舞を追ってこの街へきてから数日が経つ。
はっきり言って収穫はゼロに等しい。
足取りさえつかめていないわけで、少し斉藤の情報を疑うが……今の俺にその行為は無駄だ。
もともと他の情報なんてない、それにあいつは冗談は好むが嘘は言わない性格だからな。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
今は余計な事に頭の処理能力を割いている余裕はない。
街に着てからは駅前のビジネスホテルに泊まり、朝と夕方は街をひたすら歩き回り情報を集め、夜にはその情報を纏めたりしている。
幸いな事に金銭的に問題はない。
舞と一緒に色々やっていたらいつの間にか口座の残高が凄い事になってたからな。
もちろん犯罪行為ではないが、一歩間違えれば大怪我を負う可能性がある事件とでもいいのか。
ちなみにその口座は佐佑理さんが知らぬ間に作り、どこからか入金させているのだが……正直この事にはあまり触れていない。
というより触れたくない。
とりあえずこの街に滞在する余裕はまだある。
しかしこの問題が解決しないと、余裕もなにもあったもんじゃない。
今現在、俺が最優先で解決しなければいけない事。
それは――
「ここは……どこだ?」
現在位置の把握だった。
第五幕 ――邂逅――
いかん、道に迷うなんてなんたる不覚。
あの街は慣れてきたから迷うなんて事はなくなったが、こんなは見知らぬ土地ではわかるわけがない。
これは俺が悪いんじゃない。
こんな難解複雑理解困難な地形をしているこの街の構造がいけないんだ。
そうだ、そうに決まっている。
この街に着いてから一度も迷わなかったから少し調子にのって駅前から遠出したせいじゃない、決して違う。
……しかし、どうするか。
まずは右を見る。
「……道がある」
左を見る。
「……道路がある」
正面にもどって今度は後ろ。
「山が見える」
いい景色だ。
荒んだ心が洗われていく。
あの山の向こうには一体なにがあるんだろう。
そこに行けば探し物があるのか、それとも見つけられるのは自分なのか。
それはまさに自分探しの旅。
ああ、俺ってなんて詩人。
「……俺は何を考えてるんだ」
現実逃避もそこそこに今度は上を見た。
快晴だな。
雲ひとつない、澄んだ青空だ。
逆にそれが忌々しく感じるのは俺の精神状態がおかしいからなのか……。
どうでもいいか。
「さて、本格的にどうするかね」
人気がないわりにはよく整備された道、そこに等間隔で植えられた街路樹に寄りかかりながら考える。
改めて回りを見るが、見事なほどに人がいない。
車だって通りゃしねぇ。
いつかこんな状態になった事があったな、あの時はあゆも一緒だったが。
そして栞にあって、その時は特に何も考える事もなくて。
……駄目だな、どうしても思考がまとまらない。
一つ一つ解決策を考えていくか。
「まずは……そうだな、地図でも見るか?」
だけど今いる場所がわからなかったら地図を見てもわからん、却下。
むしろ地図を見ながらでも戻る道がわからなかったら嫌だし。
他には……。
「人に聞いてみる……って誰もいないぞ」
さっきからここにいるが、誰一人通る事はなかった。
次に行こう。
「……とりあえず見覚えのある方に向かう」
のも駄目だ。
見覚えがあったらそもそも迷うわけがない。
うーむ、どうするべきか。
手ごろな枝でも探して倒れた方角に行くか?
