それは正であり負でもある。
大局から見れば、絶対に正しいものというものはなく。
それは是であり非でもある。
もしその行動が結果的に最善だとしても、最悪だとしても。
既に確約された未来に違わないのであれば、その結果に精一杯抗うしかないのだ。
彼と彼がぶつかり合うのは必然だったのかもしれない。
いついかなる戦いでも、戦いと言うのは互いの義がぶつかり合うから起こるものだ。
もしそうならば
これから起こりうろうとしていることも、必然というものだったのかもしれない。
魔法青年 相沢祐一
55幕『そこにある未来のために』
「はぁ、はぁ……」
俺はなんとか着地をすると、ディアボルガの方を見る。
叩きつけられ、力なくずるずると倒れるディアボルガ。
まだ安心は出来ないが、完全に気絶してくれているのであれば願ったりだ。
こっちもさっきの一撃のせいで、先程以上に魔力にも体中にもガタが来ている。
さっきのような攻撃はもう出せない。
立ち上がられたら勝ち目はもう無い。
「ぐううう……」
俺の思いも空しく、唸り声と共に地をかきむしるディアボルガ。
もう立ち上がってくるんじゃないぞ。頼むから。
そう心で願い続けながら、ディアボルガの様子を窺う。
だが――
「つぅ、なかなかに効いたぞ。今の一撃はな」
よろよろながらもディアボルガは二本の足で地に再び立ち上がった。
拙い。拙い。拙い。ここで立ち上がられたら、本当に俺達には為す術がない。
俺はもちろん、皆だって戦闘で疲労が蓄積している。
俺の手元にmetalとearthがあるということはつまりそういうことだ。
ここまで来て、何もできずに終わるっていうのか?
「……そんなことない。そんなことはねぇ!」
まだだ、まだ終わってない。俺も、ディアボルガも。
なら俺のやることはただ一つ。
――こっちに話を聞かせてくれるまで、あいつを殴り続ける!
杖を後ろに放り投げる。
魔力がなんだ。そんなもんなくたって戦える。
体中に力を入れて、震える体を無理矢理抑え込む。
体の節々が痛むのがなんだ。体が動けば戦える。
ただあいつを殴るのが多少不便になるだけだ。
「「うおおおおおおおおっ!」」
俺とディアボルガは同時に地を蹴る。
やっぱり向こうも俺と同じ考えか、それなら手っ取り早い。
魔法がどうとかそういう面倒くさい対処法を考えなくて済む。
先手を取ったのはディアボルガ。顔面めがけて拳を振り下ろしてくる。
俺はダッキングし、その下をかい潜ると、腹部へ一発。
だが、浅い。
パンチを腹部に受けたまま、ディアボルガはヘッドバットを放つ。
避けることも出来ず、脳を思いっきり揺さぶられる。
ディアボルガは攻撃の手を休めない。
腹部、顔面、腹部、顔面。
コンビネーションで次々と放たれる拳をガードする間もなく喰らい続け、吹き飛ばされる。
「祐一さん! 今、援護に――」
「いらない。これは俺だけでやるんだ!」
揺さぶられた脳がなんとか回復した俺はなのはちゃんの厚意をはねつける。
厚意は正直ありがたかったが、我が侭でもなんでもいいからここは一人でやらせて欲しかった。
「心意気はいい。だがそれはただの馬鹿だと我は思うがな」
「馬鹿で上等。こればかりは退けない」
「それが敗因になったとしてもか?」
「あんたがそんなこと気にすんなって。俺は勝つ。
そして話を聞かせてもらう」
「面白い」
俺は立ち上がり、再びディアボルガの下へと駆ける。
腕を振りかぶり、ディアボルガの顔面へと――
「面白い、合格だ。相沢祐一」
飛ぶ前に、ディアボルガの掌の中でぴたりと止まる。
押し出しても壁にぶつかっているかのようにピクリとも動かない。
「……合格?」
「そうだ。貴様であれば我の計画を共に成就できる」
「悪巧みの誘いなんかこっちから願い下げだ」
「違うな」
俺の推測をあっさりと否定してくれる。
それなら一体なんだ?
