目を覚ますと見慣れない風景だった。

周囲を見回そうと体を起こそうとして、自分の四肢が金属製の枷で×字に磔られていることに気が付いた。これでは動こうとしても動けない。

ならば仕方なく唯一固定されていない首を左右に回して辺りを見回すと、よくわからない機械やらなにやらが所狭しと鎮座している。どうやらここはどこかの研究室のようだ。

 

「ようやくお目覚めかい?」

 

がしゃんと音を立てて天井の照明が強くなる。

降り注ぐ光を避けるように首を背けると、先程の声の主である白衣の男がこちらに近づいてくるのが見えた。

 

「お前は……ええと、うーんと、あー、そのー、スカルドンキー?」

「スカリエッティだ! スカしか合ってないじゃないか!

 間違えるならせめてもう少し元の名前に近いように間違えてくれたまえ、頼むから」

 

白衣の男、ジェイル・スカリエッティは肩をがっくりと落とした後、ため息混じりに呟く。

というか間違えるのは構わないんだな。

 

「こほん、まあいい。私の研究室へようこそ。

 寝心地はいかがかな。相沢祐一君?」

 

着崩れた白衣をびしっと正し、スカリエッティは繕うように俺にそう問いかけてくる。

まあ、考えるまでもなく首謀者はこいつだろう。

 

「最悪だ。これじゃあ宿泊料は取れないな」

「なぁに、お金なんていらないさ、その代わり君の体で支払ってもらうけれどね」

「やらないか」

「ここでボケると、例えネタでも娘達に殺されてしまう。遠慮しておくよ」

 

ノリの悪い奴だ。

若手芸人みたいにノリノリでこの流れに身を任せて殺されてしまえばいいのに。

ま、実際にノってきたら、あいつらよりも先に俺がこいつを殺すと思うが。

 

「それじゃあ、俺を一体どうするつもりだ?」

「君にはある改造の被験者になってもらう、ただそれだけだよ」

「なんだただのモルモットか……って待て待て!」

 

ちょっと、改造って俺も戦闘機人の仲間入り?

いやそれはちょっと勘弁してもらいたいんだが。

 

「ちょっと待て、一寸待て。お前の改造趣向は女だけだろ? 普通の変態さんなんだろ?」

「その認識は間違っていると言っておくよ。私は素晴らしい素材であれば性別に括りは付けないよ」

 

注射器から液体を滴らせて、スカリエッティが俺の腕に注射器を近づけてくる。

完全にさっきまでのギャグ色が掻き消えた。

腕と足をがちゃがちゃと揺らすが、金属で作られた枷はびくともせず、抵抗も徒労に終わる。

 

「ちょ、ふざけ、いやああああああ、やめてえええええ、犯されるうううう!」

「安心したまえ、命には関わらないし、精神にもなんら悪影響は与えない」

 

注射器の針が腕に押し込まれる。徐々に進入してくる液体。

 

「あ、う……」

 

体が痺れ、意識が遠くなっていく。どうやら麻酔のようだ。

先程まで激しく動かそうとしていた腕や足はピクリとも動かない。

 

「く、そぉ……」

 

既に半分閉じられた視界にスカリエッティのいやらしく胡散臭い笑みが写る。

俺は管理局の仲間達に心の中で謝罪をし、意識を完全に手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん獣耳という設定があまり生かされないお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと目が覚める。

四肢は固定されていなかったが、麻酔がまだ効いているのか体にはまだ痺れが残っていた。

どうやらすぐには動かすことは難しいみたいだ。

それにしても、おかしい。スカリエッティは確か俺の体を改造すると言っていた。

その割には俺の四肢には変わった部分は見受けられなかったし、特に精神操作を受けたといった感じもしない。俺が気付かないところで精神を弄くられているのかもしれないが、少なくとも今の俺はスカリエッティ至上主義のような類の催眠は施されておらず、どうやらなのはちゃん達に杖を向けるようなことは杞憂で終わりそうであった。

 

「調子はいかが……うっ?!」

「お前は……えっとWだからクアットロか!」

「覚えていただけて光栄ですわ」

 

倦怠感に包まれる体をなんとか起こして、部屋に入ってきたクアットロを見る。

ナンバーズ特有の衣装を纏った眼鏡娘は、にんまりと満足そうに胡散臭そうな笑みを浮かべて鼻を押さえていた。

 

「さすがドクター、完璧だわ」

「なあ、ところで改造って一体何をしたんだ?」

「あら? 意外と気付かないものなのね。それともただ鈍感なだけ?」

 

クアットロが『大声で』ぼそりと呟く。

失礼な。たしかにみんなからは病的に鈍感だとか、あれはもう狙ってやっているとしか思えないだとか言われるが、自分としてはそこまでひどいとは思っていないのだが。

……待て。ちょっと待て。今、表現に違和感があったぞ?

