海鳴市 藤見町


 祐一たちのいる町から離れ、この海鳴にきてもう数日が経つ。

 私は駅前のビジネスホテルに泊まっている。
 昼はホテル付近を歩き、夜はシグナムたちを探している。
 今日は気分転換もかね、すこしホテルから遠出してみることにした。
 繁華街を歩き、まだいってない所へ足をむける。


「今日で一週間……祐一は心配してるかな?」


 自分に問いかける。
 だけど、その答えはいくら考えても一つだけ。
 心配してないはずがない……祐一はそういう人。

 だからこそ、今回のようなことには巻き込みたくない。
 シグナムは言ってた、魔力をもらうと。
 命までとらないと言ったけど、魔力と呼ばれるものを奪われた人間がどうなるかわからない。
 だからシグナムがまたあの街へ行かないように、私は自分の居場所を教えた。
 まだ祐一に気付いてないなら、わざわざあんな遠いところまでいくことはないだろう。

 だけど、今日で数日が経つ。
 やはり警戒しているのだろうか。
 それなら遭遇するまで探索するしかないが、あまりゆっくりしていたくない。
 シグナムがあの街へとむかう可能性はゼロじゃないのだから。

 ふと気付けば、まわりは見慣れぬ住宅街になっていた。
 気分転換のはずなのに、考え込んでしまっては意味がない……
 私は一度繁華街に戻るために、自分が来た道を引き返そうとして…


「……?」


 その声を耳にした。
 ひどく弱ったか細い声、そして……助けを求める声。
 辺りを見回すが、声の主は見当たらない。
 だけどその声は確かに存在を訴えている。

 私はあたりに人がいないことを確認し、能力をすこし開放する。
 それにより周囲を感じる感覚が強化され、声の聞こえる方角がある程度わかるようになる。
 大体の見当をつけ、その方向へむかう。
 そこで声の主をみつけた。


「あそこだ……」


 見つけたところは公園、その中央に大きな樹がある。
 高いところにある枝に、子猫がのぼっていた。
 まだあんな高いところに上れるような猫にはみえない。

 それによく見れば……怪我をしている。

 そのことから大体の予想がつく。
 おそらく犬かなにかに襲われ、必死に逃げたのだろう。
 その際、あの樹にのぼり助かったはいいが今度は降りれなくなった。
 そんなところだと思う。
 子猫がいる枝はそう簡単には折れそうもないが、あの怪我ではそんなに長く放っておけない。

 私は再度辺りを確認、平日のお昼ということもあって人はそれほどいない。
 それにここは子供が遊ぶような遊具はなく、ただ樹があるだけ。

 故に猫に気付く人もなく、これから私が行うことを知る人もいない。

 能力をさらに開放、脚部を強化し樹に向かい跳ぶ。

 幹を一度蹴り、今度は垂直に跳び、一瞬で子猫のいる枝へと到達。
 子猫がおびえる前に捕獲、そのまま地面に降り立つ。

 所要時間二秒、気付いた人は……いない。
 私は未だに腕の中で暴れる子猫を優しく抱きなおす。


「大丈夫、怖がらないで」


 最初は暴れていた子猫も次第におとなしくなり、数分後には落ち着いてくれた。
 そうして子猫をよくみると、怪我はやはり深いらしく、かなり出血している。
 樹の上にどれだけいたのかわからないが、あまり時間をかけると危ないかもしれない。
 だから私は力を集中する。

 これは「破壊」や「衝撃」と同じような”力”。だけど方向性は全く別なもの。

 そう……これが私の――


「……もう大丈夫」


 しばらくの後、子猫の怪我は完全に直っていた。
 その代償に軽い脱力感……それはありえない現象への対価。

 この力のせいで私は狙われ、そして祐一も狙われる。
 私が迫害される原因にもなったし、かなしい魔物を生み出してしまった。
 だけど、それは仕方がないこと。
 悪いことがあったからといってこの力全てを憎むことはできない。
 病気で死んでしまいそうだったお母さんが治り、佐祐理や祐一との出会い、そしてこの子猫の怪我……
 力がなかったらその全てはなかったことになってしまう。

