少年の誓い
〜魔法少女リリカルなのはAs〜
gW「意地」
とにかく俺は本気だった。
ベンチから発せられたあの言葉にもムカついたし、相手を明らかに侮蔑したような態度も許せない。
自分が周りよりレベルが高いからって、それは間違っていると思う。
俺個人としては、絶対に抑えてやるって気持ちで立ち向かった。
でも結果は、ライト方向に長打を打たれて仕舞いには――
「打たれちまったな」
「まぁ、1点だけで済んだんだ。マシな方だろ」
バニングスと瀬田、俺の力が及ばず、ランニングホームランを許してしまった。
後続は何とか抑えたが、ハッキリ言って後悔の念が消えない。
くそっ、最悪だ!!
これは体育の授業の余り時間に行っている試合。
そう割り切れれば、別段大した事は無い。
でもあのバッター(高杉情報では、猿山剛太と言うらしい)がベンチに戻って行く時に言った一言――
「女子なんてメンバーに入れるからだ、自業自得だな」
その時、授業の一環だなんて割り切る心は無くなった。
確かに体力的に比べると、女子は男子に劣るだろう。
でも、だからと言って生徒の自由意志を縛るなんてやってはいけない。
やりたいって気持ちがあるなら誰がやっても良いんだ、授業なんだからそれ位許されている。
でも2組のメンバーに、女子は1人も居ない。
恐らく、いや絶対に、猿山がそれを許さないんだろう
そんな自分勝手な事をやってる奴が、今マウンドに立っている。
先程の結果に満足しており、その表情は嫌なほどの笑みが浮かんでいた。
「あぁもう、くそっ!!」
ベンチからすこし離れた場所でバットを持っていた俺は、やるせない気持ちから悪態を吐いてしまう。
たかが授業でこの有様、我ながら情けない奴である。
そんな時、誰かの足音が耳を通る。
何処か消極的で悲しそうな音だと、心の片隅で思って振り向く。
「瑞代……」
俺の向いた先に、少し沈んだ表情の金髪少女。
アリサ・バニングスが、2メートル程離れた所で立っていた。
その顔色から、何かに対して罪悪感を感じている、そんな感じを受けた。
「ゴメン。アタシがもっと出来てれば点取られなかったのに……」
…………あぁ、くそっ。
彼女のそれを聞いた瞬間、俺は自分を殴り飛ばしたくなった。
バニングスは、先程のプレーをかなり気にしていたのだ。
自分のせいで点を取られ、迷惑を掛けた……、そんな事を思っているのだろう。
必要無い負い目を感じている。
何だよ……優しい奴じゃないか、バニングスって。
「バニングス」
この回、彼女も打席に立つ。
せめてそれまでの間に、その負い目を取り払ってやりたい。
いつもの俺だったら、そんな殊勝な考えなんてしないだろう。
それでもこんな気持ちになったのは、目の前に居る少女の持つ心の優しさを垣間見たせいだ。
取り敢えずバニングスの肩に手を置いて、出来るだけ暗いニュアンスを出さないように意識して。
「お前は悪くねぇって。初めてであれだけ頑張ったんだ、良いプレーだったぜ」
ハラオウンと同じく、バニングスもソフトボールをやるのは初めてだ。
それでも、あんなに必死になってボールを追った彼女の姿は、決して悪いものじゃなかった。
そう、悪いとすれば……
「あれは、俺のせいだ」
「えっ……」
俺の言葉に、不意打ちを食らったような声を出すバニングス。
その答えが意外だったような顔をしてるが、これが真実だって事は明らかだ。
結果的に悪いのは、相手に打たれた俺のせい。
高杉の配球ミスもあるだろうが、アイツを信じたのは俺だ。
だったらアイツを責めるのは筋違い。
だから挽回する、この打席で。
バニングスを残したままその場を後にして、バッターボックスに向かう。
やりきれない気持ち、せめて打席で晴らしたいから……。
「ふぅ……、良し」
心を落ち着けて、打席に入る。
相対するは、マウンド上で不適に笑う実力者。
でも、俺は負けたくない。
そんな想いに体が反応し、グリップを握る手に力が込められる。
俺よりガタイの良い全身を大きく使ったウィンドミル。
そこから生み出されるのは、強力無比な剛球。
どれだけ勝とうと思っても、相手の実力は本物だ。
だからせめて、誰もが甘くなる初球を狙う!!
