建物と建物の間、人がようやく通れそうな道にそれは落ちていた。

 それは両手の上にちょうどよく置けそうな大きさの、小さな木箱。

 彼女は自分がどうしてそれに気づいたのかわからなかった。

 何せ、落ちている場所が場所。それに気づかず素通りするほうが自然な反応といえる。

 だけど、彼女は気づいてしまった。理由もわからずに。

 だから、目が離せない。それに気づいた理由を知るために。

 そして、自然と―――










「―――で、拾ってきたわけと」

「あぁ」


 昼というには遅く、夕方というには早い微妙な時間帯。

 居間で二人の少女がテーブルと木箱を間にはさみながら相対していた。

 一方はその長い髪を後ろで一括りにし、剣のような鋭さを見せる少女。名は“シグナム”。

 他方はシグナムより二周りほど小さく、勝気な印象を受ける少女、“ヴィータ”である。


「……はやて、怒るだろうなぁ。『落ちてるものを持ち帰ってくるような子に育てた覚えはないっ』って感じで」

「そ、それは……」


 この家の、同時に彼女らの主である少女、“八神はやて”。

 はやては彼女らにとって、忠誠の対象であり、大切な人であり、同時に弱点であった。

 あまり感情を顔に出さないシグナムだが、はやての名が出るだけでいとも簡単に狼狽してしまう。

 そのさまが面白いのか、ヴィータは笑みを浮かべていた。

 もっとも、彼女も同じ状況に立たされたら、シグナム以上の反応を見せると思われるが。


「まぁまぁ、シグナムを苛めるのもそこまでにしましょ。ヴィータちゃん」

「へーい」


 台所からふんわりした髪の下に温和な表情を浮かべた“シャマル”が顔を出す。

 シャマルは三人分の紅茶をテーブルに置くと、ヴィータの隣に腰を落ちつけた。


「でも、剣とはやてちゃんにしか興味がないシグナムが興味を示した箱、というのも興味深いわね」

「……シャマル。お前まで」


 一旦助け舟を出したシャマルだったが、面白いことへの欲求が勝り、意識して自分たちの主の名前を入れた。

 もっとも、シャマルも…………と思われるが。

 そんな二人のやり取りの間に、ヴィータは箱を手元に引き寄せ蓋に手をかけていた。


「こら、ヴィータ。勝手にあけては」

「……何これ?」


 ヴィータはそれを見て、思わず目を丸くした。

 不審に思ったシグナムとシャマルもそれを見て、ヴィータと同じさまになる。

 箱の中身。くすんだ銀色の胸像が一つ鎮座していた。

 腕を交差させ、まるで眠っているかのように瞳を閉じている。

 そのさまだけなら特に気にする点はない。問題があるのはその姿、像の造形である。

 くぼんだ瞳。鼻と頬はそぎ落とされ、歯はむき出しになっていた。

 それは人の髑髏を模していた。

 はやての手によって可愛いものに目を慣らされた彼女らにとって、それは異色なものとして映った。


「―――あら?」


 三人がそれに見入る中、シャマルはあることに気づき、顔をさらに箱へ近づける。

 見ると、像の顔と首の間には隙間があり、ちょうど取り外せるようになっていた。


「これって……指輪?」

「指輪ぁ?」


 ヴィータは興味を抱いたのか、二人の静止を聞かずにそれを取り出した。

 確かにそれは指輪だった。ちょうど髑髏の部分が指の上を飾る仕様となっている。

 ヴィータは指輪を顔の前に持っていき、まじまじと見つめた。


「……不細工な顔だな。こいつ」 

『おいおい、初対面にたいして大そうな言い草だな』

「なっ?!」


 思わぬところからの声にヴィータは驚き、指輪を放り投げてしまう。

 だが、指輪が地面に落ちることはなかった。

