――勝利の雰囲気に居た堪れなくなって、隠れるように逃げてきた。

自分にはあの勝利の輪に入ることは出来ないってわかっていたから。

最後まで敵対していた自分にはあの輪に入ることも、元の日常に戻ることも叶わない。

だから逃げてきた。

しかし、一人になると嫌でも周りが目に入ってくる。

見える景色はあっけなく崩れる幻想の城。

どれだけの石塀を積み上げようとも、天守を上空に掲げようとも。

それは幻想、まやかしだからなのかもしれない。

崩れゆく自らの城であった要塞で、全ての首謀者たる愛知満月は思いを張り巡らせていた。

 

「あっけないのう」

「あなたは……!?」

 

進路を阻む一人の影。

満月は戦闘体制を取ろうとして、走った腕の痛みで自らの魔石は時空の彼方へと飛ばされたことと、その戦闘で利き腕をやられてしまっていたということを思い出す。

しかし影が口を開いたことで、そんな考えは必要のないものだと思い至った。

何故なら前に居る影は満月の知っている人物だったからだ。

 

「きさんはすこーしばかり調子にのりすぎたんじゃ」

 

前に居る老人口調の影は、満月を蔑するような視線を向けた。

それだけで満月は何回も殺されたかのような、ヒヤリとした感覚に陥る。

前に居る人物が、彼女とそれだけレベルが違うという何よりもの証明である。

 

「ま、でも」

 

破顔一笑。先程の厳しい視線とは打って変わり笑顔を満月に向ける。

冷や汗が止まらない満月を尻目に、影は言葉を続ける。

 

「あの子がこーまで頑張るとは思ってなかったからの。あしからしてもきさんの負けは予想外だったわけじゃ。にゃはは、まさかのいれぎゅらー? ってやつじゃ」

「……それで、あなたはわざわざこんな所まで、そんなことを言いに来たのですか?」

 

多少のイラつきを含めた声で満月は前の女性に問う。

何かにつけて回りくどい彼女のことが、満月はあまり好きになれなかった。

 

「違うにきまっとーに、そんなきさんの失敗の尻拭いじゃ。

まさかこんなにも早く行動を起こすとは思ってなかでよ」

 

尻拭い。やはりと、満月は内心で納得する。

この要塞の崩壊は祐一と満月の激突だけが原因ではなく、目の前の人物も一枚噛んでいた。

そして炙り出した私を含めた、この事件に関わった人物全員を始末に来たのだ。

そう、大切なあの人を――

 

「……やらせません。あの人達は」

 

逆腕を突き出し、構える。

逃げられないなら、戦えないなら、彼らだけでも生かす。それが満月の彼らへの精一杯の謝罪だった。

 

「あしを止めるゆーかね。全快ならともかく、今のきさんに止められると?」

「止められなくとも時間くらい稼いで見せますわ。私のプライドに賭けて」

「おもしろいじゃにーの。なんでそこまで敵の肩を持つ?」

「教えてくれたんですの」

 

ぱきぱきと指の関節を鳴らす影。

そこには仲間内の手加減などという言葉は微塵も感じ取れない。

満月は魔力を練り、影は魔力を腕へと溜める。

 

「――どんな時でも諦めないってことを」

 

 

――祐一さん、次の世では、もっといい仲になれるといいですね。

 

言葉で一言、心で一念。

満月は目の前の影に吶喊した。

 

 

 

 

 

これが半年前のお話。

そして、今回のお話の始まりのひとつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年相沢祐一 ねくすて

60幕『紅蓮の騎士』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の日はつるべ落としなら、冬の日は差し詰めフリーフォールだろうか?

