「えー、それでは。今日は100mのタイムを取ります」

 

いつもの髪をかき上げる仕草をしながら阪木先生が俺達に言う。

ミーティングの次の日、俺達は校庭に集められて合同練習をすることになった。

 

「それじゃあ、一年生から計っていこうか?」

 

瑠璃ちゃんと南海がスタートラインに指示された所にそれぞれ移動する。

 

「黒須と守屋はゴールでタイムを取ってくれ。河野ときれいなそらは次に走るからウォームをしておくように」

「「はい」」

 

阪木先生の指示の元、黒須・守屋の両先輩は奥のゴール地点へ移動、俺達は準備運動を始める。

 

「それじゃあ、位置について―――よーい、ドン!!」

 

 

 

 

 

 

RUN RUN RUN!!

―走れ、走れ―

第四話「練習」

 

 

 

 

 

 

 

ダッ!!

 

 

合図と共に地を蹴る二人。

20m位までは両者が譲らない展開だったのだが、それを過ぎた辺りから瑠璃ちゃんがだんだん遅れだし、10mくらい離されてゴール。

 

これがやっぱり性別の差なんだろうか?

 

「南海は11秒95です」

「え、えっと、姫百合さんは13秒29です」

 

いわれたタイムをノートに書き込む阪木先生。

南海も凄いけど瑠璃ちゃんも凄いな。

俺もせめて瑠璃ちゃんと同じくらいのタイムを出したいなぁ。

 

「次は河野、きれいなそら。南海と姫百合はそのままタイムを計測、黒須と守屋はこっちに戻ってウォームをするように」

 

俺とるーこはスタートラインにつく。

るーこには先程説明しておいたから、おそらく大丈夫だろう。

 

「よろしく頼むぞ。うー」

「あぁ、お手柔らかに」

「よーーい、ドン!!」

 

合図に合わせて思いっきり駆け出す。

スタートダッシュは上々、ここから一気にスピードを上げ―――

 

「るーーーーーーーー」

「なっ!?」

 

る、るーこ!?

俺の横をあっさりと追い抜くるーこ。

るーこって、こんなに足が速かったのか?

俺も一生懸命追い縋るが、差はどんどん開いていく。

 

「るーーー」

「はぁ……はぁ……」

 

結局、るーこのスピードは衰えること知れず、俺は相当離されてゴールをした。

しかも、こっちは息切れ切れ、向こうは息切れなしという完全敗北だった。

 

「えーっと、るーこは12秒80や」

「……河野先輩は13秒98です」

 

一年の二人がタイムを読み上げる。

結局練習の成果は出ずじまい。

 

「はぁ、せっかく練習したのにな」

 

いくら練習で充実感があっても数字というのは残酷に現実を知らせてくれる。

せめてあと0.5秒は縮めないと、俺は足手まとい確定だ。

 

「はぁ……」

「河野先輩」

 

落ち込んでる俺に南海が話しかけてくる。

 

「先輩、どんなにいい結果だろうと、悪い結果だろうと、その後そこで努力をするのかしないかが大事です。

 ……そこで慢心や喪失して努力を怠る奴は凡人、そこで努力が出来る奴が天才だと俺は思ってるっすから」

「南海……」

「ま、これにめげずに練習するんですね。俺も協力してあげますから」

 

後輩に慰められる先輩ってなんか情けないが、南海の申し出はありがたい。

 

「ありがとうな。南海」

「……べ、別に、やるからには勝つ……ただそれだけのことっすよ」

 

そう言うと南海は、つんとした表情でスタートの方へと歩いていってしまった。

 

「それじゃあ、これで最後。黒須・守屋の二人はスタートラインに、河野、きれいなそらはその場でタイムを計るように」

「よろしくーー!!」

 

俺とるーこはストップウォッチを構え、準備完了の合図をする。

 

「よーーい、ドン!!」

 

 

カチッ

 

 

ストップウォッチのスイッチを押す。

二人はほぼ横並びの状態―――いや、黒須先輩が前に出てるか。

半分以上過ぎた所で黒須先輩がスパートをかけ、守屋先輩を引き離した。

 

「―――っ!?」

 

 

カチッ

 

 

ゴールしたのでストップウォッチを止める。

続けて、るーこも少々ぎこちなく止めた。

えーと、タイムは……

 

「黒須先輩が11秒41です」

「もう一人は12秒60だ」

 

さすが三年生。俺らなんかとは格が違うってか?

 

「よーし、これで全員のタイムが取れたなー。成績が良い者はこれに驕らず。悪い者は良い成績を上げられるように頑張って欲しい。では解散」

「「ごくろうさまでしたー!!」」

 

先生のいう通りだな。次は良い成績を上げられるように頑張ろう。

全ては俺の命(主に貞操関係)のために!

 

 

 

 

 

 

 

「にしてもなぁ……あんなに訓練したっていうのに」

 

帰り道、一人寂しく住宅街を歩く。

そりゃたしかに二日やそこらで急に早くなるものじゃないとは思うのだが、あまり手ごたえが感じられないのも考えものだ。

 

「やっぱり、練習あるのみか」

 

帰り道の河原に下りると、隅に荷物を置き、体操服に着替えて準備運動をする。

 

「よしっ!」

 

気合を入れ、地面を蹴り上げて走る。

目分量で100mくらいの所で走るのを止め、そこに印の線を引いてから歩いて引き返す。

元の所に戻ったらまた走り出し、線の所に着いたら歩いて引き返す。

それを何十……何百と繰り返す。

 

陽はもう少しで沈もうとしていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ただひたすらにがむしゃらに走る。自分の思い違いなのかもしれないが、若干速く走れているような気がする。

 

 

 

 

 

ガッ!

