夢―――

 

 

 

夢を見ている―――

 

 

 

夢の中の俺は夜の帳が下りた森で杖を構え、影と対峙している。

 

 

 

「―――これで終わりにしよう、『   』」

 

そう呟くと、影に向かって疾走する。

 

だけどなんだろう? 攻撃しちゃいけないって、影は敵なんだとわかってるのに、攻撃してはいけないって気持ちになる。

攻撃してしまったら、俺の心が砕けそうな気がして―――

 

 

なんなんだろう? この気持ちは―――

 

 

「これで……」

 

 

やめろ! やめるんだ! 夢の中の俺!!

その人は攻撃しちゃいけない! 攻撃しては……いけないんだ。

 

だが、無情にも振り上げられた杖は止まることなく、影を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法青年 相沢祐一

30幕「夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やめろーーーーーー!!」

 

 

ガバァッ!

 

 

叫びながら起き上がる。

前に出した手には、止めようと思った杖はなく、ただ虚空を掴んでいた。

 

「はぁ……はぁ……ゆ、夢……?」

 

時計を見ると四時半。

まだ普段ならぐっすり眠っている時間帯だ。

寝直す気にもなれない俺は、部屋をぐるっと見回す。

 

「……むにゃ」

 

隣ではフィアが丸まって寝ている。

普段から暇でずっと寝ているっていうのに、よく眠れるものだ。

 

「むにゃ……おかーさん……」

 

ふふっ、夢に母親が出てきてるのだろうか。

寝言にもそれが表れていて、微笑ましい。

……やっぱり寝よう。

あんまり寝たいという気は起きないけれど、無理矢理にでも眠気を起こして。

さっきの夢は気になるけど、所詮夢の話だ。

現実に心が壊れるようなことなんて無いだろう。

 

「おやすみ、フィア」

「むにゅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一さーーん!! 逃げても無駄ですっ! おとなしく愛する私にアイスを奢ってくださーーい!!」

「祐一君! 鯛焼きを奢ってよーー!!」

 

本局から帰ってきて二日。

もはやこの街では名物と化しているこの鬼ごっこ。

最近は奴らも慣れてきたのか俺が隠れるような場所も次々とバレて、隠れる場所が無くなってきていたりする。

 

「やばい! 今日は負ける!!」

 

後方から追ってくるのは栞とあゆ。二人とも元病人か? と問い詰めたくなるような爆走っぷりだ。

 

「うぐぅ〜〜〜〜〜〜祐一君! 逃げないでよ〜〜〜!!」

「逃げるのをやめたら、お前らに捕まるだろうが!!」

「当然です! 奢って貰えなかった分、今日はきっちり奢ってもらうんですから」

「ボ、ボクは、そこまで奢ってもらわなくてもいいけど……」

「だったら、俺は逃げる!」

 

今のお財布の中身からして奢るのは非常にまずいから逃げ切りたいのだが……

このまま行くと、名雪、舞、真琴も合流して、状況が悪化してしまう。

こうなったら……

 

「為せばなる!! 相沢祐一は男の子ぉっ!!」

「えぅっ!?」

 

残る体力を全てつぎ込み、一目散に駆ける。

みるみるうちに差は開いていった。

 

 

「はぁ……はぁ……見失いましたっ!」

「……祐一君」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……ここまで逃げれば、なんとかなるだろ……」

 

俺がやってきたのは森の中―――かつて俺とあゆが『学校』と呼んでいた場所。

 

子供の頃はここに来て、よく遊んだもんだ。

そう、あゆがここで事故を起こすまでは。

それから7年、全てを思い出し、奇跡を起きるまで無意識のうちに敬遠していたこの場所は今も尚、相も変わらず木々が茂っていた。

 

 

「さて、少し休ませてもらうかなっと」

 

俺は今は切り株となってしまった『学校』に腰掛ける。

ここなら地の利は俺かあゆにしかない。

複数相手なら話は別だが、あゆ一人なら撒くことも決して難しいことではないだろう。

 

「ふぅ……あいつらもあれが無けりゃいい奴らなんだけどなぁ……」

 

 

くらっ

 

 

一瞬、視界が暗転する。

……う〜ん、疲れているのだろうか? 少しくらい寝ても大丈夫か?