その名の通り、風車のような力強さを持った彼から放たれたボールは、申し分無く速い。
でも、目で追いきれない訳じゃない。
コースは内角の真ん中、思い切り引っ張ってやる!!
予め後ろに引いておいたバットを、腰の力を使って一気に振り抜く。
キィン!
重いっ!!
しかし真芯で捉えたのが手応えで分かった。
ボールの球威に負けないように、力の限りバットを前へ押し出す。
力任せに振り抜き、フォロースルーを取る事も忘れない。
打球は真っ直ぐ、三塁線へと飛んでいった。
傍から見れば、鋭いライナー制の長打コースの打球。
でも、あのコースは――
パシィン!
「アウト!」
間違い無く良い当たりだった。
惜しむらくは、打球が低すぎた事。
そして、サードが意外にベースライン側で守っていた事だ。
俺の打ったボールはサードの真正面に飛んでいき、彼のグラブに収められた。
その驚いた様子を見て、半ば反射的に構えたグラブに運良くボールが入った、といった感じを受ける。
だが彼とは違い、俺の方は完全に運が悪かった。
くそっ!!
自分の力量の無さに悪態を吐きながら、ベンチに戻っていく。
「はぁ……」
「ドンマイ、良い当たりだった」
ベンチに座り、思わず溜息を吐いてしまった俺に、瀬田が声を掛けてくれた。
確かにコイツの言う通り、手応えと当たりは自分でも良いと思った。
「でも、アウトだしな……」
はぁ……。
いかんいかん、また溜息が出る。
気持ちを切り替えないといけないと思い、打席の方に視線を移す。
そこにはこの試合で数少ない女子である、ハラオウンが立っていた。
その姿は、まだ緊張感の取れない初心者そのものだが……。
まぁ今日が初めてだし、仕方ないよな。
……取り敢えず、1球目終わったら止めるか。
ピッチャーが構えると同時にバットを引き、ボールが放られた瞬間に前に一歩踏み込む。
基本的な動作は合っている、でもあれじゃ打てない。
バシィン!
「ストラーイクッ!」
掠りもしない完璧な空振り。
タイミングは合っていた、でもバッティングについて知識が無さ過ぎるのが災いした。
でも出来ない訳じゃない事は、今の様子を見て分かった。
しかし猿山の奴、ハラオウンに対しても容赦無く全力投球しやがった。
正々堂々のつもりだろうけど、無理矢理力で捻じ伏せているようにしか見えない。
男なんだから、そこん所少しは考えろっての。
そんな憤慨したような気分のまま、俺は立ち上がり先生に向けて声を掛けた。
「タイムお願いします」
「タイム!」
タイムを取り付けて、今度はハラオウンをこちらに手招きする。
少しだけ呆気に取られていたが、すぐにこちらに走ってきてくれた。
「どうしたの?」
着て早々の一言。
まぁ気持ちが分からない訳じゃないけど。
取り敢えず、今のバッティングでは良い打球は出ない事を教えて、軽いレクチャーを始める。
「バニングス、お前も」
勿論、ハラオウンの次のバニングスも忘れない。
まずはグリップの握りから。
「両拳をきちんとくっ付けて、離れないようにな」
「こう?」
「そうそう」
次は構え方。
「お前等は右だから、左脇を締めてバットは軸足の上に。バットは少し寝かせた方が振り抜きやすいからな」
「なるほど……」
「膝も軽く曲げた方が良いぞ」
更にスイング。
「最初は後ろ足に重心を移して、バットを引く。前足を踏み出す時に腰も捻って、前足を踏み込んだと同時に捻った腰を一気に回して振り抜く。」
これは口だけじゃ説明できないから、実演しながら教える。
淀みない俺のスイングは空を切り、ブン!! と鋭い音を発した。
「凄いね」
「要は慣れだからな。取り敢えず、これを憶えておければ何とかなる」
「分かったわ」
「それとハラオウン。お前さっきのスイングで手首を捏ねてたから、真っ直ぐに振り抜けよ。ボールに変な回転が掛かるし、力負けし易いからな。」
