ワァーワァー
『プログラムNO.35 全校選抜選手による組別対抗リレーです』
♪〜〜♪〜〜
よく体育祭で流れるBGMが流れる。
そう、今日は体育祭の前日。予行練習の日である。
RUN RUN RUN!!
―走れ、走れ―
第七話「プラクティス」
「緊張してる? た〜くん」
「い、いいいいえ……きき緊張なんかしてないでありますよ?」
「あはは、かわい〜」
入場を終え、各員持ち場に移動する時に美里さんが声をかけてくれる。
美里さんは場慣れしてるのだろうか、すごい気楽な様子だ。
「こんなことしょっちゅうだしね。まっ、あくまで練習だと思って気楽にやれば? バトンの受け渡しはた〜くん上手かったし」
「でも、気楽に出来るものでもないですよ。これで本番のスタート位置も決まるみたいですし」
そう、練習だと危ぶむ無かれ、このリレーでは順位順に本番のスタート地点を決めることが出来るのだ。
ここで最下位なものなら確実に不利な状況に追い込まれるだろう。
「確か、た〜くんは三番手だよね?」
「はい、一番俺が遅いですからね。影響が少ない所に入れてもらいました」
これは俺自身が志願した事である。未だにタイムが13秒6台でチーム最下位の俺の位置がチームの一番の問題点だと思ったからだ。
「……先輩がそんなこと気にしなくてもいいんすけどね。その分俺らが頑張ればいいだけの話っすから」
「おぉ、南海もいたんだ?」
「ういっす。俺、最初なもんで」
チームカラーの白のバトンを玩びながら南海が話す。
むぅ……最初から当てにされてないというのも、少しへこむものがあるぞ?
「頑張ってね、南海君。た〜くんの為にもリードをつけてね」
「み、美里さんまで……」
泣きたくなるぞ?
「あはは、冗談だよ冗談」
「……俺は本気ですけどね」
「なんにせよ、頑張れよ。南海」
「……ういっす」
南海がスタート位置につく、どうやらイン側から二番目の位置に決まったようだ。
内側は赤いバトンを持ってるからタマ姉率いる(?)A組。
外側は緑のバトンだからD組、一番外側は黄色いバトンのC組のようだ。
「準備はいいかー!! 位置について、よーい……」
パァァァァァン!!
発砲音と共に一斉に駆け出す。
次々にカーブへなだれ込んでいく。
『今、スタートしました。トップはA組、続けてB組、C組、D組の順で後を追います』
これはやっぱり年齢や性別の差だろう。
D組は一番手が女の子だったから、少し遅れているのだろう。
南海はよくついて行っていると思う。
さて、三番手は俺の番だから、準備しないと。
『さあ、最初のバトンタッチ、トップは依然A組、まず、A組がバトンタッチ、間髪入れずにB組とC組、少し遅れてD組です』
二番手のランナーに代わってから、勝負が少し動き始めた。
うちの二番手は瑠璃ちゃん。
良い調子で快走を続けている。
だが―――
『おおっと! C組の柚原さん、速い速い!! B組をあっさり追い抜き、A組にあっという間に追いついたぁ!!』
「!?」
こ、このみ!?
走っている方を見ると、桃色のリボンをした少女―――このみが一位のA組と並ぶ激走を魅せていた。
「あの子が例の? ふーん、結構速いね」
「まさか、このみがここまで速いとは……」
『C組の柚原さん、A組に追いついて、追いついて―――抜いたぁ!! C組がトップ!! C組がトップです!!』
ワァァァァァッ!!!
C組の陣地から大歓声が聞こえる。
『さぁ、三番手にバトンタッチだ! 一位は逆転してC組、続けてA組、B組、D組と次々にバトンタッチをしていく!!』
瑠璃ちゃんも来た! よし! 全力でいくぞ!!
「堪忍な、貴明!!」
「任せろ、なんとかこの順位を保たせる!!」
「……抜く気はあらへんのか?」
バッ!!
