少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


g[「敵の名は『MVP』」











 それはある日の出来事。

 特に用事の無かった俺は、さっさと帰路に向かう。

 瀬田や金月、遠藤、ハラオウンやバニングスといったクラスメイト達に挨拶を告げて教室を出ていくのが、最近の俺の日課みたいなものだ。

 廊下に出ると2人を待っているであろう高町、八神、月村の3人に出会うのも、此処最近はいつもの事。

 彼女達に別れの挨拶を告げると、そのまま昇降口の下駄箱まで進んでいく。

 軽快な足取りは、今の俺の心境を表しているようだ。

 今日もこの後、いつものように家の手伝いに精を出すのだろう。

 いつもと変わらない下校風景。

 これからも変わらないであろう、俺の日常。


「…………ん?」


 しかしそのいつもは、1階に続く階段を下りきる寸前までだった。

 ソレによって、いやソレ等によって、俺のいつもの下校が崩されたのだから。


「貴様、瑞代聖だな?」


 視線の先、1組の下駄箱の前に、十数人の男共が群れていた。

 それぞれが向けてくる視線は、言い知れぬ何かを感じずにはいられない。

 その中の先頭に立っている男が、今俺に問い掛けてきた。


「そうだけど、何か用か?」


 この光景、異様としか言えねぇ。

 何で下駄箱に複数人の男子が居て、俺を呼び止めてんだ?

 恨みを買うような憶えは無いんだがなぁ。

 冷静に状況を把握しようと試みるが、答えは一向に出てこない。

 押さえ気味の声で返す俺に、先頭の男はニヤリと嫌な笑みを浮かべて答えた。


「あぁ、あるぞ。お前だけは……」


 背後に立つ男達の視線が、殺気を孕み始めた。

 途端、全身が総毛だったのが分かった。

 これは俺に対する危険信号、こいつ等が俺に対して面倒事を起こそうとしている予兆。

 長い間高杉に絡まれた事によって、自然と体が覚えてしまったスキル。

 それが今、体中に発せられている。


『絶対に許せない!!』


 そこに居た全員が声を揃えて言い放つ。

 込められる感情は、俺に対する純粋な怒り。

 全く以って理由が分からんが……。


「何で俺が恨まれるんだ?」

「貴様、よくも抜け抜けとそのような事を言えたものだな」


 いや、お前ほどじゃねぇよ。

 少なくとも、そんな芝居がかった口調の奴に恨まれる謂われは無い。

 しかし、コイツの言う事が正しいのなら、一体俺の何に問題があるんだ?

 先頭に居る奴はどうでもいいが、その根幹の問題は気になる。

 まぁ、こんな状態になってるんだから、気になって当然だよな。


「回りくどい、さっさと理由を話せ」

「まだ分からんか。自身が犯した大罪に……」


 おいおい、そこまで話は大きくなってるのかよ。

 大罪って……、俺生まれてから今まで、一度も犯罪に手を染めてないけど。

 そして何よりもこの男、無駄にリーダーぶっていてかなり鬱陶しい。

 身振り手振りを交える男の姿に、こめかみがピクッと反応しだしたが、何とか抑える。


「まぁ良い。知らぬ事もまた罪であり、貴様にそれを教える謂われは無い」


 心底呆れたような表情を浮かべて奴は答える。

 取り敢えず――全然納得出来ねぇ。

 こっちだって恨まれる謂れはないっつーの。

 そうしている間に、リーダーらしき男の周りの奴等が動きを見せた。

 全員がいつでも動ける体勢に変わっている。

 マタドールに突撃をかます寸前の闘牛のように、荒い鼻息は離れたこっちにまで届く位だ。

 まさかとは思うが、アイツ等俺を――。


「諸君等、行くのだ!! 五大女神達と昼食を共にし、あまつさえあんなフレンドリーに話す男に、お前達の手で制裁を加えるのだ!!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 やっぱりか――――!!。

 先頭の奴の言葉で、漸く合点がいった。

 ――聖祥五大女神――

 高杉から非公式ファンクラブがあるとは聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。

 俺は一般的なファンクラブというものを知らないが、少なくともこいつ等は迷惑極まりない存在である事だけは事実。


『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』


 って、そんな事考えてる暇無いっての!!

 某騎馬隊のを髣髴とさせる進軍が迫る中で、冷静に思考していた脳の働きをカットする。

 何よりも先に、こいつ等から逃げるのが先決!!

 突撃をかます群れから逃れる為に、俺は階段を大急ぎで上り始めた。


「何で俺がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 あまりに釈然としない理由に、大声で反論してしまったが……。

 こうでもしないと、今の自分の状況を受け入れられないと思ったのだから、仕方ないだろ?