「うん」
これで大丈夫かな。
『瑞代聖の簡単バッティング講座』を聞いたハラオウンは、バッターボックスの脇で一振り。
うん、さっきより断然様になってる。
バニングスもネクストバッターズサークルで軽く一振りする。
力強さは感じられないが、形の崩れない綺麗なフォームだ。
2人共、きちんと俺の話を聞いてくれていた証拠だな。
「プレイ!」
タイムが終わり、改めてハラオウンはバッターボックスに入る。
今度はきちんと膝を軽く曲げて、俺が見せたスタンスをそのまま再現していた。
うわっ、形だけならかなり出来ているぞ。
1度見ただけでここまで出来るなんて才能あるな、アイツ。
スポーツ得意なのは聞いてたけど、種目を選ばないとは羨ましい限りだ。
ハラオウンの堂に入った構えに猿山の奴も警戒したようで、ピッチングの体勢に入るまで多少の間があった。
だが奴とてこの中では群を抜いての実力を持つ男だ。
モーションには揺らぎは無く、平静を保っている。
ウィンドミルから放たれたボールは、今までと同じ球速を叩き出していた。
しかしハラオウンの目には完全に捉えている筈だ、そのスピードを。
踏み込みと同時の腰の回転も上手く、その勢いを活かしてバットに力を込める。
キィン!
ジャストタイミング!
ベースより前側でハラオウンのバットはボールを捉える。
だが、それは前ではなく頭上へ飛んでいった。
ショートの選手が上を向きながらグラブを構えている。
数秒後、パシッという音と共にボールが収められた。
結果はショートフライ。
それを残念そうに見ながら、彼女はベンチに戻ってきた。
応援側の女子からは、彼女に対して幾つか激励の言葉を送られている。
初めての打席、三振じゃなかっただけ良いもんだろう。
やっぱりすげぇな、ハラオウンって…。
…っと、ハラオウンにばかり気に掛けてる訳にはいかないな。
次のバッターは、バニングス。
やっぱり初めての打席だからか、緊張が表情から滲み出ている。
それでもバッティングフォーム自体は俺のレクチャー通り、きちんとした形をしていた。
ちょっと肩に力が入り過ぎてるかな? とも思うけど。
一方の猿山は、まさか自分が女子に打たれるとは思っていなかったのだろう。
表情には隠そうとしてるが、明らかに動揺してるのが見て取れた。
これなら、バニングスもいけるかもと期待してしまう。
そしてその期待は、どういった訳か当たってしまった。
キィン!
ハラオウンと同じくきちんとしたフォームで、バニングスは猿山の球を打ったのだ。
結果はピッチャーゴロだったが、それでも前に打つ事が出来た。
かなり良い結果ではなかろうか?
いや、誰に聞いてるんだ俺。
3回表、マウンドに向かった俺は、とある事を思い付いた。
思い立ったが吉日、早速防具を着け終わった高杉に提案する。
それを聞いた高杉の反応はと言うと――
「なるほど、普通にやるよりは面白そうだな」
「あの猿山には、徹底的に対抗するつもりだし。何よりも、楽しんでもらいたいだろ?」
普通を嫌う奴だけあって、少々変わった事は問題無く了承する。
この案、結構な力量を要するが、やるだけやってみよう。
この回は下位打線からだから、成功する確率は多少なりとも上がるのが幸いだ。
良し、頭を切り替えるか。
「すぅ……はぁ……」
集中、集中。
この回は8番バッターが先頭、猿山の性格から考えれば実力的には下の筈だ。
やってやれない事は無い、信じろ自分を…。
ホームベース先に視線を向け、高杉の構えるミットを確認。
外角低め、最初は内野ゴロ狙いか。
アイツの考えを悟った俺は、流れるようにボールを放つ。
スピードは変わらず抑えているが、コントロールを意識出来るからこちらの方が好都合。
キィン!
