魔法青年相沢祐一 ねくすて
67幕『日々平穏』












12月6日

「ここが海鳴大学のキャンパスか」

海鳴市にやってきて3日目、俺は恭也さんに連れられて街の案内を受けていた。狙われているとはいえ、こもりきりは身体に悪いし、ここへ来た名目である進路のこともあったためだ。
リンディさんから街を出るような遠出さえしなければ昼間なら外出してもよいと許可はもらってあるし、家でやる事といえば机に向かって参考書を開くことくらいだ。
ぶっちゃければそれに加えて、局員のみんなとクロノをからかうことも最近の日課だったが、最近はクロノも慣れたせいもあり、からかうのも飽きた。
刺激が欲しいと思っていた俺には恭也さんの提案は正に渡りに船だった。

「あまりはしゃぐな。許可は貰ったとはいえ部外者なんだから」

右へ左へと視線を巡らせている俺をたしなめる恭也さん。
初対面の印象のせいで案内のガイド(最初なのはちゃんが案内してくれると言っていたが、小学校の為泣く泣く断念していた、見事な女泣きだった)は断られるかなと遠慮していたのだが、まさか恭也さんの方から提案をしてきてくれるとは思ってもみなかった。
それだけではなく、こうして飛び込みで見学をさせてもらえるようにわざわざ大学側にもかけあってもらったのも恭也さんである。
妹が関わると鬼のように恐いだけで、本当は気遣い溢れた優しい人なのだろう。
こんな大人な男性にはただただ憧れるな……シスコンの部分以外は、だが。

「ところでここへ進学するなら、どの学科に進みたいというのは決めてあるのか?」
「それは……」

恭也さんの質問にパンフレットの中に書いてあった学科の名前を思い浮かべる。
案内パンフレットには様々な学科の文字が躍っており、どんな勉強がしたいと言っても、ここで学べないものはないだろう。
だがそのどれもが俺を惹き付けない。
興味のそそられる分野がなかったわけじゃない。
ただ不安を感じてしまうのだ。
例えそれが小さなものでも、一生に関わる問題に妥協はしたくない。
だから俺にはこの時期にも関わらず、盲信する宗教のように一生を賭ける覚悟のある進路が見つかっていなかった。

「そうだなぁ、教師、ですね」

でもそれがなんだか悪いことに思えて、俺は先程見たパンフレットの中では一番興味を持てた教育学部の名前を挙げていた。

「教師か、次第点だな」
「?」
「なのはを嫁にやるんだから、最低でもそれくらいの職にはついてもらわないと」

え? なんでそんな話?

「だが忘れるな? 俺はまだ祐一を認めたわけじゃない。
なのはに何かあったら、例えそれが祐一のせいでなくとも斬る」

……高町一家とこれからも付き合っていけるか自信がなくなってきた。

「物を教えるだけなら誰にでもできる。
だがそれを正しく使わせるように教えるのは並大抵ではできないことだ。
俺を認めさせたいなら、せめてそれくらいはやってもらわないとな」
「……」

もしかしたら、口で言う以上に恭也さんは俺のことを認めてくれているのかもしれない。
恭也さんの言葉にはそれを感じさせてくれるだけの重みがあるような、そんな気がして、だからこそ半ば口から出任せで答えてしまった自分に自己嫌悪して。
闇の書のこともそうだけど、こちらも真剣に考えていかなきゃいけないなと、改めて決意をかためた俺だった。












「あ、恭也、ここにいたんだ?」

見学を終えて、帰り道。校門付近に差し掛かると、後ろから紫色の髪をした女性がこちらに駆け寄ってきた。
恭也さんの名前を呼んでいたから、恭也さん関連の友人だろうかと、恭也さんの方を見ると、一言、「彼女だ」との簡潔なお答え。
女の人は目の前まで来ると、俺の方を見てから怪訝そうな表情で恭也さんの方を見る。
恭也さんが一言「友人だ」と答えると合点のいったようで、こちらに笑みを浮かべた。

