あぁ、またこの季節がやってきた。
桃色の花びらが舞う、この季節に……
別に、桜に特別な思い入れがある訳じゃない。
でも、なんとなく眼が離せなくなる。
「相変わらず、ボ〜っとしてますね」
「まぁ、いつものことだと思って流してくれないか?」
「ふふっ、わかりました」
俺の隣にクスクスと笑う君が居る。
それは、桜以上に目が離せないモノ。
離したく…ない――
守りたいモノ
『にゃ〜、にゃ〜』
バカみたいに縁側で呆けていたら、いつの間にか猫に囲まれていた。
肩の上や膝の上、足元にも集まっている。
俺には猫が集まるフェロモンでも出てるのか?
「モテモテですね。 ちょっと羨ましいです」
「そうか? モテるんなら猫じゃなくて女の子にモテたいんだが」
「世の中はそう甘く出来てないんですよ」
隣に座る少女にそう言われて、俺は思わず苦笑いする。
彼女の名前は高町美由希。 俺の親友である高町恭也の妹さんだ。
普段は読書が好きな眼鏡っ子だが、御神流と呼ばれる流派の小太刀二刀剣術を習得している。
確か正式名称は『永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀剣術』だったかな。
まぁ、とにかく強いのである。
「あの、そんなに見られるとちょっと恥ずかしいです……」
「ん、悪い。 美由希ちゃんがかわいいから、つい」
前に向き直って周りの猫と戯れる。
その途中で『はぅ……そんな…でも、祐一さんとだったら……』とか聞こえてきたけど、聞かなかったことにした。
はぁ、今日もいい天気だなぁ。 美由希ちゃんの思考もいい感じで暴走してるし。
「随分と猫に懐かれているな。 祐一」
「まあな。 基本的に猫は好きだから嫌な気はしない」
いつの間にか、俺の背後に恭也が立っていた。
美由希ちゃんといい恭也といい、高町家の人々は気配を消して近づくのが習慣なのか?
この前も知らない間に桃子さんが隣でお茶を飲んでいたし。
……なのはちゃんは同じようになりませんように。
「……何か失礼なことを考えていないか?」
「いえ、全く、一切、これっぽちも考えておりません」
その問いに即答するが、恭也はジト目で睨んでくる。
ちっ、相変わらず勘が鋭いヤツだ。
その勘を俺に使ってないで別のことに使いやがれ。
「ところで、美由希の奴はまたか?」
「ああ。 つーか、前からあんな感じだったっけ?」
「いや、あんな風になったのはお前が帰ってきてからだぞ」
視線の先には、赤くなった頬に手を当てていやんいやんと首を振っている美由希ちゃんが居る。
見ているのが俺達だけだから良いものの、他の人が見ていたら絶対に引く。
さて、どうやってアレを鎮めようかなぁ。
「それで、そろそろ行った方がいいんじゃないか? 1時から月村さんとデートなんだろ?」
「なに、もうそんな時間なのか………って、何でお前が知ってるんだっ!?」
「桃子さんが手当たり次第に言いふらしてたけど」
そう言った途端、恭也は風のようにどこかへ走り去っていった。
今頃、口止めをしても遅いと思うんだけど。
ま、そういう云々無しで止めようとしているんだろう。
「さてと、そろそろ止めるか」
懐から取り出したゴム毬を投げて周りに居る猫達を退かせ、未だに思考を暴走させている美由希ちゃんにゆっくりと近づく。
本来なら気付かれているだろうが、今の彼女は自分の中で神話を創造しているから無問題。
なんとなく悪役っぽいなとか思いながら、俺はそっと耳に息を吹き掛けた。
「ひゃあっ!」
ビクンと躰を震わせて、美由希ちゃんはかわいらしい声を上げた。
ふむ、やはり一番効果があるのはこれか。
「な、何をするんですかぁっ!?」
「何って、耳に息を吹き掛けただけだ。 暴走を鎮めるのにはこれが一番だからな」
「うぅぅ……私、暴走なんてしてません……」
絶対に暴走してました。
まぁ、他人じゃないとわからないことがあるからな。
つーか、涙を浮かべて上目使いで見るのは反則ですから止めてください。
いや、可愛いから理性が飛びそうなんです。
「まったく、本当に御神の剣士なのか? 近づいていたのも全然気付かなかったし」
「ゔっ! で、でも、祐一さんより強いことは確かですっ!」
美由希ちゃんは慌てふためきながら必死になって弁解する。
でも、いくら強くても不意打ちに弱かったらダメだと思った。
だって、最初の一撃で相手の動きを封じてしまえば後は簡単なんだし。
「いくら強くてもこれじゃあ………ねぇ?」
「うぅぅ……」
美由希ちゃんは背中に暗いモノを背負って俯いてしまう。
ちょっとからかい過ぎたか?