 

「ん……なんだか……眠く……」

 

そこで俺は意識を闇に放した。

 

 

 

 

 

 

 

―――夢

 

 

―――夢を見ている。

 

 

―――今度のは、今朝みたいな嫌な感じがする夢じゃない。

 

 

「……あったかい」

 

ふわふわっとした空間に浮いている感覚。

なんだろう、この安心できる感覚は?

なんだろう、この全てがどうでも良くなるような感覚は?

 

 

……どうでもよくなる?

 

そうか、これは俺の夢の世界か―――

でも、可笑しい。夢というのは無意識に見るもの。

俺自身が夢を認識してるなんてそんなこと―――

 

 

 

ビュフォォッ!!

 

 

 

「!?」

 

何処からかやってきた、何か蔦のようなもので体を拘束される。

う、動けない……

 

 

『……』

「誰だ!?」

 

気配に首を向けると、黒の長髪に麦藁帽子を被り、白のワンピースを可愛く着こなした一人の少女が立っていた。

 

『……あなた、魔法使いでしょ?』

「……」

 

少女の年に不相応な感じの問いに無言で答える。

敵か味方もわからないのにわざわざ自分の情報を相手に教えてやる義理はない。

 

 

ぐぐぐっ!

 

 

「ぐっ!?」

『ここであなたを絞め殺してあげてもいいのよ? さぁ、答えなさい』

「ぐっ……あぁ、そうだよ」

 

締め上げてきた蔦に息苦しながらも答えると、蔦はふっと緩まった。

 

『……ふふっ、ま、別に最初から知ってたことなんだけど』

「なら、聞くなよ」

 

 

ぐぐぐっ!

 

 

「のぅっ!! ギブギブ!!」

『口には気をつけたほうがいいわよ……死にたくなければね』

「……気をつけます」

 

ここって夢の世界だよな?

なんで締められててこんなに苦しいんだ?

 

『祐一君。私は『dream』、夢を司るユンカースよ』

 

へ? ユンカース?

しかも、人の形を持っているということは……

 

「守護者か?」

『正解。私はNo.4、力は守護者で一番弱いけど、能力は一番強い守護者。

それが私よ―――といっても、この姿は仮の姿なのだけれど』

「『夢』ってことは、人に夢を見せることが出来るのか?」

『ただの夢じゃないわ。予知夢―――聞いたことがあるんじゃ無くて?』

 

よ、予知夢って、あの未来を予測できるっていうあれか?

 

『私には未来が視える。そして相手に幻覚を見せることができるの。

 例えば―――こんな風に』

 

 

キィィィィン……

 

 

 

 

 

 

『グルォォォォォォォォォッ!!』

 

 

 

 

 

dreamが目を閉じ、なにか呟くと、俺の目の前に巨大なドラゴンが現れた。

 

「なっ!?」

『慌てないで、幻よ』

 

dreamが手を上げると、ドラゴンはぱぁっと消えるように無くなる。

ま、幻? 今のどうみても本物にしか見えない……

 

「これが、dreamか……」

『今、あなたを構成している肉体もこの空間も私が創った物。『creation』の最高峰がこの私なの』

「で、そのdreamが俺に何の用だよ?」

 

残念だけど、杖の無い今の俺じゃあ、dreamと戦う事はできない。

 

『私はあなたの未来に興味があるの』

「俺の……未来?」

『私はこの世界にやってきてからずっと、気付かれずにあなたの中にいたの。

だけど、私にはあなたの未来が視えない―――ううん、未来がわからないの』

 

お、俺の中にいた!? 全然気付かなかった。

それに、未来がわからないって……どういうことだ?

 

『あなたの未来は二つ視えた。一つは明るい道、そしてもう一つは暗い道。

そしてそのどちらもが、この世界や魔法界を一変させうる程の―――だから、あなたという人間が知りたくなったの。あなたがこの世界において、どんな存在なのか―――』

「俺の存在?」

『そう、『相沢祐一』という存在がこの世界にどんな風に働くのか……そして、もし悪い方に傾くのならば―――』

「!?」

 

 

ヴゥン

 

 

dreamの腕からどこからともなく一振りの槍が現れると、その矛先を俺に突きつけ、

 

『私はあなたを殺さなければならない』

「!?」

 

や、やっぱり戦うのか?

