旅に出ます、探さないでください。そう書き置きをテーブルの上に置いて家を出て数日。

 だおだおも聞えず、うぐぅうぐぅも聞えず、転校前の友達に会う為にのんびりと旅をしていた。

 別に意味はない。ただ……ふと、のんびりと旅行に行きたくなっただけが理由。

 

「のは、良いんだが……」

 

 南へ南へと進み続けて一週間。

 ある街の街路樹の続く道を歩いていると、夜なのに不思議に光るものを発見。

 思わず手に取ってみると……それは鏡の破片。しかも手に取った瞬間鏡自身が光りだし、俺は光りに飲み込まれ意識を失った。

 

「まぁ、生霊や狐や摩訶不思議な力とかで慣れてるって言えば、慣れてるが…」

 

 次に意識を取り戻したのが、見渡す限りだだっ広い……荒野のど真ん中。

 夢……じゃないのはすぐに解った。ついでに言えば、日本じゃないのも。

 さらに、それからすぐにやってきた現地の追いはぎらしい奴らを返り討ちにして聞くと、時代も違うらしい。

 

「剣とか持ってたし。喋っているうちに問答無用でフルぼっこにしたが……むしろ俺が悪人ぽかったか」

 

 そんなこんなで、本格的旅をすることに。

 荷物ごと飛ばされたのが幸いして、多少の食料はある。ついでに言えば、その他諸々必要なものも。

 それに運良く、歩き始めてから数時間で大きな街にたどり着いた。もっとも、

 

「怪しげな奴ってことで、捕まるとは思わなかった」

 

 現在の状況。なぜか牢屋に入れられています。

 

「脱走しようと思えば、出来るような作りだが……行くあても無いし、荷物も取られたし」

 

 たぶん、牢屋に入ってから丸一日が経った。

 一応屋根もあるし、食事も出る。問題は、若干寒いってところだが……そこは我慢。

 見知らぬ土地で安全を確保できたんだ、幸運だと思わなくては……

 

「相沢、お呼びだぞ。付いて来い」

 

 っと、やっと進展があったようだ。

 暇つぶしに話し相手になって貰い、仲良くなった見張りの兵士に連れられて外へと出る。

 どうやら俺がたどり着いた所は首都だったらしく、立派な廊下を歩きたどり着いたのが……あー玉座の間?

 大きな広い部屋の真ん中に、豪華な椅子。左右には一際強そうな兵士が並んでいる。

 もっとも、一番に目が行くのは……椅子に座っている女の子。

 

「始めまして、異国の民。わたしの名は曹孟徳。要らぬ言葉は不要よ。貴方はこの国に何しに来たの?」

 

 なぬ? 曹孟徳? ……確か、授業で習った筈だ。えーと、あれは中国の、三国志!

 

「曹操!? この女の子が!?」

「貴様! 華琳さまに向かってなんたる口の訊き様、口を慎め! ――って、避けるな!!」

「無茶言うな! 避けるに決まってるわ!」

 

 曹操らしい女の子の側に居た黒髪の女の子に斬りつけられるのを、文字のとおり間一髪避ける。

 感謝する、舞。お前との戦いがなければ、死んでたね本当。

 

「春蘭。そいつはまだ一応客人よ。剣を納めなさい」

「……華琳さま」

 

 無礼を働いたらしい俺への修正と、主の曹操の命令のどちらを取るか少し悩んだ末に、剣を納めてくれた。

 斬りつけられたのは、主への無礼が我慢できなかったってことだから……やっぱ偉いみたいだな、曹操らしい女の子は。

 

「悪いな。ちっとばかし、記憶違いで混乱して」

「次は無いわよ。それと、呼び方に関しては曹操で構わないわ」

 

 威厳があるね〜。見た目ただの可愛い女の子なのに、なにか私は凄いです偉いですオーラがにじみ出ている。

 

「寛大な心、礼を言う。そして、始めの問だけど…………信じるか信じないかは別として、どうやら俺は別の世界から来たらしい」

「……はっ?」

 

 こうして、俺は異世界――パラレルワールドでの生活が始まった。

 

 

恋姫†無双

抑えきれない少女の想い

 

 

