『朝〜朝だよ〜。朝ごはん食べて学校いくよ〜』


 ……朝、か。


『朝〜朝だよ〜。朝ごはん食べて学校い』


 コタツから立ち上がり、目覚ましのスイッチを押す。
 徹夜明けでぼんやりする頭を振り、いまだ寝息を立てる名雪を見る。


「……く〜、く〜」


 こいつ、結局途中から寝やがった。
 今年になってコタツを導入した俺の部屋、以前と同様あまりものがないのは変わっていないが。今日は気分をかえて俺の部屋で勉強するといったは良いが、あまり意味がなかったようだ。


「まったく、幸せそうな顔しやがって……」


 今日のテストはなんとか乗り切れそうだが、その後にくる出来事が気分をブルーにさせる。くそぅ、確かに約束をやぶったのは悪いと思うけど……特訓はあんまりじゃないか。


「はぁ、生きてクリスマス迎えられるかな……」


 というか今月を越えられるかさえ不安だ。まぁ、先のことより今の優先事項を消化するか。優先事項――つまりは名雪を起こすことなんだが、今日はどうやって起こそう?

 とりあえず名雪の肩をつかみ――全力で揺らす


「おい、朝だぞ、起きろ名雪」

「うにゅ〜、地震だお〜」


 まぁ、揺らす程度で起きるとは思っていない。伊達に名雪を起こし続けてはや……九ヶ月くらいだ。これくらいでは起きないことは承知しているので、これはいわば挨拶のようなもの。首がガックンガックンしているがこいつには許容範囲、むしろこれで起きたら名雪ではない。


「はぁ……起きないか。名雪、お前のスリーサイズは?」

「く〜、内緒なんだよ〜」


 くっ、やはりダメか。
 最初のころは効果あったが、最近では効果が薄い。


「ふっふっふ〜、なら俺が当ててやろう。上から83! 57! 82! どうだっ!!」

「く〜、それは以前のデータなんだよ〜」


 なに!? ということは以前よりでか――じゃなくて成長しているのか!? ……俺が動揺してどうする。


「いい加減起きろ、でないとキスするぞ」

「むしろ大歓迎なんだよ〜」


 ……こいつ本当は起きてるな、うん。そう思わせるくらいハッキリした返答だ。今の質問に対してはシークタイムゼロだったし。


「アホなこと言ってないで起きろ。冗談なしにキスするぞ胸もむぞあんなことやこんなことするぞー?」


 朝っぱらから俺は何を言ってるんだろう? そんなことを考えながら名雪を起こす作業を続ける……が。


「うにゅ〜、祐一ってば大胆〜」


 そろそろ我慢の限界です名雪さん。
 しょうがない、これはあまり使いたくなかったが……
 一応謝罪は先に済ますとして、名雪の身体を押さえ俺は構えを取る。


「許せ名雪、せっかく徹夜してまで勉強したんだ。遅刻するわけには――いかん!」


 ――川澄流 打技派生 夢想破壊――


 それっぽい名前だが、ようはただの気付け。


「うにゅっ!?」


 技をくらい、名雪の体が跳ね上がる。ただの気付だが、元々の技が舞の使う戦闘術……結構、いやかなり痛い。その分、効果が高いので大抵はこれで起きる。ついでに川澄流なんたらってのは俺が勝手に名づけただけだ。


「う〜……祐一ひどいよ〜」

「やかましい、なかなか起きないお前が悪いんだよ。最終手段を使わないだけありがたいと思え」


 最終手段とは言わずもがなオレンジの物体である。あれを使えば自分にまで被害が来るのでまさに最終手段――使うくらいなら見捨てて登校するが。


「ほら、とりあえず着替えて来い。徹夜したんだから今日は走りたくない」

「わっ、祐一って徹夜したんだ」

「したんですよ貴様が横でぐーすか寝てる間ずっと頑張っていたんですよ」

「ゆ、祐一……顔が怖いよ」


 いかん、徹夜明けで妙なテンションだ。


「いーからとっとと着替えて来い、三十秒以内!」

「わっ、わっ、そんなのムリだよ〜」


 文句を言いながらも走りながら部屋を出て行く。
 さて、俺も着替えるか。


「っと、その前に」


 朝の行事はもう一つある。

 俺は机があるほうを見て




「おはよう――――あゆ」




 その上においてある〔天使の人形〕に向けて朝の挨拶をした。






 第三幕  ――異変――






「おはようございます、祐一さん」

「秋子さん、おはようございます。名雪は起こしておきましたよ」


 リビングに降りると秋子さんが朝食の準備をしていた。いつものように秋子さんに挨拶してテーブルへと向かう。


「祐一さん、寝不足ですか?」


 その途中秋子さんからそんな言葉がかけられた。
 まぁ気付かれないとはおもってなかったけど。


「うーん、やっぱりわかっちゃいます?」

「ええ、それはもう。目の下に立派なくまができてますから」


 うげ、そんな無様な顔を秋子さんにみられるとは……やっぱり徹夜はするものじゃないな。


「まず顔を洗ってきてください。朝ご飯はなにが良いですか?」


 時計を見る……まだ時間に余裕がるな。
 最近はトーストばかりだったので和食が食べたい。


「それじゃ和食でお願いします」


 わかりましたと答え、秋子さんは微笑んだ。うむ、やっぱり秋子さんは美人だ。そんなことを再認識しながら俺は洗面所へと向かう。


「むぅ、ひどいな」


 洗面所につき、鏡を見ての感想はその一言につきた。確かに立派な……クマって立派なものなのか? そんなことはどうでもいいか……とにかくクマが出来ている。洗顔、歯磨きと一通り済ませた後、リビングへと向かうと着替えた名雪がこちらをにらんでいる。


「あ、祐一〜、やっぱり三十秒でなんてむりだよ〜」


 戻った直後の第一声がそれだった。
 つかチャレンジしてたのか名雪? 三十秒なんて俺でも難しいぞ。
 唯でさえ女の子の着替えは時間がかかるというのに。


「出来ないならもっとすんなりと起きろ。最近さらに寝起きわるくなってるじゃねーか」

「ど、努力はしてるよ」

「結果がまったく出ないどころか余計に悪化する努力に意味はねぇ」

「う〜、ひどいよ〜」


 名雪との会話をしながら席に着く。


「祐一さん、あまり名雪をいじめないでくださいね」

「しかしですね秋子さん。最近はホンットーにおきやがらないんですよ」


 こっちにきて最初の頃はまだよかった、粘り強くやれば起きてくれるから。でも最近は実力行使にでないとおきなくなっている。それくらい名雪のねぼすけ具合が上昇しているのだ。