それとも太陽に向かって走るってのも……と、考えてると携帯電話が鳴り響いた。
この設定曲は……
「もしもし、佐佑理さんか?」
『はい、そうですよ。祐一さん、お久しぶりです』
久しぶりに聞く声に、俺は少し嬉しくなる。
道に迷って心細かったわけじゃない、決してない。
「久しぶり、佐佑理さんの声が聞けて嬉しいよ」
『あはは〜、祐一さんってばお上手ですねー。そんな事ばっかり言ってると舞にチョップされちゃいますよ?』
「むしろ今すぐして欲しいな、探す手間が省ける」
『……まだ、見つかってないんですね』
声が若干沈む……まずったな。
「心配しなくても大丈夫だよ、結構聞きこみしてるからそろそろ見つかるだろ」
もちろんこれは希望的観測だ。
手がかり一つもないというのはさすがに俺でも気が重い。
でもそれを佐佑理さんに感づかれるわけにはいかない。
だから俺は何気ない態度で続ける。
「ちゃんと見つけて佐佑理さんの前に連れて帰るよ。心配させた分だけしっかり説教してな」
『それは祐一さんが言ってもあまり説得力ありませんよー』
「……何気にひどい事言ってない?」
『あははー、気のせいです。そんな事より報告ですよ』
そ、そんな事……なのか。
最近俺に対する佐佑理さんの態度が冷たい気がする……ちょっと悲しい。
あの頃の純真な佐佑理さんが懐かしいよ。
『此方の方でも舞の情報を探してみました。それで判明した事はここ、私達が住んでいる街にはいないって事です』
「それじゃなおさらこっちに来てる可能性が高くなったわけか……しかし、どうやって調べたんだ? 佐佑理さんが断言するって事は確かな情報なわけだし」
『それに関しては祐一さんの方が詳しいかと思いますよ? なんたって居候している家の家主さんなんですから』
「……なるほど、秋子さんか。確かにあの人の情報網は半端なさそうだ」
色々と謎な人でもあるからな。
もっともな謎は主にあのビンの中身と若さの秘訣なんだが。
『他にも私の実家の方で詳しい方と繋がりがありますので、協力していただいたんですよ』
「その事については突っ込まないからな? 絶対にっ、もう何が何でもっ、佐佑理さんの家の話には突っ込まないからな!!」
『あははー、わかってますよ。でもお父様やお母様は祐一さんの事――』
「ごめん電波とか立地条件とか俺の心の平穏とか色々悪いから佐佑理さんの言ってる事聞こえないな聞こえないったら聞こえない!?」
『それは残念ですねー』
本当に残念そうに聞こえるけどそれは気のせいに違いない。
佐佑理さん、悪いけどさすがにその話題に触れる訳にはいかないんだ。
『そう言えば祐一さん、大丈夫ですか?』
「大丈夫って、一体なんの事だ? 金銭的な問題なら今の所は大丈夫だけど」
『いえいえ、そちらの方ではなくてですね。祐一さんが向かわれた場所って一度も行った事がない街ですから……あの、もしかしたら道に迷われてるのではないかと……』
もしかしなくても迷ってたりするのだが。
それもどこに行けばいいのか全く検討がつかないほどにな。
だけどそんな事は言えるわけがない。
強がりだとはわかっていても誤魔化す方向性でいこう。
「はっはっは、大丈夫にきまっているだろう? まさか佐佑理さんまで俺の事をそんな風に思っていたなんてとても心外だ」
『あははー、それは良かったです。さすがに祐一さんでも始めて訪れた街で一度も迷わなくて少し調子にのって遠出したら今いる場所まで把握できない状態になる程方向音痴じゃないですよね。佐佑理、ちょっと心配でしたけど大丈夫そうなので安心しました』
「は、はっはっは、佐佑理さんは心配性だな、そ、そそそんなわけないだろう?」
まるで今の現状を見ているかのようなその想像は、ハッキリ言って心臓に悪い。
ああ、暑くもないのに額から汗が流れるのがわかる。
『それではまた何かわかりましたら連絡します。祐一さんもあまり無理をしないでくださいね? 祐一さんに何かあったら舞が悲しみます。もちろん私もです』
「ああ、わかってるよ。大丈夫、無理はしないし適度に頑張るさ」
あまり保障はできないかもしれないけどな。
秋子さんにも言われたが、俺はどうも無理をするタイプらしい。
自分ではあまりわからないんだが。
とにかく舞を見つける事はこの旅とも言える遠出の最大目標。
ついでに舞を襲いやがった連中に一言二言文句を言えれば最高だ。
相手がろくでもない奴だったら追加で一撃は入れておきたい。
「それじゃこっちに何かあったら連絡する。それじゃ、また」
『はい、わかりました』
そう聞いて、俺は電話を切ろうとして
『ちなみにお持ちの携帯電話にはGPS機能がありますので是非御利用してみてください。現在位置がばっちりわかるんですよ。それではまた後ほどです』
固まった。
スピーカーからは通話が切れた証でもある電子音が聞こえ、ただ呆然とするしかなくて。
つまり、もしかしなくてもばれてたわけで。
……うん、文明の利器はちゃんと利用しなくては駄目だよな。
そんな事はわかってる、ただ知らなかっただけなんだよ? そうなんだからな!?
