「嘘、どうして……」

「どうかしたの? エイミィ、報告」

「は、はい、先程再開されたはずの敵勢力の攻撃が中断されました。残存している傀儡兵は、少し距離を開けてこちらを窺うように展開しています」

「どういうこと? こちらを撃墜する意思はないのかしら」

 

エイミィの報告に、リンディは顔を驚きに染める。

艦の主力を欠き、更に先程のなのはの転送の際に使用したディストーションフィールドの影響でアースラ自体も一時的に機能を低下させている状態。

相手にはこれ以上にないというほどのチャンスのはず。

事実、ゴートン、カウジーら、残存局員が100%以上の働きをしている現在でも、圧倒的に量で優れる傀儡兵の猛攻を受けるには力不足であり、アースラも攻撃を受け続けて航行不能寸前といっても差し支えのない程の被害を受けている。

そんな時のこの相手の突然の攻撃中止。

何かあると考えるのが当然、しかし、その狙いが何なのかがわからない。

リンディはそんな思考回路の螺旋に陥っていた。

 

「ひとまず、外に出た局員に、見張りを数人置いてそれ以外は帰投するように伝えてもらえる?

 いつ戦闘が再開されるかわからないし、少しでも体力を回復させてあげましょう」

「了解です。艦長」

 

エイミィが帰還の指示を出しているのを確認し、リンディは艦長席に深く座り直す。

先程のフィールド展開といい、その後の激戦といい、緊張が長く続いていたせいもあり、顔には珍しく疲弊の色が覗いていた。

 

「リンディさん」

「……あぁ、佐祐理さん。何か不都合でもあったかしら?」

「いえ、皆さん、喉が渇いてるんじゃないかって思って、お茶を淹れてきたんです」

 

大き目のポットとブリッジの人数分の湯のみを載せた台車を指差して、佐祐理は笑顔で答える。

 

「ありがとう。気が利くわね」

「これくらいのことしか、今の佐祐理にはできませんから」

 

一回りブリッジのスタッフ一人一人に淹れたてのお茶を配り終え、最後にリンディの所へ戻ってくる。

 

「はい、これがリンディさんのお茶です」

「いただくわ」

 

リンディは湯飲みを受け取ると、私物入れを開けて、瓶を取り出して当たり前のように中身を大さじですくって緑茶に入れていく。

その動作を見て、周りのスタッフには胸をかきむしる仕草をしている者もいた。

 

「それってなんですか?」

「砂糖だけれど、おかしいかしら?」

「はぇ〜、美味しいのですか」

「おススメよ。一度試してみるといいわ」

「はぇ〜」

 

今度、祐一さんと舞のお弁当の時に水筒に入れて試してみようかな?

そんな平然と茶を啜るリンディを見て、佐祐理はそんな物騒なことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は疲れたからもう少し砂糖を入れてみようかしら?」

 

そしてその一言に胸をかきむしる仕草をしているスタッフが増えたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年 相沢祐一

45幕『アビス 〜第三の融合〜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アブソリュート……」

「フォームだと?!」

 

変貌した俺の姿を見て、絶句する久瀬と斉藤。

やっぱりこの魔法は珍しいということなのだろうか?

しかし、俺の考えていることと久瀬らの考えていることは、全くといっていいほど違っていたようだ。

 

「ぷっ、キミ、その格好は……」

「あ、相沢……よりにもよってゴスロリは、くっ、ダメだ。あはははっ」

「ダメだ。僕も笑いが止まら、はははっ」

 

……そういう意味での絶句か。

さすがにこのゴスロリ服はさすがにないって俺も思っているから否定が出来ないんだが。

この服装で街中を歩いたら国家権力にお世話になりそうだ。

 

『何故ですか、お似合いですよ。相沢様』

「やかましい。ゴスロリ服なんて似合っても嬉しくないわ!」

 

しかも、今までの服装は下はズボンだったというのに――

 

「なんでこれだけ『スカート』なんだよ。しかも、無駄にふりふりのフリル付きの!」

『そこはそれ、機能性重視というやつです』

「明らかに邪魔だよな? これ」

 

どこらへんが機能性だ。詳しく問い詰めたいぞ。

というか股がなんかすーすーする。名雪たちはこんなのをいつも着てるのか。

 

「にしても違和感ないのが凄いな。キミ、本当は女じゃないのか?」

「黙れ、久瀬。俺はれっきとした漢だ」

「いやいや、女っていっても通用するぜ。ほら、ウイッグつけたらもうそれだけで秋葉原で写真を撮られまくり間違いなしって感じだな」

「……」

『凹んでるのがわかります。なぜかは存じませんが、ファイトだよ、です』

 

ようやく笑いが収まった久瀬と斉藤にそう言われて更に凹み、アビスが追い討ちをかける。

誰のせいで凹んでいるのか解っていってるのだろうか?

