魔法青年 相沢祐一

59幕『それから、これから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<事件終了から数時間後 アースラ 個室>

 

「目、覚めたか?」

 

彼女達が目覚めると、目の前には主として契約した青年が覗き込んでいた。

周囲を見回すと風景は今までいた要塞ではなく、金属壁で覆われた個室――アースラの一室――だと気付く。

 

「ここは……そうですか、終わったんですね」

「ああ、終わった」

 

メイド服を纏った従者、absoluteことアビスは既に戦いが終わったことを察し、主である祐一はそれを首肯する。

 

「不思議な気分でしたわ。寝ていたはずなのに、祐一さんと一緒に戦っていたような」

「というか、祐一と一つになったって感じだったわね」

 

着物を羽織った従者であるpowerことミナが不思議な感覚について語り、獣耳を携えた従者であるtimeことエレナもその感覚について加えて語る。

それは祐一の使用したmiracleの力の影響であるが、彼女達はそれを祐一が使用したことはおろか、miracleと名付けたこともわからないのだから、当然の疑問であろう。

 

「ああ、使った。miracle――No.21をな」

「あの複数の意識が混濁しているのにそれらが独立しているような感覚はそういうことだったのね」

「ムーンのやろうとしていたことを逆手に取ったというわけだな。なかなか機転が利いているじゃないか」

 

ワンピースを着た無表情の従者であるdreamことリムは落ち着いた様子で納得し、

金髪蒼眼の従者、collapseことディアボルガはそんな祐一の行動を褒めた。

 

「……なあ、一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「えーと、だな」

 

ちらちらとディアボルガの方を見ながら、言い出そうか迷っている様子の祐一。

しかしやはりこれを突っ込まないというのは出来ないと意を決し、口を開いた。

 

「ディアボルガ、なんでお前『女』の格好してるんだ?」

 

ディアボルガは今までの服装とは違い、桃色の布地に赤のリボンと白いフリルの付いたドレスを纏い、どこかの国の姫様か、どこかの貴族かのような風貌になっていた。

その変わり具合は祐一自身、彼(今は彼女であるが)が口を開くまで、彼女がディアボルガだと全く気付かなかった程である。

 

「我は魔石だからな。男女なんて性別の枠なんてないぞ?

 まあ、まだ女声と女言葉には慣れんのでな、暫くはこの口調でいかせてもらうぞ?」

 

そういうものなのだろうかと祐一は疑問に思うが、すぐに納得することにする。

守護者の面々が言うほど驚いていないことも挙げられるが、そういえば彼女らは服装も自在に変容させることが出来た。これはそういった類の派生みたいなものなのだろう。

それでも突っ込みたいところは山ほどある。

 

「そうだとしても、わざわざそんな面倒なことして女に設定しなおさなくても……」

「まあ、そう言うな。主もその方が嬉しいだろう? ん?」

「そりゃ男よりは女の方が――って何を言わせる気だ!」

「はっはっは」

 

明らかにからかっているディアボルガに、顔を真っ赤にして怒る祐一。

その遣り取りは先程までこの二人が敵対して死闘を演じていたとは到底思えない、どこかほのぼのとした空気が流れていた。

 

 

「でもほんとになんで女の子の姿にしたのかしらね?」

「私、何か嫌な予感とかしちゃったりするのですが」

「まさかぁ、だって殴りあっただけでしょ? それだけで惚れた腫れたなんてこと」

「青春ドラマでは殴りあっただけで解り合えるそうですよ?」

「……」

「……」

「「……まさかね〜」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<事件終了から数日後 アースラ 艦長室>

 

「ふう、疲れた……」

 