 

「なあ、クアットロ」

「なにかしら、ダーリン?」

「その呼び名についてはあとでじっくりと問い詰めるとしてだ、

気のせいか声が前より大きく聞こえる気がするんだが?」

「ようやく気付いたの?」

 

そう言ってクアットロが取り出したものは手鏡。

俺は黙ってそれを受け取り、自分の顔を見る。

そこにはいつもと変わらぬ自分の姿が映っている……はずだったのだが。

 

「な、なんじゃこりゃあ?!」

 

前よりも髪が長く伸びている。

それはまあいい、驚くところだけど驚くほどのことじゃない。

問題は耳があった場所から生えているキミョーニウムな物体だ。

白い体毛に覆われたそれは両側から力なく垂れていて、時折ぴくぴくと痙攣するかのように動く。

これは正しく……

 

「け、獣耳!」

「大当たり〜」

 

どの動物のものかは解らないが、犬系の獣の耳が俺の耳から生えていた。

若干痺れの取れた腕で触ってみる。

ふさふさした感触とほのかな暖かさ、そして何より自分の耳を触っているような感覚。

それら全てが、この耳が本物だということを証明していた。

 

「動物の細胞をダーリンの耳に移植、促進薬を投入して癒着、変化させた結果ですの」

「そんな才能の不法投棄みたいなことをしたのか」

「私的にはもっと評価されるべきね。まさかの祐一様+獣耳のコラボ!

 こんな夢みたいなことを叶えてくれるドクターはやっぱり偉大なお人だわぁ……」

 

夢見心地といった表情のクアットロ。

うむ、体が徐々に動けるようになった。これならここを逃げ出せ――

 

「ぎゃん!」

 

トランス状態に入っていてこちらに見向きもしないクアットロに気付かれぬよう、こっそり歩き出そうとすると急に片足が動かなくなる。

バランスを崩した俺の体は前に倒れ、床と熱い接吻を交わすことになった。

 

「クア姉、これでいい?」

「げぇっ?! セイン」

 

動かなくなった足の方を見ると、そこにはISで潜伏していたと思われるセインが床から体を半分出して俺の足を抱えて押さえ込んでいた。

 

「上出来よ、セインちゃん。オットー、拘束してちょーだい」

「わかった」

 

セインのISで同じく床に潜んでいたオットーが俺の体をバインドで拘束する。

これでまた俺は動けなくなったというわけだ。

 

「クア姉が素直に褒めるなんて、明日は雨が降るんじゃない?」

「クアットロはそこまで性格捻くれているのか?」

「そりゃあもう」

 

屈託なく笑みを浮かべて、肯定するセイン。

……話を振った俺も俺だが、多分あとで苛められるぞ?

 

「まあ、いいです。にしても祐一様、まさか逃げ出そうだなんて思っていませんよねぇ?」

「うぐ」

 

顔は笑顔だが確実に笑ってないクアットロ。図星だから何も言えん。

 

「ダメだねー、祐一。私達から逃げようだなんてさぁ?」

「これはもうお仕置きしかないわよねぇ」

「お仕置き」

 

じわりじわりと近づいてくる三人。

思わず後ずさろうとして、オットーに拘束されていてそれが叶わないことに気付く。

 

「祐一、可愛い」

「ほんと、破壊力抜群だよね、こりゃ」

「そうよねぇ。ここまで私の祐一様が可愛くなるなんて、調教のしがいがあるわ」

「ちょーっと待って、クア姉、今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだけど」

「あら、気のせいよ、セインちゃん。だって私は真実しか語ってないもの〜」

 

三人の間に緊張が走る。

 

「祐一はクア姉のものじゃないだろ!」

「セインちゃんのものでもないけれどね〜」

「……祐一はものじゃない」

 

緊張が諍いに変わるのに時間は要らなかった。

クアットロの発言について、口々に言葉が飛び交う。

その白熱した争いはヒートアップし、半ば喧嘩へと発展する。

といっても三人とも好戦的なタイプではないし、どこかほのぼのとした感じの喧嘩ではあるが。

でもまあ、これは再びのチャンスだ。これに乗じて逃げ出せれば。

 

「ん、お前ら、何を喧嘩してる!」

 

と逃げようとした矢先に、扉が開いて出鼻をくじかれる。

入ってきたのはトーレだ。

 

「トーレ姉! だってクア姉が――」

「トーレ姉様。セインが『祐一は私のものだー』って言って聞かないんですよぉ」

「な、クア姉!」

「トーレ姉様からも言ってあげてください。祐一様はセインのものではないって」

「クア姉ぇええ!」

「もういいやめろ、バカ共が!」

 

再び二人の喧嘩が始まろうとしたのをトーレが制す。

 

「セイン、駄々をこねるな」

「うー、言い始めたのはクア姉の方なのに……」

「言い訳するな!」

「はーい」

「それとクアットロ、お前も煽るな。

お前の方が稼働時間も長くお姉さんなんだ、少しは抑えるように自覚しろ」

「は〜い、わかりましたぁ」

 

さすがナンバーズの実働リーダー。クアットロ、セインという個性の強い面子をびしっと抑えている。

こういう統率力の強さは敵とはいえ羨ましい。俺も見習いたいものだな。

 

「トーレ、助かった。俺じゃあこの喧嘩を抑えることは出来なかっただろうからな」

「ん、祐一を改造したというのはこの部屋だったのか。

全く、お前もお前だ。自分で引き起こした事態くらい自分で解決できな……い、か?」

 

トーレが俺を珍しいものを見るかのように覗き込んでくる。

そうまじまじと見られると恥ずかしいんだが。

恥ずかしさにこそばゆくなって、耳がぴくぴくと動く。

 

