闇の中、遠くに光る星々の輝き。
上下前後左右の概念の中、一人の女性がただたゆたう様にして時を待っていた。
銀の髪に赤い瞳。雪のように白い肌にタンクトップに短パンの扇情的とも言えるバリアジャケット。
それが、その女性のいでたちだった。
女性は願望を夢に込めて眠りについた。
夢を託された本は繋げられた機械から鏡合わせの世界、平行世界を超え、望んだ相手への夢へと接続(アクセス)する。
その検索ワードとなる願望のキーワードは二つ。
『世界を違えど、同じ相手を愛する事』
『魔の法則より成り立つ身にて、愛するものとの子を抱けぬ事』
やがて世界に黄金の光を放つ亀裂が生まれ、その中よりメイド服の女性が姿を現した。
デフォルメされた、茶髪の少年のぬいぐるみを抱いて眠るその女性に、銀髪の女性がゆっくりと頬をさする。
その刺激に薄らと目を開けたメイド服の女性が、銀髪の女性の顔を見つめる。
「リイン……フォース?」
リインフォースと呼ばれた女性は、微笑みを浮かべて首を横に振る。
「残念ながら、お前の知るリインフォースと私は別人だ。愛おしき主に同じ名を受けた者ではあるが」
「なら、あなたは誰なのですか?」
聞いてくるメイド服の女性に優しく銀髪の女性が語りかける。
「私はリインフォース。似て非なる世、平行世界より夢を繋いでお前を招き寄せた。お前の名は何というのだ?」
「『absolute』。それが私の名前です」
その名乗りにリインフォースが笑みを浮かべる。
「『完全なる者』、か。だがこうして私に呼ばれたということは、私と同じ志を抱きながらそれを叶える手段を知らないということだ」
「同じ志、ですか?」
顔を真剣なものにしながら、absoluteはリインフォースの真意を探る。
だが、この場では全ての異能が使えず、心を読む事もできない。
こわばった顔をするabsoluteに、リインフォースが語りかける。
「何、安心していい。私はただの話し相手にお前を選んだだけだ。『王様の耳はロバの耳』、という話を聞いたことがあるか?」
リインフォースの問いに、absoluteは首を横に振る。
「王様の耳はロバの耳で、国中の者の声をすべて聞くことが出来た。その秘密を知ってしまった男は、その事を誰にも言う事ができず、穴を掘ってその中に秘密を叫ぶという話だ。お前はその穴として選ばれた。ただそれだけのことだ」
「……それはただ愚痴を言いたいがために、眠る私を無理矢理連れてきた、ということですか?」
飄々としたリインフォースに、少々イライラした様子のabsoluteが多少語気を強める。
「いや、嬉しくて仕方が無いが、この事実は直前まで隠し通さねばならないのでな。仕方なくこうして同じ望みを抱くものに先人としてアドバイスを贈ろうとしているのだ」
「ならその事実とやらを聞かせていただきましょうか」
冷静になり、質問するabsolute。
だがその余裕も、次のリインフォースの言葉に吹き飛ばされる。
「私は相沢祐一の子を身篭った」
「なっ!!?」
それは確かにabsoluteの抱く望みであり、同時に叶わぬ夢でもあった。
それを、同じ魔力構成体であるリインフォースが成し遂げたというのだ。
これを驚かずして何を驚けばいいのか。
absoluteは一瞬で頭が真っ白になった。
「私が子を為すようになれた方法、聞きたくはないか?」
そのリインフォースの言葉にただ首を縦に振るabsolute。
衝撃からいまだ興奮冷めやらぬまま、その視線はリインフォースの腹に向けられている。
「ああ。夢の中でまで変身魔法で偽装する必要はなかったな」
そう言うリインフォースが自分の腹を一撫でする。
するとリインフォースの腹が少しばかり膨れ上がった。
「妊娠五ヶ月といったところだ。こればかりはとある協力者以外にみせた事は無い」
その姿にさらに呆然となるabsolute。
「私がまず学んだのは人間の遺伝子解析データ。それを参考に私自身の特徴全てを持ち合わせたDNAモデルを形成した。次に行なったのは私のリンカーコアのほぼ全てを主に渡す事。これは実体を持つ子を宿せばユニゾンが不可能になるための予防策だ」
リインフォースの言葉を一句一言でも聞き逃すまいとするabsoluteに、苦笑してリインフォースは続きを話す。
「そして私は、食事によって得たDNA成分を組み替え、私のDNAを創造した。さらにこれを減数分裂させ卵子を作成した。人間の姿を持つ私たちは生殖行為が可能なように生み出されている。後は実際に性行為に及ぶにしろこっそり祐一のDNA を採取するにしろ、相手の減数分裂させたDNAを手に入れ、あるいは作成できれば新たに受精卵が作成可能となる」
人工授精の方式をとると生まれる子の性別を自由に選べるが、認知のためにはやはり性交に及ぶのがお勧めだ、とリインフォースは話す。
「そしてあらかじめ通常に摂取した食事から得た栄養成分で子宮に胎盤を作成しておき、そこに着床させる。後は常に人型を維持し、食事による栄養摂取で子供を育てる。これによって、私はプログラム生命体でありながら人間の子を宿すに至ったのだ」
無論、受精卵から出産まで、どのような栄養が必要か調べておく必要性はあるがな、と流すリインフォースの両手を喜色満面な顔で握り締めるabsolute。
「ありがとうございますリインフォース。目が覚めたら絶対にあなたの成し遂げた道に続いて見せます……!」
その瞳に宿る熱意に、話してよかった、とリインフォースも安堵する。
「ではここで夢の時間は終わりだ。有意義な時間を過ごせた。礼を言う、absolute」
「いいえ。私こそ望外の奇跡をなす方法を頂けた事、感謝いたします」
二人は笑顔で握手を交わす。
不意に遠くに浮かぶ星々が点滅を始め、世界が朧げに薄れていく。
「ではな、absolute。お前の行く道に幸多からんことを」
「ええ、リインフォース。あなたの生む子に幸多からんことを」
こうして世界の境界を超えた有り得ぬ出会いは終焉を迎えた。
その後、医学データを必死に集め回るabsoluteの姿が見られるようになったことを追記しておく。
彼女と祐一の未来がどうなるのか。
それは神のみぞ知ることである。