リンディは目の前に貯まった書類に頭を悩ませていた。

それはアースラ破損の始末書から、今回謀反を起こした局員の処遇、そして今回の事件の報告書と多種多様に渡っていたが、結局はどれもが面倒なデスクワークに変わりない。

ここ最近で外出したのは息子であるクロノの見舞いと、事件についての聴取、戦艦無断使用の申し開きの3回だけで、それ以外はずっと部屋に篭りきりだった。

幸いなことに戦艦の無断使用について厳しいお咎めはなく、リンディを初めとしたアースラクルーと、協力した面々は一週間の謹慎処分を与えられた。

これも謹慎と銘打たれているが、実際のところは休暇と同じようなもので、リンディら一部を除くクルーは各々が休暇を楽しんでいる。

 

「はあ、転職、考えようかしら?」

「転職を考えたところで今ある書類は減らないと思うがね」

 

ため息をついたリンディに声をかけて部屋へ入ってきたのはノイルだった。

片手に二つのマグカップとミルクと砂糖の瓶が置かれた盆を持ち、もう片方に茶封筒を抱えたノイルは、お盆をリンディのデスクで数少ない物の置いていない場所に不時着させて一息ついた。

 

「ほら、砂糖だ。コーヒーは何滴だったか?」

「……いくら私が少し甘いものが好きだからって、さすがに反転現象は起こらないわ」

 

少しなのか、あれが? とノイルは思わず口に出してしまいそうになったが、下手に口を出して仕返しに自分のコーヒーに砂糖を入れられるような愚は起こしたくない。

ノイルは子供の頃からブラックコーヒーを好んで飲んでいたため、砂糖が入ると甘ったるくて飲めなくなってしまう。

 

「冗談だ。ほら、飲んで少し休憩したらどうだ?」

「ありがとう、頂かせて貰うわね」

 

リンディは盆に乗せられたマグカップのうちの一つを掴み、自分の前に置く。

瓶からこれでもかというほどの量の砂糖をコーヒーに投入し、ミルクを並々と注ぐと、一旦鼻に近づけて匂いを確かめ、一口含む。

それだけ入れたら匂いも風味も何もないだろうとノイルは思うが、前記の理由で彼は口に出さない。

 

「で? あなたが何の用事もなしに、私にコーヒーを淹れて来てくれるわけないでしょう」

「ああ、彼のデバイスのことだ」

「彼……祐一君のかしら?」

 

リンディの確認にノイルは首を縦に振って答える。

ノイルが戦闘データの収集とメンテナンスも兼ねて、祐一のユンカースとレイバルト・バリアントを一旦回収していると祐一当人から聞いていた為、リンディにとっては特に驚くようなことでもない。

ノイルもそれを理解しているからか、早々に話を本題へ切り込んできた。

 

「凄いな、彼は。戦闘データを見たがデバイスの性能を十分に引き出している。

 なによりあれだけの魔石を使い分ける応変さも素晴らしい。

本局で会った時もセンスはありそうだと思っていたが、想像以上だったな」

「やっぱり? あなたもそう思う?」

 

祐一の評価が自分のものと全く同じであるという共感の嬉しさか。

リンディはノイルの言葉にまるで自分が褒められているかのように上機嫌で答える。

しかしそれもノイルの次の一言であっという間に急降下した。

 

「ああ、実に欲しいな」

「……あげないわよ。彼はうちが絶対に引き抜いてみせるんだから」

「……何とかならんか? 彼には新兵器のテストデバイサーを是非ともやってもらいたいんだがね」

「ダメよ。なのはちゃんに断られてしまった以上、彼にはうちでクロノ、フェイトと三本柱として働いてもらうことに決めているんだから」

 

ぜひとも祐一を我が部署へ。

互いの思惑はその一つに一致していた。

大方ノイルがここに来たのも、私への労いよりも祐一の連絡先を聞きたくて来たのだろうとリンディは見当をつけると、目の前で難しい顔をしているノイルを見る。

 

「上が通すと思うか? 一部隊にAAA級を3名も配備なんて」

「通させるわ。二人は私の自慢の息子と娘だし、祐一君だってフェイトとくっつけてしまえば義理の息子になるし」

「さ、さすがにそれは無理があるのではないか?」

 

