まぶしい。くらくらする。

目が覚めたわたしの意識が感じ取ったのは外の光の白さだった。

たしか、わたしは急に襲われて、戦って、負けちゃって……どうなっちゃったんだっけ?

そこでわたしは誰かの腕に抱え込まれていることに気付く。視覚はまだおぼろげだけれど、抱きしめる力の強さや、胸板の厚さから男の人だろう。

ほわほわと暖かい感触は、とても現実とは思えなくて、これは夢なんだと勝手に結論付けた。気持ちはいいんだけど、どうせなら折角の夢なんだから祐一さんに抱きしめられたかったな。

 

「……で? てめぇはこいつの仲間か?」

「似てるがちょっと違うな」

 

この声は祐一さん? もしかしてわたしの頭が願望を察知して都合のいい夢に改変してくれているの?

 

「なのはちゃんは仲間以上に、俺の大切な、大切な……」

 

わたしもう死んでもいいです。

祐一さんに抱きしめられて『俺の大切な人』って耳元で囁かれたら人生悔いないです。

夢なら一生覚めなくてもいいです。

 

「なのはちゃんは俺の大切な――」

「――友達だっ!」

 

祐一さんの言葉を遮るようにフェイトちゃんが台詞を被せてきて、わたしはこれが現実だということに気がついた。

……ちっ、邪魔が入ったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年相沢祐一  ねくすて

63幕『vsヴィータ またの名を数の暴力』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数分前>

 

「やあ、久しぶりだね。おかえり」

 

ノイルさんはリンディさんの呼び出しにすぐに応じてきてくれた。

懐かしさの中にも記憶の中の姿と全く変わっていないノイルさんは、「もう」というべきか、「まだ」というべきか、この半年という期間の長さを様々に感じ取らせてくれる。

 

「お久しぶりです。それで俺の魔石は?」

 

再会を喜びたいところだが事態が事態である。

俺が話そこそこに本題に入ると、はたから見てもわかるくらいにノイルさんが顔をしかめた。

 

「あー、それがな……」

 

歯切れのいいとは決していえない返事。感性か経験談か、嫌な予感が脳裏をよぎった。

というか、嫌な予感しかしない。

 

「レイバルト・バリアントは今ここにはないんです」

 

代わりに答えてくれたのは、深緑の髪に眼鏡をかけた白衣姿の女の子だった。

 

「ま、マリーくん?!」

「全く、言い辛いのはわかりますが、何もやましい事ではないのですから」

 

マリーと呼ばれた女の子にばっさり言われて、小さくなってるいい歳した大人のノイルさん。ああいう大人にはならないようにしないとなとはノイルさんの面子の為にも口には出さないことにしておく。

それはそうとして、どういうことなのだろうか?

 

「あ、自己紹介がまだでした。私はマリエル・アテンザ。本局でデバイスのメンテナンススタッフをしているのですが、今はノイル主任の下に出向という形でここにお世話になってます」

「あ、ども、相沢祐一です。よろしく、マリエルさん?」

「噂はノイル主任をはじめ、様々な人から聞いています。

私の方が年下ですし、マリーと気軽に呼んで下さい」

 

ぺこりとお辞儀をするマリエルさん、もといマリー。年下だったのか。

それにしても歳が近いと気が楽になる。彼女とはいい友人になれそうだ。

と、顔を綻ばせていたら、何故かフェイトちゃんにさり気なく足を踏まれた。痛い。

 

「わかった、マリー。それでバリアントがないっていうのは……?」

「心配することではないですよ。レイバルト・バリアントは現在本局の方で調整を受けているんです」

「調整?」

「レイバルト・バリアントを現環境用にアップデートする作業が主ですね。

 他にも新機能の装着作業もすると主任は言っていましたが」

 

なんと。バリアントは管理局というかアースラを信用して一任していたので、どう扱ってもらっても別段構いはしなかったが、そんなことをしていたのか……

 

「あの、主任のこと責めないであげてください。主任はいつか帰ってくる祐一さんのためにバリアントが時代遅れにならないよう、一生懸命考えた結果なんです」

 

