少年の誓い

〜魔法少女リリカルなのはAs〜


gZ「変わり過ぎた休日」











 日曜日、それは世間一般では休日と決められている。

 1週間の疲れを、その日を使って癒す為の時間。

 ある者は何処かへ出掛けたり、ある者は家で静かに過ごしていたりと、休日の過ごし方は千差万別。

 そして俺、瑞代聖はというと、海鳴市のとある土手にまでやってきていた。

 何故かと言うと……


「平太!! 1人で突っ走るな!!」


 翠屋JFCの試合の応援に来ていたからだったりする。

 このチームには平太と、更に一つ下の勇気がお世話になっている。

 だから俺も、暇な休日はこうして応援に来たり、雑務を手伝ったりしているのだ。

 今は選手用ベンチの横に立ちながら、フィールドで展開されているプレーに叱咤激励している最中。

 あぁ平太の奴、挟まれてるじゃないか。

 ったく、もっとパス回していけよな。


「やはり、平太は突っ走ってしまうね」

「お恥ずかしい限りです」


 ベンチで腕組みしながら試合展開を見ている男性が、俺の方に話し掛けてきた。

 言ってる事が分かるだけに、思わず恐縮してしまった。

 その答えに渇いた笑いを浮かべる男性。

 短く切られた黒髪、ガッシリとした身体に青いジャージを着ている。

 キリッとした表情には、大人としての渋さを感じる。

 この人は高町士郎さん。

 翠屋JFCのコーチ兼オーナーやっている人である。

 ……高町って、最近聞いた事があるような無いような?


「今日の桜台JFCはプレーに気合が入ってるね」

「えぇ、去年までのレギュラー勢は卒業してしまいましたからね。今回が初めての出場って子も居るんでしょう」


 隣の士郎さんの呟きに、自分の思っていた事を述べる。

 選手にとって試合ってのは、かなり重要な舞台だ。

 練習試合といっても、普段の努力が目に見えて現れる所。

 気合が入るのも、無理は無いだろう。


「まぁそれはこっちも同じなんですけどね」

「ウチの方は色々と出していて、試合慣れしてる子が多いからね」


 翠屋JFCでは、練習試合では色々な選手を使っている。

 レギュラーに限らず、補欠の選手も試合に出るチャンスが結構あるのだ。

 選手にとって、とても良いチームなのは言うまでも無い。


「これも、聖君の助言のお陰だ」

「いえ、瀬田も同じ事考えていましたし……」


 士郎さんの言う通り、その方針を進言したのは、チームに所属すらしていない俺だった。

 試合の度にレギュラーしか出場出来ないのは、あまりに不憫だと思ったから。

 士郎さんに相談したのが、去年の話。

 選手でもない俺の意見を、士郎さんは真摯に答えてくれた。

 それからの練習試合に限っては、色んな選手を起用するようになったのだ。

 そのお陰で、今の試合は『1(翠屋)-0(桜台)』とこちらの優位で進んでいる。

 やっぱり試合慣れしてるのとしていないでは、選手の動きに大きく影響してるな。

 タイマーを見たら、前半が終わろうとしていた。


「そろそろハーフタイムも近付いてきましたね」

「そうだね、飲み物は?」


 士郎さんがベンチに居るマネージャーの子に聞く。

 それを聞いて、彼女は選手達用の大きな水筒(ある意味ポットに見えなくも無い)の中身を確認しだした。


「ハーフタイムは大丈夫ですけど、試合後は残らないと思います」

「そうか。どうしようかな」


 どうやら、選手達の飲み物が少ないようだ。

 誰か、試合前からガバガバ飲んでいたんじゃないだろうな?

