――被融合者の生命活動、危険を危惧する域に到達。
――これより被融合者の生命保護の為、フォームabsoluteからdimensionへと移行。
――処理中……20%……50%……70%……90%……処理完了。
――左腕部異常無、右腕部異常無、左脚部異常無、右脚部異常無、頭部異常有否行動支障無、腹部重度異常有迅速行動求、同時治癒活動開始、被融合者魔力回路強制解放開始。
――処理中…………処理完了。
――absoluteフォーム補助ツール、dimensionフォーム作動。
『よろしくねぇ。宿主さん?』
魔法青年 相沢祐一
46幕『真・absフォーム』
「あはははははははははっ!!」
「?!」
「相沢?!」
それは突如響き渡った。
普段の祐一の声よりもオクターブの上がっている狂ったような笑い。
そんな笑いを上げながら祐一は起き上がった。
「あ、はぁ……んふ……」
男とは思えない艶やかな声で荒く息をつく祐一。
それは声変わりした後の男とは思えないようなアルト調の声と、absoluteフォームによって少女チックに変わった服装が相まって、男という男が人の道を踏み外してしまうのではないかという程の凶悪な容姿へと変貌していた。
「バカな?! あれだけの攻撃を受けて、まだ立てるだと」
「おいおい、どれだけタフなんだよ」
しかし幸運なことなのか、この場にいる男子には祐一の間違った魅力は伝わらなかった。
代わりに伝わってきたのは量りきれない恐怖。
彼は先程、久瀬の攻撃を防御魔術なしで直撃をしたはずだ。
証拠に脇腹から流れ出した血で彼の服には白と黒の他にもう一色、紅が彩られている。
今もその脇腹に作られた傷からは血がおびただしく出ているはずだ。
彼はもう瀕死なはずなんだ。こちらの有利は変わらないはずなんだ。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫――
久瀬は頭の中で必死にその言葉を繰り返す。
圧倒的優位に立っているのは誰の目から見ても明らかに久瀬達だ。
しかしそんな圧倒的程度の有利では揺るがない、絶対的な力。
久瀬はそれに無意識のうちに勘付いたのだ。
恐れは不安となり、自信を削る。
削られた自信は恐れへと変わり、不安となる――の無限螺旋。
それが今の久瀬の心中だった。
「おい、どうすんダよ?」
そんな心中を察しているのかいないのか、斉藤が久瀬に意見を求める。
さすがに見知った人物をこれ以上傷つけるのは、人間としての良心が躊躇うのだろう。
あれだけのダメージを負わせておいて今更とも思えるが、少なくとも彼らは祐一を殺そうとしているわけではない。
この場に釘付けにするか、もしくはそれ相応のダメージを与えるつもりで交戦をし、その目的は果たしたはずだ。
「化け物……?!」
斉藤の言葉が聞こえていないのか、まだ動ける祐一を見て、久瀬はそう月並みの言葉で罵った。
「おい、呆けてないで――」
斉藤は自らの存在に気付いていない様子の久瀬にもう一声かけようとする。
しかし――
「あ、はぁぁぁぁあっ!」
ビュオォォォォッ!!
「のわっ?!」
「な、なんだ。これは?!」
祐一から放たれる衝撃波のようなものによってそれは遮られた。
直前で気付き、よろけながらもなんとか回避に成功した斉藤と久瀬は、悩ましげに息をつく祐一の方を睨む。
「あ、はぁっ、ちょうだい……あなたの、あなたの、は、あぁぁっ!」
再び放たれた衝撃波。
先程と違い、悠々と回避をする。
目標から外れたそれは壁に直撃し、少々大きめの穴を穿つ。
「なに、あれ……?」
「守護者のみんなもわからないの?」
「はい、見当も。これがabsoluteの隠された力なのでしょうか?」
「違うわ。あれはabsoluteの能力じゃない」
バリアに閉じ込められた面々も、一様に首をかしげる。
それはアビスの能力を知っているものならば当たり前の見解であろう。
「はぁぁっ!」
全方位無差別に荒れ狂う衝撃の波。
拒絶するかのように蒔かれた破壊の種に為す術もなく、壁に吹き飛ばされる二人。
「この結界、邪魔ねぇ……決壊させちゃおうか? クスッ」
「そんなけっかいなことできるの?!」
「time、乗らないの。それにそれを言うなら『けっかい』じゃなくて『けったい』でしょ?」
そんなやり取りを意にも介さず、祐一は人差し指を立てた右腕を高々と空に掲げ――
「消えろ」
パァァァァァァン!