娘、息子という言い分は解る気がしないでもないが、後半についてはどうにもこじつけのような、いや実際にこじつけた理由だろう。

さすがにノイルはその理由で納得するわけには行かなかった。

 

「まあ、いい。君が敵なら、祐一君の連絡先は自分で調べることにするよ。

 ではこれで失礼するよ」

「あ、待ってもらえる?」

 

もうここには用が無いとばかりに踵を返すノイルをリンディが呼び止める。

ノイルが何の用と振り返ると、目の前に突き出されたのはリンディが飲んでいないもう片方のマグカップ。

 

「ノイル、これはあなたの分でしょ? ちゃんと飲んでから行きなさい。

 ほら、ミルクと砂糖は私が入れてあげたから」

 

限りなくコーヒー牛乳に近いコーヒーを目の前に出され、ノイルの顔が確実に引きつった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<人間界 祐一達の街>

 

「そうか……」

「はい」

 

俺の言葉に、荷物を持ったなのはちゃんが頷く。

休暇から数日。まず最初に別れたのはなのはちゃんだった。

なのはちゃんは事件の解決のためにやってきていた身だ。その事件が終了してしまった以上、ここにいる理由がなくなってしまったのだから仕方ない。

 

「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「あはは、嬉しい申し出ですけど、さすがにこれ以上はお父さん達が心配しますから」

 

なのはちゃんは滞在できるギリギリまでこの街にいてくれた。

それを止めなかった俺も、なのはちゃんも、この事件の中の日常を惜しんでいたからだ。

だから、もう無理だとわかっていても、そう口に出さずにはいられなかった。

 

「え、えへへ、二人きり、ですね」

「そうだな。あいつらも仲間の別れなんだから来ればいいのに」

 

ユーノ君は調べ物があるらしく、先にアースラの方へ戻っており、フィアは俺がなのはちゃんを送ってくると言うと、何故か不機嫌な様子で俺の部屋で昼寝を始めてしまった。

守護者達もノイルさんのところから帰ってきたばかりでお疲れの様子。佐祐理さんもどうしても外せない用事があるらしく、結局送りに来たのは俺一人だけになってしまった。

そしてなのはちゃん側もユーノ君がそういった理由で既に戻っているため一人しかいない。

1+1=2ということで、この場には俺となのはちゃんの二人しかいなかった。

一緒に戦った同志の別れにしてはあっけない感じがしたが、あいつらのくせに話を湿っぽくしたくないとかで気を遣って敢えて参加しなかったのかもしれない。

 

「わたしは嬉しいですけど」

「ん、何か言ったか?」

「い、いえ、フィアちゃんも祐一さんみたいに思ってくれているんでしょうか? って」

「おお、そうだ。フィアからなのはちゃんに言伝を預かってきたぞ」

 

そうだった、すっかり忘れるところだった。

絶対に伝えるようにと不機嫌な声で念押しされていたから、伝え忘れたなんてことしたらどんな酷い目に遭うかわからない。

 

「えっと、なんて?」

「『猫ちゃんは大人しく自分の巣へ帰って魚でも食ってろ、なのですよ〜』だそうだ。何のことだろうな?」

 

意味がよくわからんのだが、フィアが絶対に伝えるようにと言ったのだから、二人にしかわからない合言葉か何かなのかもしれない。

なのはちゃんも「にゃはは」とか言っているけど、猫って意味じゃフィアの方がずっと猫っぽいのにな、主に外見的に。

 

「ふ、ふふ……そうですか。やっぱりあの時、ぷっち殺しておけばよかったんですね

「な、なのはちゃん?」

「やっぱり、消極的な行動じゃダメってことかな……」

 