「こんにちは、私は月村忍。恭也の彼女をやってるの。よろしくね」
「あ、相沢祐一です。恭也さんの友人を昨日からさせてもらってます」
「ごめんね。恭也が見たことない男の子と一緒にいるってことが珍しくってね。
 また変なちょっかいでも受けてるのかなって警戒しちゃったの」
「あ、いえ。恭也さんって男の友達、少ないんですか?」
「そりゃあねぇ。高校の頃はもっと酷かったんだから、聞いたら祐一君も友達辞めたくなるかもよ?」
「それは大丈夫だ、祐一から俺と同じ匂いを感じるからな」

同じ匂いって、暗殺者的な匂いということだろうか。
さすがにそれは同意しかねるぞ。ほら俺って虫も殺せないから。

「あー……うん、なんかわかるかな。恭也に似たところありそう」
「月村さんまで、そんなに俺って危険な香りします?」
「ぷっ、やっぱり似てる。それと私のことは下で呼んでいいわよ」
「は、はぁ……?」

真剣に聞いたつもりだったのだが、忍さんは吹き出した表情でくすくすと笑い続ける。
恭也さんの方を見るとこちらも苦笑いをした後、そういうところが俺に似てるんだと思うぞと肩を叩かれた。
余計に意味がわからなくなった。

「そうそう、二人ともこれで帰りよね、よかったら家まで送るけど?」

そうやってひとしきり笑われた後、忍さんがこう提案してきてくれた。
大学見学も終え、特に寄りたい場所もない。ここから居候しているリンディさんの家まで決して近くないことも含め、ありがたい提案だった。

「だけどいいんですか? 俺、思いっきり馬に蹴られそうなんですけど」
「気にしない気にしない。彼氏の友達をぞんざいに扱うつもりはないし、そんなことしたら恭也は怒ると思う」
「そういうことだ。それにここから一人で無事に家に帰れるとは思えないしな」

それは先程あったトイレを探して大学中を彷徨って、半ば迷子になってしまったことの話だろうか。
さすがにあれは尿意に夢中だっただけで、普段はしっかりしていると思いたいのだが。

「まあ、そういうことなら、よろしくお願いします」
「決まりね。あと祐一君、心配しなくてもいいわよ」
「はい?」
「あなたの言うお馬さん、もう一人増える予定だから」
「……わぁお、お金もちぃ」

俺が聞き返すと、ちょうどブレーキをかけて目の前に止まったリムジンをバックに、忍さんは笑って言った。










「ちょっと待っててね」

リムジンが止まった場所は高町家でもリンディさんのマンションの前でもなく、人が住むにはあまり似つかわしくない大きな建物の前だった。
白を基調とした小奇麗な佇まいにガラス張りの壁面からは多数の棚と、その中に収められている様々な本が透けて見える。どうやら図書館のようだった。
ここも勉強する環境にはちょうど良さそうだ。後で道順を教えてもらおう。

「何か本でも借りるのか?」
「ううん、すずかを迎えに来たの。ちょっと遅くなっちゃうけどごめんね」

徒歩でかかる時間と比べれば人一人を待つ時間なんて微々たるものだ。
元々が忍さんの厚意に甘えているのだし、謝られる要素はない。
恭也さんも同じような考えなのか、謝らなくていいと忍さんに答えていた。

「お姉ちゃん、待たせちゃった?」

リムジン内で待機すること数分、こんこんと窓を叩く音に忍さんがパワーウィンドウを開くと、忍さんと同じ紫の髪に白い制服を着た小学生くらいの女の子が顔を覗かせた。

「すずかちゃん、こんにちは」
「恭也さん、こんにちは。それと……」
「相沢祐一、恭也さんの知り合いだ。呼び方は相沢さんでも祐ちゃんでもお兄ちゃんでも好きに呼んでくれ」

