チュンチュン……

 

 

「ふぁ……」

 

小鳥の囀りで目を覚ます。

窓から降り注ぐ陽光に目をひそめながら、俺はぐっと伸びをする。

どうやら早く起きすぎたみたいだ。

 

いよいよだ。いよいよ今日は本番、体育祭の日。

足を触ってみる。

少し痛みはするけど、昨日早く休んだのが良かったのか、昨日ほどは痛くない。

これならとりあえずは大丈夫そうだ。

 

「よし、じゃ準備をするか」

 

早く起きれて上機嫌な俺は、下へと降りることにした。

 

 

 

 

 

RUN RUN RUN!!

―走れ、走れ―

第九話「嵐を呼ぶ体育祭の開催」

 

 

 

 

 

朝飯を食べ終えて、玄関から外へ出るとこのみが立っていた。

 

「おはよう、タカくん」

「あぁ、おはよ」

「これお母さんから、お弁当だって」

 

俺はこのみが差し出してきた水色の包みを受け取る。

 

「サンキュー」

「今日は腕によりをかけたって言ってたから、今からすっごく楽しみだよ〜」

「ま、俺は開けてみてからのお楽しみにしとく」

 

 

ガサッ

 

 

「ん?」

 

今、近くで何か音がした気が……

音のした方へと向かってみるとそこには誰もいなく、一枚の白のハンカチが落ちていた。

これって確か、この前返した美里さんの―――

 

 

「タカくーん、置いてくよー?」

「あ、あぁ、今行く」

 

 

―――どうしてここに美里さんが来ていたんだろう?

 

そんな疑念を残しつつ、俺は手にしたハンカチをバッグに入れ、このみと共にタマ姉との待ち合わせの場所に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、貴明さん。おはようございます」

「おはよう、草壁さん」

 

雄二と共に教室に入ると草壁さんが挨拶に来る。

 

「なぁ? 俺には挨拶無い訳?」

「あ、ゴメンなさい。ついでに向坂さんもおはようございます」

「つ、ついでって……」

 

あ、雄二が拗ねた。

 

「それはともかく、足の方は大丈夫なのですか?」

 

あ、草壁さんも流した。

 

「あぁ、何とかね。走るには支障は無いと思う」

「そうですか。それならよかったです」

「やっと来たか、うー」

「おう、るーこもおはよう」

「るー」

 

草壁さんの次に来たのはるーこだった。

るーこはいつものポーズで挨拶をする。

 

「足の方は大丈夫そうだな、うーの人間は意外と丈夫だな」

「まぁ、完治じゃないけどな」

「それでも凄いぞ、うー。宇宙中を探してもこんなに回復能力の高い生物はいないぞ」

 

それは言い過ぎな気がする。

というか、人間が一番再生能力が高いという言い回しは、なんか感覚的に嫌な感じを受けるぞ。

 

「まぁ、るーも頑張る。うーも頑張れ」

「あぁ、お互い頑張ろう!」

「るー」

 

そこまで話してるーこはいつものポーズでどこかに行ってしまった。

……まぁ、開会式までには戻ってくるだろう。

 

「こ、河野君」

「ん?」

 

三番目に話しかけてきたのは愛佳だった。

この前の学食の事件をまだ引きずっているのか、顔を赤くして心なしかぎこちない。

俺は気にしてないんだがなぁ……

 

「おはよう、小牧」

「ははははははいっ!?」

 

……なんか見てて面白い。

 

「あ、こ、河野君、足は大丈夫……? 昨日、すっごい転び方してたから……」

「あぁ、何とか走れるくらいまでは治ったよ」

「そ、そうなんだ……よかった」

 

無事だとわかると、ほっと安堵した顔をする愛佳。

そこで担任の先生が教室に入ってくる。

 

 

 

 

 

 

「河野にきれいなそらは、リレーでの話があるみたいだから至急、校庭に行ってくれ。

他の人は椅子を持って各自の持ち場へ移動、二人の分は近くの奴が協力して持っていくこと、それじゃ、解散」

 

先生の合図と共に移動を始めるクラスメート。

さて、俺達も校庭に移動しないと。

 

「行くぞ、るーこ」

「わかった。うー」

 

 

周囲の頑張ってねという言葉に押されて、俺とるーこは校庭へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけです。何か質問はありますか?」

 

誰も答えない。ここにいる全員説明に納得しているのか、はてまたどうでもいいと思っているのか。

先程から熱弁で作戦(といっても特に技術的なものではなく、基本的なことや連絡事項、バトンリレーのことなど)を伝えている阪木先生はそれを前者と受け止めたようだ。

 

「じゃあ、全員の健闘を祈る。予行は残念だったが、本番はこれからだ。全力でぶつかってやるんだ!」

 

「任せてください!!」

「るー!」

「……やりましょう!」

「そうや!!」

「はいっ!!」

「……」

 

みんなが意気込む中、元気が無い人物が一人。

美里さんだ。

 

「どうしたんですか? 美里さん、元気が無いみたいですけど」

「へっ? いや、何でも無いよ。ホラ、元気元気!」

「それならいいんですけど……」

 

見ようによっては無理してるようにも見えなくも無いのだが、深くは詮索しないことにした。

 

「さぁ、開会式の時間だ。みんなしまっていこう!」

 

いよいよ、体育祭の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん、足の方はどうだ? 貴明」

「今のところは大丈夫。ふぅ……なんとか練習の成果は出たかな?」

 

100m走を終え、同じ順位だった雄二から労いの言葉を貰う。

俺は雄二の後ろに座り、話をする態勢になる。

 

