している。


「君達は、もしかして聖を知ってるのかい?」

「あっ…は、はい」


 師父の質問に、少々慌てながら答える栗色の髪の少女、高町。

 意識の浮上はあちらの方が速かった。

 全員、少し驚いた表情で俺を見ている。

 その視線で、俺の意識も漸く浮上し始めた。

 そして、逃げるように、俺はそれから視線を逸らした。

 見たくない、それが心を占めていたから。

 逸らした瞬間、「あっ……」という声が上がったが無視。


「なら聖、この子達を案内してくれないか?」

「何で……」

「私よりも、知り合いの方が色々と助かる面があるだろ?」


 その提案に、本当は猛反対したい。

 しかし、相手が師父である以上、俺にそれを突っ撥ねる事は不可能だった。

 それでも、最後の抵抗だけでもと思い、口を開く。


「側廊の、掃除が…」

「それなら私が代わろう」


 やはり無駄だった。

 未だ落ちたままの箒と塵取を師父は拾い上げると、扉の方で固まっている5人の方を向く。


「それじゃ、施設の方は聖に案内して貰って下さい」

「あ、分かりました」


 もはや退路は無い。

 諦めた俺は、彼女達に視線を向けないように踵を返す。


「こっちだ……」


 酷く無感情な声。

 それだけ告げて、俺は家に続く翼廊へと進んでいった。

 多少持ち直した程度では、おそらくまともな会話は出来そうに無い。

 今はただ、言われた事をやるだけ。










 俺の家、『ひなた園』の中を歩いていく。

 未だかつて、こんな顔で此処を歩いた事があるだろうか?

 そう感じずにはいられない程、俺の顔は何も無かった。

 自分で分かる位だ、それは酷いものだろう。


「こっちは食堂」


 そして声にも、抑揚というものが存在しなかった。

 ただ事務的に、必要最低限の事だけを述べる機械。

 今の俺の様相は、まさしくそれだろう。


「こっちは洗濯場」


 部屋の前で止まり、指差しで場所を教える。

 たったそれだけ、それしか今の俺には出来ない。

 心は常に不安定、少しでも刺激を受ければすぐにでも崩れてしまうだろう。

 本当、俺は弱い。

 そうこうしてる間に、この階の最奥に辿り着いた。


「此処は、大広間」


 やはり、今の俺はこれしか言えない。

 というか、もう限界に近かったりする。

 これ以上こいつ等と一緒に居ると、気が狂ってしまいそうになる。

 目を見て話す事も出来ない。

 この原因が何かは、分かっている。



 俺は、恐れているんだ。

 幾度も繰り返されたあの時を……。

 そして、心に燻ったままの傷。

 再び開くのを、今か今かと待っている。

 その引き金は、常に俺の手に……。



「聖君…」

「っ!?」


 急速に収束する思考、半ば反射的に振り返ってしまった。

 視界に映ったのは、悲痛な表情をした5人の少女。

 誰一人として違った顔色をしてる者は居ない。

 5人が5人、悲しみを湛えた瞳で俺を射止めている。

 正直、申し訳無いと思う。

 こいつ等をこうさせてしまっているのが、俺だから。

 今回の職場実習に対して、どれ程の意気を込めていたのかは知らない。

 でもこの5人が、半端な気持ちで此処に来た訳じゃないのは分かってるつもりだ。

 だからこそ、申し訳無さが心の底から無限に這い出てくる。

 どうしてこうも、俺は器用じゃないのだろうか。

 ガキのままな自分に腹が立つ。


「あの……」


 この場の空気が、ズッシリと質量を伴って俺の双肩に降り掛かる。

 身動きの取れない状態、それはこいつ等も同じなようで。

 それでも無言で居るのが居た堪れなくなったのか、高町が何かを発しようとする。

 でも、それが――


「悪い」


 傷が疼く。

 開け、開け、と呪詛のように、内側から俺を侵食する。

 だから逃げ出した。

 今のままじゃ、こいつ等に要らぬ言葉を掛けてしまいそうだ。

 せめて、自分自身が落ち着ける冷却時間が必要だった。

 短い謝罪を述べて、俺は肩に掛かる重みを振り解くように、その場から逃げた。

 ゴメン……本当にゴメン!!










