「祐一様だよぅ!」
「ちょっと、あんた! 今の祐一は――」
現れた少女――ルドラはエレナの制止も聞かず、無邪気に笑顔を振りまいてボルツネェイの下へ駆け寄る。
「祐一様、おしさしぶりなんだよぉ……あれ、おひさしぶりだっけぇ?
おし、おひ、おし、とにかく会いたかったのよぅ」
ルドラはそのままの勢いでボルツネェイに抱きつき、すりすりと自らの顔を擦り付ける。
それは子供のように慕っている者に好意を表す仕草にも見えれば、これは自分の所有物だということを周囲に見せ付ける為の仕草にも見える。
幼さのなかに大人のような独占欲と相反する二つを兼ねそろえたその姿はまさに魔女という言葉が似合っていた。
ボルツネェイは抱きついてきたルドラを見やると顔を綻ばせて――
「だぁれ、このがきんちょは?」
――ルドラを突き飛ばした。
「え? ええ?」
「馴れ馴れしいわぁ。宿主さんとどんな関係だったかしらないけど、私はあんたなんかしらないし、こんな風にじゃれあうつもりも毛頭ないわ」
突然の出来事にあっけに取られているルドラをボルツネェイは更に言葉の刃で斬りつける。
「あなたは祐一様じゃないのぅ?」
「えぇ、宿主さんはおねんね中よ。
もっとも何時目覚めるかわからないけどねぇ」
「え……?」
力なくボルツネェイを見上げていたルドラの目が揺れる。
エレナはルドラの元まで駆け寄ると、ボルツネェイを睨み付けた。
「どういうことよ、ボルツネェイ」
「そりゃあ、私の目的を果たすには体が必要だもの。
人間の体がどれだけ丈夫なのかは知らないけれど、せいぜい使い捨てさせてもらうわ」
ボルツネェイの言葉は祐一の無事とその後待ち構えている危機、両方を示していた。
魔法青年 相沢祐一
49幕『表の戦い』
「あなた、何を言っているかわかっているのかしら?」
祐一はまだ無事だということに内心で安堵をしながらも、元ユンカース候補としてはあるまじき言葉にリムはボルツネェイを諫める。
魔石はどれだけ優れた意思を持っていたとしても、どれだけ強力な能力を持っていたとしても、所詮は道具、使われる側なのである。
自らの体を得るためには手段を選ばないだろう彼女だ、仮初である祐一の体など使い捨てすることになんら躊躇いはないだろう。
「あははっ、見事な偽善論ね」
しかし彼女はその言葉を一笑のもとに叩き伏せた。
「どれだけ綺麗に見せてもこの世界は弱肉強食。
その根本から逃れられるわけがないわ。
体験してきた私はそれをよく知っている」
彼女の過去はまさに敗者の歴史だった。
一番に生まれたにもかかわらず、才能がなかったために次々と『完全』になっていく姿を見続けてきた日々。そしてその妹の一部品として組み込まれてからの日々。
力を持たぬものの末路をその心で食傷になるほどに味わいつくしてきたのだ。
悟りとも言えるし、一種の諦めとも言えるそれは、彼女の信念として油汚れのようにこびりついていた。
「でもそれは私が弱かったからだもの。
今は違う。あんたらを倒して、この世界に! 神に!! 私を作ってあんな仕打ちをした馬鹿共に!! 証明してやるのよぉ!」
高らかに一点の迷いもなく叫ぶボルツネェイ。
「私はちゃんと意志を持っているのだと。
私は誰にも負けない、最強の守護者になれるのだと。
私は――」
そこまで澱みなく開けていたボルツネェイの口が急に止まる。
彼女は一瞬逡巡した後、雑念を払うように首を二、三回軽く横に振り、中指を突き立てた。
「――いいからかかってきなさいよぉ!」
エレナは未だに呆然としているルドラの方を見る。
祐一(正確には違うが)に拒絶されたことがまだ堪えているのだろうか。目は焦点があっておらず、何か言おうとしているのか口をぱくぱくと金魚のように開けていた。
エレナは聞き取ろうと、耳をルドラの口元に近づける。
「お、ばさ、ん」
「私はまだおばさんじゃないけれど、何かしら?」
「わた、私、嫌われちゃた、の?
