「随分と荒れていましたかしら〜」

「……」

 

静けさの戻った海鳴市。そのとある高層ビルの上に二つの影が浮かぶ。

一人は小柄、もう一人は小柄な影より頭一つ分抜けている。

 

「それにしても、なんであのお方はここへ来るように言ったのかしら? かしら」

「……管理局が戦っていた戦力と関係があるのかもしれない」

 

背の高い影がもう一つの影に話しかけると、興味なさげに答える小柄な影。

影達は結界を感知し、先程の激しい戦いを見ていた数少ない観客であった。

もっとも二人が入った時には既に戦いは終息に向かっており、詳しい事情までは理解できてはいなかったのであるが。

 

「それって、さっき私が戦った紫髪のデカ乳女のことかしらぁ?

そういえば、ここで管理局の狗と戦っていたわねぇ。あいつらがここを根城にしてるって? それを私達が監視して何になるのかしら〜」

「……」

 

小柄な影はそれっきり言葉を返さない。

もう一つの影はそれを自分の意見への肯定と受け取る。

小柄な影との付き合いは決して長くはないが、肯定に無言で返すことがあっても、否定の時にまでだんまりをする性分ではないということくらいは理解できるほどには彼女との仲は進展しているという自負はあった。

 

「まあいいかしら。あのお方が理由も無しに私達に無駄なことをさせるはずがないかしら。

ここに潜伏しろって言うんなら、変化があるまで日常とやらを謳歌するだけなのかしら」

「……」

 

ビル風が一時吹き止み、水平線の向こう側が明るくぼやける。

あと数刻もすれば日は昇り、この街の日常がやってくるだろう。

しかし、その日に照らされて伸びる二人の影はこの街が非日常に包まれるのもまたそう遠くない未来だと、物言わぬ街に語りかけているようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年相沢祐一 ねくすて

65幕『決断』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らないようで知っている天井だ」

 

これが天井の照明に目蓋が刺激されて、目が覚めた相沢祐一の第一声だった。

目に飛び込んできた無機質な機械的な金属板の天井を見て、ここが管理局の戦艦アースラの一部屋なのだと自己納得をすると、横たわっていたベッドから身体を起こす。

医療器具のようなものは見受けられない。どうやらここは一般の船室のようだった。

 

「祐一、目が覚めた?」

 

祐一が起き上がると、目の前にある扉が空気圧の抜ける音と共に開き、コップを被せた水差しに手ぬぐいと冷水を満たした小さな桶を載せた盆を運んできたフェイトと鉢合わせをした。

フェイトは起き上がった祐一を見ると、ほっと安堵の表情を浮かべて、盆を祐一の枕元の台へと置いた。

 

「俺は、たしかなのはちゃんを止めようとして……」

「うん、でも祐一は間に合わなくて、スターライトブレイカーの衝撃で頭を打って気絶していたの」

「……なのはちゃんは?」

「医務室で治療を受けてる最中。医者によると命に別状はないけれど、酷く消耗してるって」

「そうか、俺はまた守ることができなかったのか……」

 

祐一の脳裏に先程の戦闘の情景が思い浮かぶ。

ヴィータに攻撃されて思わず離してしまったなのは。

何者かの手が胸から生えて苦悶の表情を浮かべるなのは。

そのどちらもが自分が守ると約束した者の傷ついている姿であり、その出来事を回想すると祐一は自分の無力感に苛まれた。

 

「……」

「えっと、お水飲むよね?」

 

フェイトは部屋に備え付けの椅子を引っ張り出してベッドの横に座ると、盆の上から水差しを取り、コップになみなみと注いで祐一に渡した。

祐一は正直受け取る気にはなれなかったが、フェイトに気を遣われているということがわかっていた為、無碍に断らずに差し出されたコップを受け取る。

コップの中身を一気に煽る。受け取る気にはなれなかったのは本当だったが、極度の緊張状態と睡眠直後のせいか、酷くのどが渇いていた。

 

「祐一は気負いすぎだと思う」

 