「あらあら♪」

「あらあら♪、じゃありませんよ秋子さん」


 最近の俺には結構切実な問題なんです。といっても、いまさら秋子さんに任せるわけにはいかない……さすがに名雪が可哀相になるからな。


「はぁ……まぁいいです。俺も秋子さんには迷惑かけてますしね」

「迷惑なんてそんなことはありませんよ」


 そして秋子さんは優しく微笑む。ああ、理想の母親ってのはこんな人をいうのかな、オレンジあるけど。うちの母さんは優しいっちゃ優しいが、あのぼけーっとした性格とアレがあるのでやっぱり秋子さんがいい、甘くないあるけど。


「……祐一、お母さんに見とれてたって舞さんに報告するよ」

「ばっ! みとれてなんかいないわい!?」


 俺には立派な彼女がいるんだから見惚れるわけない……多分、きっと……おそらく………もしかしたら……最後は違うな。


「あらあら、ダメですよ祐一さん」


 ……ナンデウレシソウナンデスカアキコサン。



 そんなことをやっていた俺達は結局いつもどおり、つまりは全力疾走しなければ間に合わない時間に家を出ることになった。




 毎朝恒例となった……甚だしく遺憾ではあるが、恒例となってしまった学校への全力ダッシュ。その甲斐あってなんとかHRには間に合った。


「ふぅ、なんとか間に合ったか」

「はぁ…はぁ……、ゆーいち…はぁ……最、近……はぁ…速すぎるよぉ」


 教室の扉をくぐり、ようやく一息つけた俺達はとりあえず息を整える。といっても最近は訓練のおかげで滅多に息切れなんて起こさなくなった。そのまま扉の前でいつまでもたっているわけにも行かず、俺達はそれぞれの席へと向かう。
 ――なぜか俺の隣はいつも名雪なのだが。


「はぁ〜、つかれたよ〜」

「最近体なまってきてんじゃないのか?」

「ん〜、違うと思うんだけどな……」


 名雪は夏の大会が終わったとき他の三年と同じく陸上部を引退した。それ以降は受験生であり、あまり成績のよくない名雪は勉強に勤しんでいる。ついでに俺もあまり誇れる成績でないことは確かなので一緒に勉強している。
 そんなわけで名雪は毎朝の全力疾走以外あまり運動していない。


「祐一が舞さんとの稽古で速くなったんじゃないかな? 昔はついていけないスピードじゃなかったし」

「いや、それだけじゃなくお前の運動不足は明らかだ。最近体重だって増えてきただろ?」

「なっ! なんで知ってるんだよ!?」


 あ、マジだったのか……。冗談のつもりだったんだが。

 そんな何時も通りの会話をしながらHRをまつ俺と名雪の二人……そう、二人だけ。


「……まだ…見つからないのかな、香里。……それと北川君」


 いきなり話題を変える名雪、そして香里達の机の方を見る。その表情はいつもの明るさがなく、すこし落ち込んでいる雰囲気がある。だけど名雪よ、微妙に北川をついで扱いしてないか? それはひどいと思うのだが。


「そうだな、もうそろそろ半年か……」


 転校して直ぐに知り合い、進学しても同じクラスになってこれからも仲良く続いていくはずだったあの二人。新学期早々に起きた……あの出来事からしばらくして、香里と北川は学校に来なくなった。それだけでなくこの街からもいなくなったのが五月頃。それから既に半年が過ぎようとしている。警察はなんの情報も得られず、さすがに斉藤でもわからないといっていた。


「大丈夫だよ名雪……きっとひょっこり帰ってくるさ」

「うん、そうだよね。もどってくるよね……」


 途切れる会話、その後につづく話題はなく、担任の石橋がHRを始めるまでの短い間、俺と名雪は無言だった。



 すでに受験も最終段階に入る頃、教師達も追い込みのための授業を行っている。にもかかわらず、最初の授業で数学の抜き打ちテスト。俺は徹夜のかいあって無事補習は免れそうだが、他の知らなかった連中は、まじめにやってる奴は大丈夫だろう。半分以上がつかれきった顔をしていたが……

 これは斉藤に感謝だが、まぁあらためて礼は必要ない。ちゃんと報酬は渡している。

 しかしその後の授業に、俺は全く集中できなかった。徹夜明けってのもあるんだろうけど、昨日の電話のことが原因だ。まさに一難さってまた一難……そんなことを考えていると名雪が話しかけてくる。


「祐一、昼休みだよ」

「あぁ……そうか、もう昼休みなのか……」

「ど、どうしたの? なんか時間を追うごとにどんどん疲れてく様にみえてたけど?」


 疲れていった理由、もちろん舞を説得できそうな話が思いつかなかったからだ。


「はぁ、やっぱり怒ってるよなぁ」

「あ、舞さんの事? あの時の祐一は面白かったね、あれが百面相っていうのかな?」


 結局あれから電話は繋がらなかった。もはやプライドなぞ捨てて謝って謝って謝り倒すしかない。


「……覚悟をきめるか。よしっ、行くぞ名雪」

「わっ、待ってよ」


 声をかけてきた名雪は、まだ前の授業の片付けをしてなかったらしい。俺は会話中にすでに片付けている。なんとなく馬鹿にされた感じがしたので先にいつもの場所に向かうことにした。


「よぉ相沢、試験どうだった?」

「ん? ああ、斉藤か」


 廊下に出た直後、声をかけてきたのは隣のクラスの斉藤、今日の抜き打ちテストの情報をくれた奴だ。こいつは転校した直後は同じクラスだった。進級しクラスが変わった今でも結構親しい仲だったりする。


「なんとかなったよ、お前の情報漏洩のおかげでな」

「その割には随分としけた顔だなぁ、川澄 舞の様子がおかしいのが原因か?」


 などと、とても興味深そうに聞いてくるのはやっぱり情報屋としての血なのだろう。というより、舞の様子がおかしいなんてなんで知ってるんだよ。こいつ盗聴でもしてんのか?なんて疑問はするだけ無駄な事だと既に理解はしてる、納得はできないけど。