俺の(フィアの)言葉を聞くと、顔を俯かせてぶつぶつと何かを口にするなのはちゃん。なんか物凄くどす黒いオーラが周囲に渦巻いて、すっごく恐い。

 

「祐一さん!」

「は、はい?」

「休みになったら是非、わたしの街にも遊びに来てください!!」

「お、おう?」

 

俯いてぶつぶつと呟いたかと思ったら、急に顔を上げて俺に大声でそう捲くし立てる。

その勢いに別の恐怖を感じたのは内緒の秘密だ。

 

「はい、絶対の絶対の約束です!」

「ああ、絶対の約束だ。海鳴市だっけ? 必ず遊びに行く」

「はい、歓迎しちゃいます! そ、それであの話がありまして……」

 

元気な様子が一変、今度は顔を真っ赤にしてどこか恥ずかしげに話すなのはちゃん。

黒くなったり、白くなったり、赤くなったりと忙しいなぁ。

 

「ん?」

「わ、わた、わたしっ! 祐一さんのこと――」

 

 

 

 

 

 

『なのは、アースラの準備が完了したよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーノ君、空気読めなさすぎだよ……」

 

空が一度大きく瞬くと、上空に巨大な戦艦が現れる。

どうやら本当にお別れのようだ。

あんまり待たせるのも悪い。俺は最後に一声かけたくて、なのはちゃんを呼ぶ。

呼びかけに応じたなのはちゃんの顔色は、アースラの登場で落ち着いたのか、さっきのような紅色ではなく、普段の肌色に戻っていた。

 

「じゃあな、また会おう」

「……はい」

「あー、それと――」

 

答えたなのはちゃんの声はどこか落ち込んでいた。

もう当分会えないんだ。そんな哀しそうな顔じゃなくて、元気に笑顔で別れたい。そう思ったら、俺の口が勝手に次の句を継いでいた。

 

「さっきの話の続き、今度会ったら聞かせてくれよ?」

「……は、はいっ!」

 

俺の二の句はどうやらなのはちゃんにとっては嬉しい言葉だったようで。

アースラの放つ光に包まれたなのはちゃんは満面の笑みと相まって、まるで天使のようで。

俺は光が完全に消えてなくなるまで、そこに呆然と立ち尽くしたのだった。

 

 

「今度会った時は必ず伝えますね、わたしの祐一さんへの想い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<休暇最終日 祐一の街>

 

休暇の最終日。フィアとスコール、守護者とのお別れの日。

それは俺の非日常との完全な決別の日。

フィア達はユンカースと共に今回の事件の背景を魔法界に公表し、首謀者を洗いざらい糾弾するつもりである。それは魔法界の上層部に逆らうということであり、魔法界全体を敵に回す行い。

成就するには難しく、全ての芽を摘むことも大変という言葉では言い表せない。

それでも彼女達はやろうとしている。もう二度と、こんなことが起きないために。

 

「ほらほら、金輪際の別れじゃないんだから」

「相沢様、大変お世話になりました」

 

泣きじゃくるフィアをエレナさんが宥め、アビスが俺に恭しく一礼をする。

 

「世話になったのはこっちの方だ。お前らがいなかったら絶対勝てなかった」

「……それ以前に、私達がいなければこんな事件起きなかったけれどね」

 

リム、そんな根本的な部分を否定しないでくれるか? 頼むから。

 

「それにしても、いいのですか? ご主人様」

「ん、何が?」

 

リムの言葉に内心突っ込みを返していると、ミナが俺に話しかけてきた。

 

「アースラにレイバルト・バリアントを預けるって」

「ああ、その話か」

 

いきなりいいのですかと言われたので何事かと思ったが、蓋を開ければなんてことはない。

俺が魔石を預けて、完全に一般人になるという話だったか。

管理局に預けたのは、なんてことはない、ノイルさんやリンディさんなら、何もしない俺よりもこれを上手く使ってくれると信じているからだ。だが――

 