十二月も入って半ば、下校時間は秋の日と変わらないはずなのに、季節が変わるだけで空の明るさは全然違う。

今俺が歩いているのは住宅街なので、幸いなことに道は明るく街路灯に照らされているが、一歩裏道に入るだけであっという間に暗闇が支配する世界が広がっている。

そんな光と影が組み合わさった世界で俺は――

 

「はあぁあぁあっ……」

 

鞄の中に入っているプリントの事を思い出し、溜め息をついていた。

もしかしたら今の俺は街路と裏路地の関係なのかも知れない。

今歩いている場所は明るく照らされている。

しかし一歩でも脇に逸れればそこに待っているのは闇。

高校生という立場である以上、俺は明るく照らされている空間にいることができる。

だがそれは俺が高校生を卒業した時、街路灯の恩恵を受けられず、自身で照らしていかなければならないということでもあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「相沢君はどうするのかしら?」

 

先程のHRで石橋からもらったプリントを見ていると、香里が話しかけてきた。

 

「なにがだ? 香里。悪いが、プロポーズの返事なら後にしてもらえないか、今、考え事しているんだが」

「違うわよ! 第一にそんなことした覚えがないでしょ! あなたが今考えていることについて聞いてるの!」

 

香里の大声でクラスメートの視線がこちらに集中する。

俺と香里はそれに愛想笑いを返した後、先程よりも声を抑えて会話を再開した。

 

「ばか、声がでかいだろ。大体そんなことなら名雪や北川に聞けよ。

 自慢じゃないが俺の進路なんてあまり参考にならないぞ?」

 

そう、進路。

石橋から配られたのは進路調査のプリントである。

といっても推薦で既に進路を決定しているやつもいので、これは俺みたいにまだ進路が決まっていない生徒を対象にしたものだ。

 

「誰が大声出させたのよ、まったく……名雪なら寝てるわ。

 北川君は……役に立つと思う?」

「すまん北川、反論したいところなんだが反論できる要素がない」

 

さすがの俺でも第一希望に『夢追い人』と書く漢は弁護できない。

こんな不甲斐ない俺でも奴は親友と言ってくれるだろうか?

 

「それに名雪が起きていたとしても陸上の推薦で進路が決まってるじゃない。この進路希望の対象外でしょ」

「そういえばそうだったな。すっかり忘れてた」

 

俺の言葉に香里は呆れたように溜息をつく。

つい数ヶ月前に水瀬家の皆でお祝いしたばかりだというのにすっかり忘れてしまっていたようだ。いやはや、歳はとりたくないな。

 

「普通、従兄妹の進路なんて忘れないはずなんだけどね。名雪怒るわよ?」

「うぅ、香里、このことはくれぐれも」

「はいはい、内緒にしてあげるから。それで進路はどうするの?

 大学に行くにしても、就職するにしても、そろそろ明確にしておかないといけない時期に入ってきてるでしょ。まさかこの時期になって、まだ決まっていないとかそんなことはないわよね?」

「……そのまさかと言ったら、香里様は一体何をなさるのか聞いてもよろしいでしょうか?」

「とりあえず殴るわ。説教はその後ね」

 

いい笑顔で恐ろしいことをおっしゃる香里さん、いや香里様。

具体的な説明されるよりもこの一言の方が恐ろしく聞こえる。

 

「いや、その――」

『相沢君、時空管理局ならいつでもあなたが来るのを待っているわよ?

 福利厚生はバッチリだし、給金も十分。

 あなたの世界でこれほどの高待遇あるかしら? あるかしら? ないでしょう!

 どう乗らない? 乗りなさい。乗らないと毎日壊れかけのレディオのように――』

 

敢えて潰される覚悟で進路が未決定だと伝えようとした瞬間、女の人の声が頭に流れ込んでくる。念話と呼ばれる初歩中の初歩の魔法だ。

これを使うことで今のように離れた位置にいる人とも会話することができる。

この声、『また』あの人だ。

 

『リンディさん、念話で勧誘しないでくれって何度も言っているじゃないですかっ!』

『あら、そんなこと言っていたかしら? ごめんなさいね、お姉さん、忘れっぽいみたい』

 

ここで決して「もう歳なんじゃないですか?」と言ってはいけない。それが例え、軽口でも、冗談だったとしても。

一回うっかり言ってしまった時は酷かった。

どれくらい酷かったかというのは、秋子さんに年齢を聞いた時と同じくらい酷かった。

リンディさんはそこらへんの加減を知らないのだ。

 

『それにしてもいい加減にしてくださいよ。毎回毎回、勧誘されると余計行く気なくしますって』

『そういうものなのかしら? でも祐一君の戦力は惜しいのよ。ちょっと年がネックだけれど、それ以外は素質十分。半年前のあの事件をこの目で見てきた私が保証するわ』

『あれは俺の力じゃないですよ。ユンカースがあったから、仲間がいたから戦えたんだ』

 