 だから、私はこの力を……もう二度と憎まない。


「みゃー」

「ん……」


 子猫が肩にのぼり、私の顔をなめる。


「どうしたの? おなか減った?」

「みゃ〜」


 私の問いかけにはあまり反応せず、子猫はなめ続ける。


「慰めて……くれてるの?」

「みゃー」

「そう…ありがとう」


 子猫は頭を摺り寄せたり、ほほをなめたりといった行為をしばらく続けていた。
 私は樹に寄りかかり、子猫の頭をなでながらこの穏やかな時間を…ひさしぶりに安らぎを感じながら過ごす。

 そうして十分ほど経ったとき、変化が訪れた。




 第四幕 ――再会――




「あっ、あの子猫! ねぇすずか、あの子じゃないの?」

「本当……よかったぁ、無事だったんだ」


 今いる樹からすこしばかり離れた場所に、白い制服姿のような二人の女の子が此方を見てなにか話している。
 正確には此方、というより私の肩にのっている猫みたいだけど。
 そしてその後ろから、いかにも「私もう限界です」という表情の女の子がふらふらになりながら歩いてきた。


「ふ、二人とも……走るの速いよぉ」

「あーもう! なんで先に走り出したなのはが一番遅いのよ!」

「ア、アリサちゃん落ち着いて」


 どうやら三人は知合いみたい。それもとても仲のよい。
 最後に来た子が合流してすぐに三人はこちらへと走ってきた。
 正確には一人へろへろであったけど。


「あ、あの……こんにちわっ」


 三人のなかで、一番勝気そうな長い金髪の女の子がまず最初に挨拶をしてきた。


「……こんにちわ」


 とりあえず挨拶を返し、あらためて三人をみてみる。
 一人はさっきの金髪の女の子、その右隣には紫の髪にヘアバンドをした大人しそうな女の子。

 そして最後の女の子、他の二人から遅れたことからあまり運動は得意ではなさそうな感じだ。後ろで二つにまとめた髪がはねそうな髪型をしている。


「その子猫なんですけど、実はこの子の飼い猫で……あ、あたしアリサ・バニングスって言います。で、こっちは」

「そちらの子猫の飼い主の月村すずかです」

「ハァ…ハァ、え、えっと……高町なのは……です」

「川澄舞……この子を探してたの?」

「はい、そうです。実は……」



 話を聞くと、どうやらこの子猫は今朝あたりにすずかの家から抜け出し、この三人は学校が終わってからずっと探していたらしい。
 それにしても話のなかでお手伝いさんと思われる人がでてくる辺り、すずかは普通よりも裕福なのだろう。
 でもなかなか子猫が見つからず、途方にくれてたときに……なのはと名乗った女の子がこっちにむかって走り出したらしい。


「それでなのはがいきなり走り出して、こっちにいるような気がするって言うんですよ」

「そしたら舞さんと一緒にいるその子をアリサちゃんが見つけて」


 そして現在に至るというわけみたい。


「そう…見つかってよかったね」


 子猫は今私の肩ではなく、すずかの腕の中で気持ちよさそうに寝てしまっている。
 怪我を治したとしても疲れていたんだとおもう。
 命の危機、孤独、それらから開放され安心できる飼い主の腕の中に戻れたのだから、寝てしまうのはしょうがない。


