鵺の爪

 巡航M級艦『シュピーゲル』の応接室。
 歓迎会から一夜明けたこの日、そこには大勢のクルーが集まっていた。
 視線の先は皆、大型のモニターに。
 異世界であろう、大地が隆起した不安定なその場所に、立つのは二つの影。
 烈火の将シグナムと、タツマ・シラヌイだ。
 周囲から誰それにいくらと言った声が上がっている。
 賭博行為は禁止だろうが、艦長でありはやての隣に座っているリーリアは笑顔でそれを見て見ぬ振りをしていた。
 というか自分も賭けていた。

「えらい騒ぎだなこれは」
「おわ! クロノ君!?」

 背後から突然聞き覚えのある声がして、はやては驚きを含んだ声を上げる。
 振り返ると、やはりクロノ・ハラオウン執務官が難しげな表情で立っていた。
 隣にはついてきたのか、フェイト・T・ハラオウンの姿もある。

「フェイトちゃんも、どないしたん?」
「シグナムがタツマと戦うからって、見に来たんだ」
「僕はその付き添いだ。あと、ついでにあいつに挨拶にな」
「二人とも、知り合いなのか?」

 はやての隣に座っていたヴィータが、二人にそう問う。

「私は嘱託試験のときに」
「僕は士官学校からの付き合いだな」

 一人は楽しそうに、一人は詰まらなそうに、そう答えてモニターを見た。
 騎士甲冑を既に顕現させたシグナムに対し、タツマは依然執務官の制服のまま。
 周囲をグルリと見回している。

「知り合いやったら、タツマさんがどれぐらい強いか知ってる?」
「……あの時はまだカートリッジもなかったけど。強いよ、タツマは」

「今なら勝てるって言い分ね」

 フェイトのその言葉に、言い返した人物がいた。
 突然響いた凛とした声に、はやては声の方向を向く。
 それは一人の少女だった。
 形は人だが耳が長く、とかげを思わせる尻尾が飛び出している。
 髪は腰まで届く長髪。色は若草色。
 赤い眼をしたその少女は、以前はやてに謝罪に訪れた、リーゼロッテ・リーゼアリアと同じ制服を着ていた。

「セリス。いや、そうじゃなくて……」
「そうじゃないならどうなわけ? チョッと見ない間に言うようになったわね〜」
「あわわわわ」

 セリスと呼ばれた少女は、フェイトを抱きこむと頭を拳骨でぐりぐりと弄りだした。
 呆然とするはやてたちを他所に繰り広げられるある意味惨劇っぽい行為。
 クロノはリーリアに目配せするが、されたほうがスルーしたのでどうしようもなかった。

「セリスはタツマの使い魔だ。昨日会わなかったのか?」
「ああ、私歓迎会でれなかったから初対面なのよ。これからよろしくねえええ!」
「い、いたたたたた!!」

 ヒートアップするセリスのぐりぐりに、フェイトが涙目になって助けを求める。
 しかし目を合わせるクルーは皆、合った瞬間気まずそうに目を逸らしてしまった。
 隣にいるはずのクロノも、止めようとしてくれない。 
 自分に災難が降りかかるのを回避するためだろう。
 母さん。人間って冷たいです……

「―――ッ!!」

 突然場が盛り上がり始めた。
 それに伴って、フェイトに対する束縛も緩む。セリスも周囲と同じように、始まった戦いを見ているのだろう。
 必死にそこから脱出し、見られないよう涙を拭って、十分な距離をとった後フェイトは画面を見た。
 砂塵。
 モニター一杯に埋め尽くされた土煙が、次の瞬間衝撃か何かで吹き飛ばされる。
 次にそこに映っていたのは、蛇腹剣を振り被るシグナムの姿だった。






† 鵺の爪 †

2話「雷が空を裂いて」






 先に動いたのはシグナム。
 レバンティンを蛇腹剣のシュランゲフォルムに変形させ、薙ぐように振り抜いた。
 手応えは、ない。
 土煙を連結刃で振り払い、シグナムは周囲を見渡した。
 気配。
 それは自身の真後ろから。
 振り向いた先に立っていたタツマは、バリアジャケットを顕現していた。
 形状はクロノと似たものだが、肩の突起は外され、袖は二の腕までになっている。
 その代わり、タツマの両腕には手甲が装着されていた。
 手には何も持っていない。そのことからストレージ、インテリジェンスのデバイス所持者ではないことが分かる。

(あの手甲がデバイスか?)