 すかさず、落下地点を予測したシグナムはその地点に手を持っていき、指輪は無事彼女の手のひらに着地した。

 そして、指輪はちょうどヴィータと相対する形となって


『人様をそんな乱暴に扱うのはよろしくないぜ。おチビちゃん』


 にやりと、笑みを浮かべた。








「……つまり、お前は生まれたばかりで自分がどんな存在かわからない、ということか」

『ま、そういうことだな』


 シグナムは冷めた紅茶でのどを潤しながら、左手の中指に収めた指輪と会話をしていた。

 それは一般的に見れば、非現実的な光景。

 だが、それに異を唱えるものは誰もいなかった。

 何せ彼女たちも言葉を発す指輪と同様、非現実的な存在であったから。


「でもこれだけの指輪だから、なんでもない存在、ということはなさそうね」

「そうだな。もしかしたら今頃探し回っているかもしれない。本来の持ち主が」


 しかし、この指輪を落し物として警察に届けるわけにはいかなかった。

 それはこの指輪が非現実的なものであるという理由も確かにあった。

 だが、主となる問題が別にあった。

 この指輪は、喰らうのだ。他者の力を。

 何でも自分のことが分からずとも、自分が周りから力を吸収していることは分かるらしい。

 そして、対象が普通の人間であれば死に至らしめる可能性があることも。

 だから、シグナムは指輪をはめていた。

 彼女は普通の人間ではなかったから。


「……仕方ない。私がしばらく預かっていよう。拾った責任もあるしな」
 
「えーっ!」


 ヴィータは不満の声を上げながら立ち上がると、指輪をにらみつけた。


「あたしはやだよっ! こんな生意気なやつと一緒に暮らすなんて」

『はっ、威勢のいいおチビちゃんだぜ』

「むっ! 生まれたばっかの赤ん坊のくせにっ!!」


 そして、ヴィータと指輪の言葉の押収が始まった。

 そんな中、シグナムとシャマルは新しく淹れた紅茶に手をつけていた。

 ヴィータがこのような状態になったとき、傍観していた方が良いと二人は経験から学んでいた。

 しかし


「この、くそ指輪がぁ……」


 ヴィータが巨大な槌を手にする事態まで進行すると、さすがにそのままでいるわけにはいかなかった。

 シャマルはすぐに打開策を思いつき、立ち上がりながらヴィータの腕をとった。


「そ、そうだわ、ヴィータちゃん。そろそろはやてちゃんが帰ってくるころだから一緒に迎えに行きましょ」

「えっ、でもはやてだったらもうすぐ着くんじゃ」

「いいからいいから」


 顔にあるのは温和な笑み。しかし、ヴィータをひっぱる彼女の腕には強き意志があった。

 家を破壊させるわけにはいかないっ、という強き意思が。

 ヴィータはそのまま引きづられていき


「それじゃ、行って来ます」


 シャマルとともに、はやての迎えをすることとなった。

 そして、居間にはシグナムと指輪だけとなった。


「……まったく、ヴィータをそんなに苛めないでくれ」

『ははっ、面白くてついな』


 苦笑を浮かべつつ、シグナムは左手の指輪に目を向ける。

 どうやら、この指輪とともにいると今のような気苦労が絶えなさそうであった。


「しかし、このままではやはり不便だな」

『何がだ?』

「それは……」

『ただいまー』


 シグナムの言葉は玄関からの声によってさえぎられる。

 それは迎えに出かけたシャマルとヴィータ、そして主であるはやての声だった。

 シグナムはそれを聞いて笑みを浮かべた。


「ちょうどいい。主はやてにつけてもらおう。お前の名前をな」


 こうして、“フェンリル”と名づけられた指輪は八神家の新しい住人となった。