そんな俺の気持ちを知らずか、マリーはノイルさんを庇うように言葉を並べ立てる。

 

「でもここじゃ設備が足りなくて、本局の設備を利用するしかないって、主任も苦渋の選択だったと思うんです」

「本当にすまない。言い訳になるが、調整は私のラボで私とマリーの信用の置ける人物のみでやらせているから管理局に決して情報は漏らしていない。それだけは誓う」

「気にしてません。バリアントの為を思ってしてくれたんだ。責めることなんてできない」

 

逆にノイルさんがそこまで俺のことを考えてくれていたと知ってじーんと来てしまった。

そこまで思いを貫けることは凄いことだし、俺はそんな思いを無下にはできない。

俺がそう言うと、ノイルさんは黙って頭を下げる。本当に申し訳ないという気持ちが体から滲み出ていた。

しかし困ったな。魔法の勉強をしていたとはいえ、全く触ったこともないミッドチルダ式のデバイスを使いこなせる自信は俺にはない。これじゃあまるっきり丸腰だ。

 

「いや、祐一君でも使用できるデバイスはある」

「へ?」

 

そんな俺の危惧を杞憂だとノイルさんは口を開いた。

新しいデバイス。それもミッドチルダ式ではなく、レイバルト・バリアントと同じ魔術式のデバイスだという。

 

「マリー君は天才でね。彼女は私から無理を言ってこちらに出向してきてもらっているんだ」

「そんな……主任のアイディアが素晴らしかったからこそ、提督が出向を許可してくださったんです。私も主任のアイディアが素晴らしいと思ったからこそ、無理を言って志願したわけですし」

 

つまり無理と無理が重なって道理になったということでいいのだろうか?

なんか似たもの夫婦だな。科学者というのはみんなこういうタイプなのだろうか。

 

「こほん、それでそのデバイスを早速見せていただける?

 わかっていると思うけどこちらも時間がないの。デバイスを馴らす時間もないほどにね」

「わかっている。マリー」

 

リンディさんが咳払いをして、これ以上の時間はないと話のまとめに入る。

ノイルさんがマリーを呼びつけると、マリーは白衣のポケットから魔石を一つ取り出し、俺に手渡した。

バリアントとは違う空色の魔石。

バリアントとは明らかに違う。だがこの感覚は知っている――

 

「スペリオル……ブレイド?」

「スペリオル・ブレイド?」

 

聞き覚えのない言葉に首を傾げるフェイトちゃん。

そうかフェイトちゃんは壊れた後に知り合ったから知らなかったな。

 

「スペリオル・ブレイド。俺が最初に使っていた魔石さ」

 

半年前、事件に巻き込まれた時にフィアに渡された魔石。それがスペリオル・ブレイドだ。

スコールとの戦いで真っ二つにその身を別つまで戦い続けてくれた俺の相棒。

その片身とレイジングハート、バルディッシュのデータを使って作り上げたのが、レイバルト・バリアントなのである。

 

「つまり祐一の初めてのデバイスってことかい?

 でもまたなんで、そいつからスペリオル何ちゃらの感覚がするんだい?」

「そいつがスペリオル・ブレイドの妹だからさ。その子にはスペリオル・ブレイドの再生装置が使われている」

 

なるほど、以前レイバルト・バリアントを作る際に再生装置の修理に時間がかかるといっていた。その再生装置の修復が完了したのか。

でもなんで妹なんだろうか? 弟じゃダメなのか?

 

「そりゃあ、『彼女』だからね。弟なんて呼んだら怒られてしまうよ」

「……?」

 

よくわからん。

 

「さ、そんな話は後でも出来る。早く彼女の元へ行ってあげなさい」

「はい! 行くぞ、フェイトちゃん、アルフ!」

 

隣にいる二人に声をかけて俺達は部屋から飛び出す。

無事でいてくれよ。なのはちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的な魔石の使い方はここへの移動中に教えてもらった。スペリオル・ブレイドや、レイバルト・バリアントと変わらず、使用したい魔法の名を宣言することで魔法を行使するシステム。