 見た目は普通の手甲だが、シグナムは油断しなかった。
 管理局執務官。その職に就くには高い能力が問われることになる。
 それをクロノ・ハラオウンと同じ年齢で取得したのだ。彼我の戦力差はほぼないと言っていい。
 そして、何度かクロノと戦ったことのあるシグナムは知っていた。
 執務官を名乗る魔導師の強さを。

 動いた。
 先ほどとは対照的に、今度はタツマが。
 息を深く吸い込み、腰を落とす。左を前に突き出し、右腕を大きく振り被った。
 構え? 違う。
 牽制? これも違う。
 これは“仕留める”動きだ。

「―――ツッ!」

 長年の戦闘経験と、己の中の本能が警告音を鳴らす。
 一瞬の悪寒をバネにして、シグナムはその場から上空に飛び上がった。
 真下を見れば、今いた場所に一本の線が伸びている。
 “それ”はタツマの右腕を始点とし、後ろの岩にぶつかって止まっていた。
 線とは即ちワイヤー。岩を穿ったのは矢尻と似た形状をした、手甲の一部だったもの。
 撃ち出し、貫く。タツマ・シラヌイのデバイスは―――

「アンカーか!!」
「アームドデバイス、《ケラウノス》だ。よろしく…な!」

 上空にいたシグナムに対し、タツマは左のアンカーを地面に射出。
 反動を利用し跳躍力を引き上げ、一気にシグナムの上に躍り出た。
 右のアンカーはその際既に巻き取られている。
 シグナムにとって上をとられたのは不覚。だがまだ手がないわけではない。
 カートリッジを一発消費。普段なら鞘から抜き放つ業だが、今はその余裕もない。
 だから体を回転させ、遠心力のベクトルを上空に向け、シグナムは蛇腹剣からの一発を放った。

「飛竜一閃!!」

 薄茜の咆哮が轟く。
 だが空中にいるはずのタツマはそれを回避した。
 アンカーを岩場に射出。それに引かれて体を横に逃がす。
 途中で射出したアンカーを回収し、体を捻って岩場に着地。
 そのまま地面とほぼ垂直になったままシグナムに向けて駆け出した。

「―――レヴァンティン!」
《Load cartridge. Schwertform》

 飛竜一閃の魔力余波をカートリッジで強引に押さえ込み、シグナムはレヴァンティンを剣の形態に戻した。
 そこにタツマが拳を振り上げ殺到する。
 衝撃。
 ケラウノスの碇と、レヴァンティンの刀身が火花を散らしせめぎ合う。
 間合いを外すことなく両者は更に衝突。
 一合、二合……その乱舞は二桁に届き、そして最後に一際大きな音を立てて弾かれた。
 間合いが大きく開く。

「……貴様、手を抜いているな?」
「えー…。これだけ頑張ってるのにその評価って、地味にヘコむんだけど」

 一度目と同じ、左を突き出し右を振り被る構えのまま、タツマはそう答えた。
 だがシグナムは否定する。彼の言葉を。

「お前の動き。そのデバイスを使うための物ではない」
「―――」
「体捌きで分かる。私の経験が言っている。お前の武器はそれではないはずだ。……お前の、本当の武器は―――」

 だがその言葉は紡がれなかった。
 突如警報音が鳴り響く。
 それと共に二人の足元に転送用の魔方陣が展開された。

「……ばれないと思ったんだけどなあ」
「何?」
「いや。染み付いたものは、拭えないって話だ」

 そう言い残して、先に消えていくタツマ。
 だがシグナムは見ていた。彼が自身の動きを指摘されたとき、動揺と落胆と諦めを感じていたのを。

「なんなのだ……?」

 そしてその言葉を最後に、シグナムも光に呑まれていった。



ф   ф   ф



「緊急事態です!」

 シュピーゲルへ転送されたタツマとシグナムを確認すると、リーリアはバシンと机を叩いてそう叫んだ。
 だが見た目が伴わないため、その様は緊張感のかけらも見られない。
 学校で委員長が連絡事項を述べるのとダブって見えるのを、はやては心の内に留めておくことにした。
 そんなはやての思いを知ってか知らずか、リーリアは更に続ける。

「本日未明、リニアトレインがジャックされました。犯人は『真・魔法戦団』と、なんとも言い難いネーミングの反管理局統治グループ。要求は捕まった同志の解放だそうです」

 リニアトレインとは、ミッドチルダから各地方に伸びる鉄道のことだ。
 更に『真・魔法戦団』。
 ここ最近設立された組織らしく、知名度は高い。
 『管理局に統治されない、新たな魔導師組織を』が本願らしく、いいか悪いかその規模は年々増えていっている。
 その集団が客員を人質に取り、リニアトレインを占拠したのだ。

「と、言うわけで。ここまでで大体やることは分かりましたか? はいヴィータちゃん!」
「うぇ!? え、ええと…ジャックしたやつらを片っ端からブッ飛ばす?」
「正解です!」
「いーや客員の安全確保が任務です。何だよその血の気の多い回答は」
「い、いいだろ! 結局やるこた一緒なんだから!」

