ガーッ……ガーッ……
洗濯機の動く音だけが静かな家に反響する。
「……」
洗っているのは、泥まみれになった体操服と美里さんから借りた白いハンカチ。
勿論、体操服の替えくらいあるが、明日も明後日も練習がある。
毎日汚れる事を想定しておいて、毎日洗っておいた方がいいだろう。
それに、このハンカチも出来れば早いうちに返したいしな。
「……」
『ボクが練習に協力してあげるよっ!!』
先程の情景が頭をよぎる。
正直、こんな展開になるとはおもわなんだ。
彼女からしてみれば俺なんかと練習した所でメリットなんて何も無いはずなのにな……
同情されてるのかな、俺は。
ガーッ……ピーッ、ピーッ、ピーッ
洗濯機からアラームが鳴り響く。
どうやら洗い終わったみたいで、洗濯機はそのまま乾燥に入っている。
これならアイロンかけて明日には間に合いそうだ。
「……渡す時に聞いてみようか?」
俺の呟きも、静かな部屋に洗濯機の音と共にすぅっと消え去ってしまった。
RUN RUN RUN!!
―走れ、走れ―
第五話「理由」
キーンコーンカーンコーン……
「おい、貴明」
「ん、どうした? 雄二」
昼休み、席を立ち上がった俺に雄二が話しかけてくる。
「なぁ、昼どうするよ? 誰もいないんだったら俺と食わねぇか……今ならいいんちょと草壁さんがついてくるぜ?」
「え!?」
「はい?」
密かにどこからか(十中八九タマ姉からだろうが)勝負のことを知ったらしい雄二は、タマ姉達とお昼を食べるのが気まずい俺をお昼に誘いたいみたいだ。
にしても雄二。俺をエサにして二人を誘おうとするな。凄い下心丸見えだぞ?
「なぁー、いいだろ貴明? このみや姉貴とは当分は顔を合わせづらいだろうし、男同士親睦を深めようぜ」
「……まぁ、いいけどな」
不承不承OKする俺。
どっちかというと、雄二は俺をエサに引っかかった二人と親睦を深めたがっている気がする。
「おぉーーっ!! さすが親友。さぁ、行こう、俺達の楽園へ!!」
楽園って、大げさな……
そういうなり雄二は先導するように俺達の前を歩きながらサンバを踊って歩き始めた。
「小牧、草壁さん。他人のフリだ、他人のフリ」
「あ、あははは……」
「貴明さん、苦労なさってるんですね」
わかりますか? 草壁さん。
「さて、貴明はなに食うんだ?」
「俺は、そばでいいや」
「いいんちょに草壁さんは?」
「あ、あたしも河野君と一緒で」
「私も同じですね」
「何だよー、みんな一緒か? 芸が無いというか、なんていうか」
「じゃあ、雄二はどうするんだよ?」
呆れた感じに首を振る雄二にジト目で聞き返す。
「俺か? 俺は……B定食も捨てがたいが、そばもいいな。いやいや、うどんも結構……」
「結局決まってないじゃないか」
「うるさい! 少し黙っててくれ!」
どうやら雄二は優柔不断モード(俺命名)に切り替わったみたいで、メニュー表を見ながらぶつぶつ呟いている。
「はぁ、この状態になると雄二はなかなか決まらないからなぁ……」
「じゃあ、こっちは先に買ってきちゃいませんか? たかだか一人の優柔不断のために、折角手に入れた貴重な貴明さんとのお時間を割くことなんて出来ませんし」
「「……」」
草壁さんは、いつの間にこんな毒を吐けるようになったのだろうか?