こちらを見てきたので軽く自己紹介をすると、彼女は俺の名前に覚えがあるのだろうか合点のいった表情をしていた。

「もしかして、なのはちゃんの言ってた、『あの』相沢祐一さんですか?」
「どの相沢祐一だかは知らんが、なのはちゃんと友達付き合いはさせてもらっている相沢祐一だな」
「やっぱり! 私、すずかと言います。なのはちゃんからいつも話は聞いてました」
「ああ、よろしく」

やはり恭也さんと忍さんが恋人同士なのだから、家族同士の付き合いも深いのだろう。なのはちゃんから俺の話をすずかちゃんが聞いていたとしてもなんら不思議ではない。
何を言われているのかは相変わらず不安ではあるが、すずかちゃんには友好的な対応をされていると思うから悪いことは吹聴されてはいないだろう。

「会ってみたかったのですごく光栄です。なのはちゃんがすごくベタ褒めしてて、一体どんな人なんだろうって」
「そんなに褒められるほど上等な人間じゃないが」

……ここまで好評価だと逆に何を言ったんだろう。なのはちゃん。

「寂しい?」
「ばか、そんなわけないだろ。ただなのはが身内だけじゃなく、友達にも誇れる人物と知り合えたことが嬉しいだけさ」
「ふーん、そんなになのはちゃんや祐一君のことばかり考えてると、彼女としてはちょっとジェラシーかも」
「……そうだったな。すまん。これからは忍のこともちゃんと考えるよ」
「あ、いや、急に真面目になられても」

恭也さんの台詞に顔を真っ赤にしている忍さん。
おいおい、甘いのはリンディさんのお茶だけで十分ですよ。しばらくあたるだけで糖尿病になりそうだ。
すずかちゃんの方を見れば、平然とこの光景をみていた。
女の子は甘いものに強いのか、それともこれが日常茶飯事のことなのか。
思いっきり後者っぽいなぁ……

「恭也様、本日はどちらへお送りすればよろしいのでしょうか?」

そんな甘ったるい空気を入れ替えてくれたのは運転席に座るメイドさんだった。
ナイスだメイドさん。お礼にさっき恭也さんに教えてもらった美味しい鯛焼きを奢ってやろう。

「それはまたいつかの機会に。それで恭也様?」
「今日は翠屋にお願いできますか? ノエルさん」
「かしこまりました」

眉一つ動かさずに淡々と用件だけ聞くと、運転に集中するメイドさん。
今さらりと考えていたことが読まれていた気がするけどそんなことはなかったぜ。
心を読むメイドなんてあいつ一人で十分だ。

「翠屋?」

そんなことよりもまずは初めて聞く単語の意味を知る方が有意義で大切だ。
普通なら恭也さんに質問するのが常なんだが、あの余韻の残ってる中で無粋な質問はしたくないし、する気も起きないのですずかちゃんに尋ねることにする。

「なのはちゃんのご両親が経営してる喫茶店です。
 桃子さんが作るお菓子がとっても美味しくて、女の子に大人気なんです」

ということは、恭也さんは翠屋の手伝いに行くのか。

「悪いな、祐一を家まで送るように言っておくから、一人で帰れるか?」
「俺も一緒に行っていいか? 人気の喫茶店だっていうし、リンディさん達にお土産を買っていこうかなって」

仕事でずっと中に詰めっきりの局員もいるし、買っていけば喜んでくれるはずだ。

「私も今日は翠屋で転校生の歓迎会をやるって、アリサちゃんが言ってたので」

転校生と聞くと、今朝、真新しい制服に身を包んで俺に見せに来たフェイトちゃんの姿が思い浮かぶ。
すずかちゃんとなのはちゃんは友達だし、きっとその転校生というのはフェイトちゃんのことだろう。

