灰色の雲が空を蔽い、雨が降る。またこの季節が来た……雨の降る日が多い梅雨。
空から落ちる雨が傘と地面を打ち、ザァーと音がたつ……少し寒い、雨に周りの温度が奪われる。
だけど……私はここで待っている。あの人が消えた、この空き地で。
そんな時にやってきた変わり者。クラスにいる変わり者とは、また別の意味での変わった人。
始めの印象は不審者……自分は吸血鬼だと、名乗ったのですから……。
「こんばんはお嬢さん、というには早いかな。確かに夜のように暗いが、まだ日の入り前の時間だ」
「……なにか御用ですか?」
かけられた声に振り向く。
そこにいたのは、黒い傘を差した男の人……声から、年齢は私と同じぐらいでしょうか?
「くくく……いや、可憐な花が一輪。ただの空き地に咲いているのが気になってな」
ナンパにしては、私の気を引こうとする仕草も言葉もなかった。
今時、可憐な花が一輪なんて言葉は使いません。
それに……口元は小さく笑っているのに、傘で隠し一度もあわせない眼。
私には、その見えない眼が笑っているとは思えなかった。
「雨の中、傘を差して何を待ち続けているのやら。帰ってこない恋人、友人かな」
「……係わるのは止めた方がいいですよ。今なら不審者と言いません」
「図星か。まぁそれだけの悲しみの色を纏っていれば、そりゃそうだな」
傘を掴む手に力が篭る。貴方になにが解る。貴方がなにを知っている。
珍しい怒りを覚え、男を睨みつけようとした。その瞬間、
「へぇ、消えた好きな人か。厄介な所へと旅立っていったものだ」
聞こえてきた言葉に、頭の中が真っ白になった。さまざまな感情で、心が困惑した。
「無表情って訳じゃないか。ただ、感情を表さないだけ……」
見えている口がはっきりと分かる笑みを浮かべ、傘が後ろへとずらされた。
その瞬間、傘がずれ見えたその眼を見た途端、私を動けなくした圧倒的圧迫感。
まるで、大きな手に掴まれたかのように息苦しい。
なにより私を捕らえたのは、紅い二つの瞳。鮮血のように、真っ赤な眼。
その眼に見られるだけで、心の底まで見られている気がする。違う、心を覗かれている。
今、真実を言い当てられた。あの時のことを、私だけが知っている真実を彼は言い当てた。
「何で知ってるか、聞きたいか?」
「……ええ」
「なら、名前を教えてくれないか」
「…………里村、茜」
「茜、か……我も返そう。我は記憶の支配者にして、アカシックレコードとの繋がりを持つ――吸血鬼だ」
子供が玩具を与えられたような笑顔。
子供のように純粋な笑みではないけど、心の底から私に出会ったことを楽しいと笑顔を浮かべていた。
どんな事情が在ろうとも、自分の好奇心を充たせると……
この身この心 貴方と共に
〜繋がれた鎖〜
瞼を開けると、見慣れた天井が見える。私の部屋。いつも寝ている自室。
窓の外を見ると、空には青空が広がっていて、今日は雨が降っていない。
だけど、私の心には雨が降っていた。昨日の出来事のおかげで…
『茜、お前の恋人は永遠の世界と呼ばれる場所へと旅立った』
『永遠の世界?』
昨日、私が教えられたことは……希望でもなく絶望でもない、紛れもない真実。
ただの、物語の世界でしか知らないお話。空想のような夢物語。
『遥か昔から、人々はあることを望んだ。
それは老けることが無く死ぬことの無い不老不死。何時までも続く幸せの時間。
人々は願い、祈った。そして生まれたのがこの世界とはまた違う世界……永遠の世界。
その世界には願いがある。その世界には永久に続く時間がある。
時間は進まず、自分の願いだけが永遠の続く世界。
お前の恋人も、その世界を願った。代償と引き換えに、永遠に続く世界を』
『代償?』
『世界に忘れられるんだ。この世界に。この世界に住む人々に。友達、家族、すべての人達に……存在を』
彼の言葉は嘘じゃなかった。あの人も、周りの全てから忘れられた。
家族も、幼馴染の友達からも……覚えていたのは私だけ。
覚えているのは私だけなのだから、知っているのも私だけ。
彼が知る筈が無い。その世界を知らない限り。
『さて、雨も止んだ。今日はさようならだ。