 サッカーのような長時間動きっ放しのスポーツで、水分を補給出来ないのは結構きつい。

 今日は天気も良いから、下手すりゃ水分不足で倒れる奴も出るかもしれない。

 士郎さんはそれを危惧してるんだろう。

 ……やっぱり、こういう時の為の俺だよな。


「俺が買ってきますよ」

「良いのかい? 聖君」

「えぇ、それ位お安い御用です」


 元々、その為に此処に居るんだから。

 少しだけ考えると、士郎さんは財布をそのまま俺に差し出してきた。


「それじゃ頼むよ」

「分かりました。適当に見繕ってきます」

「それと、何か好きな物を買ってきて良いよ」


 いや子供じゃないんですから、お駄賃なんて要りませんって。

 丁重に「遠慮します」と断り、クーラーボックスを掴んでその場から立ち去る。

 さて、一っ走りしますかね。

 土手を舗装された道まで上がっていって、コンビニの場所を確認する。


「えぇっと、……あっちか」


 し終えると、俺は財布をポケットに仕舞って走り出した。

 近くにあるコンビニでも、片道およそ15分は掛かるだろう。

 ったく、土手ってのは不便だな。

 偶に向こうから来る自転車やジョギングしている御老人を避けながら、どうでもいい愚痴を零す。

 自分から言い出しておいて、何言ってんだか……。





 2リットルペットボトルのスポーツ飲料を3本。

 別に重くないのだが、クーラーボックスの肩掛けが食い込む。

 しかも、走ろうとすると中でガチャガチャ動いて五月蝿い。

 余計に動かすと中を傷付けてしまいそうで、どうにも走れない。

 それを危惧してからは、自然と足並みがゆっくりになっている。

 買出しに出てから、既に30分は過ぎていた。

 ハーフタイムも終わり、後半も始まっているだろう。

 もう少しゆっくりしても問題無いだろうけど、出来るだけ早めに着く事に越した事は無い。


「まぁ、もう着くんだけどさ」


 土手を見下ろせば、試合を肉眼で確認出来る場所にまで来ていた。

 ふむ、流石に後半になると、選手の動きに疲れが見えるな。

 今後の課題は、基礎的な体力の底上げってところか。


「少しだけ急ぐか」


 目的地は目の前なんだし、別に構わないか。

 ボックスを肩に掛け直し、ゆっくりだった歩みを走りに変えて、土手を下っていく。

 一応、クーラーボックスの中に気を遣いながら。





 此処から離れた時と同じく、士郎さんはベンチに座っていた。

 その目は真剣に試合を見ていて、ハッキリ言って声を掛け辛い。

 しかし、声を掛けないのもどうかと思うし……。

 俺がその事で悩んでいたら、いつの間にか士郎さんがこっちを向いていた。

 何だ、バレてんじゃん。


「ありがとう」

「一応氷も買ってきました」


 肩に掛けていた物を見せると、「お疲れ様」と労いの言葉を掛けてくれた。

 取り敢えず、中の物をいつでも飲めるように準備をしなければな。

 選手用の水筒(つーかもうポットでいいや)の蓋を開けて、クーラーボックスに入っている飲料水と氷を移していく。


「良し、こんなもんかな」


 満杯になったのを確認すると、蓋をする。

 これで飲み物の準備は大丈夫だな。

 士郎さんの許に戻ってそれを伝えると、やっぱりお礼を言われた。

 むぅ、こういう事をする為に此処に居るんだから、お礼なんて良いんだけどなぁ。

 と思いながら、グラウンドで走り回る選手達に改めて視線を向ける。


「おぉ、平太の奴、ナイスポジションじゃないか」


 仲間が中央を突破していくのを見ながら、平太が右サイドからゴール前へ走っている。

 しかも相手チームは中央ばかりに気を取られていて、平太にはマークが付いていない。

 彼もノーマークの平太に気付いたのか、自分に意識を引き付けつつ、マークの隙間を狙ってパスを出す。

 その先に居たのは、相手に気付かれぬままゴール前まで来ていた平太だった。

 足でトラップすると、ゴール目掛けて一気に駆け抜ける。

 キーパーはシュートを撃たせない為に前に出てきた。


「近付かれると拙いぞ」


 キーパーに近付かれれば、シュートの軌道が限定されてしまう。

 最悪、密着されればボールを奪われかねない。

 お互いの距離はたったの5メートルだ。

 どうする? 平太。

 そしてキーパーが平太のボールに飛び掛かった。

 くそっ、万事休すか……。


「えっ?」


 しかし平太は、キーパーが飛び掛かってきた時、それに合わせてボールの下部を蹴り上げた。

 瞬間、ボールはフワッと浮かび上がり、飛び掛かったキーパーの頭上を越える。

 その動きに倣って平太も跳び上がり、そのまま一気にボールを蹴り飛ばした。

 キーパーという守護者の居ないゴールに、そのボールの前に立ちはだかるモノは何も無い。

 平太の鋭いシュートは、ゴールネットに突き刺さった!!


