――彼女は考えていました。

彼女がヴィヴィオを使って彼を謀略したということを自慢気に話されたあの夜のことを。

あの日は悔しさのあまり、初めてお酒の力に頼って眠ったのも忘れられない思い出だ。

――彼女はそれからずっと思っていました。

片や想い人の新妻。片やそんな姿を見せ付けられて夜な夜な泣いている日々。

ヴィヴィオに同じようにママだと慕われていたのに、この差はなんなんだろう……?

そりゃ、本当の母親代わりはなのはだし、そのなのはが自分の強みであるヴィヴィオを使って謀略しようとするのもなんというか想定の範囲内だったのだけれど。

――そして彼女は気付きました。





「……そうだよね、私にもあったよね。私にしか無い武器が」



恋は常に弱肉強食。弱気になった方が狩られるのだと。






フェイトと二人と祐一と

〜なのはとヴィヴィオと祐一と番外編〜






「祐一」

一仕事が終わり、自主訓練にでもでかけようと書類を片付けているとフェイトちゃんに声をかけられた。

フェイトちゃんはいつもの制服姿で、隣には同じく制服を着たピンク色の髪の少女と、暗い赤髪の少年を連れていた。

二人ともまだ幼い。だが二人のことを知っている者は、見た目とは裏腹に高い能力を持った一人前の局員だと誰もが認めているだろう。

当然俺も接触は少ないが彼らの能力を認めており、なのはちゃんの鍛え方なら更に伸びると踏んでいる。

管理局期待のルーキーって奴だ。

「フェイトちゃん、どうしたんだ? それにキャロちゃんとエリオ君もこんにちは」

ちょっとうろ覚えだが挨拶をする。しょうがないだろ、あまり面識がないんだ。

名前はあっていたらしく、二人とも笑顔である。

「はい! こんにちは」

「フェイトママについてきちゃいました」

……はて?

今、キャロの口から聞き慣れない単語が聞こえたような。聞こえないような。

確かにフェイトちゃんがこの二人の保護責任者をやっているとは言っていたが、呼び方はたしか普通にさん付けだったと思っていたのだが。

「うん、祐一にお願いしたいことがあって」

フェイトちゃんから俺にお願いとは珍しい。

フェイトちゃんは大切な友人だし、俺が出来ることならば何でもしてあげたいところだ。

「……本当?」

「おう、本当だとも。祐ちゃんは嘘付かないぞ」

俺がそういう旨を伝えると、フェイトちゃんが咲いた花のように笑った。

おいおい、まだ解決したわけでもないのに気が早いだろうに。

早速俺が内容を尋ねると、フェイトちゃんは少し躊躇いつつも口を開いた。

「……祐一、一緒に保護責任者になってくれない?」

「へ?」

あ、あれ〜? おじさん耳が悪くなったのかな?

今、ちょっととんでもないお願いされたと思ったんだけど、気のせいだよな。

「僕達の『お父さん』になってくれませんか、って言ったんですよ」

「お願いします。祐一パパさん!」

折角空耳で済ませたかった俺の頭に年少二人がわざわざ止めを刺してくれる。

ちょっと、え、まって、俺、なのはちゃんと結婚して、しかもヴィヴィオの保護者代わりもしているんだけど……?

「うん、でもね。この子達にも『お父さん』が必要だって思うんだ。お願い……週に一回遊んであげるだけでいいから」

「「お願いします!」」

う、うーむ、こうやって三人に頼み込まれると断れない。

週一くらいなら、なのはちゃん達を疎かにすることもない……かな?

「わ、わかった。週一でいいなら」

「本当ですか? やったあ!」

「ありがとうございます。祐一パパさん」

俺が承諾すると諸手を挙げて大喜びする面々。

よっぽど嬉しいんだな。これなら俺も承諾した甲斐があるというものだ。

うーむ、ところでこれって浮気になっちゃうのだろうか……?