「待て――!!」

「我等が敵――!!」


 只今、廊下を疾走中。

 理由は明確、俺があの5人と接しているから。

 くだらない、実にくだらない理由だ。

 別に下心を持って接している訳でも無いし、それによるファンクラブへの影響も皆無に等しい。

 それなのに何故、俺はこうして逃亡しているのだろうか?

 現在、俺を追跡している人数は十人弱、……少しだが数が減っている。

 恐らくだが、他数人は途中で別れたのだろう。

 挟み撃ちでもしようってのか?


「ったく、何でこんな目に」


 背後の群れを一瞥して、呆れたように悪態を吐く。

 全く、何だって学校内で鬼ごっこをしなけりゃならないんだよ。

 幸いだったのは、相手の足が思ったよりも遅かった事だ。

 始めの時から、俺と奴等の間隔は一定を保っている。

 だが追われている以上は、決して良い気分じゃない。


「取り敢えず、こいつ等から逃げ切らないと」


 恐らく、校門は押さえられているだろう。

 蹴散らせれば良いが、あそこは最後の砦だ。

 雑魚は使わないのが定石ってもんだろう。

 寧ろ、俺を追い駆けているこいつ等の方が雑魚である可能性が高い。

 逃げ出してから既に10分、少しずつだが後ろの奴等のスピードが落ちてきた。


「今だな」


 今がチャンス、急に加速して階段を上る。

 背後から慌てた声が乱立するが、そんなもんに気を取られる暇は無い。

 俺お得意の3段飛ばしを実行し、上階まで一気に駆け抜けた。

 この階は1年生の教室がある階。

 廊下を走りながら1組の教室に目を向ける。


「って、お前等まだ居たのか?」


 教室の前には、今回の騒動の大本とも言える5人が居た。

 いや、直接的には全く関係無いんだけど、何となくそう思った。

 帰り際に、用事があると言っていた気がするんだが、まだ残っていたのか。

 走ってきた事に少々驚いていた彼女達だが、俺の顔を見て何かを悟ったようだ。


「どうしたの? 何かあったみたいだけど」

「過去形じゃなく、今現在で起こってるんだよ」


 ハラオウンに早口でそう伝えると、俺は教室の中を見る。

 アイツが居てくれれば、この事態も早めに治まりそうだが……。

 一縷の望みを抱いて、我がクラス内を一望する。

 だがそこには、数人の男女が残っているだけだった。


「くそっ、居ないか」

「何かあったんか?」


 目的の者が居ない事が引き金となり、俺の中で焦りが生まれる。

 あぁどうする? このままじゃジリ貧だぞ……。

 奴等の対処法を脳内で巡らせる俺を見て、八神が心配したように声を掛けてきた。


「実は」

『居たぞ――!!』


 仕方なく教えようと口を開いた瞬間、少し離れた場所から複数人の叫びが聞こえた。

 声の主は間違いなく、あいつ等だ。

 ったく、もう来やがったのかよ!!

 ダダダダッ、と地面を踏み砕く勢いで走ってくる男衆の登場に、目を丸くする5人。

 しかし俺は、この状況を説明する暇なんてこれぽっちも無い。


「すまん」

「あっ、聖君」


 迫り来る敵を一瞥もせず、一言謝罪を述べて背を向ける。

 背中に月村が呼び掛けるが、それに応えられる状況ではないのだ。

 奴等が迫る場所から離れる為に、俺も改めて走り出した。

 くそっ、お前等に構ってる暇は無いってのに!!