そう口を開いたフェイトは空になったコップを受け取り、替りの水を注いで渡す。

祐一は黙ってそれを受け取ると、顔を俯かせて両手で包み込むようにそれを持った。

 

「私やアルフが敵と集中して戦うことができたのも祐一のおかげだし、祐一がいたからあの子も抑えることができた。祐一は自分の仕事を精一杯やってたって思うよ」

「それでも、俺はなのはちゃんを守れなかった」

「思い上がらないで!」

 

コップに浮かぶ水面をじっと見ていた祐一は突如あがった大声に顔を上げる。

横を見れば、眉を上げた怒りの表情のフェイト。

でもそれは純粋な怒りではなく、目尻に薄っすらと浮かぶ涙と、何かを堪えようとしている真っ赤な頬はその中に多分の心配が含まれているのだと祐一は気付いた。

 

「自分一人で何でもやらなきゃいけないなんて、自分一人のせいだって、思い込まないで。

 私だって助けにいけなかった。私だって同罪だよ!」

「でもフェイトちゃんはあの剣士を抑えてた!」

「だったら祐一はあのハンマーの子を抑えてた!

私だってなのはを守るって、絶対に守ってみせるって心の中で誓ってた!」

 

祐一の言葉に被せるようにフェイトの言葉が続く。

金属壁に反射し、声が幾重にも響き渡る。

 

「どこが違うの? ねえ、私と祐一、どこが違うの?」

 

祐一は言葉を紡げなかった。

フェイトは自分以上になのはとの付き合いが長い。そんな彼女が自分と同じ気持ちを持っていないはずがない。フェイトが祐一を責めることもできたのにそれをしなかったのは、祐一の感じた悔しい気持ちも、無力感も、なのはへの申し訳ない気持ちも、その全てをフェイトやアルフだって同じように持っている何よりもの証拠である。

わかっていたはずなのに気付けなかった。それは自分勝手でしかない。

結局のところ祐一は自分がなのはを守るということに執着しすぎて、自分一人でなのはを守っている気になっていただけだった。自分はただ白馬の王子様のような立ち位置にただ酔っていただけだったのだ。

 

「すまん、悪かった」

「私も言いすぎた。ごめん」

「あんなに前の事件は皆のおかげで、皆のおかげで、って言ってたのに。

 いざってなったら独り善がりな考えをおこしてさ。はは、ダメなやつだよな俺」

「ううん、なのはへの想いは本物だってわかってるから。

 ただ祐一は一人じゃないって、私は伝えたかっただけだよ」

「そっか、ありがとな」

 

何かが抜けたような晴れ晴れとした顔で祐一はコップの水に口を付ける。

こくりと喉を一鳴らしさせて後、コップから口を離すとフェイトの方へコップを突きつけた。

 

「飲むか? 一気にまくし立てたから喉が渇いてると思うし」

「ひぇっ?!」

 

突然向けられたコップに顔を赤くして戸惑うフェイト。

コップを向ける祐一にやましい部分はない。

それは彼女もわかっている。彼は何故かこういった方向に鈍くあり、この状況が何を意味しているのかもさっぱりわかっていないだろう。

 

でもこれって、間接キス――!!!

 

フェイトの頭の中はこれでいっぱいだった。

 

『これはチャンスよ、フェイト! ここで一発決めて、可愛く『これって間接キスじゃないかな?』って祐一にさり気なく気付かせることができれば、なのは達にも遅れをとらない……ううん、むしろリードできるわ!』

『そ、そんなこと……今すぐやっちゃえばいいんじゃないかな!!』

 

頭の中を悪魔と悪魔がひらひらと舞い踊る。

どうやらフェイトの脳内には天使はいないようである。

 

「そ、それじゃあ……」

 

ごくりと自然に唾を飲んでしまう。

そんな思惑を露とも見せずにフェイトは祐一からコップを受け取ろうと手を――

 

「相沢さん、目が覚めたようだね。よかった」

 

出そうとする前に扉を開けてクロノが入ってくる。

それに驚いたフェイトは慌てて出しかけていた手を引っ込めてた。

 