「……セイン、祐一はお前のものじゃない」

「へ? だからわかったってさっき言ったじゃ――」

「そう、祐一は私が貰っていく!」

 

そういきなり宣言すると、トーレはいきなり俺を抱き上げる。

肩と膝に足を回している、いわゆるお姫様抱っこという奴だ。

 

「トーレ姉、そうはさせないです!」

「甘い、IS発動っ!」

 

トーレのISであるライドインパルスが発動し、制止させようとしていたクアットロとセインをあっという間に振り切る。

俺を気遣ってか全力の速度ではないとはいえ、全力を出せばフェイトちゃんの速さにも匹敵すると言われるISだ。後方支援や潜伏活動がメインの二人を抜くだけならば容易であろう。完璧に振り切ったトーレはまっすぐに研究室の出口へと向かう。

 

「クア姉! 早く追いかけないと!」

「セインちゃん、先に行ってもらえる? 私はドクターに報告してから向かうから」

 

セインはこくんと頷くと、すぐさまISを発動して床へと潜行する。

そして研究室にはクアットロと「俺」だけが残った。

 

「うふふふ、あはははははは、揃いも揃っておバカさん達ですねぇ〜」

 

誰もいなくなり、クアットロは笑う。

 

『シルバーカーテン』

 

クアットロのISで、幻を操り、対象の知覚を狂わせる能力だ。

電子機器ですら騙すことのできる威力を持つそれは当然ナンバーズにも通用する。

クアットロはトーレの変化を敏感に読み取り、オットーを俺の幻に仕立て上げて、トーレに運ばせたのだ。

それは好都合にもセインも騙し、クアットロはそれを利用してトーレを追いかけさせた。

そして本物の俺はというと、シルバーカーテンによって姿を隠され、クアットロの足元に転がされていた。

 

「まったく、灯台下暗しって言葉知らないんですかねぇ?

 真実は意外と近いところに転がり落ちているっていうのに」

 

クアットロが妖艶な笑みでこちらに視線を向ける。

トーレに運ばれたらなんとなく身の危険を感じたので敢えて黙っていたが、今も結構身の危険なのではないだろうか?

 

「さぁ〜て、それでは祐一様、めくるめく官能の世界へ〜」

 

そう考えていると、不幸にも予想通りクアットロの顔が近づいてくる。うわ、貞操が危険でデンジャラス?

これはもうダメだと諦めかけたその時、クアットロの動きを止めるように周囲に数十のナイフが突如現れる。

この戦法、まさか……

 

「……ちっ、チンクちゃんもいたの?」

「あのクアットロがおとなしく渡すわけがないと思っていたからな。そうしたら案の定だ」

 

スティンガーを展開したまま、眼帯の少女……チンクは姿を現す。

 

「さあ、渡してもらおうか? さもないと……」

「さ、さもないと、なにかしら?」

「ハリネズミが一匹生まれることになる」

 

チンクの言葉にクアットロはすぐに俺から離れる。

さすがのクアットロも命の危険が迫ったら譲らざるを得ないか。

 

「よし、聞き分けのいいクアットロが私は好きだぞ」

 

悠然とした歩みでチンクは俺の下へ辿り着くと、俺をひょいっと背負う。

見た目幼い少女に背負われるというのはなんともまあシュールな光景だと我ながら思う。足引きずっているしな。

 

「くっ、命と取引させたくせに……」

「何か言ったか?」

「いーえー、何も言っていませんよぉ〜……まあいいです。この場は引きますが、ここを乗り越えれば祐一さんを手に入れる術などたくさーんありますし

「そうか、では私はこれで失礼するが、クアットロ」

「はーい、なんですか? チンクちゃん」

「クアットロも祐一を取られて寂しいだろうからな、私が余興を用意したぞ」

「へ?」

 

クアットロがぽかんとした表情を浮かべると、チンクは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「そのナイフは、私のISで爆弾物に変えてある。

なに、威力は抑えてあるから多分気絶するくらいだろう……凄く痛いと思うが」

「え、ちょ、待って?!」

「私がこの場でクアットロをほいほいと逃がす訳がないだろう?

 貴様の執念と底意地の悪さはこれでも評価しているのだぞ?」

 

ではな、と俺と共に部屋から出るチンク。

チンクが離れることによりスティンガーの制御が不安定になり、そして……

 

「い、いやあああああああああああっ!」

 

クアットロの断末魔と閃光、そして爆発。スティンガーの制御が切れ、地面に落ちたショックで爆発したのだろう。

お、恐ろしい……ISの威力にではない。姉妹相手にこんな手法を平気で使ってくるチンクに俺は恐怖を覚えた。

 

「ふ、ふふ、怯えて耳をぴくぴくと震わせる祐一も可愛いな。食べてしまいたいくらいだぞ」

「ひ、ひぃ……」

 

やばい、チンクもあれか。けものみみ萌えなんていう俗世にまみれた属性を持っているとでもいうのか?