「やっぱり知ってんじゃねーか。そうだよ、舞を怒らしちまったからだよ」

「ほほぉ、あの川澄 舞を怒らせたと。なるほどなるほど、今度はどこの族がつぶされるかね〜」

「気楽に言うなよ。やるのは舞じゃなくて俺になるんだぞ、それ。しかも特訓という名の虐待で」


 まぁ最後には舞も参戦する事になるが、それは俺が未熟なせいでもある。……だけど百人斬りなんてできるわけないだろ。


「ははっ、そりゃ気楽にいうさ。俺には関係ないからな。まぁ死なない程度に頑張れ」

「冗談に聞こえなくなってきてるから、最近は。お前もヘマすんなよ、俺の卒業が危うくなるから」

「お前、それはさすがに勉強しろ……。それと、この俺がヘマなぞするかよ」


 その自信は一体どこからやってくるのか、正体不明を自負する情報屋はいつもの不敵っぽい笑みを浮かべる、あくまでそれっぽいだけだが。


「んじゃまたな相沢、情報屋【INVOKE-WORLD】を今後とも宜しく〜」

「いや、しばらくはやめとくよ。正直あまり不正するわけにはいかないからな」


 片手をふり、俺はまだ来ない名雪を確認するため教室をのぞく。そして此方に向かってくる名雪を見た時――





「いや、近いうちにお前は俺を必要とする。これは必然だよ、相沢」





 などと、まるで宣言するような事を言い出した。


「どういう意」
「祐一っ、先に行くなんてひどいよ!」


 どういう意味だと聞こうとしたが名雪に遮られた、耳元に大声で怒鳴ることによって。


「み、耳元で怒鳴るな! 俺の鼓膜を無きものにする気かっ!?」

「う〜、祐一が置いていくのが悪いんだよ」

「俺か! 俺がわるいのか!? って、そんな事より」


 そんな事じゃないよ〜、とかまだ文句を言う名雪をスルーし再び斉藤へと視線を戻す。


「……いないし、相変わらず変な奴だな」

「祐一、誰かと話してたの?」

「斉藤だよ、いつの間にか消えたけどな」

「斉藤って、だれだっけ?」

「……あいつを最初に俺に教えたのはお前だぞ。むしろお前のほうが付き合いながいだろがっ!」

「うーん……いたような、いなかったようなぁ」


 元クラスメイトに忘れられている情報屋、まぁあいつのそんな面をしってる奴はあまりいない……と思う。知ってたら間違いなく印象に残る、さすがに忘れないだろう。そしてあいつが突然消えるのは何時ものことだ。そんなことをいちいち気にしてられないし、どうでもいい。

 それよりもあいつがさっき言った事の方が気になるな、近いうちに必要とするとかなんとか…………また抜き打ちでもあんのかね?


「まぁいい、とりあえず舞たちの所へいくか」

「そうだね、あまり遅いと舞さん達が大学に遅れちゃうし早く行こ! ……それで、置いてけぼりにした事への謝罪がまだだよ?」

「それなら俺は鼓膜への攻撃に関して謝罪を要求するぞこの野郎」


 とアホな会話をしながら俺達は、舞と佐祐理さんが待つあの階段の踊り場へと向かった。




 今年の春、無事高校を卒業し舞は佐祐理さんと同じ大学へと進学した。アレで舞は成績がなかなかよかったらしく、佐祐理さんは言わずもがなトップクラスだ。しかし、二人は近場のあまり有名ではない大学を選び、そこへ進学した。理由を聞いたら、俺たちの高校から離れたくないらしい。このセリフを聞いたとき少し、いやものすごく嬉しかった事は覚えている。嬉しさのあまりご近所を走り回り、最後は舞に殴られようやく止まったらしい。らしいってのはその時の記憶だけがまったくないからで、一体どれくらいの力で殴ったかを激しく問いたい――聞くのがとても怖いのでやめてるけど。

 そんなわけで二人は卒業したにもかかわらず、昼休みになるとこの高校へと来て、いつもの階段の踊り場にいる。そして今、俺達は佐祐理さんが作ったお弁当を楽しくおいしくいただいている。

 ――はずなのだが


「…………」

「……あの〜、舞? 舞さん? おーい?」

「…………」

「えっと〜……、そんなに見つめられると祐ちゃん恥ずかしい!?」

「…………」

「あ、あははっ……つ、つまらなかったな。うん、ごめんわるかった」

「…………」


 てな具合に全く喋らない。だが視線は俺から全く動かない。もう、凝視されているとかのレベルじゃない……


「さ、佐祐理さん。舞の奴なんかあったんですか?」

「あはは〜、それが佐祐理にもさっぱりなんですよ〜。昨日の夜から少し様子がおかしくて……」


 小声で話しかけたので佐祐理さんも小声で返してくれた。まぁ目の前でそんなことしても意味はないと思うが、用は気分だ。舞は俺の真正面に座っている。その右に佐祐理さん、逆には名雪がいる。いつもは舞は俺が座った後、その隣に座る。だが今日は正面、別にそれだけじゃ変だと決め付けはしないが、それだけじゃなかった。

 ここに来る前に決意した謝り倒し作戦、自分の持っているプライドなんぞ気にせず捨て身の覚悟で挑んだのだが……


『すまんっ! 許してくれ舞!? どうか特訓だけは!? お願いだから集会に放り込むのは堪忍してぇぇ!!』

『わかった』

『そこなんとかお願いします! 牛丼とか団子とか好きなもの奢ります奢らせていただきま……って今なんと言った舞!?』

『特訓はやらない、そう言った……早く座る』


 そんなわけで開始直後に決着、拍子抜けした俺は促されるまま座り、現在へと至るわけだ。舞が特訓を取り消した、これは今まであまり無い事だ。あったとしても俺がタチの悪い風邪にかかり、高熱を出したときだけ。それだけになぜ簡単に取り消したのか気になる。……気になるのだが、舞の気が変わって「やっぱりやる」なんて言い出すのが怖いので聞かないことにした。

