「艦長! 左舷から傀儡兵多数!」
「オルケスタ隊を向かわせて」
エイミィの報告に若干眉をしかめながら、リンディは努めて冷静に指示を出す。
なのはが抜けてどれくらい経ったのだろうか?
彼女の抜けた穴は想像以上に大きく、物量で圧倒的な差を誇る傀儡兵に徐々に押されている形になっていた。
それでもギリギリの所で戦線は崩れないのは、偏に他の武装局員達の奮闘のためだろう。
「了解、オルケスタ1、応答願います」
『こちらオルケスタ1。左舷だな、了解』
『ご、ゴートン隊長、ちと休憩しましょうや』
『阿呆、まだへばるにゃ早すぎる。そうだろう?』
『ええ、あの子達も頑張っているんです。僕たちも頑張らないと』
『そういうことだ、異論は?』
『……そんなこと言われたら大人の俺達が頑張らないわけにゃいかんでしょう?』
『その通りだ、見せてやろうではないか。『大人』の意地って奴をな』
通信が切られ、再び艦内を砲撃と衝撃の音が支配する。
「といってもこっちは満身創痍、向こうは疲れを知らない傀儡兵。
とてもじゃないですけど、勝負にならないですよ」
「例えそうだとしても、この戦いから退く事は出来ない。
あの子達の帰ってくる場所を守るためにもね」
「……艦長、レーダーに戦艦クラスの反応が出現、数は多数!」
索敵を担当していたアレックスがリンディに絶望的な報告をする。
向こうが傀儡兵ではなく、戦艦を増援に出してきたことに艦内に驚きと戸惑いの声が上がる。
相手が戦艦、それも多数となれば今いる武装局員だけでは対処は不可能だ。
それは事実上の敗北勧告といっても変わらない報告であった。
「戦艦?」
「はい、向こうもいよいよこっちを押し潰しにかかる気でしょうか?」
「拙いわね、ただでさえ戦線を維持することで精一杯だというのに」
それでも、そうだとしても、この状況をどうにかしなければならない。
それが指揮官の務めであり、責任でもあるのだ。
しかし素晴らしい打ち手だとしても、歩と王だけでは将棋は勝てない。
リンディが取ることができる最善の策はこれしかなかった。
「一時、この場から撤退します。エイミィ、各武装局員に帰投命令を」
「待ってください艦長!」
「アレックス、どうかしたの?」
「先程現れた戦艦達が砲撃を開始しました!」
「回避行動急いで!」
報告が終わるよりも早く、リンディは操舵士に命令を下す。
しかし、続けて口を開いたアレックスからの報告は、その行動をいい意味で裏切るものだった。
「いえ、違います! 戦艦の砲撃は敵傀儡兵に向けてのものです!」
魔法青年 相沢祐一
50幕『戦さ前』
「……さまぁ……」
「ん……?」
誰かに呼ばれたような声に目を開き、まず目に入ったのは涙で濡れた少女の顔だった。
「ゆういちさまぁ……ゆういちさまぁ……」
水色の髪、祐一様なんていう独特すぎて警察呼ばれそうな呼び方。
間違いない、この子は――
「ルド、ラ?」
俺が彼女の名前を口にすると、ルドラは泣き顔のまま俺の胸に飛び込んできた。
何故かじくじくと痛い腹部に飛び込んできたので、腹部に痛みが走ったが、そんな顔をルドラに見せるわけにもいかないので、根性で我慢する。
彼女が何故このような場所にいるのかはわからないが、彼女が目の前で涙ぐんで俺に抱きついているのだ。
それくらいは我慢して彼女を安心させてあげたい。
「祐一、大丈夫?」
「柄にもなく思いっきり殴ってしまったけれど、具合はどうかしら?」
「申し訳ございません、ご主人様。
従者が主人に手をあげるなど、何があってもしてはいけないこと。
私、どんな罰でも受ける所存でございますわ」
俺が目覚めたことに気付いたのか、エレナさん達も俺の下へ集まってくる。
三人とも一様に心配そうな表情でこちらを見ていたので、俺は片手を挙げることで自分は大丈夫だということを知らせる。
それにしても、この腹の痛みはエレナさん達が殴ったからだったのか。
俺の体をボルツネェイが支配していたための止む得ない処置だったのだろう。
「気にしなくていいさ。しょうがなかったんだろう?
それよりもアビスは……?」
「アビスならご主人様の隣で眠っていますわ。
ボルツネェイの意識が途切れたことで、fusionの効力も解けてしまったようです」
ミナの言う通り、首を横に傾けると俺の体一つ分くらい離れたところに、もう見慣れてしまったメイド服を着込んだ銀髪の少女が横たわっていた。どうやらただ眠っているだけのようで、外傷もないようだ。
「そっか、よかった……」
「祐一様ぁ、ルドラとっても頑張ったのよぉ?」
話が終わるのを待ち構えていたかのようにルドラが再び甘え始めてきた。
すりすりと懐いた猫のように擦り寄ってくる彼女の頭を優しく撫でながら、俺は一番聞きたかったことを尋ねることにする。
「ところでなんでルドラがこんなところにいるんだ?」
「ふぇえ……ルドラ、ここにいちゃいけないの? ルドラいらない子なの?」
「そ、そういうわけじゃなくてな?! 別にルドラはここにいてもいいんだぞ?
