「おーい、生きてるかー?」
「あうぅ、○○さん……?」


 今日も今日とて妖怪や妖精をあしらってやってきた紅魔館で、目の前の人物に挨拶の言葉をかける。

目の前にいる人物、紅魔館の門番である紅 美鈴はそんな俺の言葉に門柱に身体を預けた姿勢で力なく答えた。


「んー、今日も咲夜さんに飯抜きにされたか?」
「察してください、うううう……」


 『餌を与えないでください』と帽子に貼り付けられたメモを読んでから俺がそう問いかけると、美鈴の腹の虫がぐぅと鳴る。

飯抜きが相当堪えているらしい。堪えるくらいならサボらなければいいのにな、と思うのはきっと俺だけじゃないはずだろう。


「はぁ、そんなところだろうと思ってな。今日は俺の世界でポピュラーな料理を差し入れに来てやったぞ」


 ほれと手に持っていた岡持ちを美鈴の前に突きつけると、美鈴の腹が岡持ちの中身の食い物を察知したのか、再びぐぅと鳴く。

この岡持ちは霖之助さんのお店に置いてあったもので、大学生の頃の中華料理の出前のアルバイトを思い出してつい買ってしまったものなのだが、
こういう餌抜きされた美鈴に差し入れする時に妙に役に立っている。


「いつもいつもすみません。里からここまで運んで来るのも大変なのに……」
「なに気にする程のことじゃない。料理っていうのは定期的に誰かに食ってもらって評価を下してもらわないと鈍るもんだ」


 美鈴の言うとおり、里からここまで岡持ちを持って歩いてくるのは楽ではないし、
料理の匂いに誘われた某宵闇の妖怪やら、自称最強の妖精やらもやってくるが、こちらも好きでやっていることだ。

 それにあいつらにはエサもとい多めに作っておいた料理を与えることで、ここまでの護衛を頼んだりもしている。
美鈴が想像してるほど危険な道のりではない。

 ちなみに余談だが今回の料理は特に宵闇の妖怪にすこぶる評判だった。やっぱり肉を使ったからだろうか。
「また作ってー」と言っていたから、今度材料が手に入ったら作ってあげようと思う。

 さて、そろそろエサを与えないと、美鈴も辛いだろう。


「ほら、今日の分だ。咲夜さんには内緒だぞ?」


 岡持ちの蓋を開けて丼を取り出すと美鈴に渡す。
美鈴がとじ蓋を開くと、ほのかな肉の香りが漂い、茶色の山が乗った中身が顔を覗いた。

 そう、今日俺が作ってきたものは牛丼である。ちなみに味付けは高校生の頃にバイトした吉○家準拠。
この前、慧音さんが持ってきてくれた上等な牛肉を使って作ったものだ。

 前にいた世界ではともかく、自給自足が基本なこの世界では労働力になる牛の肉は非常に稀少で、農家の人も中々譲ってくれないらしい。
里の今住んでいる家もそうであるが、そんなものをプレゼントしてくれた慧音さんには本当に頭が上がらない。


「こ、これは……!」


 驚いていた美鈴の顔が牛肉の匂いで愉悦に変わる。よだれの垂れた顔から察するにどうやら久方ぶりのまともな肉らしい。
紅魔館の食生活についていろいろ聞いてみたい気もしたが、涙が止まらなさそうな気がするので止めておくことにする。

 美鈴の視線が俺と牛丼を往復する。そんな姿はエサを飼い主に待てされている犬そのものだ。
きっと尻尾が生えていたら振り回しすぎてちぎれてしまうんじゃなかろうか。


「よし、存分に食え!」
「いただきますっ!!」


 GOサインと同時に差し出した箸をひったくるように奪って、がつがつと貪る美鈴。
こういう風に食べてもらえると作った方も気分がいい。


「うまいか!」
「おいしいです! これ、おいしいです!」


 涙を流しながらぱくつく美鈴。飯抜きの実情を知ってるから笑うに笑えない。
もしかしたら牛肉が稀少なこの世界で久方ぶりの牛肉、いやもしかしたら牛肉自体を初めて食べたのかもしれない。

 そんなことを考えている内に美鈴はあっという間に丼の中身を平らげると、けぽっと可愛くげっぷをした。


「うう、牛丼なんて久しぶりに食べました。向こうの世界ではたまに食べてはいたんですけど」
「そうなのか。まあ、こっちじゃ材料が簡単に手に入らないから納得はするが」
「そういうこともあるんですけど、ほら紅魔館って洋食がメインですし」


 丼を返してもらい、岡持ちの中にしまっていると美鈴が声をかけてきた。
あいにく今回は用意できなかったが、今度は紅生姜と生卵も付けてこようか。


「ああ、懐かしいです……」
「な、なら……」



――俺が帰るときに一緒に来るか?















……って本当は言いたいけれど。


「また材料が手に入ったら作ってやるさ。今度は紅生姜とタマゴも付けてな」
「あっ、私、紅生姜もタマゴ好きなんです。やっぱりあれがないと牛丼屋って感じがしませんよね!」


 首を横に振られるのが恐いから。今はまだ、少しでもこの娘に会える、会い続けられる口実を。
それでもいつかその勇気が出たとき、美鈴は首を縦に振ってくれるだろうか?













「……うー、○○さんのおくびょうもの」
「ん、何か言ったか?」
「……あと七味をかけた牛丼も好きだって言ったんですよ」