「どうせ、私なんか料理が下手でドジで眼鏡ですよぅ」
「いや、眼鏡は関係無いと思うぞ」
それと、ドジっ子は至宝です。
何せ、最近はドジっ子なんて見なくなってきたし。
しかも、眼鏡っ子でドジっ子なんてA.T.フィールドで守らないといけないくらい希少なのだ。
そういう意味で、美由希ちゃんは国の天然記念物級にレアなのですよ。
「大丈夫。 俺は美由希ちゃんのいい所を知ってるから」
「例えば?」
「美少女、眼鏡っ子、そこら辺の男なんかより百倍強い」
とりあえずパッと浮かんだことを言ってみると、少し複雑そうな顔をされた。
まぁ、自分が強いって言われてもそんなに嬉しくないだろうな。 女の子なんだし。
「ま、とにかく自信を持ちなさい。 少なくとも俺は可愛いと思うから」
「あ、ありがとうございます」
うぐっ、そんな上気した顔で上目使いなんて反則技を何度も使わないでくれ。
理性が飛びそう……と言うか、飛んだ。
「きゃっ! ゆ、祐一さんっ!?」
腕の中で何か言っているが無視。
ここまで来たらブレーキなんて効かない。
ギュッと、抱きしめる腕により力を込める。
「祐一さん……」
こんなことをしたら暴れられた後で嫌われると思っていた。
だけど、それは無意味なことだったのだと今更になって気付く。
――だって、彼女の手が背中に回されたから。
「………」
「………」
しばし無言のまま、まるで時が止まったかのように俺達は抱き合う。
心臓の鼓動が五月蝿いと思うくらい聞こえてくる。
きっと、これは美由希ちゃんにも聞こえているだろう。
「すごく…ドキドキしてますね」
「……こんなことをしたのは初めてだから」
「初めて、ですか。 みんなにこのことを誇ってもいいですか?」
「そんな恥ずかしいことはしないでくれ」
何だろう。 この妙な雰囲気は。
おかしいと思うほど変な感じがするけど、酷く落ち着いている。
躰はこんなにも熱くなっていると言うのに、頭は氷水を掛けたように冷静だ。
この感じ……どこかで――いや、今はそんなことを考える時じゃないかった。
「なぁ、嫌じゃないのか? いきなり男に抱きしめられたら、普通は逃げようとするもんじゃないのか?」
「そんなことしませんよ。 相手は祐一さんなんですから」
「それはどういう理屈だ?」
「秘密です」
腕の中でクスクスと笑う美由希ちゃんに少しだけムッとする。
何故だか負けたようで、ちょっと悔しい。
そんなことを思っていると、彼女の手がポンポンと背中を軽く叩く。
どうしてそんなことをするのかわからないけど、すごく安心する。
張り詰めていたモノが解されるような、そんな感じ。
「無理しちゃいけませんよ」
「そんなつもりは無いんだがな」
「誤魔化したってダメです。 こっちに帰ってきてからずっと気を張ってるじゃないですか」
「ゔっ……」
ば、バレていたのか。
まぁ、気配とか探るのは美由希ちゃんや恭也の方が上手そうだし、バレるのも当たり前か。
「そういえば、どうしてそんなに気を張ってるんですか? 別に何かある訳でもないのに」
「そ、それは……」
正直、言いたくない。 言ってしまえば、色々と大変なことになりそうだし。
しかし、美由希ちゃんは教えてほしいって目で見てくる。 捨てられそうな子犬のような目で見てくる。
……言えない。 教えられない、なんて絶対に言えないっ!
