「……」

「貴明、すきすきすきや〜、ほら、瑠璃ちゃんも一緒にすきすきしよ〜?」

「さ、珊瑚ちゃん!?」

「…………」

「う、ウチは別にすきすきなんてしたない!!」

「………………」

「瑠璃様、嘘を言ってはいけませんよ。ほら私に内蔵されてるサーモグラフィーによれば……」

「そ、そんなもんがなんでメイドロボについてんねん!!」

「長瀬のおじさまの趣味ですが?」

「ウチは長瀬のおっちゃんはイルファをなんの目的に作ろうとしたのかわからへん」

愚問です。それは瑠璃様と18歳未満のお子様には刺激が強すぎて言えないことを―――

「死んでしまえ!!」

「あぁ、瑠璃様の愛情が痛いですぅ」

「いっちゃんてマ―――」

「珊瑚ちゃん! それ以上は言っちゃダメだ!!」

「……つまらんなぁ〜」

「……………………はぁ」

 

目の前で繰り広げられているコントを見ながらあたしは盛大に溜息をつく。

 

どうもみなさんこんにちは。そんなあたしの名前はHMX−17β 通称ミルファです。

あたしは今、瑠璃と呼ばれた紫髪の団子頭に蹴られてに浸ってる、HMX17−α イルファの後継機―――つまりは妹として開発されたれっきとしたメイドロボなのだ。

……まぁ、あんなのが姉なのは甚だ不本意極まりないのですが。

 

そんなことは今回はいいのです。

実はあたし、昔はメイドロボの姿をしていなかったりしています。

なので、今回だけはミルファではなく、昔の名前でこう呼んでください。

それは、あたしの今一番大好きな人から貰った名前。

 

 

 

 

 

―――クマ吉と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしの一番好きな人

by.JGJ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人の第一印象は最悪でした。

それは、まさしく春と言わんばかりの陽気な天気だったその日、あたしは今日も珊瑚様の通う高校で稼動テストをしていた。

 

 

ガララララッ

 

 

不意に入り口が開く音がする。

きっと瑠璃様だろうと高性能CPUで予想付けて、あたしは普段通りに振舞おうとした。

 

「貴明やぁ〜っ!」

『……?』

 

たかあき? あたしが故障していないのなら、『たかあき』なんて名前の人は記憶に無い。

入り口のほうを見ると、珊瑚様がその『たかあき』と呼ばれていた男の人の腕に嬉しそうに抱きついていた。

……その『たかあき』当人はなんか表情がころころ変わって忙しない様子だけど。

 

「今日は大事な話……」

「見学なん?」

「え?」

「見学なん? 見学なん? 見学なん〜?」

「えっと……あの……」

 

『たかあき』は珊瑚ちゃんのペースに引き気味だ。

まぁ、あの勢いで迫られれば誰でも引くとは思うけど。

珊瑚様達や研究所の人達以外の人間、そんな興味本位もあったのだろう。

気付いたら、彼の脇腹をツンツンとつついていた。

 

「のええええーっ!?」

『……』

 

これがあたしを見て彼が口に出した最初の言葉。

まぁ、外見はクマの人形であるからして、驚かれるのは無理も無いとは思ったけれど、ここまで驚かれるとかなり凹む。

 

『……』

『……』

 

ほら、姉妹達を起こしちゃったじゃない。

ペンギンやいるかみたいな生き物のぬいぐるみ―――つまりはイルファ姉さんとシルファが『たかあき』を不機嫌そうにじっと見つめ、他の姉妹達もイルファ姉さんにならうように『たかあき』を見る。

まぁ、ぬいぐるみなのだから言葉は発せないし、表情までも読めないけれど、十中八九不機嫌だろう。

すると、他の姉妹達は今頃彼の存在に気が付いたのか。ひそひそと何かを話すようなポーズをとっていた。(言葉は喋れないのだが、そこは雰囲気というやつだろう)

シルファは興味が無いのか、パソコンに出ている珊瑚様の研究内容をじっと見ている。

当のあたしは既に彼の存在は知っていたので、友好的に両手をバンザイなぞして挨拶を試みてみた。

 

「ふ〜ん……」

『……!?』

 

すると、友好的に挨拶したのがよかったのか、『たかあき』があたしのボディーを持ち上げ――――――ひ、ひっくり返そうとした。

 