◇ ◇ ◇ ◇
携帯電話の操作に四苦八苦しながらなんとかGPS機能とやらを使い、この数日を過ごした見覚えのある風景が見える場所へたどり着いた。
右を見ても左を見ても人がいるし、どこに行けばいいのかはなんとなくわかる。
これで少し安心できるな。
余計な時間を使ってしまったのは痛手だが、これから道に迷うなどという事はなくなるはずだ。
そう考えれば無駄な時間というわけでもないし、ああいったのんびりとした空気は久しぶりだった。
道に迷っていたからそれを存分に感じられなかったのは残念だが。
「さて、それじゃ改めて情報収集といきますか」
気を取り直して聞き込みをしていこう。
俺には斉藤のような情報網をもっているわけじゃないし、ここには知り合いもいない。
出来るのは地道な聞き込みと、足を使ってひたすら探し回る事だけ。
それが効率的じゃないのはわかってるが、他にどうしようもないしな。
動き回っていれば舞の方からこっちを見つける可能性だって零じゃない。
そのまま俺が気付かぬうちに逃げる可能性も否定できないが……。
だからってただ待ってるなんて俺にはできない。
動いて、動いて動いてやる事がなくなるまで動き続ける。
諦めたり、後悔したりするのはその後だ。
「昨日でこの辺はあらかた探したし、向こうは確か……」
手持ちの地図と手帳を見ながら今後の予定を考える。
正直こんな地図なんてみても良くわからんのだが、ないよりはマシだ。
同時に腕時計で時間を確認すると、昼を少し過ぎた辺り。
腹部に軽い空腹感が感じられる。
ならこんな所で歩きながらじゃなく、どこかの店で飯でも食いながら考えるか。
そう思って近くに喫茶店でもないか見渡していた時、たまたま自分の姿がガラスに映っているのが見えた。
元いた街ほど寒くはないものの、時期は既に冬。
耐寒仕様の白いコートを纏い、同じような白い息を吐き出している。
本当なら色は目立たない大人しめの奴にしようと思ったんだが、一緒に買いに行った二人に着せ替え人形とされた結果がコレだ。
だけど着易いし、デザインも結構良かったので文句はない。
他には肩にバックを掛け、少し長くなり始めた髪が目の辺りまできているのがわかるくらい。
いい加減自分の姿を見るのも飽きたので改めて回りを見た。
その時――
「うん? なんだ、これ?」
何か、変な感じがした。
なんだろう、この感覚は……。
例えるなら……、見知らぬ土地にいきなり放り出されたような孤独感?
いやいや、それはおかしいだろう。
確かにここは見知った土地じゃないが、もう数日は過ごしてる。
この場所だって知らないわけじゃない。
辺りを見回すが、変わった様子はない。
気のせいか? だけど、そう思うには少し決まりが悪いな。
確かめる、っていっても何を確かめるのかもわからんが、とりあえず少し辺りを歩いてみよう。
「なんだろなー、この違和感……ストレスでもたまってんのか? そんな事は――うお!?」
「きゃっ!? ご、ごめんなさい!!」
回りを見ながら歩いてると誰かとぶつかりそうになった。
ぎりぎりで避けられたが、危うく正面衝突しそうになるほどタイミングは際どい。
咄嗟の行動は舞に嫌と言うほど叩きこまれたからな。
日々の鍛錬の成果でもでたらしい。
「こっちこそ悪かった。大丈夫か?」
とりあえず謝る、こっちも余所見してたわけだし。
「あ、はい、大丈夫です。ごめんなさい、ちょっと急いでたので」
その人物は小さな女の子だ。
年はおそらく十歳前後、髪を両側で括り、制服らしき白い服装をしている。
こっちだって悪いのにしっかりと謝るあたりしっかりとした子なのか。
しかし今は平日の昼間だ、なんでこんなところにいるんだ?