「ご主人様なら私達がいなくても実力は十分ですし、管理局で働くという手もあるはずでは?」

「ああ、リンディさんやノイルさんに勧誘されたよ。

高待遇で迎えるから、是非とも入らないか……って」

 

やはりそれだけで話は終わるはずなく、リンディさん達以外にも、管理局の上層部のほうからも名指しで会いたいだとか、管理局へ入らないかと勧誘もされた。

だけどそれらは全て断った。この事件は秘密でなければならないし、俺は一人の力でこの事件を解決したつもりなんて毛頭ないからだ。

フィア、なのはちゃん、スコール、フェイトちゃん、ルドラ、守護者にアースラの皆。

全員の力があったからこそ俺はこれだけの難事件解決できたのだと思うし、一人だけでは絶対に解決することは不可能だったろう。

俺にはスコールやなのはちゃんみたいな魔法の才能は無い。ただユンカースが凄かったから俺は人並みに戦えただけ。ユンカースの無い俺に魔法使いとしての価値なんてない。

だから俺はもう魔法には触れないって、心に決めた。

誰に何を言われても、俺はこの意思だけは守り抜こうと考えていた。

 

「そうなのですか、残念ですけれど、ご主人様が決めたことでしたら」

「俺にはやっぱり非日常よりも日常のほうが性に合ってるみたいだ、ごめんな」

「いえ……」

 

俺の言葉に、ミナは特に否定するわけでもなく、ただ寂しそうな笑顔を浮かべただけだった。

それはどれだけ言っても俺の意思は曲がらないと理解してくれたからだろうか、それともこんな俺に愛想を尽かしてしまったからだろうか。

 

「ふん、だが主よ。これだけは言っておこう」

 

黙ってしまったミナの代わりに、俺達の遣り取りを全部聞いていたのか、今度はディアボルガが口を開いた。

 

「主は決して弱くなど無い。collapseの名を賭けてもいい。

 主はこのディアボルガと拳で互角に殴りあったのだからな」

「……ディアボルガ」

「我らは主の下を離れるが、絆が途切れるわけではない。

 必ず、必ず主の下へ戻ってくる……そ、その時は迎えてくれるか?」

 

最後の方は恥ずかしかったのか少し顔を赤らめながら、ディアボルガはそう言葉を続けた。

その瞳は自信満々な口調とは裏腹に不安の色で染められていて、隣を見るとミナがさっきよりも不安そうな目で俺の方を見つめている。

見た目は美少女といっても全く差し支えない二人にこんな目で見つめられると、居心地が悪いことこの上ない。

だから、俺は極力不安を与えぬように優しい笑顔で――

 

「ああ、勿論だ」

 

俺の一言に、ぱあっと霧が晴れるように二人の顔に明るさが戻る。

どうやら不安を取り除くことに成功できたようだ。

 

「そ、そんな笑顔で言われるなんて、反則ですわ……」

「む、う、主従関係で無かったら、今すぐ押し倒してしまいそうだ」

 

赤く火照った二人の頬を見ると、確かに不安を取り除くことができたが、それとは別の何かが付いてしまったような気がしないでもないのだけれど。

まあ、俺にはその何かがわかるわけないし、スルーしておくに越したこと無いだろう。触らぬ何とかにたたりなしというやつだ。

そんな二人を放って、視線を移すと、泣き止んだのか、フィアがこちらにやってくるのが見えた。

フィアは俺と十歩くらい合間をあけた所で立ち止まると、彼女らしからぬ静かな口調で俺に話しかけてきた。

 

「祐一さん。それじゃあ、私達は行くことにするです。

 何ヶ月、何年かかるかわからないですけど、必ず、戻ってくるです」

「ああ」

「それじゃあ……さよなら、です」

 

そう言ったきり、踵を返して、こちらには振り返らずに歩いていくフィア。

もう当分は会えないというのに、こんなあっさりとした別れでいいのだろうか?