少し詰まったような音を立てて、白球は地を跳ねる。
方向は左側、セカンドの辺りだ。
「ハラオウン!」
そちらに振り返り、声を掛ける。
彼女は既に捕球体勢に入っており、グラブをボールのバウンドに合わせて難なく捕球。
そのままファーストの瀬田にスローイング、その流れるような一連の動作で彼女の長い金髪が靡く。
金糸のような美麗さを伴ったそれに、数瞬だけ見惚れてしまう。
結果は勿論アウト。
「ナイスプレー」
「うん、ありがと」
初めての守備を全く取り乱さずやってのけた彼女は、俺の言葉に笑って返す。
自分でも良いと思ったのか、かなり喜んでいる。
うん、良い事だ。
「さて、次は……」
ぎこちない構えの9番バッター、あぁコイツは初心者だな。
本人からすればかなり失礼な事を思いながら、高杉の構えるコースに少し山形のボールを放る。
今度は外角高め、2回表では打たれたが今は大丈夫。
キィン!
バットから発せられた音と共に、俺の投げたボールは高く上がる。
またも方向は左側、この分だとバニングスの真正面にいくな。
飛んでいったそれを追うように振り向いた先には、上空の白球を見据えるバニングスの姿。
フライってのは初心者にとってかなり難しいものだけど、彼女は全く動揺していない。
普段の様子通り、かなり肝が据わってるな。
少しばかり右往左往しながらも、落下地点に着いてボールをキャッチ。
良し、これでツーアウトだ。
バニングス、ハラオウンと回ってきたボールを受け取って、俺は内心ほくそえんでいた。
「作戦成功だな」
高杉に提案したもの、それはハラオウンとバニングスの2人にアウトを取らせるといったものだった。
何故こんな作戦を思いついたかと言うと、簡単に言えば猿山に対抗する為である。
アイツが試合で女子を出す事を嫌っているのは、先程までの様子を見れば言うまでも無い。
だから敢えて、その女子が試合に貢献出来るように俺と高杉で糸を引いたのだ。
セカンドゴロ、ライトフライ、共にワザと打たせてアウトを取る手法を用いたのは、そういった理由から。
……と、此処までつらつら理由を述べているが、本当のところは――
「楽しんでるみたいだな」
ハラオウンとバニングスが、互いのプレーを笑顔で誉めあっている。
そう、あの2人に楽しんでもらいたいだけだったりする。
初めてのソフトボール、やっぱり楽しめた方がタメになるし。
随分自分勝手な理由だけど、これ位なら良いよな…。
その後の1番バッターを三球三振に抑え、3回表は何事も無く終わった。
しかし、未だに1-0で負けている状態。
そろそろ攻撃にも本腰を入れないといけなくなったのは事実。
この回は7番の高杉からだ。
何をやらかすか分かったもんじゃないが、意外な事に終始静かなままだった。
三球三振、一度もバットを振る事も無く。
だが奴は、それ自体には大した感慨を持つ事はせず、至って普通な状態でベンチに戻ってきた。
その後に何かを企んだような、イヤらしい笑みを浮かべていたのは、俺の気のせいだろう。
8,9番の山根と田中も完全に完封され、この回も得点ゼロで終わりを迎えた。
「時間の関係上、この回が最終回にするぞー!」
4回表、俺がマウンドに立った時に先生がそう全員に告げる。
それを聞いて、内心焦りが生まれた。
ヤバイなぁ、リードされたまま最終回か……。
せめて同点なら、と思うが今更の話だ。
「だったらせめて、この回は確実に無失点に抑える」
誓い、というには大袈裟だが、その誓約を胸に刻む。
本当は周りにもっとボールを回してやりたいが、状況がそれを許してくれないだろう。
うむぅ、最初の回でやっておけば良かったかも……。
何て後悔は、脳内から投げ飛ばして消し去る。
高杉のリードを信じて、何とかしないとな。
良し、第一球……内角低め――
バシン!
