「祐一!!」

 

草木も眠るなんとやら……には程遠いが、泣く泣くサービス残業を強いられている風当たりの強いリストラ候補のサラリーマンでも自宅に帰って、既に寝てしまった奥さんの作ってくれた冷めた飯を食っているだろうと思われるくらいの時間。

部屋で漫画を読んでいると、バンッと扉を壊さんばかりの音を立てて真琴が入ってきた。

真琴、近所迷惑だし、入ってくる時はノックをしてから入って来たらどうだ?

もし俺が着替え中だったらこいつはどうしたのだろうか。

 

「祐一、ここに行くわよ!!」

 

そんな俺の思いを気にした風もなく、真琴は俺の前にファンシーな表紙の少女誌を突き出してきた。

よく見るとページの端が折られていて不自然に盛り上がっているところがある。

こういう風にすることを英語でドッグイヤーとか言うんだっけか? まぁ、今のこの状況には全くもってトリビアだが。

要はここを見ろということなのだろう。俺はそのファンシーな少女誌を受け取ると、件のページを開いてみた。

そこには派手派手な書体に目立つ色調のフォントでこう書いてあった。

 

『次世代コミックフェスティバル開催!』

『豪華メンバー陣によるコンサートの他、人気作家のサイン会、限定グッズも販売!』

 

「……」

「ちょ、ちょっと! なに寝ようとしてんのよ!!」

「ふざけるな。なにが悲しくてそんなイベントに行かなきゃならんのだ!」

 

布団を被った俺の上に馬乗りになって叫ぶ真琴を振りほどいて言い放つ。

俺は真琴を腐女子に育てた覚えは無いぞ?

まぁ、育ててないんだから当然だが。

 

「そりゃ、もし近場だったら、俺も真琴がこんなに行きたがっているのならしょうがないと、一緒に行ってやろうとか思うわけだ……あとで肉まんを奢ってもらってな」

「最後の方の呟きがちょっと気になるけど、なら一緒に行けばいいじゃない」

「ふざけんな。東京だぞ?! 東京! 一体何時間かかると思ってるんだよ!」

「ぅ……だ、だからぁ、祐一に頼んでるんでしょ? 一人で行くって言ったら反対されたし」

 

当たり前だ。そんな遠い所にお前一人で行かせられるか。

 

「それに祐一ってあっちの方にいたんでしょ?

 だったら何かあっても大丈夫そうだし、秋子さんもそれならいいって言ってくれたし……ほ、ほら! あ、あれよ『目には目を』って言うじゃない!」

「そ、それを言うなら『蛇の道は蛇』だろうが、この怪獣まこまこまこぴーが!」

「うっさいわね! そんなのどうでもいいから祐一は黙って真琴に付いて来ればいいのよぅ!!」

 

顔を真っ赤にして反論してくる真琴。

ここに来てからは向こうとはとんとご無沙汰だったし、たまには向こうに行くのも悪くないかもしれないな。

幸い、秋子さんの了承も貰っているようだし。

 

「わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」

「ふん、それでいいのよ」

 

こうして半ば強制的に俺と真琴は会場のある東京へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一冊のノートの想い

by.JGJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見渡す限りの人、人、人、ところによりビル。

北の街を夜行バスで発って数時間。

俺と真琴はこの東京というコンクリートジャングルの海岸側にそびえる、逆三角形の建物――イベントの会場の前に降り立っていた。

 

――だけど

 

 

「……迷った」

 

会場内であまりにも息が詰まったので、飲み物を買いに行くついでに新鮮な空気を吸おうと会場の外へと出てしまったのが運の尽き。

どうやら俺の方向音痴は本物らしい。

そんなことがわかったところで嬉しくもなんとも無いが。

 

「探すにしても人は多いし、目的を聞くのも忘れたから手がかりも無いし」

 

しかも真琴が携帯電話を持っているということもなく。

もし持っていても、イベント会場付近では電波が繋がり辛いから無用の長物だろう。

だからといって宛ても無く会場に入るのは自殺行為だし。

……八方塞とはこのことを言うらしいな。うん。

 