そう決心して、言おうとした所で――
「祐一ぃ! どこなんだぉおおおおっ!!」
――そんな絶叫が、辺りに響き渡った。
「………」
「……まぁ、簡単に説明すると追われてるんだ、俺」
抱きしめていた腕を離して、すぐに恭也の部屋に荷物を取りに行く。
もはや家族と化しているので、泊まったりすることなんてよくあること。
昨日も、必要な荷物を持って高町家に泊まりに来ていたのだ。
もっとも、部屋が足りないからここに寝泊りしているのだけど。
「財布よし、携帯電話よし、サバイバルナイフよし、囮用風船よし、妨害電波発生装置よし」
なんか最後に行くほど物騒になっていく気がするが、気にしない方向で。
これは戦争なのだ。 名雪達と俺の貞操を賭けた戦争。
捕まれば犯される。 逃げ切れば自由の身になれる。
いい加減に諦めてくれるとありがたいんだが、そう簡単に諦めてはくれないだろう。
何せ、かれこれ2ヶ月は続いているから。
「ゆ、祐一さん?」
「美由希ちゃん、みんなに――特に桃子さんには念入りに謝っておいてくれ。 今度の新作ケーキを試食するって約束してしまったから」
早く逃げないとここにも被害が及んでしまうかもしれない。
ここは俺にとって大切な人達が住んでいる場所。 なるべく迷惑は掛けたくない。
さて、今度はどこへ逃げようか。
桜が一年中咲いている辺境の島にでも行ってみるかな。
きっと簡単には見つからないだろうし。
「……嫌です」
素早く部屋を出ようとした時、美由希ちゃんに服の裾を掴まれた。
い、嫌って何がですかい? つーか、涙を目に浮かべないでください。
激しく罪悪感が湧き上がってくるじゃないですか。
「私も一緒に行きます」
「は?」
開いた口が塞がらないってこういう時を言うんだろうなと、鈍くなった思考で思う。
何故にどうして何でそんなことになるですか?
これは俺の責任であって、貴方は一切関係ないので来なくてもいいのですことよ?
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! 何で美由希ちゃんが――」
「もう嫌なんです。 やっと会えたのに、また待ち続けるなんて……!」
口を真一文字にして、断固として譲らないと態度で表している美由希ちゃん。
よく見ると、小太刀やら飛針などを装着している。 つまり、完全武装形態だ。
何と闘うつもりだ、君は。
「……本当に付いて来るつもりなのか?」
「はい。 断られたって武力行使してでも付いて行きます」
そんなことを言う彼女の目は本気で、ここで頷かなかったらボコボコにされるだろう。
いや、ボコボコにはされないが多少のケガはするだろう。 俺が。
せめて恭也か桃子さんが居てくれたら……桃子さんは助長するよな。
『二人で愛の逃避行してきなさい』とでも言われそうだ。
「お母さんには許可を得てます。 『いっそのこと、二人で愛の逃避行でもしてきなさい』って」
何で考えてたことと同じなのさ?
ゴッド、もはや逃げ道は断たれたと思ってよろしいのでしょうか?
いや、名雪達に捕まるよりかは遥かに良いですけど。
「恭ちゃんも『まぁ、がんばってこい』って言ってくれましたし」
「ブルータス、お前もか……」
短い友情だったな、恭也。
と言うか、いつの間に連絡を取ったんだ?
「……まぁいいや。 とりあえず行こう」
「付いて行っても良いんですねっ!?」
「断っても付いてくるって言ったのはそっちだろ? その代わり、隠密行動を心がけてくれ」
「はいっ!」
なんか美由希ちゃんの気合が150くらいにまで上がっている。
精神コマンド『気迫』を二回使ったのか? その前に覚えているのか?
ふっ、どうやら思考回路がおかしくなっているようだ。
ちなみに、俺は斬艦刀を振るうあの人を尊敬しております。 格好良過ぎですから。
「それじゃ、早く行きましょう。 もしかしたら関係ない人達に迷惑が掛かっているかもしれませんし」
「ああ」
見つからないように裏口から外へ出る。
まったく、どうしてあそこまで必死に追いかけてくるんだろう。
まぁ、今はどうだっていい。 関係ない人々に迷惑が掛からないようにしておかないと。
プルルルルッ!