「ま、まぁ、確かに昼休みの時間が勿体無いしな。先に買わせてもらうか」
「そ、そうですね」
雄二にそう伝えると(もっとも聞こえているかは知らないが)俺達は食券を買って、おばちゃんに渡す。
幸い、ピークは過ぎていたので、順番も早く、席も空いている。
俺達は、易々と席を見つけると、その場に腰を落ち着かせた。
「それじゃあ、さっさと食べるか」
「「いただきます」」
「そういえば、河野君、リレーの練習はかどってる?」
食べはじめて少し経ってから愛佳が口を開いた。
「うーん、まだ全然って感じだな。手ごたえなんかもあまり無いし」
「そうなの?」
今日からは美里さんが協力してくれるとは言っていたけど、まだ親交もなにも無い人に言われても、突拍子過ぎて疑わしい。
最悪の状態と考えて、自分一人でやることを考えた方がよさそうだ。
「頑張って下さいね、貴明さん。私、応援してますから」
「あぁ、ありがとう。草壁さん」
「あぁ〜〜っ!! た〜くんだ〜!!」
背後からいきなり元気な声が響く。この呼び方をする人物は俺の知る所一人しかいない。
「守屋先輩……」
「やっぱりた〜くんだ。た〜くんもここでお昼だったんだ。それじゃあ、隣いい?」
振り向くと丼を載せたトレイを持った美里さんが立っていた。
「河野君、こちらの方は?」
「あぁ、リレーのチームの先輩で、守屋さんっていうんだ」
愛佳の疑問に答え、美里さんに二人を紹介する。
「よろしくね」
「こちらこそ。それで貴明さん。先程から守屋先輩がおっしゃっている『た・〜・く・ん』というのは何でしょうか?」
にこやかだが、目は笑ってない表情で俺に聞いてくる草壁さん。
おそらく返答次第では無理心中させられるだろう。
「た〜くんはた〜くんだよ。『河野 貴明』だからた〜くん」
「ちょっと守屋先輩!?」
「そういやさっきもそうだったけど、ダメだよ! ボクのことは美里って呼ばなきゃ……」
「こんな公衆の面前でそんなこと言えるわけな―――」
俺はそこで言葉を止めた。否、止まらざるをえなかった。
「「……」」
「ど、どうしたんだ? 二人とも」
「「……」」
返事は無い、何かここだけ時間が止まっているかのようだ。
そうは感じられないのは、二人が痛いくらいに俺を凝視しているからだろう。
「あの、もしもし?」
「女の子が苦手な河野君が名前で呼んでる!? これって、もしかしてもしかすると……守屋先輩って河野君の―――」
「私なんか常に『草壁さん』なのに、羨ましい……」
な、なんか、哀愁が漂ってないか?
「誤解しているようだけど、ボクは偶然会った、た〜くんのリレーの練習に協力してるだけだよ」
「そ、そうなんですか?」
「……怪しいですね」
愛佳は納得してくれたようだが、草壁さんは未だに疑惑の眼差しを外してくれない。
「なら、何故、守屋先輩は学年の違う貴明さんの練習に協力しようなんて考えたんですか?」
「え!? そ、それは……えーと、た〜くんの一生懸命な姿に心を打たれたから……かな」
「心を打たれた?」
それに似たような事は昨日言ってたよな。
どういう意味なんだろうか。
「最近の人ってさ、汗を一杯かいて頑張るのがかっこ悪いとか、スポーツで涙を流したりするのがみっともないとかバカらしいって人が多いじゃない?