「ストラーイクッ!」
バッターは見送ったが、そこはギリギリ入ってるぜ。
此処に来て突然右腕に違和感を感じるが、今はあまり気にしてられない。
その後、ど真ん中空振り、一度高めで外して、最後に真ん中高めで三振。
次のバッターも、ストライクゾーンをギリギリ外した高めに手を出して、俺の真上に打ち上げた。
それを難なく捕球し、これでツーアウトだ。
これであと1人だ、次は誰だ?
「ったく、シケてんなぁアイツ等」
その声で誰かなんて考える必要が無くなった。
この試合において、唯一俺から点を取った生徒であり、俺の怒りを買った生徒でもある。
ったく、何だってこんな展開になるんだよ。
最終回のツーアウト、ここで登場するのは相手チームの最強スラッガー。
此処で抑えられなければ、勝利は絶望的となるだろう。
此処が踏ん張り所、見事打ち取る事は出来るのか。
はぁ……こういうのは、漫画とかゲームの主人公の役目だろ?
俺は主人公なんて柄じゃねぇし、どっちかって言うと瀬田の方が似合うと思うぞ。
そんな事を思いながらファーストを守っている、俺の知り合いの中で最も主人公っぽい奴を見やる。
不意に向けられたその視線に、対する瀬田は『?』といったような表情をした。
いやそんな顔されても困るんだが、……まぁ良いや。
未だに違和感を禁じ得ない右腕を軽く振って、バッターに向き直る。
猿山は不敵な笑みを浮かべながら、オープンスタンスでバットを構えていた。
「しゃあねぇ、テメェの鈍い球をまた軽く吹っ飛ばしてやるぜ」
俺を強い視線で射抜き、そう宣言しやがる。
やっぱりコイツ、かなりムカつくな。
しかし此処で逆上したら、相手の思う壺だ。
落ち着ける為に深呼吸を数度繰り返し、穏やかになっていく精神を感じる。
その俺の姿を嘲笑うように見据えるバッターは、「そんな事無駄だ」と言うかのように言葉を続ける。
「今度はセカンドにライナーでもぶつけてやるか? アイツ、ビビッて腰抜かすぜ」
クククッ、という笑いを噛み殺す音が鳴る。
しかし、そんな事どうでもいい。
理解したのは、中学1年生にしては明らかに――
――腐った性根をしているって事だ。
もう我慢出来ない。
アイツだけは許さない。
鎮まりつつあった俺の心が、再沸騰し始める。
それは容易く沸点を超えて、燃え立つ感覚が全身を巡っていく。
熱くて、灼けるような身体。
それでいて、異様なくらい冷静な思考。
この感覚には覚えがある。
確か、2年前のあの時も――
「そうだ」
やらなきゃ、やらなきゃ……。
コイツだけは叩き伏せないといけないんだ。
2年前のあの時とは違う…、初めて人を――たあの時とは……。
それでも、負けられない気持ちは変わらない。
左に向いて、ハラオウンを見る。
こっちの視線に気付いたのか、少し呆けた顔をしている。
だがすぐに、視線で「頑張れ」と返してくれた。
本当に心からこの試合を楽しんでいる少女。
だからアイツがセカンドを守る彼女を狙う以上、こちらも本気で潰しに掛からないと……。
キャッチャーの高杉も、全て分かっているような顔をしてど真ん中を構えている。
だったら、遠慮はいらない。
右手のボールを一段と強く握り締めて、投球体勢に入る。
動きは変わらず、一連の動作に淀みは無い。
唯一の変化だとすれば、俺の心中。
このボールに込めるモノが増えただけだ。
そう、『問答無用』という容赦無い宣戦布告。
アイツを叩き潰すためのボール。
それは、極自然に俺の手から離れ――
ズバァァン!!