「君、小学生だろ? この時間は学校のはずだと思うけど」
「にゃにゃ!? い、いやそれはちょっと訳ありといいますか、決してサボったわけじゃないですよ!?」
「……君、嘘が下手糞って言われたことない?」
「うっ、……良くってほどでもないけど、たまに」
そうだろうな、こんな動揺が顔にでてたら誰だってわかる。
しかしサボりか、こんな小さい頃からしてたら将来は碌な大人になれん可能性があるな。
一応年上としていい聞かせたほうがいいかも知れない。
俺も人に説教するほど真面目な生徒じゃないが、そんな事はどうでもいい。
「あの……一応連絡はしてるんですけど」
「そうなのか? それなら別に構わないが、一応送って――」
「なのはに何してんのよこの変態ー!!」
「ぐほっ!?」
腰部に炸裂する衝撃。
いい感じに崩れ落ちる俺。
正面には驚いた様子の女の子。
そして倒れた俺の横に華麗に着地するのは、あの子と一緒の服を着た金髪少女。
……いい蹴りしてんじゃねぇかこのやろう。
「ア、アリサちゃん! いきなり何してるの!?」
「それはこっちの台詞よ!! こんな如何にも怪しい不審者に話しかけられたらさっさと逃げないと駄目じゃない!!」
「違うよ!? この人は悪く――」
「痛てて……この、よくも蹴りやがったな」
「まずっ! すずか、今よ!」
すずか? と疑問に思った時
「ご、ごめんなさい!?」
謝罪と共に頭に衝撃。
重さと堅さからおそらく鞄だろう。
だけど、角で殴るのはお兄さんちょっと感心しないな。
めっちゃ痛い。
「今のうちに逃げるわよ!? 全く、なのはったらいきなり走り出したと思ったら犯罪者に話しかけられるんじゃない!」
「だ、だから違うって――」
「今はここを離れようなのはちゃん。つかまって」
「すすかちゃんも話を聞いてよー!!」
なのはと呼ばれた少女は飛び蹴り少女と鈍器殴打少女に引っ張られ結構なスピードで離れていく。
俺? 俺は頭痛の痛みによる激痛でうずくまってるさ。
いまどきの小学生はデンジャーだ、バイオレンスだ。
そう脳内に刻み込む作業の真っ只中。
走る足音が完全に聞こえなくなってから、俺はようやく立ち上がる。
まだ頭が痛いし、腰もいやな感じがする。
だけどそれに構ってる暇はないかもしれない。
なぜなら……辺りから集まる視線が痛い、痛すぎる。
それだけじゃなくなんだか警察を呼んでるっぽい声が聞こえるのだが。
ちょっと待て、俺が何をした?
明らかに冤罪だろう、と俺が訴えてもきっと誰も信じまい。
痴漢と変態はとりあえず捕まえておく、それがいつか知り合った刑事のマサさんから聞かされた事だ。
なら、この場で俺がすべき行動は……一つだけ。
「あ、あそこですお巡りさん! あの男です!」
「御協力感謝します。おいお前、ちょっと署まで来てもら――」
足に力をこめ、視線は人込みの少ない通路をキャッチ。
後は――
「さらば俺の平穏ーー!!」
「おい待て!? 止まらんかー!!」
全力全開ダッシュ!!
無駄に鍛えたこの健脚をフルに使い逃げる。
さっきの子にも言ったが、俺だって今の時間は学校に居なければ駄目な生徒だ。
つかまればきっと担任とか両親とか秋子さんにも連絡が行ってしまう。
それは色々とまずいので捕まるわけにはいかんのですよ。
「待たんかー!!」
「待てと言われて待つようなら最初から逃げるかー! それに待ったらきっとひどい事されるに決まってるいやんお巡りさんったら鬼畜ー!!」
「……待ちやがれ貴様ーー!!」
おお、火に油とはまさにこの事。
自分の事ながら人事のように感心してしまうな。
どうしようか、なんて考える必要もない。
今の状態で捕まれば間違いなく冷たく小さな部屋で一晩過ごすことになる。
それは遠慮したい、徹底的に完膚なきまでに。
俺は更に速度を上げた。
背後から聞こえる叫びが聞こえなくなるまで頑張ろう。
あれ、なんだろう? 視界が滲む、目から雫がこぼれるよ。
これって涙か、俺泣いてるのか、そうなのかあははー。
佐佑理さん、秋子さんごめんなさい。
身体的にではなく社会的に無茶をしてしまいました。