〜Interlude〜



「どうしたのかな? 聖君」

「何か焦ってたけど」


 聖の突然の逃亡、少女達は何が何やらといった感じだ。

 そして彼の逃げた逆方向からは、男子が10人弱こちらに向かって走ってくる。

 彼等の目には、今さっき逃げ出した少年しか見ていない。

 5人の横をそのまま走り去るだろうと思われたが、彼等は突然上履きの底でブレーキを掛けると、少女達の前で立ち止まった。

 床から白い煙らしきものが発生しているが、それは気にしてはいけないのだろう。


『えっ!?』


 予想と反するその出来事に、彼女達は目を丸くするしかない。

 全員が驚きの声を上げるが、彼等が次の行った行動で、更に驚く事となる。


『皆様、今日も一日お疲れ様です!!』

『ええっ!?』


 まるで家臣のような言葉の合唱に、完全に停止する5人の思考回路。

 しかし男共はそれを気に掛ける事も無く、再び少年を追い駆け始めた。

 煙でも起こるんじゃないかと思う程、彼等の足音は五月蝿い。

 まるでマシンガンを打ち鳴らしているかのように……。


『……』


 それを呆然と見送る5人の少女。

 その視線は、自分達の友人と同じ方向に走っていく団体に向けられている。

 そしてその場は、嵐が過ぎ去った後のような静寂に包まれていた。


「えぇっと……」


 困ったような顔をして、1人の少女、高町なのはは声を発する。

 しかし、何を言えば良いのか分からないといった様子。

 と言うよりも、あんな状況の後で何を言えというのだろうか。

 あまりに衝撃的過ぎた光景、誰も何も言えない状態である事は明白だった。

 すると彼女達の前に、1人の少年が通り掛かった。


「おや、一体どうしたのですか?」

「えっ……」


 声の発信源を見ると、そこには1人の生徒が立っていた。

 歩く怪人、探究心とずれた思考を足して2倍したモノが制服を着た存在。

 高杉信也、その人である。

 未だに先程の余韻から逃れられない彼女達を見て、彼は新しい玩具を見つけたような笑みを浮かべて呟いた。


「なるほど。非公式ファンクラブが、遂に瑞代を潰しに掛かったのか……」

「それってどういう事!?」


 それに反応したなのはは、彼に詰め寄る。

 先程の男達、そして非公式ファンクラブというキーワードが、彼女達にある予想を導き出した。

 そして何より「潰す」等と言う不穏な単語が出てしまえば、声を発さずにはいられない。

 信也はふぅ、と一呼吸置くと、彼女達にこの騒動の詳細を語る。


「先程の男達、あれは聖祥五大女神の非公式ファンクラブ『MVP』。通称、『女(M)神様に近付くヴァ(V)カ野郎をプ(P)チッとやっちゃおうぜ』のメンバーなんですよ」


 少女達は驚愕した。

 その存在以上に、ネーミングセンスの無さに。

 ヴァカ野郎なんて、Bにした方が良いんじゃないのか?

 最後のPなんて、無理矢理にも程があるだろう?

 ツッコミどころなんて、幾らでも探せる。

 そんなのが、自分達のファンクラブをやっていた事に、衝撃を隠せないでいる。

 ――というのは冗談だが、それでも彼女達が衝撃を受けているのは真実である。

 自分達の与り知らぬ場所でファンクラブが設立されていた事は知っていたが、それが人に対して、このような武力行使を行うとは思っても見なかったのだから。


「そ、それで、それが聖君を潰しに掛かった言うてたけど、どうしてそんな事するんや!?」

「おおよそ、アイツが貴女達と昼食を共にしたり、フレンドリーに話したりしてる事が原因でしょう」

「た、たったそれだけの事でアイツが狙われるって言うの!?」


 はやての質問の答えを返す信也。

 だがその答えは、理不尽極まりないものだった。

 昼食を一緒にしたり、楽しく話したりするのは、彼女達にとっては至って普通の事。

 それを追われる原因として認める事など、当然だが出来る筈が無い。

 その答えを聞いたアリサは、半ば反射的に信也に掴み掛かる。

 自分でもそんな事をしても意味が無いと知っている。

 しかし、そうしなければならない程、彼女は憤りを感じていたのだ。

 4人が彼女を止めようとするが、それでもアリサは掴む手を緩めない。


「確かにアイツは生意気だし、自分勝手だけど、それでも悪い奴じゃないのよ!!」


 彼と出会って1ヶ月が過ぎた。

 その中でアリサは、瑞代聖という少年の良い所や悪い所を何度も見てきた。

 最初はあまり好かなかったが、それでも今では少なからず好感が持てる少年だった。

 そんな彼が、自分達のファンクラブというよく分からない連中に狙われている。

 一緒に昼食を食べて、一緒に話していた、それだけの理由で。

 いつも真っ直ぐな彼女に、そんな馬鹿げた事を納得出来る筈が無かった。


「その気持ちは分かります。しかし、既に奴等は動いているのです」


 掴み掛かられながらも、信也はアリサを真っ直ぐに見返している。

 その事実を、目の前の少女に認識させる為に。

 今更どうこう言おうと、もう彼等は動いてしまったのだ。

 聡明な彼女が、それを理解出来て無い筈は無い。

 それを認めたアリサは、腕の力を抜いて信也を解放する。


「もう止まりません。奴等は瑞代を潰す為に、全力を注いでるのですから」

「どうすれば良いの?」


 確かに先程の様子を見れば、信也の言う事も間違い無いだろう。

 しかしだからといって、それを見過ごす事は彼女達には出来なかった。

 聖は、彼女達にとっては友達なのだ。

 友達のピンチに、何か出来る事は無いのか?