あの事件――時空管理局ではユンカース事件と名づけられた事件。

俺はひょんなことからそれに巻き込まれ、魔法使いとしてその戦いに参加し、犠牲も小さくなかったけれど、仲間と共に戦い、勝利した。

もうあれから半年が経ったのか。今でも昨日のことのように思い出せるのに不思議なものだ。

あれ以降、あの事件で共に戦った仲間とは出会っていない。

魔石もユンカースも俺の手元から離れ、魔法との縁もこのリンディさんとの念話くらい。

それでも完全に魔法から離れたかった俺とは裏腹に、勧誘はまだ続いていた。

俺は魔石を持たないと魔法は使えないと思っていたのだが、実はそうでもなかったらしい。

もしかしたら、ユンカース事件が俺の魔法の実力も密かに向上させたのかもしれない。

 

『まぁ、今日は諦めてあげるわね。気が向いたらいつでも連絡してきてね、祐一君なら大歓迎なんだから』

『今日はって、また勧誘しに来るんですか?』

『さあ、どうかしら?』

 

リンディさんの発言はどこか有耶無耶な感じだけれど、この声色は絶対また来る気だ。

まぁ、時と場合を考えてもらえれば俺もこの掛け合いは嫌いじゃない。

――あの頃の俺との唯一の繋がりだから。

自分から絶ちたいと思っていても、あの頃の日々は俺には印象が強すぎて、結局ずるずるとこんな遣り取りを半年も続けていた。

ダメだな。もっと強くならないと。体も、精神も。あいつのように……

 

「……相沢君、さっきから途中で黙ってどうかしたかしら?」

「す、すまん、香里。ちょっと考え事をな」

「そう、それで進路の話に戻るけれど――」

 

香里の言葉を遮るようにチャイムの音が鳴る。

皆が急いで席へと移動していくのを見て、少し悔しそうに俺の方を睨み、席へと戻っていく。

進路。俺は一体、何がしたいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを今も引きずっているというわけだ。

 

「管理局、か……はは、もう魔法はコリゴリだったんだけどな」

 

不本意だが、そういう選択肢もあることを認めざるを得ないだろう。

前にある進路は無限にあるかもしれない。

だが街路灯が照らされ、地面がちゃんと見える進路なんて数えるほどもない。

偉人と呼ばれる人たちはそこで敢えて、暗闇の道を歩み、栄光を掴むのだろうけど、俺にはそんな勇気はない。

大学か。この世界での就職か。管理局勤務か。

前にある明るい道は三つ。後戻りはできない一方通行。

俺はその岐路に立たされていたのであった。

 

「……ん?」

 

だからだったのかもしれない。

 

「人気が……ない?」

 

知らない内に、また。ひょんなことで巻き込まれているということに気付けなかったのは。

この感覚はわかる。半年前に何回か感じたことのある、ピリッとした感覚。

魔法を他に知らせない為の結界と、魔力が乗った二つの殺気。

これは……あの公園からだ!

俺の足は無意識のうちにその公園へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間合いが詰められんか」

「ほら剣士さん、飛び込まなければ勝てないのよ? のよ?」

 

見つからぬように公園の茂みに隠れて様子を観察する。

争っていたのは紫色の髪を後ろで一つにまとめた甲冑姿の女性と、右腕を金属で覆った藍色の髪の女性だった。

剣を構える紫髪の女性が間合いをつめるべく突っ込み、それを藍髪の女性が魔法弾の弾幕で止める。その動作の繰り返し。リーチの差が圧倒的に違いすぎる。

かといって、挑発に乗って飛び込もうとすれば恰好の的。果たして剣士はどう出るか。

 

「貴様も『リンカーコア』が目的か?」

「ご想像にお任せかしら? しら?」

 

会話が聞こえる。藍髪はボカしているが、紫髪の方がリンカーコアというものを追っていて、それを藍髪の方が邪魔をしているということらしい。

いや、もしかしたら藍髪もそのリンカーコアというものを追っているのかもしれない。

 

