鵺の爪
過去の自分は笑っていた。
それからもう、どれほどの月日が経っただろうか。
ガラスの写真立てにはさまれた、一枚のあの日。
そこにいる誰もが笑顔で、誰もが幸福だった。
「今は……と、感傷に浸っても詮無いことだな」
苦笑。
少年は傍に置かれた二つの指輪を取って、ベットから立ち上がった。
特有の弾力感と共にスプリングが軋む。
そして備え付けられた鏡の前で、自分の身だしなみを確認した。
常時気をつけているわけでもないが、かといってだらしなくするつもりもない。
特に今日は新人が来るらしい。第一印象は大事にしなければ。
服装、髪の毛、その他諸々異常なしと確認すると、少年は一つ頷く。
「いってきます」
最後に写真に一言残して、少年は自身の部屋から退室した。
† 鵺の爪 †
1話「始まりの合図」
五月。
地球の、そして日本においては連休明けの人々がこぞって五月病なる病原体に悩まされる季節。
八神はやてと騎士の面々はある場所へ集められていた。
時空管理局・巡航M級11番艦『シュピーゲル』
保護観察処分との処罰を受け、ようやく解除となった彼女達にとっては、これが初めての仕事になる。
朝から緊張しきっていたシャマルと対を成すように、シグナムやザフィーラは涼しげな表情で待機していた。
因みに彼らの主と守護騎士内(見た目)最年少の状況は
「大丈夫かヴィータ? なんや目ぇすわってるみたいやけど」
「だ、大丈夫だってはやて。 メチャメチャ余裕ダゼ!」
片言になるぐらい緊張しているらしいヴィータを楽しげに眺めている。
さしもの【鉄槌の騎士】も、初任務には思うところがあるのだろうか。
とは言ってもこの任務、『これから半年、シュピーゲルと共に任務を遂行せよ』と管理局員入門コース並みのアバウトな物なのだが。
車椅子に背を預けて、はやてはグルリと周囲を見渡した。
M級艦。
最初に見た巡航艦がL級のアースラだった所為だろう。八神はやてにはそのシュピーゲルが小さいといった印象を受ける。
アースラと比べ、そのフォルムは空気抵抗を極限まで緩和するため流線型をしており、大気圏での高速移動においてはこちらの方が速そうだ。
そんな風に見回していると、ゆったりとした足取りでこちらに赴く影があった。
服装はリンディやレティと同じもの。だがしかし、それを着ている人間にはやては微妙な違和感を感じた。
一歩一歩、近づいてくることからこの船の艦長であるには違いない。
カツン、と最後によく響く音を残してその艦長ははやてたちの正面で立ち止まった。
そう。立ち止まった。
そこではやては違和感の正体に気付く。
小さい。
M級とはいえ巡航艦。それを指揮するのだから、それ相応の職についているはずだ。
だが自分たちの前に立っているのは、身長140センチ程度の少女だった。
ブロンドのウェーブヘアーに気の強そうな眼光。顔立ちは整っているが、どうにも子供から脱却できていない。
「あなたたちが、【夜天の王】とその守護騎士ですか?」
「へ? は、はい」
見た目と反した優しい声色に、思わず背筋を正して質問に答えてしまった。
その様子に微笑しながら、少女は続ける。
「この度はご協力ありがとうございます、八神はやて特別捜査官候補生さん。私はこのシュピーゲルの艦長、リーリア・ホワイトノードです」
「えと…ご親切にどうも。八神はやてです」
差し出された手を握り返してはやては頭を下げた。
それに続くように、各々が名を名乗る。
「シグナムです。ヴォルケンリッターでは将を」
「しゃしゃしゃシャマルです! 治癒とサポートを任されてます!」
「ザフィーラ。サポート班だ」
「ヴィータ。こんなかではアタッカーです。よろしくおねげーシマス」
それぞれの自己紹介に握手で応え、リーリアは最後に手を合わせた。
