――こんなこと、ありえない。

アースラ艦長、リンディ・ハラオウンは困惑していた。

 

疲弊した戦力。

傀儡兵の大軍。

この絶望的な状況に現れた増援。

 

「か、艦長、増援艦の砲撃で敵残存戦力が三割減しました」

 

報告したエイミィもリンディ同様戸惑っている。

いや、リンディやエイミィだけではないだろう。

増援によって盛り返しつつある戦況。その戦艦の側面に描かれたエンブレム。

リンディ含め、この場にいるものならその正体を知らぬものはいない。

 

時空管理局。

 

彼女達と同じ、次元世界の番人の印を掲げた戦艦は、彼女らの当惑もよそに、また一体、傀儡兵を葬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年相沢祐一

51幕『アースラの憂鬱』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女達を置いて、戦況は進む。

 

「増援艦から熱源多数、反応は人間です」

「艦長、オルケスタ1から通信です」

「つないで」

 

リンディの指示にエイミィが通信回路を開く。

艦長席の前に仄明るく光るウインドウが現れた。

 

『おい、こりゃどうなってんだ。俺達に黙って、増援でも隠しておいたのか?』

 

ウインドウの中の人物、ゴートンがリンディに意見をする。

ゴートンの意見はもっともだろう。

こんな上手いタイミングでの増援だ。

リンディの指揮官としての能力を評価しているゴートンが、これがリンディの策略と映ってもなんら不思議ではない。

 

「そんなことあるわけないでしょう? 手品師じゃないんだから。

 ないものを出せといわれても不可能よ」

『それじゃ、こっちに裏切ってきたとか言うつもりか?

 それこそ手品じゃないんだぞ?』

「でも、それ以外の見当は全くつかないわ」

 

こちら側の戦力ではない以上、そう考えるしかないじゃない。とリンディは続ける。

確かに本局にいなかった時空管理局の部隊がこちらへやってきたということも考えられなくはないが、リンディはこの作戦内容を他方面の部隊に漏らすようなことはしなかったし、偶然通りかかったという線も薄い。

何より、リンディはあの戦艦に覚えがあった。

 

――それは本局に停船していて、事件後に消息不明になった艦にとても類似していたのだ。

 

『……わかった。あれは『味方』でいいんだな?

 各員、あれは味方だ。協力体制をとり、敵の殲滅に当たれ。繰り返す、あれは味方だ』

 

ゴートンが通信を切る。

リンディは艦長席に深くもたれかかると、息をついた。

向こうに何があったのか知らないが、この奇跡のおかげで、この戦いは勝利を収めることが出来るだろう。

 

「リンディ艦長さん。お茶、淹れて来ました」

「ありがとう佐祐理さん、いただくわね」

 

自分の引き出しを開け、佐祐理が運んできたお茶に自前の砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。

一口飲むと口の中に甘みが広がり、頭に染み込んでいくような感じがした。

 

「リンディ艦長さん、佐祐理の国でこういうことをなんていうか知ってますか?」

 

三分の一くらいの量を飲み干した頃、佐祐理が不意に口を開く。

 

「後学の為に教えてもらっても?」

「はい、もちろんいいですよ〜」

 

 

 

 

 

「えっとですね、『神風が吹く』って言うんですよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンディがお茶を飲み干すと、ちょうどいいタイミングでブリッジにウインドウが開く。これは艦内通信だ。

 

『艦長、ユーノ君が戻ってきました』

「ユーノ君が? 要塞内から転移できたのかしら……他のメンバーも戻ってきたの?」

『いえ、ユーノ君とこちらの所属ではない二名の魔導師のみです』

 

この状況でこちら側の所属でない魔導師。

十中八九、ディアボルガに組する者である。

しかし、その二人を何故連れて来たのだろうか。

リンディが思案していると通信を換わったのか、ユーノが話しかけてきた。

 

『リンディ『提督』、この人達を医務室……いえ、寝かせられる所なら何処でもいいので、とにかく休ませてあげて下さい!』

 