「まあ、どちらでもいい。我々の目的の前に立つのであれば、斬るだけだ」

「やれるのかしら? しら? 間合いは私の方が圧倒的有利でしょ? でしょ?」

「一つ教えておこう。我が剣、レヴァンティンには死角はない!」

 

Explosion.  Schlange form

 

電子音声と共に紫髪の持つ剣から白煙と共に薬莢が一つ吐き出される。

ガンブレード? とは違うか。あれは斬りつけた時にトリガーを引くものだ。

まあ、そんなことはどうでもいい。問題はあの剣が電子音声……意思のようなものを持っているということだ。あれはインテリジェントデバイスなのか?

 

Schlangebeißen

 

「レヴァンティン! 敵を噛み砕けっ!」

 

紫髪が剣を振るうと、剣の節々が割れると一気に刀身が伸びる。

なるほど連接剣か! これなら距離が多少離れていても届く。

鞭のように刀身がしなり、藍髪に襲い掛かる連接剣。

不規則的な斬撃は読みづらいし、先程のように弾幕で防ぐのも難しい。

しかし藍髪は立体的な攻撃に動じずに金属化された右腕をかざす。

藍髪を中心に薄黄色の防壁が作り出され、刃を弾き返した。

 

「弾かれただと!」

「そういえば昔、文献で読んだことあるのかしら。Xシリーズが生み出されるより遥か前にも、武器の形状をしたデバイスが存在するって、あなたのそれがそうなのかしら? しら?」

 

急に聞き覚えのある単語が出てきたので、そちらに耳を澄ます。

Xシリーズ、前回の事件で敵側が使っていた管理局の試作型デバイスの総称。

銃、モーニングスター、チャクラム型の三つがあったが、あくまで武器として使用できるだけであり、意思はおろか、間合いに合わせて変形する機能すら持っていなかった。

それよりも前にあの意思ある剣は開発されたっていうのか? にわかに信じがたい。

 

「……」

「まあ、別にいいのかしら。それよりも――」

 

藍髪が唐突に言葉を止めてこちらを見た。目が合う。気付かれていた?!

防壁を解除し、こちらに左腕を向けてきた。まずい、弾幕が来る!

 

「こそこそ聞いているネズミさんにお仕置きするのが先なのかしら。かしらぁ!」

「ひ、ひぃっ!」

 

Panzerschild

 

襲い掛かった魔力弾の雨は、紫髪がその間に立ちはだかることで俺まで届くことはなかった。尻餅をついている俺の前に紫髪がいて、紫髪の前には三角形の魔法陣がくるくると盾のように展開されている。守ってくれたのか?

 

「……この場に巻き込まれたということは素養があるのか。

 無用な殺生は好まんのでな。逃げ切るまでは守ってやる。早々に立ち去れ」

 

それはラッキーだ。前の事件が思い出深かったとはいえ、もう一度厄介事に巻き込まれたいとは思わない。魔法は使えないが、紫髪が味方なら結界の外まで逃げることくらいならできるはずだ。

 

「そんなことさせられないのかしら。発見されたら、消せと言われているのかしら。

 だからあなた達二人を消さないといけないのかしら」

 

だが、その残された幸運も藍髪が見事に潰してくれる。

どうやら、俺は見てはいけない存在を見てしまったらしい。くそ、厄介に巻き込まれるのは俺の体質なのだろうか。

 

「逃がしてはくれないということか……そこの男」

「お、おう?」

「貴様を庇いながら奴を倒すのは厳しい……死ぬなよ。寝覚めが悪くなる」

「ちょ、それはハードル高すぎですヨ。姐さん!」

 

ひらめき無しで必中相手に回避しろって言っているのと同じですよ。その発言は!

 

「相談は済んだかしら? しら?」

「ちょっとタン――」

「大丈夫だ。いつでもかかってこい!」

 

えええええええ! ちょっと、まだ打ち合わせすら出来ていませんよ?

 

「それなら遠慮なく行くかしらー!」

 

少しは遠慮してくれ、かしらー女(仮)!

かしらー女(仮)が左手をかざすと、さっきよりも広範囲に弾幕が形成される。

いきなりイージーからルナティックかよ。ええい、グレイズはできんのか!