こんな俺でも帰れたら暖かく迎えてくれるととても嬉しいよ。
でも一つだけ叫んでいいかな? これだけでいいからさ。
せーの
「俺が何をしたーーー!?」
自分の叫びと後ろからの怒声をBGMにひたすら街中を走る、走るったら走る。
◇ ◇ ◇ ◇
国家権力の犬さんとのプライドと名誉を掛けた追いかけっこは実に一時間に及んだ。
途中から数が増えてたような気がする。
こっちは早朝全力ダッシュや舞との訓練で鍛えていたが、向こうだって結構鍛えてたりするのだ。
特に一人だけ、俺のスピードについてきた奴がいた。
妙に早口言葉で文化やら速さやら言ってたような気がするが、半分以上聞き取れなかった。
聞く気もなかったが。
あいつがもし本気なら、きっと俺は捕まっていただろう。
いや、本気と言うより正気だったら……だな。
途中からランナーズハイよろしく脳内麻薬過剰分泌だったのか俺を抜き去りどこか遠くへ走り去っていったし。
その後、他の追っ手を撒けたのがついさっき。
今のおれは息を整える事さえままならぬほど疲労困憊だったりする。
――暫くして。
辺りを見回す……よし、完全に撒けたか。
改めて深呼吸。
一度、二度と繰り返し三度目でようやく呼吸が整ってきた。
これでも舞に倒れるまで訓練されられたんだ、回復力には多少の自信がある。
「はぁ……しかし、案の定と言うか当然の帰結と言うか」
周りは見知らぬ風景。
しかもここまで逃げることしか考えてなかったので道なんて覚えちゃいないわけで。
ただそれなりの距離を走った事はわかるが、それが手がかりになるはずもない。
つまるところ。
「迷ったか……」
実際はまだ迷ってるわけじゃないが、ここがどこで、戻るべき場所がわからない、なら同じ事だ。
その事に疲れとは別で体が重くなる。
まさかこの短い間に二回も迷うなんて……今日は厄日だ、間違いない。
この後の事を考えるだけで気が滅入りそうだ。
と、思うだろう……いつもだったら、な。
「ふっふっふ、俺は今までの俺とは違うのだよ」
そう、違うのだ。
今までだったら自分の位置を見失い、帰る道がわからず、途方にくれていただろう。
だが、違うのだ。
いつもならヘトヘトになる頃にようやく見覚えのある場所についたり、逆に見つけられたりだった。
しつこいようだが、違うのだ。
なぜなら、なぜならば!
「今の俺には……GPS機能付き携帯電話がある!!」
叫びと共に懐に手を入れる。
これには佐佑理さんに感謝しなければなるまい。
まさか一度ならず二度までも俺を窮地から救ってくれるとは当の本人も考えていないだろう。
考えていたらショックだけど。
そんな事よりもまずは携帯だ、携帯。
ちなみに周りに人がいないことは確認済みだ。
でなければ叫ぶなんて事はしない。
えっと、確かここらへんに……。
「……いや、違う。たぶんこっちだこっち」
ははは、俺ってばなんて間違いを。
携帯は懐ではなく、ポケットに入れてたんだよ、うん。
「…………いやいや、違う。本当はこっちなんだよ」
はははははは、俺ってばなんて勘違いを。
ポケットではなくバックに入れてたんだよな、そうだよな。
「………………いやいやいや、違う。今度こそはこっちにあるんだよっ!」
ははははははははは、俺ってばなんて早とちりを。
バックなんて分かりづらい場所じゃなくてきっとこのえと……そう! このコートにあると思う隠しポケットに!
「……………………」
はは、ははは……。
えーと、他には何かあるかなっと……。
鞄の中は全部さぐった、見つかる限りのポケットは見た、携帯の意表をつく感じで靴とかも確認。
結果は――
「……無くした」
一気に途方に暮れる俺。
同時に軽いパニック
どうしよう、本当にどうしよう。
待て、落ち着け……落ち着くんだ俺、ここで取り乱しても意味は無いぞ。
まずは確認だ。
いつ、どこで、どうしてなくしたかを考えろ。
何時なくしたのか、それは間違いなくこの一時間の間だろう。
それ以前は携帯電話のGPS機能を使っていたのだから。
次にその一時間で落としたと思われるアクションはなんだ?