慣れ親しんだシステムは少し違和感がありつつも、ブランクは感じずにすんなりと扱うことができた。

問題は俺自身の戦闘の腕と、こいつの機能を使いこなせるかどうかだ。

腕に抱いている傷だらけのなのはちゃんを見る。

あのなのはちゃんがこれだけのダメージを受けている。それだけでも驚きを隠せないのに、それを行ったのは目の前にいる赤の少女――ヴィータだという。

手に持つデバイスも今まで見てきた杖形態のものとは全く異なり、どちらかといえばXシリーズに近い武器の形状をしている。

そこで思い浮かんだのは、先程助けてもらった紫髪の女性の姿。

この少女が彼女と同じような戦闘力を持っているのだとしたら、俺の再戦、こいつの初陣にはハッキリ言って荷が重すぎる相手なのは間違いない。

 

「祐一、なのはが……」

「ああ、酷くやられたみたいだな」

「祐一はなのはを守って。今の祐一が戦うにはあの子は強すぎる」

 

隣にいたフェイトちゃんが俺達の前に出てバルディッシュを構える。

フェイトちゃんとアルフがヴィータと戦闘をしている間に、なのはちゃんを安全なところまで避難させる。フェイトちゃんに戦闘を任せるのは男として情けないが、役割的にもこれがベストだろう。いくらなのはちゃんを倒すほどの実力者でも、なのはちゃんと並ぶレベルの実力者であるフェイトちゃん、アルフとの連戦なうえ、数でも勝っているのだ。

状況は俺達に圧倒的に有利に働いていた。

俺はなのはちゃんを抱いたまま、ビルの廊下へと後退する。

 

「逃がすかよ!」

「逃がさない!」

 

俺を追いかけようと動くヴィータを妨害するように、フェイトちゃんがバルディッシュを振るう。

ヴィータがそれをデバイスで受け止めると、金属音が鳴り響いた。

 

「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。

民間人への魔法攻撃による傷害罪で、あなたを拘束します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『祐一さん、状況報告お願いします』

 

物陰になのはちゃんを横に寝かせると、エイミィから念話が届いた。

 

『フェイトちゃんとアルフが敵と交戦中。俺はなのはちゃんを避難させ終わったところだ』

『了解。デバイスの調子は?』

『俺の腕でプラマイ0ってとこだな。俺にはもったいないくらいだ』

『了解しました。引き続き変化がありましたら念話で報告お願いします』

 

そこで一旦念話が切れ、別の念話が頭に入ってきた。

この声、相手はマリーだ。

 

『デバイスの調子はよさそうですね。魔石の概要の説明を行いたいのですがよろしいですか?』

『了解、よろしく頼む。マリー』

『はい、このデバイスは魔法界からもたらされた新たな魔術体系をミッドチルダ式と融合させた試験作です。基本性能はスペリオル、レイバルトの劣化ではありますが、複雑だった機能をある程度オミットしたことで、整備性の向上と互換性を高めています』

 

つまり煩雑な機能を切り捨てた基本的な量産型タイプってことだろうか?

これで一般局員にも俺が使っていたような魔法が使えるようになると思うと、嬉しい反面、なんか寂しい気持ちになるな。

 

『また彼女には「コンテナシステム」と呼ばれるものを搭載しています。

 これはユンカースを収納していた機能を簡略化したもので、デバイスに最大六つのユンカースソフトを搭載することで、ユンカースと同様の魔法を行使することが出来るといったものです』

 

なるほど、使った時の違和感はそれだったのか、と先程の魔術使用に対する違和感に納得する。

 

『ユンカースソフトの利点はオペレータとの連携で情報交換や、ソフトの転送、交換が自由に行うことができることと、回路を簡略化したことで魔法の処理速度が若干向上していることです。そのデバイスには、祐一さんの戦闘データで使用頻度の高かった、

『sword』(剣)

『shield』(盾)

『chain』(鎖)

『wing』(翼)

『fire』(炎)

『ice』(氷)

の六つを搭載していますが、現在はそれしかソフトが完成していないため、交換は出来ません。その代わりではないですが、合成魔術はここにあるソフトでできる組み合わせならあなたの魔術メモに書かれてあったものは全て使用できるようになっています』