 

「さあ、これから私の部屋で、飼い主プレイとやらにでも興じようじゃ、ない……か?」

 

不意にチンクがふらふらとバランスが崩れ、背負われている俺も左右に揺られる。

なんだこの煙、急に眠く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

なんか今日は気を失ってばかりだなぁと思いながら目を覚ますと、目の前に少女の顔があった。

後ろで細くまとめた茶色の髪に黒くて太い線が入っている頬。そして首もとに付いている]のマーク。

 

「……大丈夫だった?」

「ああ、たしかディエチだっけか?」

「ん」

 

周囲を見るとディエチに抱かれてどこかの廊下を歩いている最中のようだ。

どうやらあの時、俺とチンクの意識を奪ったのはディエチだったようだ。

 

「ごめん、チンク姉が相手だったから手加減できなくて」

「あー、いや、むしろ礼を言いたいくらいなんだが……」

 

なんだかんだでマジで襲われる5秒前みたいな状況だったからな。

鎮圧方法が麻酔弾とやや過激なのはいただけないが、あの状態から抜け出せたのなら許せそうだ。

 

「……お礼は言わなくてもいいかなって思う」

「は?」

「だって、あたしもそうしたいって思ってるし」

「……」

「……」

 

逃げ出した。

しかし、回り込まれてしまった。

拘束された体を精一杯動かして抵抗するが、やはりびくともしない。

 

「離してくれ! 俺はこんなところでいろいろ失う気はない!」

「大丈夫」

「な、なにがだ?」

「あたし、チンク姉みたいに祐一をそういう方向でどうこうしようなんて思ってない」

 

ディエチの言葉に暴れるのを忘れてぽかんとする。

てっきり他の姉妹みたいに危ない思考を持っているのかと思っていたが、ディエチはどうやら姉妹の仲では良識派だったようだ。

 

「ただ、祐一をペットにして飼育できればいいかなって。可愛い耳も生えて可愛くなってるし……」

「余計たち悪いわああああああっ!」

 

先程よりも激しく暴れる。

そういう方向でどうこうされるのは嫌だが、家畜同然に飼い殺されるのはもっと嫌だ。

どうやら非常識の反対は超非常識だったらしい。

 

「首輪つけて、お散歩させて、フリスビー取ってこさせて……はぁはぁ」

「アブノーマルすぎて、ドン引きしかできねぇ?!」

「大丈夫、すぐ慣れて何も考えられなくなる」

「いやああああああああっ! 家畜はいやああああああっ!」

 

鼻息荒く、普段よりも饒舌な口でこれから俺にするであろう行為を語るディエチ。

前言撤回だ。こいつが一番ヤバい。

なんか新しいナンバーズに出会うたびに悪化している気がする。耳か? この耳が悪いのか?

まだクアットロの時の方が人間として扱われていた分、マシだったのか?

まあ、例えマシだったとしてもああいうのは願い下げなのだが。

 

「おや、ディエチ、何をしているんだい?」

「――?!」

 

だが、まだ神は俺を捨てちゃいないらしい。

というか俺というおもちゃをギリギリまで使い切るつもりらしい。

ディエチと俺の元へやってきたのは、この状況を生み出した本人。スカリエッティだった。

 

「ど、どくたー」

「ディエチ、私の最高傑作に萌えなる不可解な情愛を抱くのは構わないが、私物化するのは感心しないな」

「も、申し訳ありません」

「まったく……彼は私が研究室まで連れて行こう」

 

スカリエッティは完全に萎縮してしまったディエチから俺を奪い取ると、そそくさと離れる。

ディエチは俺が取られて若干表情の乏しい顔を顰めたが、相手が悪いと悟ったのか、すぐに元の表情に戻して何も言わない。

くそ、甚だ不本意だが、今回ばかりは感謝せねばなるまい。

スカリエッティは嫌いだが、助けてもらって礼の一つもいえない大人にはなりたくはない。

 

「すまん、助かったぞ」

「ふふん、気にしないでくれたまえ。我が姉妹の粗相だからな」

「へ? 姉妹……?」

 

角に入りディエチに見えない位置まで来ると、ぽかんとした俺の前でスカリエッティの姿が変わり、別の型を取る。

まるで本人と勘違いするほどの高度な変装能力。顔だけでなく、体型、声質までもそっくりに真似ることの出来る能力を持っている人物は一人しかいない。

 

「はーい、あなたのドゥーエでーす」

 

幸か不幸か、スカリエッティだったものは俺の想像通りの姿になった。

 

『ライアーズ・マスク』

 

管理局をはじめとした主要世界の全ての身体検査にひっかからず、欺く程度の能力。

ナンバーズNo.2 影薄い諜報者 ドゥーエがそこにいた。

 

「ちょっと! 影薄いってなんですか!」

「モノローグを読んだだと?!」

「ばっちり喋っています!」

 

……なんかこの癖、久しぶりだなぁ。

 

「ふふ、ひたすら隙を待っていたかいがありました。

果報は寝て待てって言葉、知らないんですかねぇ」

 

どうやら一部始終を全部見ていたらしい。

そしてドゥーエもまた、俺を素直に解放してくれるわけではないらしい。

 

「さて、それでは他の人にさらわれる前に――」

「祐一さん、しゃがむっスよーー!」

 

俺が指示通りに身をかがめると、ドゥーエの顔面にライディングボードが直撃する。

吹き飛ぶドゥーエ、哀れだが出番はこれだけのようだ。

 

「怪我はないっすか?」

 

