「はぁ……退屈です」
夕闇に染まる道を歩きながらそう呟く栗色の髪の少女。
彼女―――倉田佐祐理は、今日も一人で帰っていた。
以前なら彼女の親友である川澄舞と共に帰っているのだが、その彼女は最近、相沢祐一に大好物の牛丼を奢ってもらう為、彼を探しに出てしまっている。
つまるところ、彼女は一人なのであった。
「舞も祐一さんの所に行ってしまいましたし……ちょっと祐一さんを妬いてしまいます」
いつも隣を通る公園の前までやってくる。
子供で賑わっているそこも、今日に限っては人っ子一人いなかった。
「はぁ……舞がいないとこんなにつまらないなんて思いませんでした」
重いため息をつく佐祐理。
知らず知らずの内に独り言になっているのにも彼女は気付いていないようだ。
キィィィィィィィィィン―――
「!? なんでしょうか? この感覚……」
脳内に走った妙な感覚だけを頼りに、佐祐理は公園の中に走り出す。
走って着いたのは恐竜を模した滑り台のトンネルの中。
「はぁはぁ……こんな所になにが―――っ!?」
そこで彼女が見つけたのは―――
「……」
ボロボロの服に、ピクリとも体が動かせない程に疲弊した一人の少女だった。
魔法青年相沢祐一
31幕「あゆ」
キーンコーンカーンコーン―――
「祐一さん、放課後ですよ」
「おぉっ!? もうそんな時間なのか!?」
「はいっ! そんな時間ですっ!」
放課後になり、なのはちゃんが昔の名雪のようなセリフで知らせてくる。
以前はよく寝過ごして名雪達に囲まれることがよくあったのだが、最近はこうしてなのはちゃんが知らせてくれるので、教室での襲撃に見舞われる機会がぐっと減っているので正直ありがたい。
また、お礼をしないといけないなぁ……
「そんじゃ、とっとと退散しますかね―――なのはちゃんは?」
「ゴメンなさい、祐一さん。私は残りのユンカースを探さないといけないので……」
「そっか、まだ見つかってなかったんだよな……俺も手伝った方がいいのか?」
なのはちゃんの話だと、ユンカースは嘘のように影を潜めてしまっているらしく、探すのに手間取っているようだ。
それにdreamのいっていた未来も気になる、これは何かの前触れなのだろうか?
そう考えると居ても立ってもいられなくなった俺は、一人でも二人の方が探しやすいと思い、協力を申し出たのだが、
「いえ、祐一さんは今、杖がありませんし、下手に外に出たら名雪さん達に捕まってしまいますから」
「……力になれず面目ない」
「あっ、別に役に立たないとか言ってるわけじゃないです。何かあったら連絡しますから―――」
そう言いながら自分のピンクの携帯を見せるなのはちゃん。
最近は小学生でも携帯を持つ時代なのか。
「おう、じゃあ俺の携帯番号を教えとくわ」
「あ、はい! (ラッキー、役得だね)」
俺は自分の携帯番号を教える。
なのはちゃんはそれを慣れた手つきで入力すると、その番号をダイヤルして、俺はそれを登録する。
これで双方に電話番号が行き渡ったということだ。
「よし! これでOKだな」
「祐一 ―――!!」
教室に段々と俺を呼ぶ声が聴こえてくる。
そういえば、これから逃げなきゃいけないのに随分時間を食ったな……
向こうも遅れてきたのは珍しいんだが―――
「やば、名雪が来たか。じゃ、なのはちゃん!」
「ユンカースが見つかったら連絡しますね」
「わかった……それじゃ!」
ガラララララッ!!
俺は名雪達が入ってきたのと同時に別の方の出口から猛ダッシュで逃げだした。
「祐一! 何処いったんだよ!!」
「またか? いい加減止めとかないと愛想尽かされるぞ?」
「そんなことしたら、みんなに差をつけられちゃうんだよ!!」
「う、うぐぅ、やっぱりそうなのかなぁ……」
「あゆさん! そんな妄言に騙されてはいけません!! 所詮はアンテナのいうことです!!」
「そうよ、あゆあゆ!! アンテナのいうことイチイチ聞いてたらキリがないわよぅ!!」
「そんな、みんな揃ってアンテナなんていわなくたって……」
名雪さん達の集中砲火を浴びて、私の前で凹んでいる金髪の男性。
……誰だか名前を忘れちゃいましたが(あなたも十分酷いと思います。by.作者)
でも、アンテナさんのいうことも尤もです。
そんなことをすれば嫌われるかもしれないって思わないんでしょうか……?