 

どうやら先程の氷のクナイは、運良くデバイス内に入っていたユンカースソフトを言い当てたから現れたようだ。

もしも『light』なぞ宣言していたら、なのはちゃんはどうなっていたか……本当によかった。

それはそれで結果オーライとして、向こうの説明が一通り終わったようなので今度はこっちのツッコミのターンだ。

 

『なあ、とりあえず理解はしたんだが、なんでまた俺はこんな姿をしているのか説明してくれないか?』

 

変身後の俺のバリアジャケットも当然以前のものとはがらりと変わっていた。

複雑な模様が刺繍されたフリル。

腰に巻かれた大きなリボン。

と何故か、『嫌な方』に進化した防護服がそこにはあった。

唯一、幸いだったのはスカートがズボンに変わっていたところか、いや、それを有り余るくらいにマイナス要素が多すぎるけどな。

しかもこの姿で現れたはずなのに、フェイトちゃんはおろか、ヴィータにすら普通に接されたのがかなり凹むんですけど。

シリアスぶち壊しそうだから敢えてツッコミいれなかったけど、もう我慢の限界だよ!

変な目で見てよ! ねえ! おかしいって突っ込んでくれよ! ねえ?

こいつは女装好きの変態とか思われたらどうするんだよ! 責任取れよ!

 

『祐一さんは女装が趣味だと、資料で伺っていましたから』

 

頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、銀髪でメイド服を着た無表情少女の姿だった。

 

『まあまあ、女装、似合ってますよ?』

『嬉かないわ!』

 

健全な男子が女装似合っているといわれても嬉しくないわ!

ハードボイルド路線を目指そうとしている俺に、変な先入観が植え付けられるだろうが!

まあ、これは宿命として諦めるしかないのだろうか? でも諦めたらもっと酷くなりそうだから抵抗は続けていきたいと思うが。

この話は時間をかけて交渉をしようと心に誓い、話を戻すことにする。

 

『今回のオペレータは私が担当します……と言っても既に祐一さんは後退していますし、交換は出来ませんので、お仕事は特になさそうですが』

 

俺は、そうだな、と笑おうとして――

 

目の前に煙を上げながら吹き飛ばされてきたフェイトちゃんの姿を見た。

 

「フェイト!」

「くっ、あいつ、強い……」

 

目立った外傷はないが、苦しい表情をしているフェイトちゃんとそれを追いかけてくるアルフ。

おいおい、フェイトちゃんとアルフの二人がかりでも敵わないっていうのか……?

なのはちゃんを後ろに庇い、デバイスを構える。

ここまで飛ばされてきた以上、彼女は、ヴィータは、ここにやって来る!

 

「うおおおりゃああああっ!」

 

予想通り、鎚を振りかぶった体勢で、空けた穴から真っ直ぐに飛び込んでくる。

 

「フェイトちゃん! 『sword』!」

 

剣を生み出し、横から割り込むようにヴィータへ斬りつける。

 

「ちっ! この女装野郎!」

「それは誤解だ、バカやろおおっ!!」

 

鎚で剣を払いのけるヴィータ。それを気にせずに俺は細かく連撃を続ける。

鎚のような大振りの武器では細かい攻撃は捌き切れない。ヴィータはバックステップで距離を取ろうとする。

 

「あたしも忘れてもらっちゃ困るねぇ!」

 

その動きを狙っていたのか、アルフが飛び込んでくる。

バックステップ中は大抵大きな隙ができる。ヴィータも鎚でのガードはできたが、大きく後ろに弾き飛ばされた。

 

「バルディッシュ!」

Photon Lancer

 

体勢を立て直したフェイトちゃんが追撃のフォトンランサーを打ち込む。

先程のアルフの打撃で鎚を持っている両腕は弾かれ、万歳のように上がっている。

狭い室内でこれは確実に直撃コース。

だが、当たる直前で何者かが射線へ飛び込んでくると、フォトンランサーを全て弾き飛ばした。

軌道が変わった光の槍は、一つは床へ、一つは天井へと様々な方向へ飛び込み、土煙の華を咲かせる。


 