と、とことことやってきたのはウェンディだ。

どうやらライディングボードを乗り捨てて、ミサイルのようにドゥーエに飛ばしたらしい。

結構なスピードがあったが大丈夫だろうか? 大丈夫か。戦闘機人だし。

気のせいか先端が凹んでいるように見えるライディングボードを脇に抱えると、ウェンディは俺のほうへやってきた。

 

「いやあ、ちょっとやりすぎちまったかもっスけど、ドゥーエ姉なら大丈夫っス……多分」

 

姉を轢いておいて、あっはっはと笑うウェンディが怖い。

 

「それにしても、獣耳祐一さん萌えーっス! はぁはぁっス! おっと涎が……」

「お前はそういう感情を隠すということを知らんのか!」

 

もうこれでもかってくらいに、「俺を襲います」と顔に極太マジックで書いてあるウェンディ。まるでスバルのような奴だ。

 

「もう我慢ならねぇっス! いただきまーっス!」

「だああ、考えなしに飛び込むところもスバルにそっくりだ!」

 

通称ルパンダイブで俺に飛び込んでくるウェンディをひらりと避ける。

べちょ、と激突した音と共に、潰れた蛙のような格好で床に倒れているウェンディ。

これで気絶していてくれたら嬉しいんだが――

 

「ネバー! ギブアップっスぅぅぅ!!」

「くっ、死んだフリとは卑怯な!」

 

確認しようと、おそるおそる近づいた瞬間、突然起き上がって飛び掛ってきた。

かろうじて避けることに成功するが、バランスを崩して無様にも尻餅をつく。

次にこられたら、もう避けられない。

ウェンディは再び激突した鼻を擦りながら、倒れたままこちらに顔を向ける。

 

「ふっふっふ、もう逃げられないっスよ」

 

じりじりと、匍匐前進でやってくる姿はまるでゾンビだ。

かく言う俺は、その姿に圧倒されたせいで腰を抜かして立てないという情けなさ。

離れるように後退していくと、すぐに背中に固くて冷たい感触。壁に追い詰められていた。

ウェンディはわざと立ち上がらないで匍匐前進で正面から近寄ってくる。

恐怖心を煽る為か、全く違う理由かはわからないが、俺を震え上がらせるには十分すぎた。

 

「さあ、お縄を頂戴するっスよー」

「ひ、ひぃいい?! くるなよるな足を掴むな!」

「ふっふっふ、よいではないか、よいではないかっス――げほおっ!」

 

足を掴まれたと思ったら、ウェンディの背中を何かが高速で踏んづけて通り過ぎていく。

ウェンディの背中には二本の黒い線。

足の形じゃない、これは何か小さいタイヤみたいなもので付けられた跡だ。

 

「な、なんのこれしきのことで――へぶし!」

 

それでもしぶとく起き上がってきたウェンディに、とどめとばかりに折り返して踏んづける。

 

「なんだ、まだ生きてたのかよ」

 

完全に気絶したウェンディの上に立つのはスバルの使っているようなインラインローラーを履いた赤毛の少女。

 

「ノーヴェ!」

「てっきり、あいつらのおもちゃにされてると思っていたぜ」

「なんだ、俺が生き延びていちゃ悪いのか?」

「べ、別にそうは言ってねぇよ」

 

ノーヴェは顔を少し染めてそっぽを向く。

これは俺の事を心配してくれていたってことでいいのだろうか?

 

「まあ、いいや。それじゃ」

「あー、ちょっと待ちやがれ」

 

話は終わりとそそくさと退散しようとする俺をノーヴェが阻む。

 

「なんだよ、俺はこれから出口を探さなきゃならんのだが」

「敵の前でそんな台詞を吐けるあんたをある意味で尊敬するぜ」

「そんなに褒めても何もでないぞ?」

「褒めてねぇよ!」

 

やれやれと溜め息をつくノーヴェ。

え、尊敬って褒め言葉じゃなかったのか?

 

「助けてもらって、はいさようならって、虫が良すぎるって思わねぇか?」

「助かったありがとう。じゃあな」

「そういう言葉を求めちゃいねーんだよ。しかも今のあたしが言わせたみてぇじゃねぇか」

 

じゃあどうすればいいんだ。と言いたい。回りくどいのは好きじゃないんだ。

はっきり言ってくれ。少なくとも俺の知るノーヴェはそういう奴だったぞ?

 

「そうだな。なんか今のはあたしらしくねー。つーわけで単刀直入に言わせてもらうぜ?」

 

ああ、だから早くそうしてくれ。

なんか嫌な予感がしたが、俺はこの場を一刻も早く切り抜けることを優先した。

 

 

「き、キス、してくれっ!」

 

 

半ば裏返った声でノーヴェが発した言葉は、俺のヒューズを飛ばすに十分だった。

 

「は、はああっ?」

「バカ、礼だよ礼! 今のお前じゃ、あたしにそれくらいのことしか出来ないだろ?

 だから不本意だけどそれで勘弁してやるからとっととしろよ!」

 

口では嫌そうには言っているが、未だ裏返り気味の声色や、真っ赤なトマトみたいな表情からそういうのが全く感じ取れない場合、どちらを信じればいいのだろうか。

まあ確かに今の俺じゃあ出来ることなど限られている訳だし、ノーヴェにはウェンディゾンビから助けてもらった恩がある。

 

「そうだな。さすがに助けてもらって礼もしないのは相沢家の名折れだ」

「じ、じゃあ……」

「正直恥ずかしいが、それでいいなら」

 

きっと俺の顔も真っ赤になってると思う。

そりゃそうだろ? 助けた礼にキスなんてねだられたこともないし、したこともない。

ノーヴェが強すぎるほどにまぶたをぎゅっと閉じ、こちらを向いている。

これで逃げたりなんかしたら今度は俺が轢かれるな。

ノーヴェに顔を近づけていく……ええい、ままよ!