「しかし、驚いたな。雄二って足速かったっけ?」

「ばーろー、このみの遅刻に付き合ってたのはお前だけじゃないんだよ」

 

俺と雄二がいる場所は『1』と描かれたフラッグの所、つまり一位という訳だ。

俺はリレーの選手―――美里さんからいろいろ指導を受けていたし、問題視をしていた足の方も随分と治まってきていたので、そこら辺の人には負けるつもりは無かったが、雄二がこんなに速かったとは意外だった。

 

「だったら、雄二がリレーの選手に出ればよかったんじゃないか?」

「俺がそんなめんどいことに出ると思うか?」

「……思わないな」

「だろ?」

 

まぁ、たしかに雄二らしいといえば雄二らしいが。

 

「でもなー、あんなお姉さんがいたんなら、俺が出とくべきだったぜ」

「……」

 

そういいながら少し落ち込んでる雄二は、間違いなく雄二らしいと思った。

 

 

 

 

 

 

「さって、次は三年女子の100m、三年男子の100mだったっけか?」

 

一等賞の賞品(シャープペン)を弄くりながら雄二が話しかけてくる。

 

「じゃあ、次はタマ姉が出てくるのか……」

「……姉貴が走るときは死ぬ気で応援しないとな」

「そうだよな……応援してないとバレたら俺達どうなるか……」

「誰がどうなるの?」

「誰って、タマね……のわっ!?」

 

後ろからの声に振り返ると、そこにはタマ姉がいた。

 

「なんでここに?」

「次は私達の種目だからよ。タカ坊、ついでに雄二も、一位おめでとう。

どうやら、足の方は大丈夫みたいね」

「俺はついでかよ……」

「あぁ、何とかリレーまで保たせてみせるよ」

「そう、それなら心置きなく戦えるわね」

 

そういえば、約束があったんだな。

最近、美里さんのことばっかり考えてたからすっかり忘れてた。

 

「それじゃあね。タカ坊に雄二」

「あぁ、タマ姉も頑張って」

「まっ、なんとかやってくさ」

 

タマ姉を見送ると、誰かに見られているような視線がしたので辺りを見回す。

 

「ん?」

「……あ」

「あ、美里さん」

 

そういや、美里さんもタマ姉と同じく出場するんだったっけ。

 

「美里さんも頑張って下さいね。まぁ、いらない心配だと思いますけど」

「ううん、ありがとう。た〜くん」

 

う〜ん、今朝からなんか元気が無いよなぁ……まだ俺が怪我したことを引きずってるのかな?

 

「美里さん、俺は大丈夫ですから」

「え? ううん。そのことじゃないから、安心して」

「無理しないで下さいね」

「ふふっ、その言葉、そっくりそのまま君に返すよ」

 

そう言う美里さんの顔には、少しだけ元気が出ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

『続きまして、プログラムNo.6 三年女子による100m走です』

 

いよいよタマ姉達が出場する100m走。

目を凝らしてタマ姉の居場所を探す。

 

「貴明、いたぜ」

「あそこか? 雄二、よくわかるな」

 

雄二が指差した方を見ると確かにタマ姉。

身長が並び順に関係してるのか、若干列の後ろよりにいる。

 

「ま、不本意だが、俺も姉貴の弟だってことだな」

 

本当に不本意そうな顔つきでそれだけ口にすると、雄二は応援席を立ってどこかに移動しようとする。

 

「っておい、何処行くんだよ?」

「姉貴の走るとこなんか見たってつまんないだろ? なんか飲みもん買って来てやるから、もし姉貴が来たら口裏合わしといてくれ」

 

そういうなり、雄二は俺の返答を聞かずにそそくさと何処かへと行ってしまった。

まぁ、十中八九ナンパだろう。

 

 

 

そんなこんなしてる内にタマ姉の走る順番になる。

タマ姉は一番アウト側にいる。俺は、一瞬たりとも見逃すまいと目を凝らしてタマ姉を観察する。

―――これがリレー本番までに見れる最後のタマ姉の走りだろうから。

 

 

「よーい……」

 

 

パァァン!!

 

 

『第11列目スタートしました』

 

ピストルがなると同時に一斉に駆け出す。

しかし、タマ姉はこの時点で他の人たちを圧倒していた。

 

同じタイミングで一斉に駆け出した筈なのに、ここで既に頭一個分抜け出ているのだ。

次に加速。

そのままインへ入ってきたタマ姉が一気にギアを上げて加速すると、遠目から見ていてもスピードを上げたことがわかる位の加速力がつく。

そしてそのままのフォーム、スピードを維持しながら―――いや、少しずつスピードは上げながら、ゴールラインを一気に駆け抜ける。

タマ姉が走った所に、もうもうと砂煙が上がっている所からもどれだけのスピードだったか想像に難くないだろう。

 

「け、桁が違う……」

 

タマ姉の走りを見て、まず最初に呟いたのがこのセリフだ。

これなら、予行の時の逆転勝利というのも納得せざるを得ない。

 

……本当にこの怪物とやるのだろうか?

 

もし、タマ姉に聞かれたら意識がなくなるまで締められるであろう位の暴言を心の中で思う。

―――心の中から返ってきたのは、お皿の上に載った俺に向かって箸を揃えて、手を合わせるタマ姉という光景だった。

 

「……俺、喰われる?」

 

今更ながらこれは負けられない勝負なのだということを再確認できた事だけが、このレースの唯一の収入だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

あと、三話の予定。

お付き合いしていただければ嬉しいです。

 

……眠い

 

 

 

 

2005年7月17日作成