「ヴィータ、大丈夫か?」

「このくらい、どーってことねー」

「そうか、だが無茶はするな。お前が傷つけば主も悲しむ」

 

声の主はヴィータを守るように立ち塞がっていた。

右手には一本の剣。フォトンランサーを叩き斬った得物、魔剣レヴァンティン。

どうやら再会は想像以上に早く来たらしい。

 

「それと落し物だ。破損は直しておいたぞ」

「わっぷ?!」

 

ヴィータの頭に両端にうさぎ(?)を象ったワッペンの付いた帽子を被せる、紫髪の女。

敵対している俺達の前で随分な余裕だが、その動きには全く隙がない。

フェイトちゃんやアルフが動かなかった、いや動けなかったのもそれが理由だ。

いきなりやってきたこの女は一瞬でこの場を支配していた。

 

「……あ、ありがと、シグナム」

「ん、お前……?」

「よう、また会ったな」

 

あちらも俺の姿に気付いたようで、顔に驚きの表情を浮かべる。

 

「貴様、管理局の人間だったか。ならばあの場にいたことも、邪魔が入ったのも頷ける」

「あの時はまだ民間人だ。ついさっき管理局に協力することにしたからな」

「そうか、まあそんなことはどちらでもいい」

 

そう言うと、女はふふんと薄く笑う。俺もつられて口角が上がった。

 

「なあ、あの時助けてやったんだから、ここは退いてくれないか?

 今なら、その連れがなのはちゃんにしたことも見逃してやるから」

俺は無理元で彼女に停戦を申し込んでみる。

あの時のことを引き合いに出したのは、決して恩に着せるわけではなく、ただ単に口実に丁度良かったからだ。相手が目的の為に手段を選ばないのは、襲われたあの時に重々承知している。

よって俺が切れるカードはこの場で互いに総力戦で戦っても、数の差でこちらに軍配があがるだろうという戦況上有利な面のみ。

これだけでは心もとないが、相手も消耗は避けたいはず。そこにつけこむ。

 

「祐一、あいつらを捕まえなくてもいいの?」

「今はなのはちゃんを安全なところまで運ぶことの方が大事だ」

「祐一がそう言うならいいさ。何か考えるところがあるんだろ」

 

なのはちゃんを退けたヴィータも、紫髪の女もその実力は本物だ。

それに実際のところ、なのはちゃんの護衛に一人つけば、実質二対二な状況。

その上でなのはちゃんを庇いながら戦うのだから、こちらが不利だ。

ならばこのブラフを必至に通し続ける。相手に実は有利だと悟られてはならない。

 

「なあ、あの時助けてもらったってなんだ?」

「彼とは先程会っていてな。その時に――」

 

ヴィータの問いに紫髪の女はそこで言葉を止めると、顔をみるみる赤く染めた。

ん、どうしたんだ?

 

「どうした?」

「なな、なんでもない! 彼に助けてもらった。それだけだ!」

「なんだよ。そんなに顔赤くして」

「なんでもないと言っているだろう!」

「わ、わかったよ」

 

ぷりぷりと顔を赤くしたまま紫髪の女に、たじたじになるヴィータ。

おいおい、さっきの鬼神のような強さからは想像できない光景だな。

いや、普通はこんな少女がその鬼神のような強さを持っているっていう方が想像できないんだろうけど。俺? なのはちゃん達でもう慣れたわ。んなもん。

そんなこんなで向こうもなんとか落ち着いたようで、紫髪の女が口を開いた。

 

「こほん。貴様の案は確かに魅力的ではあるが、断らせてもらう」

「……理由を聞かせてもらっても?」

「我らには通さなければならない信念がある。

それに後ろの怪我人を守る為に、『民間人あがり』のお前が護衛につけば二対二だ。

一対一なら我らベルカの騎士は負けん!」

「そりゃ対した自信家で!」

 