『もしもし? 何ですか?』
「香里、周りに迷惑を掛けないように抑えておいてくれないか?」
『わかりました。 と言うより、最初からその気です』
「助かる。 それじゃ、あんまり話すとあいつらが気付くかもしれないから切るぞ」
『はい。 お気を付けて』
ピッと携帯電話を切って、再び懐にしまう。
やっぱり香里に敬語で話されると違和感バリバリだな。 まぁ、そうでもしないとバレそうだし。
実を言うと、暴走しているのは名雪と真琴、舞に栞、そしてあゆの5人だけ。
香里と天野、佐祐理さんはあちらに居ながらも俺の手助けをしてくれている。
内部から色々と妨害工作をしているらしい。 ちなみに、秋子さんは誰も気付かない所で暗躍しているんだとか。
本当にあの人は何者ですか?
「つーか、何も聞かないのか?」
「聞きません。 と言うか、何を聞くんですか?」
「何で追われているのかとか、誰に追われているかとか。 色々あると思うが」
「気にはなります。 だけど、そんなことよりも祐一さんを守ることが大切なんです」
急激に血が顔に集まっていくのがよくわかる。
……そんなの、反則だ。
そんなこと言われたら、胸が熱くなってしまうじゃないか。
「どうかしましたか?」
「……守ってくれるのは嬉しいけど、君に俺が守りきれるかな?」
「守りきってみせますよ。 だって、御神の剣は大切なモノを守る時が一番強いんですから」
「……そっか」
心配ご無用ってことか。 でも、大切なモノって言われるのが少し恥ずかしい。
美由希ちゃんは自分の発言を理解しているのだろうか。
だって、聞きようによっては告白してるのと変わらないぞ。
「う〜ん、どこに行きましょうか? やっぱり辺境の地って感じな所ですかね?」
「いや、灯台下暗しって言うし、一回行った所にまた行くっていうのも手の一つだ」
こんな会話でも、不思議と心が安らいでいく。
そうだ。 もし名雪達が諦めてくれたら、その時は彼女にこう告げよう。
君を、愛しているって……
Fin
あとがき
シ「え〜、10万Hit記念と言うことなのでリクに応じたSSを書いてみました〜」
祐「『祐一×他作品なSS』とのことでしたので、今回は『Kanon×とらいあんぐるハート3』風味にしたそうです」
シ「と言う訳でっ! ヒロインの高町美由希さん、どうぞ〜♪」
美「な、なんか妙に緊張しますね」
祐「慣れろ。 俺も初めはそうだった」
シ「なんかほのぼのからシリアスっぽくなってギャグになってまたちょっとシリアスってどういうことだっ!?」
美「いきなり何を言ってるんですかっ!? しかもワンブレスで言い切ったっ!?」
祐「てか、自分で書いたもんだろうが。 美由希ちゃんも論点がズレてる」
シ「さて、補足説明に行きますか。 祐一君が元々住んでいた所が海鳴市で高町家とは家族での付き合いが多いです。
ンで、祐一君は水瀬家に居ると貞操が危険と悟り、秋子さんの協力も得て脱走。
そして、名雪さん達に追われる日々を続けて海鳴市に帰ってきたという訳なのです」
祐「無駄に設定だけはあるな。 どうせ使ってないのに」
美「もう少し活用してもいいと思うんですけど」
シ「喧しい。 ちなみに、個人的には最後の祐一君が心の内で言った言葉がツボです」
美「よくあんな恥ずかしい台詞を書けますね」
シ「書いてる時はテンション高いからねぇ。 後で読み返して恥ずかしがるなんてよくあることさ」
祐「前なんか昔に書いたSSを読んで激しく凹んだそうだな」
シ「……まぁ、すっごいこと書いてるなぁとか思ったんです」
美「それでは、収拾がつかなくなってきたので、この辺りであとがきを終了します」
シ「ではでは、読んでくださった方、ありがとうございました〜♪」
<完成日:05年5月13日>