「おや、聖。あの子達はどうしたんだい?」


 礼拝堂に戻った俺を待っていたのは、最初の時と変わらなかった師父の姿だった。

 しかし、俺の様子を見るなり、その表情は険しいそれに変わっていく。


「……駄目なのか?」


 この人は俺を咎めない。

 分かっているから、声に険しさを込めたりしない。

 優しく諭すように、師父は俺に尋ねる。

 その言葉に、俺は――


「……っ、はぃ」


 苦虫を力強く噛み、擂り潰すような表情で俺は答える。

 此処で我慢しても、師父にはバレるのは必至。

 それに、自分を保つのに必死で、取り繕う暇なんてありはしない。

 だから、最初から正直にそう伝えた。

 それを聞いた師父の顔は、例えようも無い悲しげな表情で俯く。


「そうか」

「すみません……」


 それしか言えない、言う事が出来なかった。

 あの5人だけではない、師父までこんな表情にさせてしまう。

 殴るだけじゃ足りない、頬骨を砕いても収まりがつかない。

 頭蓋を陥没させる位、俺は自身を傷付けたくなった。

 俺、最低だ……。


「俺、堂前の掃除してきます」


 一刻も早く此処から逃げ出したい。

 その衝動に駆られて、差し当たりの無い理由をつけてこの場から離れる。

 そんな事しても意味は無い。

 それでも今の俺には、それしか出来ない。

 俺は無力で、卑怯で、最低な男だった。


「やはり、早過ぎたのか?」


 その師父の呟きが、俺に届く事は無かった。










〜Interlude〜



「あら、どうしたのかしら?」


 ひなた園内の大広間と言えば、彼女にとって騒がしくも楽しい場所と認識していた。

 しかしそこには、そんなイメージを微塵も感じさせない、沈痛な面持ちの5人の少女が居た。

 2階での仕事を終えた彼女が、そんな子達を見過ごせる筈も無く、優しく声を掛けた。

 階段から下りてきた女性に気付かなかった少女達は、その声に驚きの表情を以って答える。


「貴女達は、聖祥の子達ね?」

「はい、そうです……」


 その修道服に身を包んだ妙齢の女性は、優しく微笑みながら彼女達に近付く。

 その悲しげな表情に少しでも安らぎを与えようと、彼女は少女達に優しく問う。

 未だ悲しみの消えない表情だが、答えをきちんと返してくれた少女に「そうですか」と微笑む。


「それじゃ、可愛い顔が台無しよ?」

「そ、その…」

「何があったのか、話してくれる?」


 コクン、とシスターと呼ばれる女性の言葉に頷く。

 彼女達の話はシスターにとっても、もしかしたらと思っていた事だった。

 自分の子である聖が、彼女達に対して酷く動揺していた事。

 何かに怯えるような目で、此処から逃げていった事。

 それを聞き終わったシスターは、ふぅ、と一息吐いて口を開いた。


「御免なさい、貴女達には悪い事をしましたね」

「いえ、そんな事ないです。だから、頭を上げて下さい」


 シスターが頭を垂れて謝罪をする姿に、少女、フェイトはそれを否定する。

 しかし、姿勢を正したシスターは、その言葉に対して首を横に振った。

 そんな筈は無い、と彼女は理解している。

 きっとこの子達は、それを重く捉えていると。


「貴女達はとても優しくて良い子ね。あの子の為に、此処まで心配してくれている」


 今まで多くの人を見てきたシスターには、彼女達がどういう少女なのかすぐに分かった。

 とても優しく、人の痛みを強く感じる事の出来る子達。

 そうでなければ、此処まで落ち込んでいる筈無いのだから。

 きっと聖を見て、彼の内に秘める『何か』を感じ取ったのだろう。

 その『何か』は、言われずともシスターには分かっていた。


「でもね、それはあの子だけの痛み。貴女達まで気に病む必要は無いのよ」


 彼女達の感じ取った痛みは、彼女達には分からず、そしてとても重いもの。

 持たなくて良い、不必要な荷物。

 今から5年前、純粋であるが故に起きてしまった――――小さな事件。

 それは、目の前に居る5人には無関係のもの。


「確かに、人の痛みを感じ取れる事は素晴らしい事よ。まだ中学生なのに、本当良い子達ね」


 だからこそ、不安になる。

 いつかその重みに耐え切れなくなって、押し潰されてしまうのではないかと。


「貴女達はきっと、聖を助けようとする。でも、それが最善とは限らないのよ?」

「どう言う事ですか?」

「あの子の傷は、あの子自身で乗り越えなくてはならないものだから」


 たとえ人から助けを受けても、それは一時凌ぎでしかない。

 本当の意味で助けるのならば、彼自身がその傷を乗り越えなくてはならないのだから。


「貴女達があの子を助けても、それは時限爆弾のタイマーを延ばしただけ。本当の意味で助けた事にはならないの」