悪事であれば一刀の元に斬り伏せるだけだが、それ以外のこととなると興味が沸いて来る。
そんな俺の期待通り、ディアボルガの口から飛び出た『計画』は俺を驚かせるには十分すぎるものだった。
「この事件の黒幕を打ち砕く計画だ」
「そ、それってどういう――」
「お話はそこまでですわ。ディアボルガ」
声のする方に一斉に視線が集まる。
声の主は茶色の長髪に、薄黄色のローブを纏った少女。
それは今俺が一番話をしたかった人物でもあった。
「……満月」
「またお会いしましたね、祐一さん。あの夜以来、でしょうか?」
「そういうことになるな。たいした時間が経ってないのに、懐かしい気分になるのはなんでだろうな」
後ろで「祐一さん、あの夜ってなんのことですかっ!」とフィアが怖い顔で喚いていたり、なのはちゃんが「あの猫……絶対に―してやる」と暗い表情で呟いていたりしているが、それを無視して話を続けることにする。
なんとなく気にしたら俺の命が危ない気がする。
「ふふっ、それだけ今までの戦いが激しかった証拠ですね」
「けしかけたのはお前なんだろうが」
満月はふふっと笑うだけで何も答えない。
だが、雰囲気がその事実を肯定しているように感じる。
そしてそこで改めて、満月がこの事件の本当の黒幕だったのだという事実に打ちのめされた気がした。
「ディアボルガ、私は仲間はずれですの?」
「む、ムーン……」
「あなたは私の目的を聞けば必ずこういう手段を取るって思っていましたもの。
他の魔石やバカな老人どもは欺けようとも、さすがにあなたは欺けないとも」
ディアボルガが完全に恐怖で萎縮している。
その光景は悪いことをした子供が親に叱られるシーンそのままだったが、その規模はさすがにそのままなんてことではないのだろう。
……主人の打倒。
ディアボルガの言う『計画』とはつまりそういうことなのだろう。
「な、なんで満月さんがこんなところに……?」
「あら、なのはさん。あなたもやはり魔導師だったのですね。
それに……時空管理局にいた金髪の魔導師と、その使い魔に落ちこぼれのフィア」
「私は落ちこぼれじゃないですぅ! 馬鹿ムーン!」
なのはちゃんはやはりというか信じられない表情で。
フィアは満月と顔見知りだったのか、少し不機嫌な表情で満月を見ていた。
「満月、お前は何を考えているんだ……?」
「考えるも何も、私は何も考えておりませんわ」
「黙れ、ムーン! 貴様はこの世界を滅ぼそうと考えている、違うか!」
「なっ?!」
ディアボルガの口から出た満月の野望に衝撃が走る。
世界を滅ぼすだと?
そんな大それたことを彼女が?
「あらあら、人形が出しゃばり過ぎです。
祐一さんを使わないと私すら倒せない分際が」
「そんな……そんなこと止めてください、満月さん」
「いくらなのはさんの頼みでも無理なものは無理です」
「ならせめて、何故世界を滅ぼそうなんて考えたの?
そんなこと常識的に考えてできるわけがない」
「……皆さんは何か勘違いをしているようですわ。
私は世界を滅ぼそうなんてこれっぽっちも考えておりませんの」
ディアボルガが言っていることが嘘だとは思えない。
だからこそディアボルガは計画を立て、満月を倒そうとしているのだろう。
だけど満月の表情にも焦りの色は浮かんでいない。
一体、どういうことなのだろうか。
「私は世界を滅ぼすのではありませんわ。
私は世界を創り変えるのです」
自らのすることに微塵の否も感じない様子で高らかと宣言する満月。
「世界を創り変えるだって? フェイト、そんなことできるのかい?」
「わからない。母さんが研究していた文献にはそういったものに近い遺失技術があるってことが書かれてあったものもあったけど」
「それって、アルハザードのこと?」
「うん、アルハザードには死者を蘇生する魔術だけじゃなくて、時間の遡行も可能な魔術があるって言われているし、それらを利用すれば世界の改変も可能なんじゃないかって思う……エレナ達を見ると、どうにも実感が薄いけど」
つまりは可能だということか。
エレナさんやアビス達の力は普通の魔術と比べても常軌を逸している訳だし、世界の一つや二つを改変するなんて楽にこなせることだろう。
それらを所持してる俺はそういうことができるのかと思うと、得体の知れない恐怖で体が身震いした。
「この世界を疎ましいと思ったことはありませんか?