『……一つ聞きそびれていたんだが』

「何だ?」

『お前たちって、人間じゃないよな?』

「……そういえば、まだ言っていなかったな」


 日がそろそろ沈むころ、シグナムとフェンリルは海沿いの公園、“海鳴公園”にいた。

 この数日間、フェンリルの持ち主探しのため、こうして街を徘徊していたのだが、いまだ成果はあげられていなかった。

 シグナムは傍らのベンチに腰掛けた。


「お前の言うとおりだ、フェンリル」

『……』


 返答するシグナムの表情に変化はなかった。

 ただ、瞳の中にわずかなゆらぎを見て取ることができた。


「私たちは“闇の書”の一プログラムに過ぎない。言ってしまえば……」


 “道具”。

 主の意に従い、時には身を削ることをいとわないただの道具。

 彼女らはそんな存在だった。

 しかし、それが彼女らの専売特許、ということはなかった。

 フェンリルはシグナムから視線をはずし、苦笑しながら遠くのほうを見やった。

 
『ま、俺も似たようなものだろうな』

「フェンリル……」


 言葉を発す指輪、フェンリル。

 彼もまた道具であった。彼女らと同様に。

 シグナムもフェンリルに倣い、遠くのほうに視線を送る。


「……もしかしたら、無意識に感じたのだろうな。お前が私たちと似た存在だと。だから、私はお前に気づいた」

『そうかもな』


 日が沈み、周囲は静けさと暗さを手に入れる。

 そして、海からの風がシグナムの長い髪をなびかせた。


『……だが、一つ訂正させてもらうぜ』


 フェンリルはシグナムと視線を合わすと、わずかに口の端をあげた。


『お前たちの場合は過去形だよ。だった、ってことさ』

「え……」


 フェンリルの脳裏に浮かぶのは、シグナムたちと出会ってからの数日間。

 多くの光景は八神家。多くの出来事もその中で紡がれていた。

 慌ただしく、騒がしくもあったが、それは幸福といえる日々。

 そこに“道具”という言葉が介入する隙間はなく、別の言葉がはめられていた。


『……“家族”と言ったところか。今のお前らの場合はな』

「家族」


 シグナムの口元が自然と緩んだ。

 それは、家族という言葉が彼女の心を温かく包み込んでいったから。

 空に浮かぶ月からの淡い光が彼女の周囲をやさしく照らす。


「家族、か。良い言葉だな。だが、フェンリル」


 シグナムはフェンリルを目元にまで上げる。

 フェンリルは月の光に照らされ、ほんのりと金色に輝いていた。


「“お前たち”、じゃない。“俺たち”、だろ? フェンリル」


 その言葉にフェンリルは目を丸くしたが、すぐに元に戻し、代わりに苦笑を浮かべた。


『俺が家族、ね。何だかしっくりこないな』

「ふふっ、そうかもな。お前の場合だったら……」


 そのとき、前触れもなく、月からの光が途絶された。


『―――!?』


 傍目から見れば、周囲がわずかに暗くなった程度の出来事。

 しかし、シグナムたちは、それ以外の出来事を感じとっていた。

 シグナムとフェンリルは視線を合わす。

 二人が言いたいことは同じだった。

 
「方向は―――」

『あっちか』


 シグナムはその場へと駆け出した。

 彼女を見つめる一対の視線を背にしながら。










 その光景を一言でいうならば、“食事”。

 それだけだったら、生命あるものが日々の糧を得るための一手段に過ぎない。

 しかし、それは異端と呼ばざる得なかった。

 食事をしている“者”と“物”の二つの観点から見ただけでも。


「……食っているのか。“人”を」


 食されている物は人。

 猛獣の前に突き出された肉塊のごとく人はその身体を散らしていく。