交渉は決裂。そこからの双方の動きは早かった。

俺はなのはちゃんの背中と膝を両手で持って担ぎ上げ、戦線から離れようとする。

ヴィータと紫髪の女は俺達を止める為に動き、フェイトちゃん達はそれを邪魔するべく正面から抑え込みに行く。

剣、斧、鎚、拳。それぞれの得物がぶつかり合い、溢れ出る魔力が風になって空間を席巻する。

俺はというと、なのはちゃんを守るように抱きしめて風に飛ばされないように踏ん張る。

 

「もらったあ!」

「ぐ、『shield』」

 

あの小さな身体のどこにそんな力があるのか、ヴィータがアルフを押し返してこちらに飛び掛ってきた。

杖を背中に括り、盾を生み出して受け止めると、盾から腕へと重い衝撃が走る。

一発は耐えてくれたが、この調子で撃ちこまれ続けられたら強度がもたない。

防御一辺倒じゃダメだ。タイミングを見計らって早い段階で攻めに転じなければ。

ヴィータの扱う鎚は隙の大きい武器だったのも幸いした。俺は盾を捨て、第二撃を放とう振りかぶったヴィータの内側に思い切って飛びこむ。ゼロに近づく距離。

鎚ではこの距離は近すぎて当てることはできない。だが俺にはゼロ距離でも有効打を与えられる手段がある。

 

「『chain』!」

「っ!」

 

杖から鎖を生み出しヴィータに巻きつかせると、鎖を握り一気に締め上げる。

それにしても本当に魔石発動のディレイが短い。

そりゃ、miracleとは比べられないし、バリアントと比較しても多少短くなった程度ではあるが、その多少で攻撃を防げるかが明確に分かれる場合も多い。

ノイルさんやマリーは本当にいい仕事したと思う。

 

「この、やろ、動けねぇ……!」

 

ヴィータが抜け出そうともがくが、鎖はびくともしない。いやびくともされたら困るが。

 

「くそが!」

「こらこら、女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけないぞ?」

「うる、せぇ!」

 

反抗するように数少ない動く部位である足をじたばたさせるヴィータ。

力強く床をノックし続けると、それに合わせてビル全体も微弱に揺れている感じがする。

――おや、ビルの様子が……?

なんてどこかのポケットなモンスターが進化する時のように言ってみたが、これは拙い!

もっと早く気付くべきだった、あれだけの戦闘行為を行っておいて、このビルが無事で済んでいる訳が無い。そこに故意に衝撃を与えればどうなるかくらい、想像できないわけじゃない。

 

「フェイトちゃん、アルフ、外に脱出するぞ!」

「ど、どうしたってのさ?」

「天井が崩れる! 潰れたくなかったら真っ直ぐ外へ逃げろ!」

 

フェイトちゃん達に声をかけ、俺はレイジングハートを回収すると、ヴィータとなのはちゃんを抱えて真っ直ぐに窓の方へ移動する。

――やられた。

というか、拘束されたら建物を破壊するなんて豪快を超えて無謀すぎるだろ。

下手すれば自分や仲間も巻き込まれるのだ。ま、それゆえに誰も思い浮かばないわけだが。

 

「『wing』」

 

窓から飛び出し、翼を具現化させて空へ飛翔する。

直後に崩壊する俺達がいたフロア。

フェイトちゃんやアルフもそれぞれ別の窓から脱出に成功している。よかった。

にしてもこいつも往生際が……

 

「ありがとよ。本当は自分で脱出するつもりだったんだけど、優しいところもあるんだな」

「!」

 

締め上げていたはずの鎖が手にない。

抱え込んでいたヴィータの方を見れば拘束は外れていた。

あの騒ぎに乗じて鎖の拘束が緩むのを待っていた?

まさかここまで計算済みだったっていうのか?