理不尽がはびこり、幸せなんてないこの世界を。
平和を謳いながらも自らの利のために懲りず戦いを続けるこの世界を。
そして何よりも横に大事な人がいないこの世界を」
「……」
「私は耐えられませんわ。そんな腐った世界。
だから変えるのです。平和で、大切な人がいつまでも隣で笑ってくれる世界に」
「その為に貴様がしようとしていることが我にわからぬとでも言うつもりか?」
「そんなわけありませんわ。言ったでしょう?
私はあなたを欺けるとは思っていなかった。そして――」
満月の腕が横に薙がれる。暴れ狂う衝撃波。
ディアボルガはその無色の力に人形のように吹き飛ばされた。
「ぐうっ」
「――祐一さんの力を借りなければ私と戦うことすら出来ない人形に知られたところで何の問題もないってことですわ」
「ディアボルガ?!」
ディアボルガに駆け寄る。
さっきまで敵だったとはいえ見過ごすことも出来なかったし、さっきの一言も気になったからだ。
ざっと見るとダメージ自体は軽いようだが、先程までのダメージが蓄積されているのか、状態は芳しくない様子だ。
「大丈夫か? やっぱりさっきの戦いのダメージが?」
「気にするな。あれはしなければならなかったことだ。
……そんなことよりも、問題は奴のことだ」
「ディアボルガ……さん。満月さんの言っていることは間違っているって思えないんです。
世界を改変することでそんな世界が作られるなら、そうした方がいいんじゃ――」
「貴様は高町なのは、だったか。よりよい世界を生み出すためであれば、世界の改変も止むを得ないという考えを持つ者もいるだろう」
ディアボルガはそこで区切ると、満月を睨みつける。
満月はただ笑うのみで何もしてこない。
自分の不利になる暴露をされているにもかかわらず、余裕を持ったそんな態度が不気味に見えた。
ディアボルガは気にせず話を続ける。
「だがそれは幻想に過ぎない。表面的な部分をどれだけ書き直しても、本質的な部分は変わらん。
今起こっている紛争や戦争を無くしたところで、近い未来同じような諍いが行われるかもしれん。
それでは世界の改変など無意味だ」
「じゃあ、満月さんがやっていることは無意味なんじゃ?」
「違う」
なのはちゃんの反論をディアボルガは即答で斬って捨てる。
……なんとなく満月のやることがわかってきたかもしれない。
表面をいくら弄ったところで変わらないのであれば――
「……本質そのものを改変すればいい。それで平和な世界が生まれるというわけか」
スコールの今の一言が満月の目的と危険性を示唆しているものに他ならないだろう。
要は表面がダメなら核を変えればいいってことなのだ。
「人間は突き詰めれば善と悪だ。誰にだって心の中に良い心はあるし、悪い心もある。
それは人間として一番重要な部分であり、いずれかが欠ければそれは正常な人間とは言えまい?」
「そこを改変する……ってことか」
俺の問いにディアボルガは頷いた。
「万人が善人になる世界。死者が蘇る世界。
聞こえは良いが、それは本来この世界じゃありえない。
だからこそアルハザードは架空のおとぎ話として語り継がれた。
そんな無理な改変が通れば、世界が辿る道は混乱と破滅だからな」
ディアボルガは矛盾をはらんだ世界は崩壊するだけだ。と付け加える。
フィアも、なのはちゃんも、フェイトちゃんも、スコールも、皆一様に驚きの表情を隠すことが出来ない。
なのはちゃん達も、勿論俺も信じたくないが、全くありえないと否定ができないのだ。
そりゃそうだろ? だって今まで正義だと思って悪を無くす為に戦ってきたのに、悪もなければ世界は成り立たないなんて言われたんだから。
「満月、それは本当のことなのか?」
俺は満月に話しかける。
満月がそのことを知っている上で、世界の改変をしているとは考えられない。
そう信じて。
「ええ、存じています。でもそんなことは関係無いです」
「なんだと?」
だがそれは満月自身の口から否定される。
「改変というのは破壊と同義です。破壊のない創造はありえません。
ですがそれは試練なのです。その試練を乗り越えれば私達は更に昇華することができる。
