「お目覚めかしら?」
俺の意識を覚醒させてくれたのは少女の声だった。
声に反応して体を反射的に動かそうとしたが、そこで四肢を何かに拘束されていることに気付く。
ここはどこなのだろう。俺はアビスと共に久瀬達との戦闘中だったはずなのだが。
時が経つにつれ、覚醒したばかりでぼやけていた視界が徐々にはっきりとしてくる。
銀の長髪、まだ幼さの残る整った顔と、そこに仮面のように張り付いたような無表情。
そして馴染みのあるメイド服。それは俺のよく知る人物と完璧にまで一致していた。
そう、先程まで融合をし、文字通り一心同体で戦っていた彼女だ。
「アビス?」
しかし俺にはそれがアビスだという確信を掴むことができなかった。
どうにも違和感が拭えない。
たしかに容貌はアビスに非常にそっくり――いや、アビス自身と言われてもなんら遜色はない。
「まぁ、そうよねぇ、この姿じゃ間違えて当然、か。
でもごめんなさい。今はこの姿でないとあなたにお会いが出来ないものだから」
あぁ、そうか。彼女が口を開いて、ようやく気付いた。
無表情に淡々と喋っているように見えるアビスと違い、目の前にいる彼女の言葉には多少の皮肉が交じっている。簡単に言えば、アビスよりもずっと人間らしい。
それに気付いた俺が彼女を見ると、隠す気もないのか、それとも隠しているつもりはなかったのかはわからないが、別段気にした風もなく、こちらを見つめ返してニヤリと口を歪めた。
魔法青年相沢祐一
47幕『真実』
「姉妹?」
祐一の姿を借りた何者かの言葉に返事をしたのは、現在意識ある者の中で唯一、ユンカースとの直接的な関わりを持たないユーノだった。
「そうねぇ、殺しあう前に少しお話でもしようかしらぁ?」
「必要ないわ。あんたの過去なんて正直どうでもいいし」
均衡が崩れた。
エレナが突き出していないもう一つの拳で祐一の拳の側面を叩いたためである。
支点がずれ、バランスを崩す祐一の体。それにエレナは容赦なく攻撃を追撃する。
対する祐一は倒れこむ方向に自らが入る大きさの空間の穴を開き、その中へ倒れこむことでそれを回避する。
少し距離をとったところに再び現れる祐一、戦況はまた振り出しに戻った。
また距離を詰めるために駆けるエレナ。
遠距離では自らの武器を持たず、相手のトンネルストレートで一方的に主導権を握られてしまうエレナにとっては、距離を詰めることは、彼、もとい彼女に勝つ上で必要不可欠な要因だからである。
しかし、振われる拳に祐一は冷静に対応する。
エレナが近距離で戦闘しなければ勝機がないという時点で、彼女がやることは決まっていた。
祐一はエレナの拳が入る程度の小穴を拳の射線上に発生させる。
拳が中に入ったのを確認すると、エレナが引き抜くよりも早く、その穴を狭めた。
あっけに取られるエレナの隙を突いて祐一は逆の腕を取り、もう一つ開けた小穴に腕を突っ込むと、同じように面積を狭める。
これによって、エレナの両腕は完全に拘束されてしまった。
「そんな悲しいこと言わないでよねぇ……
私だって少しは昔に浸る権利があるとは思わない?」
「そんなものあんたにあるわけないでしょう?