本当なら血を吸いに来たのだが……珍しい話を聞かせてもらったから、今日の所は帰るとしよう。
さすがに月を見ると、極上の血を前に押さえきれないからな』
見上げる空は、あれだけ空を蔽っていた雲が消え、雲と雲の間から星が見えている。
あと少しすれば、月もどこから雲との間から見えるでしょう。
『またな、茜』
『待ってください! 話はまだ――――いない』
見上げていた視線を急いで戻すが彼の姿は既に無く、道へと出ても後姿も見えませんでした。
「あれは夢? 違う、あれは現実だった」
起きたばかりは苦手です。だけど、私はすぐに制服へと着替えて家を出る。
もしかしたら彼がいるかも知れないと、雨は降っていませんがあの空き地へと行ってみる。
何かを知っている彼には、一番聞きたいことが残っていたから…
「いません、か」
空き地には誰もいなかった。
吸血鬼と名乗っていましたから、もしかしたら夜にしか現れないのかも知れません。
そもそも、答えてくれるのかさえ分からない。昨日も、気まぐれで答えてくれた、そんな感じです。
もしかしたら、もう二度と会えないのかもしれない。
けど……またな、そう言いました。だから、また会える筈。
私はそれを信じることしか出来ない。結局、また待つだけ……
「おーい、茜!」
「おはよう、里村さん」
「おはようございます、長森さん、浩平?」
「何で疑問系?!」
学校に着くと、玄関で後ろから呼ばれる私の名前。私を名前で呼ぶのは、二人。折原浩平と七瀬留美だけ。
一人は男の人ですので、浩平と長森さんですね。腕時計は、まだ余裕のある時間なのですけど……
「いつもより早起きして起こしたんだよ」
「お疲れ様です」
毎朝と言っても良いほど、浩平を起こしに行っているらしい長森さん。
周りからは恋人や妻と言われていますが、ただの幼馴染だそうです。
見ている限りでは、どうしても見えないのですが……
「そういえば住井くんが言っていたんだけどね、今日転校生が来るそうだよ」
「転校生ですか」
「うん。珍しいよね、こんな時期にくるなんて」
私が座る席の横、そこは空席になっていました。昨日まで誰かいたような気もしますが、思い出せません。
ふと、唐突に昨日の彼を思い出す。同じぐらいの歳……もしかしたら、彼が来るかも知れない。
そんなありもしないことを考えながらも、ホームルームまでの間、長森さんと話していました。
※ ※ ※ ※ ※
チャイムの音から少し遅れてやってきた渡辺先生。
いつもは騒がしい男子も、今日は静かでした。
転校生が男か女か分からず、期待しているみたいですね。
「んあ〜、それじゃ入って来い」
呼ばれた声に答えるように開かれる戸。
入ってきたのは男子の制服を着た、もちろん男子生徒。
「相沢祐一。趣味は月見。好きな色は紅。他にこれといって決まったものは無いので、発言は無い」
普通かは個人の判断ですが、私からは普通。
目立つ特徴も無く、黒髪に黒い瞳。昨日の彼に似ていると言えば、似ていなくもない程度。
本人かと聞かれれば、違うと答えられる。眼も紅くなく、感じられる圧迫感も無い。
「それじゃ、そこに席に」
朝からなぜか空いている隣の席に座り、鞄を横にぶら下げる。
似ているからとしばらく見ていたら、丁度顔を上げた彼と目があった。
転校生ということで注目も集っていますし、別に変には捉えられない筈ですが、失礼だったでしょうか。
「すいません、教科書などの用意が間に合っていませんので、授業中は見せてもらえますか?」
「ええ、良いですよ」
「ありがとうございます――里村、茜さん」
「っ?!」
名乗ってもいないのに、名前を言われた。その瞬間、彼だった。間違いなく、昨日会った彼だった。
私の名前を呼んだ時、私だけに見えるように一瞬だけ眼が紅くなった。
それに、さっきまで浮かべていた周りに対する笑顔が、昨日ずっと見ていた……私に見せた、笑みへと変わった。
「んあ〜、終わりにする」
「よぉ、転校生。面白みの無い自己紹介だっひでぶっ!」
「浩平、少し黙っててください」
終わると同時に彼に話し掛けて来た浩平に黙ってもらい、彼の腕を掴み教室を出て行く