「それなら私もお手伝いしていこうかな? ……ついでに悪い虫も叩き潰せるしネ

最後の一言がなんか怖いです。忍さん。

「なんだ、じゃあ全員じゃないか」
「そういうことでノエル。帰りは連絡をするわ」
「かしこまりました」

メイドさんは振り返らずに一言だけ返して、ハンドルを切る。
俺はまだ見ぬ翠屋への期待に思いを馳せながら、ふかふかの座席に歩き疲れた身体を埋めたのだった。












「ただいま」

先頭の恭也さんがドアを開けると、来客を告げる鈴が鳴る。
それにしても喫茶店に入ってただいまというのは中々シュールな光景だ。
先生の事をお母さんって呼ぶくらいシュールだ。

「おかえりなさい、あら、大所帯ね」
「忍に送ってもらったらこっちにも来たいって。あと祐一も連れてきてる」
「こんばんは、桃子さん」
「あらあら、私のことはお母さんでいいっていつも言ってるのに」
「あはは、まだ早いですよ。まだ」

早々にエプロンを付け仕事に入ってしまった恭也さんと、桃子さんと世間話に花を咲かせてしまった忍さんを傍目に、手持ち無沙汰になる俺とすずかちゃん。
まずは座れる席を確保しようとフロアを見渡していると。

「すずかちゃーん! 祐一さーん! こっちー!」

呼ばれた方を見ると、なのはちゃんが席を立ってこちらに手招きしている姿が見えた。
少し視線を下に移せば、周りをちらちらと見ながら恥ずかしそうに俯いてるフェイトちゃんと、こちらをじっと見ている金髪の女の子がいる。
想像通り、転校生はフェイトちゃんのことだったか。
すずかちゃんは金髪の子の隣に座り、俺はフェイトちゃんとなのはちゃんに詰めてもらって座る。
4人がけのテーブルで5人は少し手狭で時折体が密着してしまうが、4人が小柄なためか、そこまで不便には感じられない。

「祐一さん、いつの間にすずかちゃんと知り合いになってたんですか?」
「忍さんの車に乗せてもらってきてな。そこで知り合ったんだ」
「へえ……あ、二人とも何か飲むよね。お兄ちゃーん! ちゅーもーん!」

なのはちゃんがこっちへ歩いてきた恭也さんを呼び止める。
さっきはまじまじと見なかったが、結構似合っていると思う。
ぶっちゃければ似合わないと思ってたのになかなかどうしてだろうか。
恭也さんに俺はコーヒー、すずかちゃんは紅茶を注文し、改めて店内を見渡す。
百花屋とは違って落ち着いた雰囲気を持った喫茶店だと思う。
百花屋では落ち着けた記憶があまりなかったせいかもしれないが。
どちらかといえば一人で飲むのが好きな俺からすれば、落ち着いた雰囲気は最適な環境だ。自習や、何かに行き詰った時にはここに来てゆっくりするのもいいかもしれない。
まあ、それは味がよければの前提の話ではあるが、すずかちゃんが太鼓判を押しているのだから味に関して心配はいらないだろう。

「普段はなのはちゃんも手伝いをするのか?」
「はい、お店の値札は私が作っているんですよ。」
「お店の手伝いのおかげか、算数にも強いよね。なのはちゃん」
「なるほどねぇ、なのはちゃんとはそれなりに付き合いをしていたつもりだったけど、全然知らなかったんだな」

今思えばなのはちゃんが俺のことを尋ねることはあったけど、俺がなのはちゃんのことを尋ねたことはあまりなかった気がする。

「そーいうのは、これから知っていけばいいと思いますよ」

そーいうものだろうか。これからはもう少し人に興味を持つようにしよう。
そうこうしているうちに注文した品物が運ばれてきた。
俺のコーヒーと、すずかちゃんの紅茶に、ショートケーキが二切れ。
ケーキなんて頼んだかと、恭也さんを見れば――