 

「あの防壁は確かに厄介だ、だが――!」

 

Schlangebeißen

 

再び、蛇腹剣状態で振るう紫髪。

ダメだ。さっきと同じ攻め方じゃ弾かれるだけだ。

 

「攻撃中なら防壁を張れない。考え方は悪くないけど同じことかしらー」

 

すぐさま魔力弾の放出を止め、防壁を展開する藍髪。

薄黄色の膜の頂点に近い位置に剣先が突き刺さり、食い込む。

威力は先程よりも高かったが、完全に防壁を破るまでには至らない。

 

「それでいい。貴様ではこの立体的な攻撃は回避できないのだから、防壁を張らざるを得ないということだ」

 

Schwertform

 

「だから私はお前に近づくことが出来る」

 

電子音声に呼応して剣が元の姿へと戻る。

それに合わせる様に紫髪が飛んだ。

 

「しまったのかしら! しら?」

 

剣の姿が完全に戻り、紫髪も完璧に『剣士』の間合いへと入った。

防壁を解除しようとしてももう遅い。この間合いで解除なんてしようものなら、迎撃よりも先に真っ二つだ。

だから藍髪はこの防壁を解除できない。それは致命的な隙だ。

 

「紫電」

 

紫髪は防壁に刺さった剣を両手で力強く握り、更に深く食い込ませると――

 

「一閃!」

 

 

――剣を縦に力強く振り下ろした。

防壁は簡単に崩れ、核である藍髪が剥き出しになる。

 

「ひっ!」

「陣風!」

 

Sturmwinde

 

至近距離からの衝撃波をなす術もなく藍髪は一身で受けて吹き飛ばされる。

防壁に叩き付けられ、意識を失ったのか防壁が消えると、膝から地面へ倒れた。

 

「す、すげぇ……」

 

あの攻撃力。デバイスの力だけじゃない。持ち主の力量もうかがい知れる。

純粋な魔力量ならなのはちゃんやフェイトちゃんも負けていないが、総合的な戦闘力なら彼女の方が一枚も二枚も上手だ。

 

「どうやらそちらも無事なようだな」

 

綺麗に着地すると、紫髪がこちらにやってきた。

 

「弾幕ばら撒かれた時には死ぬかと思ったがな」

 

実際にあと数秒あの状況が続いていたら死んでいた自信がある。

……ん? 今何か動いた?

 

「そうか。まあ、無事ならいい。これで――」

「危ない!」

 

言葉よりも先に体が動いた。紫髪に体当たりをして、その場から無理矢理どかす。

俺達がいた所を魔力弾が通り過ぎていった。

 

「ひどいこと。もう怒ったのかしら」

「な、まだ動けて?!」

 

魔力弾の発射方向を見れば、意識を失って地面に叩きつけられたはずの藍髪がこちらに左手を向けていた。あいつ、衝撃波が直撃した筈じゃ……

 

「でもこれで終わりかしらー!」

「ぐっ!」

 

ダメだ。体勢が悪すぎて避けられない!

せめてこの人だけでも……ええい、もうなるようになれ!

紫髪を守るように抱え込み、盾になるように動く。

抱きつくような形になってるけど構うか。そうしないと全面をカバーできないんだ。

だからわからん! 胸に感じる二つの大きなふくらみなんて全くわからん! 意外と大きいなんてこれっぽっちも思ってないぞ。

 

「あーうー? え、ダメなのかしらー? しらー?

でも……は、はい、わかりましたかしらー! またなのかしらー」

 

藍髪の女が独り言を呟くと、俺達を襲うことなく慌しく撤退していく。

その姿を俺達はぽかんと口を開けて見ていることしかできなかった。

一体どういうことだ?

 

「い、いいから私の上から離れろ!」

「へ? おおっ!」

 

そういえば抱きしめるような形になっていた。

あれ、傍目から見たらこれって結構まずいのか?