他の人からすれば、彼はなにも分からず困惑して私に引っ張られているでしょう。
だけど、私には見えている。笑っている……あの、楽しんでいる笑みで。
※ ※ ※ ※ ※
一時間目を知らせるチャイムがなる。
「転校一日目からサボりですか」
「ふざけないでください。昨日まで、あの席には確かに誰かが座っていました。
どういうことですか。わざわざ私の学校に転校してくるなんて」
あの眼がイラつかせる。
あの黒い眼を見ていると、なぜか心の中が落ち着かない。
紅い眼じゃないだけで、彼じゃない気もしてくる。
「覚えているとはさすがですね。ますます諦めれない」
歓喜の声を上げ、私を獲物としてみていた彼へと変わった。
そして心を読まれたのか、指で右眼を隠し左眼へとなぞる。
次に現れた瞳は、紅。私が彼だと断定する証拠とでも言うべき紅い瞳。
「さて、お気に召したかな」
口調も、昨日の彼と同じものに変わった。
彼に隠し事は、諦めた方がいいみたいですね。
「ええ。それで、なんでこの学校に転校を…………私ですね」
さっきの言葉で分かってしまった。
彼は私を狙っている。だから、この学校に転校してきた。
「正解。だけどそれだけじゃない。他にも理由はある。そっちは秘密だが、な」
自分の口元に立てた指を当てる。
一見、そのしぐさふざけている様だが……眼が笑っていない。
この様子だと、秘密の方は絶対に話さないでしょうね。
「秘密なら秘密でもいいです。学校に転校してきたのも、別に構いません。私に止める権利はありませんから」
「話が進む。先にこっちが話しておこうか。君の隣にいた生徒は、少し家で休んでいる。
周りの人には暗示をかけ、俺が転校してきたことにした。やはり君には効き目が薄く、おぼろげに覚えていたみたいだが」
「そうですか」
「さて、今度は君の番だ。何か質問があるんだろ?」
質問……聞きたいことはいくつもある。
だけど、一番しなければならない質問は一つ。
「そうか、聞くまでも無かったな」
心を読まれるのは嫌な気分の筈ですが、彼がすると遊ばれている気分です。
「今日の放課後。月が見えるまでの短い時間、昨日のあの場所で。そこで君への答えを話そう」
「……分かりました」
教室へと戻っていく後姿を、黙って見ていました。
止めることも無く、声をかけることも無く、ただその場で立っているだけ。
「……雲。夕方からは、また雨が降り出しそうですね」
「そうだな。この分だと、昼までには降るな」
「…………戻ったのではないのですか?」
空から声へと振り向く。
そこにいたのは、先ほどまで話していた彼。
ただ、笑みも消えていて、むしろ……今まであった、余裕というものがなくなっていました。
「まぁ、確かに一度は戻ったんだが……とりあえず、言い訳は頼む。俺は帰る」
私の目を手で蔽い、姿を見えなくする。
私が手を払った時には、既に彼の姿は消えていました。
押し付けられたことに文句の一つを言いたかったのですけど、消えてしまったのでは仕方ありません。
ただ……一時間目の終わりを知らせるチャイムが鳴り、教室に戻った私を待っていて出来事には――
「やぁ、茜。まずは、おかえり。さて、あいつとの関係を……ま、まて、その振り上げた手をどうするぎぐぶへぇら!」
「ねぇねぇ! 彼氏? え、彼氏との再会?」
「俺の里村さんが! 許すまじ相沢!!」
「おい、ショックで何人か固まってるぞ」
「そりゃ、長森さんは折原。それで、里村さんまでもがだからな」
……なるほど、逃げた訳ですか。
詳しく話を聞こうと詰め寄ってくる同じクラスの人達。
先に戻ったが、この状況に置かれて逃げて私に押し付けた……次に会ったら、少しの文句は別にいいですよね。
「黙秘します」
それから授業の合間の休み時間、ずっと私の周りには人が途絶えることはありませんでした。
長森さんと七瀬さんが浩平を抑えてくれたので、クラス内だけでの騒ぎになったのがせめてもの救いです。
……暗示をかけたのか、一言も彼の自身に聞こうとする人がいなかったのは、大変……ムカつきます。
※ ※ ※ ※ ※
「……雨」
屋上から遠くに見えていた雨雲は、やはり雨を降らしました。