数瞬の間に、キャッチャーミットに収められた。
訪れる静寂……
誰1人として口を開く事の無い、無音無色の世界。
その中で、ただ1つだけ色を持つものがあった。
ニヒルな笑みを浮かべ、周囲の反応に満足した様子の男。
キャッチャーミットを構えたまま、奴はこの世界で唯一の色を持っていた。
時が止まる、そんなものは比喩表現でしかない。
時とは常に流れるもの。
全てのモノが抗う事の出来ない、絶対法則。
この世界も、ゆっくりと色を取り戻し始める。
意識という名の色が。
「スッ、ストラーイクッ!」
引き金はそれだった。
急速に色合いを戻していく世界。
風景が一変する、そんな錯覚に陥ったような気がした。
ざわめきが聞こえるのは両側から。
だがそんな事はどうでもいい。
高杉から放られたボールを受け取り、すぐ次の投球に移る。
バッターは呆然としながらこちらを見ている。
何か現実離れしたものを見るような、そんな目をしていた。
……本当、どうでもいい。
風車の名を冠するフォームで、2球目を投げる。
コースは先程と寸分違わず、ど真ん中に自身最高のストレート。
空を切り、大気の壁をも突き破り、それは進んでいく。
我に返るバッター、…もう遅い。
お前が瞬く時にはもう――
ズバァァン!!
――それは辿り着いている。
腰は引けてしまい、腕だけで振る格好。
誰の目から見ても、みっともない完全な振り遅れ。
先程までの余裕面は形を潜め、そこから滲み出るのは拒絶の心。
ありえない、そんなものがある筈が無い。
自分以上の存在など、この場に居る筈が無い。
目は口ほどに物を言う、とは何と的を射た言葉だろうか。
感心してしまう程、奴の表情にはそれが表れていた。
またも遅れながら主審のストライクコールが響いて、キャッチャーからボールが返される。
それを受け取り、今の奴の様子を見る。
流石に2球も投げれば慣れたのか、今はきちんと構えていた。
だが、表情からは気丈に努めている事が明白。
無様としか言い様が無い。
対する俺の心中は、至って平静だ。
今ならどこに投げたって打たれる気がしない。
いや、掠る事さえありえないだろう。
3球目、やはり同じくど真ん中。
右腕の違和感は、とうに消え失せていた。
何一つも臆する要素は無い。
流れるようなフォームと、大きく回転する右腕。
力強く、それでいてしなやかに動く体躯。
そこから放たれるのは、この試合においての最高球――
「なっ!?」
ではなかった。
微風に身を任せたような、ふわりとなだらかな弧を描く軌跡。
それこそ少しでも強い風に吹かれれば、いとも容易く道を逸らされてしまう程の弱々しさ。
年端もいかない子供でさえ打つ事が出来るであろうそれを――
「うわっ!?」
奴は力み過ぎて、半分も進んでいないボールに向かって勢い良くスイング。
言うまでも無く空振り。
しかも勢い余って、前につんのめりながら倒れた。
直後、ボールはポスンと音を立ててミットに収まる。
「ストラーイクッ! バッターアウト!」
三球三振、しかもバッターが地に伏せるといったオマケ付き。
ソレを一瞥して、俺はベンチに戻っていく。
アイツがどうなろうと、俺にとってはどうでもいい。
今となっては、アイツの言葉、アイツの面の全てがどうでもいいようになっている。
先程まで怒りに震えていた心が、まるで反転したように静止していた。
それを冷静に判断出来ている俺も、何か変な感じだな。
すると急に、ポン、てな感じで肩を叩かれた。
「お疲れさん。良いボールだったぜ」
遠藤、傍らには金月も居る。
2人は俺に対してニカッと笑うと、そのままバットを持ってバッターボックス、ネクストバッターズサークルに向かう。
行く際に「瑞代が覚醒したー」とか何とか言っている、……頼むから止めて欲しい。
ベンチに腰を下ろすと、隣に瀬田が座り声を掛けてきた。
「全力だな」
「一応は」
それだけ呟いて、また黙る。
そうか、とだけ答えると瀬田もバットを手に取り素振りを始める。
そういえば、この回は1番からだったな。
逆転する最後のチャンス、是が非でも手にしたいところだ。
キィン!