「ま、イベント終了時間くらいに出口付近で張ってれば見つかるか」

 

真琴もなんだかんだ言って子供じゃないし、なんとかなるだろうと信じたい。

それまでどう時間を潰すかが問題だが、ここは少し足を伸ばせば大きな観覧車とか球体展望台のあるテレビ局とかある。

アベックはうざったいが、それらを心頭から滅却すればそれなりに時間を潰せるだろう。

よし、そうと決まれば早速、時間つぶしに出ぱ――

 

「あ、あわわ……お、遅れちゃ――そ、そこの人っ! どいてっ、どいてっ!!」

「へ?」

 

 

ドコッ

 

 

反応する間もなく、背後からの衝撃で前のめりに倒れる。

この威力。あゆにも匹敵……いや! それ以上か?!

振り向くと、濃い抹茶色の髪を左右で編みこんだ少女が四つん這いで右へ左へと視線を漂わせていた。

 

「め、めがね……めがね……」

 

どうやらめがねを探しているらしく、往年の漫才師のように手探りで探している少女。

めがねはぶつかった時に飛んだのか、多少離れたところに落ちていた。

さすがに手探りだとそこまで行くのに絶対手を踏まれると思った俺は、その飾り気の無い、いい意味で言えば実用性に富んだそれを拾い上げて彼女に渡す。

 

「これか?」

「あ、どうもご親切にありが――わっひゃぁっ! お、男の人っ?!」

 

渡しためがねをかけて、俺の顔を見た瞬間、思いっきり後ろへ飛びずさられる。

それは結構へこむものがあるぞ? そんなに酷い顔してるか? 俺。

 

「あ、いや、べ、別にあなたの顔が酷いってわけじゃなくって! も、もしかして私がぶつかっちゃった人ですか?」

「あぁ、多分、俺がぶつかられた人だが」

「あっ、わっ、これは、失礼しました。まったく、ごめんなさい! い、急いでいたものですから!」

「や、俺もぼーっと突っ立ってたわけだしな。こっちこそ悪かった」

 

お互いに謝罪の礼をして顔を上げると、ふと少女と目線が合う。

すると、彼女は目を見開いて俺の顔をまじまじと観察する。

な、なんか恥ずかしいぞ。

 

「も、もしかして、祐一君?」

「へ? なんで俺の名前を?」

「ほ、ほら! 私、ななこだよ! 小学校の頃、仲が良かった!」

「ななこ……あぁ! もしかして彩珠ななこか?!」

「うん! そうそう!」

 

俺の問いに大きく縦に頷く少女、もとい彩珠ななこ。

それは俺がまだいけ好かない小学生だった頃。

当時、塞ぎこみがちだった俺が唯一、親友だって誇ることの出来た友達――それが彩珠ななこだった。

そしてあいつのおかげで俺は今までの自分を変える事ができた。

お礼をしたくてもしきれないほどの恩を貰った人だった。

だけどそれもたった一年ちょっとでお別れしなければならなくて、恩を返すどころか、仇を返してしまうようなことになってしまったのだけれど。

彼女の笑みはそんな俺の気苦労も知らないかのように純粋に俺との再会を喜んでいる笑みだった。

 

「本当、久しぶり……というかよく覚えてたな」

 

これくらいの年代は年をとると誰だかわからなくなるほど顔が変わるというけれどな。

俺なんて名前を言われてやっとこさ思い出したというのに。

 

「祐一君は昔と全然変わってないですから。ほら目の辺りとか、顔の輪郭とか、そっくり」

「そ、そうか?」

「昔はずっと祐一君の顔をモデルにして描いてたんですよ。

 わからないはずがないです」

 

とは彼女の弁。

うーむ、よくわからん。今度、自分の顔を照らし合わせて見てみよう。

 

「それで祐一君はなんでこんな所に?」

「連れがこのイベントに来たがっててさ。俺はその付き添いできたんだけど……道に迷ってな、今は時間を潰してる最中だ」

「相変わらずですね。祐一君も」

「うっさい。笑うな……それで彩珠の方は?」

「へ?! わ、わたし? って祐一君、私は『ななこ』って呼んでくださいって昔、言ったじゃないですか! な・な・こって」

 