もしわかっていてわざと言っているのだとしたら、俺はアビスに殺意を覚えてしまうかもしれない。

 

「祐一! そういう細かいことは気にしないの」

「エレナさん、細かいか?! これ!」

「祐一さん、僕、いけない道に走ってもいいですか?」

「ダメだ、戻って来い! ユーノ君」

「くそ、カメラ持って来ればよかった」

「斉藤、もしそうしたら、お前だけは躊躇いなく半殺しにさせてもらうぞ?」

 

俺の殺気混じりの声にも斉藤は怯まず、ポケットから携帯電話を取り出すと、俺にピントを合わせて――

 

 

「やれるもんなら、やってみろよ?」

「あぁ、そうだな。そうさせてもらうわ!」

 

 

撮られる前に殺れ。

脱線した本題に戻り、俺はスカートを翻しながら、斉藤の下へ駆ける。

本当なら、初めての空間魔法を試してみたかったのだが、absoluteフォームになっても、どうやら肝心の空間魔法が使えないようだ。

なんかfusionした意味がない気がするが、考えたら負けだ。

 

「斉藤君に向かうのはいいですが、僕の存在も忘れないでもらいたいね」

「ちっ!」

「おせェ!」

 

斉藤の下へ駆け抜ける俺に、久瀬が近づかせまいと援護射撃を放ってきたので、それを回避する、しかし、それを狙った斉藤の投げた鉄球が直撃し、壁際まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ」

「ご主人様?!」

「大丈夫だ!」

 

ミナの悲痛な声に片手を挙げて無事を伝える。

 

「この壁さえなければ、助太刀にいけるのに」

「とにかく今は祐一君達を信じるほかないわね」

「ご主人様……」

 

とは言ったものの、やはり二対一は厳しい。

ただでさえ前衛の斉藤、後衛の久瀬と、敵ながら感心してしまう程のコンビネーションをされているというのに、このままだとそれをされる前に、力押しでやられてしまうだろう。

 

「せめてこの現状でも使用できる能力とか、ほら、融合前に使えた読心術なんかはできないのか?」

『空間跳躍が私のメインですが、先程やったように空間を圧縮して一つの物体にすることができます。

それは転移とは違うみたいなので使用が可能のようです。

空間を別空間に繋がないなら大体の能力は使用できるかと思います。

 あと、読心術は『私自身』の能力であって、『absolute』の能力ではないので、融合時に消失してしまっています』

 

そういえば、空間を圧縮するというのは、さっきも攻撃を避ける時にも使用していたな。

ただその場の空間を物質化させるだけなので、それを弾にして撃ちだすようなことはできないようだけど。

読心術も使えれば戦いが楽になると思ったんだけど、使えないのならしょうがない。

……今、考えてみれば、アビスの能力って転移と読心術以外に何も知らなかった。

 

「でも、それを使ってどう戦えばいいんだろうな」

『とにかく、今は持っている魔石を使って凌ぐしかないのではないでしょうか?』

「それしかないか」

「会議は終わったかい? それじゃ、こちらから行かせてもらうよ」

 

久瀬が銃弾を放つ。

 

「『shield』、『ice』、二つの魔石の力を融合し今、新たな魔法として生まれ変われ!!」

 

盾が青白く輝きを放ち、エネルギーのようなものが周囲に広がる。

 

「『ミラーコート』っ!」

 

銃弾を受けた盾は衝撃を吸収し、盾の中で蓄積する。

そして盾の中で俺の魔力と混ざり合い、強化された衝撃は――

 

「跳ね返せぇっ! 『ミラーコートプレッシャー』!!」

 

 

ドムゥッ!!

 

 

――鏡で跳ね返した光のように反射される。

いくら久瀬でも、まさか自分の攻撃が跳ね返されて自身に牙を剥くとは思わないだろう。

 

「まかせろよっ!」

 

銃弾を反射されたのを確認した斉藤が射線上に飛び出す。

一体、何をする気だ?

 

「忘れ……って、お前は知らなかっタっけか?」

 

前方にデバイスを突きつける形で対峙した斉藤が余裕のある口調でそう呟くと、先端に付いていた鉄球の大きさが段々と大きくなっていく。

その大きさはついに斉藤の姿を隠し、俺が反射した銃弾も十二分に受け止めることが可能なくらいにまで拡がった。

 

「その鉄球は自在に大きさを変えることが可能なのです。ご主人様」

「できればそのアドバイスはもっと早めに欲しかった」

「申し訳ございません……このバリアを破るのに頭がいっぱいでしたので……」

 

それはしょうがないと言えばしょうがないことなのだろうけども。

できることなら、もうちっとそこんところを冷静に対応して欲しかった。

 

「おいおい、お前。こレをただ『防ぐため』に張ったと思ってネぇか?」

「は?」

 

防ぐためにこの鉄球を張ったわけではない……?