考えられるのは二つ……一つは金髪飛び蹴り少女に一撃入れられた時。
もう一つはさっきまでの追いかけっこの時だ。
他に原因らしい原因はない、そうするとだ……一つ目の場合、落とした場所はある程度予測が立てられる。
蹴られた場所は見知った場所で、泊まっていたホテルもそう遠くは無い場所だし。
落とした原因は間違いなく蹴られた衝撃でだろう、他にはあまり考えられない。
そしてもう一つ、この場合はまずい。
この一時間逃げ続けた道なんて覚えちゃいないし、落とした正確な時間なんて知るはずが無い。
つまり落とした可能性がある場所ってのは、全くもって予測不能。
走っていて落としたのか、無理矢理塀をジャンプして逃げたときに落としたのか、その理由もわからないと来た。
一つ目ならまだ見つかる希望はある、しかし二つ目は絶望的だろう。
次にこの後取るべき行動は?
考えられるのは三つ。
一つ、とりあえず辺りを歩き回り、人に出会えたら道を聞いてみる。
二つ、己の感じるままに進む。
三つ、タクシーを捕まえて逃げ始めた場所付近まで行く。
一つ目はあまり気が乗らないな。
こういった場合はなぜか人に会えないものなのだ。
二つ目は考えるまでも無い、却下。
三つ目、これはかなりいい案なのだが二つほど問題がある。
まずは周りに公衆電話なんて見当たらない、これもこういった場合は見つからない事が多い。
だが絶対見つからないと決まったわけではない、もしかしたらあっさり見つかる可能性は否定はできないだろう。
それに道を歩いていればそのまま乗れるかもしれないわけだ。
しかしそこでもう一つの問題が出てくる。
それは俺の所持金と密接に関わってくる。
はっきり言ってしまえば今の財布にはあまり入っていない。
夏目さんがニ人ほど居るだけだ。
他は全部銀行から下ろさなければ無い、そして俺はカードや通帳を持ち歩かない。
無くしたら大事だからな、全部ホテルに貴重品として預けている。
つまりこの案も駄目。
仕方が無い、贅沢なんて言ってられんのだ。
案一でいってみよう。
周りは閑静な住宅街、人通りは少ないがゼロではないはずだ。
「案外あっさり人にあうかもしれん。何事も行動だ、行動。よしっ、行くぞ!」
沈みがちの気持ちに渇を入れる。
こんな事で一々立ち止まってられるか。
道に迷ったり変態と言われたり警察に追われたりまた道に迷ったり携帯電話無くしたくらいでへこんでる暇はない。
とにかく動け、諦めるのはそれからだ。
「まずはこっちだな、なんとなく人が居そうな感じがする」
◇ ◇ ◇ ◇
――時は流れて。
「ここは……確か見覚えがあるぞ」
戻ってきた。
俺は……戻ってきたんだ。
信じられん、なんていう事だ……こんな事ってあるのか。
ある意味自分の凄さに心打たれてしまいそうだ。
だが間違いない、この風景には見覚えがある。
そう、ここは――
「さっきの場所じゃねぇーかぁあああああ!!」
駄目だ、本格的に俺の方向感覚は駄目すぎる。
まさか決意した地点に戻るなんて、RPGなら暫く経って挫折しそうな時に来るもんだぞ。
……いや、そう言う事じゃないな。
少々取り乱していたようだ。
「くそ……やっぱりあの人の説明を最後まで聞けばよかったか……それともあの女の子を信じるしかなかったのか……」
ここに至るまで、実は三人ほどとすれ違う事ができた。
もちろんそのチャンスを逃すわけも無いので道を聞いたのだが……全部聞いたところでわかったかどうかは保障はできない。
二人とも極端すぎたのだ。
まずは一人目の女の子、一緒に男の子もいたが無口だったしずっとこっちを警戒していた。
少し前の記憶により声を掛ける事に若干の躊躇が生じたが、溺れるものは藁をも掴む。
思い切って道を聞いて見たのだが……