 彼女達にとって、そう考えるのは当然だった。

 少年はふむ、と顎に手を添えて少々考えると、呟くように答えを返した。


「来て下さい」


 信也は踵を返すと、そのまま廊下を歩き出す。

 何かあるのだろう、そう悟った彼女達は数秒遅れて彼の後に続いていった。





 着いたのは、とある教室。

 クラス教室とは違い、何の為にあるのかすら分からない場所。

 信也は徐にポケットに手を入れると、中から1つの鍵を取り出した。

 それを鍵穴に差し込み、捻る。

 ガチャ、と開錠音が鳴り、信也はそのままドアを開けて中に入っていく。

 後ろで待機していた5人も、それに倣って入室する。


「うわぁ……」


 先頭に居たなのはは、その光景に感嘆の声を漏らしていた。

 それは後ろの4人も同様で、皆室内を物珍しそうに見回している。

 そこにあったのは、十数台に及ぶディスプレイ。

 そしてそれらを繋ぐコードが、まるで蛇のように床を這っていた。

 異様、その単語が信也以外の全員の脳裏に過ぎった。

 信也は複数あるディスプレイの中から、1つにの電源スイッチを入れる。

 反転する画面、そこに映されたのは……


「屋上?」


 彼女達がいつも昼食を取る場所である屋上だった。

 しかも画面には、屋上全体が映っている。

 まるで、屋上の端にある金網から見ているかのように。


「此処は俺の作戦室、学校にある監視カメラ+αを統括するスペースですよ」

「これ全部、監視カメラなの!?」


 なのはの驚きに「如何にも……」と答える少年。


「聖祥に何が起きても対処できるよう、俺が独力で作り上げた産物」

「これ、1人でやったんかい」


 この全てが、目の前の少年が作り上げた異界。

 それをサラッと述べてしまう辺り、やはりこの男は尋常ではない。

 思わず呟いてしまったはやてのそれには、呆れと驚きの入り混じった微妙なものが含まれていた。


「まぁ本当は別の目的があるのですが……。それよりも画面を見て下さい、そろそろ来ます」

「来ますって誰が……」


 映し出された屋上、それに視線を向けるよう促す信也。

 しかし、この状況に呆気に取られている彼女達は、もう何をすれば良いのやら状態。

 アリサが言葉を続けようとするが、ディスプレイに視線を向けた瞬間、二の句は続かなかった。

 乱暴に開けられた屋上のドア、そしてそれを行った張本人は――


「聖!!」


 現在進行形で追われている身の少年だった。

 フェイトが呼び掛けるように声を発するが、画面越しでは声は伝わらない。

 聖はそのまま、屋上の最奥であるカメラの手前までやってきていた。

 その行動は既に、逃げる事を諦めた姿。

 追跡者達への降伏を表していた。


「屋上に来たら、もう逃げられないんじゃ……」

「そ、そうよ。何で屋上に来ちゃうのよ!!」


 すずかとアリサが、彼の行動の意図を図りかねていた。

 自分達が見た限り、相手はかなりの人数だ。

 それが閉鎖された空間に集まれば、あっと言う間に完全包囲されてしまう。

 絶体絶命、5人の頭にはそれだけが浮かんだ。

 居ても立ってもいられなくなった彼女達は、急いでこの場を離れようと走り出そうとした。


「何処へ行くんですか?」


 しかし、この部屋の製作者である少年の声により、それは阻まれる事となる。

 それでも、此処で止まっている訳にはいかない。


「聖君を助けに行くんや!」

「このままじゃ、大変な事になっちゃうんだよ?」


 友達を助けたい、その想いが彼女達を動かしている。

 それは、5人の目を見ればすぐに分かった。

 その瞳に映る、願いが……。

 しかし、彼女達に目を向けない少年には無駄でしかない。


「それが最善の策だと思っているのなら、それは大きな間違いだと言っておきましょう」

「どう言う事よ? アイツはアンタにとっても友達じゃないの!?」


 自分達を邪魔する者は、何処までも冷徹だった。

 そのあまりの冷たさに、アリサの心に怒りが灯る。

 彼は友人を見捨てようとしてるのだろうか?