「おっしゃ」


 その光景に、俺は知らぬ間に握り拳を作っていた。

 声は張らずに、それでも内心の喜びは計り知れない。

 自分の弟が試合でゴールを決めたんだ。

 喜ばない筈は無い。


ピ―――!!


 同時に、試合終了のホイッスルがグラウンド上に鳴り響いた。


「試合終了!! 2-0で、翠屋JFCの勝利!!」


『やった――!!』


 我等が翠屋JFCの面々は、弾けるような笑顔で勝利の喜びを噛み締める。

 そこかしこから「やったー!! やったー!!」と声が上がっている。

 うん、今日も良い試合だったな。

 今年度の翠屋JFCの初試合は、見事な勝利で締め括られた。





「おーし皆、今日も良く頑張ったな。練習以上の良い出来だった」

『はい!!』


 選手を整列させた士郎さんは、皆の目の前に立って労いの言葉を掛けている。

 勝利が嬉しかったのか、声の調子も右肩上がりだ。

 見てるこっちも思わず笑みを浮かべてしまう。

 すると士郎さんが、俺に目配せをしてきた。

 ……まぁ、良いか。

 それに促され、俺も皆の前に立つ。


「士郎さんも言ったけど、皆良く頑張った。試合全体を通して良い動きもしていたし、今までの練習の成果がとても良く出ていたと思う」

『はい!!』


 一応顔見知りではあるけど、OBでもない俺の言葉にきちんと答えてくれる皆。

 本当に、良い子達だ。


「よーし、勝ったお祝いに、飯でも食いに行くか!!」

『やったー!!』


 選手の皆も士郎さんも、テンション最高潮だ。

 そのまま皆で、士郎さんが店長を勤める喫茶店『翠屋』に向かう事になった。





「えぇっと、翠屋はと……」


 翠屋を目指して、通い慣れた道を通る。

 この海鳴の町は、別段入り組んだ造りにはなっていない。

 数度通れば、普通に憶えられる町だ。

 まぁ、どうして俺が1人で翠屋を目指しているのかというと、きちんとした理由がある。

 試合の後、JFCの皆が翠屋に向かう中、俺と士郎さんは聖祥の付属小学校の方に行って、道具を片付けていたのだ。

 翠屋JFCは、この学校の中に必要な道具を保管している。

 しかし、翠屋の店長であり、JFCのコーチ兼オーナーである士郎さんを、いつまでも引き止める訳にはいかない。

 そこで俺がこの場に残り、士郎さんを先に行かせたのだ。

 あの人が居ないと、いつまで経っても昼飯は始まらないからな。

 運動後の子供達にそれはキツイだろう。

 最後まで渋っていた士郎さんだが、そう言うと何とか納得してくれて、倉庫の鍵を俺に渡して先に翠屋に向かった。

 という経緯で、俺は1人なのだ。


「って、誰に説明してるんだ?」


 周りには通行人を見掛けるが、別段話す相手なんぞ居ない。

 うむ、一体誰に、俺は状況説明をしたのだろうか?