でもどうやって? 杖は無いし……

 

『さぁ、魅せなさい。あなたの未来を、それを私は……全力で受け止める!』

 

蔦が緩む。

これなら動けそうだ。

でも、動けるとして、どうやって戦う?

 

『頭の中で武器を思い描いてみなさい。その映像が鮮明ならば、あなたの手に浮かび上がるでしょう』

 

武器も無く、どうやって戦おうかと考えている俺にdreamがアドバイスをくれる。

くそっ、ハンデのつもりってわけか?

 

俺は武器―――当然、レイバルト・バリアントを装着した自分を思い浮かべる。

すると、右手に杖が現れ、服装がレイバルト・バリアントを装着した状態の強化服になった。

 

 

 

『さぁ、かかってきなさい』

「いわれなくてもな! 『speed』!!」

 

俺は高速でdreamに近づき、杖を袈裟に振り下ろす。

しかし、それをまるでわかっているかのように回避し、攻撃に移るdream。

 

「くっ!」

『速く動こうと関係ないわ。私はあなたの次が視えるのだから』

 

ならば!

 

「『claw』!」

『単調な攻撃は効かないと証明したはずだけれど?』

「どうかな? 『fire』!!」

 

振り下ろした爪を上に振り上げる際に爪の先から火の玉を放つ。

 

『バリエーションは素晴らしいけどね。残念だけれど、私にはそこまで視えていたわ』

「何っ!?」

 

 

ブォォォン!!

 

 

「がはっ!」

 

またもや攻撃をかわされ、カウンターで槍の横薙ぎを喰らう。

外傷は無いけど痛い。

二段構えでも駄目かよ……

 

『話にならないわ。その程度の攻撃なら私は予知が出来る』

「『speed』!!」

 

即座に後ろに回りこむ。

 

『……後ろに回りこんで、鎖で拘束、そして電撃を流すのね』

「『chain』……何!?」

 

よ、読まれてる!?

な、なら―――

 

『『chain』を囮にして、本命は『sword』、『fire』のフランベルクでの接近戦にするつもりでしょう?』

「なっ!?」

『残念、遅いわ』

 

 

ブォォォン!!

 

 

「ぐはっ!」

 

攻撃がことごとく読まれてしまう。

一体、どうすれば……

 

『ふっ……』

「やばい! 『shield』!!」

 

 

ガキィィッ!!

 

 

dreamの槍の一撃を透明の壁で弾く。

なにかいい作戦は無いもんか……相手が攻撃を読んでるなら―――

 

 

「そうだ! これなら行ける!」

『何か思いついたようね』

「あぁ! 『speed』!!」

 

俺は素早く背後に回りこむ。

 

「『shield』!! そして『warp』!!」

 

予測されてきた槍の一撃を壁で防ぎ、元の位置に瞬間移動する。

そして―――

 

「『light』!!」

 

 

バチィィィィッ!!

 

 

射撃範囲の広い雷撃を撃ちだす。

dreamはそれすらも予知していたのか、下手に動かず、自分の所に来る雷だけを槍で切り払う。

だけど、これでいい。これで―――

 

『しまった!? この作戦は!?』

「気付いても遅い! 『light』、『chain』、『shield』!! 三つの魔石を融合し、今、新たな魔法として生まれ変われ! 『トール・ハンマー』!!」

 

先端に盾を付けた鎖をdreamに向かって振り回して投げる。

その勢いはdreamの付近に近づくと一段と増す。

 

『……避けても無駄ね。それが磁石となってるのでしょう?』

「まぁな。攻撃を読まれてるなら、読まれても対処できない攻撃を仕掛ければいいだけの話だろ?」

 

dreamは攻撃を受けきるつもりで槍を構える。

先程からの一連の行動は真意を悟らせないための行動。

そして本命の攻撃というのは、盾に電気を流すことにより金属で出来た盾を磁石にしたのだ。。

本来ならば質量が小さい槍の方が盾に飛んでいくのだが、槍はdreamがしっかりと持っている。

だから、強力な磁石となった鎖付きの盾は、真っ直ぐにdreamの持つ槍へと向かっていく。

武器を放したところで槍が盾にくっついて向かってくるだけなので意味が無い。

相手は武器を放せないからこの攻撃は受けるか避けるかしかないが、ここで避けると俺に対して隙を作ることになる。

よって、ここでは攻撃を受けることしかdreamには選択肢が残っていないのだ。

 