あぁ、そういえば昔、苗字で呼ばれるの、苦手だって言ってたっけか。

そりゃ彩珠って発音だけじゃ埼玉と同じだし、なんとなくわからないわけでもないが。

 

「悪い悪い、ななこ。それでななこの方は?」

「私もこのイベントに用があって」

 

ふーん、相変わらず、こういう系が好きなのかな。

昔は凄かったからなぁ。

 

「それじゃ、一緒に暇を潰すってこともできないってわけか」

「はい、ごめんなさい。既にチケットも持ってますし」

 

と、俺にそのチケットを見せてくれようとしてるのか、ポケットや鞄をまさぐるななこ。

だが――

 

「あ、あれ? ち、チケットが……?」

「どうしたんだ? ななこ」

「さっきここに入れたはずなのに……」

 

どうやらさっきぶつかった衝撃でチケットが飛んでしまったらしい。

そりゃ、この海風に、あのあゆを凌ぐかもしれないほどの衝撃だったしな。

薄っぺらい紙一枚なんて簡単に飛んでしまうだろう。

俺もチケット探しに協力しようとしたその時、ななこの方から悲鳴が上がった。

 

「ひゃうううう!! やーめーてー! それを食べないでーーーー!!」

 

見るとそこには、一生懸命チケットらしきものを守ろうとするななこの姿と――

 

「……や、ヤギ?」

 

それを猛烈な勢いで食おうとしているヤギの姿だった。

 

「これがないと、会場に入れないんだって、だからやめて! おーねーがーいーだーかーらー!!」

 

ななこの悲鳴も空しく、チケットは徐々にヤギの胃の中に収まっていく。

もはやあれはチケットとしての効果は既に失っているだろう。

元チケットを引っ張るななこだが、既に生きたシュレッダーと化したヤギにはそんな抵抗、抵抗と呼ぶにもおこがましいくらい脆弱なものだった。

残念ながら、今の俺にあのヤギと相対する勇気は無いな。

だって、目が、『邪魔したら、悪魔に言いつけてやる』ってくらいやばい目してるんだもん。

ヤギのくせに。

そして、健闘空しくチケットは全てやつの腹の中に――収まった。

 

「あうあうあ〜、このチケットがないと〜〜会場に入れないのにぃ〜〜〜

 また担当さんに、怒られちゃうよぉ〜〜〜〜よよよよよ……」

 

敗者のななこはその場でがっくりとうなだれて漫画のように号泣している。

 

「チケット、食べられちゃったな」

 

放心状態のななこがこくりと頷く。

 

「代わりは用意してもらえないのか?」

「だめ……もうこれで、えーと……多分10回目くらいだから……さすがにこれ以上は……」

 

多分10回って、相当被害に遭ってるな。

そこまでプラチナチケットというわけでもないだろうに。それ。

 

「ど、どうしよう祐一君?!」

「とは言ってもなぁ……諦めるしかなくないか?」

「そ、そんなっ?!」

「でもまぁ、責任は俺にもあるわけだからなぁ……何かしてあげたいが……そうだ!」

「何か名案でも浮かびましたか?! 祐一君!」

「いや、名案ってわけじゃないけど、どうせ諦めるんなら、俺の暇つぶしに付き合ってくれないかなって」

 

一人よりも二人。

どうせ暇を潰すなら、人数が多い方が楽しいもんな。

ななこの方を見ると、ぽかーんという表現が似合うくらい口を半開きにして呆然としていた。

やっぱさすがに無理だったか?

 

「……ど、どう?」

「……」

「え、えーと……」

 

ち、沈黙が痛い……

 

「……いいですよ」

「へ?」

 

今なんと?