 とか何とか考えている内に、いつの間にか翠屋が目の前に迫っていた。

 派手さの無い落ち着いた外観、シンプルだが嫌いじゃない。

 さて早速入ろうかと思い、『貸切中』と書かれた札が掛かったドアの取っ手を握った。


 ――ふと、何かを感じて、手を放してしまった。

 何だろうか、こう嫌な予感というか、虫の知らせとかそんな感じ。

 どっちも同じだ、というツッコミは無しで……。


「気のせいだよな? そうさ、気のせいだ」


 誰に言うでもなく、自然に呟いていた。

 そうだよ、俺の直感なんて当てに……なりそうだなぁ。

 今まで何度も嫌な予感だけは当たってきたからなぁ、良い予感は一度も無かったけど。

 まぁいい、取り敢えずこのまま士郎さんを待たせる方が駄目だ。

 嫌な予感を振り払い、再度ドアに手を掛ける。

 何も無いように、と一縷の望みを掛けて……。

 俺は、ドアを開く。


「士郎さん、ただいま到着しました」


 翠屋、喫茶店でありながら洋菓子にも力を注いでいる、海鳴では人気のお店。

 内装は表と変わらず、シンプルにまとめられている。

 しかし店に入った瞬間に分かる、穏やかな空間。

 居ると落ち着く、安らぎの場所。

 そこのカウンター席の所に、店長である士郎さんが黒いエプロンを着けた姿で居た。

 俺の声に反応してこちらを見ると、「お疲れ様」と労って手招きする。

 5人程座っているカウンター席に。


「……」


 何だろうか。

 最近、5人という人数で何かあったよな?

 しかも、紫、金、茶、金、栗という色合いを見て、デジャヴを感じずにはいられない。

 後姿から予想すると女性、しかも少女だ。

 ……うん、気のせいだ。

 そう、気付いちゃいけないんだな、きっと……。

 そう自分で思い込んで、士郎さんが勧めるカウンター席に向かう。

 栗色の髪、サイドポニーの髪型。

 何処かで見た事があったのは気のせいだろう、という少女の横に。

 大丈夫、それは俺の気のせいだ。

 俺には日本語訳で『新型』な能力は備えてないから。


「横、失礼します」

「あっ、はい」


 そう、その声が何処かで聞いた事がある筈が無い。

 きっと横を見れば、見た事も無い人が座っているに違いない。

 切実にそう願って、俺は声の方向へ向く。


「「あっ……」」


 重なる声、シンクロする心、ぶつかる視線。


「聖君?」


 此処に来て漸く、先程の予感が的中した。

 ――ジーザス。

 神よ、俺は何かしましたか?

 目の前に居る見知った少女を見て、そう思わずにはいられなかった。





 士郎さん、姓は『高町』。

 どこかで聞いた事はあったんだ、『高町』って聞いて何かを感じたのも確かだ。

 しかし失念していた。

 俺の横に居る少女もまた、『高町』という姓の持ち主だと言う事に……。


「はははっ、まさかなのはと知り合っていたなんてね」


 はい、と8等分されたピザをテーブルに置いてくれる士郎さん。

 俺が来てすぐに食べられるように、既に作っていてくれたらしい。

 士郎さんの心遣いが、とても身に沁みる。

 やっぱり、此処の料理はいつ見ても美味そうだな。

 事実、美味いんだけど。


「私も驚いたよ。まさか聖君がお父さんと知り合いだったなんて」


 先程の士郎さんの言葉に、隣の少女はそう答えていた。

 高町なのは、ハラオウンを経由して知り合った少女。

 いつも元気で笑顔の絶えない、まさに全てを照らす太陽。


「本当だよね、私もビックリしちゃった」

「俺はお前等が居る事自体にビックリだ」


 更にその横には、クラスメイトで高町達と知り合う切っ掛けになった少女、フェイト・T・ハラオウン。

 高町とは対照的で大人しい性格、例えるなら全てに優しい光を注ぐ月。

 月光には魔性の力があるというツッコミは、この際無視する。

 取り敢えず、彼女の言葉に皮肉で返すが、笑って誤魔化された。

 何か負けた気がして、悔しい。


「そういえば聖君、聖祥に通うって言ってたからなぁ」

「えぇ、面と向かって言いましたよ。3月辺りに……」


 カウンターに居る店長は、1ヶ月前の事を思い出している。

 そういえば、その時何か言われた覚えがあった。

 何だったかな?


「確かその時、『娘に会ったら宜しく』と言った覚えがあったな」

「そ、そんな事言ってたの? お父さん」

「すみません、すっかり忘れてました」

「ひ、酷いよー」


 そうだそうだ、そんな事を言われてたのを今思い出した。

 本心を呟いたら、何故か高町に非難されたが。


「しかし、仲良くしてくれているようだね」

「ただの知り合いですよ」

「それはちょう酷くあらへん?」


 正直に答えたら、今度は八神に。

 いやいや、俺達の関係を知り合い以外でどう表せってんだよ?

 他の奴等も納得いかなそうな顔してるし。

 お前等は俺に何を期待してるんだ?