二人の距離が縮まっていく。どちらかが動けばすぐにキスをしてしまうような、そんな距離。

しかし俺の唇はノーヴェまで届くことはなかった。

側頭部に衝撃が走り、廊下のつきあたりまで吹き飛ばされたと気付いたのは、俺がそこに叩きつけられて、意識を失う直前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノーヴェ、何しているの?」

「ん〜……てめ、セッテ、ディード!」

 

おちょぼ口になって祐一を待ち構えていたノーヴェはセッテの一言で現実に引き戻される。

お礼を邪魔されて不機嫌な様子を隠そうともしないノーヴェは、突然の闖入者たちに非難の目を浴びせてから、祐一を探す。

そして、突き当たりの廊下の壁にもたれかかって気絶している祐一を見つけた。

 

「てめぇこそ何してんだ! 祐一ぶっとばして!」

「峰打ちですから大丈夫です。そんなことよりも答えてください。

ノーヴェ姉様は祐一と何をしようとしていたのですか?」

 

非難の視線を浴びせるが、それをなんのそのと受け流すディード。

元から気の長い方とはいえないノーヴェの不機嫌メーターがぐんと跳ね上がった。

 

「ふん、き、キス、しようとしてたんだよ!」

 

この二人の何でも見通していそうな無愛想な表情に少しでもいいからひびを入れてやりたい。

そう思って今の行動の仕返し半分にノーヴェは言った。

 

「え?」

「……なに?」

 

明らかに様子が変わった。

先程までの無関心を貫いていた表情はなりを潜め、感情溢れる表情でこちらを射抜くように見つめている。

これに面白くなってきたのはノーヴェだ。

 

「言っとくけどな、お前らみたいに無理矢理じゃねーぞ? 両者合意の正当な行為だ」

「う、うそだ……」

 

普段はまず見られない動揺した姿に、優越を覚えたノーヴェは調子に乗って更に追撃する。

ノーヴェは二人が勘違いするように、さもそれが恋人同士のするそれだとアピールするように言い回しに気をつけた。それはある意味では嘘ではない分、余計に真実味を帯びて二人の耳へと入っていく。

 

「ノーヴェ姉様のことだからそんなこと言っても、どうせ祐一さんの弱みでも握って無理やりやろうとしていたに決まっています。ほらセッテも何か言いましょう?」

 

同意を得ようとディードがセッテのほうを向くと、そこには怒りに燃える修羅が一人いた。

それは黒よりも暗く、憎悪にまみれた感情。

ノーヴェだけでなく話を振ったディードですら、機械的な少女の人間的な激情に身震いした。

これ以上の刺激はおそらく身の為にならない。

ノーヴェは本能で感じ取ったのか、それともセッテの激情に中てられたのか、口撃を撃ち止めにするが、手遅れだった。

 

「祐一が、穢された……祐一が、ノーヴェに、穢された」

「こええ、こええよ。ディード……」

「私だって怖いです! ノ、ノーヴェ姉様が挑発したせいじゃないですか?!」

 

壊れたテープのように同じ言葉をひたすら繰り返す様は不気味としか言いようがなく、皮肉にもそれは別の意味で機械的な姿だった。

 

「祐一がノーヴェなんかの言うことを聞くわけない……

 そうだ、祐一はノーヴェに脅されて……」

 

震え上がる二人を置いて、セッテの暴走は止まらない。

一度思ってしまうと、それを払拭するのは難しい。

セッテの頭の中では――

祐一=ノーヴェに脅されて無理矢理キスされた。

ノーヴェ=祐一を穢したので抹殺対象。

――と、ちょっぴり危険な方程式が既に出来上がっていた。

 

「お、おい、お前、なんかとんでもねぇ勘違いしてるみてぇなんだが――」

「そ、そうです。落ち着いてください。セッテ」

 

ノーヴェの顔を掠る一撃。

セッテの固有武装、ブーメランブレードの攻撃である。

これでノーヴェの中の線が切れた。

 

「てめぇ、下手にでてりゃ調子に乗りやがって!」

「汚物は消毒っ!」

「ちょっと二人とも落ち着いて……」

 

セッテの次撃。ノーヴェは避けずに自らの固有武装で受け止める。

飛棍と金属拳が火花を散らし、音を鳴らす。

 

「くのやろっ!」

「しゃあっ!」

 

互いの武装がぶつかり合い、殺しきれなかった双方の力が間合いを自然と空ける。

狭い廊下ではセッテはブーメランを自在に扱うことは難しいし、ノーヴェもジェットエッジを全力で使用することができない。

決定打を欠いた戦いは、ただ双方を疲弊させるだけだった。

 

「でも、これはもしかしてチャンスですか?」

 