「では、早速ですが中に案内しますね。既にうちのエースも待機してますのでー」
笑顔でそう告げると、リーリアは歌でも歌いだしそうな様子で足取り軽くドックからシュピーゲルへ歩いていく。
初任務と言うからには、強面の男の人とかが登場するかと予想していたはやてとしては、微妙に肩透かしを食らった気分だった。
「なあはやて。今だから言うけどさー」
「ん?」
「あのリーリアって、ホントに艦長か?」
「それはさっき言ったらあかんかったやろうなー……」
でも自分もそう思う。
そんな心の呟きを、はやては内に留めておくことにした。
ф ф ф
「艦長、お疲れ様です」
「はいお疲れ様。そういえば昨日頼んでた地球産の『いちごチョコ』どうなったかな?」
「苺とかいう果物の含有量が80%ってあれですか? 一応手配しましたけど、それなら苺そのもの食べた方が早くないですか?」
「分かってないなー。チョコなのに明らかにいちごの味しかしないのがいいんじゃない」
凄くどうでもいい話を真剣に語る少女は、どうも本当に艦長だったようである。
廊下へと進む途中。出会った全ての局員がリーリアを艦長と呼んでいた。
これ自体ドッキリと言う可能性も無きにしも非ずだが、そんなことをする必要性も無いわけで。
「主。どうやら本当に艦長のようですね」
声には出さなくても疑っていたのだろう。
シグナムのその言葉に、はやては苦笑するしかなかった。
扉の開く音がして、後ろにいたシグナムと顔を合わせていたはやては、再び前へと向き直る。
テーブルやソファー。コーヒーメーカーのような機械が置かれていることから、ここが応接室のような場所なのだろう。
そこには一人の男がいた。
年恰好から予想して、年齢はおよそ14、5前後。
クロノと同じ制服を着ているが、この少年は裾を中に入れていない。
おまけに前を留めていない所為で、制服の下から黒のタンクトップが見えていた。
「タツ君。はやてちゃんたちが着ましたよー」
「人前でその呼び方は止めろ、リーリア三等空佐……」
嘆息してソファーから立ち上がり、タツ君と呼ばれた少年ははやてたちの前に移動した。
赤を暗くした、所謂真紅と呼ばれる色の髪に、翡翠の鋭い眼光が彼女達を射抜く。
「このシュピーゲルに所属している、タツマ・シラヌイ執務官だ。八神はやて君とは同郷だな。もっとも、俺たちの先祖は数百年も前にミッドチルダに移住しているから、地球で暮らしたことはないんだが」
そう言ってタツマは軽く微笑むと、はやての手を取り握手を交わした。
その感触に、はやては少しだけ驚く。
見た目からは分からないほど、タツマの手のひらは何度も皮がめくれ、マメを潰し、幾年にもわたる鍛錬を思わせる硬い感触だったからだ。
先ほどと同じようにそれぞれの自己紹介を終え、ソファーに座る。
そしてリーリアが淹れたコーヒー(年少組はミルク)を配り終えると、本題へと移った。
「あなたたちにはこれから地球暦での半年間、このM級巡航艦シュピーゲルの船員になってもらいます。とは言ってもうちだけで独占しちゃうと他の人が怒っちゃうので、そこはケースバイケースですね」
「あくまでここ勤務で、要請がかかれば応援に行くってことですか?」
シャマルの質問に首を縦に振って肯定し、更にリーリアは付け加える。
「まあ武装隊も他の巡航艦も人材がいないわけではないですから。そうなった場合動くのは私達のチーム単位で、と言うことになるでしょうけど」
「広域範囲Sクラスに、単騎で十分な戦力になる守護騎士。手柄取られたくなかったら一人単位で招集かかるだろうがな」
苦そうにコーヒーを飲み込むタツマが妙に子供のようで、思わず笑ってしまいそうになるのをはやては堪えた。