「母さんからのサービスさ」

――ということらしい。
厚意は何も言わずに黙って受け取っておくのが紳士のあり方だ。俺がついさっき決めた定義だが。
早速コーヒーをすする。む、美味い。
配合や淹れ方にこだわりがあるのか、ブラックでも飲みやすくできている。
知識のない俺にはどこがどうとかはさっぱりだが、それでも普通に淹れたコーヒーはこんなに深い味がしないことくらいはわかる。
これならミルクや砂糖を入れれば子供でも飲めそうだな。あまり子供がコーヒーを飲むのは感心しないが。
続けてケーキにフォークを入れると、生地が柔らかくできているためか、簡単に切れた。口に入れると、ほのかながらもしっかりと主張した甘み。これもまたレベルが高い。
そして何より、技術云々ではなく、客に美味しく食べてもらいたいという気持ちがこの二品には溢れていると思う。
掛け値なんてない。この店は本物だ。

「ううむ、美味すぎて、褒め言葉が見つからん」
「そうね、確かになのはの店のケーキは絶品だわ。
 うちのパティシエでもここまでの味を出せるのはなかなかいないもの」

コーヒーとケーキに舌鼓を打っていると、対角線からの声。
さっきじっとこちらを見ていた金髪の子のものだ。

「うん、うちにもいないよ。ここまで美味しいケーキを作れる人」
「えへへ、そんな風に言わないでよ。照れちゃうじゃない」
「別になのはを褒めたつもりはないんだけどね。
 ……で、あたしの紹介はまだなのかしら? なのは」
「んぐ!?」

てれてれとしながらケーキを頬張ったなのはちゃんが喉を詰まらせる。
フェイトちゃんがさっと水を差し出すと、一気に飲み干してしまった。

「や、やだなぁ。忘れてなんてないよ。忘れてなんて」
「別に『忘れてたの?』とは言ってないんだけどね」
「う……」

見事に言いくるめられているなのはちゃん。
こいつできる。俺のボケ魂に火が点きそうだ。

「アリサ・バニングスよ」
「スコール・スティナイトだ。スコールとでも呼んでくれ」
「何が日本人の顔してスコールよ。さっき祐一って呼ばれてたじゃない。もしかして中二病?」

おお、即座に返ってくるまともなツッコミ。
最近ツッコミ役に回っていたことが多かった気がするせいか、新鮮だ。
俺がドMだからじゃないぞ。断じて違うからな。

「まあ、そこは冗談として、相沢祐一だ。お兄ちゃんとでも呼んでくれ」
「ええ、わかったわ。ダーリン
「……やるな」
「これくらいのスキルは淑女の嗜みよ」

更に人のボケを二倍にして返せるとは、このアリサという娘、恐るべし。
こいつとなら世界を狙える気がしてきた。

「アリサちゃんは大企業のお嬢様なんですよ」
「すずかのとこだってこの国じゃ十分大きいじゃない」

どこか得意げにジュースをすするアリサちゃん。
迎えがリムジンだったし、すずかちゃんの雰囲気からも、家がお金持ちなんだとはなんとなく察していたが、アリサちゃんもそういう類の人間だったのか。
言われれば、アリサちゃんからもそういった雰囲気が……雰囲気が……

「ふふん、本当ならあんたなんかとは絶対縁のない人間なんだから、この出会いに感謝しなさい」
「お、お嬢様っぽくねえええええっ!」
「ちょ、いきなりどういうことよっ!」

おおっと、心の声が漏れたようだ。
アリサちゃんの見た目だけならそりゃいいところ育ちなんじゃないかって思う。
だがあの天才的なツッコミとボケカウンター能力は、よく言えば親しみやすいのかもしれないが、悪く言えば佐祐理さんやすずかちゃんのようなお嬢様然とした雰囲気がこれっぽっちも感じられない。
……でも、佐祐理さんはちょっと違うか。

「それに別にお嬢様と言われても、なぁ? そういう人と縁がなかったわけじゃないし?」
「あ、そういえば、佐祐理さんもお嬢様でしたね」
「だ、誰よ? そのさゆりさんって」
「お前の言うところの絶対に縁のない類の人だ」