「――最近、様子が変わったわね」

「はっ……どうやら相沢が周りに影響を与えているようで」

「付け加えるなら……良き方向へ変わっていると見えたので放っておきました。兵達も程よい雰囲気に」

「……いけなかったでしょうか?!」

「そう。春蘭だけじゃなく、秋蘭もそう言うならそのまま放っておきましょ。でも、何かあったらすぐに報告しなさい」

「はっ」

「……はい」

 

 数ヶ月前、ふと現れた男――相沢祐一。

 異世界からやって来たと言う、頭の可笑しい男だと思ったのが最初の印象。

 ただ、持っていた物がこの時代にはありえない物ばかり。それらを見て否定するほど、私は愚かではなかった。

 とりあえず興味もでたことだし、しばらく置いておくことにした。

 

「……はぁ、終った〜」

「ご苦労様です、華琳さま。この後はどういたしますか?」

「相沢を呼んで頂戴。またいろいろと話を聞くわ」

 

 異世界と言うのは、わたしの常識や知識を根本から否定するは覆すわと、つくづくムカつく事ばかり。

 でも、見習わなければならないことや尊敬さえさせることまであったりと、止めるに止められない。

 おかげで、暇があれば相沢から話を聞くのが習慣となってしまっていた。

 

「――呼んだか曹操?」

「……はぁ。貴方、客人とはいえ、仮にも王の前なのだから様ぐらい付けなさい」

「まぁまぁ、そんな堅苦しいこと言ってると肩こるぞ。いや、春蘭たちと違って胸が無いから大丈夫か」

「セクハラは止めなさい、殺すわよ」

 

 相沢が知っているのは、日本語というもので、ひらがな、カタカナ、漢字。それといくつかの英語と呼ばれる文字からの言葉。

 実際、相沢自身は日本語で喋っているらしいけど……わたし達にはこっちの言葉に聞える。文字はそのままだったけど。

 ついでに言えば、教えられている言葉が変なものばかりな気もするわ。

 

「安心しろ。俺は小さくても大きくてもどっちでもいいぞ」

「KY。そして自重しなさい」

「無理だ。さて、曹操と遊ぶのもこのぐらいにして、勉強を始めようか」

「殺す。いつか絶対に殺してやる」

 

 そこ、本気じゃないだろって笑わない。

 この男。なぜか春蘭や秋蘭と渡り合う力を持っているのよね。逃げることに関してだけ。

 ただでさえ、飛びぬけて頭が斜めの方向に回るおかげで、秋蘭でさえ冷静に戦えず逃がしてしまう。

 命がけで人をからかい、無茶をする。しかも、被害は回りにまで広がって……迷惑がかからない程度で治まる。

 からかわれた方も、その時は怒るのだけど……なぜか憎めない、むしろ次からは楽しんでいる。まったく、不思議な男。

 

「――って訳で、林檎が木から落ちるのを見てガリレオは重力を発見したそうだ」

「へぇ、西洋ではそんな研究者がいるの」

 

 学の方も、元々持っていた学術書を手にすれば、人に教えられるぐらいにはある。

 こだわりは無いみたいで、深くよりも幅広く物事を知り、こっちでも役立てている。

 この世界の常識も理解はしたみたい。試しに軽い仕事をやらせてみたら、見事に儲けを出してきた。

 まぁ、人を殺すことには納得はいかないようで、あまり軍のほうには触れないのだけど……

 

「っと、もう日が落ちてきたな」

「あらそう? 貴方と話していると時間が経つのが早いわね。今日はもう良いわ、戻って良いわよ」

「はいよ。それじゃ俺は飯でも食いに行きますかね」

「……って、ねぇ祐一。本当に行ってしまうのかしら? この後、わたしの相手はしてくれないの?」

 

 滅多に出さない甘えるような声で、少しだけ寂しそうに振る舞いながら、何時もとは違い相沢ではなく祐一で呼び、腕の服を抓む。

 誰だって、これを見ればなにを言いたいのか、すぐに解る筈。もちろん、祐一だって解っている。けど……

 

「曹操……そういうことはやめろって言ったろ。女の子が簡単に、そんなこと言うんじゃない」

 

 それにもう一つ、人を殺さないこと以外にも、譲らないものがあった。

 