祐一様に嫌われちゃったの、かな?」
「time、来ますわ!」
「ちい!」
ルドラを抱えて大きく横に飛ぶエレナ。
その横をほとんど同タイミングでボルツネェイのトンネルストレートが空を切る。
「そっちが来ないのなら、こっちから行くわぁ!」
「あー、あんた名前は?」
「る、ルドラぁ……」
ボルツネェイの追撃の対処をリムとミナに一時的に任せ、エレナはルドラに会話を試みる。
「聞きなさい、ルドラ。祐一は悪い魔女に乗っ取られちゃったの。
それを助けることが出来るのは私達とあんただけ。わかる?」
「えっとぉ、う、うん」
「リムはあんたが女神、勝利の鍵みたいなことを言っていたわ」
「でもルドラはお友達を呼ぶことと、結界をはることしかできないのぉ」
お友達というのはおそらく召喚のことで、結界というのはこの前の戦闘の時に張った術者が許可するもの以外の出入りを完全に封鎖する結界のことだろうとエレナは結論付ける。
その二つは文字通り身に覚えがあるエレナには既に把握済みのことだった。
しかしどう考えてもエレナにはルドラの能力がボルツネェイ攻略の鍵になるとは考えられなかった。
リムは現在戦闘中である。
当然アドバイスをしてもらうわけには行かない。
エレナは考える。ボルツネェイの空間内に存在するものの情報量を操作することが出来る能力、ルドラの異世界から生物を召喚することができる能力と、許可したもの以外の出入りを完全に封鎖する隔離結界。
空間内?
隔離する?
「……わかった!」
「ねえねえ、ルドラは何をすればいいのぉ?」
エレナは勝利の鍵といわれてちょっとだけ息巻いているルドラに、今からすべきことを教え込む。多少理解するのに時間がかかったが、そこはゆっくりじっくりと説明して飲み込ませた。
「うん、わかったのぉ、ルドラ頑張って祐一様を助け出すんだからぁ!」
「期待しているわ、よろしくね」
受け答えに多少の不安を感じたが、彼女もXシリーズを与えられた一人前の魔導師、その腕前を信じようと自分自身に言い聞かせてルドラをボルツネェイの方へ送り出す。
これがリムの思惑通りなのかはわからない。
だがエレナにこれ以上の策を思いつくだけの時間も頭も足りなかった。
ルドラが無事に策を遂行してくれることを願いつつ、エレナも後を追うように歩を進めた。
「悪い魔女さん、祐一様を返してもらうのぉ〜!」
ルドラは手にリング型のデバイスを構え、ボルツネェイと対峙する。
彼女自身は怒り、睨んでいるつもりなのだろうが、その容姿と性格のせいで威圧感よりも可愛らしさの方が先行してしまうのは仕方ないことだろう。
(あ、なんか小動物っぽい)
(あれは間違いなく小動物ね)
(不覚にも小動物的な可愛らしさを感じてしまいましたわ)
守護者の見解も概ねそんな感じでまとまっていた。
「なぁに、がきんちょ。あんたが私の相手?」
唯一、彼女に可愛さを感じなかったボルツネェイは彼女の姿を見て、鼻で笑う。
当然だろう、ボルツネェイとルドラでは歴然とした実力差があるのだ。
しかし、彼女は知らない。
どれだけ強靭な男が出したパーだとしても、か弱い少女が出すチョキには天地がひっくり返っても絶対に勝てないことを。
「いくのぉ〜!」
「はっ! 何をするかと思えば――」
「やらせませんわ」
ルドラの魔法発動を無効化させようとするボルツネェイの前に、ミナが立ちふさがる。
「そんなことしたって無駄よぉ。わかっているでしょ?」
「では、これならいかがでしょうか?」
ミナは手を突き出すと、緑色をしたオーラのようなものを生み出し、前面に発生させる。
それはルドラをカーテンのように覆うと、爆発したかのように霧散する。
一見、意味不明なこの動作。だがボルツネェイにはこれが非常に効果的だった。
「くぅっ……魔力が特定できないわぁ」
ミナの持つ『power』の放出の力、それを使ってダミーの魔力を作り出し、本命であるルドラの魔力を特定できなくさせる。
「しゃらくさい、だったら全て吹き飛ばしてやるまでよ!」
「残念だけれど、時間切れよ」
「『全てを拒む世界』!」
そして本命の『全てを拒む世界』を確実に通す。
これでボルツネェイを攻略する為の布石を、最も効果的な場所に打つことが出来た。