 そう思わずには居れず、そしてそれを許す訳にもいかなかった。

 怒りの矛先、未だディスプレイから視線を外さない少年は、彼女達に告げる。


「今回、巻き込まれたのは瑞代だけ。つまり、それを対処する権利を持つのも瑞代だけ。アイツはたった1人で、彼等を処さなければならない」

「そんな……。いくらなんでも、それは酷すぎやで!!」

「それに、貴女達が行っても何一つ変わりません。アイツは、他人から助けを請う人間ではありませんから」


 淡々と述べるその姿、それでもその口から出てくる言葉には言い知れぬ重みがあった。

 今まで7年間、瑞代聖という少年を見てきた彼だからこそ言える台詞。


「たとえ貴女達があの場に行っても、アイツは出て行けと言うだけでしょう」

「それでも、1人であんな大人数は無理だよ」


 フェイトの言う事も最もだった。

 相手は10人はくだらない生徒に対して、聖はたった独りなのだ。

 どちらに分があるかなど、目に見えている。

 見えているからこそ、少女達は動かなければならない。

 自分達で止められずとも、この学校に居る教師達ならば止められる筈だ。

 職員室に急いで行って事情を説明すれば、この騒動もすぐさま治まるだろう。

 だが信也の考えは、彼女達とは別の方向に向いていた。


「ふむ……、どうやら貴女達は大きな勘違いをしているようだ」

「どういう意味よ?」


 突然の指摘、勘違いと言われアリサが問い返した。

 そこで漸く、信也はディスプレイから視線を外し、彼女達に目を向けた。

 その表情に焦りは微塵も感じられず、逆に余裕そのもの。

 まるで、何も心配するものは無い、と言ってるようだ。


「もしルールのある闘いならば、アイツが負けるのは必至。しかし、『ルールに縛られない』闘いでなら、アイツが負ける道理は何一つありはしない」

「縛られない闘い?」

「そう、喧嘩が良い例ですね。今回のような完全な私闘に、ルールなんてものは一切関係無い。勝つか負けるか、それだけがルール」


 彼は知っている、聖と言う少年が正真の『負けず嫌い』である事を……。

 自分に出来る事なら、彼は負ける事を極端に嫌うという事。

 つまり『根を上げた方が負け』という喧嘩に於いて、彼ほど強い者はそうは居ないだろう。

 何故なら、彼は『動けるのなら、根を上げる事は絶対しない』のだから……。

 喩え片腕が折れたとしても、健在な逆腕で勝利を掴むだろう。

 自らの立場を理解しているからこそ、聖は負ける訳にはいかないのだ。

 家族を守らなければならない立場にある彼に、負けは許されない。

 彼の過去や立場を知らない彼女達は知り得ないだろうが、それを理解している信也には、その結論は当然のように導き出せていた。


「たとえ何人であろうと、瑞代は屈しないし負けたりしない。貴女達がすべき事は、助けに行く事ではなく、此処で全てを見届ける事なんですから」


 誰も何も言えなかった。

 ただ、目の前の少年の告げた言葉が、何よりも正しく聞こえた。

 ならばやる事は1つ。

 ディスプレイ越しに映る少年の姿を、真っ直ぐに見つめる事だけ。

 それと同時に屋上のドアから、幾人もの男子生徒が傾れ込んで来た。



〜Interlude out〜










 対峙するのは、両手では足りない人数。

 全員が同じ目的の下、行動を起こしている。

 俺をぶっ潰すという、あまりに傍迷惑な目的。

 ハラオウン達がそうしろと言うのなら分かるが、こいつ等は自分達の独断で行動を起こしている。

 ったく、こいつ等学校に何しに来てんだよ……。

 最初はこいつ等をどうやり込めるか考えていたが、今はそんな気も失せた。

 というか、相手の事を考えてやる必要性なんて皆無だったのだ。

 それに気付くのが、あまりに遅過ぎた。


「漸く追い詰めたぞ、瑞代聖!!」

「うっさい、騒ぐな」


 取り敢えず、目の前に居る鬱陶しいリーダー格に口撃をしてみる。

 まぁ、効果の程は期待してないが。

 それよりも、あいつ等は俺を追い詰めたと思っているのか。

 何ともおめでたい思考してるな。

 頭の中に蛆が湧いてるのか、お花畑でも広がってるんじゃないのだろうか?