「……話の流れで解るでしょ? 冗談よ冗談。あれから変わったかと思って言っただけよ」

「悪いけど、俺は愛した人とじゃないとやらないよ」

「貴方の世界じゃ、一人の夫に一人の妻だったわね」

「固定された常識を変えるのは、そう簡単に無理だからな」

 

 夜を誘っても、一切応じなかった。

 始めからする気はなかったけど、わざわざ真名で呼んだのに……なんとなくムカつく。

 男を誘うってことで周りが大騒ぎしたのに……それを簡単に断られると、気がなくても腹が立つ。

 

「じゃぁな。荀ケにでも頼めよ。あいつなら、喜んで受けるぞ」

 

 一度、部屋に呼んで力ずくで従わせようとした。

 足を舐めさせる程度なら、まぁ良いだろうと思って。けど……甘かった。わたしは相沢のことを舐めていた。

 逆に押し倒され説教された。デコピンを打たれ、不覚にも痛さに泣きかけた。なによあれ、慣れた痛みとはぜんぜん違うじゃない。

 武人ではないけど、身を守る強さはある……しかも、私以上に頭が回って、人を引き付ける魅力まである。

 今思えば、わたしはとんでもない男を下に置いているのかも知れない。

 

「まったく……天敵、なのかしら――」

 

 あれから何回か誘ってみたが……一度も受けようとはしなかった。結局そんな日は、他に誰かを呼ぶ気にもなれないし……

 

 

† † † †

 

 

「――右翼はそのまま、左翼は前進! 中央は重歩兵を壁に後退しながら横に広がれ!」

「あら、相沢が軍師をしている。いったい、どういった心境の変化かしら。あんなに戦うのは嫌だって言っていたのに……」

 

 ある日のこと。気まぐれに城の中を歩いていると、ふと見つけた面白そうなもの。

 訓練場を見渡せる城壁の上から下を見下ろすと、鎧姿の兵がひしめき合う中に一際目立つ鎧姿じゃない相沢の姿。

 

「か、華琳さま、こんな所に――」

「桂花。なんで相沢が指揮をしているの?」

 

 居たことに気がつかなかったのは置いておくとして。

 ここであれを見ているってことは、多分理由を知っているだろうから、ストレートに話を聞いてみる。

 

「……えーと、なぜか春蘭と相沢のどちらが指揮するのが上手いかと話になりまして」

「……まぁ、あの二人の騒ぎ合いはいつものことね。けど、さすがに春蘭が勝つんじゃないの? 仮にも将なんだから」

 

 桂花の顔に苦笑が浮かんだ。なに? どういうこと?

 

「とりあえず互角の条件で始めたんですけど……今のところ相沢が勝ってます」

「……素人に負けているの?」

「あ、いえ。一応相沢には秋蘭が補佐に付いてますから……たぶん、それもあるかと」

 

 いつの間にか、相沢の操る軍が春蘭の操る軍を囲う形へと変わっていた。

 なるほど、中央が退いた振りをして誘い込み両翼が前進、囲んだって訳ね。

 春蘭の戦い方は猪突猛進。とりあえず突っ込むって言うのが一番あっている言い方よね。

 性格そのままな戦い方だから、相沢も罠に嵌めるのが良いと思ったんでしょうけど……

 

「あ、勝負あったようです……相沢の勝ちです」

 

 ほんと、不思議な男。まぐれとはいえ、素人が将に勝つなんて……負けるほうも負けるほうだけど…おしおきね。

 

「まぁでも、訓練ですし……使った武器は刃の潰したもので、実戦とは程遠いもの」

「だから相沢も受けたのかしらね。人が傷つくのを見ていられない奴だもの」

 

 でも、戦いも知らない素人が勝った事には変わりが無い。

 ……もしこの世界のこの時に生まれていたら、わたし以上の君主に……いえ、覇王になっていたでしょうね。

 あの頭脳に、人を引き付ける魅力。ちょっと変な意味で、言葉の駆け引きに相手の心理を読むのも上手い。

 下に置くとしても、もし相沢が王だったとする可能性が存在したとしても……それでわたしの上に立つとしても、異論はない。

 

「――まて祐一! もう一度だもう一度!!」

「嫌」

「一言?! 秋蘭からも言ってくれ! と言うよりも、秋蘭手伝い過ぎじゃないか?」

「言っておくが姉者、私はなにもしていないぞ。あれは祐一自身の力で、姉者に勝った訳だ」

「はぅ?! ……えぇい、嘘をつくな!! 戦場を知らん奴に私が負ける筈がないだろ!!」

「まぁ落ち着けよ。秋蘭の言うとおり、実力の差を認めるのも大人と言うやつだ――ぞって……ふぅ、武力に頼るとは大人気ない」

 

 相沢のからからいに、風を切り振り下ろされる木剣。

 木剣とはいえ、春蘭ほどの実力者が振るえばそれは人を殺せる武器となる。

 けど相沢は……その気がなければ、ただのじゃれあいにしかならないのかしら?