あんたはおとなしく穴倉に戻ってればいいのよっ!」
エレナはもがきながらも犬のように祐一の言葉に噛みつく。
しかし拘束は完璧に極まっていたため、どんなにもがこうともそれは彼女を疲れさせるだけのものだった。
「『穴倉』……?」
「time、彼女はやっぱり?」
リムの言葉に、首を縦に動かすエレナ。
彼女達が話の外殻を触るだけで理解できる。
それは彼女達にとって大きく、そして重大なことだからなのだろう。
それだけはわかる。だがそれだけでは話の核心に触れたなんて言えず、案の定、取り残される形になったユーノはわけがわからなくなっていた。
「覚えていてくれて嬉しいわ。
改めて自己紹介してあげたいところだけど、名前を忘れてしまったの。
とりあえず『ボルツネェイ・ユンカース』とでも呼んでもらえるかしら?」
「『ボルツネェイ』?」
ユーノは首をかしげる。
そんな言葉を聞いたことがないからだ。
最低でも祐一やなのはのいる世界や、ミッドチルダの言葉ではない。
「『ボルツネェイ』……魔法界で『なりそこない』ですか」
「リムさん、彼女は……?」
「私はプロトタイプユンカースとしてこの世界に生を受けた。
当初の予定ではユンカース全てに意思を持たせ、完全自律する魔石を製作することが目的だったようね。
だから私も見合った能力を持ったユンカースが出来上がるまで、意思をより人間らしく成長させるための教育を受けたの」
「ユンカースに意思をつける……? でも今は守護者にしか意志は持たされていないはず」
「……計画は頓挫しました。彼女が暴走したから」
色のない表情で祐一を見つつ、ユーノに解説をするミナ。
同じくリム、拘束されているエレナも顔を曇らせていた。
その後、彼女、ボルツネェイは重い口を開き、話を始めた。
――それは魔法界では知らぬものはいないほどの有名な事件。
意思を持った、強力な魔石の基盤として開発された六つの意思。
内の五つは適合する能力と出会い、ユンカースとして生を受けていった。
魔石に意思を入れることは言うほど簡単なことではない。
微量の不純物を含んでいたとしても、九割以上は純粋な魔力の塊である魔石。
そこに意思を混ぜることはガラスに気泡を入れてしまうことと同じだ。
気泡がガラスの質を下げるのと同様に、意思を織り交ぜることは魔石の質を落としてしまう。
その為、簡単な意思ならともかく、魔石に自律させるほどの意思を織り交ぜるには、その質の低下を出来るだけ抑えるための相性――
いうなればその魔石の持つ魔力と波長の合う意思を使用しないといけなかった。
そして残った一つにはその相性が合う魔石がなかった。だから一人寂しく残ってしまったのだ。
そんなある日、適合し、魔石となったある一人が暴走を起こしたのだ。
彼女は多数の魔術師と、彼女と同じ意思を持った魔石によって鎮静化はさせられたが、魔石に完全に自律できるほどの意思を持たせることの危険性を世に知らしめるのは十分すぎるものだった。
本来なら破棄されていた筈の彼女。
しかし、彼女を破棄すればどうだろう? もしかしたら他の魔石が破棄を恐れ、同じように暴走してしまうかもしれない。
そうなれば被害はバカにはならないし、その度に大々的に戦力を投入していては、身が持つわけがない。
魔法界が決めた処罰はこうだった。
一、「彼女の能力の一部を封印すること。替わりに他の意思を持つ魔石の抑止力となる為、相手の思考を理解する能力を付属させること」
二、「彼女に隷属の意思を刷り込ませるために、メイド服の着用をさせ、親交の深かったスティナイト家に無期限で奉仕をすること」
三、「それでも彼女が暴走してしまった場合、また万一敗北し、戦闘不能になった場合を考慮し、緊急戦闘モード『dimantion』モードを開発、設置。
そしてその主人格として、唯一魔石化していない残った意思を組み込むこと」
幸か不幸か、その意思は最後の最後まで彼女と主の座を争ったほど、暴走した魔石の能力と相性は良好だった。
「――だから、私はボルツネェイなわけ」
ボルツネェイが話を締める。
「アビスさんが、暴走した……?」
ユーノは信じられないという風に首を振る。
それは今の話をちゃんと聞いているものなら当然の見解だ。
実名は出ずとも、現在守護者の中でメイド服を着用しているのはアビスだけなのであるから。
「えぇ、あの子は暴走事故を一回起こしている。甚大な被害を残してね。
それが、absoluteが最強の守護者と呼ばれる由縁よ」
「私達もそれに担ぎ出されましたから、よく覚えていますわ。
ただその裏でそんなことがあったなんて露ほどにも存じませんでした。
もっともエレナさんはどこか気付いていたようですけれど」
リム、ミナは驚きはせず、比較的冷静にユーノに言葉を付け加える。
それは彼女達も気付いたせいだろう。
普通に考えるなら、アビスの起こした事件はお咎め無しで済むほど軽い事件ではない。
先程の魔法界が決定した処罰でも余裕でおつりが来るほどであるのは誰にでもわかる。
つまりアビスは想像以上に重いものを背負っているのだ。
自らの罪、守護者達の未来、そして目の前にいる彼女との関係。それら全てを。
「私は許さない。あいつのせいで私は自由を理不尽に奪われた。
あいつのせいで私は未来を理不尽に縛り付けられた。
あいつのせいで私は体を理不尽に失った。
あいつのせいで……あいつのせいで……
あいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつがあいつあいつがあいつがあいつがぁあっ!」