 名雪はこの場に展開されている妙な雰囲気に呑まれ、最初の挨拶以外全く口を開かない。藁をつかむ思いを視線に込めて助けをもとめたが、苦笑を返されるだけだった。


「祐一」

「なんでしょう!?」


 ……い、いかん。いきなり話しかけられたから変な言葉遣いになっちまった。うぅ、舞が変な目で見てるよ。


「…………昨日、変な事はなかった?」

「へ、変な事でございますですか? 舞が理不尽な特訓を俺に……特になにもございませんでしたよええもちろん!!」


 さらに変なものを見るような目をする舞、そしてさらにテンパる俺。


「はちみつくまさん、ならいい」

「そうでございますか……って、そんなわけいくかい!」


 ようやく舞から話しかけてきたんだ。このまま会話を終わらせてたまるか。


「一体どうしたんだよ。昨日なにかあったのはお前じゃないのか?」

「祐一には関係ない」

「関係ないって……、それじゃ何でずっと見てたんだよ? 話しかけても答えなかったし」

「……恋人をただ見つめるのはいけない事?」


 ぐっ、なんて可愛いこと言いやがんだちきしょう! だがな、その言葉はそんな敵に挑むような目つきで言うものじゃないだろ。


「そうじゃない、どう考えたって今日のお前は様子がおかしい。何かあったなら相談しろ、お前と俺の仲だろ?」

「大丈夫、問題ないから」

「問題ないならそもそもこんな会話になんてならないだろ」

「信じて」

「信じてって言われても……」

「お願い」


 ……そこまで言われちゃもうなにもいえないじゃないか。
 俺が言葉に詰まっていると、今まで見ていた佐祐理さんが話しかけてきた。


「祐一さん、舞はちょっと体調が悪いだけだと思います。心配しなくても大丈夫ですよ」

「佐祐理さんまで……はぁ、わかったよ。今日はもうこれくらいにしよう」

「……ありがとう、祐一」

「いや、そもそもお礼言われるようなことじゃないんだが……」

「お、お昼休みもそろそろ終わっちゃうから急いで食べよう! ね、そうしよう!」


 またさっきの事を繰り返すと思ったのか、名雪は会話に割り込んできた。確かに結構時間が経ってしまっている。


「そうだな、せっかく佐祐理さんが作ってくれた弁当だ。残さず食えよ名雪」

「何で私だけ?」

「舞は残す心配などないからだ」


 実際、舞は俺をずっと見ていた最中でもしっかりと食べていた。それの組み合わせで余計怖かったのは事実なのだが。

 俺も気を取り直して弁当を食べ始めた。……うん、唐揚うまいな。


「……やっぱり………祐一……でも…………このままじゃ」

「ん? なにか言ったか、舞?」

「ぽんぽこたぬきさん、何も言ってない」

「そうか……おっ、この魚もおいしいですね」

「ありがとうございます、遠慮せずどんどん食べてくださいね〜」

「ん〜、やっぱり佐祐理さんの作るイチゴヨーグルトは最高だよ〜」

「みまみま」


 いつもどおりの雰囲気に戻った俺達は昼休みぎりぎりまでその場にいた。


 そして最後に、大学へと戻る舞たちを見送るため裏の玄関へと向かう。


「それじゃ祐一さんと名雪さん、また明日会いましょうね」

「ええ、また明日。楽しみにしてますよ」

「イチゴヨーグルトおいしかったです。是非またよろしくお願いします」


 注文してるんじゃないイチゴジャンキー。


「む〜、祐一失礼なこと考えてない?」

「幻視だ幻覚だ幻聴だ、気にするな」

「どれ一つ関係ないよ……」

「あはは〜、それではさよならです。ほらっ、舞もちゃんと挨拶しないと」

「……また」


 ひと時の別れの挨拶をし、俺と名雪は校舎へ。舞と佐祐理さんは大学へと向かう。玄関へと歩き出し、名雪もそれについてくる。そうして玄関をくぐろうとした時、舞が話しかけてきた。


「祐一」

「ん〜? なんだ舞、まだなにかあるのか?」


 足を止め、再び舞へと向きなおす。隣に佐祐理さんはいない、おそらく先に行かせたんだろう。俺も名雪を先に行かせ、舞の言葉を待つ。


「人形は今も持ってる?」

「人形? 人形ってあの天使のやつか?」

「はちみつくまさん」


 なんでいきなり人形の事なんて……


「あるぞ? ちゃんと胸ポケットの中に」


 あの冬の時から、ずっと持っている天使の姿をした人形。それを俺は片時も離さず持ち歩いている。俺が肌身離さず天使の人形を持っていることをクラスの連中にばれたときは、これ以上ないくらいに冷やかされた。

 だが、それでも手放すわけにはいかない。――――これはあいつとの大切な思い出なのだから。


「……そう、わかった」

「見たいんなら渡すけど?」

「いい、確認しただけ」

「あいよ、舞もはやく行かないと大学に遅刻するぞ」

「…………祐一は心配しないでいい。ちゃんと――終わらせるから」


 終わらせる? その言葉に疑問を感じたが、既に舞は校門へと歩いていた。最後にまた意味のわからない質問した舞、やっぱりなにかあったんだろうか?


「祐一、早くしないと遅刻しちゃうよ〜」

「おぅ、今行く」


 まだ舞の事が気になるが、明日になればまた会える。そう思い、先に行っていた名雪に追いつき教室へと向かう。



 その後は特に何事も無く授業が終わり、名雪と二人で帰宅した。そしていつもの食事、名雪と秋子さんとの会話。変わらない日常、それが明日も変わらず続いていくと、それが当たり前なんだと感じながら俺は眠りにつく。


 いつまでも変わらない、そんな事があるはずが無いのに……





 ――――――次の日、舞は俺達の前から姿を消した。





 その日は目覚ましのなる一時間前に起きてしまった。理由なんてたいした事じゃない、ただ嫌な夢を見ただけだ。あやふやなイメージの夢、だけどそれが悪夢の類だということはすぐに気付いた。白い光、それを守るように漂う四色の光達。それらが徐々に……黒いナニカに飲まれていく。光が消えてゆく……その光景がとても悲しくて、苦しくて。それが幾度と無く続く夢。

 目を覚ます。まだ外は暗く、いつもならまだ寝ている時間。だけどもう一度寝る気にはなれず、俺は妙に不安な気持ちで目覚ましがなるまでベットに横たわっていた。

 その後はいつもどおり名雪を起こし、リビングに降りたとき秋子さんから心配された。


「祐一さん、大丈夫ですか? なにか顔色がすぐれないようですけど」

「大丈夫ですよ、ちょっと夢見がわるかっただけですから」


 いつもどおりの朝の日常、そのはずなのに徐々に不安は増していく。
朝食を食べ、カバンを取りに部屋に戻るとタイミングよく携帯がなる。

 それが日常の崩壊を知らせる合図だった。



「舞が……いない?」

「はい、昨日祐一さん達と別れた後は、特にいつもとかわらなかったんですけど」


 電話の相手は佐祐理さんだった。朝起きると舞の姿がなく、書置きだけが残されていたらしい。


「携帯には?」

「舞の携帯はここにあります、どうやら置いてったみたいで……」

「どこかに散歩にいった……ってわけじゃないんですよね?」

「はい……、書置きにかかれてたんです。『旅にでます、探さないでください』って」


 ……さっきまでの緊迫感が無くなりそうな内容だな。書くにしても他のがあるだろう、舞。


「他にはなにか?」

「えっと、『ちゃんと終わらせる、だから心配しないで』……ってあります」


 終わらせる……それは昨日の別れ際、舞が言ったこと。
 やっぱり昨日の時に聞きだしておくんだった。


「佐祐理さん、舞がいなくなったのに気付いたのは何時ごろ?」

「ええと、佐祐理が朝起きたときにはもう……大体七時ごろだったと思います。その後テーブルにある書置きに気付きました」


 今は七時五十分……もうかなりの時間が経ってるな。


「アパートの周りにはもういないみたいです。……祐一さん、舞はどうして」

「わからない、だけど昨日の舞は様子がおかしかったし……。佐祐理さん、一昨日本当になにも?」

「……いえ、舞は……その日」


 そして佐祐理さんは話しはじめた。
 俺との訓練のためにアパートを出て行った舞、でもなかなか帰ってこないので携帯にかけてみたそうだ。しかしつながらず、しばらくして探しにいこうと思ったとき舞は帰ってきた。
 ――体の所々に怪我をした姿で
 理由を聞いても答えてくれなかった舞、そしてこのことは俺には絶対に話さないでと言われたらしい。