 見ている側としては……凄い速さで動いていても、相沢がふざけてからかっているにしか見えない。

 

「黙れ黙れ、黙れ! グルルルルッ!!」

「シィーーーーー!!」

 

 ……レベルが低いし。はぁ……そこの犬と猫、五月蝿いから黙りなさい。

 

「か、華琳さま〜」

「ほら春蘭、ああ飼い主様が言ってるぞ〜」

「祐一!!」

 

 言っている側から………………ん? 祐一? 秋蘭? 春蘭?

 

「って! なんで真名で呼び合ってるのよ?!」

「「え?」」

「ああ、そう言えば」

 

 わたしの言った言葉を理解している秋蘭に対して、明らかに首を傾げて解っていない相沢と春蘭。

 それがまたムカつくわね。相沢なんて頭が回るくせに、なんで解らないのよ。

 

「――ああ、なるほど。確かに、いつの間にか呼んでいますね」

 

 一通り説明して、やっと解りやがった、漫才コンビ。

 いや、相沢の奴はいちいち細かく説明しなくても理解してたわね。

 途中でって言うより、始めてすぐに口元が笑っていたもの。

 

「思い出す限り、ちょっと前から話の流れに乗って自然と呼び合っていますね、確か」

 

 そうなの桂花?! あの春蘭が真名で呼ばせてる。しかも秋蘭まで……

 

「姉者はともかく、私は祐一を認め私自身から真名で呼ぶことを許しました」

「……どういった心境の変化?」

「いえ、それだけ気にいったということです。それなりに、尊敬する部分も多いですから」

 

 ちょっと含みがあって遠い目もしたけど、秋蘭は相沢のことを認めたから真名で呼ぶことを許したのね。

 そこは納得しておきましょう。秋蘭はそこまで子供じゃないし、相沢の良い所をちゃんと見て言っているのでしょう。

 

「春蘭も真名で呼んで良いって言われたぞ? 市に一緒に遊びに行った時に、今日は楽しかったって」

「へぇ……そうなの」

 

 こっちは単なるノリね。

 単純にデートとやらをして、楽しかったからその勢いで言ったんでしょ。

 ……デートか。なによ、文句ばかり言ってたくせにやることはやってるんじゃないの。

 

「以外と手が広いのね、春蘭」

「なかなか姉者も隅に置けないな」

「あ、わわ、あわ、あわわわ」

「そういや桂花のことも、真名で呼んでるな。本人は嫌がってるけど」

「それは貴方が何度も呼ぶからじゃない! こっちはいちいち呼ぶなって言うのも疲れたから仕方なく呼ぶのを許してるだけよ!」

 

 ……なんでかしら、ムカつく。ただ真名を許して呼び合っているだけなのに……

 

「春蘭」

「華琳さま?」

「負けたおしおきの件だけど……今日から10日、一切わたしに触れちゃ駄目よ」

「そ、そんな?!」

「ついでに秋蘭は5日、桂花は7日ね」

「「え?」」

 

 はぁ〜。調子が狂うわね……理由も分からず無駄に疲れるし、ちょっとしたことで自分を保っていられない。

 ……このままだと、わたしが私で居られなくなりそう……王として、居られなく――

 

† † † †

 

 

 自身の心が、疑惑から……確信に変わる日はすぐにやってきた。

 

「はぁ〜……最近、ため息ばかり」

 

 覇道を制するのよりも、こっちの方が一番の悩みの種。

 

「あいつを見ていると、王として……本当にわたしは相応しいのかしら?」

 

 比べる相手は決まっている――相沢祐一。

 負けているとは言わないけれど、なにかが引っかかる。

 たぶん、それこそが相沢に執着する理由。

 