そのことに気がつかないタツマは、ミルクと角砂糖をコーヒーの中にに放り込んで一気に飲み干す。
強面だが、意外と甘党のようである。
「他のクルーとはまたお仕事のときに挨拶してください。流石に全員集めるとめんどくさ…もとい時間がかかるので」
リーリアの言葉にこの場の全員がツッコミそうになった。
特にはやては凄く。
それから艦内の個室や設備について資料をふまえ説明した後、リーリアはある提案を出した。
「シラヌイ執務官と模擬戦?」
「はい。戦闘専門の方なんかは、直接戦った方が実戦で息が合わせ易いかと思いまして」
リーリンのその言葉に、シグナムは口に手を当てて黙考する。
確かにそれは一理あるからだ。
執務官レベルになればAAAクラスの能力は持ち合わせているだろうが、実際の技量はこの目で見なければ分からない。
一口にAAAと言っても、高町なのはのような砲撃主体からテスタロッサのような高速起動を駆使した撹乱戦法。クロノ・ハラオウンのようなオールラウンダーな魔導師もいる。
一度見ていればある程度理解できるだろうが、実際戦ってみたほうが情報にズレが生じにくいということもある。
「ヴィータ、ザフィーラ。お前たちはどうする?」
「アタシはパス。頑張れリーダー」
「俺も止めておく。戦闘は不得手ではないが、あくまで俺は盾だからな」
ザフィーラはともかくヴィータの返答に溜息をつく。
戦いに貪欲になれとは言わないが、もう少しアタッカーとしての自覚は欲しいものだ。
「では、私が受けよう」
「だって。よかったねタツ君」
「俺に情報がいってない上に、勝手に話を進めるのはどうかと思うんだが……」
仕方がない、と肩をすくめるとタツマはソファーから立ち上がった。
「それじゃ、やろうか」
「……今からか?」
「今からじゃないのか?」
そのまま訓練室に突入するつもりだったのだろう。
呆けるタツマの裾をリーリアが軽く引く。
「今日は顔合わせなんだから、明日にすればいいでしょ?」
「提案したお前がそれを言うから恐いな」
「別に今からでも―――」
「いいよ、気分じゃないから。それに歓迎会の時間まで余りないからな。今日は親睦を深めよう」
…………
「あの、歓迎会ってなんの話ですか?」
「本局近くの店貸しきって、就任祝いやろうって話だけど……おいリーリア三等空佐」
「あ、あはははは……。何タツ君? いつもみたいにリリーって呼んでくれたらいいのにー」
「黙れミス・スットコドッコイ。お前歓迎する本人達に連絡入れるの忘れてたな?」
「それはあの…サプライズ?」
「私に聞かれても……」
急に振られたはやてが苦笑しながらリーリアにそう返した。
口パクで「嘘でもここは合わして!」と言っているリーリアだが、時既に遅し。
冷や汗を浮かべてリーリアが背後を見ると、青筋を浮かべて指を鳴らすタツマがいる。
「た、タツ君落ち着いて。それやると第二間接が太くなるらしいよ?」
「………どうでもいいわぁ!!」
その後用事のなかった八神はやてと守護騎士は無事歓迎会に参加。
主催者であったリーリアが本気で泣き出してしまい、それを諌めるタツマという構図が会場の隅で繰り広げられることになった。
<あとがき>
す み ま せ ん で し た 。
一話あとがきの冒頭から謝罪ってぶっちゃけありえなーい。
執筆途中の「姫剣」は構想に無理があったので途中断念。
あの話はこの「鵺の爪」で回収します。したいです。頑張ります(ぇー
今作は「B.S.」とは違うオリキャラ主人公もの。
タイトルになった「鵺の爪」は、話の中で一つの役割を担うことになります。
こんどこそちゃんと連載しますので、どうか見捨てないでくださいね……(;´д`)ヾ
-Powered by HTML DWARF-