「ごめんなさい、祐一さん。やっぱりちゃんと話して置くべきでした」

「気にする必要はないよ。佐祐理さんは舞との約束を守っただけだから」


 時間を見る。もう家を出なければ学校に間に合わないが……でも、そんな場合じゃない。


「とりあえず、俺は舞を探す。まだこの街にいるかもしれない。佐祐理さんは大学に」

「佐祐理も探します! 佐祐理だって舞が心配なんです、こんな時に大学なんていけるわけないじゃないですか」

「……わかった。それじゃ駅前で合流しよう」

 電話を切り、俺は急いで玄関へと向かう。そこには名雪が待っていた。もう遅刻確定の時間なのに俺を待ってくれていたことに嬉しさ反面罪悪感が湧き出る。


「祐一〜、はやくしないと遅刻するよ〜」

「悪い! 今日は休む! 石橋には風邪で休みますとでも言っといてくれ!」


 名雪の横を通り抜け、外に走り出す。


「えっ、えっ? 休むって……あ! 祐一っ、体調悪いなら走っちゃ駄目だよっ!」


 すまん、名雪。どうも嫌な予感がするんだ……朝から感じるこの感じ、昨日の舞の様子。このままじゃ何か大切なモノが無くなる、そんな突拍子も無い予感が……



 駅前で合流した俺と佐祐理さんは、傍からみればデートに遅刻した彼氏が急いで彼女の元へ走ってきた構図だったろう。故に周りからの視線が微妙に寒い、佐祐理さんは誰が見てもきれいな人だ。そんな人を待たせたという事は万死に値するのかもしれん。さらに俺はコートを着てるとはいえ、ブレザーのまま駅から学校へと向かう学生達の流れとは逆方向に、カバンも持たず全力疾走したのだ。目立つことこの上ない。

 だが今の俺にはそんなことは気にしてられん。駅員の人に舞の人相や姿を伝えここへ着てないか聞いたが、さすがに覚えていなかったみたいだ。


「とりえあえず二手に分かれて探そう。俺は北側を、佐祐理さんは南側あたりをお願い」

「わかりました。それじゃお昼になったら情報の有無に関わらず、このベンチ付近に一度集合ということで」


 そして俺達は分かれた。もう見つからないんじゃないかという思う気持ちを打ち消すように、ただひたすら探し続けた。

 舞は目立つ、その容姿だけでなくこの街での活躍がそれを際立たせている。
 迷惑行為を繰り返す暴走族を一晩でつぶしたり、喧嘩の仲裁もとい両成敗でその騒ぎを鎮圧したり。一度カタギではない人たちに襲われもしたが撃退し、今では尊敬するアネさんとしてよく挨拶されている。それだけでなく、子供達とも仲がよく商店街でも人気がある。だから舞の情報自体は簡単に集まりはした。

 だけど、今日舞を見たという人は誰もいなかった。

 時間が過ぎてゆき、何の成果も無いまま俺は集合場所のベンチへと戻った。そしてしばらくすると佐祐理さんもやってくる。

 その表情を見る限りでは結果を聞くまでも無いみたいだ。


「ごめんなさい、祐一さん。佐祐理のほうはなにも……」

「謝らないで、俺だってなにもつかんでないんだから」


 このまま再び探しにいってもいいが、正直佐祐理さんが限界みたいだ。ずっと走り続けてきたんだろう。俺達は一度昼食をとることにした。昨日までのみんなとの食事ではなく、二人だけ。それが言いようも無い寂しさを感じさせた。


「もうこの街にはいないんでしょうか?」

「わからない。けど、このままじゃ舞がどこへ行ったすらわからない。手がかりだけでも探さないと」


 その後また二手に分かれ、俺は駅から離れたところを探すことにし、佐祐理さんは駅周辺を再度調べることにした。

 けれどまともな情報はなかった。日が短くなったこの季節、もうすぐ辺りが暗くなろうとしている。だけどあきらめるわけにはいかない。まだ……あの嫌な感じは消えていないのだから。

 そろそろ集合する時間、俺は一度駅へと向かおうとした。


「よぉ相沢、学校さぼってなにやってんだよ?」


 その声は背後から、話かけてきたのは斉藤だった。


「斉藤? お前、何でここに?」


 ここは学校からかなり離れている。斉藤の家だって正反対のはずだ。
 俺の問に斉藤は笑い、答える。


「言っただろ? 近いうちにお前は俺を必要とするって。だから俺はここにいる」


 そう微笑むのは知らないことは無いと公言する情報屋……っ!?
 すぐ近くに駆け寄り、その肩を掴む。


「斉藤っ! お前、舞のこと何か知ってるのか!?」

「おぅおぅおぅ!? まてっ、やめてっ、ゆらすんじゃねー!?」


 やっと掴んだ一筋の光、それに興奮して名雪にやるくらいの力でゆさぶる。


「どうなんだ!? 答えないなら此方も考えあるぞこの野郎!?」

「わかった! から! だから! 揺らすな! そろそろ! ヤバイ! いろんな意味で!??」

「っと! す、すまん……つい」

「はぁ、はぁ、はぁ……つい、で人を殺す気か相沢!」


 それを毎朝くらいながら起きない名雪は異常だと再確認するが、そんな事より。


「それで! お前は何かしってんのか!?」

「わかったから、俺の知ってること話すからその血走った目で見るな。マジで怖い」

「……ああ、すまん」


 一応掴んでいた肩をはなす。興奮してまた揺さぶるかもしれないし。それよりも、こいつは昨日の時点でこうなることを知っていたのか?