その中、完全に置いてきぼりを食らってしまったディード。

だが、おかげでこれ以上に無いくらいの大チャンスである。

二人は互いに潰しあってくれている。当然、こちらには目もくれていない。

漁夫の利を得るにはこれ以上に無い状況だった。

バレた時の二人の反撃が怖いなど言ってはいられない。

早速、祐一を捕獲するべく、ディードは二人に気付かれないように動く。

しかし、彼女も気付いていなかった。

漁夫の利を得ようと考えていたのは自分だけでは無いということ、そして自分もまた漁夫の利で言う所のシギと貝の立場だったということを。

 

「はあ、キリがねぇ」

 

うんざりした様子でノーヴェはセッテを見る。

セッテのほうも幾分かは冷静さを取り戻せたのか、そんなノーヴェに同意するような表情をしていた。

 

「わーった。わーったって。セッテも一緒にやりゃあいいじゃん、もう」

「……」

 

これ以上は不毛と判断したノーヴェが降参とばかりに手を挙げる。

セッテはその機械的な表情は変化させなかったが、小さく下でガッツポーズを取った。

 

「じゃあ、まず祐一を起こ――」

「あああああああああっ!」

 

ケンガが止み、落ち着いてきた廊下にディードの叫び声がこだまする。

そちらにはすっかり忘れさられていた祐一がいるはずである。

ノーヴェは祐一を起こすついでにディードの叫び声の理由を聞こうとそちらの方へ顔を向けると、そこには。

 

 

『祐一さんが落ちていたのでお姉ちゃんが拾っていきますね by.ウーノ』

 

 

と書かれた紙が一枚置かれてあった。

 

「くそ、やられた!」

「ノーヴェ、セッテ、祐一を探そう」

「いきましょう!」

 

完全にしてやられてしまった状態になり、悔しがるノーヴェ。

対するセッテは自慢の冷静さを取り戻し、落ち着いてノーヴェらに的確な指示をする。

 

「あ、ディード」

「どうしました? セッテ」

「なんで、ディードが祐一の近くにいたのか、後でちゃんと聞かせてもらうから」

「そうだそうだ。まさかお前も『漁夫の利』みてぇなセコい真似、しようとしていたなんてこと、ないよなぁ?」

「……ぎゃふん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけばウーノの自室に拘束されていた。

なんかナンバーズを片っ端から巡りに巡っている気がする。そんなにこの獣耳は凄いのか。

 

「なんか、今日は本当によく気絶したり、縛られたりする日だなぁ……」

「そんな日もありますよ」

「あってたまるか」

 

目の前にいるウーノを睨む。

当のウーノはどこ吹く風とコーヒーを淹れている。

 

「ふふ、そんな耳で睨まれてもただ可愛いだけですよ?」

 

万能すぎるぞ、この耳。何やっても可愛くなるんじゃないか?

 

「それで、お前も俺をどうこうしようとしてるのか? 主に貞操的な意味で」

「ご安心を。私は祐一さんにそういうポジションを求めてはおりませんので」

 

ウーノの言葉にほっと安堵する。

さすがナンバーズ最古参。さすがスカリエッティの嫁。

会うナンバーズが揃いも揃って、あんなだから、てっきりあれがデフォルトなのかと思ったが、どうやら常識人はいたらしい。

 

「じゃあ、この拘束外してくれ」

「ダメです」

 

俺の解放の願いはあっさりと棄却された。

それでもやっぱり逃がしてはくれないらしい。

や、ただ単に他のナンバーズに見つからないように取り計らってくれているだけなのかもしれないが。

 

「祐一さんにはやってもらいたいことがありますので」

「まあ、結果的だが匿ってもらってるわけだし、できる限りのことはしてやりたいが」

 

ナンバーズ一の常識人のウーノ願いだ。

おそらくまともだろうと、俺は首を縦に振る。

すると、ウーノは大変喜んだ様子で口を開いた。

 

 

 

「私のこと、お母さんって、呼んでいただけます?」

 

 

 

 

訂正。やっぱりナンバーズは変態共の集まりだ。

思えば、なんで安請け合いしてしまったのだろう。常識人とはいえ、ナンバーズは敵であるはずなのに。

よほど常識人に会えたのが嬉しかったんだろうな、俺。

……その常識人は実は変態だったわけなのだが。

 

「お母さんって、ちょっと?!」

「私はドクターを愛しています。ですが私は戦闘機人。

人間であるドクターの子供は産めません。ならこういった手段を取るしか……っ!」

「待てやこら。それなら普通に子供を養子にとればいいだろうが」

「私達は犯罪者なんですよ? そんな簡単に養子なんてもらえるわけありません!」

「威張るな!」

 

恋は盲目とは言うもんだな。さすがにそんな考えまで常人には及ばんぞ。

第一、俺みたいな歳の男を養子に取るとか言うな。

 

「大丈夫です。ちゃんとドクター直々に改造してもらって、機械の体になってもらいますから」

「よくないわ!」

 

機械の体を欲しがるのは某銀河鉄道の主人公だけで十分だ。

 

「さあ、坊や……」

「変な呼び方をするなあ!」

 

建物を揺らす轟音。

俺を掴もうとするウーノの手が直前で止まる。

何が起こったのかはわからないが、ひとまずは助かった。

 

「一体何が?!」

「どっせええええい!」

「見つけました。やっぱりここです!」

「祐一、穢されなかった……?」

 

