桜がはらはらと舞っている。
とても綺麗だけど、どこか悲しい。
そんな風に感じてしまうのは、自分が悲しんでいるからだと思う。
どうして悲しいのか。 その原因は横に居る彼――相沢祐一だ。
明日、こいつは初音島を去ってしまう。
だから、ものすごく悲しい。
「ん? どうかしたか? 眞子」
「ううん。 何でもない」
ドクンドクンと、心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえる。
決して悪いものではないが、良いものでもない。
何せ、嫌でも緊張していることを実感させられるからだ。
服をきつく握り締めて誤魔化しているけど、本当はかなり震えている。
この話が終わったら相沢と会えなくなってしまう。
あたし――水越眞子はそんな恐怖を感じていた。
桜の木の下で
一年中、桜が咲いている島『初音島』
あたしと相沢は、そこの唯一花が咲いていない老桜の下に居る。
何故かと言うと、あたしが彼を呼び出したからだ。
理由は、こいつが島を出てしまう前に、色々と話しておきたかったから。
「それにしても、眞子から話がしたいと言われるとはな」
「べ、別に良いじゃない」
相沢の言葉に、酷く心臓が暴れだす。
煩いくらいに鼓動の音が聞こえてくる。
ゆっくりと息を吐く。
落ち着きなさい。 言いたいことを……言えばいいのよ……
「相沢は、明日にはこの島を出て行っちゃうのよね」
「まあな。 遂に念願の一人暮らしができると思ったんだけどなぁ〜……」
「料理ができないあんたに一人暮らしができるわけないでしょ」
「うぐっ! い、痛い所を……」
胸を押さえて大袈裟な反応をする相沢を見て、自然と顔が綻んでしまう。
彼と居ると、無意識の内に笑っていることが多い。
これは一種の才能ではないだろうか。
「確か、あっちで叔母さんの所に居候するんだったわよね? どんな人なの?」
「え〜っと、確か家事万能で優しくて綺麗な人だったかな」
「……完璧じゃない」
「そうだな。 俺も嫁に貰うならそんな人が良いかな」
その言葉に、ズキンッと胸が痛む。
やっぱり、相沢もそういう人が好みなんだ。
あたしじゃあ、無理だろうな……
そんなに綺麗なわけでもないし、きっと優しいとは思われていないだろう。
家事はそれなりにできるけど、精々人並み程度。
おまけにあんまり女らしくもないし……はぁ……
「どうした? ため息なんか吐いて」
「……何でもない」
あんたの所為よ、と言いかけて止める。
だって、もっと相沢と話がしたいから。
「ところで、昨日は楽しかったな」
「そうね。 あれだけ騒いだのは久しぶりよ」
実は昨日、朝倉の家で杉並主催の送別会が開かれたのだ。
しかも、何故かジュースの中にお酒が混ぜられていて、ほとんどの人は酔いまくっていた。
まぁ、誰が混ぜたかは言わなくてもわかるけど。
当の本人は『大佐に報告せねば』とか言ってた。
大佐って誰よ? て言うか、何を報告するのよ?
「杉並も偶には良いことをするもんだ」
「ま、偶には……ね」
“偶に”が“いつも”に変われば言うこと無しなんだけど、あの杉並がそうそう変わるわけない。
きっと今もどこかで変なことを企んでいるだろう。
もしかしたら、朝倉も一緒に企んでたりして。
「そういえば、眞子は好きな人とか居ないのか?」
「へっ?」
思わず変な声で返事をしてしまった。
好きな人がいないか………って、ええぇぇぇっ!!
「あああ、あんたはいきなり何を言い出すのよ!?」
「いや、なんとなく気になって。 それで、どうなんだ?」
「そ、それは………」
どんどん顔が熱を持っていくのがわかる。
あたしが好きなのは貴方です、などとは絶対に言えない。
そんなこと、恥ずかしくて言えるわけないじゃない!!
「なんか顔が真っ赤だぞ? 熱でもあるのか?」
「ね、熱なんてないわよ」
「そう言う人ほどよくあるんだ。 ちょっと失礼」
コツン
「なっ――」
3cmにも満たないくらい近くに相沢の顔がある。
今、こいつは熱を測る時によくやる(?)額と額をコツンと合わせると言うなんとも恥ずかしいことをやってます。
な、何でこいつはこんなに恥ずかしいことができるのよ!?
「……ふむ、どうやら熱はないらしいな。 良かった」
そんなことを言って、相沢は微笑む。
それを見て、ますます顔が熱を帯びていくのが嫌と言うほどよくわかる。
穴があったら入りたくなるくらい、恥ずかしかった。
「熱がないにも関わらず顔が赤いとは……眞子の生態は謎だな」
「生態って何よ、生態って……」
こうなってるのは、あんたの所為なんだから!
その後も老桜の下で、相沢と色々なことを話した。
他愛もないことや、杉並や朝倉と一緒にやったこと、などなど……
まるで夢のように楽しい時間。
でも、夢は必ず終わりが来るもの。
どんなものでも、例外はない。
「もう日が暮れるな……」
「そうね……」
辺りは夕陽に照らされて、赤く染まっている。
そろそろ帰らなくてはならない時間になっていた。
つまり、相沢と話すのは終わりと言うことだった。
「んじゃ、そろそろ帰りますか。 送ろうか?」
「いいわよ。 一人で帰れるから」
嘘だ。
本当は、もっと一緒に居て欲しい。
だけど、素直になれない自分がそれを拒んだ。
「じゃあな」
そう言って、相沢は歩き出す。
その後姿を見て、何故かこのままではもう会えなくなるように感じた。
「……相沢」
少しづつ遠ざかっていく影。
もう自分の手が届かない所に行ってしまいそうで……まるで霧のように消えてしまいそうだったから――
「……相沢!!」
気が付けば、あたしは相沢に向かって走っていた。
彼は驚いた様子でこっちを振り向いている。
どうしようもない何かに動かされて、あたしは相沢に抱き付いた。
「ま、眞子!?」
「……相沢…行かないでぇ……」
相沢が居なくなってしまうと言う絶望感と、相沢が傍に居ると言う安心感から思わず涙が流れる。
離れたくない一心で、より強く彼に抱き付いた。
「……行ってほしくない……ずっと…ずっと傍に居てほしい……だって…だって……!」
思うように口が動いてくれない。
泣いている所為なのか、口にするのが恥ずかしいからなのか、素直になれない自分が拒んでいるのか。
……違う。 本当は、断られるのが怖いだけ。
断れて、自分が傷つくのが怖いだけ。
確かにそうなったら嫌だ。
でも、それでも……あたしは――
「あたしは……相沢のことが好きだからっ!!」
――自分の想いを言わずにはいられなかった。
想いを打ち明けたら、まるで枷が外れたように相沢に対する想いが次々と湧き上がってくる。
こんなことを言っても、彼にとって迷惑するだけだと思う。
だけど、言わなかったら後悔してしまうような……そんな気がした。
完成日:2005年1月9日