慌てて離れる。

 

「まったく、直前で退いたからいいものの、無謀な行動をする」

「……う、すまん」

 

俺という重石が退き、紫髪が起き上がって睨んで来たので素直に謝る。

顔が赤いのはたぶん恥ずかしいからだろう。

 

「勇敢と無謀は履き違えるな。何も持たない貴様に守ってもらうほど、私は弱くない」

 

剣を鞘に収め、俺から離れた紫髪は、何か思い出したかのように立ち止まって振り返った。

 

「……が、私個人はそういう奴は嫌いじゃない。

無謀を勇気に変えられるくらい、強くなれ」

 

俺はもう強さなんてもう欲しくなかったけれど。

月の光に照らされて綺麗に浮かび上がった彼女の言葉は、何故か俺の心に深く染み入った気がした。

 

「もっとも、次に起きた時、お前はこの場で起きたことは忘れてしまっているだろうが」

「へ?」

「我らのことを外に知られるわけにはいかないのでな。

記憶を消す魔法はあまり得意ではない、悪いが気絶させてからやらせてもらうぞ。大丈夫だ、痛くしない」

 

剣を鞘に入れたまま構える。

えっと、痛くはしないって、それで思いっきり殴られたら痛いと思うんですけど?

後ずさりする。こけた。尻が痛い。

 

「男だろう。我慢しろ」

 

鞘を振りかぶる紫髪。

さっきと言っている事が違うんですけど?!

後ずさりする。近づいてくる。背中が木に当たる。

 

「……まあ、いいじゃないか。どうせ忘れるんだから」

「そういう問題かああああ!」

 

俺の脳天めがけて振り下ろされる鞘。

いやあああ、殺されるうううう。

 

「むっ?」

「ひ、い?」

 

俺の意識を刈り取るべく振り下ろされたはずの鞘は、俺の目前ギリギリでピタリと止まっていた。よく勢いのついた鞘を止められたなぁ。

 

「……邪魔が入ったか。仕方ない。記憶の操作は奴らに任せることにしよう」

「へ?」

 

俺の疑問に答えることはなく、鞘を下ろして転送魔法を発動させる紫髪。

彼女の姿が消え、夜の公園に一人取り残される情けない格好の俺。

あまりにも突拍子なく、意味不明な展開に、俺の頭にはハテナが際限なく溢れ出していた。

 

「……つ、ついていけん」

 

俺が魔法から離れていた半年の間に一体魔法使いの世界には何が起きたんだろう。

尻をはたいて立ち上がると、周囲を太陽のように何かが照らし出した。

弾幕女、巨乳侍、次はなんだ? もう何が来ても驚かんぞ。

 

「やっぱり、戦闘は終わっちゃってるみたいだねぇ」

「うん、でもあそこに人がいるよ。アルフ」

 

この声……眩しくて姿は見えないが、間違いない。

 

「フェイトちゃん?」

「え、祐一さん?」

 

光に目が慣れてきて、まるで水着のような黒衣の魔法衣を纏ったその姿も確認できた。

フェイトちゃんは俺の姿に驚きつつも、どこか納得した表情でこちらを見る。

 

「そうか、ここは……」

「そんな深く考えなくてもいーじゃないさ。半年ぶりねぇ。祐一」

「ああ、なのはちゃん達と別れたとき以来かな」

 

フェイト・テスタロッサと、その使い魔のアルフ。

半年前にこの街で起こった小さくてとても大きな事件での仲間であり、友達だ。

その姿はいい意味で半年前と変わっていない。

 

「はい、お久しぶりです」

「そんな固くならなくてもいいぞ。友達なんだし、半年前みたいにフランクに話してくれ」

 

なのはちゃんにも言ったことがあるのだが、友達なら上下の関係は無いと思っている俺には友人の敬語というのは少々むず痒い。

それでもなのはちゃんは敬語のスタンスを止めようとしなかったんだけど。

 

「でも」

「いいの。その方がフェイトちゃんぽい」

「……うん、わかった」

「さて! 再会の喜びを分かち合うのも大事だけど、あたし達はあたし達の仕事をしないと!」

 

アルフが一時中断とばかりにぱんぱんと手を打ち鳴らし、俺達も本題に移ることにする。

 

「フェイトちゃんが来た理由ってのはやっぱり……?」

「今ここで行われていた戦闘の調査だよ。祐一」

「それで、やっぱりあんたも巻き込まれてたのかい? まったく、あんたは巻き込まれの天才ねぇ」

「好きでこうなった訳じゃないんだがな」

 

アルフの茶化しに、嘘だと言えないのが悲しい。

 

「それで、誰がそんなことを?」

「見たことがない二人だったな。一人は紫髪で剣士みたいな服装した奴で、一人は藍髪の口調が可笑しい奴だった。両方とも女性な」

「紫髪の剣士……」

 

フェイトちゃんが俺の言葉に思案顔になる。

何か心当たりでもあるのだろうか?