「そこで友達って言わないのが、如何にも聖君らしいな」

「知り合って1週間程度で友達って、そこまで友情って軽いものでしたっけ?」


 少なくとも俺は思わない。

 友達ってのは、互いに絆が生まれて初めてなるものだ。

 ちょくちょく会ってるからって友達じゃ、簡単に『全人類友達の輪』が完成しそうだ。

 まぁ世界の在り方としては一番の理想だが、実現は限りなく不可能だろう。

 こうして居る間にも、何処かで誰かがいがみ合っているんだから。

 ――とか何とか屁理屈を連ねて、実際は違うのだろうけど……。


「それより聖君、それは早めに食べた方が良いよ」

「そうですね。何処かの誰かさんが話し掛けるから、食べるタイミングを逃してました」

「アンタねぇ……」


 綺麗に切り分けられたピザを1つ手に取ると、バニングスの表情に怒りが滲み出していた。

 いや、事実だろ?

 まぁ言っても賛同してくれないだろう、コイツの性格じゃ。

 まてよ、バニングスって……。


「デビットの娘さんにここまで言えるなんて、やっぱり君は面白いな」

「デビットさんの娘って、マジですか?」

「あぁ、マジもマジ。大マジだよ」


 道理で、名前を知った時に聞き覚えがあった訳だ。

 長い間気になっていた疑問が、漸く晴れた。


「何アンタ、パパの事知ってるの?」

「あの人がJFCの練習見に来る時は、色々話したりしてるぞ」


 デビット・バニングスさん。

 士郎さんの親友で、翠屋JFCに時々顔を出してくる人だ。

 練習とか試合に限らず、色々と見ながら楽しんでくれている。

 しかも偶に、メンバーに混じって練習する事もある。

 俺も暇な時は大体来てるから、知らぬ間に顔見知りになった。


「聖君はデビットに気に入られてるからね」

「あの人、面白いですし」


 特に練習で試合をやる時は、よく張り合ったもんだ。

 お互い本気になり過ぎて、実質1対1みたいになる時も多々あった。

 思い出すと、自然と笑みが零れてきた。


「その時聞かなかったかい? 君と同い年の娘さんが居るって」

「すみません。やっぱり忘れてました」

「アンタねぇ〜〜っ!!」


 文字に起こすと同じなのに、それに含まれる感情は格段にレベルアップ。

 おいおい、正直に答えたのに何でそこまで怒る。

 他の4人はそのバニングスを見て、少々顔が引き攣っていた。

 止めろよ、友達だろう?