『全てを拒む世界』はボルツネェイを囲むように展開し、身動きできないほどの狭さで閉じ込める。
「何かと思えば……こんな『はりぼて』の為に、随分と大げさな護衛をしたものねぇ」
「はりぼてなんかではないわ。少なくとも、あなたに攻撃を通すための条件は揃ったもの」
守護者三人がボルツネェイへと動く。
たしかにこれで許可されていないボルツネェイは動けず、許可されたエレナ達は結界をすり抜けて攻撃することが出来る。
ボルツネェイの卓越した体術は封じることに成功している。
しかし――
「冗談言っちゃいけないわぁ。こんなのすぐに消してやるだけよ」
彼女も馬鹿ではない。
当然のように結界を無力化させるために能力を発動させる。
彼女達との距離から、余裕と言うわけではないが無力化後に回避して追撃することが可能だとボルツネェイは脳内で計算し、結界解除後にどう動くかのシミュレートをする。
だから彼女は気付かなかった。
「えっ……?」
ルドラが展開した結界は一つではなく、『二つ』あったということに。
解除しても変わらず身動きをとることができないボルツネェイがそのことに気付いた時には、既に回避が不可能な距離にまで彼女達につめられた後だった。
「一発目ですわ!」
ミナが。
「二発目!」
リムが。
「これで終わりよっ!」
そしてエレナが。
ボルツネェイの体に渾身の一撃を叩き込んだ。
「ごめんなさい、祐一様ぁ」
ルドラの呟きと共に結界が消える。
ボルツネェイはその場に力なく膝をつく。
「ああ……私はぁ……私はぁ……よ、う、やく、ほんものに――」
彼女はそう小さく口を開き、そしてゆっくりと地に伏せた。
偽りの思いを表に曝し。
本当の思いを裏に隠し。
ただ一つの野望の為に。
ただ一つの願いの為に。
それは当たり前すぎる権利。
それは本来与えられるはずであった願い。
だけど彼女はなりそこないだから。
だけど彼女はボルツネェイだから。
彼女には『当たり前』は存在しなかった。
彼女には『本来』は与えられなかった。
だから彼女は世界を恨んだ。
だから彼女の思いは強くなった。
それが彼女を強くした。
それが彼女を弱くした。
それが正しかったのか
それが間違っていたのか
今はもうわからないけれど
今、この瞬間は彼女の暴走を止めてくれた人たちがいる。
今、この瞬間は彼女を認めてくれた人がいる。
それだけは今、わかること。
だから私は、
新しくなった私は、
認めてもらった私は、
正してくれた妹への
認めてくれた主への
――にこう言うのだ。
「ありがとう」
さあ、あとがきがはじまるざますよ。
いくでがんす
ふんがー
まともにあとがきしなさいよ
今回の寸劇はおやすみです。
ちかれた。
ちとわかり辛いかもしれませんが、つまりこういうことをJGJは言いたかったのです。
見ると面白くなくなるかもしれないので、消しておきます。
見たい人は下部をドラッグしてください。
裏の彼女(本当の思い)はユンカースの誰もが与えられた、主人の為に役に立つことという権利を望み、表の彼女(歪んでしまった思い、彼女の心の闇)は全てを倒し、周囲に存在を認めてもらうことで、自らの体を手に入れることという実益が望みだった。
まぁ、表の彼女の目的も自らの体を手に入れる=その体で主人に仕えるということなので、結果的には同じなのですが、まぁ、目的は同じでも手段が違うという意味ではハルヒの長門と朝倉のような穏健派と過激派みたいな感じだと思ってくれれば。
しかし、想像以上に表の思いは裏の思いを侵食して肥大し、彼女の精神をも蝕んでいった。
だから裏の思いを認め(祐一ら)、なおかつ表の思いを打倒してくれる存在(エレナら)を彼女は望んでいたのです。
そしてその両方の目的が果たされ、彼女は両方に共通した意味で「ありがとう」と彼女は言ったのです。
まぁ、こんなところ。
わかり辛かったのはJGJの筆力不足としか言いようがありませんorz
本当にごめんなさいとしか言えません。
ちなみに解説以外の部分もドラッグしてみると面白いことがあるかもしれません(何)
今回は文章量よりも遊び心が勝ったので
※感想、指摘、質問がございましたら掲示板かmailでよろしくお願いします。