「そんなことより、祐一は何処行ったんだよ!!」
「……祐一さんなら今ここにはいません」
「そうなの―――えーと……なのはちゃんだっけ?」
私が声をかけると名雪さんはうーんと考え込むような顔をした後、思い出したかのように私の名前をいった。
……この時点で私は名雪さんにはライバルと見られていない―――つまり、祐一さんには圏外だろうと見られているのかと思うと少し腹が立つものがあるのだけど、そこは大人の懐の深さで我慢する。
「はい。なのはです」
「そうなんだ。ありがとうね。なのはちゃん」
「ありがとう、なのはちゃん」
にこやかに微笑みながら次々に私にお礼をいう名雪さん達。
やっぱり歳が十歳くらい離れてる人に恋をしてるなんて、誰も思わないし、思ってても冗談だと思うのかな?
「それじゃ、祐一を追うよ!!」
「「了解!」」
名雪さんの声に軍隊のように揃った声で返す皆さん。
そして駆け足で出口の方へ―――ん?
「……」
「……どうしたんですか? えーと、あゆさん?」
「う、うぐぅ!? どうしてボクの名前を……?」
みんながドアの方へ雪崩れ込むように駆け出して行ったというのに、一人だけポツンと立っていたあゆさんに声をかける。
こんな体格でも祐一さんと同じ歳だっていってたし、粗相の無いように気をつけて。
「あっ、祐一さんから話を聞いてて」
「そうなんだ。どうせ、『鯛焼きうぐぅ』とかいってたんでしょ?」
「わっ、当たってます」
「全く、祐一君ったら……」
呆れてはいるのだが、どこか安心したような声色。
あぁ、きっと彼女は―――
「……よかった」
「はい?」
「祐一君、まだボク達を嫌いになってなかったんだね……」
少し涙ぐみながら私に話してくる。
あゆさんは気付いたんだ。
このままじゃ、きっと遅かれ速かれ祐一さんに嫌われるって。
それがどんな理由からかはわからなかったのだけど、その後、あゆさんの方からポツリポツリと話し始めた。
「この前ね。祐一君を追いかけていた時にふと思ったんだ―――ボク達は好きな物を奢ってもらうことで、祐一君との接点を増やそうと頑張ってるんだけど、祐一君はそれをどう思ってるんだろうなぁ……って」
「あゆさん……」
「祐一君に聞くのが一番なんだろうけど、祐一君は優しいから。
聞いてもきっと大丈夫だって笑顔でいってくれる。
でもね、祐一君がすっごく疲れた表情で眠ってるのを見たら、それに甘えちゃ駄目なんだって、そう思ったんだ」
祐一さんは優しいから本当にそういうと思う。
だけど、それに甘えて更に奢ってもらっていたら、ただの泥沼になってしまう。
祐一さんは更に苦しくなっても笑顔でそういい続けるだろう。
そして、祐一さんの我慢の許容量を超えた時―――
「それを続けたら、祐一君がどこか遠い所に行ってしまう気がして……
肉体的にじゃなくて、精神的に果てしなく遠い場所に」
「それがわかっていれば大丈夫。祐一さんは優しい人ですから……ね?」
「う、うん! そうだよね。ボク、今日祐一君に謝るよ」
「それがいいですよ」
「ありがとう、なのはちゃん。なんか、ボク達親友になれそうだね」
「じゃあ、なりませんか? 友達に」
右手を差し出す。
あゆさんはその手と自分の手を交互に見て、ぎゅっと握手を返してくれた。
「逃っげろー! 逃っげろー!」
即行で靴を履き替え、昇降口を飛び出る俺。
そのままダッシュで校庭を抜け、校門の辺りに来ると、見知った顔の人物がこちらに手を振っていた。
「祐一さーん」
「あ! 佐祐理さん……舞は?」
辺りを見回して彼女の親友兼、相沢祐一捕獲隊(斉藤命名)の一員である少女を探すが、何処にもいない。
「今日は佐祐理一人なんですよ〜。たまには祐一さんと遊ぶのもいいかなと思いまして、舞を振り切ってきました」
「あ、そうなんですか」
といっても、ここでモタモタしてたら捕獲隊がやってくるし、佐祐理さんをこの追いかけっこに巻き込ませるわけにはいかない。
残念だがここは断ろうとしたその時、佐祐理さんの後ろに黒い物体がやってくる。
これは……車?
しかもただの車じゃなくて、一目で高級車とわかる黒塗りのリムジン。
「大丈夫ですよ。今日は佐祐理の家で遊べばいいんですから」
「……はぁ?」
「……駄目ですか?」
いやいや全然駄目じゃありませんから、その涙目の上目遣いは止めてもらえると嬉しいです。はい。
「いや、全然OKです。それじゃあ、お邪魔させてもらいます」
「はい、どうぞ」
佐祐理さんは嬉しそうにリムジンのドアを開けて俺を招き入れる。
佐祐理さんも乗り込むと、リムジンは自動でドアを閉まり、倉田邸に向かって走り出したのだった。
「いつ来ても思うが、でかいよな……」
倉田邸を眺めながらそう呟く。
実際に前方にある屋敷は水瀬家なんかよりも遙かに大きく、左右には高そうな彫刻や噴水などが配置されている。
いつ来ても落ち着かないなぁ……なんか別世界みたいな感じで。
「こちらですよー。今日は祐一さんに紹介したい人もいるんです」
「……は!?」
紹介したい人って……まさか両親か!?