 

「ま、それが温いってことなんだけど、な!」

 

ヴィータは俺の腕から抜け出し、腹部に蹴りを入れる。

吐き出される空気。なんつー馬鹿力だ。

途切れそうな意識を繋ぎとめるが、体の力が一瞬抜ける。

それが致命的だった。

それは、俺が、腕に、抱えていた。

 

「な、なのはちゃん!!」

 

もう片方の腕に抱えていたなのはちゃんが離れていく。

重力の法則に従って落ちていくなのはちゃんの体。

俺は必死に手を伸ばす……が届かない。

それはとても一瞬に見えて、俺にはとてもゆっくりに見えた。

 

「なのは!」

「うおおおおおおっ!」

「ちいっ、新手かい! 空気読めっての!」

 

アルフが追いかけようとするが、どこからともなくやってきたムキムキのお兄さんに足止めされる。フェイトちゃんは紫髪と対峙中で動けない。

そしてなのはちゃんはそのままビルの屋上へ――。

 

「あ、ああ……」

 

痛い。蹴られた腹部だけじゃない。体中が、何より心が痛い。

俺は、俺は、なのはちゃんを……

 

『祐一さん! 上です!』

 

マリーの声に上を見上げる。

目の前には武器を振りかぶるヴィータの姿。それを俺は動くこともせずにぼーっと見つめていた。

 

Blitz Action

 

瞬間移動のような素早さで紫髪を振り切ったフェイトちゃんが俺を助ける。間一髪で空を切るヴィータの攻撃。

俺にはそれがまるで他人事のように見えて、ただ為すがままにされていた。

 

「祐一、しっかりして」

「だがなのはちゃんが……」

「大丈夫、魔力は途切れてない。なのはは生きてる」

 

……なんだって? 生きてる?

あの高さから落ちて無事とは信じがたいが、フェイトちゃんがそう言っているのだから間違いはないのだろう。そして何より俺はそう信じたかった。

 

「でも怪我をしてるかも……」

「だったら尚更、早くこいつらを叩きのめさないと。

それに祐一が怪我したら私がなのはに半殺しに遭っちゃうよ」

「まさか、あの優しいなのはちゃんがそんなことする訳ないだろ?」

 

前の事件の時だって、優しすぎることに定評のある俺に諭されたくらいだ。

そんな友達を半殺しだなんて物騒な真似ができるわけがないだろ。

 

「………………わからないよ?」

 

おいおい、意味深な感じで返さないでくれよ。

なんか本当に聞こえて来るじゃないか。じょ、冗談がうまいんだから、もう。

 

「よそ見してんじゃねぇ!」

 

ヴィータがこちらへ襲い掛かってくる。

だけど、俺はもう自分の力を卑下しない。今決めた。

 

「『sword』『ice』! 合成魔法、アイシクルソード!」

 

二つの魔石の名を宣言し、剣に氷を纏わせる。

合成魔術の詠唱を簡略できるのは従来の魔石にはなかった特長だ。

あらかじめ用意した合成パターンしか行使できないのが難点だが、それでも使い勝手は格段に違う。汎用性を削り、量産性を高めた結果なのだろう。

俺は氷の剣で真っ向からヴィータの鎚を受け止める。

がきいっという鈍い音と共に合わさる双方の得物。

しかしこちらが合成魔法で剣の強度を上げても、個人のパワーの差までは埋められない。

ならば――

 

「更に『fire』! 合成魔法、ミストブレード」

 

氷の剣に炎の魔法を加える。

氷が急激に熱されることで、氷が気体に昇華し、大量の水蒸気が発生する。

直接的な戦闘能力は無く、蒸気が熱いのが玉に瑕だが、目晦ましには最適。特に初見なら効果は覿面だ。

文字通り霧の剣へと変貌したアイシクルソードが、視界を奪うもやを周囲に散布する。

 

「小賢しい真似しやがって」

 

思惑通り、ヴィータは煙に撒かれている。

今の内に距離を取って相手の間合いから離れないと――

 

「うおおおおりゃあああああっ!」

 

ヴィータが唸り声をあげると、霧が勢いよく吹き飛ばされた。

中心には鎚をぐるぐると振り回しているヴィータ。風で吹き飛ばしたのか。

 

Raketen form.

 

そのままの勢いで回転しながらこちらへ突っ込んでくる。

まずい、あれは受けられない!

 

「ラケーテン! ハンマー!」

「うわああああっ!」

 

直撃する――?!