 

「それって、やっぱりあれかねぇ?」

「うん、可能性はあるかも」

「なんだなんだ?」

「あー、これは民間人には言えない決まりなのさ。悪いけど」

 

俺が聞こうとするとアルフが申し訳なさそうにする。

そりゃそうだ。民間人に簡単に教えてやれるほど機密っていうのは軽くないだろう。

 

「ま、祐一が管理局に入ってくれるって言うなら、教えてあげてもいいんだけどねぇ~?」

「……そんなこと言われても、入らんぞ」

「そんなこといわずにさー、ほら、フェイトもすっごい喜ぶし」

「あ、アルフ、そんなこと……」

 

アルフの言葉にフェイトちゃんが顔を赤らめている。

まったく、アルフも主人をからかうのはほどほどにしとけよ。確かに友達が同じ職場に入れば嬉しいだろうけど、俺が入ったくらいでフェイトちゃんがそこまで喜んでくれるわけ無いだろう。

 

「んー、反応薄い。まだまだって感じかねぇ?」

「……アルフ、後で覚えておいて」

「あ、あはは、冗談よぉ?」

 

人の前でこそこそと話すな、二人とも。

目の前でそういうことやられると気になるから。

 

「それで祐一、詳しい説明をして欲しいから、アースラまで同行してもらえないかな?」

「それに折角だしリンディ達にも会っていきなよ。久しぶりだろ?」

 

年中、念話で語りかけられているから、あまり久しいと感じないがな。

実際に会っても二言目には勧誘を受けそうだ。

だがまあ、エイミィやクロノ達とは本当に久しぶりだ。

フェイトちゃんも事情説明は名目で、本命は皆と俺を会わせるためなのかもしれない。

 

「わかった。じゃあ、一緒についていくことにする」

「はいよ!」

「うん」

 

そして俺はフェイトちゃん達に連れられて、半年振りにアースラへと行くことになったのであった。

 

 

 

半年の月日を経て、再び魔法の世界へと足を踏み入れる。

これが俺にとっての新しい、始まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

新章突入です。A’s編です。

名前は出しませんでしたがあの人も出してみました。今作では出番が多いかもしれません。

あと今回から自称ヒロイン(笑)フィアさんはあとがきに参加しません(ぇ

まあ、今章からフィアの出番ががた落ちするからなんですけど。

以降は登場キャラが入れ替わり立ち代りでお相手を務めることもあるかもしれませんし、しないかもしれません(何

では今回の補足を。

 

・フェイトの裁判の件

次回で会話に出てくると思いますが、今作は半年前の事件の功績を評価されて早期で判決が出たということになっています。判決は原作と変わらず『保護観察』。前章と待遇はほとんど変わっていないです。で、嘱託試験に合格したのでお手伝いさんとしてアースラに参加しています。

 

・あの人の魔術

一応Wiki確認したんですけど、こんな感じで合っているかな……?

結構無茶なことやらせてる部分もあるので^^;

あと簡単な説明もちょこっと。詳しく知りたければWikiってください。

Schwertform

通常の剣モード。

Schlange form

蛇腹剣モード。間合いも中距離まで伸び、立体的な攻撃も可能。カートリッジ一つ消費。

Schlangebeißen

蛇腹剣の攻撃法の一つ。バリア破壊能力も高い。

Panzerschild

前方に張り出すバリア。形はベルカ式の魔法陣で三角形。

・紫電一閃

強烈な斬撃。炎の付加属性持ち。

Sturmwinde

吹き飛ばし攻撃。

 

 

 

※感想、指摘、質問がございましたら、BBSかmailにてよろしくお願いします。

 

 

 

2008年10月26日作成