 まあそうだが、と言って頭を掻くタツマに、シャマルが苦笑いで頭を下げた。
 そして逸れた話を軌道修正すべく、リーリアに質問をする。

「今回の作戦は、どういったものなんでしょうか?」
「事前調査から、全六両中人質が集められたのは三、四両目。そこでリニアトレインの連結部、二両目三両目間と四両目五両目間を破壊し分裂させ、各個撃破。人質を救出します」

 笑顔で荒っぽい作戦を伝え終え、リーリアは大きめの椅子に腰を下ろした。

「一、二両目はタツ君。三、四両目はシャマルさんとヴィータちゃん。残りをシグナムさんとシリスにやってもらいます。質問は?」
「あの……私とザフィーラは? あと、タツマさんに一人で二両は」

 はやてが手を上げて質問する。
 それを見越していたのだろう。リーリアはその問いに即答して見せた。

「タツ君のケラウノスは狭い車両内だと逆に仲間にまで迷惑かけちゃいます。はやてちゃんだと攻撃範囲が広すぎて車両と言う戦場だと狭すぎますし。あとシャマルさんは人質が怪我していたらの保険ですが、この作戦は基本的に強襲策なので、攻撃能力の高いメンバーを選出させてもらいました」

 凄い。
 正直なところ、はやては今だリーリアという人物を計りかねていた。
 見た目は幼い。言動も凛としたものだとは言いがたい。
 だが個々の戦力、能力を理解しての作戦立案。
 それをここまで見せ付けられれば、彼女が紛れもないシュピーゲル艦長だと信じざるを得なかった。

「うちの艦長。見た目とか色々微妙だけど、あれで頼りになるんだよ」

 それを察したのか、隣にいたタツマがはやてに向けてそう言った。
 その瞳には嘘はなく、そして彼女を信頼していることが分かる。
 だからはやては笑顔で頷いた。
 リーリア・ホワイトノードは、彼に、彼らクルーに尊敬され信頼された人物なのだと。

「それじゃあ帰ったら祝勝会といきましょう!」

 台無しだった。



ф   ф   ф



 『真・魔法戦団』の団員であるその男は、車両の上から空を見ていた。
 時間交代の見張り。外に出てもう1時間になる。
 時期が時期とはいえ、超高速で走るリニアトレインが発生させる風は凄まじかった。
 もう少ししたら交代だ。そしたら中に入って暖かいコーヒーでも飲もう。
 そう思ったそのときだ。

「……ん?」

 今だ遠いが、空に一つの異物を発見する。
 錯覚かと思い目を擦ってみたが、やはりそれは確かに存在していた。
 よくは見えない。だから目を凝らしてそれを注視する。
 点の様だった異物は、更にその大きさを肥大させていった。
 あれは。あれは―――

「時空管理局!」




『対象の目視可能範囲に入りました。準備は』
「万端だ」

 オペレーターの言葉に軽く返す。
 遠く先、長い一本の線が大地を滑っているのが見える。
 あれが目標だろう。
 そう確認すると、タツマはケラウノスを展開した。
 今タツマが立っているのは、シュピーゲルの船首部分だ。
 矢尻の形をしたそれが開き、そして中から現れるのはカタパルト。
 解放された瞬間襲ってくる逆風に髪を靡かせて、タツマは姿勢を低くした。
 彼の足元には、装甲が付加されたボードが置かれている。
 
『今回は連結部破壊をより確実に遂行するため、エアダイバーを使用します。ご武運を』
「技術局の発明も、たまには役に立つってことだな」
『それ本人達が聞いたら喜びますよ』
「怒れよ……」

 空を飛ばしてやりたい。
 それがこれを作り上げた科学者の願いだった。
 空を飛べぬ者に、空を飛びたいと思う者に、空の素晴らしさを知って欲しい。
 そう思い、そう望み、そして完成したのがこのエアダイバー。
 空を駆けるもの。叶わぬ夢を実現してくれる力。
 たった一人、創造主の愛した子供の為に造られ、そして一度はその役目を終えた空泳者は、今また空を行くことを許された。
 さあ歓喜せよ。己の在りかたを許されたことに。

「出るぞ!!」

 タツマの一言を合図に、エアダイバーは喜びの声を上げた。
 ブーストから、青白い光の咆哮。
 そして空を泳ぐ者が、ケラウノスを連れ立って空へと飛び立った。 










<あとがき>

第二話終了です。
タツマのケラウノスは雷の如く敵を討つことから、ゼウスが用いる雷器の名前をもらいました。
別に電気でシビビビーってなるわけじゃありません。残念。

アンカーってのは今回の「リニアトレインジャック事件」の際、どうやって連結部分を破壊させるか、という観点から誕生した案。
使い道は多いですし、色々考えることができて楽しいです。
しかしシグナム曰く、彼はこれが本当の武器ではない様子。

さて、次回は出番少なめだったシリスに頑張ってもらいます。
彼女のテーマは「正義」。
ではまたお楽しみにーノシ

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