 

「ちょっと電話してもいいですか?」

「お、おう、いいけど」

 

俺の心の呟きなんて露知らず、ななこはそそくさと携帯を取り出してどこかにかけ始めた。

 

「はい……はい、少し体調が悪くて……すいません。今度からはこういうことが無いようにしますから……はい……はい……すいません」

 

携帯からの話し声が聞こえる。

ななこが体調が悪いのを理由にして一生懸命謝っているようだ。

相手が誰なのかはイマイチよくわからないが、どうやら約束をしていたらしい。

もしかして男なのかなと思うと、チクリと胸が痛んだけど、それよりも俺を選んでくれたと思うと、その痛みはすぐに消えうせてしまった。

 

 

「お待たせしました。それじゃあ、どこへ行きましょうか? 祐一君」

「お、おう、それじゃあ、まずは――」

 

なんだか悪いことさせちゃったかもな。

俺は胸に罪悪感を感じながら、ななこと会場とは逆方向へ歩いていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、結構遊んだな」

「うん」

 

あれから数時間。ななこといろいろな場所をまわって気が付けば既に日は傾き、青空だった背景もオレンジ色の夕焼けへと姿を変えていた。

 

「……もうそろそろイベントが終わる時間かな」

「そうですね。あと30分くらい、でしょうか?」

「それじゃあ、最後に一ヶ所だけまわって戻ろうかな」

 

多少、遅刻してしまうかもしれないけど、いないならいないなりに真琴も考えていてくれるだろう。

いや、そうであると願いたい。

俺がどこにしようか迷っていると、ななこがおずおずと小さく手を挙げた。

 

「ゆ、祐一君。それならリクエストしても……いいですか?」

「おう、どこがいいんだ?」

「あ、あそこ、なんですけど」

 

とななこが指差す先には――

 

「観覧車?」

「だ、ダメですか?」

 

ななこがおどおどしながら指差した観覧車からイベントの会場まではそんなに遠くない。

あそこからなら観覧車で一周した後でもちょうどいい感じだろう。

他にも別段断る理由も無い。

なら俺からは異存は無いよな。

 

「いや、悪くないな。行こうか」

「ほ、本当ですかっ?!」

 

俺の言葉を聞くなりぱっと顔を開かせて俺に詰め寄ってくるななこ。

 

「あ、あぁ、本当だから、そんなに顔を近づけるなって、恥ずかしいから」

「あっ、ご、ごめんなさい、つい嬉しくて……」

 

他にも他愛も無い話をしているとあっという間に観覧車の入り口に着く。

この時間帯にしては珍しく観覧車は空いているようだ。

俺達はチケットを買うと、早速ゴンドラに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「いい景色ですね」

「そうだな。ほら、東京タワーが見えるぞ」

「わっ、本当ですね」

「……」

「……」

 

向かい合うように座った俺達は暫く風景を眺めて感想を言い合っていたが、不意に会話が途切れ、変な沈黙が俺達を包みこんだ。

敢えて例えるならさっきまでとは空気が違うような気がした。

それが俺が口を開くのを躊躇わせてる。

――そんな沈黙を先に破ったのはななこだった。

急に姿勢を正して真面目な表情になる。

 

「初めて会った頃の祐一君って、なんか壊れそうな、華奢なイメージだったんですよ。

 思わず守りたくなっちゃうような」

「……」

「だからだったのかな? 祐一君に何かしてあげたいって。

 でも、私は祐一君を守れるほど力も強くないし、頭も良くなかったから。

 だから、秘密のノート、祐一君に見せたんです。少しでも元気になってくれればって願いをこめて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ……』

『……』

『あ、あの……ね』

『……』

『こ、これ、読んで?』

『……』

『これ、わたしの秘密のノートです。お父さんにもお母さんにも親友にも、まだ誰にも見せたこと無い内緒のノート』

『……』

『ど、どう、ですか?』

『……い』

『え?』

『面白いよ……これ』

『ほ、ほんとっ?!』

『うん、これの続き……ある?』

『ご、ごめんなさい。まだそれだけしか描けてないの。すぐに続き、描くから』

『うん、楽しみにしてる』

『……ね、ねぇ?』

『なに?』

『友達になってくれませんか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったな。それがななこと俺の始まりだったんだよな」