 取り敢えず俺は、食いかけだったピザの2つ目を口に放り込んだ。





「なのは姉ちゃーん!!」

「ん? あっ、平太君」


 適当に皆と話しつつ、食事を進めていたら、何かが近付いてきた。

 いや、何かでは無い。

 少なくともこの店内に置いて、俺以上にコイツを知っている者は居ない。

 ソイツはこちらに寄ってくると、高町の目の前までやってきていた。


「今日の試合は見てくれた?」

「ゴメンね、今さっき用事が終わったばかりだから。今日は見れなかったんだ」

「なぁんだ、勿体無い。今日は俺のカッコイイ姿が見れたのにな〜」


 とても親しげに話す平太と高町。

 まぁ、オーナーの娘だったら試合とか見に来るだろうな。

 知り合っていても不思議じゃない。


「へぇ、それは見てみたかったかも」

「私も、平太君のカッコイイ所見てみたかったわー」

「へへっ、今度試合があった時は、ちゃんと見に来てくれよ」


 ハラオウンと八神の言葉に気分を良くした平太は、調子付いたように胸を張ってそう言った。

 しかし、士郎さんは甘くなかった。


「平太、あまり調子に乗るな。今日のプレーは、偶々上手くいっただけだぞ」

「うぅ……」


 やはりというか、お叱りを受ける平太。

 士郎さんの言葉で、先程まで大きく出てた態度は途端に萎んでいった。

 まぁ、士郎さんの言う事も最もだ。

 最後のアレは、下手すればキーパーと接触して怪我をする可能性だってあったんだ。

 既にゴール前に居た平太は、すぐにシュートを撃っても問題無かった筈だ。

 その辺りをきちんと注意しなくては……。


「士郎さんの言う通り、あんな危険なプレーは絶対にするな」

「うぅ、聖兄ちゃんまで……」


 ますます落ち込む平太。

 隣からお咎めを止めようとする声が聞こえるが、それに乗る訳には行かない。

 思い知ってからでは遅いんだ、こう言う事は。

 だから知って欲しい、コイツにも。


「お前に何かあったら、俺は心配で堪らないんだ。その事、忘れないでくれよ」

「兄ちゃん……」


 ポンポン、と頭を優しく叩いてやる。

 すると、落ち込んでいた平太の気持ちが浮上してくるのが、表情で分かった。

 ただこのまま、お叱りだけで済ませるのも可哀想だな。

 一言位は、褒めてやるか。


「今日の試合は本当に良かった、これは本当だ。だから、これからも頑張れ」

「うん!!」


 その言葉に満足したのか、満面の笑顔で自分の席に戻っていく。

 そこには、先程まで叱られていた事を微塵も感じさせない。

 うん、良かった良かった。


「甘やかし過ぎですかね?」

「いや、充分さ。これで平太も、もっと頑張れるだろう」


 コーチである士郎さんの意見を無視して褒めたから、少し俺も怒られると思ったのは杞憂だった。

 2人揃って戻っていく平太を見る。

 嬉しさが表情から溢れ出て、喜びに満ちていた。


「聖君、まるで本当のお兄さんみたいだね」


 突然、月村がそんな事を呟いた。

 振り向くと、彼女は柔らかく優しい笑みを浮かべていた。

 老若男女問わず見入ってしまう程の、気品漂うとても綺麗な笑みだ。

 本当なら、此処で心臓の鼓動が早鐘を打つようなシーンだろう。

 だがしかし、俺の意識は月村の笑顔ではなく、言葉の方にいっていた。


「何言ってんだ? 俺、アイツの兄貴だけど」

『えっ!?』

「平太の本名、瑞代平太だぞ」


 一瞬にして驚きの空気に変わったのを、俺は感じた。

 俺からすれば何を今更と思うだけだが、彼女達からすれば驚くべき真実なのだろう。

 まぁ、言ってないから仕方ないだろうけどさ。


「瑞代って、弟居たんだ」

「あぁ、お前等には言ってなかったな」


 聞かれなかったから言わなかっただけだがな。

 しかし、そこまで驚くものか?





 ピザを食べ終えた俺に、今度はシュークリームが差し出された。


「これ以上は悪いですよ」

「何、いつも頑張ってくれているお礼さ。遠慮しなくていいよ」


 丁重にお断りする俺に、士郎さんは優しい顔で有無を言わさないようにそれを差し出してくる。

 正直言うと、かなり欲しい。

 此処のシュークリームは、翠屋の洋菓子の中でも特に人気のあるメニューだ。

 フワッとした生地に上品な甘さを持つソレは、まさに絶品の一言に尽きる。

 作ったのは士郎さんの奥さんである、高町桃子さん。

 15歳の時からパティシエとして、フランスやイタリア等で修行を積んだその腕前は、まさしく超一流。

 そんな人が作るシュークリームだ。

 初めて食べた俺は、すぐさま桃子さんのファンになった。


「もしかして、あまり好きじゃないの? シュークリーム」


 いつまでも手を出さない俺に、高町が心配するように尋ねてきた。

 突然何を言うか、この小娘は。

 自分の母親のパティシエとしての腕を侮っているのか?


「んな訳あるかっての。桃子さんの作るシュークリームを嫌いになるなんて、俺には信じられん」

「あらあら、お褒めの言葉ありがとう」


 と、店の厨房から、1人の女性が現れた。

 士郎さんと同じ黒いエプロンを身に着けるその姿は若々しく、二十代の女性といわれても全く違和感が無い。

 しかしこの人は、既に既婚の女性。

 士郎さんの奥さんである、高町桃子さんだ。

 穏やかな笑みを湛えた桃子さんは、俺の席の前までやってくる。


「久し振りね、聖君」

「はい、お久し振りです」


 桃子さんの挨拶に、礼儀正しく返す。

 うん、本当に綺麗な人だ。

 この姿で子供が居るとは、とてもじゃないが思えない。

 まぁ、隣に居るんだけどな……。


「主人も言ったけど、本当に遠慮しなくて良いのよ」

「じゃ、じゃあ、頂きます」


 流石にここまで言われてしまうと、断る方が逆に悪く感じてしまう。

 2人のお言葉に甘え、俺は目の前のシュークリームを頂く。

 …美味い!!