長い目で見れば、私の行為は素晴らしいものだと賢人に理解されるのですわ。
もっとも管理局の頭の固いご老人には理解されなかったようで、先程ここを慌てて出て行かれましたけれど」
「勝手に世界を変えて、試練を押し付けるなんて許されるはずないです!」
「そうです! そんなこと、わたし達が許しません!」
「悪事を奨める気はない。だがそれが世界を支えている要因だと言うのなら、
皮肉だが僕は世界を守るために悪を守らなければならないな」
杖を構え、戦闘態勢を取る。
満月はそんな俺達の姿を哀しそうに見て、視線を逸らせた。
「……だからあなた達にはこの力を忘れて欲しかったのです。
こんなあなたの行動を否定するようなこと、必ず反発するでしょうから。
ただ静かに改変の礎になってくれればよかった。そうすれば私はあなた達を幸せにすることができたのに」
「満月、人は全能にはなれない。それは驕った考えだ」
確かに世界の全ての人を幸せにできればどれだけ素晴らしいことか。
だけどそんなこと出来るわけがない。
一人が得をすれば一人が損をするこんな世の中なんだから。
神様ですらできないかもしれないことをただの人がすると言うならば、それは傲慢以外の何でもない。
「よくわからないけどぉ、祐一様がそーいうならきっとそうなのよ?
ルドラには難しいけど、祐一様が間違っているって思わないの」
「私にも死んでしまったけど、隣で笑っていて欲しいって心の底から思う大切な人がいる。
でも今の世界を完全に否定してまでそんな世界は望まない」
「フェイトの言うとおりさ。あたしだってそんな世界があったらいいって思うよ。
でもそれはジコチュウだよ。死んだ奴は絶対に蘇らないんだ」
「……あなた達の考えがそうであるなら、私も私の考えを貫きましょう。
私を止めたければ、いつでもかかっておいでなさい」
――決裂だ。
何がどうであれ世界が滅ぼされるかもしれないというなら、それを止めなきゃいけない。
俺達はそれをしようとしている奴の目の前に居て、それを止められるだけの力も持っている筈なんだから。
相手は知り合いだ。付き合った期間は短いけれど友達だとも思っている。
だから俺は止める。友達にそんなことさせたくない。
例え友達がそれを望んでやっていることだとしても、間違っていることは間違っていると正してあげるのが友達なんだ。
――だから
「満月、お前を力ずくで止める!」
――先程放り投げた杖を拾い上げ、満月に突きつける。
俺は戦う。
すぐそこにある未来の為に。
あと☆がき
短いです。自分自身も惜しんでいるのかもしれません。
でも次辺りから急加速したいです。どんなに真面目に書いても作品の質が悪いのなら、その分たくさん書かないといけないって自覚はありますから。
なんか複雑になってきたって思っているよ。うん、自分もそう思う(尚タチが悪い
なんというか、よくよく考えてみれば「世界には正義と悪が必要」なんてありえない話ですよねー(ぇ
それに伏線とか全部回収できるかな……というか伏線何処に張ったか覚えてない……orz
誰か回収してない伏線とかあったら教えてプリーズ(最悪だ
というわけでラスボスにご登場願いました。
はい、以前もそれとなくちらつかせました満月嬢の久しぶりのご登場です。
アルハザードとか時間遡行とか無印なのはとのリンクっぽいものも貼っていますが、フィアの世界=アルハザードとかそういうのではありませんのであしからず。そこまで超展開をやる勇気はありません。
ただ似たような魔術がアルハザードにあるとかそういうのを資料で見た記憶があったので。
というわけであとエピローグ含め4回くらい(予定)で魔法青年も終了です。
乗りかかった船で最後まで読んでくださると嬉しい……なぁ。
P.S.
最近になってクロスよりも純正ものを書きたくなる病気に陥りました。
アナザーデイズとか書きたいよね。このタマルートとかで「もしあのまま二人の貴明へのアタックが続いたら……」とか。
※感想、指摘、質問等はBBSや拍手、メールなどでよろしくお願いします。
2008年3月20日作成