「その前に〜……情報にはそれに見合った報酬が必要だよな? な?」

「川澄流……無手……虚空しょ」
「まて!? やめろ!!? 俺が悪かったからその物騒な構えをとけーっ!?」 


 ちっ、それ相応の報酬を与えようとしたのに。


「くっ、相変わらず川澄 舞がからむと性格変わるなお前……。わかった、報酬は後払いでいいよ」

「遠慮すんな。舞の技の中でも食らえば病院行き確実の奴だ。これは俺と舞しか知らんし、いい情報になるぞ? その後のことはしらんが」

「そんな情報自分の身で確かめたくねぇよっ! 俺は聞くだけ!」

「わかったよ。それじゃお前の知ってること教えてくれ」


 駄目だな……どうも落ち着かない、普段なら流せる冗談にも過剰に反応しちまう。


「はいはい、んじゃ俺の知る限りのことは話すよ」

「すまないな……」

「んじゃまずお前が一番知りたい事。川澄 舞はもうこの街にはいない」

「――っ! それは、本当なのか?」


 俺達が半日かかっても手がかかり一つ掴めなかった事、それを斉藤はさも当然のように突きつけた。

 その言葉に、ずっと離れなかった不安が増していく。


「おちつけ相沢、別に死んだわけじゃねぇんだから。むしろお前が死にそうだぞ? その顔色じゃ」

「あ、ああ。そうだな……」

「続けるぞ? 川澄 舞は今、海鳴という街に向かっている。目的はそこに敵がいるから倒すため、あとは……まぁこれはいわんでもいいだろう」

「なんでだよ、もったいぶらずに全部言え」

「言ってもいいが……後悔すんなよ? 俺に八つ当たりすんじゃねぇぞ?」

「……しないよ。さっきのは冗談だ、あまりマジにするな」


 半分本気だったけど。


「ほんとかよ……まぁいい、それじゃ話すよ。川澄 舞がこの街を去って海鳴へと向かったもう一つの目的……理由といったほうがいいな」


 そこで斉藤は区切り、俺を見る。いつものふざけた調子ではなく、まじめな顔。その鋭い眼が俺を射抜く。


「それはお前を守るためだよ、相沢」

「俺を守る……ため?」


 守る? なぜそんな理由でいなくなるんだよ、守るなら普通そばにいるものだろ。


「川澄 舞は一昨日、何者かと戦ったらしい。それ自体は引き分けだったそうだが、あの川澄 舞とだ。それはどういう意味かわかるだろう?」


 舞は普通の人には無い力をもっている。あの魔物を受けれいれてから現れた力、並みの武闘家じゃ相手にならないほど強いく、銃だって避けてた。

 その舞が……勝てなかった、それが意味することは……


「つまり相手も普通の人間じゃないって事だな。ついでに川澄 舞が襲われた理由、それはその相手と対等に戦った”力”を持っていたから。これに関してはお前のほうが知ってるだろう?」

「……ああ、知ってる」

「そして、そいつはお前を標的とする可能性が高かった。さーらーに、すでに川澄 舞のことは覚えられている、またくる可能性は十分に高い」

「いやまて、なんで俺が狙われる可能性があるんだ? 俺は舞みたいな力はもってないぞ?」


 確かに俺は舞から戦い方を教わってはいるけど、超能力みたいのはない。さっきの話から狙われる理由なんてないはずだ。


「……それはさすがに知らん。だが確かなスジからの情報だよ、お前も狙われる可能性高し…ってな」

「だから……近くにいると俺まで襲われるから……危険になるから舞は、この街をでてったのか」

「まぁそうなるな、実際お前じゃそいつに逆立ちしたって勝てねぇよ」

「それは! ……確かに、舞が勝てない奴にかなうとは思わないけど……だけど身を守るくらい!」

「それも無理だ。そして川澄 舞はお前を守りきれると思えなかった。だからこそ一人で海鳴にいったんだよ」


 そして斉藤は冷静に、俺に告げた。たった一つの、どうしようもない事実を。


「お前は弱いんだよ。誰かに守られなければいけないほどにな」


 それは紛れも無い真実であり、認めたくない現実。
 俺に舞のような力はなく――共に戦うことなんてできない、そんな事実。


「おそらく川澄 舞は海鳴に着いたら、その力を一度解放するだろ。自分はここにいる、あの街に行っても無駄だという意思表示のためにな」

「それも……俺を守るためか?」

「でなきゃわざわざ襲ってくれみたいな真似するか。……まぁでも、奴らもすぐには襲わないと思うぞ、あからさますぎて逆に警戒するさ」


 そこまで聞いていた俺の中にある感情があらわれる――いや、それは最初からあったモノ。

 俺のせいで……俺が弱いせいで舞は危険な目にあっている。発端は関係ないとはいえ、共に戦える力さえあれば舞は俺達にだまって出て行くなんてするはずがない。

 あの冬、一緒に戦うと張り切りながら、結局守ってばかりだった頃。あれから時が過ぎ、いつになってもその横に並べない半端者。

 だけど……そうだとしても、俺は――


「それで、お前はどうするんだ?」

「…………そうだな」

「川澄 舞の目的も居場所もわかった。その上で、相沢 祐一はどのような行動をとる?」

「決まってるさ」


 確かに俺は弱い、いくら頑張ったってあの舞に追いつけるとは思ってない。

 だけどな、そんな事は問題じゃないんだよ。

 かなわない敵が怖いなら、俺はあの冬の時すでにあきらめてる。

 あきらめなかったのは舞が――


『私は魔物を討つ者だから』


 そんな寂しい思いをしていた女の子が、放って置けるわけがなかったから。

 ――――だから


「もちろん舞を追っかけるに決まっている! まだわかってない舞に一言いわなきゃこの怒りは収まらん!!」


 俺が危険? 足手まとい? 知るかそんなもん! ここで追いかけず、ただただ事が終わるまでのんびり暮らせるわけが無い!!
 勢いだけの馬鹿だっていい、舞の思いを踏みにじっているってのもわかってる。だけど、ここで追わなきゃ絶対に後悔する。


「くく、やっぱり面白いなぁ相沢。普通ここは相手の意思を尊重して「信じて待つさ」とか言わないか?」

「悪いけど俺にはそんな事できないね、まだ若いもんで。危ない事になってる大事な人を放って置けるわけないだろ」

「そうかい、んじゃ最後に一つ。お前が今感じている不安については心配することは無い。海鳴に行き川澄 舞との距離が近くなれば解決するさ」

「お前……なんで俺の気持ちまでわかるんだよ、気持ち悪いな……」


 さすがに今のは引くぞ。お前はおれのストーカーか?一度も話してないし、この不安は朝からだからいくらなんでも斉藤が知るはずが無い……普通の手段なら。斉藤との距離を露骨に広げる。


「すんげぇ失礼な事考えられてる気がするけど……まぁいいさ。あぁ、そうそう、この情報についてはサービスってことでいいよ」

「めずらしい、つーより初めてだな。お前がサービスなんて。遠慮せず受けて言ったらどうだ? 今なら感謝を込めて威力倍増でやってやる」

「全身全霊をもってお断りさせてもらうよこの危険人物が。それと頻繁にやってちゃありがたみがねぇだろ」


 そりゃ確かにそうだが、できればサービスよりも報酬を変えてほしい。こいつはあの秋子さんの「甘くないジャム」が好きらしく、普通だったら料金のはずがそれを要求してくる。その神経はハッキリ行って理解不能だが、あのジャムが欲しいというと秋子さんが喜ぶので(その際、食べなきゃいかん空気になるが何とか誤魔化している)気にしないことにしている。