俺の答えに「うー」と何故か不機嫌そうにジュースをぶくぶくと吹くアリサちゃん。
こら、お行儀の悪い。そういうところがお嬢様っぽくないんだよ。

「まあ、縁というのは意外とそこら中に転がってるし、絶対に縁のない関係っていうのはないもんだぞ」
「ふーん」

これ以上不機嫌にさせるのも拙いと、誤魔化すように話を逸らす。
どこか納得いかない表情ではあったが、アリサちゃんもそれ以上の追及はしなかった。

「ああ後、アリサちゃんがお嬢様だからって俺が敬遠したりへーこらとゴマをするような人間に見えるか?」
「見えないわね。さっきの叫びからすると」

アリサちゃんが即答する。
話がスムーズに進む反面、さっきの叫びだけで、アリサちゃんの俺に対する印象が決め付けられたような気がして、ちょっぴり複雑な気分になったのは内緒だ。

「俺はなのはちゃんの友達として、アリサちゃん達とも友達になりたいって思ってる。
 だからそういう壁は作らないでくれると助かるな。そういう壁を壊して友達になるのって結構しんどいから」
「……くっさい台詞ね。それに困難があるからこそ絆が深まる! とか言いそうな顔してるくせに」

自分でもそう思う。
だけどそういう展開はあの街での皆とのエピソードでお腹一杯なんだ。

「でもま、あんたがそう言うなら、そうしようかしら?
 あたしだってお嬢様キャラ装うの疲れるしね」
「……装ってるのか?」
「今時、深窓の令嬢なんて流行らないのよ。時代はお転婆なんだから」

お嬢様キャラにどんな需要があるのかしらんが、少なくともアリサちゃんのおとなしい姿だけは想像はできないことだけはわかるな。

「なのはちゃん、私も時代に合わせてお転婆になったほうがいいのかなぁ……」
「さ、さあ……?」

いいえ、すずかちゃんはそのままの君でいて欲しいです。
アリサちゃんみたいなキャラ、一家に一人で十分だ。

「そういえばフェイトちゃん、学校はどうだった?」
「うん、みんなよくしてくれるから、楽しいよ」

嬉しそうに話すフェイトちゃん。フェイトちゃんは容姿も目立つし、あまり主張しない性格だ。
初日から苛められたりしていないか心配だったんだがそれはよかった。

「あれ? 祐一ってフェイトと知り合いだったの?
 なのはもフェイトのこと知ってたし、一体どういうことなのかしらね」

アリサちゃんの目がきらりと光る。
なかなか鋭いな。心配が先行したからとはいえ、余計なことを言ってしまったかもしれない。
だがここらへんは想定の範囲内というやつだ。

「なのはちゃんが参加していたイベントに俺とフェイトちゃんも参加していたんだ。その縁でな」

なのはちゃんは課外学習のイベントに参加するという名目で俺の街に来ていたと、リンディさんに話は聞いていたので話を合わせる。

「それはなのはからも聞いてるけど、小学生向けのイベントになんで祐一が来ているのかしら?
 もしかして小学生と程度が一緒だったとか?」

さらりとひどいことを言う。
それと目上には敬称を付けなさい。

「残念ながら、あたしは祐一を目上と認めてないの」
「さすがの俺も泣くぞ」
「男の涙は見苦しいわ。我慢しなさい。それでどうなのかしら?」
「……ボランティアだよ」

秋子さん、海鳴市って怖いです。

「ふーん、ま、それで納得しておくわ」

ああ、それで納得してくれ。できればこの話題の追求も今後はなしにしてほしいくらいだ。
アリサちゃんの眼力の前じゃ本当も嘘になりそうだ。

「さてと、そろそろあたし帰るわ。すずかも車?」
「うん」

そんなやり取りを一時間近く。お開きの言葉を口にしたのはアリサちゃんだった。窓から外を見れば、短い冬の太陽は既に頭を隠しており、暗がりと商店街の明かりが辺りを包んでいた。
俺はともかく小学生が外を出歩くには少し遅い時間だろう。