な、ならないよな。だって友達のお願いを聞いて二人と遊ぶだけなんだし。

その後、俺は三人ととりとめもない会話をして、そのまま別れることになった。

ヴィヴィオだけじゃなく、エリオ君やキャロちゃんの親代わりもやることになったんだ。

父親らしく頑張らないとな。











祐一との約束を取り付けた帰り道。

三人は嬉しさを隠さず、廊下を歩いていた。

「うん、まずはこれでいいの。ここから徐々にこちらへ引き込めば、こっちの勝ちだよ」

「はい! そうすれば、祐一さんを一人で一日独占できる日もできますよね!」

「で、でもこんなことして、なのはさんに怒られませんか?」

作戦の第一段階を達成できたことを喜ぶフェイトとエリオとは反面、なのはのことを考えると少々気が重いと言うのはキャロである。

たしかに傍から見ればこれは立派な浮気であり、そうなると友人であるなのはとの関係にもひびが入ってしまうんじゃないかと危惧しているのだ。

「キャロ、そんなこと言ってたら、祐一を奪うなんてこと出来ないよ?」

そんなキャロにフェイトは優しくまるで洗脳するかのように諭す。

たしかになのはとは友人だが、恋愛に友情は入り込まない。

それ以前になのは自体がフェイト達と結んでいた祐一に対する不可侵条約を破棄しているのである。

ならばこちらがこういう手段に打って出たとしても向こうに何か言える資格は無いのである。

「そ、そうですよね! 祐一さんとの輝く未来の為にわたし、頑張ります!」

フェイトのその言葉を支えに、勇気を振り絞ってなのはへの恐怖を払うキャロ。

キャロにとってもなのはの条約破棄は許せることではないのである。

キャロが復活したのを確認して、フェイトは咳払いを一つした。

「それでとりあえず一日の配分だけど、私が8、キャロとエリオで2ってところでいいかな?」

「ふぇ、フェイトさん、いくらなんでもそれは横暴です!」

「そうです。せめて3は欲しいです」

一日、祐一と一緒に居る配分をフェイトが提案すると、真っ先に噛み付いたのはエリオである。続いてキャロも反対の意を示す。

しかし、二人が反対する状況であるにも関わらず、フェイトの表情には未だ余裕というものが浮かんでいた。

「エリオ、キャロ、私は『お母さん』なんだから『お父さん』の祐一と一緒にいる時間が長くて当たり前でしょ?
 近い未来、それが当たり前になるんだから……」

「でもこれじゃあ、わたしがなんでフェイトママなんて普段使ってもいない呼び方をわざわざ使ったのか意味わからないじゃないですかっ! わたしだって貢献したんです! それ相応の分配というのがあるって思います!」

「そうです、確かに立案はフェイトさんかもしれませんけど、僕達にだって公平に分配を受ける権利があると思います!」

「ふふっ、わかってないなぁ。二人とも」

尚も喰らい付く二人に、フェイトはため息を一つ付くと優しい笑みで口を開いた。



「『お母さん』が白っていえば、バルディッシュだって白になるんだよ?」



「横暴ですッッッ!!」

キャロが動く。

フェイトは冷静に動きを見極め、キャロをいなそうと動こうとした。

その時――






「ふ・う・ん、確かに横暴だよね。だって『本妻』が知らないうちにそんなことが勝手に決まってるんだもん……ね?」






三人の額から汗がだらだらと垂れる。

考えてみればそうである。ここは隊舎のど真ん中。

そんなところで大声で言い争いをすれば誰だって注目する。

当然、内緒にしたかった『本妻』にも。

「フェイトちゃん、何か言いたいことはあるかな?」

「な、なのは……?」

目が据わっているなのはに、完全に萎縮しているフェイト達。

不覚だった。あまりにも上手く成功しすぎて気が緩みすぎていたらしい。

でもそれはもう後の祭りという奴であり。今フェイト達にできることは……

「な、なのは、今言ったことは全部取り消すから、ゆ、許してもらえないかな?」

「うん、それ無理」



――桃色の光が廊下を包んだ。







教訓:壁に耳あり、廊下になのはあり。