瑠璃ちゃんからバトンを受け取ると、最初から自分の限界に近いくらいの力で走り始める。
C組、A組は前方、5〜6mといった位置だ。
ダッダッダッ……
「はっ、はっ、はっ」
そのままのスピードでカーブに入る。
このカーブで一気に距離を詰めなければストレートで離される。
なら、ここで勝負をかけなければ!!
『おおっと! B組の河野君、カーブに入ってから素晴らしい追い上げです!!』
よし! いける!! この調子で行け―――
ガッ!!
「へ?」
じ、軸足がもつれた!?
支えを失った不安定な柱が重力に逆らう事はできない。
つまり―――
ズサァァァァァッ!!
「「!?」」
足をもつらせた俺は、重力に従うように地面に転んでしまった。
たった一瞬のミス。しかし、リレーではその一つのミスだけで十分なのだ。
『おおっと! 快走を続けていたB組の河野君が転倒!! その隙をついてD組が追い抜いていく!!』
「くそっ!!」
ズキッ!
立ち上がろうとすると足に痛みが走り、再び転げる。
「た〜くん!!」
「貴明!!」
「先輩!!」
走り終えた南海、瑠璃ちゃん、次のランナーである美里さんが駆け寄ってくる。
遅れて、るーこに黒須先輩、本部から阪木先生がやって来る。
「おい、大丈夫か?」
「うー、どうした?」
「だ、大丈夫。少し足をやっただけです」
「!?」
「そうか、でもこの状態じゃあ走るのは難しいな。おーい、誰か担架!!」
救護係が担架を持ってやってくる。
その横をバトンを持った選手が通り抜けていく。
『どうやら、河野選手、担架で運ばれていくようです。どうしたのでしょうか?』
「誰か付き添ってやってくれ」
「じゃあ、ボクが行きます。こんな状況じゃあリレーも棄権でしょ?」
「わかった。じゃあ、私は本部へ伝えてくる。他の奴は戻っていいぞ」
「わかりました」
黒須先輩達はそれぞれ自分の場所へ戻り、残ったのは俺と美里さんと救護係の人だけになる。
「それじゃあ、運びますよ?」
「あ、はい」
そして、俺は保健室へと運ばれたのだった。
「た〜くん。ゴメンね。ボクがた〜くんに合わない指導をしたから……」
誰もいない保健室で、美里さんがいきなり頭を下げる。
一通り治療を終え、足には湿布と包帯が巻かれている。
「そんなこと無いです。これは俺の油断が招いた怪我なんだからさ」
「でも……でも、ボクの指導が駄目だったから、た〜くんが……」
「大丈夫。先生の話では軽症で、安静にしてれば治るって言ってたし」
「……た〜くんは怒ってないの?」
少し涙目で俺にそう問いかける。
「なんで? 美里さんは何も悪くない。悪いのは油断してた俺の方なんだから」
「……優しいね。た〜くん」
「いや、そんな……」
「ねぇ、た〜くん……昔話をしてもいいかな?」
美里さんの話を纏めるとこうだ。
美里さんは中学生の頃、陸上部で結構有名な選手だったらしい。
そんな美里さんだったから、後輩からも人気があり、いろいろ指導をしたそうだ。
美里さんの指導の手腕が良いのはここから来てるのだろう。
人を見てこなければ適切な指示など与えられるわけが無いしな。
で、指導された後輩はメキメキ実力を伸ばしていった。
でも、美里さんが言うには、その時の自分の指導は結果だけを求めて、相手のことを思いやらないやり方だった。
結果の為だけに厳しい練習を後輩に次々に課していった。
その結果、ある大会で一人の後輩が事故を起こし、大怪我を負ってしまったのだ。
原因はその子の不注意だったのだ。
だけど、その子は美里さんに辛く当たってしまった。それがただの八つ当たりだと解ってる筈なのに―――
その事件で傷ついた美里さんはそれを気に極端に人付き合いを避けるようになってしまったらしい。自分と付き合うと相手を傷つけてしまうと恐れて―――
今はそんな面影も微塵も見せない様子だが、これも一歩引いたところで付き合っているのだそうだ。
そして今回、その姿が俺と被ったのだと言った。
「じゃあ、なんでバスケ部に入ってるんですか?」
人付き合いを避けるようになったって言ってるのに、これじゃあ矛盾してるだろう。
「それはただ両親に薦められただけ。人見知りを克服させようとしてね。
最初は嫌々行ってたんだけど、その内夢中になっちゃって……現金だよね、ボク」
「じゃあ、なんで俺に指導しようなんて思ったんですか?」
「それは、前にも言ったでしょ? た〜くんの頑張ってる姿に感動したの、た〜くんの為に何かしたい、だから本当は怖かったけど、勇気を振り絞って指導をしようって思ったんだ。
頑張ってるた〜君がその勇気をくれたんだよ」
俺が勇気を……?
