「たいへんたいへんたいへんたいなのよぅ！」

「真琴、慌てすぎて『大変』が『変態』になっているわよ？」

深夜の廊下をどたどたと騒々しく音を立てて真琴が駆ける。

眠そうな様子で自分の部屋が繋がっている居間から秋子が出てきた。

「秋子さん、二階に来て！」

騒々しくやってきた真琴とは対称的に、ご近所に迷惑がかからないようにゆっくりとやってきたあゆがついてくるように促す。

「あらあら、そんなに慌ててどうしたの？」

「いいからっ！」

二人に連れられ、秋子も二階へと昇る。

途中で名雪を起こしにいくと真琴が離れ、あゆは祐一の部屋に侵入すると、電気も点けずにまっすぐベランダの方へ向かう。

主のいない部屋。まだ数日も経っていないのに、それ以上放置されたのではないかというくらい、その部屋は寂寥に包まれていた。

ベランダのサッシを開き、外へ出るあゆに続いて、秋子も出る。

北国の夜は初夏にかかっている今でも何か羽織がないと少々肌寒い。

しかし秋子はそんなことも忘れて呆然としてしまった。

鉄壁だった余裕の表情は剥がれ、秋子には珍しい驚きの表情が浮き出る。

しかし逆を返せば、それは秋子だからこそ、その程度のリアクションですんだのかもしれない。

「あれは……？」

夜空に浮かび上がるは蛍火のような、それでいて蛍火ではありえない大きさの光の球。

例えるなら太陽だろうか。

「なにあれ、怖いよ……」

「名雪？」

「嫌な予感がするんだよ……」

声に気付いて隣を見る。

そこには呆然とする真琴と、珍しくすっきり起きている名雪が同じようにそれを見ていた。

いや、もしかしたら真琴が起こしにいったときには名雪はこの雰囲気に中てられて起きていたのかもしれない。

それだけのことが言えるほどの異様な雰囲気を、あの光の球は作り出していた。

「祐一、無事でいるよね？」

「名雪？」

「ううん、変なこと言っちゃったよね。祐一があれに関係してるとは思えないし、祐一は危なかったら人を差し置いても真っ先に逃げるタイプだもん。絶対大丈夫」

それでも、祐一さんとは全く関係ないですよと言い切れない自分に秋子は歯噛みする。

何故かはわからない。

言うなれば何か頭の中の直感めいたものが、祐一はこの光の球に関係していると叫んでいるのだ。

多分、名雪も、あゆも、真琴も、同じようなことを考えて不安になっているのだろう。

「……祐一」

この場にいない想い人の無事を祈る名雪。

釣られてなのか、あゆや真琴も見様見真似のお祈りのポーズをしている。

優しい子に育ってくれたと秋子は思う。行き過ぎた独占欲の愛情さえ抑えていれば、彼女たちはものすごく魅力的に映っただろう。

いや、これからは大丈夫。彼女達は反省し、変わろうとしている。

祐一が帰ってきた頃には名雪達は魅力的な女性に変貌し、それでも彼女たちは祐一を取り合って争い、磨き……祐一の周りはいっそう賑やかになることだろう。

「大丈夫よ。みんな。

　祐一さんはお泊りしているだけなんですから」

ならばこの場の年長者（何歳とは言わない）としてやることは一つだ。

彼女達の不安を取り除けるよう動き、そして――

「あなたが帰ってきたらびっくりすると思いますよ。祐一さん。

　だからちゃんと帰ってくるんですよ。

帰ってこなかったら、お買い物の時にお米ばっかり頼んじゃいますから」

彼女たちと同じように祈るだけである。

魔法青年　相沢祐一

第５７幕『逆転』

「それじゃあ、このまま世界の改変を黙ってみてなければならないんですか！」

「私達の残された体力じゃ、正面からやっても返り討ちにあってしまうし……」

「だからって、この状況を指咥えて見てろっていうのかい？」

満月のやろうとしていることはわかった。

だが狙いが判明したところで何もできない。

相手はユンカースを支配する魔石を持っており、満月自身も全力ならともかく、疲弊した俺達じゃ手も足も出せないだけの実力を持っているのだ。

諦めの空気が辺りに漂う。

もう、どうにもならないのか……

「そんなことないですっ！　私達が諦めたら本当に終わってしまうです」

「フィア？」

「諦められるかですっ！　みんな悔しくないですか？

祐一さんが呼び出したのに、横から掻っ攫われるんですよ？

そんなの認められるかっていうやつです！」

そんな中を諦めるなと、声を上げたのはフィア。

そうは言うがなフィア。現状を見てみろ。