「本当にありがとうございます。舞さんが見つけてくれなかったらどうなっていたか」


 こちらが子猫をみつけた状況は既に話してある。
 力云々はもちろん誤魔化して、普通に樹に登って助けたことにした。

 ついでに怪我は治ってしまったので、その事についても誤魔化している。


「気にしなくていい。私も偶然見つけただけだから」

「そんなことないって、それにお礼は素直に受け取らないとばちがあたるわよ」

「アリサちゃん、舞さんは年上なんだからせめて言葉使いは」

「そーだ! なのは、あんたね……確かに子猫がいる方をあてたのはすごいけど、もう少し体力つけなさいよ」

「う〜、私が運動苦手なの知ってるくせにぃ」

「それとこれは関係ないの。すずかだってちゃんとついてきたんだから」

「私は運動は苦手じゃないから……」

「だからそういう問題じゃないっていってるじゃない」


 本当にこの三人は仲がいいみたい。
 憎まれ口を叩いてはいるけど相手のことを思っているのがよくわかる。

 しばらく三人は仲良く話していた。
 アリサとなのはがそれぞれ言い合っているのをすずかは間に入り、とても楽しそうだ。

 だけど、いつまでも見てるわけにはいけない。
 そろそろホテルへ帰らないと。
 私は背をあずけていた樹から離れ、立ち上がる。


「それじゃ私は帰るから」

「あ、そうですか。どうもありが……って舞さん! ちち、血が!?」

「血?」


 言われて自分の服を見てみる。
 そこには猫が出血した血が大量、とまではいかないけど…かなり付いていた。

 そういえば、血まみれの子猫を抱きしめてたのだから、血がつくのは当たり前だ。
 今は夕暮れ、そして樹の影、今まで座っていたからなのは達は気付かなかったみたい。


「うわっ、本当に血がでてるじゃない! どこか怪我したの?」

「心配しないで、私の血じゃない」

「私の血じゃないって他の誰の?」


 ……どうしよう、わけを話せば力のことがばれてしまうし。


「……ファッションだから気にしないで」

「んなわけあるかっ!?」


 痛い……香里ぐらいの突込みが入る。
 効果音をつけるならスパーンという感じで。

 アリサと祐一が出会ったらきっといいコンビに慣れると思う、って今はそんなこと考えてるときじゃない。


「アリサちゃん! 舞さんは怪我人なんだからそんなことしちゃ駄目だよ!」

「あ…ご、ごめんなさい。……つい」

「気にしないで……本当に私は怪我してない」

「でも、血が……お洋服がすごいことになってますよ」


 再び自分の服をみる。……これでホテルに帰ろうとしたら確実に補導されるだろう。
 そうすると、佐祐理の所に連絡がいってしまう可能性がある。

 さすがにそれはまずい、そうすればここに私がいるって事を祐一に知られてしまう。
 ……いざとなれば全速力で逃げよう。


「とにかく手当てしないと……ここからだとお母さんのお店が近いし、いきましょう」

「別に大丈夫だか――」

「そうと決まれば早速いくわよ、すずかはそっちもって!」

「これは全然平――」

「うん! それじゃ行きましょう!」

「私の話を――」


 聞いて、という前にふたりは私の両腕を掴んで走り出した。
 小さな身体に似合わずそれなりの速度が出ている。
 振り払うのは簡単だけど……親切でやっている子達にそんなことはできない。
 だけどこの子達の中では私は怪我人という事になっている筈……それなのにこんな風に引っ張っていいのだろうか。


「アリサちゃん、すずかちゃん!? 私を置いていかないでよー!?」


 一人出遅れたなのはは叫びながら走り出した。
 とりあえずお母さんの店という場所まで大人しくついていくことにしよう。




◇    ◇    ◇    ◇




「あれぇ? 傷なんてないわよ?」

「だから言ってる。アレは私の血じゃない」

「お洋服も切れてるところがないよ〜。それより……これ洗濯してもおちるかな?」


 現在はなのはのお母さんとお父さんが経営している翠屋という喫茶店、その更衣室にいる。
 そして三人娘に血のついた上着を剥ぎ取られ、今はインナーだけの姿。
 最近の子供は行動力がたくましいと思う。


「……あれは変な男を追い払ったときについた血」


 連れて行かれる間になんとか思いついた言い訳。
 以前子供を誘拐しようとした変質者を倒したとき、実際に血がかかったしあまり無理のある話でもない……と思う。

 あの時は力の制御を知らなかったから相手を重傷にしてしまったけど、あんな奴にかける同情はない。


「痴漢ですか!? なにかされませんでしたか!?」

「ちょっと落ち着きなさいよなのは。ちゃんといってるじゃない、追っ払ったって」

「あ、そっか。でもすごいですね、痴漢を追い払うなんて」

「だ、だけど……これだけの血、その痴漢さん無事だといいけど」

「すずかは甘いのよ。痴漢しようとした奴はそれ相応の罰を受けて当然なんだから」


 とりあえずは誤魔化せたらしい。
 それにしても公園からここまでの道のり……覚えてない。
 そんなに走らなかったからあまり遠くはないだろうけど、迷う可能性だってなくはない。
 祐一は道順教えたって間違えているし。