『んっ……』

 

両手を槍に添え、飛んでくる盾を受けるdream。

だが、勢いのある一撃を抑えきることは出来ず、槍を粉砕しても衰えることなくdreamを吹き飛ばす。

 

『きゃっ!?』

 

渾身の一撃が直撃し、大きく吹き飛ぶdream。

 

「はぁ……はぁ……どうだっ!」

『……この発想力。ユンカースの使い方。あなたなら大丈夫なのかもしれないわね』

「……ということは」

『合格よ。あなたなら正しき未来を選んでくれる―――私の力を使いこなしてくれるでしょう』

 

その正しい未来を聞き返そうとした時、眩い光が俺を包み込み始める。

dreamが元の世界に返してくれようとしてるのだろう。

 

『最後に聞くわ。もし大切な人と剣を交えなければならなくなったら―――祐一君はどうする?』

「―――そんなこと考えたことも無いな。でも強いて言わせて貰うなら、俺はそんなことにさせない。

 俺は仲間を、そしてこの世界に住む人を―――もう傷つけたくないから」

 

 

そう答えると、それまで表情が薄かったdreamが最後ににこっと笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――君! 祐一君!!」

「……んぁ?」

 

体を揺らされて目を覚ますと、目の前にはあゆの顔があった。

 

「どうした? あゆ?」

「どうしたじゃないよ。こんな時間になっても帰ってこないから、心配したんだよ!」

 

うっすらと目には涙を溜めてあゆは答える。

見上げた空は既に真っ暗。

うーん……心配させちゃったか?

 

「悪かったな。あゆ」

「うん……祐一君がいなくなっちゃったら、ボク嫌だよ?」

「あぁ、心配するな。黙って消えやしないよ」

 

あゆの頭を髪の毛をすくように撫でてあげると、あゆは気持ち良さそうな目をする。

 

そのままどれくらいの時が流れたのだろうか。

 

「ん?」

 

手にある感触に今更ながら気付き、あゆを撫でながら横目で見る。

すると、俺の空いている手の上には『dream』と書かれた魔石が握られていた。

……夢じゃなかったんだな。やっぱり。

 

「どうしたの? 祐一君」

「ん? なんでもない。さっ、そろそろ帰るか」

 

下手に魔石のことを言及されるのを避けるため、さりげなく話題転換しようとする俺。

あゆはそんな俺の心の内を知ってか知らずか、「うん」とだけ返すと、俺の後をついてくる。

 

 

俺の未来か……

 

 

一体、どんな未来なんだろうと心の中で想像しながら、俺は帰路に着くことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

後書き

J「なんか魔法青年を忘れてる自分がいたり」

フ「ここ最近、全く触れて無かったですからね」

J「ストーリー構成に大いに問題がありそうで……駄目だな。弱気になってる」

フ「……ま、それは今までと変わってないですから」

J「……正直者め」

フ「それが私の魅力です♪」

 

 

 

補足説明

 

・Shieldには金属の盾を具現化させることの他に、透明な魔力の壁(wallよりも厚い)を出現させることも出来る。

・盾の真ん中に鎖を付けることにより一種のハンマーのような武器にもなる。

・磁石化というのは近くに電気が帯びている物質がある場合、その物質が磁石になることを指す。

 

 

人物紹介

 

dream

 

夢の中で出会った少女。正体はユンカースのNo.4『dream』で、守護者。

人の夢を通じてその人の未来を視たり、夢の中で幻覚を作り出すことができる。(今回では、自分の作り出した空間によって夢を見ているという状況を作り出している。)

他にも人の心理には一つ抜きん出ている所もあり、戦闘でも心理戦を得意とする。

性格は淡白であまり物事には興味を持とうとしないが、一度興味を持ってしまうと最後まで見届けないと気が済まない。

 

 

 

 

魔術紹介

 

トールハンマー 術者:相沢祐一

 

『chain』、『shield』、『light』の複合魔術。

簡単に言えば、雷を帯びたハンマーのようなもの。

攻撃範囲が広く、威力もあるのだが、一発一発のモーションが大きいため、単発では隙が大きすぎる。

 

 

 

 

 

※感想・指摘・質問がございましたらBBSかmailにて

 

 

 

2005年7月12日作成