「ありがとな斉藤、次の時は新作をつくってもらうよ」

「おぅ、楽しみにしてるよ。なんかあったらまた会いに来い、相談くらいなら乗ってやる」


 そして俺は斉藤と別れ、佐祐理さんの待つ駅前へと走りだした。




 しばらく走った後、どう考えても間違いなく間に合うわけが無いので、とりあえず佐祐理さんの携帯に連絡を入れる。


「どうしました祐一さん? なにかわかりましたか?」

「ええ、舞がどこいったかわかりましたよ」

「本当ですか! 舞はどこに!?」


 それから俺は斉藤に聞いたことを整理し、佐祐理さんに説明した。


「そうですか、舞は祐一さんを守るため海鳴へ……」

「明日になったら俺は舞を追いかけるつもりだよ、佐祐理さんも一緒に行ってあの馬鹿にガツンといってやらないと」

「……いえ、佐祐理はここで待ってます。きっと足手まといになりますから」

「それは………本当にいいのか?」


 そもそも俺だって足手まといだ。本当なら連れて行きたい……だけど無理強いするわけにはいかない。


「佐祐理は一度、舞に迷惑を掛けました。おそらく、今回の件では佐祐理は役にたちません……」


 そう話す佐祐理さんの声は、すこし……震えていた。


「佐祐理さん……」

「だから……祐一さん。舞を……お願い…します」


 本当は佐祐理さんだって一緒に行きたいはずだ。親友が危険な目にあってるのだから。だけど、以前自分が傷を負った事により舞を追い込んでしまった。その事が佐祐理さんを戒めている。俺が言ってどうなる問題ではない、これは舞と佐祐理さんとで解決しなければいけない事。


「わかったよ。舞の事は任せて、佐祐理さんはあいつの帰る場所を、お願いします」

「…はい、わかりました。お姫様を迎えに行くのは王子様の役目です、がんばってくださいね」

「はは……、随分とお転婆なお姫様だな」


 容姿だけは間違いなくお姫様として通用するが。


「今日はアパートまで送るよ、今はどこに?」

「あはは〜…大丈夫ですよ。……あまり今の顔をみられたくありませんから」


 やっぱり泣いてたみたいだ。この時間だったら女性の一人歩きはまずいんだけど……佐祐理さんは逆に安全だろう、舞の一番の親友だ。


「……ああ、それじゃ気をつけて。佐祐理さんを襲う馬鹿はいないと思うけど」

「はい、祐一さんも気をつけてください。ちゃんと舞と二人で帰ってきてくださいね」


 電話を切り時間を確認する。時刻は八時、ここから水瀬家まで走って約一時間、急ぐか。



 水瀬家に着いたのは九時半頃、さすがに朝から走りっぱなしだったため途中休憩していた。玄関を開け、中をのぞくとリビングから光がもれ、誰かがいるのがわかる。この時間に名雪が起きている可能性は低い、なら秋子さんだろう。


「……ただいま、秋子さん」

「おかえりなさい、祐一さん。随分遅かったですけどなにかありましたか?」


 予想通り、リビングで待っていたのは秋子さん。座っている前の席、つまりは俺の場所には食器が置いてある。おそらく俺を待っていてくれたのだろう。その気遣いにとても嬉しく感じるが待たせてしまったことへの罪悪感がある。


「いえ、ちょっとした野暮用です。心配掛けてすいません」

「そうですか。それなら祐一さん、夕食は食べましたか? まだなら暖めますよ」


 確かに腹が減った。思えばあの昼飯以降なにも口にせず走り回ってたからな……。

 だけどその前に話をしなくちゃならない。


「いえ、その前にすこし話があります……名雪は寝ちゃいましたか?」

「はい、もう寝ました。祐一さんが帰ってくるまで起きてるといってたのですが、駄目みたいでしたね」


 ……そうなのか、ごめんな名雪。お前にまで心配掛けて…また心配掛けることになるけど許してくれよ。だけど、だけどな。十時前に寝ることに耐えられなくて寝るくらいの心配ってところが少し悲しいぞ。


「それで、お話というのは?」

「あ、はい。実は明日からちょっと海鳴って所までいってきます。その間学校を休む事になりますけど、できるだけ早く帰ってくるようにします……」

「了承」


 ……早いですね、秋子さん。まだ理由をいってないのですが。


「いいんですか? まだ海鳴に行く理由とかいってませんけど」

「ふふ、適当に言ってるわけじゃないですよ。祐一さんの目をみればわかります。とても……とても大事な事なのでしょう?」

「……はい、俺の大切な人……そいつが今危ないことになってるみたいなんです」


 自分が勝てなかった程の相手がいる場所へ、俺を守るために。


「舞さんは幸せですね、こんなに想ってくれる人がいるのだから」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ秋子さん」


 しかも俺は舞なんて一言も言ってなかった気がするんだけど……いや、さすがにわかるか。


「ちゃんと無事に二人で帰ってくること、それが条件です。それ以上私が言うことはありません」

「わかりました。……どうも、ありがとうございます」

「それじゃ夕食を温めてきますね、先にお風呂に入っちゃってください」


 秋子さんはキッチンへとむかう。正直理由を言ったら反対されるんじゃないかと思ってたが、そんなことも無かっただろう。

 おっと、そうだ。あいつへの報酬をちゃんと用意しておかなければ。


「秋子さん、今度甘くないジャムの新しいやつ作ってもらえま」
「了承♪」

「……どうもです」


 速いな、うん。まだ言い終わってないのに、そんなに嬉しいんですか。……嬉しいのだろうな、今まで新しいの作ってくれなんて言わなかったし、言わせもしなかったから。そうして俺は風呂へ入り、今日一日の疲れを癒す。湯につかりながら考えるのは舞の事、今頃は海鳴についているのだろうか。今すぐにでも追いたい、だけど一応用意しなければならない。おそらく海鳴に行けば舞を襲った相手にだって会う可能性がある。ならそれなりの準備をするべきだろう……と思うが、俺がいくら用意したって通用するのだろうか?


 ……あまり長湯するわけにはいかないな。俺は風呂を出て、リビングへとむかう。用意されていた遅い夕食の時間を秋子さんと二人で過ごす、食べていたのは俺だけだが。明日に備え俺は早く寝ることにした。もちろん明日の用意をしてからだ。

 待ってろ舞、お前が望まなくとも俺はお前の側にいる。……そう誓ったんだから。


 次の日、朝五時に目覚めた。昨日のような夢は見なかったが、まだこの妙な気持ちはきえていない。布団からでるのが嫌になるくらい寒いが、そんな事は気にしていられない。いつものブレザーではなく、動きやすい服装に着替え、昨日のうちに用意していた荷物を確認する。

 その内、自分の愛刀――鉄製の木刀を手に取る。鉄なのに木刀ってのも変だが、見た目が完全に木刀なのだからこう呼んでいる。舞との訓練、最初の頃はお互い木刀でやっていたが途中から舞はいつもの剣、俺にはおそらく佐祐理さんが調達したと思われる素材は鉄、見た目木刀でやるようになった。それを竹刀袋へ入れる。これで警察に補導されることは無いだろう、きっと。