 そして、食している“者”こそ、最たる異端。


『あれは……』


 その者は人と同様に、顔と胴体、四肢を持っていた。

 しかし、共通点はそれらのみ。

 その獰猛な牙や爪、そして、まがまがしく背中から生えている黒い羽は明らかな異端。

 その姿は人が古くから創造してきた生物、“悪魔”そのものだった。

 食を終えた悪魔を模した怪物は周囲をうかがうと、その瞳にシグナムの姿を宿した。

 怪物は口の端から血を滴らせながら、鋭い爪をしなやかに動かした。

 しかし、シグナムはその様子に揺るぐことはない。

 彼女は血で赤く染まる地面を気にしつつ、剣の形をしたアクセサリーを手にする。


「正直、お前が何をしていようが私の知ったことではない。しかし」


 手のひらにあるアクセサリーが光を放ち姿を変える。

 彼女の身長と同程度の長さを持つ片刃の剣へと。

 同時に、その身が中世の騎士を連想させる服飾に包まれる。

 そして、一人の剣士が怪物の前に立ちはだかった。


「主はやての街を、これ以上汚すのであれば容赦はしない!」


 鋭く光る切先が怪物へと向けられた。


『ガアアアァァァァァァッ!!』


 それを合図とし、怪物は背の翼を羽ばたかせながら、空中を駆ける。

 標的はシグナム。

 しかし、当の本人はただ冷淡にそれを見据える。


(速いが、捉えられないほどではない)


 幾多の死線を潜りぬけてきたシグナム。

 彼女にとって、目の前の出来事は日常から掛け離れたものではなかった。

 だから、彼女は冷静に敵の動きを捉え、的確な動きを実行する。

 シグナムは狙いを怪物の懐にさだめ、疾走した。


「はあああぁぁっ!」


 両者の距離はほぼゼロとなり、怪物は鋭利な爪をシグナムの頭部にめがけて振り下ろす。

 シグナムは身を回転させ、爪を何もないところへ振り下ろさせた。

 そして、弧を描く髪に半瞬おくれて、剣はその軌跡を追う。

 剣の先にあるのは怪物の右わき腹。


『ダメだっ! そいつは』


 フェンリルの叫びが響く中、現状はシグナムが予測していたものとは大きく異なった。


「なっ!?」


 切れなかったのだ。

 それは相手の体が硬いとか、そういうことではない。

 まるで、“切る”という行為そのものを否定しているような、そんな感覚。


『ガァァッ!!』

「っ!!」


 シグナムが思考している間も、時間は進み続ける。

 怪物は咆哮しながら、爪を振り下ろし、足を鞭のようにしならせる。

 その一つ一つの動きはシグナムにとって児戯に等しかった。

 しかし、それらの回数が増せば増すほど、“脅威”という言葉が形成されていく。


「くっ!」


 シグナムはその動きに対処するため、剣を振るい続けた。

 時には自分の身を守る“盾”として。

 時には相手の身に衝撃を与える“鈍器”として。

 しかし


「―――だめかっ!」


 剣の本来の役目、“相手の身を切り裂く”という役目を果たすことは未だかなっていない。

 理由は分からない。

 しかし、相手の身に切り傷一つついていない事実から認めるしかなかった。

 この怪物を切り裂くことは不可能であることを。

 だが、現状はさらに過酷なものであった。


「……しかし、それなりにダメージは与えているつもりだが」

『グアァァァッ!!』

「まったく、元気なことだっ!」


 幾度打っても、幾度放っても、怪物の動きが止まることはない。

 シグナムは察する。この戦い方で相手を倒すことは不可能なことを。

 そして、剣士としての勘がシグナムに告げる。

 この怪物は、切り裂くことでしか倒せないことを。


(矛盾、とはまさにこのことか)