「体の調子は?」

「ああ、大した怪我じゃないからな。もう動ける」

「そうか、でも無理はしない方がいい……フェイト?」

「……なぁに? 『おにいさま』」

「な、なんか、心なしか僕への当りが強くないか?」

「別に……」

 

ふてくされた表情で兄貴分から顔を背けるフェイト。

妹分のご機嫌斜めにたじたじしているクロノ。

そんな二人の様子を見て、仲がいい兄妹だなぁとしみじみ思いながら祐一は残っていたコップの水をぐっとあおった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こほん、それでだ」

 

数分後、なんとかフェイトの機嫌を戻したクロノが咳払いをして話題の転換を図る。

 

「……」

 

訂正、フェイトの機嫌は直っていないので、無理矢理にクロノは話題転換を図る。

 

「まずは今回の事件、協力を感謝するよ」

「俺は友達を助けたかっただけだ」

「相沢さんらしいな。では本題に入るよ。今回の襲撃犯の追跡ができた」

 

クロノの報告に二人が身を固くする。

 

「結界のせいで完全にとは行かなかったが、現場検証をした結果、彼女達の魔力が転移した痕跡がなかった」

 

転移をすれば転移魔法特有の魔力の残りが必ず周囲を浮遊しているはずなのである。

それがないということは彼女達は転移魔法を使用していないということ。

つまりそれは――

 

「彼女達はなのはの世界。それも海鳴市に潜伏している可能性が非常に高い」

「なんだと?!」

 

なのはの住む街に襲撃犯がいる。

それは常になのはが狙われているということと同義である。

状況は祐一の想像以上に危険な状態にあった。

 

「よって僕たちも網を張ることにしたよ。

 上からの指示でアースラは海鳴市に拠点を置き、重点的に襲撃犯の捜索に力を入れることになった」

 

クロノの言葉に祐一は安堵する。

アースラがなのはの住む街に常駐してくれるなら、今回のような奇襲にも十分対応することができる。

自分が協力できないのは正直心苦しいが、先程フェイトにもっと皆を頼るようにと諭されたばかりである。この事件はアースラに任せ、自分は身を退こうと考えていると――

 

「それで相沢さん、もしよかったらあなたも協力してくれないだろうか?」

「うむうむ、アースラに任せておけば俺も安心して受験勉強を…………は?」

「相沢さんがいてくれれば、アースラの戦力増強にもなるからね。

 それにこのことを心配しすぎて受験勉強に影響があると困るんじゃないかな?

 ま、そうなったら君を正式に管理局に拉――げふん、歓迎するから心配はいらないけど」

 

クロノの言葉に祐一が腕を組んだ状態で固まる。

最後の言葉が不穏ではあるが、クロノの意見はもっともだ。

さっきはあんなことを言ったが、このままでは心配しすぎて受験勉強に身が入らないのは確実だということは、祐一自身が一番わかっていることであった。

それもアースラに協力をすれば憂いはなくなるし、この事件に関しては惜しみながらも諦めて身を退こうと考えていた身である。祐一に断る理由は一毛たりとも存在しなかった。

 

「俺は喜んで協力したいけど、いいのか? 住む所だって……」

「僕たちのところに住めばいい。今も叔母……の家に居候をしているのだろう?

 艦長なら喜んで部屋を提供してくれると思うよ」

 

たしかにあのリンディ艦長なら秋子さんと同じくらいの反応で了承と言いそうだよなぁ。

と祐一は心の中で納得する。それならば何も心配はない。

 

「わかった、俺も協力させてくれ。ま、秋子さんに承諾をもらわないといけないが……」

「そうか、協力に感謝するよ。正直言ってしまえば、協力してくれなかったらどうしようかと思っていたんだ」

 

祐一が承諾の意思を示すと、クロノはわかっていたとばかりに微笑む。

どうやら微塵も断られることを考えていなかったらしいその様子に苦笑いをする祐一。

そこでフェイトが静かだと気付き、フェイトの方を向く。

 

「え、祐一と同居? ……え、うそまじで?」

 