 そんな奴等を尻目に、俺はこれから起こるであろう事に対して準備を始める。

 ブレザーのボタンを外し、ネクタイを解いてワイシャツの第一ボタンを外す。

 ……ふぅ、これなら動き易いな。


「今までの行いを振り返り、後悔するがいい」


 まるで判決を下す神にでもなったような口振りで、先頭の奴は俺に指を突きつける。

 それだけで俺の理性の止め具が外れていくのが、頭の片隅で理解出来た。

 コイツは気付かない。

 自分の放つ言葉が、自分自身の後悔を生む事に……。


「悔い改めろ。そして、彼女達に2度と近付――」

「黙ってろド阿呆」


 もう限界だった。

 これ以上コイツの主張を聞くのは、精神衛生上宜しくない。

 それに自分の考えを、テメェに決められるなんて真っ平御免。

 それに――


「確かに、アイツ等に出会ってから、色々と面倒な事が起きて正直ウンザリだ」


 最近は特にそうだ。

 アイツ等の言動に振り回されたり、戸惑ったり……。

 自分でも分からない、どうしてそうなってしまうのか。


「思い出したくも無い記憶を思い出す破目になるし……」


 4年経っても、色褪せない苦い想い出。

 ガキだった頃の俺が涙した、あの日。

 そして――


『僕はもう信じないよ。――だけは、絶対に』


 幼く、拙い誓いを立てた事。

 しかし、それでも……。


「それでも、俺は……」


 アイツ等の周りには笑顔が溢れていた。

 時折、嫌になった事も確かにあったけど……。

 それでもすぐに、その場所に落ち着く自分が居た。

 それは間違い無く、自分自身の意志。

 彼女達の傍に居るのは、自分で決めた事。

 だから何と言われようと、これだけは譲れない。


「アイツ等に出会った事を後悔するなんて、絶対にしない」


 本人達が居れば絶対に言えない事だが、こいつ等にだけは言わなければいけない。

 自分がやってきた事が間違っていないと。

 アイツ等と共に過ごした事、それは決して後悔の種にはなり得ないと。

 俺の心からの言葉を、目の前に居る馬鹿共に突きつける。


「ならば、減らず口を叩けなくしてやる!!」

『うおぉぉぉぉぉぉ!!』


 その言葉が合図。

 リーダー格を除く全員が、俺に向かって迫り来る。

 距離はおよそ15メートル、到達時間は約2,3秒。

 問答無用って訳か……。


「師父、我が愚行をお許し下さい」


 喧嘩沙汰は拙いが、これは歴とした正当防衛。

 何されても、あっちは文句を言えない立場だ。

 しかしだからといって、すぐに力で捻じ伏せるなんて真似はしてはいけない。

 師父との誓い――『何でも力に頼らない事』は、出来る限り破りたくないけど……

 この状況を見れば、もう止まらないであろう事は明白だった。

 この場に居ない男性に向けて、双眸を閉じて謝罪を述べる。

 …………よし、やってやる。

 心中でそう呟くと、最初に迫ってきた男子が拳を振るってきた。


「アホじゃねぇの」


 しかし悲しいかな、その攻撃は弱々しい事この上ない。

 簡単にそれを往なすと、そのまま腕を掴み回れ右をさせる。

 その先に居るのは、同じく突っ込んできた男子生徒2名。


「プレゼントフォーユー」


 そのまま掴んでいる生徒を前に押しやると、ものの見事に接触。

 ぬわっ!! といった奇声があがるがそれを無視。

 既に他の奴等も来ている為、ワンステップで背後に下がる。

 間合いは開いた――次はまたも2名同時。

 2人が拳を振り上げた瞬間を狙い、一気に間合いを詰める。

 そして片方のブレザーの襟を掴むと、もう1人の方に力一杯に投げ飛ばす。

 華麗な横っ飛びで視界から離れる2人。

 しかしまだ、生徒の波は治まらない。

 いつまでも身一つで押さえられる人数ではない。

 数で押し切られれば、此方が負けるのは必定。

 そこで俺は、少しだけ息を吸うと――


わっ!!!!!!

『!?』


 腹の底から思い切り声を上げた。

 俺に迫っていた奴等は全員、今の突然の大声に怯んでいて足を止めている。

 今の内がチャンス。

 俺は止まっている奴等に向かって、疾走を始める。

 間合いに入ってくる奴等を、順番に左右に張り倒しながら真っ直ぐ走っていく。

 俺の腕力は毎日のトレーニングのお陰で、同年代と比べればかなり上に位置する。

 その力に加え、先程の大声による行動の麻痺に抗える筈も無い生徒達は、次々と横に薙ぎ倒されていく。


「邪魔だっての!!」


 何人か無視したものの、およそ半分は倒す事に成功。

 そのまま真っ直ぐ行くと、鬱陶しいリーダー格の野郎が突っ立っていた。

 表情からは、近付いてくる俺に対して畏怖の感情を見せている。

 自分から吹っ掛けておいて、途端にこれか。

 だったら、少し痛い目見てもらう。

 それを決めた俺は、ソイツに向かって加速する。

 狙うは男の弱点、正中線にある一部分。

 そこを、蹴り上げる!!

 サッカー選手に引けを取らない蹴技は、真っ直ぐにソコへ飛び出していった。


「ひぎっ!!」


 避ける事も、逃げる事も出来なかった奴は、俺の蹴りを受け入れる。

 男の象徴にして、最も弱い部分である『金』。

 淀み無く放たれたそれは、目標から外れる事無くヒットした。

 ソコを押さえて蹲っているその姿は、あまりにも無様である。


「自業自得」


 地べたで這い回る男に、そう吐き捨てる。

 俺に喧嘩を吹っ掛けてきたのだから、これ位は勘弁しろよ?