真面目な性格をしている者が真剣な表情をすると、どんなに優しい顔立ちをしている者でも強面になるらしい。

そんな表情でユーノはリンディに陳情する。

それは身内や友達にする『お願い』ではなく。

リンディのことを提督と呼んだことからも、それは容易く想像できる。

敵を艦内に入れる危険性がどれだけのものなのか、解らないほどユーノは馬鹿ではない。

その上でこんな馬鹿げたことを頼みこむのだ。身内の『お願い』なんて軽々しいものを使っていけない。

だから、リンディを提督として、艦長として、『要請』をする。

 

『……祐一さんが初めて僕に頼みごとをしたんです。

 この人達を安全な所まで運んでくれって』

「そう、祐一君が……」

 

断られたら……いや、『要請』なんて言い方をすれば確実に断られるだろう。だがもしそうなったら要塞内に戻って、この人達が回復するまでずっと護衛していればいい。ユーノにはそれだけの覚悟もあった。

敵とはいえ、これ以上誰かが傷つく姿は見たくなかったから。

対するリンディは悩んでいた。ユーノや、祐一を信用していないわけじゃない。

だが、何かの手違いで艦を沈めるわけにはいかない。

ユーノもそのことを気にしているから、お願いではなく、リンディを一艦長として、要請したのだ。

人道的な部分での罪悪感が残る。しかし艦の多数の人員の命だって等しく重い。

それにユーノがわざわざこういう言い回しをしたのだ、ユーノの方にも何か考えがあるはず。

リンディはそう考え、ユーノに受け入れ拒否の意を伝えようとした時、隣から声が上がった。

 

「はえ、あの人はもしかして久瀬さんですか? それにもう一人は祐一さんのクラスメイトの……」

「佐祐理さん、知り合いなのかしら?」

 

声の主である佐祐理を見て、リンディは尋ねる。

 

「はい、佐祐理の通っていた学校の後輩の方々です。

 ……あの、佐祐理は軍人じゃないので、こんなこと言う権利なんてないかもしれませんけど、ユーノさんの要請を聞いてはもらえませんか?

久瀬さん達は確かに敵かもしれません。だけど信用できる人です。佐祐理なんかでよければいくらでも保障します」

 

佐祐理がリンディに頭を下げる。

リンディと佐祐理は会ってまだ間もないが、リンディは佐祐理の仕事(といっても雑務ではあるが)振りを認めているし、祐一の友人としても信頼できる人物だと思っている。

ユーノだけでなく、そんな彼女にも頭を下げられても尚、要請を無碍にできるほど、彼女は非情ではなかった。

 

「わかりました。彼らをどこか寝かせることが出来る場所へ」

『あ、ありがとうございます!』

「佐祐理もお礼を言わせて下さい。ありがとうございます」

 

リンディの指示を受け、ユーノは早速近くにいた比較的手の空いている局員を使って、二人を運び出す。

ユーノもそれについていこうとして、リンディに呼び止められる。

 

「それでユーノ君、内部の様子を報告してもらえるかしら?」

『はい』

「まず、他のメンバーは無事かしら?」

『それに罠にかかってしまって、パーティを分断されてしまったので、一部メンバーの無事は確認できない状況です。僕は祐一さん、守護者と一緒にいたので、彼らの無事は確認していますが……』

「フェイトさんのチームやフィアちゃんと離れてしまったのは深刻ね……あと、なのはさんもそっちへ行ったと思うけど、ユーノ君は見なかったかしら?」

『え、なのはが?!』

 

リンディの言葉に、ユーノの声に驚きの感情が混ざる。

どうやら向こうは既になのはが要塞に向かったことを知らなかったらしい。

 

「……フェイトさんの方と上手く合流していればいいのだけれど」

『経験上、楽観的なことはあまり考えない方がいいと思いますけど』

「……そうなのよねぇ」

 

実際にはなのははフェイト達と合流を果たしているのだが、それを知る由がない二人には現状は絶望的なものとしか考えられなかった。

 

「艦長、例の戦艦から通信です」

『戦艦? 増援なんていつの間に手配していたんですか?』

「それは後で説明するわ。ユーノ君はブリッジに上がってくれる?」

『わかりました』

「エイミィ、繋いで」

 

ユーノとの通信回線を閉じ、入れ替わりに新しい通信ウインドウを開く。

開いた先に現れたのは、軍人の厳格さと渋めの顔が見事に融合した、いかにも固いイメージを与えてくれる老人だった。

 