金属製のドアがぶち抜かれる。

入ってきたのはノーヴェと……ディードとセッテだったか。

 

「三人とも何か用かしら?」

「とぼけんな! いくらウーノ姉でもやっていいこととわるいことがある!」

「そうです。いくら姉様と言えど、祐一さんを独り占めなんて――」

 

激高する侵入者側と、余裕の笑みで迎え撃つウーノ。

この状況でふてぶてしく笑うなんて普通の精神じゃできんぞ。

 

「何を言っているの。私は祐一さんを独り占めしようなんて思っていないわ」

「へ?」

「私が祐一さんを養子に取ったら、他の姉妹達に広く開放してあげるつもりです」

 

そこに俺の意思は? ないですね。わかります。

まあいい。ノーヴェの乱入のおかげで光明が見えた。

また借りを作るのは嫌だがノーヴェ達が助けてくれるならよし。助けてくれなくても、場を引っ掻き回してくれればその間に逃げればいいだけの話だ。

 

「それじゃあ、祐一さんと結婚できないじゃない!」

 

そう言って壊れた玄関から部屋に入ってきたのはドゥーエだ。

後ろには気絶から復帰したのだろうチンクとディエチもいる。

 

「チンクやディエチも勿論そうよね?」

「ああ、その通りだ……が、私はそれでも構わない」

 

チンクはノーヴェら反対していた勢力の周りにISを展開し、ディエチは持っていたヘヴィバレルを構える。

 

「そちらが動かない以上、私も動かさないぞ。

不穏な動きをしたと判断したら容赦なく爆破させるがな」

「同じく、動いたら撃つ」

「チンク、ディエチ、裏切ったの?!」

「祐一と結婚とか独占とかそういう立ち位置には拘らないだけだ。

 その代わり、祐一と接する時間を増やしてくれるのであれば、私は文句言わない」

「あたしもそう、祐一を飼えればそれでいい」

 

チンク、ディエチ、ウーノの間で協定が結ばれる。

そういえば、確かにこの二人は他の姉妹とは毛色が違ったな。主にアブノーマルな意味で。

なんにせよ、これで完全に芽が摘まれた。引っ掻き回す間もなく動きを制限されちゃあ、どうにもならない。

 

「さあ、邪魔者は動けませんし、祐一さんにはもう一度気絶してもらいます。

 大丈夫です。次に目が覚めた時には、何の違和感もないはずですから」

「いやだー! 子供になんてなりたくないー!」

「それなら、我らのペットに改造するだけだぞ?」

「それはもっといやだー!」

 

鈍器片手にこちらに歩み寄ってくるウーノ。

やばい。これは洒落にならない。

 

『見つけたの』

 

「さあ、祐一さん、新しい世界の幕開――きゃあっ?!」

 

そんなウーノの足を地面から飛び出た腕が掴んだ。

バランスを崩したウーノは当然のように倒れる。顔面から行ったからな、あれは痛いぞ。

それにしてもこの能力は――セインか。

いい意味でKYな奴だ。

そろそろなのはちゃん辺りでも乱入してくるんじゃないかと思っていたのは俺だけじゃなかったはずだ。

 

「はーい! 祐一を見つけましたよー!」

 

俺を発見し、喜び勇んで床から飛び出してくるセイン。

 

「馬鹿、飛び出すな!」

「へぶっ?!」

 

だがそれではいい的である。

想像通り、ディエチの砲撃の的になったセインはそのまま壊れた扉を超えて廊下まで吹き飛ばされた。

くっ、いざという時に役に立たないドジッ娘め。

 

「ふう、少々邪魔は入ったが、状況は変わらない」

「ううん、状況は変わったの」

「誰?!」

 

チンクの問いへの答えは衝撃だった。

簡単に破れなさそうな壁をいとも容易く数枚ぶち抜く桃色の光芒。

こんな人間離れした魔法が撃てる奴なんて一人しかいない。

くそ、やっぱりオチはこうなるのか……だが、まあ、助かった。

 

「なのはちゃん!」

 

穴が開いた壁から覗き見る。

そこには既にリミッター解除を済ませたなのはちゃんがこちらに杖を構えている悠々と歩いてくる姿が見て取れた。

 

「数の子部隊、そこをどくの! 祐一さんは……祐一さんは……」

 

そこで俺と目が会う。うう、嬉し過ぎて、耳がパタパタ動いちゃうぞ?

なのはちゃんは俺の姿を一瞥だけすると、思い切り息を吸い一言だけ叫んだ。

 

 

 

 

「祐一さんは私のペットさんなんだよおおおおおおおっ!」

 

「ちげええええええええええっ!」

 

 

その後のことは覚えていない。怖くて思い出したくもないが。

気がついたら、なのはちゃんに抱えられる形で基地を脱出していた。

そして当分の間、俺のこの耳は見世物になってしまったことと、その姿を見るみんなの目がどこかナンバーズと似ていたということだけ報告しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

なのはさんのオチはすごく楽です。

今何月だ? 10月ですorz

無茶振りがここまで長引くとは思わなかった。マジで。

おかげでいろいろと大変でした。大学始まっちゃったし。

 

というわけでこれで無茶振り祭はひとまず終了。

次回は魔法青年かな?

 

では

 

 

2008年10月9日作成