それはガラスが割れる音に似ていた。
たった一言である。
何をしたわけではない。ただ「消えろ」と命令しただけ。
たったそれだけで、小さな穴を空けることに戦艦一隻のエネルギーのほとんどを使う程の強固な結界を消し去ったのだ。
「結界の反応が消えたって、おいおい」
「さっきまでの彼とは全くの別人、ですね」
叩きつけられた衝撃からようやく立ち直った二人は、ここでようやく認識を改める。
今の相沢祐一には先程まであった、躊躇や迷いがない。
時間稼ぎなんて生温いことを言っていると、やられるのは間違いなく自分達。
故に全力で彼と対峙しなければならない、と。
そう判断を下した後は早かった。
先程まではこちらにも些かの躊躇いがあった。
敵だなんだといっても、斉藤も、勿論久瀬も相沢祐一は知らない顔ではないのだ。
しかし、今の祐一は彼らの知る祐一とは全く異質なものだ。まるで中身が違う。
こちらも非情に徹しなければ、勝てる相手では――否、非情に徹しても勝てる相手とは言えない。
向こうは要塞全体に張り巡らせてあった結界を、たった一言で消滅させるような輩なのだ。
「らぁっ!」
斉藤は巨大化させた鉄球を投げるが、これは飛び上がることで容易く避けられる。
祐一は鉄球の上に着地をすると同時に、斉藤に飛び掛る。
それに斉藤は冷静に体を半身ずらし、本命の久瀬の射線を開ける。
『blow bullet.(ブロゥ ブリット)』
『一撃の弾丸』と銘打つ弾丸は、文字通り一撃必殺の威力を持って、直線状にいる祐一へと発射される。
相手は飛び掛っている状態、避けることなど不可能に近い。
例えバリアを展開しようとしても、自ら近づいているこの状態なら間に合わない。
読み合いなら確実に久瀬達に軍配が上がっていた。
『普通の』魔術師ならば、直撃を受けて大ダメージを与えることは必至であろうことは間違いなかった。
そして、今の祐一はお世辞にも『普通の』魔術師とは言えないこともまた間違いのない事実だった。
「『hole』」
「しまっ―?!」
祐一は前方に小さな空間の穴を形成する。
必中するはずであった弾丸は、無情にもその中に吸い込まれて消えてしまう。
穴が閉じられた時には既に遅く、祐一の腕は既に眼前に存在し、運動の法則に忠実に従って斉藤の顔面を捉えていた。
続いて大きくのけぞる斉藤の腹部に追撃の膝蹴り。
援護する隙を与えない見事のコンビネーションで斉藤を地に沈めると、続けて久瀬に狙いを定める。
火を噴く銃口、鳴り響く銃声、発射される弾丸、されど当たらない弾丸。
斉藤が落ちた恐怖も手伝い、ロクに狙いをつけていないのだから当然といえば当然の結果なのだろう。
銃を扱うために一番必要である集中力を欠いた彼には、既に「勝利」の二文字は掻き消えていた。
腹部に一撃、折れ曲がったところを背部に一撃。
強化服を付けていようとも、中身は普通の人となんら変わりのない久瀬が気絶するには十分すぎるダメージ量だった。
「なによ? あれ」
「明らかに強さの桁を履き違えているわね」
「異質過ぎますわ」
「あれが祐一さんの本気……?」
結界が破壊された反動で、自らを拘束していた結界が破れていることに喜ぶことをせず、守護者達は異常な強さを発揮している祐一をじっと睨みつけていた。
「あははははははははははははははははははははははははっ!
弱いわぁ、弱すぎよぉ。つまらないぃぃっ! つまらなすぎてぇぇっ!
……こんな屑でも、流れる血は少しはマシよねぇぇぇっ!!」
「?!」
気絶している久瀬に止めを刺そうと腕を突き出す祐一。
エレナは即座に自らの能力を使用すると、全速力で祐一に突っ込む。
祐一は能力の展開にいち早く気付いて、別空間を生み出して回避する。
その間にエレナは久瀬と斉藤の下へ駆け寄り、再びこの空間に戻ってきた祐一と彼らに挟まれる位置に対峙した。
「何のつもりかしら?」
「祐一、今何しようとしてたのかわかってるの?」
「生憎、あなたとこういう事をするようなことはしていないつもりだけれど?」
「いいから答えなさい」
止まっていた時が動き出す。
エレナの詰問に次第に狂気の笑みに満ちていた祐一の目が剣呑を帯びてくる。
祐一は優しすぎる人間だから、敵だとしても容赦というものを少なからずかけてしまう。
それは祐一の魅力でありまた、弱点でもあろう。
しかし、今の祐一には「情け」や「容赦」や「躊躇」は全くない。
本能のままに。野生に生きる猛獣のように。
思うが侭に。無垢な子供のように。
エレナはそんな祐一の違いに敏感に反応できた。
それは最も古くから祐一と共に戦ってきた守護者であるからか。
それともこの中で最も長く、祐一を見続けていたからか。