「お久しぶり、それとも、直接お話したことはないので『はじめまして』でしょうか?」

『随分と淡白な反応だな。我々はそちらからすれば裏切り者だと思っていたのだが』

「それなら、癖になるくらい思いっきり罵りましょうか?」

『……それは勘弁だな』

 

通信窓の向こうの人物が苦笑気味に肩をすくめる。

彼とは直接何かをしたということはなかったが、提督以上が集まる会議で発言している姿を見たことがあった。

その時から上に挙げたような堅苦しい軍人気質な人物だという印象を持っていたリンディは、このような態度を取れる目の前の爺に多少の好感を持ったと同時に、中々に食えない人物だと認識を改めた。

戦場で余裕を持つというのは年季だけでは得られないものだ。

 

「尋ねたいことは一杯ありますが、まずそちらのご用件をお聞きしましょうか」

『そうさせてもらおう。そちらの疑問にも答えることができるだろうし、一石二鳥だ』

 

老人は顔を真剣に戻し、口を開いた。

 

『我々はたしかに先程までは向こう側についていた。

 だがそれは向こうとの利害が一致していたからだ』

「それで、今は違うとでもおっしゃるつもりですか?」

『ああ、そうだ』

 

リンディの皮肉が多分に含まれた返しにも全く動じずに即答する。

 

『我々は今事件のロストロギア、ユンカースの力に興味があった。

 民間人に難癖をつけて回収依頼をしたのもユンカースの力を研究し、戦力にしようとしたためだ』

「なるほど、大方ディアボルガと組んだ理由はユンカースの情報目当て、といったところでしょうか?」

『大方当たりだ。ディアボルガと組んだのは、彼はユンカース自体だけでなく、その情報も持っていた。それが非常に有用だと考えたためだ』

 

ユンカースを危険物と断定し、管理局を動かすこともやろうと思えばできただろう。

しかしユンカースには次元空間に影響を与える性質はなく、本来なら時空管理局は関与ができない案件である。

当然、そんなユンカースを表立って回収することは周囲から不審を招いてしまう。

それを可能にするのであれば、相応の無理を押し通さなければならないし、当然その分、道理も引っ込む。

つまり、『通した無理』は『プレシア・テスタロッサ事件』をユンカースに無理矢理に関与させることであり、それが時空管理局がユンカースに無関係だという『道理を引っ込ませた』のだ。

もしなのはが断ったとしても、その時は『前事件で次元震の影響で漏れ出たロストロギアの回収』という名目で部隊を送ればいい。

そうして、時空管理局の上層部はユンカースを手に入れるはずだったのだ。

 

「そこに祐一君達がやってきたわけね」

『そういうことだ』

「えっと、ちょっと質問してもいいですか?」

 

リンディと共に話を聞いていた佐祐理が遠慮気味に手を上げる。

 

『なんだね?』

「時空管理局と直接関係がないのでしたら、普通はそんなものに目をくれないのではないでしょうか? でも時空管理局はユンカースの力を理解して、今話したように仕向けたってことですよね?」

「えっと、つまり……どういうことで?」

「……時空管理局はユンカースの力に関する情報を事前に誰かから教えられていたってことよ。その話を聞いて管理局は興味を持ったから、こういう風に仕向けたってこと」

『その通りだ。我々は事前にディアボルガからユンカースの情報をもらっていた』

「えええええええええっ?!」

 

ブリッジから驚きの声が上がる。

というよりも『アレックスの』驚きの声といった方が正しいか。

 

「なんとなく想像はついていたんだけれどね。

 ユンカースは魔法界という世界でも一部でしか知られていない秘匿情報。

 それを知っているメンバーってだけで大幅に絞り込めるわけだし」

「その前にディアボルガが情報を持っているから協力していたって言っていましたから。

そう考えるとディアボルガが情報を与えたというのが一番自然な流れです」

「とほほ、わからなかったのは僕だけ……」

「それで、その協力体制がどうして今になって解消したのでしょうか?」

 

一人肩を落としているアレックスを見やりつつも、特に声をかけることもせずにリンディは画面の人物へ問いかける。

 