『うーんとね、そのばしょにはね? ここをず〜〜っとまっすぐいって、おっきなたてものがあるこうさてんをまがるの。そーしたらまたぐぐーっとあるくんだ〜。でねでね、ちょっとつかれてくるとね、やまださんちのペロちゃんがいるんだよ? そのこ、とーーてもかわいいの。おにいさんもきっとなでなでしたくなっちゃうんだから。え? みちのり? うーんとね、そこからはね、まっかなおうちのとこでふたつのみちがあるから、えっと……えっと、おはしをもつほうがみぎだから……あ、でもわたしおはしどっちでももてるし……あれ、あれれ? うぅ、わかんないよぉ』
と難解極まりない道案内をしてくれた。
最後には何故か泣いてしまい、連れの男の子はその子をなだめると同時にこっちには凄まじい視線を送ってきやがった。
あれは小さな子供の目じゃなかった気がする。
とりあえずバックに入れてあったお菓子をあげる事で泣き止んだが、収穫はなし。
女の子には悪いが、あの案内でたどり着ける人は多分いないと思う。
そしてもう一人、こっちもこっちで凄かった。
『あそこかね? それならまずこの道を二百三十二メートル進んで四十三度程右折し君の視点からなら正面から右に約二十七度、そこから上方に十一度の方向に見える建物を目指すといい。そこからはいくつかのパターンがあるのだが一番効率的な道順は次の通りだね。まずは目指した建物の三十二メートル手前の路地に入り五メール進むと二十四度ほどで交差した道があるんだが、そこを百三メートル……いや待て、あそこは確か緩やかな円弧を描いているはずだ、それなら誤差が生まれてしまうな……いかん、それでは完璧な道案内が出来ないではないか。君、少し待っててくれないか、すぐに再計算にかかる』
丁重にお断りを入れて逃げるように去った。
あの手のタイプは俺が一番苦手とするものだ、久瀬と似たような空気を感じたし……いわゆる歪んだ完璧主義者?
ああ、こんな時に嫌なやつのことを思い出しちまった。
消去デリートオールクリア、やつに関する記憶がよみがえる前にすべて消す。
沈んでいるときにあいつとの記憶なんて思い出すなんて最悪な事この上ないんだよ。
それにあの人は親切で教えてくれたんだ、あんな奴と一緒にするのは失礼この上ない。
「ふぅ……しかし、どうしたもんか」
今の状況、これは本格的にまずい。
ここまで道に迷うなんて初めてだ。
このままじゃ野宿は逃れられんかもしれない。
別に野宿でもいいんだが……さすがに今の時期は洒落にならん。
下手すれば朝にひとつ、凍死体が出来上がる可能性だって否定できないわけだし。
やはり寝るときは暖かい布団で寝たい。
軟弱と思うなかれ、俺だって立派な現代っ子なんだよ。
それに、だ。
「疲れたな……さすがに全力疾走した後にひたすら歩き続けるのは……きつい」
近くにあった塀に寄りかかり、深く息を吸って……吐く。
白い息は風に流されすぐに見えなくなるが、辺りの気温が低くなっている事がよくわかる。
太陽はまだまだ見える位置にあるが、この季節だったらあと数時間もすれば完全に夜になるだろう。
それまでには何とかあの街に戻りたいが……無理だろうなぁ。
今の俺はきっと遠い目をしてるだろう、と思った時――
「あの〜、そんなとこでなにしてるんですか?」
その声を聞いた。
戸惑いが含まれる声色だが、優しく暖かいと感じるそれ。
少し独特な発音だが違和感はない。
「俺の、事か?」
「ここにはあたしとお兄さんしかいませんけど?」
声の方へと顔を向ければ、そこには少女。
こちらを不思議そうに、覗き込むように見ていた。
年はきっと十歳前後、街でぶつかりそうになった女の子と同じくらいだろう。
「どないしたんですか?」
「いや、町の風景を眺めながら黄昏ていただけだよ……」
切りそろえられた髪には二つの髪飾り、派手ではないがその存在を確かに示し少女を飾り立てる。
柔らかな輪郭をした彼女は車椅子に座り、白いセーターを着ていた。
そして彼女は髪を揺らしながら小首をかしげる仕草をして、問うた。
「ん〜、ほんまですか? なんや困ってたようにみえましたけど?」
「うぐっ……ごめんなさい、本当は道に迷って途方にくれてました……」
帰ってきた答えに彼女は虚をつかれたような表情の後、笑い出す。
馬鹿にしたようではない、ただ純粋に可笑しかっただけだろう。