「世界に二人の王は要らない。なら、王として相応しい者が王となり、もう一人は裏で支えれば良い」

 

 もちろん、王はわたし。裏は相沢。私は使える人材をみすみす捨てる真似はしない。

 相沢はわたしに反抗もしてないし、ただ誰の手にも渡っていない人材。

 もっとも、逆らうならしっかりと首輪を付け、躾けてわたしに逆らわないようにするけど。

 

「でも……それでも、いつか相沢も……祐一もわたしを」

 

 ――裏切る。

 心のどこかで、私は祐一を恐れている。いずれわたしの前に立ち塞がる壁になるのではないか……

 わたしは……祐一に敵になってもらいたくないと、恐れている。

 

「そうか。いつの間にか、物事の中心に祐一がいる」

 

 一番祐一に影響を受けているのは、わたしだ。

 自らの時間の一部を、祐一との時間に変えている。

 政務に影響の出ない、わたしだけの自由な時間を削ってまで、祐一との時間に変えている。

 それだけじゃない……その時間をわたしは心待ちにしている。

 

「……祐一が側に居てほしい?」

 

 居て……ほしいのだろう。

 こんな気持ちは初めてで、よく解らないけど……側に居てほしいかと聞かれれば、もちろん居てほしいと答える。

 

「……なら、わたしは」

 

 祐一のことが好き? ……愛している?

 

「なっ?!」

 

 自ら考えたことに驚いた。

 いや、驚いたのはそんなことじゃない。

 まるでもう一人のわたしが居るみたいに、心の中で聞かれたことに驚いた。

 確かに祐一のことを考え、声に出した言葉に心の中で答えを出していた。

 でも、王として好き愛しているなんて感情を、どこぞの誰とも判らない奴に抱くなんて、ありえない。

 

「落ち着きなさい……確かに祐一は必要よ。それは認めるわ。でも……好きとか愛しているとか、そんなことはあるはずが無い」

 

 高が一人に心を動かされていては、王者としての誇りや威厳が落ちてしまう。

 所詮祐一は、良く言って磨き上げる前の宝剣。やり方次第で立派な名器になるかどうか。

 祐一を手に入れることでこの世界の王に成れるならまだ知らず、ただ優秀かも知れない物が手に入るだけ……

 

「そうよ。在るなら良し。無くても、別に問題はない」

 

 本当に?

 

「っ! ……また」

 

 心のどこかで誰かが囁く。

 いくら浮かんだ疑問に答えを出そうとも、その誰かは納得しない。

 なによ、なんなのよ……

 

「べ、別にわたしは祐一のことなんか!!」

「俺の事なんか?」

「きゃあっ!」

「うおっ?!」

「あ、あなたっ! い、いつからそこにっ!」

「たった今だが? 一応部屋の前で声をかけたんだけど、反応が無かったんで勝手に入らせてもらったぞ」

 

 し、心臓が止まるかと思ったわ……部屋に入ってきてるのに気づかないなんて、よっぽど考え込んでいたみたいね。

 聞かれていないだけ、良しとしましょう。

 

「そ、そう……それで、何の用かしら?」

「あー。遠まわしに言うのもなんだし、ぶっちゃけるけど――悩み事か?」

 

 心の中が飛び跳ねた。

 なんとか表情には出さなかったと思うけど……妙に鋭いところもあるこいつの場合、ばれたか微妙なところね。

 

「あら、王には悩みは尽きないのよ? いつも下の者を管理しないといけないんだから」

「本当に?」

「なにが言いたいの?」

 

 心の中でダブった声に、我を忘れて叫びそうになった。誰のせいで悩んでいると思っているのよ。悩みはあなたよ。

 さっきからずっと心の中と話をしている。話をしたくないのに……嫌でも話をしなければいけない状況になっている。

 

「曹操、お前が悩んでいるのは本当にそんなことか? と言うよりも……悩んでいるのは曹孟徳じゃないだろ、華琳」

 

 そう、そうなの……ああ! 我慢の限界。

 どうして心が騒ぎ立てるのか、まだ理由は解ってないけど……ただ叫びたい。

 ああもう! 何もかもお見通しって眼でわたしを見て! なによ、なんなのよ。

 