 今まで何度か食べた事はあるが、それでもこう思わずにはいられない。

 何より、これを作り上げた桃子さんが凄い。

 この味を生み出すのに、どれだけの時間と努力を掛けたのだろう。

 俺には想像が出来ない。

 いや、俺が想像する事自体が間違っている。


「どうかしら?」

「美味いです。何度食べても、それしか感想はありません」

「うふふ、ありがとう」


 それからも一口一口、きちんと味わって食べていく。

 一口毎に口内に広がる甘さはとても上品で、クセの無い美味しさを醸し出す。

 何度食べても飽きないその甘味に、俺は舌鼓を打つ。

 しかし、何だか妙な視線が幾つも突き刺さってるような……。


「って、何でこっちを見るんだ。お前等は」

「本当に美味しそうに食べてるなぁって」


 何だそりゃ?

 まるで面白い物を見るような目で俺を射抜く5対の瞳。

 見世物小屋に居るのでは、と錯覚してしまう。


「美味しいものは美味しく食べる。作ってくれた人に対する、最低限の礼儀だろうが」


 この考えは、人にとって当然の事だ。

 美味い料理は人を幸せにする。

 そして料理人は、客を幸せにする為に頑張っているんだ。

 その努力に対して、客は応えるのが当たり前。

 美味しいものは美味しいと、本心を偽らず、変に着飾ったりしない本音を伝える。


「本当に、良いお客様ね」

「何も無い俺を褒めても、何も出て来ませんよ」


 俺の下らない冗談に「あらまぁ」と、表情を変える事無く応える。


「それじゃ、1つ聞いても良いかしら?」

「ん? 構いませんけど……」


 その言葉に了承すると、ふと、店に入る前に感じた『何か』が過ぎった。

 嫌な予感。

 桃子さんの未だ絶えない笑顔を見て、それが限りなく間違いないものだと確信した。

 一呼吸置いて、桃子さんはその口で――


「彼女は出来たの?」

「っ!? ぐっ!?」


 と、のたまわりやがりました。

 無論、そんな突拍子も無い質問に咳き込む俺。

 ヤバい、気管支に入った。


「グッ、ゴホッ、ゴホッ、……なんて事を言うんですか、貴女は」

「だって、気になるじゃない」


 明らかな不意打ち、正直相当な口撃である。

 気になっても言わないでしょう、普通そう言う事は。

 咳が治まった俺は、ふぅ、と一息吐いてから答える。


「そんなおめでたい存在、居る訳無いじゃないですか。つーか、分かってて聞いてません?」

「あらあら、そんな事無いわよ」


 ……嘘だ、絶対。

 この屈託の無い笑みの裏側には、きっと小悪魔が微笑んでるに違いない。

 士郎さん、貴方の奥さんを止めて下さい。

 視線で助けを求めると、気付かれないように小さく頷いてくれた。

 あぁ、士郎さんがこういう人で良かった。


「居ないなら、なのはとかどうだい?」

「って、何でそうなるんですか!!」


 希望の星が砕かれた瞬間、思わずその場から立ち上がってしまった。

 くそぅ、信じた俺が馬鹿だったよ。

 士郎さん、貴方はそんな事を言う人だったんですね。

 ってか、自分の娘を簡単に差し出さないで下さい。

 その現実に、俺の心が少しだけ挫けそうになる。

 あぁ、心から涙が流れそうだ……。

 全く何の脈絡も無く会話に巻き込まれた高町は、慌てた様子で両親に詰め寄る。


「お、お父さん!? お母さん!?」

「安心して、なのは。聖君はとても良い子だから」


 そういう問題じゃね――!!

 勝手に俺と高町をくっ付けようとしないで下さい、2人共。


「聖君、ウチのなのはでは不満なのかい?」

「こんなに可愛い娘を、貴方は欲しいと思わないの?」

「それ以前の問題でしょうが……」


 ……誰か止めてくれ、この親馬鹿2人を。

 桃子さんの言う通り、確かに高町は可愛いだろう。

 普通の男子なら惚れて当然だ。

 元気の良さは好感が持てるし、何かは知らないが一生懸命頑張っている姿は悪いものじゃない。

 俺には勿体無い位に良い奴だろう、――って、何考えてんだ!?