 剣と爪が打ち合わされている中、怪物は口を開き、粘度のある液状のものを放った。

 シグナムは顔をずらすことで、それを自分の横へと素通りさせる。

 そして、液状のものは地面に接触すると、煙を立たせながら地面を溶解させた。それは強力な“酸”だった。

 一つの脅威は去った。しかし、それは次の脅威の布石に過ぎなかった。

 顔をずらしたことで、わずかにバランスが崩れたシグナムの身体に強烈な蹴りが放たれた。


「っ!?」
 

 直撃を受けたシグナムは、周辺のベンチなどを巻き込ながら跳ね飛ばされる。

 シグナムは地面に剣をつきたて、剣を中心に回転することでその勢いを殺した。


「……厄介な相手だな」


 シグナムは剣を前方に構え、怪物を視野に入れる。

 しかし、相手を制する手段がない以上、このまま戦い続けても意味はない。

 撤退の言葉が彼女の脳裏をかすめた。


『―――シグナム』


 そんな中でのフェンリルの呼びかけ。シグナムは意識をわずかにフェンリルへ傾ける。

 それに気づいたフェンリルはさらに言葉を続けた。


『シグナム、俺を使ってその剣を研げ。そうすれば、奴を切り裂けるはずだ』

「!! フェンリル、お前もしかして……」


 シグナムは先の出来事を思い出す。

 怪物を切り裂こうとしたとき、それを静止するフェンリル。

 さらに今。

 未知の怪物に対して、有効手段を唱えるフェンリル。

 それらがシグナムの頭の中で作用し合い、シグナムはフェンリルの現状を把握した。


『あの怪物を見てから少しずつな。どうやら俺と奴は敵対関係みたいだ』
 
「そうか」

『で、どうする? シグナム』


 怪物は口元をにやけさせながら、シグナムを見ていた。

 それはまるで、追い詰められた獲物を見るかのような類のもの。

 怪物は弾丸のごとく、その身に殺意をまといながら突撃した。


「―――分かった」


 シグナムは怪物の殺意の先を剣先で上手くずらし、空いた腹部に鋭い蹴りを食らわせた。

 怪物は大きく跳ね飛ばされ、木の幹に突き刺さる。
 
 倒れる怪物を視界に納めながら、シグナムは剣の刃先をフェンリルに添える。


「お前の力、貸してもらう!」


 剣がゆっくりと引かれていく。

 剣と指輪の共演は青白い火花を散らせ、夜の暗闇の中に光をともす。

 そして、剣の切先、シグナムとフェンリルの視線の先に怪物の姿を捉えた。


『グァアッ!!』


 怪物は咆哮しながら、シグナムへと向かう。

 怪物は爪をさらに鋭くし、シグナムの身を切り裂こうとする。

 しかし、それは無益なことであった。

 何せ、シグナムは獲物ではなかったから。獲物は怪物自身だったから。

 今の怪物はただ切り裂かれるだけの存在に過ぎなかった。

 シグナムは左腕を前方、右腕を後方に、身を怪物に対して半身にしたまま一気に駆けた。


「―――っ!!」


 銀色の一閃。

 一閃は周囲の黒を分かち、怪物の上半身と下半身の二つに分けた。

 怪物は声なき叫びを発しながら、その身を飛散させた。

 それが引き金となったのか、再び月の光が地上へ届けられる。

 そして、その場には月明かりに照らされる一人の剣士と銀色に輝く指輪が残された。










『……終わったな』

「ああ、お前のおかげだフェンリル」

『ま、気にするな』


 シグナムとフェンリルは共に口の端を上げた。

 しかし、シグナム達を包む張り詰めた空気は未だ緩んでいない。


「だが、まだ別の用があるみたいだがな」


 シグナムは剣の切先を公園の中に植えられている木々へ向けた。


「そろそろ出てきてもらおうか」

「―――いやー、おみごとおみごと」


 木々の間から黒いコートをまとい、銀色のネックレスをつけた男が拍手をしながら出てきた。

 男は軽薄な態度で、しかし瞳の中に鋭さを残しつつ、シグナムの前に立つ。


「まさか、“騎士”でも“法師”でもない奴が“ホラー”を倒すとはね。恐れ入ったよ」

「……何者だ? お前は」


 シグナムは男との会話を成立させる気はなかった。

 だから、聴きなれない言葉があってもそれを意に返さず、剣を向けたまま男に返答を要求した。

 男は軽くため息をついた。


「……まったく、せっかちなお嬢さんだ。俺はさっきの怪物を狩ることを生業としてるもんだよ。それと」


 男の指先がシグナムの左手、フェンリルへ向けられた