「なのは、駅前にはどうやって行けばいい?」

「駅前ですか? えっとまず……」





「そうすれば大きなビルがありますから、そこに行けば駅前ですね」

「そう…ありがとう」


 どうやらここからホテルはそんなに離れてなかったらしい。
 とりあえず迷う可能性がなくなり、一安心。


「ところで、舞さんはどちらに住んでるんですか?」

「こっちには住んでない。今はホテルに泊まってる」

「へぇー、一人旅か何かなの?」


 一人旅……確かに間違ってはいない。
 けど、これは観光や自分探しなんかじゃない。
 祐一が危険にならないように……シグナムたちを探して……

 探して、私はどうするのだろう。

 また戦う? シグナム一人に勝てない私が?

 久瀬の話ではシグナムの他にも数人いるらしい。
 その一人一人が同じ力量だったら……勝ち目なんてない。
 話し合いで解決? いや、それは駄目だと思う。
 シグナムは無闇に人を襲うような人じゃない……と思う。
 きっと、何かを背負っている。これはなんとなく、だけど。

 そういった人相手には……話し合いでは解決できると思えない。
 ただでさえ私は口下手だ。
 祐一とか佐祐理だったらできるかもしれないけど、今は私しかいないんだから。


「……ん。ま…さん。舞さん!」

「ぁ……えっと、何?」

「何? じゃないわよ。いきなり黙り込むんだもん」


 どうやら考える事に集中しすぎたみたい。
 目の前にはアリサの顔があり、微妙に心配したような表情だ。


「ん……大丈夫、すこし考え事してただけ」

「そう? ならいいんだけどね。それで――」

「なのは〜、さっきの人はどうだった〜?」


 その時、ホールの方から声が聞こえた。
 これは確か、なのはのお母さんの桃子さんだったきがする。


「あ、うん。大丈夫だったよ〜」


 なのはが返事をしたあと、控え室のドアが開き桃子さんが入ってきた。
 ……相変わらずその容姿は、子供をもつような年齢にはみえない。
 秋子さんといい勝負なんじゃないだろうか。

「そう、よかったわ。それにしてもびっくりしたわよ、いきなりその人……えっと、お名前は?」

「……川澄舞」

「そう、舞さんっていうのね。舞さんをいきなり店につれてきて説明もせずに控え室にいっちゃうし」

「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

「ご、ごめんなさい」

「すみませんでした」

「あ、別に怒ってるわけじゃないのよ。だから謝らなくて良いわ。ほら、すずかちゃんもアリサちゃんも」


 出会ってからまだ時間は経ってないけど、この人はとても優しい人だということがわかる。
 きっといいお母さんなのだろう。


「お母さん、お店は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ。もうピークは過ぎたし、後は士郎さんが頑張ってくれるわ。ところで、舞さん」