『!?!?!?!?!?』

「え?」

 

『乙女(?)の純潔を汚そうとする不届きな奴は許さない』というあたしの持論の名の下に、あたしは彼の腕を捻って反撃をした。

 

「いったぁーっ!?」

 

彼はブンブンと腕を振り回すが、あたしの技はそう簡単には外れない。

この前の本体の稼動テストの時に通りすがりの研究員一人にかけ、それは立証済みだ。

 

「みっちゃん、新しい友だち、いじめたらあかんよ〜」

『……』

 

いじめる? 違います。これは乙女の大事な所を見た犯罪者への正当な報復活動です。

そう言いたかったが、ぬいぐるみの手前、声を出すことが出来ない。

なので仕方なく、珊瑚様の足元へと移動することにした。

……命拾いをしたわね。

 

「ごめんな〜、みっちゃん、怒りっぽいから……」

「怒りっぽい?」

「みっちゃん、イジメはカッコわるいで。かわいそうやろ、貴明が。まだ、友だちになったばかりやのにぃ」

 

だから珊瑚様。あたしは決していじめていませんし、まず怒りっぽく無いです。

これは正当な報復活動。日輪は我に有りです。

まぁ、確かにロボサッカーの時には相手ロボットを蹴り飛ばしはしましたが。

 

必死になって身振り手振りで珊瑚様にそれを伝える。

珊瑚様はあたしの意見を聞いてくれたのか、『たかあき』に近づいて、軽く頬をビンタした。

 

「みっちゃん、貴明はすけべ〜や言うてるぅ」

「お、俺、何かしたか?」

「だって、貴明、女の子のお股、のぞいたやんかぁ」

「えええーっ!?」

『……』

 

素晴らしい、素晴らしいです珊瑚様。あの身振り手振りからここまで完璧に汲み取ってくれるなんて、天才です。

それ以前に、あたし達を作ってる時点で一般的に天才と呼ばれるのでしょうが。

そんなあたしを珊瑚様は持ち上げ、『たかあき』の前に持ってくる。

 

『……!?』

 

こ、こんな犯罪者の前にあたしを突きつけないで下さい。

大事な所をまた見られてしまいます。いや、それどころか犯されます。純潔を奪われます。

 

「ほら、貴明。ごめんなさいは?」

「え?」

 

どうやら、珊瑚様は『たかあき』に謝って欲しくてあたしを突きつけたみたいだ。

貴明は数秒呆けた後にこう叫んだのだった。

 

「クマ吉って、女の子だったのーーーーっ!?」

『……!!』

 

失礼な。あたしはれっきとしたレディーです。傷つきました。『ぶれいきんぐ・はーと』です。

あなたには見えないのですか? この回りを囲っている美少女特有の独特なオーラが。

あなたの目は節穴ですか? それともあなたの脳がおかしいのではないのですか?

大体、クマ吉ってなんですか!? それはどう見ても男の名前でしょう。

特に『吉』とか『吉』とか『吉』とかっ!!

 

怒りを抑えられないで暴れまくるあたしを珊瑚ちゃんが押さえつけてくる。

 

「貴明、ちゃんと謝らんとあかんで〜」

「あ、えっと……?」

 

『たかあき』があたしの顔をじっと見つめてくる。

……今度は視姦?

今度、えちいことをしてきたら、問答無用で頚動脈を締めよう。

そう決意した時―――

 

「ごめんな……えと、みっちゃん?」

 

彼はあたしにありったけの誠意を込めて謝ってきた。

自分の過ちを認めるにはすごい勇気がいる。

だって、人間は過ちを中々認めようとしない生き物だから。

そんなことを昔、長瀬のおじさまが言っていたのを思い出した。

だから素直に謝罪をした『たかあき』は男らしくてカッコいいなと感じた。

そう考えると、先程までの嫌悪感もすぅっと消えていくから不思議だ。

あたしは手振りでもう怒っていないということを伝える。

 

「よかったぁ……」

『……』

 

彼はこんなにも反省してる訳だし、もう股とかは覗かれないはず。触っても大丈夫なはず。

あたしはそう自分を鼓舞し、彼によじ登ってみることにした。

 