否、良い訳が無い。それに俺はフィアに言いたくて仕方ないことがある。

 

「フィア!」

 

俺は大声でフィアのことを呼んでいた。

フィアの足が静かに止まる。

 

「フィア、違うだろ?

 ここはもうお前の家みたいなもんなんだからさ。『さよなら』じゃないだろ?」

 

そうだ。これが言いたかったんだ。

様々な苦楽を共にしたフィアはもう俺の中で水瀬家の一員と同じくらい大切に思う存在に変わっていた。

そんなフィアがそっけなく、たださよならって言って別れようとしたことに、俺は腹が立ったんだ。

さよならじゃない。家族がどこかへ出かける時に言う言葉はそんな他人行儀じゃない。

フィアに視線を移す。フィアは無言のまま、肩は小刻みに震えていた。

 

「なんなんです、なんなんですぅ、折角くーるに決めてやろうって、そう思ってたのですのに」

 

涙声で、でもはっきりとした口調でフィアはそう口にすると、突然くるりと俺の方へ振り返った。

その目には輝くものが溜まっていて、お世辞にもフィアの言っていたクールという言葉からはほど遠いものだったけれど、それこそが本当のフィアの姿なんだと思う。

あー、くそ、フィアのくせに見惚れるほどに綺麗な表情してるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい! いってきますです、祐一さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<数日後 祐一の街>

 

 

「おっし、学校行くぞ、名雪」

「うん、ちょっと待って……準備おっけーだよ」

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってきまーす」

「はい、二人とも行ってらっしゃい」

「遅刻も少なくなったし、名雪さん、凄く変わったよね?」

「真琴たちだって変わったわよ! さいてーでも前の真琴たちよりも、今の真琴たちの方が進化してるのよ!」

「……うん、そうだよね。ボク達はあの時、あの瞬間から日々進化してるんだもんね」

「あらあら、祐一さんも大変ですね」

 

 

 

 

原作

Kanon(Visual Art’s/Key)

魔法少女リリカルなのは

 

 

 

 

「名雪、最近頑張ってるよな。朝ごはんだってたまに作るようになったし」

「うん、わたし、もう寝坊しないって決めたんだ」

「本当、これがいつまで続くだろうな?」

「うー、ひどいよ、祐一」

「いちごサンデー、か?」

「うー、本当にいじめっ子だよ。もう二度とそんなことしないって約束したのに」

「あっはっは、すまんな」

「でも、そんな祐一にはお仕置き、だよ」

 

 

 

 

スペシャルサンクス(意見をくれた人、三次創作を書いてくれた人)

Ryoさん

氷砂糖さん

てるさん

秋冷さん

RAKさん

この作品を読んでくださった全ての方々

(順不同)

 

 

 

 

――日常は戻り、非日常は還る。

非日常から離れた俺を待っていたのは変わらない日常。

だけど非日常に触れたことで、少しだけ、ほんの少しだけ変わった部分もある。

一つはみんなが俺に誠心誠意謝ってくれたこと。

一つは名雪の遅刻がなくなって、代わりに名雪の手製の朝食が増えたこと。

一つはそれを見てたあゆや真琴もたまに料理を手伝うようになったこと。

他にもたくさんあるけれど、その中でも一番変わったと思うのは――

 

「祐一は今日、わたしと一緒に百花屋へ行くこと!

 そして、一緒にわたしのイチゴサンデーを食べあいっこするんだよ!」

「あ、あのな名雪、俺は甘いものは苦手なんだが……」

「祐一、だめ?」

「……はいはい、付き合わせていただきますよ、名雪」

「えへへ、やったぁ!」

 

 

 

――少しだけ、ほんの少しだけ、俺の財布に春が戻ってきたってことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年 相沢祐一 

第一部 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、まだ魔法青年は終わらない……

 

To be continued.

 

 

 

2008年8月16日作成