俺達が頑張ればどうにかなるレベルなんて遥か前に通り過ごしている。

「祐一さん、諦めないって言ったじゃないです？　あれは嘘だったですか？！」

「嘘じゃない。でも今の俺達にできるのは精々が満月の時間稼ぎ。

　それじゃあ根本的な解決にはならんだろう？　俺達が力尽きれば終わりだ」

俺達が止めなければならないのは魔石が満月の手に渡ることだ。

時間稼ぎでは俺達が一瞬でも止まってしまえば、満月は容赦なく魔石を手にして使用する。

せめて魔石の進行を止めることができればなんとかなるかもしれないが、それは満月の使用するスペリオル・ホープを破壊するというのと同義。

いくら俺が呼び出したものだったとしてそうそう簡単にはいかない。

「ん、待てよ。もしかしたら――」

「どうしたのぉ、祐一様？」

「ん、ああ、少し考え事だ」

ルドラが話しかけてくるが話を濁す。

正直、確信は付かない。そんな推測をルドラに話すわけにはいかないし、こう言っては悪いと思うが、ルドラにそれを話したことで建設的な意見が出てくるとは思えなかった。

少なくともそう思っていた。ルドラからあの一言が出るまでは。

「でもぉ、みんな変だよぉ」

「……？」

「だってぇ、ムーンがＮｏ．２１を取ったわけじゃないのに、皆諦めてるんだもん」

「取ったわけじゃないって、あんなの取ったも同じだろ？」

相手は魔石を支配できる力を持っているのだ。

今は取っていない状態だとしても、いずれ手中に収めるのは確実だ。

「違うよぉ〜、全然違うよぉ〜」

ルドラは俺の考えに首を横に振って否定する。

「Ｎｏ．２１は祐一様が呼び出した魔石なんでしょ？

　ムーンがどんな能力を持っていても、祐一様が操ることができないわけがないよぉ」

ルドラの指摘に驚きが隠せない。

それはさっきまで俺が考えていたこととぴったり当てはまっていたのだ。

満月はユンカースを支配する能力を持っていると言っていた。

だが、『俺がユンカースを封印できない』とは一言も言っていない。

それをあの圧倒的な力を見て勘違いさせられた……？

まさか俺達は『まだ』騙されていたっていうのか？

「ルドラ、もしかしてお前はバカの皮を被った天才か？」

「ルドラはバカじゃないよぉ。でも褒められたから許してあげるのぉ。それに――」

「？」

「ルドラにはよくわからないけどぉ、なんでもすぐに諦めるのはよくないと思うんだぁ」

ああ、やっぱりルドラはルドラだ。バカバカだ。

でもそのルドラのおかげで光明ができた。希望も持てた。

確信は付かないけれど、そんなもの付けていたら文字通り世界は終わる。

「なのはちゃん」

「はい？」

やれる。

「フェイトちゃん、アルフ」

「なに？」

「なんだい、藪から棒に」

やったる。

「スコール」

「なんだ？」

やらいでか。

「フィア」

「ほえ、です？」

「俺、諦めないことにする」

「……はい、ですっ！」

俺はみんなの前に出る。

Ｎｏ．２１を挟んで対峙するのは満月。

「満月、お前の思う通りにはならない」

「残念です。どうやら気付いたようですね」

「これだけのことができる満月に、考えが及ばないわけがないと思うがな」

「ふふ、どうでしょうか？」

少しは驚くかと思ったが余裕な笑みは崩れなかった。

でもそれだけで十分。

これくらいのことは想定していたことだったって言っているようなものだからな。

「さあ、ここからは一緒に競争と洒落込もうじゃないか」

「ええ、立場は互角、負けませんよ」

光へと杖を向ける。

初めて意識して使った魔法。

そしてこの戦いに終わりを告げる魔法。

『『ｓｅａｌ！！』』

まるで西部劇の一コマのようだった。

魔石がこの部屋へと入った瞬間、俺と満月はほぼ同時に封印の魔法を唱えた。

封印の光は真っ直ぐと伸び、同タイミングで魔石に着弾する。

「ぐぅっ！」

「く、う……」

あとは純粋な魔力の押し合いだ。全力を光に乗せて叩き込むだけ。

互いの余波で、吹き飛ばされそうになる体をなんとか踏ん張らせて、魔力を注ぎ込む。

しかし。

「う、もう魔力が？」

「その傷ついた体で挑んだのは命取りです。

消耗したあなたではそれ以上の供給はできません。無理をすれば命に関わりますよ？」

「じょう、だん！」

と、口では強がっても、圧倒的な魔力のキャパシティが違う。

これじゃあ、時間の問題だ。