自らのせいとはいえ、自らを犠牲に自らの罪を償う機会を与えられた。
自らのせいとはいえ、自らを犠牲に守護者を救うことは出来た。
しかし、自らのせいとはいえ、自らを救う為のシステムに使われた意思を救うことは出来なかった。
少々の狂気を携えて、彼女は独白を続ける。
威圧感のような狂気を放つその姿は不思議にゴスロリの姿と相まって、一種の魅力と、憎悪を撒き散らす存在となっていた。
「でも私はようやく外に出ることが出来た。
光の当たる舞台に立つことができた。このチャンスを、私は、絶対に、逃さない」
ボルツネェイは自らの体を強く、しかし大事な宝物を抱えるように抱く。
「この力、この体、このマスター! そうそう簡単に手放してなんかやるもんか。
私は最強よぅ! 最強になれば、最高になれば、皆が認めてくれる存在になれば、たくさん血を浴びれば、たくさん人を殺せば、あへぇ……あへへぇ……」
気味の悪い笑みを満面に零し、悦に浸って彼女は狂う。
既に彼女の精神は病んでいた。
抑圧された想いは、殺意へと変わり、一種のストレスへと変わって彼女を蝕んでいった。
それは長い年月で精神を侵し、彼女を壊す。
当初、彼女を組み込んだ者達の目的だった暴走への抑止力は彼方へと消え、今の彼女が持つものは飽くなき自分の体への執着。
それは更に間違った方向へと歪み、その為に備わっていた力は、自らの欲望を達するための手段へと変貌する。
――それは自分という存在を周囲に誇示するため。
――それは自分という存在を周囲に認めさせるため。
――それは自分という存在を確固とするための体を得るため。
それが彼女の歪んだ目的、そして同時に彼女の精神が縋り付く拠り所。
誰が聞いても間違っている、理解できないと答えるような理論も、精神を病んだ彼女には1+1のように誰もが理解できる常識的な公式に生まれ変わる。
自分を皆に認めさせれば、きっと私に体を与えてくれる。
認めさせるには戦って、自らの実力を知らしめればいい。
実力を知らしめるには相手を完膚なきにまで叩き潰せばいい。
相手を完膚なきに叩き潰せば相手は血を大量に流すだろう。
つまりわたしがたくさんころせば、たくさんちがでて、たくさんみとめてくれて、たくさんたくさんたくさん……
なぁんだ、かんたん。つまり相手を血まみれにすればいいってことじゃない。
そこまで堕ちれば、あとは坂を転げ落ちる小石だった。
そんな狂気に囲まれて、彼女はアビスの影でひたすら待っていたのだ。
何分、何日、何年後に発動するもわからない、このシステムが発動することを。
そして彼女は賭けに勝ったのだ。
エレナを拘束していた空間の穴が広がる。
少々バランスを崩しながらもなんとか転ばずに無事解放されるエレナ。
「さぁ、お話はおしまい。あんた達には踏み台になってもらうわぁ。
血は出ないでしょうけど、いいわよねぇ? こんだけいれば。
あぁ、あと――」
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、思い出したようにこう付け加えた。
「私の能力は完璧。今のあんた達じゃ、私に傷一つ付けられない」
それは静かな、第二ラウンドの幕開けの合図だった。
あとがき
J「うぇーい、お待たせして申し訳ないでした」
佐祐理(以下佐)「ところで、なんで佐祐理がここにいるのでしょう?」
J「いや、ちょっと中に入ったメンバーがそれぞれ大変なことになっているので、アースラから召喚したまでですよ。あと最近Kanonキャラ書いてなかったからその練習も」
佐「あははー、佐祐理は練習台ですかー」
J「たまに書かないとわからなくなるんで」
佐「それにしても今回もあまり長くありませんでしたねー。
心なしかいつもより地の文も多い気がしますし」
J「本当はもう少し長くしようかとも思ったのですがね。結構重要なところだし。
だけどちょうどキリのいい所だったので」
佐「たしかにユンカースの設定が出てきましたが、複雑ぽい気がしますー」
J「というわけで言い訳兼解説。
2幕でフィアがユンカースの話をしましたが、守護者以外には意思は存在していません」
佐「ふぇ? それだと悪意を吹き込まれて大変なことになるのでは……?」
J「そう、だからその代わりに意思が介入できないほどの厳重なロックがされてありました。ユンカースは一つ一つが強大な能力を持つ魔石なわけですから、下手に意思を織り交ぜて、アビスの二の舞にならないようにこのような処置をしたのでしょう」
佐「それで、意思を持っているユンカースは、能力に改変を受けたアビスさんが抑止力として、アビスさんへの抑止力はボルツネェイさんが担当することになったというわけですか」
J「その通り、そしてその5つのユンカースを守護者と、ユンカースとはまた別の呼び名を付けたということ」
佐「はぇ〜」
J「アビスが破棄されなかったのは、守護者達の連鎖的な暴走を止めるためというよりも、能力の改変とボルツネェイという名の鎖で繋いで、守護者以外への抑止力としても働かせるためだったというわけさ」
佐「彼女が守護者の未来も背負っているという表現はここから来ているのですか」
J「そういうことにしておいてくれ」
佐「あははー、その発言はなんか意味深ですよー?」
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2007年5月20日作成