「そいつの落とし主でもあるな」

『俺の?』

「フェンリルの?」


 シグナムは剣を突きつけたまま話をうながした。

 男が言うには自分はただフェンリルを預かっているだけで、本来の持ち主は別にいる、ということらしい。


「……」


 聞き終えたシグナムは男に視線を合わせる。

 男は相変わらず軽薄な表情。しかし先と同じく、男の瞳には鋭さがあった。

 シグナムと男の視線が数秒間絡み合う。


「嘘は、ついていないようだな」


 シグナムは目を伏せると、ゆっくりと剣を下ろした。

 男は首元に手を当てながら、口元を緩める。

 ひやひやしたぜ、と男は言うが、男に冷や汗の類は見受けられなかった。

 シグナムはわずかに間を置いて、男に返答した。


「……分かった、フェンリルはお前に返そう。だが、少しだけ時間をもらえないか?」

「時間?」


 男の表情に怪訝なものとなる。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。

 男はネックレスに手を添えて、シグナムとフェンリルを見やった。

 
「そうか、一時とはいえ家族だったんだよな。お嬢さんたちは」


 返してもらうのは明日の昼ごろに、と告げると男はコートの色と同じ、夜の中に姿を消していった。

 ここで、ようやく張り詰めた空気が緩んだものとなった。

 シグナムは身を翻し、剣をアクセサリー、騎士風の服を元の服装へと戻した。

 そして、歩を進める。先にあるのは数日とはいえ彼女たちが共に過ごした場所。

 
「さて、フェンリル」

『何だ?』

「帰ったら、お前の送別会をやらないとな」










『良い月だな』

「あぁ」


 シグナムとフェンリルは八神家の庭に面した窓枠に腰掛けていた。

 そんな二人を月明かりがやさしく照らしている。


『いろいろと世話になったな』

「気にするな」


 フェンリルは居間に目を向ける。

 いつもより乱雑な印象の居間。それは送別会を行った後の光景。

 落とし主が見つかって喜ばしいことなのに、どこか寂しさのあるそんな送別会だった。

 フェンリルは居間から視線をはずし、月を視界に入れた。


『……俺の持ち主はどんな奴だろうな』

「フェンリル……」


 シグナムは気づく。

 淡々と語るフェンリルの言葉がわずかにかげっていることを。

 何せ自分たちのような存在は持ち主によってその質が異なっていく。

 今ははやての家族となっているシグナム。

 しかし、以前の、また以前のシグナムは常に道具として在ったのだ。

 フェンリルもまた、シグナムと同一。持ち主によって質が異なっていく存在。

 だから、不安なのだ。フェンリルは。


「……お前の持ち主がどんな人か、私が知るすべはない。だが」


 シグナムは髪を掻き上げながら、瞳の中に月の姿を映した。 


「善き持ち主にめぐり合うように祈らせてもらう。共に戦った“友”として」


 心地よい風が二人なでる。

 そして、フェンリルは視線を変えずに、口元を緩ませた。


『友、か。良い言葉だ。それに家族よりはそっちのほうがしっくりくる』

「私もそう思った」


 月明かりの下で二人は笑みを交わしあった。










 後日、本来の持ち主の手に渡ったフェンリルは新たな名前をつけられることになる。

 ある世界の古き言葉で、“友”の意味を持つ“ザルバ”という名を。









魔法少女リリカルなのはGARO










みなさん、はじめまして。
掲示板などで顔を出したことのある、甲羅というものです。

今回の作品は、終盤までなのはと何がクロスしているのか分からなかった方が多かったかと思います。
ちなみに、タイトルが示すようになのはとGAROとのクロスでした。
時間軸としては、前者はA's前、後者は第25話「英雄」の零が鋼牙に新しいザルバを渡す少し前という感じです。

……正直に言うと


レヴァンティンを上空でくるりと回すと、あら不思議、黄金の鎧が!?
そして、一振りの剣を持つ黄金の騎士が雷神!!


ってな感じの展開にしたかったのですが、そのあたりは自粛しましたorz
とりあえず“ザルバ研ぎ”が書けただけでも満足です。

そんなわけで、両作品を知らなくても読めるような構成にしてみましたが、いかがだったでしょうか?
感想などをいただけるとうれしいです。

それではこれにて!