「……伊達に獣の耳生やしてないわ。あんたは祐一じゃない」
「煩いわねぇぇ。野良わんこがきゃんきゃんと」
「の、のらっ?!」
「殺してやるのよ。敵を!」
「っ?!」
――正しい意見なのだ。
敵なのだから排除する。敵なのだから殺す。
戦いに明確なルールがないのであるのだから、それは一番簡単で、一番明解な勝利の条件。
だから、祐一の言っていることは正しい理論。故に正しい考えなのだ。
だが、その意見に賛同するには、エレナは――否、エレナを含むこの場にいる面々は、普段の優しすぎる祐一を知りすぎていた。
祐一は一度も、ただの一度も命を奪うような行為をしたことがないのだから。
「殺す……どうしたっていうのよ! 今までの祐一はそんなこと――」
「『今まで』と『これから』は違うでしょう?」
「だとしてもです! 命を奪うなんてことをせずとも――」
「そして、そいつに背中から刺されろと? やられる前にやる。それが戦いの掟では?」
守護者たちの意見を次々に封殺して行く祐一。
そこには迷いも躊躇いも一滴さえない。
それを真っ向から否定することもできず、黙り込んでしまう守護者達。
すると、今までだんまりを決め込んでいたユーノが口を開いた。
「……たしかに、祐一さんの言っていることは間違っているとは思いません。
過程はどうあれ、戦いのルールは生き抜いた者の勝ち。それは間違いない事実だと思います」
「ユーノっ!」
「ふふっ、わかってるじゃない」
「でも違うんです、祐一さん。
あなたはその為にこの人達を殺すわけじゃない。
だって、そんなことを言う人が、こんな愉悦に満ちた目をするわけがない!
あなたはあの優しい祐一さんなんかじゃないっ!」
今はなのはの援護を主としているが、元々は遺跡発掘を生業とするスクライア一族の一員であるユーノ。
遺跡発掘に必要な観察力の地力は人一倍に鍛えられている。
ユーノがだんまりを決め込んでいたのは決して言葉に詰まっていたわけではなく、祐一の様子をじっと観察していたためであった。
「ふぅん」
「どういうことよ? 答えなさいよ!」
「姦しいおばさんねぇ。えぇ、答えてあげる。
あたしが欲しいのは血。真っ赤な、真っ赤な血液。
なんで殺すのかって……当たり前じゃない。殺さないとたくさん血が出てこないでしょ?」
「あんたはぁ!!」
怒りの感情は前へと進む起爆剤となり、エレナに見えない後押しをする。
祐一の胸倉に掴み掛ると、そのまま体当たりの要領で駆け出す。
それを祐一は足に力を入れて踏ん張って防ごうとする。
純粋な力勝負では祐一の方が上であるが、エレナの方には勢いがあった。
砂利の音を立てながら、祐一の体がゆっくりと後退を開始していく。
「いい加減、邪魔よ!」
祐一はエレナの頭部を掴むと、容赦のない膝蹴りを顔面に浴びせる。
衝撃に思わず手を離してしまい、構えを立て直せる状態でもないエレナはちょうど恰好の的になっていた。
そこに追撃を加えようとするが、追いついてきたミナに邪魔をされる。
「少々手荒な真似になりますが、ご主人様を返してもらいます」
「くっ、ちょこまかと――っ?!」
応戦しようとした祐一の腕に鎖が幾重にも巻きつけられる。
ユーノの拘束魔法が発動したのだ。
鎖を強引に引きちぎるのとほぼ同タイミングでリムによる棒の突撃が襲う。
しかし、祐一は冷静に空間転移を行うことでそれを回避する。
先程の久瀬達のものと比べてもなんら引けをとらない、見事な連携だった。
そしてその見事な連携を捌き切る祐一もまた実力を持った猛者だということだろう。
間髪いれずに反応したエレナが駆け出し、開いた距離を一気に縮める。
「はぁぁぁぁっ!!」
「あぁぁぁぁっ!!」
拳と拳がぶつかり合う。
接触した部分から魔力がぶつかり合い、暴風が巻き上がる。
ユーノは風から守るように防御壁を展開し、ミナとリムは気絶している久瀬らを運んで中に入った。
「とっとと出て行きなさい、この寄生虫が」
「寄生虫とは面白い喩えをするものね? そうしたらあなたも同族となるのよ?」
「何が言いたいのよ?」
勢いはエレナにあった。
拳と拳のせめぎ合いも、力では上なはずである祐一よりもエレナの方が押している。
だからエレナは不必要な言動とわかりつつも、祐一の挑発めいた言葉に噛み付いていた。
「だって……私とあなた達は姉妹なんだから」
あとがけ
なんか段々と短くなってる気がする今日この頃。
祐一の中の人が実は守護者の姉妹だったなんて超展開すぎるだろうと小一時間反省しっぱなし。
少ないと思いますが期待してくれている皆さんには本当に申し訳が立たない気持ちです。
2007年2月11日作成