 そのまま再度走り出し、屋上の出入り口にまで向かう。


「にっ、逃げるのか!!」


 リーダー格とは違う、焦ったような声が耳に入る。

 ったく、誰が逃げるかっての。

 その言葉を無視して、今度はドアの上に上っていく。

 学校に必ずある給水タンクが設置されているそこは、数人は座れるスペースを確保していた。

 俺はそこに立つと、眼下に居る奴等を見回す。


「まぁ、大事には至っていないか」


 倒れている生徒は1人も居なかった。

 気絶させるような事はしてないし、当然と言えば当然だな。

 ……男としての重傷者は居るけど、――まぁいっか。

 残る彼等の表情には、先程まで無かった恐怖が生まれていた。

 ったく、だったら最初からやるなっての……。

 対追撃用に上ったが、意味無かったな。

 折角、上ってきたら手を踏んずけてやろうと思ったのに……。

 今日だけで溜まりに溜まった鬱憤を晴らせなかった俺は、一息吐いて眼下の集団に声を掛けた。


「おい、お前等」

「は、はひ!?」


 何故に声が上擦る。

 しかも変な返事だし、かなり取り乱してるな。

 まぁいいや、言う事言わないと。


「まだ抵抗する気なら、全員がそこで蹲ってる奴と同じ目に遭うぞ」


 と、さっき俺に股間を蹴り上げられ、ピクピクと震えている男を指差す。

 全員がソイツを見ると、すぐさまこっちに向かって首を横に振ってきた。

 それはもう、首が飛んでいくんじゃねぇの? って思う程だ。

 だが、これならもう大丈夫か。


「だったら、お前等のファンクラブの活動を全面的に停止。そして解体しろ」

『えぇ!?』


 俺の提案は今言った通り。

 俺に関しては、これからも5人と同じように接していくつもりだ。

 だから、その存在が問題となるこいつ等をさっさと止める必要がある。

 何より、本人達に迷惑を掛けるファンクラブなんて、存在する価値も無い。

 だが奴等もそれなりに矜持というものがあるのだろう。

 だが未だに蹲る奴を再度指差すと、全員が「うっ」と呻きだした。


「解体しろ。2度と俺達に拘るな」

『は、はいっ!!』


 少し凄みを利かせた声を出したら、どもりながらも了承した。

 つーかお前等、敬礼は要らんだろ。

 まぁ取り敢えず、これでアイツ等のファンクラブも消え去った訳だ。

 俺に対する報復行為を行う連中も現れないだろうし、決着ってとこか。

 うむ、終わり良ければ全て良し。

 でも、何か忘れてるような………って――


「あっ、でも……」


 1つ忘れてた。

 俺が郊外に逃げた時用に待ち伏せしてる奴等、その存在を……。

 どうする? 相手をするのも面倒だし。

 そもそも居るのかどうかも確かめてないが、……居そうだよなぁ。

 仕方ない、こういう時はアイツの情報力を頼るか。

 ポケットに入っている、とあるブツを手に取る。

 掌にスッポリと収まる二つ折りの銀色。

 そう、時代の最先端とも言えなくは無い物『携帯電話』である。

 中学校に入学したお祝いとして、師父から貰ったものだ。

 緊急の事態が起きた時の為、という名目で所持している。

 まぁいいや。

 アドレス帳からとある奴の番号を選び、掛ける。


Prrr Prrr Prrr


『どうした?』

「高杉、悪いんだが校門前と校舎周りに居る変人共を探してくれ」


 そう、掛けた相手は高杉信也である。

 コイツの情報力は、ハッキリ言って尋常ではない。

 昔、たった1日で、クラスメイト10人の1日のタイムスケジュールを、分単位でメモ帳に記す程の奴だったからな。

 子供心ながら、一体どうやったのだろうと考え込んだものだ。

 まぁ、そんな事はどうでも良くて、問題はコイツがそれを把握出来るかどうかだが……。


『ほぼ把握した。校門前には5人、昇降口には3人が潜んでるな。他にも、グラウンドから監視してる奴が合計で10人だ』

「18人か……」

『他の奴等は、部活に参加していて今回の作戦には参加していない』


 そりゃそうか、100人以上って言ってたし。

 だからと言って、屈するつもりは毛頭無いけどな。


「あんがとな、助かった」

『フッ、気にするな』


 簡単に礼を言うと、高杉も簡単に返す。

 俺達にとって、長ったらしい会話なんぞ不要。

 これだけのやり取りで充分なのだ。

 用事を終えた俺は携帯を切り、ポケットに再び仕舞う。

 と、いつまでも高い場所に居るのもなんだな。


「ほいっと……」


 そこから軽く飛び降りて、、未だに畏怖の視線で俺を見る奴等に向く。

 視線がぶつかった瞬間、そこに居た全員がビクついたのが分かる。

 何か、悪名高い不良になった気分だ。


「それとお前等に言っておく」