 

 

 

「!?」

 

 

ズサァァァァァッ!!

 

 

いきなり回る世界。どうやら何かにつまづいたようだ。

体操服は汗と土で汚れ、擦れた膝は薄っすらと血が滲んでいた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

それでも俺は立ち上がる。足手まといの俺だから―――足を引っ張らないようになる為には、人一倍走りこむしか無いのだから。

でも、気持ちがあっても体は限界に近い。膝なんかガクガク震えている。

 

「はぁ……はぁ……も、もう一本」

 

走ろうと足を踏み出すのだが、膝がガクンと折れ、前傾のまま地面に激突する。

立ち上がろうにも、産まれ立ての子馬のように両足がガクガクと震えて、立ち上がる事ができない。

 

「はぁ……はぁ……頼む、立ってくれよ。皆の足を引っ張りたくないんだよ……」

 

自分の情けなさに涙が出てくる。こんなんじゃこのみやタマ姉なんかに勝てるはずが無い。

そんな俺の目の前に白いハンカチが差し出される。

顔を上げると、そこには見知った顔があった。

 

「……守屋、先輩?」

「確か、河野君だよね。ボクが体当たりしちゃった」

「はい、そうですけど……なんでここに先輩が?」

「ボクは部活の帰り。ホラ」

 

そういって守屋先輩は大きいスポーツバッグを見せてくれる。

 

「そ、そうなんですか……なんか恥ずかしい所を見せてしまったみたいで」

「ううん、一生懸命練習したんでしょ? だったら全然恥ずかしい事なんて無いよ」

 

今の俺の状況を見てそう答える先輩。

それでも泣いてる所を見られるのは恥ずかしいものだ。

 

「それに、好感持てるしね。こういう風に一つの目標に向かってがむしゃらに頑張る人。

 ボクも何か協力してあげたいって思うよ」

 

俺は差し出されたハンカチをおずおずと受け取りながらその言葉を聞いていたが、先輩は何か思いついたように大声をあげた。

 

「そうだっ!!」

「うわっ!? どうしたんですか?」

「ボクが練習に協力してあげるよっ!!」

「……へ?」

「河野君の練習に付き合ってあげる。こういうのって一人より二人だと思うし」

 

にこやかな笑みで呆けた顔した俺にそう話す先輩。

うーむ、どうしたものか。二人でやればたしかに練習は効率的にできるけど、ほとんど初対面に近い先輩に付き合ってもらっていいものだろうか?

それにいくら慣れたからとはいえ、女の人は根本的に苦手だからなぁ……

 

「ねっ、ねっ、ダメかなぁ……」

 

なんか捨てられた子犬を彷彿とさせる上目遣い。

やめて下さい。そんな顔されて断れるほど自分は不出来な人間じゃありませんから。

 

「……わかりました。毎日ここで練習していますから、来られる時だけでいいですよ」

「やったね! じゃあ、毎日来ちゃうよぉ〜」

 

……まぁ、女の人の克服の練習だと思えばいいか。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします。先輩」

「ダメダメ!! これから一緒に練習してく仲なんだから、ボクが先輩だからってそんな畏まらなくていいよ。

美里って呼んで。ボクも貴明だから―――『た〜くん』って呼ぶから」

 

た、たーくん!?

な、なんか変な気分だな……

 

「そ、それじゃあ、美里さんって呼ばせてもらいます」

「う〜ん……まっ、いいか。それじゃあ、よろしくっ!」

 

美里さんは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐににこやかな顔に戻ってこっちを覗いてきた。

その顔に少しドキリとしてしまったのはここだけの秘密。

 

にしても、タマ姉以外の先輩と気軽に話すのはどうも体が拒絶してしまう。

それが女の人なら一層のこと。

 

「それじゃあ、今日はもう帰ろ? ホラ、立って立って」

「あっ、あぁ」

 

美里さんは俺の腕を取ると立ち上がらせてパンパンと土ぼこりを落とした。

 

「!? た〜くん、膝から血が出てる!?」

「あぁ、これはさっき転んで……ほっとけば直るから」

「ダメだよっ!! こういうのってバカにできないんだから!!」

 

美里さんはスポーツバッグから小さな応急セットを取り出すと、手慣れた手つきで消毒をする。

 

「っ!?」

「あ、沁みるだろうけど我慢して―――はい、終わり」

「あ、ありがとう。美里さん」

「ふふっ、どういたしまして。それじゃあ今日はゆっくり休むんだよ! じゃあね」

 

そういって美里さんはスポーツバッグを担いで先に帰ってしまった。

 

「ふぅ……」

 

その姿を見送って一息つく、やっぱり女の人は苦手だ。

でも、このみとタマ姉に勝つため、ひいては自分の貞操を守る為。

その為には一人では限界がある。そう思えば今回の選択は正解だったのかもしれないな。

 

「こうなったら、足掻けるだけ足掻いてやる」

 

負けるとしてもそう簡単には負けはしないと、心で誓った俺なのであった。

 

 

 

 

 

 

後書き

なんか、グダグダ。

四話にして早くも挫折気味(汗

ちなみにタイムはJGJが大体こんなもんかと予想付けたタイムですので、結構おかしいかも知れませんが、そこは気合とこんじょーでw

 

 

 

 

2005年7月12日作成