「はい?」

「ぶしつけな質問で悪いんだけど……さっきホテルに戻るとか言ってたじゃない?」


 どうやらあの会話が聞こえてたらしい。
 あまり防音を気にしてない構造かもしれないけど、おそらくこの部屋の様子を気にしてたんだと思う。


「はちみつくまさん。今は駅前のホテルに泊まってる」

「見たところ舞さんは高校生か大学生よね? どうしてホテルに泊まってるの?」


 ……どうしよう。別に大学生だという事を知られるのはいい。
 だけど、ここにいる理由は話せない。

 人に嘘をつくのは好きじゃないけど、仕方がない。


「私は大学生、今は探し物があってここに着てる」

「探し物でこちらに。ホテルに泊まってるということは住んでる所は近くじゃないのね」

「はちみつくまさん。住んでるのは……歌雪」

「歌雪って、随分遠いところからきてるのね」

「アリサちゃん、そこってそんなに遠いの?」

「そうねー、詳しい場所まではわからないけど……電車で半日くらいじゃないからしら」


 確かにここまでは遠かった。
 最初は歩いて行こうかと思ったけど、地図を見てそれはやめておいた。
 いくらなんでも遠すぎる。


「でも女の子がひとりでホテルに泊まってるなんて物騒じゃない」

「あ、でも舞さんって痴漢を撃退したらしいよ」

「撃退って……随分たくましいのね」


 桃子さんの表情にすこし呆れがはいる。 


「だけど、ねぇ……どうもほっとけないのよ……なにか貴方からはうちの恭也に似た雰囲気を感じるの。平気で危険なことをやりそうな」

「お、お母さん。失礼だよ……確かにすこしそんな感じはするけど」

「こらこら、なのは。フォローするつもりで追い討ちかけてどうするのよ」


 名前からしてその恭也という人は男だと思う。
 さすがに男の人とにてると言われると少しショックだった。

 でも……佐祐理にも無茶しすぎだって言われる事もある。
 そう思うと…やっぱり私は女より男っぽいのだろうか……やっぱりちょっとショック。


「今の世の中物騒なこと多いし、どう? うちに泊まっていかない?」

「……私、不審者かもしれない。それに、迷惑がかかる」

「そんなの気にしなくて良いわよ。私は人を見る目はあるつもりだし、舞さんは悪い人じゃないと思う」

「だけど……」

「いいからいいから。実は家にはもう一人居候がいるのよ、その子と仲良くなってくれると嬉しいわ」

「居候……?」

「あ、それなら私も賛成だよ。舞さんだったら、絶対あの子となかよくなれると思うし」

「でしょう? ちょっとわけありの子なんだけど、人見知りが激しくてまだあまり友達ができてないのよ」


 人見知りの激しい子が私になついてくれるとは思わないけど。
 でもこのまま話を続けても断れそうもないし、それに桃子さんの厚意を無碍にはできない。


「……それじゃ、お言葉に甘える」

「そう、よかったわ〜。それじゃ私はこのことを士郎さんに話してくるわね。なのはとアリサちゃん達はどうする?」

「うーん、私は家に帰ってこのことをお兄ちゃんとお姉ちゃんに話してくるよ。あの子もいきなり舞さんが着たらびっくりするだろうし」

「私は子猫を連れて一度帰ります。舞さん、なのはちゃんの家にとまるのでしたらまた会えますよね?」

「そう…なると思う」

「よかったら今度、私の家に来てください。ちゃんとお礼もしたいので」

「はちみつくまさん。それじゃ、また」

「私も帰るわ。さすがに町中走り回ってへとへとよ」

「にゃはは、お疲れさまアリサちゃん」


 すずかとアリサは翠屋でケーキなどを買い、それぞれの帰途についた。
 私は一度荷物やチェックアウトなどの手続きのためにホテルに戻ると伝え、翠屋を出る。

 ホテルへの道中、今日は忙しい日だなと思った。
 公園で子猫をみつけ、なのは達に出会いほぼ無理やりに翠屋に連れてこられた。

 そして、そこで桃子さんに泊まって行かないかと誘われる。
 いままで全く変化がなかった一週間に比べるとやはり忙しい。
 だけど、その事を嫌に思ってるわけじゃない。
 あの子たちと出会えた事は良い事だと思う。

 考えているうちにホテルに到着した。
 ……どうも最近は考え込む癖ができてしまった、後で治さないと。
 
 私はフロントにむかい、そして今日このまま出て行くことを伝え、部屋に荷物をとりに行く。
 エレベーターの前に立ち、上へ行くボタンを押す。
 その時ちょうど、ホールにある仕掛け時計が作動した。

 時刻は七時、翠屋につくのは大体七時半ごろかなとおもいながら、降りてきたエレベーターに乗り込む。



 ホテルから翠屋まではそうかからず、考えていた時間よりも早く戻ってくる事ができた。
 今度は控え室でずっと待つわけにもいかず、お客さんとして店が終わるまで待つことにした。
 桃子さんのケーキと紅茶はとてもおいしく、久しぶりに食べることの喜びを感じられた気がする。
 ……牛丼があればよかったけど、さすがにおいてなかった。少し残念。

 翠屋の営業時間がおわり、せめてものお礼として一緒に片付け作業をしている中、一人の男の人が私に話しかけてきた。
 確か、このお店のマスターで桃子さんの夫である士郎さんだ。