「だけどね……ボク、もうダメみたい。怪我させまいと一生懸命考えて指導したのに、た〜くんに怪我させてしまったし……」
「そんな! 美里さんの指導は完璧ですよ!! あれは俺の不注意だっただけで―――」
「ありがとう。でも、気休めだったらいらないよ。
た〜くんだって、ボクのことを責めたいはずだもん」
完全に勢いが無くなってしまった美里さん。
―――美里さんにはこんな顔は似合わない。
美里さんが元気になるなら、俺は何でもしてやりたい。
そんな感情が俺に二の句を口にさせた。
「そんなこと……ありませんよ」
「そんなはず無い! 心の中じゃ、ボクのことを責めたくてしょうがないんでしょ!!」
「美里さんがいなかったら、俺はここにいなかったと思います。だから、美里さんには感謝こそすれ、責めるようなことは無いです」
「でも、その怪我―――」
「俺は大丈夫です。明日の本番も走ってみせます」
嘘だ。本当は明日走れるかどうかはわからない。
だけど、美里さんが元気を取り戻すにはこれしかない。
「ダメだよっ!! そんな足じゃ! 誰か代わりの人に」
「俺は走ります。美里さんの指導は間違ってない―――これくらいの怪我じゃへこたれないって、俺が証明してみせます」
「ボクのことなんかより、た〜くんの足の方が大事なんだよ? 自分の体は大切じゃないの?」
「俺は足なんかより、美里さんに元気が無いことの方がずっと大事だから―――だから、俺は走ります」
聞きようによっては告白にも取れないようなセリフを言っているような気がするが、この際無視。
美里さんは黙ってそれを聞くと、ポツリと呟いた。
「……バカだよ。た〜くん」
「自覚してますよ」
「わかったよ。今のた〜くんに何を言っても無駄みたいだし―――その代わり無理はしないで」
「はい、わかりました」
ガチャッ
「河野、大丈夫か?」
「あ、黒須先輩」
「黒須君」
開いたドアから入ってきた黒須先輩は俺のベッドの近くに来ると、
「走れそうか? ダメそうなら代走を用意するが」
「大丈夫です。怪我は対したこと無かったんで走れます」
「そうか」
俺の言葉に安心したのか、顔をほっと弛緩させる先輩。
その顔を見ると、先輩はただ単に俺の意志を聞きたかっただけにも見える。
「黒須君、リレーの方はどうなったの?」
「あぁ、アンカーまではC組が勝っていたのだが、A組のアンカーの赤い髪の女性がC組をあっという間に抜きさってな。A組の逆転勝利だ」
赤い髪……まさかタマ姉?
いや、間違いないな。タマ姉ならそれくらいのこと朝飯前だろう。
「じゃあ、A組は要注意だね」
「あぁ、こちらも作戦を立て直す必要があるな―――河野」
「はい?」
この後、先輩から聞かされた一言は俺を驚愕させるには十分なものだった。
「お前がこのチームで一番遅い。俺達が距離を稼ぐから、河野はアンカーをやってくれないか?」
後書き
もう、何が何だか。すいません。
ごめんなさい。あまりに申し訳なくて、これしか言えません。
2005年7月15日作成