『はい!?』


 だから、いい加減ビクつくのやめろ。

 話が上手く進まないだろうが。

 目の前の肝っ玉の小さい男衆に呆れ、はぁ…と溜息を吐いてしまう。


「お前等がどう思おうと、あの5人は特別な人間でもなんでもない」


 こいつ等が彼女達を神格化する理由が、分からない訳ではない。

 確かにあの5人は、他の女子と比べれば飛び抜けて可愛い容姿をしている。

 性格は様々だが、それでも嫌いになれる奴なんて1人も居なかった。

 普通なら、学園のアイドルと崇められてもおかしくないだろう。

 それでも、一緒に居ると分かる事がある。


「アイツ等は何処にでも居る、普通の女の子なんだよ」


 彼女達に特別な所なんて無い。

 話す内容も、普段の仕種も、着飾った姿ではない。

 だから、俺だって普通に接する事が出来るのだ。

 目の前に居る男衆は、遠くから見る事しかしなかったから気付けなかった。

 それに、何よりも……


「そして、俺の友人だ」


 前に士郎さんには『知り合い』とだけ伝えた。

 まだ付き合いが浅かったのが第一だけど、それだけじゃない。

 本人達が隣に居た事による、無意識的な恥ずかしさ。

 それを知られたくなくて、気付かれたくなくて、あぁ言って誤魔化した。

 バニングスの言う通り、俺もまだまだ子供だな。

 しかし今は、誰も居ない。

 そんな今だからこそ、飾らず偽らない本心を。

 自分の口から、それを言いたかった。


「それだけだ」


 伝えるべき事は伝えた。

 口を噤んで、俺は屋上から立ち去る。

 本当、アイツ等が居なくて良かった。

 居たら多分、恥ずかしさで焼け死にそうだ。

 そんな笑えない想像が、俺の脳裏を過ぎっていた。










〜Interlude〜



 事の全てを見終えた6人は、何も発せずに居た。

 いや、発せなかったのは5人で、1人だけはただ黙っているだけだ。

 しかし、その静寂の中で、黙っていた少年が口を開いた。


「さて、俺は事後処理をしに行くので」


 彼は徐に立ち上がり、そのまま部屋から出て行く。

 残された5人の少女に目を向ける事無く、彼はその場から立ち去った。

 恐らく、聖と先程話していた事が関係しているのだろう。

 残されたのは、重苦しい沈黙の空間。

 だが彼女達の表情は、その空気にはとても似合わないものだった。

 詰まる所、薄っすらとだが笑みが浮かんでいたのだ。


「友人だって……」

「うん、言ってたね」


 先程の画面越しの言葉を思い出し、反芻するなのは。

 それに答えるフェイトの声には、その事実に対する嬉しさが見え隠れしている。

 自分達を友人と言ってくれた。

 今までは『知り合い』で通していた彼が、ハッキリ『友人』と言い放ったのだ。


「うーん、なんやくすぐったいなぁ」

「本当、不意打ちだよね」

「全く、何考えてんのよアイツ」


 似たような反応をするはやてとすずか。

 ただ1人悪態を吐いているアリサも、表情から恥ずかしさは抜けていない。

 何とも言えない場の空気に、彼女達は困ったような笑いをするしかなかった。

 薄っすらと、それでいて恥ずかしげなそれは、この無機質に溢れた教室の中で活き活きとしていた。

 花壇に咲く、可憐な花達のように……。










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あとがき


主人公は、先輩相手にも引かない男気に溢れているようです。

今回、初となる『Interlude』ですが、初っ端からメタメタですね。

文章が結構崩れてしまって、正確な描写が出来ていないです。

聖の視点で書くよりも、三人称視点で書いた方が良い場面で使おうと思ったのですが、少し難しかったようです。

しかしそれでも、これから何度も出てくるでしょうから、寛大な心でスルーして下さい。

今回のファンクラブ襲撃、見事に乗り越えた聖。

これも普段から鍛えていたお陰ですね、良かった良かった。

まぁ、金蹴りという反則技を使いましたが……。

彼の場合は「喧嘩だったら、目潰しも金蹴りもその他諸々何でもあり」がモットーですから、反則も何もあったもんじゃないですけど……。

さてg[を終えて、一つ問題が発生しました。

次話で、主人公の過去が明かされる話にするか、日常話にするか、なのです。

g\で主人公の過去を出すのは少し早いかな? と考えているので、読んで下さっている方々の意見が聞きたいです。

以上、今回の終了報告? でした。

意見、感想、シチュエーションのリクエスト等々、ご応募お待ちしております。

気軽に掲示板の方にお書き込み下さい(人様のHPなのに何言ってんだか……)

それでは〜。