『先程言った通りだ。彼らとの利害が不一致したからだ』

「それは理解しています。私達が知りたいのはもっと核心的な部分です」

『ディアボルガがユンカースに関する情報の提供をする、その見返りに我々がユンカースの回収をする。我々は回収したユンカースをディアボルガに渡す前に研究をさせてもらう……これが我々の描いていたシナリオだ』

「聞く限り、破綻するような部分はなさそうですけど。

祐一さんという回収者が現れても、協力体制が続いていたんですから、相当の事がないと……」

「でもそれが破綻したってことは――」

 

ブリッジ後方にあるドアの扉が、空気が抜ける音と共に横にスライドする。

 

 

「ユンカース自体に時空管理局に都合が悪い不備があったということですか?」

 

 

エイミィの言葉を引き継ぐように入ってきたユーノが言葉を続けた。

 

「盗み聞きしてすみません」

「気にしないわ。ユーノ君にも話すつもりだったしね。それで――」

「あの人達が僕達を利用していたことですか? 別にいいです。

 事実、僕達が祐一さんと出会った時点で計画はほとんど意味のない状態だったみたいですし。

 それに今はそんなこと言っている状態じゃないです」

 

ユンカースに関する協力体制。

それは逆に言えば、ユンカースがあるからこそ成り立っていた協力体制である。

どんなに強固な繋ぎ目でも、その接続部分がなくては繋がらない。

糊がなければ紙と紙はくっつかないのだ。

ブリッジの視線が画面の奥の老身に注がれる。

彼は一つ息をつくと静かに口を開いた。

 

『ユンカースには次元干渉の能力……いや、そんな言葉では生温い。

 ユンカースには「世界を変える」能力を持っていたのだ』

 

それはこの場にいるすべての人物が考えていたユンカースの常識を根底から覆すカミングアウトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時空管理局がユンカースに食いついていたのは、強大な力よりも次元に影響を与えないところにあった。

強力な力を持ちたければロストロギアを使用すればいいだけであり、次元の秩序を守るという使命を持つ時空管理局が次元を乱すロストロギアを使用できるわけがないからだ。

ゆえに時空管理局はユンカースに興味を抱き、ディアボルガに協力をしていた。

しかしユンカースには時空に干渉する力が存在していた。

知らなかったとはいえ、これが公になれば大スキャンダルである。

そしてユンカースの情報を持っていたディアボルガがこのことを知らないはずがない。

 

「ディアボルガの方が一枚も二枚も上手だったということね」

『そういうことだ……今更になって我々は馬鹿なことをしたと後悔している』

「それで責任逃れする為に反逆してきたと?」

「リンディ艦長さん、笑顔で毒吐いていますよ〜」

 

笑みを絶やさずに毒を吐くという高等技術を見せられ、周囲の温度が数度下がる。

それは画面を通した向こう側でも有効らしく、毒を吐かれた張本人である男は顔に冷や汗を一筋垂らしていた。

 

『もう少しソフトな表現にまからないものか――すみません、ごめんなさいごめんなさい』

 

なんとか弁明を試みるが、リンディの眼光に圧されてあっけなくそれは謝罪の言葉に変わる。

その今にも土下座するのではないかという程の情けなさに、今までこんな人の下で働いていたのかという職場への疑問と、リンディには何があっても絶対に逆らわないことにしようという暗黙の鉄則をブリッジメンバーに抱かせたのは、秘密である。

 

『たしかに形ではそういうことになる。だが、ディアボルガが次元干渉のロストロギアを集めて何かをするということを知って何もしない程、我々は腑抜けではない。それに――』

「それに?」

 

リンディは疑いの眼差しを全く外さずに男に問いかける。

男はその目に若干怯え気味になりつつもなんとか口を開いた。

 

 

 

 

 

『ユンカースによって世界が消滅してしまうという時に、そんなことしている場合ではないだろう?』

 

 

 

それは本日二回目、それも先程とは比べ物にならない程の破壊力を持った、核爆弾のような発言であった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

短い。久しぶりなのに短い。

しかもアースラのお話。祐一君出てきてないorz

次回こそはディアボルガ戦をやってみせるんだ(´・ω・`)

わかりにくかったら、次回あたりにでも解説しようと思います。

本当はそういうのなしでもちゃんと書きたいんだけどorz

 

 

 

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2007年10月30日作成