と思っていたら、金月が初球から打ちにいっていた。
三遊間を抜くレフト前ヒット。
それに続き、遠藤も同じく初球打ち、綺麗にライト前にヒットを打つ。
やっぱり1打席目は様子見だったか。
まぁ、あの2人の動体視力を持ってすれば、あの球を打てない道理は無い。
ノーアウトランナー1,2塁、此処で3番瀬田の登場。
それを確認して、俺と同じくベンチに座っているハラオウンとバニングスに目を向ける。
意外にも2人はこちらを、というか俺に向いていて、ある意味好都合だった。
少し珍しそうな目だったのが気になったが、恐らく俺の見間違いだろう。
「ハラオウン、バニングス、次の打席は好きなように打ってけ」
それだけ言って、バットを握ってサークルの方へ向かう。
その間に瀬田が、隙を突くようにバントを放った。
威力を殺しすぎたのか、キャッチャーがすぐに処理して送球。
瀬田は健闘虚しくアウトだったが、そのお陰でランナーは2,3塁。
完全な得点圏、俺の一振りで試合が決まる可能性も出てくる状況。
だが、……そう簡単には終わらせてやらないと、俺の心が強く望んでいた。
打席に立ち、相対するピッチャーへ向く。
さっきの回までの気迫は薄れ、精神的に圧されてる状態。
恐らく、実力のある者としてのプライドだけで何とか頑張っているのだろう。
だからフォームも、投げるボールも、それに伴う弱々しいものでしかない。
キィン!
小さく保守的なフォームでは、鋭い球が出る筈が無い。
重みなんて一切無い、風船のような軽さのそれは、真っ直ぐにセンターに飛んでいく。
その軌跡に目もくれず、俺は1塁へ駆けていく。
どうみても打球はセンターを越えていたから、ヒットは確実。
やろうと思えばランニングホームランも出来ただろう。
だが俺はそれを行わず、1塁でストップした。
「えっ?」
誰かの呟きだったのだろうが、その疑問に満ちた声色は最もだと思う。
センター越えの打球、ランナーが2,3塁であれば余裕で2点入れられる状況だったのだ。
今ので試合が決まったと思う者が大半だっただろう。
でも試合は終わっていなかった、一死満塁という結果を残して。
それが、猿山に更なる重圧を与える。
此処で迎えるバッターは5番のハラオウン。
頑張れと、心だけで応援する。
キィン!
2打席目の彼女は、もうバッティングフォームをものにしていた。
更に研鑽を積めば、さぞかし良い選手になるだろうと思ってしまう程に……。
そのハラオウンは、キレのあるスイングでボールを真っ直ぐに打ち返し、センター前にヒットを放つ。
必然的にランナーは進み、まずは1点。
これで同点、1-1。
余談だが、ハラオウンがヒットを打った時、2組の方から女子の歓声が上がっていた。
何故だろうか?