じゃ、何のために張ったと――

 

『――しまった?!』

「どうやら『彼女』の方が気付いたようですね。だが、残念ながら時間切れだ」

 

アビスが叫んだ時には、もう既に答え合わせが済んでいた。

俺の脇腹で久瀬の構える銃の発射部が冷たい存在感を戦闘服越しに示し続けている。

それが答えだ。

 

不自然なほど十二分に拡げた鉄球。

つまりそれは「防ぐため」ものではなく、「こちらに迫る久瀬を隠すため」のものだったのだ。

――不必要に拡げた鉄球は、久瀬の身を隠すだけでなく、こちらに注目を行かせるためにも役に立ち、先程の戦闘で、俺達が「前衛は斉藤、援護は久瀬」という考えを持ったのも久瀬が近距離戦闘を行わないタイプだと、こちらを勘違いさせるためのブラフだったのかもしれない。

これらの俺の推測が正しいか、正しくないかはあいつらにしか解らないし、関係ない。

 

今、間違いなく、正しいと断言できることは。

 

「やはり、君は君。一つのことに集中すると周りが見えなくなる。

 そしていつの間にか、強大な力を持つ勢力や人物を敵に回してしまうんだよ。

 川澄さんの時の僕達(生徒会)のようにね」

 

俺が未熟だったということと、こいつらに敗北したということだ。

 

 

intensively bullet.(インテンシュヴェリィ ブリット)』

 

 

電子音声とともに放たれた弾丸を零距離でノーガードの脇腹に数十発喰らった俺は、骨の折れるような音を発しながら真横へときりもみをしながら吹き飛ばされた。

 

『祐一っ?!』

「奇跡は、二度は起こらない。

 だってそれは奇跡じゃないだろう? 相沢」

 

俺は産まれたての小鹿のように震えが帯びた両手両足を奮い立たせて立ち上がろうとするが、急に湧き上がってくる吐き気に似たようなものに、再び大地に伏せる。

 

「げぇ……げほ、げほっ?!」

 

咳とともに吐き出したものは真っ赤な血だった。

骨だけでなく、どうやら内臓系統もやられたらしい。

その証拠に、脇を中心に白と黒の衣装にもう一色が加わる。

それは俺から滴る液体が白と交わり作られる深紅。





深紅、赤、血、死死死死死死死死死死死死死死死死死死――



 

血を見た瞬間。俺の思考が瞬く間に何かに埋められていく。

『俺』があっという間に侵食されていく。

それは俺のものでなく、だけどアビスのものでもなく。

無意識に掌に付着した液体を舐めとると、鉄のような味が口の中に広がる。

これが……欲しい。

たまらなく愛おしくて、たまらなく欲しい。

でも自傷した所で、流れる量は微弱、雀の涙。

ナラ、ドウスレバイイ?

 

壊れ逝く意識の中、俺でも、アビスでもないそいつは答えてくれた。

なぁんだ、簡単なことじゃないか。

 

 

 

「あいつらから奪い取ればいいんだぁ。ふふっ……」




答えがわかった途端、俺の――いや、あたしの意識は覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

今日はフィアはお休みでw

超壊れた祐一君。反応がないアビス。

隠されたアブソリュートフォームの真の力は一体なにか?

そして、全く出番のないルドラはどこにいったのか?

と、まぁ、次回に向けてこんだけの伏線を残してしまった自分に鬱。

 

 

 

 

 

 

 

魔術紹介

 

 

ミラーコート 術者:相沢祐一

 

iceとshieldの融合魔術。

盾で受けることができた攻撃を全て、魔力をまとった状態にして反射させる。

弾速などは変わらないが直接的な威力に関してはオリジナルより上の状態で反射される。

 

 

 

intensively bullet.(インテンシュヴェリィ ブリット) 術者:久瀬

 

文字通り、一点集中に弾丸を速射する。

今回の使用では零距離だったが、間合いが離れていても寸分の狂いもなく、同じ位置を狙うことが出来る。

集中的に弾丸を集めるため、破壊力は抜群で、何もコーティングしていない通常の魔力弾でも、バリアを貫通させることが出来る。

 

 

 

 

 

 

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P.S.

これから冬休み。でも、自分の冬休みはレポートで消えそうですorz







2006年 12月18日作成