「どうも、桃子から聞いてるよ。今日から家に泊まる事になる川澄舞さんだね?」

「はちみつくまさん。よろしくお願いします」

「こちらこそ。それにしても面白い言葉遣いだね、そのくまさんというのは何の意味があるんだい?」

「……はい、という意味。祐一から教えてもらった」

「ふむ、祐一君ね……彼氏か何かかい?」

「――!?」

 その言葉に、動揺する。最近は慣れたと思っても……いきなり言われると、恥ずかしい。

 質問した士郎さんを睨みつけるつもりで見る、と……その表情は、いたずらをやろうとしている祐一の表情によく似ていた。
 つまり……にやけている。


「……祐一は…その…………大事な人」


 私は何を言っているのだろう……どうも今日は調子が変。


「そうかそうか、それじゃ将来とか……あー、うん。俺が悪かったからそんなに睨まないでくれると嬉しいな……」

「……この話はもう終わり」

「わかったよ。それじゃ、そろそろ終わるからもうちょっと待っててくれ」

「はちみつくまさん」

「……ところで、その大事な恋人さんは一緒じゃないのかい?」


 また――動揺

 今度は、恥ずかしいとかそんな感情ではない。
 これは……多分、罪悪感。


「…………祐一は、忙しいから」


 咄嗟に出た嘘。
 どんどん自分が嘘つきになっていく、嫌な感じ。

 祐一は忙しくなんてない……私のせいできっと……


「そう…かい。それじゃまたね」


 そういって士郎さんは持ち場へと戻っていった。
 まだ何か言いたそうだったけど……聞かないでいてくれた。

 正直、それはありがたい。
 今聞かれれば……嘘だけが、どんどんでてくるだけだから……



「祐一……」


 誰もいない事を確認し、もう一度つぶやく。
 寂しい……やっぱり祐一がいないと寂しいな。

 だけど、祐一はもっと嫌な気持ちをしているはずだ。
 黙って出て行き、そして連絡もせずにいる。
 そんな私に寂しがる資格なんて……ない。





 その後、お店の作業が終わり、桃子さんと士郎さんの二人について高町家へと向かう事になった。


「そろそろ家につくわ。みんないい子だからなにも心配しなくて良いからね」

「男は俺と恭也しかいないし、他は全員女の子だ。これから家がにぎやかになるね」

「……はちみつくまさん」

「今日は歓迎会ね、桃子さん腕によりを掛けてご馳走作るわ」

「それは楽しみだね。桃子の料理は最高だから舞さんも楽しみしてていいぞ」


 お店でケーキを作っている桃子さんの料理は、確かにおいしそう。
 楽しみだ。


「ついたわ、此処が私達の家よ」


 たどり着いたその家は結構大きかった。門をくぐり中に入ってみると、離れに道場らしきものが建てられている。

 士郎さんが何か武術をやっているのだろうか。


「さて、改めて。ようこそ我が家へ、川澄舞さん。これからよろしくね」

「……よろしく、お願いします」

「それじゃ中に入ろうか。きっとあの子もまってるからね」

「そうね、それじゃ入りましょう。ただいま〜、今帰ったわよ〜」

「おじゃまします」


 二人が玄関をくぐり、中へ入っていく。私はそれにつづき家へと入っていった。


「あ、お母さんとお父さん。お帰りなさい〜」


 リビングと思われるところから顔を出したのは今日出合ったなのはだ。
 その時着ていた制服ではなく、今は普段着に着替えている。


「お帰り〜。あ、その人が川澄さん? なのはから聞いてたよ」

「ただいま、美由希。恭也はどこにいるんだい?」

「恭ちゃんなら部屋にいると思うよ。呼んでくる?」

「ああ、頼んだよ。おっと、その前に。紹介するよ舞さん、この子が家の長女、高町美由希だ」


 なのはの後ろから出てきたその女の子は、眼鏡をしており、穏やかそうな雰囲気をしていた。

 
「よろしく、舞さん。なのはからとってもいい人だって聞いてたよ」

「……よろしく、美由希」

「今は部屋だけど、恭ちゃ……じゃなくて、兄もつれてくるよ。あまり愛想のある人じゃないけど気にしないでね」


 そういうと美由希は奥に消えていった。


「それじゃ私はお料理してくるわね、舞さんはリビングでまってて」

「舞さん、こっちこっち」


 妙にうれしそうななのはに引かれ、私はリビングへとむかう。