でも、ボクはそうは思わなかったんだ。そういう姿の中に、本当の人間の輝きがあると思ってるから。
だからかな、一生懸命走って、転んで、また立ち上がろうとして立てなくて、悔しがって、涙をした『河野 貴明君』に純粋に感動を覚えたんだよ。
だからボクはた〜くんを手伝おうって思ったの。メリットだとかデメリットだとかそんなこと以前の問題なんだよ。ただ、た〜くんの為に何かしてあげたい―――そう思ったから……これじゃ、答えにならないかな?」
「美里さん……」
今の言葉に何とも言えぬ感情が心の中から込み上がってくる。
疑ってた自分がとても恥ずかしくなった。
「……」
「どう、かな?」
「……貴明さん」
「なに?」
「いい先輩に出会えてよかったですね」
そう言った草壁さんの笑みはとても可愛かった。
「でも……」
「え?」
「貴明さんは―――」
「河野君は絶対に渡しませんから!」
「へ?」
「えっ?」
「こ、小牧!?」
草壁さんの言葉を遮って愛佳が叫ぶ。
愛佳はあっけに取られてる俺達の視線に気付いたのか、それとも、自分の発言に今頃恥ずかしさを感じたのか、顔を真っ赤にして、
「や、ややっ。今のは今のはですねっ!! 違います、違うんです。お願い忘れて! わぁ〜すぅ〜れぇ〜てぇ〜〜!!」
と叫びながら、物凄い速さで食器を返却すると食堂から出て行ってしまった。
「……」
「……」
「なんだかなぁ……」
キーンコーンカーンコーン……
俺の呟きと共に、昼休みの終了前のチャイムが鳴り響いたのだった。
「はっ! 結局メニュー決まってねぇ!!」
ちなみに雄二はこの日昼食抜きだったとさ。
「どうでしたか?」
「うーん、なんていうかねぇ……」
夕方、昨日と同じ河原でトレーニングを続ける俺。
でも、今日は昨日とは少し違い、部活が休みだという美里さんが練習に付き合ってくれている。(ハンカチはその後、当然返しました)
「た〜くんは足はきっと遅くないよ。ただ、走り方が悪いかな?」
「走り方……?」
「う〜ん……例えば、最高級の食材を使っているのに、調理法を間違えて、不味い料理になってしまったって感じかな?」
愛のエプ○ンみたいなやつか?
「た〜くんは、もう少し地面をとらえるといい感じになると思うんだよね」
「地面を……とらえる?」
「うん、た〜くんは地面に足をつける時に力が上手く地面に伝わってないんだよ。だからスピードが少し落ちちゃうみたいなんだ」
「なるほど……」
「だから、積極的に地面を踏む込む意識を持って走ってみれば少しは速くなると思うよ」
「じゃあ、さっそく試してみますか」
俺はスタートの位置につくと、言われた通りに走り出してみる。
ダッダッダッ……
地面を力強く蹴り抜く。風と一体化―――とまではいかなくても、さっきよりも速く走る事が出来ている気がする。
「どうだった?」
「はい、さっきよりも少し速く走れてる気がする」
「それならよかった。まだ初めて間もないから、効果はそんなに期待は出来ないけど、それを意識してやれば確実に速くなると思うよ」
他にも美里さんは接地した時に逆足が戻っているようなタイミングを意識すると更に上手くできるとアドバイスしてもらった。
「ありがとう、美里さん」
「お礼は、リレーで返してくれればいいよ」
「はい! それじゃあ、もう一本走ってきます!」
「走りは少し意識を変えるだけでも全然違う走り方になるんだ。いろいろ試してみて、自分に合った走りをまず見つけること。それが大事だよっ!」
美里さんの言葉を脳裏に刻んでスタートラインの位置に移動する。
地面を力強く踏み抜く……逆足が戻っているタイミングで接地する……意識を変えて自分の走りを見つける……よし!!
「いくぞっ!!」
そして俺は風となるべく、思い切り地面を蹴り上げた。
後書き
やっとこさ、五話です。
あいかわらず、ストーリーに安定感が無いのはご愛嬌(てへ
何故か愛佳と草壁さんにもフラグが立ってたり(汗
本編は一応、書庫の誕生日イベントが起きてるという設定なので、ありえないわけでは無いですけどね〜
……というか今気付いたけどこの設定自体がありえないみたいだ……愛佳ルートここまで進んどいて、いきなりこのみノーマルエンド、しかもるーこに姫百合姉妹に草壁さん登場状態。
ありえないな。
2005年7月13日作成