 荷物を持ち、部屋を出る。一度名雪の部屋を見て、これから秋子さんが起こすことになるだろう事実に同情する。……俺が帰ってくるまで生きていろよ名雪。

 リビングへとむかうと、そこには秋子さんがまっていた。おそらく俺を待っていたのだろう。


「おはようございます、祐一さん」

「おはようございます、秋子さん。どうしたんですか?」

「祐一さん、あなたに渡しておきたい物があったので待ってたんです」


 俺に渡したいもの? 一体なにを、と考えている間に秋子さんは俺に近づく。そして首に手を回してきた。もちろん俺は微動だにできない。出来るわけがない、眼前には秋子さんの顔があるのだから。


「ちょっ、あ、秋子さんちち近い近いです!」

「これです。私の手作りなんですよ」

「……うぇ?」


 そうして首に下げられたのは、小さな蒼い宝石がついたネックレス。鎖骨の中心あたりに宝石がくるようになっているもの。……そうだよな、ありえるわけ無いよな、秋子さんは叔母なんだから。そう、誰だって緊張するはずさそのはずさ! って、混乱してる場合じゃない。俺には貴金属や宝石の相場とかわからんが、この蒼い宝石は普通じゃないってことぐらいわかる。


「そんな! こんなもの受け取れませんよ!」

「お守りです。そんな遠慮しなくても大丈夫、高価な石ではないですから」


 お守り……か。まぁ秋子さんに遠慮する方が悪いかな。


「わかりましたよ……でもやっぱりもらうわけには行きません。すこしの間、借りるってことで」

「了承、です。それじゃ玄関の先まで見送りしますね」

「ありがとうございます」


 俺と秋子さんは玄関をでて、本格的に寒くなってきた外にでる。吐く息が白くなり、寒さが肌を刺す。秋子さんの見送りはここまで、俺は振り返り秋子さんを見る。
 

「ここまででいいです。外は寒いですから」

「気を付けて、といっても祐一さんはどうせ無茶をするでしょう。なので、頑張ってくださいね」

「はは、そんな無茶ばかりやってますかね、俺」


 秋子さんのもちろん、と言葉に表さなくてもわかるくらいの表情をする。……しばらくは自制しよう、今回の件がおわったら。


「海鳴についたら翠屋という店を探してください。昔の知り合いの店なので力になってくれるでしょう」

「ミドリヤですね、わかりました。秋子さんも健康には気をつけてください。それじゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい祐一さん」


 秋子さんの見送りを受け、俺は駅へと走り出す。目指すは――海鳴。




◇    ◇    ◇    ◇






 祐一の姿が見えなくなるまで見守る秋子。ふと、思いついたように声をだす。


「いけない、翠屋への地図渡しておけばよかったですね」


 そこで後ろへ振り向き、何も無い空間に声を掛ける。


「そうは思いませんか? 久瀬さん」

「……さすがに誤魔化しきれんか」


 空間がゆがみ、その中から出てきたのは白いロングコートのような服を着た久瀬。手には身の丈ほどもある黒色の杖、先端には蒼いキューブがゆっくり回っている。


「覗き見とは、あまり良い趣味じゃありませんね」

「最初から気付いておきながらよく言う。それにこの結界、貴方の仕業か」

「ええ、久しぶりなのであまり出来の良いものではないですが」

「ふん、これで出来が悪いとはな……この街全体を覆う特殊結界、貴方の」


 その瞬間、あたりの空気が一変する。錯覚ではなく、事実辺一変の温度が急激に下がっていく。

 久瀬は先ほどと全く変わらぬ雰囲気で、秋子はその瞳に絶対零度の冷たさをもった普段とは全く逆の雰囲気で佇む。


「あまり関係のないおしゃべりは関心しませんね。いつからそんなに話し好きになったのかしら、あなたの一族は」

「一族は関係ないさ、俺も最低限のことしか貴方達のことを知らん。知らぬが故に興味はあるがな」


 久瀬は笑う、一族の事などどうでもいい、そう態度に示すように。
 秋子は睨む、それ以上話す事は許さない、そう態度に示すように。


「過ぎた好奇心は身を滅ぼしますよ……貴方の先祖がそれを証明しているでしょう」

「関係ないと先ほどいったはずだ、俺は俺の思うようにやる。それはそうと、この結界を解除する気はあるか?」

「ありません。祐一さんがこの街を出るまではおとなしくしてもらいます。もし出たいのであれば……」


 秋子を中心に風が起こる、それは普通の風ではなく魔力の塊。それに呼応するように周囲の冷気が集まりだす。


「私と戦って勝つことです。いかがしますか?」


 久瀬は変わらず不遜な態度で秋子を見る。そして――


「遠慮しておく。いくら舞台から降りたとはいえ、貴方と真正面から戦う気はない」


 杖を待機状態の石へと戻し、防護服の姿から普段着へと変わる。


「貴方もここで戦えば見つかるぞ? せっかく身を隠したのだからもう少し自重したほうがいい」

「……そうですね、ご忠告ありがとうございます」


 感謝の言葉、しかし込められた感情は別なもの。秋子は収束していた魔力を拡散させる。先ほどまでの気温低下はとまり、辺りは元の様子に戻ってきている。

 そして秋子も戻っていく、普段の全てを包み込むような暖かい雰囲気をもつ女性に。


「それにしても、相沢の奴。いつも俺の予想と違う行動しやがって……せっかく引き離したのに意味が無くなった」

「それが祐一さんですから。あの人の行動を予測するのは大変ですよ?」

「気に食わんな……だがそれも面白い。海鳴に行けば奴等と会うだろう、その時どうでるか……楽しみだ」

「あまり良い趣味ではないですね、相変わらず。ところで、外は寒いですからよければ家へあがってください。朝食も一緒にどうですか?」


 先ほどまで剣呑な雰囲気を出していた相手に対して出す提案ではない事を、しかし秋子はさも当然のように、自然に振舞う。

 久瀬は少しの間考え、答えを返す。


「頂こう」


 そして二人は水瀬家へと入っていく。辺りには何事も無かったような早朝の静けさだけが残された。


 その後、祐一の代わりに名雪を起こすことになった久瀬が苦労するのは別のお話。




あとがき

 前回から約一ヶ月ぶりの第三幕、いやーやっぱりSS書くのって難しいですねー。今回は祐一君が海鳴へと向かう理由、それだけのはずなのに近況とか入れてたら無駄に長く……まぁ後悔はしてませんが。

 次回からようやく、よーーやくなのは達が出ます。そして今まで言ってなかったのですが、現時点ではA’sの始まる約一ヶ月前です。


 それと、一幕のあとがきで舞エンドのあとの物語と書きましたが、正確にはすこし、ではなく結構違います。実はあゆとの記憶がもどり、栞の病気を知っている状態での舞エンドです。ご都合主義ですが、そうしないと話がすすまないのですよorz
 真琴は後で説明したいと思います。いろいろと長くなりそうですから。名雪に関してはノーコメント、いや嫌いとかではなく物語の都合上、秋子さんが交通事故になるのはまずいのですよ。

 以上、遥か彼方でした。
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