「うん、でもそれだけじゃなかったんですよ。私にとっては」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回のはどう? 祐一君』

『あぁ、毎度ながら面白かった。これならプロでもやっていけるぞ』

『そんな、私なんかじゃ無理だよ』

『そんなことないって、ななこの漫画だったら絶対プロでも通用するって保証するよ、俺が』

『でも祐一君の保証じゃ……微妙、かなぁ』

『……言ったな、こんにゃろー』

『あははは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の夢を後押ししてくれた、本当の私を唯一人、わかってくれた。

 私が祐一君に上げた以上の勇気を、祐一君はくれた」

「……」

「私、祐一君が好きです」

 

ふざけなんて一切無い、混じりけの無い真剣な表情で俺にそう告げたななこ。

驚きはそこまで湧き上がってこなかった。

……それはなんとなく、わかっていたからかもしれない。

だってそうでもなかったら数年前に別れた、しかもたった一年間の友達の顔なんて鮮明に覚えているわけがない。

男と女たった二人で観覧車に乗ろうなんていう訳がない。

俺が連れと一緒に来たって言った時、たった一瞬だけど、いかにも嫉妬してますと言っている様な表情になるわけがないのだから。

そして、俺もなんとなく気付いていたのかもしれない。

俺もななこのことが好きなんじゃないのかってこと。

 

「ご、ごめんなさい、私、自分勝手ですよね。い、今の忘れて――――?!」

 

ななこの言葉を遮って俺は彼女の唇にキスをする。

ぱっと唇を離すと、ななこは呆然とした表情で俺を見ていた。

 

「そんなこと言うなよ。俺だってななこのこと好きなんだからさ。

 だからお仕置きだ」

 

もう一回、彼女と唇同士を合わせる。

今度はさっきよりも長めに。

 

「ぷはっ」

「あれじゃ、カッコ悪いな。だから俺からも言わせてもらう。

 俺もななこが、彩珠ななこが好きだ」

「ほ、本当ですか?」

「嘘言ってどうするんだよ」

「う……ぐすっ……」

「お、おいおい、泣くなって」

「だって……嬉しくて……」

 

大きな目からぽろぽろと涙を流しているななこ。

はたからみると俺が泣かしたように見えるが、誤解だぞ?

俺は昔からジェントルマンで通っているからな。

女性を泣かすことなどしたこともないししようとも思わん。

ましてや、一番愛している人にやるなんて言語道断だからな。

だから、その微笑ましい笑みを止めてくれないか? 観覧車の従業員のお姉さん。

 

ガチャリ

 

気を利かせてくれたのか、再び観覧車の鍵が閉められる音。

そして俺達は二週目に突入した。

 

 

 

その間に何回したのかわからないくらいのキスをして――

ようやく、涙が収まったのは、それから更にもう一周した時のことだった。

俺達は降りて、従業員に追加分の金額を払って、イベント会場のほうへと向かった。

 

「お別れ、ですね」

 

すっかり人気のなくなったイベント会場の入り口の前で、俺達は立ち止まった。

 

「あぁ、折角、思いが通じたのにな」

「私、手紙、いっぱい書きます。電話もいっぱいします」

「俺もだ」

「あの、祐一君。これ、受け取ってくれますか?」

 

ななこが俺に渡してきたのは古ぼけた一冊のノートだった。

今ならわかる。これは小学校の頃にななこが大切に持ってた落書きノートだ。

何か書き込んだのだろうか? ななこの手元には黒のマジックペンが握られている。

 

「私だと思って、大事にしてくださいね」

 

俺はノートを開いて見る。

そこに書かれてあったものを見て――笑う。

 

「……あぁ、そりゃもう、毎晩枕元においておきますよ。ななこ先生」

「……先生は余計です、祐一君。今の私は彩珠ななこなんですから」

「そうだったな」

「それじゃあ、そろそろ帰りますね」

「あぁ、道中、気をつけろよ」

「そ、それで最後に、キス、してもらえますか?」

「当たり前さ。俺もしたい」

 