 

 

 

 

 

Divine Shooter

 

 

 

 

 

回転して近づくヴィータに横から連続で桃色の光弾が命中する。

一発一発は弱くとも、次々と間髪を入れずに浴びせればダメージは大きくなる。

ヴィータの回転のバランスが崩れ、目掛けていた方向、つまり俺のいる方向から若干ずれて通り過ぎる。

それでもスレスレだった。危ない危ない。

にしても今の魔力弾。もしかして……

飛んできた方向、ビルの屋上を見る。

そこには――

 

 

 

「はあ、はあ、祐一さんを、怪我させる子には……お仕置きなのっ!」

 

 

 

ボロボロのバリアジャケットに、ボロボロのレイジングハートを構えた、満身創痍のなのはちゃんが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

遅れて申し訳ないです。本当ごめんよ。

落とした拍子で意識が覚醒するとかそれなんてストロングマンだよ! と思った方。あなたは正しいと思います。でもなのはさんならそれくらいやりs(SLB直撃

というわけで、今回新しいデバイスが登場しました。

コンセプト的はミッドチルダと魔法界の魔法の融合と、魔法界の魔法を時空管理局でも使えるようにする試験作的な何か。前作の祐一の使う魔石がガンダムみたいなものだとしたら、今作の魔石はシャアザクみたいな感じになると思います。

何言っているかわからない? 自分もだから気にしない。

名前はまだ付けていません。カートリッジシステム付きのスペリオルブレイド・ジェネラルとか予告では言っていた気がするというのはまったくの気のせいだ(ぁ

なんかいい名前あったらコメントください(人任せはいかんと思う

以降は用語説明的な何か。多分長い。

 

祐一の使う新魔石

ミッドチルダの魔導師が魔法界の魔法も扱えるように複雑な機能をオミットし、ミッドチルダ向けに改良した試作品。量産前提の為、スペックは前の魔石よりも数段劣るが、簡略化したため処理速度は従来のものよりも多少早い。

ユンカースソフトを使用することで、ユンカースのような魔法を使用することができる。

魔石内に貯蔵できるソフト数は6つ。

最大の特徴は転送・通信システムにあり、魔石の性能を完全に引き出す為にはデバイサー(魔導師)のほかにオペレータ(通信士)が必要になる。将来的には人工知能にオペレータを任せてしまう予定ではあるが、これは試作の上完成して間もない為、人間のオペレータが必要になっている。デバイサーはオペレータを通じて戦況の把握や索敵、ユンカースソフトの交換、転送などを行うことができる。

 

ユンカースソフト

ユンカースの能力をプログラム化し、ソフトとしてデバイスに搭載できるようにしたもの。

性能はほぼ同じか多少劣っている程度。

ちなみに合成魔術はプログラムとして作成されているもののみ使用することが可能である。(ユンカースソフトの中に合成魔術のプログラムを書き込む形)

その代わりではないが、詠唱をしなくてもよくなった。

 

オペレータ

新魔石を使用する上で重要なポジション。

主にデバイサー専用の通信士として行動する。魔石を通じて得られる情報や、戦艦からの指示をデバイサーに伝えるだけでなく、デバイサーの魔石交換などの要望などにも答えていかなければならない。

 

 

魔術説明

 

アイシクルソード 使用者:相沢祐一

『sword』『ice』の合成魔術。

文字通り、氷を纏わせた剣を生み出す魔法。

これはマリーがライトニングスラッシュやフランベルクを参考にしていたため搭載された。

 

ミストブレード 使用者:相沢祐一

『sword』『ice』『fire』の合成魔術。

氷の剣を急激に熱することで水蒸気を発生させて霧を生み出す剣。

直接的な戦闘能力は強化されていないが、目晦ましとして有効。

これは前事件時に祐一が書き記した魔術メモよりマリーが採用して生み出したものである。

魔術メモは前事件終了時に祐一から管理局に渡されたもので、祐一が使っていた全魔術と、使おうとしたが機会がなかった魔術が書かれているネタ帳のこと。

 

 

 

なんかすげぇ複雑になったわorz

 

 

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P.S.書いてて何故かマリーさんフラグが立ちそうだった。 

 

 

2009年3月9日作成