「ええ。そうよ、そうよ! 悩んでるのはそんなことじゃないわよ!!」

「それじゃ、なにを悩んでるんだ?」

「っ! あなたのことよ!!」

 

 王としての相応しいのか考えたり、自らの心が勝手に動いて語りかけてくるのに答えたり、他にも調子の狂うことばかり。

 それもこれも全部、祐一のせい。わたしの心が勝手に動き出したのも、きっと祐一のせいよ。

 

「あなたのことを考えるだけで悩みが尽きない! 考えても考えても、どれだけ考えても最後には悩みがあなたに繋がる!」

 

 日に日に悩みが増えていく。

 その悩みは、昔なら切り捨てればよかった。悩むぐらいなら捨ててしまえばよかった。

 でも、この悩みは祐一に繋がっている。祐一を捨てなければならない――それだけは出来ない。

 

「あなたが居るから、あなたが居るからわたしは悩んでいるのよ」

「……俺が居るからお前は普通じゃ居られないのか?」

「普通、普通……そうね。あなたが来る前と比べれば、今のわたしは変わったんでしょうね」

「そうか…………なら、曹操。俺をお前の手で殺せ」

 

 一瞬、目の前が真っ白になった。

 祐一の言葉が信じられず、理解出来なかった。

 

「い、今なんて? え、誰が誰を殺す?」

「俺が邪魔なんだろ。なら殺せ。どうせこの世界に俺の居場所は無い。放り出されても死ぬのが見えてる」

「祐一を殺す?」

「そうだ。簡単なことだろ? 死ぬなら苦しまずに死にたいからな……スパッと一思いに殺してくれ」

「わたしが祐一を殺す」

「お前にはこの世界で助けてくれた恩がある。お前になら、この命くれてやる」

 

 わたしが祐一を殺す。

 そうね……今までそうだった。わたしの邪魔になれば、過程がどうであれ殺していたのだから。

 祐一に言わせれば、それがこの世界。わたしの住む世界……それが道理。

 なら、祐一を殺していなくなれば……今までと同じ、昔に戻る。

 そうよ。それが王として、このわたしを悩ませ苦しめた者への償い。

 

「祐一をわたしが殺す。そうすれば……解決する、解決する…」

「曹操?」

「する訳……ない! する筈がないでしょ!! そんなことしたって解決する悩みじゃないのよ!!」

 

 祐一が居なくなって解決するな、この心が治まるなら……そんなことでわたしが元の曹孟徳に戻れるなら、わたしだってそうする。

 でも……出来ない。今のわたしは、祐一を殺せない。悩みを持ってしまったわたしは祐一を殺せない。

 わたしは祐一を捨てられない。居なくなることが許せない。

 

「確かに、あなたが居なくなればわたしの悩みは解決するでしょうね」

「なら」

「でもね! あなたが居なくなるのは嫌なのよ!!」

 

 気づいている……いいえ、気づいたのね。

 わたしは祐一が……好き。そう……愛している。

 ただそれに……気づいていなかっただけ。正確には、知らなかっただけ。

 誰かを愛するなんて、わたしの今までの人生でなかったから……

 それに……知らずのうちに、背中を押されていた。

 

「わたし、曹孟徳……いいえ、わたし華琳は、あなたのことが好き。愛してしまった」

「そ、うそう?」

「華琳。そう呼んで良いわ。そう、呼んでちょうだい」

 

 自分の中に居る、一人の女としてのわたし……華琳に背中を押されていた。

 素直じゃないわたしの変わりに、わたしの心を教えてくれた。

 それともう一人……わたしを、わたし自身を見てくれた奴。

 

「わたしを王ではなく、一人の華琳として見てくれたあなたを、わたしは愛している」

 

 祐一は別の世界から来たから、王に対する常識を知らないのは解っている。

 でも、それなら学べば良い。現に祐一は理解もしている。

 けれど……剣を突きつけられても、目の前で人が傷つけられても、戦場へと行った兵が帰ってこなくても……変わらない。

 理解しても祐一は自分の考えを変えず、それどころか自分の考えを周りに納得させ、わたしをずっと華琳として見続けた。

 曹操と呼び続けたのも、ただわたしが真名を呼ぶことを許さなかったから……

 