昨日のように、灰色の雲が空を蔽った薄暗い夕方。
約束の時間まではまだ少しある……けど、待つのには慣れている。
雨の中、彼と会った空き地で傘を差しながら待ち続ける。
「……出てきたらどうですか?」
「ほう、見えていたかな?」
「いいえ。でも、視線は感じました」
空き地に着いた時から見られていた。
約束の時間までまだまだあるのに、彼は既にここにいた。
「だろうな。闇に姿は隠せても、視線は元々の姿がないから隠せない」
再び私の目を手が覆い隠し、手が退けられると……彼の姿。
「さぁ、時間は進む。茜のもっとも聞きたいことを聞こうか」
私が聞きたいこと。決まっている。
「……司は、帰ってくるのですか?」
「さて、どうだろう。帰ってくるかはその司の心次第。
永遠から逃れる方法は、こちらの世界に絆が残っていること。そして、帰りたいと思っていること」
「遠回しな言い方は結構です! 答えだけ言ってください! 司は、司は帰ってくるのですか?!」
「……帰ってこない。こちらの世界にある絆は、茜だけ。なら、帰ってくるならば茜の元。だが…」
覚えていることが絆だとすれば、司が帰ってくるのは私の所。
でも、司は帰って来ていない。それは、司が帰ってくる気がないから。
いくら待ち続けても、司が帰ってくることはない。
…………それじゃ、私は……何の為にここで待っていればいいの。
「茜。君は、ここでなんの為に待っていた」
「……分かりません」
また心を読まれた。でも、もう不思議には思わない。それが彼。
「嘘は必要ない。君は、好きだったのだろ。だから待ち続けていた」
……嘘がつけない。心を見透かす彼の前では、嘘をつく事が出来ない。
私は、司のことが好きだった。目の前で司が消えた時も、好きだからこそ待ち続けると決めた。
だけど、司がもう戻ってこないと知ってしまった。私は、私の気持ちは答えてもらえなかった。
「人の気持ちは、俺も未だに分からない。けど、過去の統計から言わせて貰う……ふられた以上、気持ちは切り替えた方がいい」
「そんなの……簡単に出来る筈がないじゃないですか! ずっと待ってた。たった一人で、誰もが忘れている中」
たった一人きりで。親も友達も、誰の記憶からも司のことが忘れられていく中……私一人だけが覚えていた。
目の前で彼の思い出が捨てられていくのも見た。周りとの記憶の違いに苦しみもした。
一人、一人でずっと覚えてきた。忘れてはいけないと、彼が戻ってきた時に誰かが覚えていないと駄目だと。
私は拒絶した。周りが覚えていないことが怖かったから……壁を作り、一人閉じ篭った。
でも、もうその必要も無い……彼は帰ってこない。私は、本当に一人になった。
「嫌なんです。一人きりは、もう一人は、嫌。お願い、だから……誰か…………側に、いて」
「……興醒めか。だから真実を告げるのは嫌いだ」
始めて聞いた声。今までの声の質とは違い、とても悲しくて辛い声。
まるで、今の私のような感情が表れたような声で、視線を合わせた彼の顔には……
「泣いているのですか?」
涙が流れていた。あまりの出来事に、始めて見た男の人の泣き顔に……頬が染まる。
「……幾千、幾万、数え切れないほどの記憶を見てきた。辛い、辛い、記憶を。それが……俺に与えられた使命だから」
「使命?」
「俺が生まれた理由だ。二度、目の前で親しい命が消えるのを見たくなかったから」
「だから吸血鬼に?」
「ああ。成った過程は覚えていない。けど、結果は今の俺だ……そう、俺は人間だった」
黒い瞳の姿が、重なって見えた。
とても優しげに笑っている彼の姿が。人間だった頃の彼の姿が。
ああ、彼も一緒なのか。私のように、持っているからこそ苦しい記憶に、一人で苦しんでいる。
「茜……もし、もし司の記憶、自分だけが持つ記憶が嫌なら、持っていたくないと言うなら…」
「血と引き換えに、記憶を無くしてくれる?」
「いや、血は必要ない。何もいらない。ただ、ここで起こったこと全てを忘れるだけだ」
それは、彼を忘れると……そういった意味でもあった。
ここで起こったこと全てを忘れ、司の記憶に苦しむことなくこれからを過ごす。