「ちょっと待っててください。今から真琴を連れてきますから」

「まこと?」

「居候してる子の名前ですよ。今は私の部屋にいるの」

「……はちみつくまさん。それじゃ待ってる」


 しばらくした後、なのはが戻ってきた。
 しかし、その近くにまことという子はみえず、ただなのはが苦笑していただけだった。


「にゃはは……すいません、人見知りがはげしくて」

「気にしなくていい」

「ほら、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ」

「あぅ……でも」

「舞さんはいい人だよ。きっと仲良くなれるから」

「うぅ〜……」


 どうやら相当ひどい人見知りらしい。


「……? なに、この匂い?」

「真琴? どうしたの?」


 その時、壁向こうの戦いに変化が生じたらしく、気配が此方へむかってくる。


「あぅ〜、なんだか懐かしい匂い……」


 そして出てきたのはなのはよりも明らかに年上の女の子、高校生か少なく見積もっても中学生の高学年だと思う。

 でも、その雰囲気はとても幼い。
 一緒にいるなのはのほうが年上に見えてしまうほどに。

 それに、この子……何故だか普通とは違う。


「………、狐さんの匂いがする」

「――ッッ!! ま、真琴は狐なんかじゃないわよ!」

「そ、そうですよ舞さん! 真琴は極普通の何処にでもいるすこし人見知りが激しい女の子です!?」


 なぜだかなのはと真琴は焦っている。
 知られてはいけない事になにか触ってしまったのだろうか?

 それに人見知りが激しいという時点で極普通で何処にでもいないと思う。


「……そういうなら、気にしない」

「にゃ、にゃはは……はぁ、よかった」


 そこであからさまに安堵するのは隠し事があると言ってるようなものだけど、その事は言わないでおこう。

 それよりも、まことという子……以前、どこかで。


「……真琴? どうしたの?」

「あぅ……やっぱり、懐かしい感じがする」

「まさか、記憶がもどったの!?」

「記憶が戻るって、どういうこと?」

「あっ……え、えっと。ま、真琴は…その……実は、記憶喪失みたいで」

「記憶喪失?」


 まことは私に近づく事をやめ、なのはの後ろに回り恐る恐るといった感じで此方を見ている。

 その姿、そして記憶喪失という言葉に私は――


『ほら真琴、ちゃんと挨拶しろよ。ビビってんのか?』

『び、ビビってなんかいないわ! 祐一の癖に生意気よ!』

『はいはい、生意気でいいから。まずは挨拶だ』

『あぅ〜。…あの、……さ、沢渡…真琴……です』

『……川澄舞。よろしく』

『舞、こいつは自称記憶喪失者だ。疑いたい気持ちはものすごーくあるだろうが仲良くやってくれ』

『自称じゃないわよ! 馬鹿祐一!!』



 そう、この子は以前会っている。
 祐一の、正確には水瀬の家に記憶喪失の女の子として居候していた。
 だけど……


「あぅ……これは…ゆ……いち…の……」

「真琴ッ! どうしたの真琴!」


 突然、真琴は力尽きたように倒れる。
 私は、動けない。


「真琴……どうして、ここにいるの?」


 だって……真琴はあの冬の時に、いなくなってしまったはずの女の子なんだから。






あとがき

 ついにリリカルなのはの主人公、なのはを出す事ができました。
 いやー、長かったです。一幕を送ってから約四ヶ月経ってようやくですからね。
 まぁHDDが物理的にクラッシュしてしまったからでもあるのですけどorz
 今回なのははあまり目立たなかったので、これからはバンバン出して行きたい……のですが、次回は祐一サイドなので出番はありません。
 そしてリリカルの主人公の一人、フェイトですが……出番まではもうしばらくかかります。


 今回は舞が高町家へと招待されるお話、そしてそこで再会する真琴。
 なぜ真琴が生きているのか、なぜ高町家に居候しているのか、なぜ記憶を失っているのか。
 それはこれからのお楽しみです(ぇー
 まぁ居候しているわけは近いうちにわかりますが。
 それでは遥か彼方でした。

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