「せやかて、このまま放っておいても……」

「何一つ変わらないわ」


 彼女の一言一言が、強い重みを持って放たれる。

 まるで、既にそれを体感したような。

 そんな響きを、5人は感じた。


「だったら、どうすれば良いんですか?」


 それでも、そう聞かずには居られない。

 あんな辛そうな顔をしている彼を、どうして放っておく事が出来ようか。

 否、彼女達にそんな事は出来ない。

 だからこそ、考える間も無くそう聞いていた。


「今はまだ、そっとしておいて欲しいの」

「今はって……」

「落ち着く時間が必要なの。あの子、あぁなっちゃうと何も考えられない子だから」


 彼の母、シスターから出た答えは、一時的な放置だった。

 いや、放置と言うと語弊があるだろう。

 冷却期間、彼女が言うには聖にはクールダウンの時間が必要なのだ。

 だからこその時間が欲しいのだ、聖にも、そして少女達にも。


「貴女達も気に病んじゃ駄目よ。今の貴女達には、やるべき事があるの」

『…はい』


 まだその時ではない。

 シスターの言葉には、暗にそう言っているような気がしたと、5人は感じた。

 自分達が如何して此処に来たのか、5人に再確認させる為に。


「構ってあげるだけが本当の優しさでは無い。時には、その人が答えを見つけられるまで、遠くから見守る事も優しさになるのよ」


 今は静観するべき時。

 お互いがきちんと冷静で居られなければ、この問題はきっと解決出来ない。

 それは、彼女の持つ優しさが導き出した、1つの答え。


「それじゃ、湿っぽい話は終わり。貴女達には、やって貰いたい事が沢山あるんですから」


 パン、と掌を打って、先程とは全く違う明るい声。

 重かった空気を払拭する笑顔とその声で、彼女は少女達にそう言った。

 さぁ着いてきて、と言いながらシスターは洗濯場に向かっていく。

 それに導かれ、彼女達もその場を後にした。


「大丈夫。貴女達なら、きっと……」


 自然と口に出た言葉。

 小さくて、誰にも聞こえなかった呟き。

 シスターは、この5人に期待していた。

 この子達なら、きっと聖を救ってくれる。

 自分達には出来ない事を、彼女達なら可能かもしれないと。

 彼女達から聞いた聖の様子を知って、もしかしたらと思っていた。

 もし他の生徒達が来た場合、あの子がそこまで困惑したり、取り乱したりするだろうか?

 シスターの答えは―――『否』だ。

 聖は特別な友人を作らない、自分が甘えられる相手を作らない人間。

 只の他人なら、あの子はどうでもいいように接するだろう。

 だが彼女達は違った、それが出来なかった。

 それは紛れも無く、聖が彼女達を特別だと思っている証。

 長い間縛られた心を解き放てる存在だと、シスターは確信していた。

 だから今は、その時を待っていよう。

 きっと解決出来る時が来るのだから。


「さて、まずは溜まってる洗濯物を何とかしないとね。貴女達には頑張って貰うわよ」

『はい』


 そして少女達も理解する。

 誰よりも聖を気に掛けているのは、この女性なのだと。

 彼があぁなっているのだ、気が気でないだろう。

 それでも、その時の為に耐えているのだ。

 誰よりも彼を想っているからこそ、耐えている。

 ならば彼女達は、シスターのそれに応えない訳にはいかない。

 そして何より、自分達が此処に居る理由は、他にあるのだから。

 今はまだ、そちらを優先するべき。

 その時は、確実にやってくるのだから。



〜Interlude out〜










―――――――――――――――
あとがき


ついでに言うと、披露宴で歌ったのは『Junne Da Arc』の『Heaven's Place』だったりします。

えぇ、歌のレパートリー少ないんで、微妙な選曲しか出来ないんですよ。

とにかく、今回で祝10話突入ですね。

実際は書き溜めが多かったので、此処まで時間を掛けずに来れました。

まぁ、今後はそうも言ってられないんですけど……。

今回は、遂に5人が聖の秘密に触れた回です。

今回は何よりも、5人に対する聖の拒絶感を出そうと必死でした。

上手く出来てれば、それで良いのですが……。

それと今回のこの『職場実習編』は、全部で4話程になる事が分かりました。

いや、3日間の出来事を4話でやるってのはどうよ? ってな感じですが、お気になさらず。

聖は、彼女達と向かい合う事が出来るのか?

そして5人は、彼の傷を癒す事が出来るのか?

彼が一歩先へ進む為の大事な場面です。

このSSの転機となる状況、次話で一つの決着が付きます。

それが読者様方が望む結果となるかは、また別問題ですが……。

とにかく頑張りますので、応援宜しくお願いします。

感想や意見、その他諸々申し付け下さい。

それでは〜。