だから泣かないでくれ、な?」
「うみぃ、それなら安心なのぉ……」
「あなたが乗っ取られた時にやってきたのよ。
悔しいけれど、ルドラがいなければボルツネェイに勝てたかどうか……」
俺に甘えるのに忙しそうなルドラの代わりにエレナが呆れ半分に答えてくれる。
いや、俺が聞きたいのはなんでこんなところにルドラがいるのかという話なのだが。
「そーなのー! ルドラ、祐一様達を案内しなさいって言われていたのよぉ!」
突然、俺の胸に埋めていた顔をがばっと上げ、ルドラが思い出したように口を開いた。
案内? 一体どういうことなんだ?
「なんですって?! どうしてそのことを先に言わなかったのよ!!」
自体が飲み込めない俺とは対照的に、エレナさん達の顔は驚きに包まれている。
「うぅ、そんなに怒ることないじゃないのぅ……
祐一様ぁ、おばさんがいじめてくるのぉ」
「だれがおばさんかっ!」
「まあまあ、エレナさん落ち着けって。
それで、なんでそこまで取り乱しているんだ?」
「ご主人様、彼女は佐祐理さまのお屋敷を襲撃したメンバー……彼らの一味なのです」
「へ?」
ミナが指差す方にいるのは、ユーノ君の看病を受けている久瀬と斉藤。
ということは何か?
ルドラはミナを捕まえようとしたメンバーで、あの時俺と出会ったのもミナを狙っていたってことか?
いやいや、それ以前にそれじゃあルドラは――
「……ディアボルガの手先って、ことか?」
俺の問いをこくんと頷いて肯定するミナ。
懐いている少女がまさか俺達の敵だったなんて、信じたくはない。
しかしミナの言葉が、この場所にルドラがいるという現状が、それは現実なんだと証明していた。
俺の頭の中に満月の時と同じような感情が流れる。
忘れよう忘れようとしたって、俺はデータを消せば痕跡も残らない機械じゃないのだ、簡単に忘れることなんてできない。
……いかんいかん、何も戦うって決まったわけじゃない。
彼女と歩み寄るために、俺はここにいる。
これ以上、無駄な血を流させないために。
「祐一君、absoluteが目を覚ましたわ」
アビスの下へ慌てて駆け寄る。
アビスは体を半分上げ、俺の方を見上げた。
「アビス、大丈夫か?」
「はい、相沢様。身体に特に異常はありません」
「そっか、よかった」
「祐一様、ついて来るのぉ〜」
急かすようにルドラが俺から離れてぶんぶんと入り口のところまで歩いて手を振って呼んでいる。
案内しろといったのは間違いなくディアボルガ――その後ろにいるであろう満月の指示だろう。
だけどどうにも解せない。
ここまで敵や罠を張り巡らせていたのは、俺達に近づいてほしくないからのはずだ。
それが今になってルドラという案内役までつけて招こうとしている。
……誘っているのか?
それとも時間稼ぎはもう終わったということか?
もし時間稼ぎだとしたら……ディアボルガ程の実力者が何故時間を稼ぐ必要があるのだろうか?
ディアボルガと俺の実力差は明白であるし、力押しでも十分俺を倒すことも可能だろう。
つまり俺達と戦う準備をする為ではない。
では何故だ?
「祐一、わざわざ向こうが招待してくれるのよ。
お望み通り招待されてやろうじゃない」
「エレナが言ったことは賢い選択じゃないかもしれないけれど、ここで考えているよりかは効率的ね」
「いきましょう、ご主人様。そして終わらせるんです」
「相沢様、私達は覚悟を決めています。ご決断を」
……そうだな。らしくなく難しく考えすぎたかもな。
「……虎穴に入らずんば、虎子を得ず、か」
「ごはんにしらすは、めしおかず?」
「それ全然、違うからな。ルドラ」
「うーん、言葉ってむずかしいの」
ディアボルガが何を狙っていようが関係ない。
どうせここにはディアボルガと、満月に会う為にここへ来ているんだ。
むしろ無駄な戦いや血も流さなくていいんだ、こっちとしても都合がいい。
なら行くだけだ。
相沢祐一、一世一代の大勝負。
この交渉絶対に成功させてみせるさ。
さあ、再会の時だ。
あとがき
短い。あぁ、短い。
今回は決戦前みたいな感じで短くまとめてみました。
だってせっかく決戦なんだから都合のいいところからはじめたいじゃなーい〈何
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2007年8月23日作成