数分かけて、ようやっと彼の頭まで着くと、そこにはあたしの見たことの無い風景が広がっていた。

もう見慣れたはずのコンピューター室なのに、見ている視点が高くなるだけでこんなにも変わるものなんだ―――

あたしは知らず知らずのうちに身を乗り出しながら、その風景を眺めていた。

それに、ここから見える景色は勿論、さらさらな彼の髪も、ほんのり温かい彼の体温も、あたしには心地いい―――

それはメイドロボの身体では絶対味わうことの出来ない、仮初(クマ)()身体(ぬいぐるみ)の特権。

その時のあたしはそれを十分に満喫することだけを考えていたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後、珊瑚様に気分転換に散歩に連れて行ってもらった時、酷く疲弊した『たかあき』と出会いました。

 

「はあ……はあ……」

「どないしたん、貴明?」

「さ、珊瑚ちゃん?」

 

呼びかけたのが珊瑚様だとわかるとほっと安心したような表情になる『たかあき』。

この慌てよう、誰かに追われているのでしょうか?

そんな考えを巡らせていると、不意に『たかあき』と目が合った。

 

「ん……?」

『……』

 

メイドロボたるもの挨拶が大事。あたしは珊瑚様の腕の中で腕を挙げて挨拶をした。

すると、『たかあき』の顔は見る見る明るくなって―――

 

「悪い、珊瑚ちゃん! クマ吉借りるよ!!」

『……!?』

 

ちょっ、ちょっと待ってください!?

あたしを借りてどうするんですか? まさかあたしを弾代わりに相手に投げるのではありませんよね?

これでもあたしは緻密にして繊細なCPUの持ち主なのですよ?

ほら、珊瑚様も何か言ってあげてください。

 

「ええけど?」

 

待って待って待って!! なんでそうもにこやかに即答できるのですか!?

あたしはロボットなのですよ? 乱暴に扱われたら壊れるとか考えてないんですか?

『たかあき』が追われている相手が誰だかは知りませんけれど、どう考えてもあたしには不幸な出来事しか思い浮かびません。

 

「貴明、どこやぁーーっ!!」

 

そんな叫び声が聞こえる。

声の大きさからして、結構近い距離のようだ。

……でも、この声は―――

 

『たかあき』はあたしを抱きかかえると、慌ててその場から逃げ出す。

あら、これは中々……抱かれ心地がいい。

 

「いたーーーっ!」

 

後ろを見ると、異様に禍々しい重火器を持った瑠璃様。

…………新手の私刑でしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ……へぇ……」

 

空いていた教室に駆け込んだ『たかあき』は情けなくも床にヘたれ込む。

少し情けないなぁと思いつつも、それは結構な距離を走ってきたんだろうと自分的に解釈する。

 

「クマ吉、いいか。重要な任務だぞ」

『……』

 

重要な任務……やっぱりあたしを盾にするのでしょうか?

それとも弾?

あの禍々しい火器に滅多打ちにされてる自分が思い浮かぶ。

―――悲惨だ。かなり悲惨だ。

 

「いいか、時間が無いから一回しか言わないぞ?」

『……』

 

ええい。こうなったらヤケです。

弾だろうが盾だろうがなんだってやってやりますよ。

その代わり、それでもし壊れたら幽霊になって出てきますからね

 

「いいか、クマ吉はあの掃除用具のロッカーに入るんだ」

『……?』

 

へ? ロッカー? 弾とか盾じゃないのですか?

 

「そしたら、ロッカーを閉めるから、適当に物音を出すんだ。ロッカーを蹴飛ばしたりして」

『……』

 

ふんふん。何となくわかりましたよ。その作戦。

 

「俺はあの教壇の中に隠れている、物音でクマ吉の方に引き寄せたら俺は瑠璃ちゃんをホールドアップさせるから、それで任務完了。わかった?」

『……』

 

なるほど、面白そうです。

あたしはこくっと頷くと、掃除用具入れのロッカーの中に入る。

このクラスの掃除用具入れは整頓がなされているのか、楽に場所を確保することが出来た。あとは、瑠璃様の来るのを待つだけ……

 

 

「貴明!」

『……!?』

 

大声とともに瑠璃様が教室にズカズカと入ってくる。

さぁ、いよいよ作戦開始だ。

あたしが指示通りに思いっきり用具入れのドアを蹴飛ばそうとしたその時。

 

 

ガンッ!!

 

 

『!?』

 

上からちりとりが落ちてきて、あたしの頭に直撃。

痛くは無いのだが、衝撃がすごい。

うぅっ、この高性能CPUが壊れてしまったらどうしてくれるのでしょうか?