その声に悪意は存在しないし、こちらもそれを咎める気にはなれなかった。
「あはは、お兄さんったらその年で迷子なんですか」
「迷子はやめてくれ、さすがに恥ずかしい」
彼女はさらに可笑しそうに笑う。
たまらずこちらも笑ってしまい、しばらく二人の笑い声が辺りに響いた。
笑いすぎたのか、目尻に涙を溜め少し頬が赤くなった彼女を、不謹慎ながらも可愛いと思ってしまった。
「ははっ、今日は厄日かと思ってたけど、そんな事なかったな」
「はい? どないしてですか?」
彼女は不思議そうにこちらを見た。
心底わからないといった表情、少し意地悪をしたくなる感じだ。
だが俺は小さな女の子に意地悪して楽しむような趣味はしてないし、持つ気はない。
「こんな可愛い子と会えたんだしな、これで不幸なんていった奴は三途の川を人間大砲で渡ったほうがいいだろ?」
「またまた、お兄さんったら上手なんやから」
照れながらも、満更ではなさそうな少女。
俺も普段なら言わないだろう台詞をこんなにも抵抗なく発したことに少しの驚きを感じる。
それだけ彼女には魅力があるのか、それとも俺が昔よりも軽くなったのかはわからない。
「必要ないかもしれないけど、一応名乗っておくな。俺は祐一、少し野暮用でこっちに来てる」
「そんならあたしも自己紹介やな。あたしは八神はやて言います。住んどる場所はここ、お家は今祐一さんがよっかかとる塀の中ですよ」
これは偶然。
俺は彼女と、彼女は俺と、本当なら会うはずもなかったかもしれない二人は出会った。
それに意味があるかはわからないけど、これがきっと良い出会いだと思いたい。
だから俺は自分をはやてと呼んだ少女に手を差し伸べ、
「また会えたらいいな、はや――」
「はやてに何してんだこの変態野郎ーー!?」
「――でがあぁっ!!」
頭に炸裂する衝撃。
やばい感じに崩れ落ちる俺。
正面には驚いた表情のはやて。
そして崩れ落ちた俺の横に華麗に着地するのは、ゲートボールのスティックを持った赤髪少女。
……それで殴ったのかこのやろう。
「ヴィータ! いきなりなにしてんのや!?」
「はやてこそなにやってんだよ!? こんな見るからに怪しい奴が近寄ってきたら逃げなきゃ駄目だってば!?」
「ちゃうよ! この人は悪うな――」
「ぐぅぅ、こ、このっ……これは洒落にならんぞ」
「もう起きやがったのか!? シャマル、今だやっちまえ!!」
シャマル? と疑問と既視感を感じたとき
「ご、ごめんなさーい!!」
謝罪と共に頭に衝撃。
重さと硬さからきっと金属物、多分フライパンかな。
それは料理をするものであって人を殴るものじゃないって俺は思うわけよ。
めちゃくちゃとてつもなく痛い、とゆーか意識飛ぶ。
「今のうちに家の中にいくぞはやて!? はやても少し気をつけないと、少し出かけて帰ってきたら変態に絡まれてちゃ駄目だろ!」
「だ、だからちゃうって――」
「お話は後で聞きますから、いきますよ」
「シャマルも話聞いてーー!」
どこまでも既視感を感じさせる展開の後、慌しく閉まるドアの音。
俺は言うまでもなく割れたんじゃないかと思うくらいの激痛でのた打ち回っているさ。
いまどきの幼女とその他女の人はデンジャーでバイオレンスでクレイジーだ。
そう脳内に刻み込む作業の真っ只中で――
「……ぐふっ」
落ちた。
あとがき
もう書けないし書かないと思っていた「KANON 消えない想い――新たな絆」の第五話です。
いかがでしたでしょうか?
本当ならこの後にも続くのですが、予想以上に長くなったのでとりあえずここできりました。
次回もおそらく祐一サイドのお話です。
さて、今回は道に迷った祐一君がはやてと出会ったお話です。
といっても最後しか出てませんし、会話もほんの少しなんですけどね。
次回はそれなりにでます、A'sでのヒロインですし、彼女は。
後気づいている方もいるでしょうが時間軸はちょうど四話と同じくらいです。
少し変ですが気にせずに。
出会った祐一とはやて、そして守護騎士たちとの物語を乞うご期待です。
大したものはかけませんけどねw
それでは遥か彼方でした。