「あたしとすずかはそれぞれ車だけど、二人はどうする?
 帰るんなら送ってってあげてもいいわよ」
「わたしは帰っても一人しかいないし、もう少し残ってようかな……もしかしたら祐一さんと帰れるかもだし
「私は祐一に送ってもらうから……」
「そう……祐一、あたしの友達なんだからしっかり送りなさいよ」
「言われるまでもなくだ」

アリサちゃんに念を押されるように命令される。
だんだん下僕みたいな扱いを受けている気がするのはきっと気のせいじゃないだろう。
まあ元よりこんな時間だ。誰かがついていかなければ夜道が危険なことくらいはわかってるのだし、言われなくとも送っていくつもりではあったが。

「それと『フェイト』がいくら可愛いからって、手を出したら殺すわよ?」
「そんなことするわけないだろ! しっかり責任持って『フェイトちゃんを』送ってくさ」
「そんな、でも、『祐一と二人っきり』……手を出されるのも悪くないかも……えへへ」
「え? わた、わたしは?」
「「へ?」」

なのはちゃんの声にみんなが振り向く。

「わたしは送ってくれないんですか、そりゃ、祐一さんはフェイトちゃんと同じところに住んでるんですから一緒に帰るのは効率がいいし夜道は危険だからって理由でしぶしぶ、大事なことだから二回言いますけどしぶしぶ黙認しました、だけどだからってわたしをのけ者にするなんてあんまりだと思いませんか、そりゃわたしはなんか頭がいいからひとりで帰ってもなんとかなりそうだとか、襲われても慰謝料を露も残さないほど搾り取りそうで逆に襲う方が可哀想だとか常日頃からアリサちゃんに言われてきましたけど、だからってみんなで声を合わせてわたしをなかったことにするのはよくないと思います、いじめはんたい! いじめはんたーい!」

ここがチャンスとばかりに一息でここまで言ってのけてから、ぷぅーと膨れるなのはちゃん。
俺達のことを責めている筈なのに、全く身に覚えのない俺にとっては、こんなにまくし立てて息苦しくないのか? とか何故か冷静に心配とかしていた。

「でもなぁ、ほら、なのはちゃんは閉店まで残って家族で一緒に帰るもんだとばっかり」

俺と歩くよりも安全な上に速く着くことができるアリサちゃんの誘いを断ったんだから、どう考えても俺と一緒に帰るとは思えなかったんだが。

「う……アリサちゃん!」
「ごめんねなのは、あたしもなのはが祐一と帰りたいだなんて『露にも』思ってなかったから」

今、露にもの部分が若干強調されていたような気がしたが気のせいだろう。
俺だって露にも思ってなかったしな。

「な、なのは、翠屋が終わるまで、うちに来る……?」
「フェイトちゃん! 施しなんて……! おかーさん! ちょっとフェイトちゃんち行って来る!
「はいはい、帰るときに連絡しなさい」

尻尾でも生えてたら千切れんばかりに振り回してるんじゃなかろうか? というくらい嬉しそうななのはちゃん。
そんなにフェイトちゃんと遊びたかったのだろうか? そんなわけないか。













「あ、なのは、帰る前にあんたに言っとくことがあった」
「へ?」
「あんたの言ってた祐一って、結構興味深いわね」
「え?」
「なのはの話だけ聞いてた時は、応援してあげようかなって思ったんだけど」
「え? え?」
「話してみたら想像以上だったし、あたしもあいつが欲しくなっちゃったかも」
「え? え? えええええええっ!」
「ねぇ、なのは、略奪愛って素晴らしいって、思わない?」
「……それ、全然素晴らしくないの」









あとがき
またせたな! ・・・すみませんお待たせしました。気がついたら何日も……超遅れました(´・ω・`)
今回は翠屋で一般人の方々とのお会いするお話。
書いてて気付かん内にアリサにフラグが立ってた(書いたのはお前
次はもっと早く書きたい……


※感想、指摘、質問などございましたらBBSかmailでお願いします。



2009年10月9日作成