 あぁもう、頭が痛くなってきた。


「ったく、俺個人に対する質問に、高町を巻き込まないで下さい」


 この場合、俺以上に、隣で真っ赤になってる高町が不憫でならない。

 完全な飛び火だし、本人も嫌がるだろうし。

 と、そう思っての事だったのだが……


「ふふふっ、嫌がりながらもなのはだけは守ってるのね。やっぱり聖君は優しいわね」

「ユーノ君も同じだが、彼は少し強引さに欠けているしなぁ。その点、聖君なら問題無いだろうね」


 結局振り出しに戻るのかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 ユーノという知らない人よ、俺との引き合いに出されてご愁傷様。

 うぅ、そろそろ反論するのも疲れてきた。

 限界が近付いてきた俺、勘弁して下さい。

 しかし、2人の攻撃が止む事は無かった。


「もしかして、なのはじゃなくて他の子が……」

「フェイトちゃん? はやてちゃん? アリサちゃん? すずかちゃん?」

『!?』

「そっちにまで向けるな――!!」


 何故此処に居る奴だけに焦点を絞るんですか!?

 あぁ、本格的に女難の相が出てるのかもしれない。

 ――本当に泣いても良いですか?





 それからも、いつまでも終わりの見えない闘いとなったのは、言うまでも無い。

 何とか終わった頃には、既に体力の限界。

 そして精神的な疲労は、それを軽く凌駕していた。

 ったく、あの人達は何で人を利用して色恋話をしたがるのだろうか?

 本当、勘弁して欲しいものである。

 だって……


「俺はもう、恋なんてしないって決めたんだ」


 4年前のあの時、子供ながら自身の心にそう誓ったのは間違い無い事実。

 これからも変わらない、変わってはいけない。

 人を好きになる事は悪い事じゃないけど、俺は例外。

 変わってしまえば、きっとまた後悔する。

 誰かを好きになった事、その人を信じた事を……。

 俺個人としては、それは勘弁願いたい。


「――やめとこ、こんな事考えるのは………」


 あれを思い出すと、際限無く気分が悪くなる。

 頭の中にある無駄な考えを捨て去り、改めて前を見据える。

 過去の出来事で気が滅入るなんて、女々しい証拠だな。

 いい加減、吹っ切れて欲しいものである。

 それにしても、本当に勘弁して欲しいな、あの2人には……。

 帰り際、高町が申し訳無さそうに謝ってきたのを見て、アイツを少しだけ不憫に思った。

 しかし、アクの強い2人だが、それでもアイツにとっては大切な両親だ。

 そう思うのは失礼だろう。


「あんなものでも、過去になれば笑い話位にはなるかな」


 いつかこんな話があったと、笑いながら話せれば多少は目を瞑れる。

 せめて、この記憶が昇華されるのを祈っている。

 良い方向にな……。










―――――――――――――――
あとがき


物語の主人公って、色んな人に弄られますよね。

彼に言える事は只一つ、『まぁガンバレや』の一言です。

前回に引き続き、gTから引っ張ってきたネタの一つである『バニングス』も、今回で解消しました。

父親の方とは言え、既に何年も会っていれば、そりゃあ聞き覚えありますよね。

気付くの遅過ぎですね、聖は(『高町』の方もですが)

そしてラストに垣間見えた、彼の過去の一部。

ソフトボールの時が2年前、そして今回は4年前と、コイツは色々と抱え過ぎですね。

取り敢えず今回で分かるように、あの夫婦は聖にとって目標の1つであり、天敵です。

2人共大人ですからね、彼はいいように遊ばれております。

本人は困ってますが、傍から見れば面白いこの場面。

本来なら居る筈の無い5人まで加わり、更に拍車が掛かっています。

本当、タイトル通り変わり過ぎましたね。

以上、感想どんどんお待ちしております。

そして、書き溜めが無くなりつつある現状。

投稿速度は遅くなりますが、それでも頑張りたいと思います。

それでは〜。