 

「!?」

 

幸か不幸か。瑠璃様は耳ざとくその音を聞き漏らさなかったようだ。

瑠璃様らしき人がこちらに歩いてくる。

あたしは『たかあき』がここにいると確信させる為に、腕で扉を軽くトントンと叩き、わざと音を出す。

そして、瑠璃様が一気に、ロッカーの扉を開け放った。

 

 

バァン!!

 

 

「!?」

『……』

 

きっと、あたしに表情があったら凄くほくそ笑んでいるでしょう。

それくらい、見事に『たかあき』の策に嵌ったのだから。

 

「ホールドアップ」

「あ……」

 

『たかあき』が瑠璃様に銃口を突きつける。

そのあまりにも瑠璃様の持っていた銃との格差に、私刑になってたのはあたしじゃなくて、『たかあき』の方だったのだと確信する。

 

瑠璃様の手から銃が滑り落ちる。

どうやら、敗北を認めたようだ。

『たかあき』は所持武器の違いはあったとしても男だ。女である瑠璃様と真正面から戦えば、力押しで勝つことは造作ないだろう。

だけど、『たかあき』は瑠璃様本人は勿論、巻き込まれた珊瑚様やあたしにすら、肉体的なダメージは一切与えず、精神的ダメージのみで瑠璃様を敗北させた。

 

すごい。人を傷つけながら勝負に勝つのは簡単なことだ。

だけど、彼は全く誰も傷つけずに勝負に勝った。

それが、先程まで一方的な私刑を彼に与えていた相手だったとしても。

 

 

 

 

かっこいい……あたしはこんな優しい心を持った人のメイドロボになりたい。

 

 

 

 

銃を投げ捨てながら、ほっと安心した表情になる貴明を見て、そう思った。

そしてこれがあたしの恋の始まりだったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イルファなんか嫌いやーーー!!」

「ほな、いっちゃんもウチと一緒にすきすきしようや〜」

「いいですね。それじゃあ、遠慮なく―――」

「わ、わわっ!? イルファさん!?」

「うぅ……貴明のアホーーーーー!!」

「な、何故に俺な―――げふぉ!」

 

回想から戻ると、瑠璃様が貴明様に蹴りを入れている所に遭遇する。

 

「た、貴明様!? ……いくら瑠璃様といえど、このようなことを貴明様にするのであれば、あたしは瑠璃様に手を出さなければいけなくなります!」

「貴明がえっちぃのが悪いんやーーーー」

「……上等です。表に出てください。あたし直々にあなたを躾けてあげます」

「人を犬みたいに言うなぁ!!」

「ミルファ、瑠璃様を躾けるなら私が直々に体育倉庫で調きょ……げふんげふん。矯正しますわ。さぁ、瑠璃様逝きましょう」

「なぁ、『ちょうきょ……』続きはなんや? 

そや、長距離走やろ? イルファ、長距離走やと言うてーーー!!」

「いっちゃん、やりすぎはあかんで?」

「わかっておりますとも珊瑚様」

 

 

イルファ姉さんにズルズルと引っ張られながら、瑠璃様退場。

これで邪魔物(者ではないのがミソ)はいなくなりました。

さぁて、あたしも貴明様の調きょ……げふんげふん、もとい、看護をいたしましょうか!

 

長瀬のおじさまにお願いして作っていただいた、姉さんより3cm大きいこの胸で、今度はあたしが貴明様を抱きしめてあげるのです。

 

 

 

 

「貴明様。末永くお傍に置いてください」

「みっちゃんもらぶらぶやな〜」

 

 

 

 

 

えぇ、勿論。恋するメイドロボは無敵なのですよ。珊瑚様。

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

ゴメンなさい。氷砂糖さん。

20万Hitのリクエスト小説、『クマ吉メインの小説』だったはずなのに、まさかミルファメインになってしまうとは……まぁ、同一キャラだと言われればそれまでなのですが。

しかも、イルファさんを氷砂糖さんが果たして知っているかどうか……

 

 

それに、当初はヒロインに囲まれた貴明→それを偶然発見して、焦るクマ吉→クマ吉、ヒロイン達を狩ることに決定→狩りじゃーーー!! 的なギャグの予定だったのに……orz

 

 

 

 

2005年8月22日作成