周りが忘れて行ったように、私も司のことを忘れ周りと同じように過ごす。
「貴方のことも、忘れるのですか?」
ふと気づいた真実に、声を出していた。
「言ったろ。辛い記憶をって」
答えを聞かなくても、私は分かっていた。
見ている側が、心を痛める笑顔で笑っている、そんな彼を見れば解らない筈が無かった。
彼は、偽っているつもりなのでしょう。でも、隠しきれてない。
「返答をくれないか? そろそろ時間だ」
雨が止んでいた。雲も流れ、夜の空が見え始めている。
いつ投げ出したのか、お気に入りの傘も地面に転がり、濡れた体が寒さを教えてきた。
思考が追いつかなかったのか、私も彼も……雨で全身を濡らしているのに、今気がついた。
「風邪をひく。俺も、次の街へと旅立たないと」
「もう会えない?」
「それは断言出来る。それに、会ったとしても茜は覚えていない」
その言葉に、体が震えた。
恐怖。それに、悲しみ。また……いなくなる。忘れていく。
そう思ったら、体が動いていた。
「――行かないで。行かないでください! 私を置いていかないで!」
彼は司じゃない。でも、私を置いて行ってしまう。そんな考えに涙が出る。
心の中で、なにかが呟く。絶対に行かせない。一人でなんて行かせない。
「無理だ。俺は一箇所に留まることは出来ない。数多の記憶に呼ばれ、記憶に関わるものに道を示さないといけない」
それが彼の背負った宿命。私の知らない……彼の、過去。
「……ってください」
「え?」
「私も連れて行ってください! 留まれないなら私も一緒に! 目的は私だったのでしょう。なら――」
彼の手に遮られた。それ以上は話してはいけないと。
「茜、君は聡明だ。分かっているだろ。あれが演技だって。それに、共に歩くというのは――」
今度は私が彼の言葉を遮った。それ以上言わなくても分かっていますと。
「たった今貴方が言ったじゃないですか、私は聡明だと。全部とは言えませんが、分かっていますから」
「それでも言うのか」
「言います、何度でも言います。お願いですから、一緒に連れてってください。一人に、しないで……」
気が気でなかった。混乱とは違う、ただ嫌だっただけ……一人になるのが。
忘れたとしても、忘れるとしても、嫌だった。今一人にされると思うだけで、怖い。
彼の服を掴む手が震えている。手に力が入らない。
「不可能だ。君が人である限り、同じ時を歩めない。俺はあの時死んだ。だから、今を生きている」
「矛盾してます。貴方は今ここにいるじゃないですか」
「人である限りと言ったろ。人でなくなり、吸血鬼の人生を生きている。それが矛盾の答えだ」
「なら私も!」
吸血鬼にしてください。その言葉は、簡単に考えることが出来た。
「断る。それはもう一緒にじゃない。ただの奴隷だ。知ってるだろ、吸血鬼に噛まれた者は……」
その吸血鬼の僕となる。有名な話。
でも、私はそれを望んでいる。一緒にいけるなら、それでも良い。一人じゃないなら、それで良い。
彼はまだ分かっていない。私はただ一人になりたくないから、だから一緒に行くと言っていると思っている。
「そんなの、関係ないですよ」
一人の辛さを解っているのに……彼はそれを隠している。
「――女の子一人は、危険も多いんです」
「……手錠に、護身用ナイフ。俺を捕まえて、どうする気だ?」
無言で彼の手に掛けた手錠の反対を自分の手に掛ける。そしてナイフは……
「おい、まさか」
「私も死ねば、一緒の時間を過ごせるようになるでしょうか?」
私の心を読み、知った私の行動に驚愕が顔に表れた。
そんな彼に微笑みながら、ナイフを引いた。
手首に冷たい刃が触れた感触。そして、生暖かい液体が頬に触れた。
躊躇うことなく引いたナイフは、痛みさえ感じさせる事なく手首を切った。
「ばっ、なにを考えてる!」
彼は怒りの表情で切った私の手首を握り、必死に血を止めようとする。
だけど、深く切った手首からは血が止まることはない。
もって二分ぐらいでしょうか。もう、体の力が抜けてきた。
「知ってしまったら、もう、戻れません。また一人に戻るなら、死んでも一緒です」