……まぁいい。
次のバッターはバニングス。
自分の前にハラオウンがヒットを打ったからだろうか、やる気に満ちた瞳をしていた。
1打席目にあった緊張感も無く、余裕を持って打席に立っている。
こちらにも頑張れと、心だけでエールを送っておく。
バニングスが打てば、下手をしない限り得点は入る。
つまり逆転、俺たちの勝利である。
自分がこの試合のキーマンである事実が、バニングスに俄然やる気を与えているのだろう。
恐らく決まるであろう、最後の1球が猿山から放たれた。
そのヘロヘロ球を、バニングスはまるで獲物を狩る猛獣の目で見据えている。
スイングのキレはハラオウンには劣るが、それでもあの球を打ち返すには充分過ぎる力強さ。
キィン!
真芯にジャストミート。
跳び上がってキャッチしようとするショートの頭上を越えて、打球はレフト前に落ちた。
俺の前の走者である遠藤は、一気に駆け抜けてホームベースへ一直線。
数年間サッカーをやっていただけはある、アイツの走力は平均のそれを軽く上回っていた。
その疾風のような走りは、誰にも止められる事は無く、白い五角形のベースを踏み締めた。
この瞬間、俺達1組の勝利が決定した。
「はぁぁぁぁ」
授業が終わった瞬間、俺は酷く大きな溜息を吐いた。
大袈裟と言われるかもしれないが、疲れたんだから仕方ない。
と、誰に言うでもない言い訳が頭から浮かんだ。
と同時に、頭に一層の重みが加わる。
ヤバッ、考えるの止めとこう…。
「いつもの後遺症か?」
「あぁ……そんなもんだ」
隣を歩く瀬田の言葉に、気だるく答える。
疲れ切って、既に歩くのすら億劫な状態。
この後の6時間目、寝ないようにしないとなぁ。
「仕方ないであろう。今日のお前は、いつも以上に力が入っていたからな」
いつの間にか逆側を歩く高杉が、俺に意味深げな笑みを向けてきた。
……そうだったか?
俺があの状態になるのは、普段は無い。
高杉曰く『極度の集中下における一時的覚醒』、つまりは度を超えた集中から生まれるものらしい。
覚醒って何のゲームだよって話だが、俺自身そう感じずにはいられないので反論出来ない。
アレが起こると通常時以上に思考がハッキリして、判断能力も上がる。
雑念は消え、自分のすべき事のみに集中出来る状態。
まるで全身の血流が、淀みの無い清流に変化したような感覚。
愚直なまでに続けた鍛錬が生み出した、平凡な俺が手に入れたスキル。
しかし、良い事尽くめな訳じゃない。
メリットがあれば、その逆のデメリットの存在する。
そのデメリットが、今の俺の状態。
集中が切れた瞬間、酷い疲労感が襲うのだ。
特に酷いのは脳内で、集中力が切れてすぐは何か思う事すら億劫になる。
しかも、今日は今までの中でもかなり辛い方だ。
本当、不便だ……。
でも――
「勝ったし、良いか」
勝利を喜んでいたハラオウンとバニングスの姿だけは、思い出しても苦にならなかった。
あの屈託の無い表情が、俺の脳を癒してくれたのかもしれない。
こんなこっ恥ずかしい事、本人達には言えないけどな。
―――――――――――――――
あとがき
主人公が勝つのは、当然と言えば当然。
はい、結果は2-1で1組チームの勝利で締め括られました、第4話です。
最後はアリサが決めるってのは、意外や意外ですけど。
しかし相手ピッチャーの猿山、あまりに不憫ですね。
キレた主人公やその他多くの相手にボッコボコ、完全なやられ役です。
そして今回登場した聖のスキルってか特技、『超集中』もしくは『覚醒』、更にもしくは『ブチ切れモード』。
幼い頃より自らを鍛え続け、2年前の『ある出来事』で目覚めたスキル。
言うなれば、S○EDみたいな……。
御都合主義と言われるかも知れませんが、彼はそれだけ自身を傷付けて鍛えてきたのです。
聖自身の過去を体現する結果、それがこのスキルなのです。
……まぁ、非難とか結構ありそうな設定ですよね。
その辺りは、大目に見てくれると助かります。
今回は以上です。
それでは〜。