そこには小声で何かをぶつぶつと呟き、何故か顔を真っ赤にしたフェイトの姿。

まあ、『何故か』と思っているのは祐一だけで、クロノにはその原因がまるっとお見通しではあるのだが。鈍感とはやはり罪である。

 

「……まあ、フェイトもこのように大賛成してくれているわけだしね」

「賛成しているで……いいのか?」

「ふぇ、は、はい! 賛成! 大賛成!」

 

顔を真っ赤にして小声でなにやらぶつぶつと呟いていたかと思えば、急に大声を出して賛成の意志を示したりと、目まぐるしく表情を変化させるフェイト。

祐一はその様子にまたもや苦笑する。

 

「ま、そんなわけだからよろしく頼むな」

「うん、よろしく」

「あとマリーから伝言を預かっている。

 『稼動データを取りたいから、そのままデバイスは使っていていい』だそうだ」

「わかった。それじゃあ、名前を付けてやらないとな」

 

祐一は腕を組んでううむと唸る。

スペリオルブレイドもレイバルトバリアントも祐一が付けた名前ではない、デバイスに名前を付けるのは初めてのことである。そのせいもあってか、なかなか簡単に思い浮かばない。

昔付けたあだ名なんか友達が泣いて喜んだというのに、やはり人とデバイスは違うものだ。

 

「祐一、それ絶対喜んでないよ……」

「そんなまさか。くっ、昔はあだ名をつけることに関して近所でも専らの評判だったというのに……俺も老いたものだ……」

 

いっそ、太郎でいいかもしれないと祐一は若干投げやり気味に考えたが、ノイルがこのデバイスは女の子だと言っていたことを思い出し、喉の奥でぐっと押さえ込む。

 

「じゃあ、花子……って熱い! 熱い!」

「祐一、さすがにそれは怒ると思うよ……」

「ふー、ふー、というかこのデバイス、インテリジェントデバイスだったんだな」

 

突然発熱を始めたデバイスにやられた手をふうふうと息で冷ましながら新しい名前候補を考える。

そして試行錯誤で何回か祐一の手を焼いた後――

 

「よし、お前の名前はジャンヌだ! 『スペリオル・ブレイド・ジャンヌ』

 これなら文句ないだろ?」

 

祐一の世界で英雄と呼ばれている乙女の名前を付けることでは解決に至った。

ジャンヌと名づけられた彼女も喜んでいるのか、心なしか魔石の光具合が先程よりもよくなっているような印象を受ける――が。

 

「……よ、よかったね」

「ジャンヌ、いい名前じゃないか……?」

「二人とも、言いたいことがあるなら、お兄さんの目を見て言おうな?」

 

祐一は決して視線を合わせようとしない二人をじと目で諭す。

 

「俺のネーミングセンスになにか文句でも?」

「いや、難しい言葉を覚えたからって嬉々としてなんにでも使おうとしていた子供の頃を思い出しただけだから、気にしないでくれ」

「べ、別に祐一のネーミングセンスが変だとかそういうわけじゃないよ?

 ただ祐一って神様の名前とか、ラテン語とかそういうのを名前につけたがりそうだなぁって思っただけだから」

「中二病?! いつの間に発症したんだ?!」

「ちゅ、ちゅうに……?」

「あー、うん、こっちの話だ、気にしないでくれ」

 

二人に指摘され、そういえば自分の魔術の名称にも、ちょこちょことその傾向が現れているかもしれないと猛省する。

さすがに技名を漢字だけにしたり、愛する人の名前を当て字で奥義の名前にしたりはしないと自信を持って言えるが、今後は名前を付けるときに少し意識してみようかなと祐一は思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

就活忙しすぎるでござるよ。ちょっと雑かもしれん。

投稿がめちゃくちゃ溜まっててマジで焦ってます。どうしましょう。

というわけで今回は幕間ぽくちょいと短め、次回は引越し編と洒落込みたいと思っています。

あと誰か中二病の治し方を教えてください(ぁ

 

 

 

 

 

 

※感想、指摘、質問がございましたら掲示板かメールにてお願いします。

 

 

 

 

 

2009年6月2日作成