「死んでもって……茜、お前は一人じゃないだろ」
友達のことでしょうね。学校の友達。家族もいます。親友と呼べる人もいます。
けど、やっぱり覚えているのは私だけなんです。あの時、覚えていたのは、信じたのは私だけ。
他の、周りの人達は誰も信じなかった。私のことを、信じてはくれなかった。
「そ、うですね――――――貴方がいます」
「っ、馬鹿だよ。ほんと、馬鹿だ。俺と居たって辛いだけだ」
「大丈夫です。二人で分ければ、辛さも半分。どこかの誰かが言ってましたね」
目が霞んできました。雨で体の体温も奪われて、寒いです。
もう少し、彼の泣き顔が見たかったのですけど……限界ですね。
声を出すのも、もう無理。
「次に起きたら、側にいてください」
「ああもう! くそっ! 馬鹿が。わざわざ辛い道を選びやがって――――これは料金の前払いだからな」
完全に目が閉じ、意識も消え行く中、冷め切った体に一箇所だけ……確かに、暖かな温もりを感じました。
抱きとめられている体。押さえられている手首。同じように冷えてしまった体が触れ合っている場所とは違う場所。
唇同士が彼と触れ合っていた――前払いですか。ふふっ、悪くはありません。
「…………邪魔だ」
太陽に向けてかざしている手の手首に輝く銀のリング。
鎖が切れ、片方だけの手錠の意味をなさなくなった片割れ。
「外しても良いですよ。ただ、また付けますけど」
「外す意味が無いな。……本当に付いてくるのか?」
「はい。絶対に付いて行きます。誰かが邪魔をするなら殺してでも、絶対に付いて行きます」
「俺が邪魔をしても、か?」
「はい」
私は生きている。私は彼のスレイブ――奴隷となり、生きた。ただ、人の身では無くなりましたけど。
それでも、私は生きて吸血鬼と成って彼の側にいる。彼の側に、ずっといることが出来る。
「たとえ命令であろうとも、私は付いて行きます。何があっても、どんなことをしても、どんな犠牲を払おうとも」
望みのままに、私は彼の側にいることが出来る。
もう一人じゃない。彼がいる。ずっと側にいる。私が死ぬまで、彼が死ぬまで、ずっと側にいる。
「どれだけの苦しみも、貴方と分かち合えるなら喜びです。その悲しみも、貴方からなら私にとって幸福なもの」
「思考が狂信的になった。これがスレイブの効果か」
「もしかしたら、最初からなのかも知れませんよ」
確かに私は彼に依存している。それも、病的に捉えられるほどに。
でも問題は無い。むしろ、それが彼への愛。不器用な愛。
「トラウマだろ。だから歪んだ愛」
「貴方と同じですね」
「俺のはトラウマじゃない。ただの、悲しい過去だ」
「一人きりの、ですよね。初恋の人を救う為に手にしてしまった力」
「茜?」
「学校で秘密だと言った時のしぐさも、救おうとした一人のしぐさ……うぐぅ、えぅ〜」
彼が浮かべていた笑みと同じ笑みで彼を見る私。
彼は驚きでいっぱいのようです……確かに、彼が笑みを浮かべていた理由も分かります。
あれが彼の昔。まだ人だった時の彼の性格なんでしょうね。楽しかった過去。
「おい、なんでそのことを知って」
「駄目ですよ。貴方の隣は私なんですから。絶対に譲りません、渡しません、私だけです……貴方の側は」
「……勝手に言ってろ。行くぞ」
行くぞ……ふふっ、付いて行って良いってことですね。
なら、行きましょうか。
「はい、私の主様」
私は真実を教えてくれた彼に恋をした
不器用な愛でしか表せない恋
鎖のような想い 絶対に逃がさない
お揃いの銀の腕輪 絶対に放さない
私だけ知る記憶 絶対に渡さない
私の中に流れる紅い彼の血
私の物
私だけの物 彼はずっと側にいてくれる人
あとがき
rk「…………」
祐一「…………」
rk「………ヤンデレ?」
祐一「め、珍しいといえば珍しいか……ヤンデレなのかはノーコメント。判断出来ない」
rk「さすがに、誰も書いてないようなのって言われると……ネタも尽きるから」
祐一「茜は結構書かれてるから、まぁ」
rk「頑張ったんだよ、これでも…」
祐一「もっと勉強しような。ヤンデレをって言うのもなんだが」
rk「あはは、では〜」