「それが悩み事。ありがと聞いてくれて。もう良いわ、戻りなさい」

「……おいおい、それだけか?」

「ええ、それが悩み事。んー! 肩がこって仕方が無いわね。あ、やっぱり行っちゃ駄目。肩揉んで〜」

「いや俺が言いたいのは悩みのことじゃなくて……はぁ、まぁいい」

 

 気分がスッキリした。

 まるで、喉に引っかかっていたものが取れたようね。

 なんだか体も軽いし。疲れているせいか、体は硬いけど…

 

「……了解。けど、少しばかり質問させてもらうぞ」

「肯定する場合、オーケーだったかしら返事の方法は?」

「正解」

 

 椅子に座るわたしの後ろへと回り、肩へと手を置きゆっくりと優しく肩を揉み解していく。

 あー、気持ちいい……久しぶりね、こんなにも気分が良いのわ。

 

「どうですか、王様?」

「最高。今なら、なにを言われても許せそうよ」

「それは良かった。なら、質問させてもらいましょう。なんで――俺の返事は聞かないんだ、華琳?」

「っ! ……何の返事かしら?」

 

 ……怖いよりも、諦めが強かった。

 祐一がわたしに対して、愛だの恋だのと……そんな感情を持っていないのは解っている。

 あっても、妹かしらね。春蘭と秋蘭が季衣に向ける感情が一番良いところでしょう。

 

「それじゃ……好き、愛しているって言われたのに、俺はどうすれば良いんだ?」

「……さぁ? 今の自分の気持ちを返せば良いじゃないかしら」

「そうか。なら、そうしようか」

 

 肩にあった祐一の手がなくなり、目の前に……祐一の姿が移動した。

 すぐ目の前。少し前へと体を出せば、簡単奪えてしまうぐらいに……

 赤い、絶対に赤いわ。今のわたし、絶対に顔が真っ赤になってるわ。

 真っ直ぐに祐一の顔が見れているだけ、奇跡よ。

 

「今の俺の心……すっげぇー、揺れてるんだよ。後一押しされると、ころりと落ちてしまうほど」

 

 にやりと、わたしの眼を見て笑う。

 憎たらしい……さっきのわたしを見ていたくせに、わたしの気持ちを解っているくせに。

 それでも、わたしに言わせたい……わたしの行動を待っている。まるで、わたしをいじめているようね。

 ああもう! 認めるしかないのかしら。まったく、これじゃいつになったら祐一に……

 

「そう……それじゃ、落としてあげる!」

 

 ――勝てるのかしら。

 首へと腕を回し、抱きつく。はぁ、今のわたしは誰が見ても、満面の笑顔を浮かべているでしょうね。

 嬉しくて、本当に嬉しくて。初めての男との口付けは……言葉じゃ、言い表せないものだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やばいわね。どうやって言い訳しようかしら」

 

 隣に視線を下ろせば、服を着ているとはいえ……祐一が寝ている。

 外を見れば明るく、もう朝だ。しばらくすれば、誰か起しにくるわね。

 

「見られたら、大騒ぎどころじゃ……済む筈もないか。ギガ騒ぎ? ってふざけている場合じゃない」

 

 たださえ、前の騒ぎで大混乱だったのに……一緒の床に居たって知られれば、一時的に機能が止まるわ。

 とりあえず偽装しましょう。祐一には椅子で寝ていたってことにして、それをわたしが移動させたってことで。

 

「うん、そうしましょう」

「……もうしわけありません華琳さま。すでに気づいています」

「……一人?」

「はい」

「なら黙っていなさい」

「……御意。後始末は――」

「やってないわよ! ただ一緒に寝てただけよ!!」

 

 あ、しまった……

 

「聞えたかしら?」

「……そのようで」

 

 ……案の定、大騒ぎになる。

 そんな中でも寝続けられる祐一が――羨ましかった。

 

 

 

 

 あとがき

rk「祝、真恋姫†無双発売!!」

祐一「このSSは、魏ルートの存在を知ったことで作られたものだ」

rk「オフィシャルサイトに行けば見られるCGを注目だ」

祐一「王と少女の狭間のやつだな。そこから勝手にイメージして作っている」

rk「発売してから全然想像と違っていても……笑って済ましてくれ」

祐一「とりあえずは、発売の少し前に投稿されている筈だ」

rk「それじゃ、ばいに〜」