くそ、これなら満月の計画をぶっ壊せるって思ったのに、不甲斐なさ過ぎる。

「さあ、私はあなたの命を奪いたくはありません。魔石を渡してもらいます」

「お前の自己満に付き合う気はない。死んだって魔石を渡してやるかよ」

「愚かです」

満月の放つ力が強まる。どうやら勝負を決めてきたようだ。

あっという間ではないが、徐々に侵食してくる満月の魔力を押し返すことができない。

このままじゃあ……

「祐一っ！　あんた何やってるの！　あんたの力はこんなものじゃないわ！

あんたはあの『スペリオル・ブレイド』を起動させた人間なのよ！」

魔力の消耗で朦朧し始めてきた俺の頭に声が響く。

フィアのものなのに、全く違う誰かが発しているような声。

「ふぃ、あ……？」

「あんたは私の知る中で最高の魔力を持っている！

私が保証するわ、あんたはムーンを超えられるってね！」

そう言って、こちらにサムズアップをくれる。

「祐一さん、負けないでください」

「頑張って、祐一」

「あんたならやれるよ。なのはやフェイトが認めているんだからね」

「もっと根性見せろ。僕と戦った時のお前のような気迫で奴に食らいつけ」

「がーんばるのー！　応援するのー！」

フィアの一言をきっかけに、なのはちゃん達の応援も激しくなる。

祈るような静かな応援が、高校野球の応援のように賑やかなものへと変わる。

……どうやらまだ、俺は倒れられないらしい。倒れる気はないけどな。

「まさか、そんなわけありません。

落ちこぼれの中にあのお方がいるなんて……！」

「満月？」

「それに、祐一さんが私よりも上、だと？

　そんなことありませんわ。現に押しているのは私。祐一さんではありません。

認めません、あのお方の最高傑作は私。私一人で良い！！」

フィアの言葉に影響を受けたのはなのはちゃん達だけではなかったようだ。

前にいる満月の魔力が急に不安定になる。

顔を見れば眼を見開き、信じられないような表情をしている満月。

口では強気に言っているが、先程までの強力な魔力はなりを潜めている。

原因はわからないが、これはチャンスだ。

俺の体、嘘つくなよ、魔力がまだあるんだろ？　もうバレてるんだ、見せてみろよ。

屁理屈はいいから、俺の魔力を全部引き出せ！

「俺の魔力、もってけえええええ！！」

「っ？！」

満月が動揺から解けたみたいだが、遅い。

不思議なほどに溢れてくる俺の魔力を魔石に注ぎ込む。

侵食されていた部分をあっという間に取り返し、勢いのままに満月の魔力を侵食していく。

そうなればあとは時間がかからなかった。

一気に侵食し返した魔力は瞬く間に魔石を完全に掌握する。形勢逆転だ。

「まさか、こんなこと」

「ようやく見れたな。お前の余裕のない顔が！」

「まだですっ！　まだスペリオル・ホープの力があれば――」

「お前があの能力を俺達に見せたのは誤算だったんだ」

満月の動きよりも早く。

封印が完了した魔石を俺の下へ引き寄せる。

魔石に触れた瞬間、体が震える。この魔石は本物だ。

本当に満月の言っていたようなことができるかもしれない。

それだけのことを一瞬で感じさせてくれる。

だが、これはそんなことに使ってはいけないんだ。

静かに眠らせてあげなければいけないんだ。

だから、一度だけでいい。一度だけ、俺に力を貸してくれ。

「そんなこと、俺がさせると思うか？」

この戦いに終止符を打つために。

「発動！　『　　　　　　』」

俺の声に呼応するように手中の魔石は白く瞬き、俺の視界を完全に埋め尽くした。

あとがき

Ｊ「ようやく進んだ気がするよ」

フィ「すごく……短くて遅いです」

Ｊ「というわけで５７話でした」

フィ「なんか久々のこの形ですね」

Ｊ「うむ、もうそろそろ最後だしな、初心に返るつもりでもといった感じだ」

フィ「今回は一つの山場を迎えたわけですね」

Ｊ「おう、Ｎｏ．２１の取り合いって感じですな」

フィ「意外とあっさりな感じでしたね。私的にはこれで話を引っ張るんじゃないかって予想してたですけど」

Ｊ「さすがにそこまではしない……そういう予定だったとは言えない」

フィ「今何か言いましたです？」

Ｊ「ううん、なにも」

※感想、質問、指摘はＢＢＳかＭａｉｌにてお願いします。

Ｊ「なんか私生活までｇｄｇｄなんだ」

フィ「知るか、です」

２００８年７月５日作成