そして俺達は今日何度目かのキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一! 遅い!!」

「あぁ、すまんすまん」

「まったく、イベントが終わってから何分待たされたと思ってるのよ。

 本命だった彩川珠子先生は直前で体調を崩して来れないとか言うし、もうふんだりけったりよぅ!」

「……ははは、そうか。そりゃ残念だったな」

「笑い事じゃないわよぅ!」

 

ぽかぽかと殴りつけてくる真琴をあしらいながら俺は笑った。

 

――ななこ、夢を掴んだんだな。

 

ノートの一ページ目には見覚えのある数々の落書きと、『珠川彩子』と書かれたサイン。

そしてそのサインに負けないくらいの大きさで書かれた『祐一君、愛しています』という文字が仲良く肩を並べてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

というわけでY’sさんからのリクで『祐一×ななこ』でしたー

他には? いや、特に書くことないし(ぇ

ただ一つ今だから言えることは、これほど大変な注文はなかったといったところでしょうかw

甘々が希望ということでしたが、正直甘々かどうかは微妙なラインです。

なので甘々分をー!という方におまけを書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

「先生! 早く原稿上げちゃってください!!」

 

時計を指差して叫ぶ、まだ新しいスーツを着た男。

その横でうんうんと唸るのは彼が担当している作家で、名前は彩川珠子――今話題のカリスマ少女マンガ家である。

 

「ご、ごめんなさい。え、えーと、ここでこういう展開になって――」

「あぁーーー! もうフェリーに間に合いませんよ!!」

「ご、ごめんなさい。祐一君」

「ごめんはいいから、早く原稿を仕上げてください」

 

祐一と呼ばれた青年が膨れ顔で抗議をすると、珠子はおとなしく原稿へと向かう。

それからようやく原稿があがった時には、既に深夜の10時を回ろうとしていた。

 

「ふぅ……結局、原稿は取れず、かぁ……編集長にどう言おう」

 

怒り顔になっている部長を頭に浮かべながら、今回の言い訳を必死にシュミレートする祐一。

ついでに自分がリストラされているところまでシュミレートしてしまったのか、体をぶるっと震わせる。

 

「いつもいつも『お疲れ様』です、祐一君」

「先生……いや、ななこ。今回もわざと遅らせただろ?」

「あはは、バレましたか?」

 

仕事ムードが抜けきり、漫画を描いてもらっている先生から自らの恋人へと変わった彼女を非難する。

ななこは風呂上りなのか、身体から湯気を上げた状態で、お酒の缶を二缶持ってきていた。

 

「本当、最近、俺への風当たりが強いんだって、折角、出版社に就職できたって言うのに、これじゃ、クビに向かって一直線じゃないか」

「そうなれば祐一君がここにずっといてくれるからいいんだけど……ねぇ、まだクビにならないんですか?」

「バカ言え、女性に養ってもらうヒモ生活なんてできるわけないだろう」

「私はそれでも構わないんだけど……」

「俺が構うんだ」

 

ななこからお酒を受け取ると、祐一はそれを開けてぐいっと飲む。

祐一もできることなら、ななこと一緒に住みたいと思っている。

しかし、出版社勤務の祐一にとっては、この初音島という環境はあまりにも不便すぎたのだ。

というわけで今の二人は実質上、遠距離恋愛になっていた。

 

「でも、今日は泊まっていってくれるよね? だってもう『フェリー』は出てないんだから」

「どうせ最初からそれが目的だったんだろ? 今日は絶対に寝かさないからな」

「ふふっ、期待してます。祐一君。

私、徹夜には慣れてますから、ちょっとやそっとじゃ満足しませんよ?」

 

座った状態で正面で向かい合うようにななこを抱きかかえ、どちらからともなくお互いの唇を求め合う。

――そんなこんなで長い夜は過ぎていく。

 

 

 

 

この数ヵ月後、ななこに妊娠が発覚したということから、聡明な諸君らにはなにが行われていたかを察して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわっとけってorz

キャラが違い過ぎだってw

しかも甘々かどうかこれまた微妙だしw

 

 

2006年6月3日作成