そりゃ、佐祐理さんとは仲が悪いわけでもないし、佐祐理さんは可愛いんだけどさぁ……いきなり結婚なんて……いや、気持ちは嬉しいんだが、まずは正統なお付き合いを経てだなぁ……
「どうしたんですか?」
「のぅわぁっ!?」
思考に耽っていると不意に声をかけられてビックリする俺。
どうやら、妄想に入ってしまっていたらしい。
「い、いや。少し考え事を」
「そうですか……あっ、そろそろ玄関に着きますよ」
リムジンは玄関の近くで止まると、自動でドアが開く。
さぁ、いよいよ両親とご対面という奴か……
「只今帰りましたよ〜、ミナちゃーん」
家に入るなり大声でそう叫ぶ佐祐理さん。
ん? ミナちゃん?
両親じゃないのか?
「なんだ、残念」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」
佐祐理さんが呼んで暫くすると、トコトコと紫のセミロングに洋風のお屋敷にはあまり似合わない、浅葱色の着物を着込んだ一人の少女がこちらに走ってきた。
新しく雇ったメイドさんだろうか? 着物の影響でメイドというよりは女将みたいな印象を受けるが。
「お帰りなさいませ、佐祐理様」
「ただいま、ミナちゃん。それと佐祐理に『様』は付けなくていいですよ」
「も、申し訳ありません。しかし、恩人の佐祐理様にそんな扱いなど―――」
「ほら、またいってますよ? 佐祐理とミナちゃんは友達なんですから」
「さ、佐祐理様と友達なんて滅相も無い!!」
佐祐理さんのにこやかな発言に、頬を赤くし、首が取れんばかりにブンブン横に振り回す着物の少女。
佐祐理さんはそれを微笑みながら見物している。
「それで、こちらの方は……?」
ひとしきり首を振り続けると、少女はこちらに気付いたのか、俺の方を見て佐祐理さんに紹介を求めている。
「あっ、この人は相沢祐一さんっていって、佐祐理の友達なんですよ〜。
ほら、ミナちゃんも自己紹介して」
「はっ、私、ミナと申します。佐祐理様に拾われてここで働かせてもらっている者です」
着物の少女―――ミナと呼ばれた少女は佐祐理さんに促されて、こじんまりとした礼をしながら自己紹介をする。
さっきは女将と思ったけど、今、挨拶をされると武士に精通するものがあるなぁ……
「佐祐理様のご友人なら、私に口出しできることではございません。これからも佐祐理様をよろしくお願いいたしますわ」
「あぁ、よろしく……で、何故にミナさんは着物?」
ミナさんと会って一番気になっていたことを聞く。
「ミナでよろしいですわ。私、どうもメイド服のようなフリフリな服装が苦手なもので……
このような服なら多少ですが着慣れていますので、佐祐理様に無理をいって変えてもらったのですわ」
「なるほど」
「少し話が逸れました。では、改めてよろしくお願いいたしますわ」
手を差し出してきたので、それを軽く握り返すと、ミナは顔を少し顰める。
それを不審に思ったのか、佐祐理さんが話しかけた。
「どうかしました? ミナちゃん」
「……いえ、なんでもありませんわ」
ミナはそれだけいうと、くるっと踵を返してそそくさと立ち去っていった。
「……俺、何か嫌われることしたか?」
「うーん、わかりません。人見知りが激しいのかもしれません」
「そうか」
「それじゃあ、部屋に行ってお茶でもしましょうか」
佐祐理さんに促され、俺は佐祐理さんの部屋に移動することにした。
後書き
久しぶりな魔法青年。
少し短いんですけど、Kanon小説に慣らすためにリハビリ感覚で書いてますので、内容重視に書いてみました。
一つ作品が終わると途端に創作意欲が薄れるのですが、そこを奮い起こして頑張ってみました。
まだRUN×3の癖が抜け切ってないので、多少キャラがおかしくなってるかもしれませんが、ご了承願えると嬉しいです。
あ、対話形式じゃねぇw
※ミナのキャラ紹介は次回やりたいと思います。彼女はまだ秘密な部分が多いし、すぐにプロフィールが改正されるので纏めてしまいます。
感想・指摘・質問がございましたら、掲示板かmailにてお願いします。
2005年7月26日作成